つくられた記憶
           ロバートヒューイットウォルフ、
           ダニエルキーズモーラン、リンバーカー
            
            プロローグ
             
 マイルズオブライエンは、狭い独房の砂地に幾何学的模様を描いてい
た。服は汚れてボロボロになり、髪も髭も伸び放題で灰色がかっていた。
 収容所のアナウンスが響いた。
「全受刑者の汚染除去をおこないます。これから直ちに汚染除去を開始
します」
 レーザービームの波動がやって来て、オブライエンは体をがたがた震
わせた。
 独房の戸が開くと、ふたりの異星人が武器を手に立っていた。
「マイルズオブライエンだな。アグラッサ司法当局は、おまえの件を再
審議した。特に何か申したいことはあるか?」
 オブライエンは黙っていた。
「よろしい。刑期は終了した。おまえは自由だ」
「自由?」と、オブライエン。
「スパイ行為に対しては、15サイクル以上の刑期が課されるが、おま

2

1
























































えは20サイクルを越えた。出る時が来たのだ」
「出る?でも、いまさらそんな。どこへ行けばいい?」
「それは自分で考えろ。つまみ出せ!」
 異星人のひとりが、武器で追い立てると、オブライエンは大声を出し
た。
「うおぉぉぉ、うおぉぉぉ」
 
               ◇
 
 オブライエンは、頭に電極をかぶせられて、寝台の上で目覚めた。
「あぁぁぁ」
「さぁ、終わりました」と、異星人の執行官が言って電極を取り外した。
 オブライエンは、寝台の上で体を起こすと、目の前に立っているキラ
少佐に驚いた。
「はぁ、はぁ、少佐!」
「そうよ、チーフ」と、キラ少佐。
「そんなバカな、20年もたっているのに、年をとっていない」
「実はまだ数時間しかたっていないのですよ」と、執行官。
「どういうことです?」
「チーフ、急にこう言われても信じられないでしょうけど、あなたは服

4

3
























































役してないの。あなたが経験したことは、作られた現実よ。脳に働きか
けるプログラムによって、作り出されたイメージを見たに過ぎないの」
「なに?」と、オブライエン。
「少佐の言うとおりです。我々は犯罪者に服役したという記憶を与える
のです。その受刑者の人格に合わせてね。その方が実際に刑務所に収容
するより効率的だし、効果もあるのです」
「つまり、あなたが刑務所で体験したと思っていること、記憶している
ことは、全部イメージなの。現実じゃないのよ」と、キラ少佐。
「いやぁ、僕には現実だ。すべて現実です」

            1
 
「どうやらチーフは、アグラッサの技術に興味を抱き、いろいろと質問
したらしんだ。そこで当局にスパイ容疑で逮捕されてしまった」
 シスコ大佐は、マイルズオブライエンの部屋で、ケイコ夫人に事情を
説明した。
「でもマイルズは、そんなつもりはなかったと思います」と、ケイコ。
「そうだろうな。しかしアグラッサから報告が来た時には、チーフの刑
の執行は、終わっていた」
「植え付けられた記憶は、取り出せないんでしょうか?」

6

5
























































「彼らは不可能だと言っているが、ドクターベシアに期待しよう」と、
シスコ大佐。
「いつ会えます?」
「ドクターから許可が出たらすぐにだ」
 
               ◇
 
 キラ少佐のシャトルは、オブライエンを乗せて、アルファ宇宙域に戻
った。
「よく夢にみましたよ。シャトルに乗って、ワームホールを抜けてステ
ーションに帰る。今でも目を覚ますと、消えてしまうような気がする」
と、オブライエン。
「投獄されたのが夢よ。こっちが、現実なの」と、キラ少佐。
「ほんとに、なんて、きれいなんだ」
 ディープスペースナインは、宇宙に浮かぶ巨大な神殿のようだった。
「ふん、それじゃ、着艦するわよ」
 エアーロックで待っていたのは、ドクターベシアだった。
「チーフ」と、ドクターベシア。
「ジュリアン、ほんとに君かい?」と、オブライエン。
「そうだよ