感想
            1
 「ザ・ハウス」について━━━キーは存在しない
          ◇テレンスブレイク 2014年12月17日◇
 
 「ザ・ハウス」は、フレドリックブラウンが1960年に発表した、
たった3ページのショートストーリーである。しかしそれは、多くのな
ぞに満ち、外見上、意味が氾濫はんらんしている。
 SFFオーディオポッドキャストのジェセウィリスは、このストーリ
ーを読み解くキーがあるに違いない、と考えた。そのキーは数式だとい
う。その数式を発見したやつには10ドルの賞金を出すそうだ。しかし、
オレはキーは存在しないと思う。もしもキーが見つかってしまったら、
ストーリーは台無しになってしまうだろう。
 
 仮説:キーは存在しない。




2

1





 プロット:名前のない男(彼)が「家」のポーチで、ためらっている。
道や緑の木々、黄の平原、遠い丘、明るい陽射しも、これが最後の見お
さめだった。中に入ると、ドアが閉まった。うしろを振り返ると、ドア
ノブも鍵穴も、ドアのへりさえなかった。彼は「家」の中を見てまわる。
そして最後に、ドアに自分の名前が書かれた室に入る。ドアを閉めると、
鍵のかかるカチッという音が聞こえ、2度と開かないことがわかった。
室は彼が生まれた寝室を再現してあった。ろうそくに火をつけ、もう、
ずいぶん前に亡くなった妻のこと、いっしょにすごした何年ものあいだ
の、ちょっとしたできごとを、いくつも思い出した。ろうそくの残りが、
あと1センチになるまで、9時間もかからなかった。暗闇が、室の片隅
から集まりはじめ、近くまではいよってきた。彼は、悲鳴をあげて、ド
アをたたき、両手が原料のままの血のにじんだパルプになるまで、つめ
でひっかいた。
 
 




4

3





 全体的な動きは、明るい開けたところから、暗い閉じたところへ向か
う。ストーリーは、型通りに進む。なにかを暗示するかのように、シン
ボルがいくつも出てくるが、その意味は不明のまま残される。全体像は、
生と死の間を揺れ動く「バルド」状態となる。オレができることは、感
じたままの発想をいくつも羅列られつするだけだ。
 
[1]神秘主義:悪あるいは低位の神が支配する世界で、囚われたもの
の解放。「家」は子宮で、神の光が去ると、闇が支配する。
 
[2]キューブ:出口なし。プランもなし。危険と緊張が、およそ意味
のない寓話的試練をもたらす。「家」は悪意が支配する世界で、そこに
は陰謀がある。あるいは、単に盲目的で官僚的な論理が、予測できない
結果をもたらす。
 
[3]ストーカー:「家」は自然の法則に従わないゾーンで、自己啓示
が可能な場所。「家」はこの世のものでない、あの世のもの。断片的な
思い出や異質な空間や不可解なオブジェに満ちている。
 
[4]2001(世紀末):生のステージ(幼年期、成熟期、老齢期、
死)の同時性。アイデンティティを関連性のない、いくつものブロック

6

5





に分解。宇宙へと生まれ変わることが可能。
 
[5]ドゥルーズ=ガタリ:「家」は宇宙の力と人間の転生を有限の領
域や広がりに「あいまい」に結び付けている。いずれもオレたちを分解
して宇宙へと結びつけている。部分的に宇宙の力をフィルタリングした
り使用しながら。「家」は決まりきったルーチンが支配する領域。つま
り、内部の転生と外側の力が新しい感情を作り出す場所。
 
[6]デリダ:テキストに外側はない。「家」はテキスト。一度中へ入
ってしまえば、それ自身で閉じていて、その内部で解釈される。外へ出
るキーはない。このことは、第2パラグラフで分かっている:「ドアノ
ブも鍵穴も、ドアのへりさえなかった。へりがあったとしても、うまく
まわりの壁に溶け込んで、輪郭さえ見つけられなかった」
 
[7]ユング:そのテキストは、答えを見つけたら解決するパズルでは
なく、複数の意味が反響し合うシンボルである。「家」は精神であり、
記憶であり、夢であり、回想。原型をいくつも呼び起こし、ひとつの精
神的空間に並置される。ユングによると、夢における家は、しばしばそ
の人の精神を表す。「エゴはそれ自身の家の主人ではない」
 

8

7





 中心的なキャラクターの「彼」は、家に入った瞬間、光と生の昼の宇
宙から切り離され、なぞのような記念品やオブジェ、暗号のようなでき
ごとに満ちた夜の世界に入り込む。だが、外では昼は終わっていて、
「暗闇が、室の片隅から集まりはじめ、近くまではいよってきた」全体
的な動きは、郷愁や超越から、パニック、熱狂へ、あるいはある特別な
感情が生まれるかもしれない場所へと向かう。
 
 注:「家」の解釈に、オレの考えの裏付けである、ベルナールスティ
グレールの本を引用した。

    ◇ラリーホーム 2015年12月11日◇
 
 「ザ・ハウス」は、誰かの悪夢を記述したものだとオレは考える。悪
夢を見ているやつは、そいつの死を夢で見ているのだ。
 
 その夢を見ているやつは、やつ自身の死が近づいている、とても年寄
りか、あるいは重い病気だが、オレたちには分からない。どのできごと
でも、夢の最初から、そいつは自分の死を受け入れている。自分自身で
安らかに、避けられない生の終わりを受け入れる準備ができている。そ
れで、やつは死ぬために家に入った。自分の名前の書かれた室へ行き、

10

9





その室に入る。戻れないことを知りながら。
 
 室の中では、ろうそくに火をつけ、静かに死を待つ。しかし時間が過
ぎて、死が迫ってくると、まだ死ぬ準備ができていないことに気づく。
まだ死ねないと考えるが、その瞬間は目の前に迫り、やつは、恐怖を覚
える。絶望しながら、室を出ようとする。だが、もちろん、死からは逃
れられない。それが悪夢の結末だ。
                  ラリーホーム Seattle
               Liked by 1 person

    ◇アランフィールド 2018年7月24日◇
 
 フレドリックブラウンは、オレが思うに、彼の魔法のようなショート
ストーリーで、時として最後のセンテンスに秘密を明かす。最後のワー
ドにさえ。「ザ・ハウス」においては、最後のセンテンスは以下だ。
 
 ろうそくの残りが、あと1センチになるまで、9時間もかからなかっ
た。暗闇が、室の片隅から集まりはじめ、近くまではいよってきた。彼
は、悲鳴をあげて、ドアをたたき、両手が原料のままの血のにじんだパ
ルプになるまで、つめでひっかいた。

12

11





 
 ここで、最後のワードは「パルプ」、すなわち「彼」はパルプで作れ
れたなにか。おそらく本か雑誌。
 より秘密を分かりやすくすれば、最後のセンテンスは以下になる。
 
 ろうそくの残りが、あと1センチになるまで、9時間もかからなかっ
た。暗闇が、室の片隅から集まりはじめ、近くまではいよってきた。彼
は、悲鳴をあげて、ヴィンテージものの古雑誌であることも忘れて、ド
アをたたき、両手が原料のままの血のにじんだパルプになるまで、つめ
でひっかいた。
 
 もちろん、どう解釈するかは常に、読者個人のものである。
                  アランフィールド Tokyo
 
                            (おわり)




14

13





            2
        著者について
 
 フレドリックブラウンは、1906年10月29日シンシナティで新
聞記者の息子として生まれた。両親は高校生の頃に亡くなった。192
2年に卒業し、その後、オフィスで働いていた。その経験は1958年
の小説「ザ・オフィス」のベースとなった。ハノーバーカレッジ、およ
びシンシナティ大学に通い、1929年に最初の妻ヘレンと結婚した。
ふたりの息子、ジェームスとリンをさずかった。1930年代の初めは生
活が苦しく、ブラウンはもらえる仕事はなんでもした。おもにオフィス
ワークが多かったが、皿洗い、バスの車掌、探偵の仕事もした。この頃、
ミルウォーキー作家組合に参加し、書くことを始めた。おもに、ユーモ
ラスなショートストーリーだった。1937年にミルウォーキージャー
ナルの校正係りの仕事を得て、1945年まで続けた。
 




16

15





 ブラウンの最初の探偵小説が売れたのは、1936年だった。その後、
1940年代初めまで、多くの探偵小説やSF小説をパルプ雑誌に発表
した。最初の長編である「ファブクリップ」は、12社の出版社から断
られたのち、1947年にダットン社から出版された。これは成功し、最
初のベスト長編に与えられるエドガーアワードを受賞した。この本は、
エド&アムハンターが登場する最初の小説で、続編を6冊出した。その
後も成功が続く。古典SFとされる「発狂する宇宙」(1949)、ア
ニタエクバーグ主演で映画化された「悲鳴をあげるミミ」(1949)、
語り手が交錯する実験小説「キャンドルがやって来る」(1950)。
ブラウンは1950年代を通じて、SFミステリーの分野で、数多くの
小説を書き続けた。
 1960年代に入って、健全な身体を維持できなくなり、書く量もス
ローダウンした。ブラウンと家族は、医者のアドバイスでアリゾナのツ
ーソンに移った。しかし1961年、ヒッチコックのテレビ版のシナリ
オを書くためにハリウッドに行ったが、1963年にツーソンに戻った。
この年、「シャギードッグとほかの殺し」を出版。このときまで病気の
ためほとんど書くことができず、深刻な気腫きしゅ患っわずらて、1972年3月
11日に亡くなった。65才だった。
 
                            (おわり)

18

17





            3
        フレドリックブラウン作品リスト
 
備考:作品名 発行年 年齢 ジャンル 出版社 種別
 
[1]1932 (26才) (詩) (自費出版) (詩集)
 














20

19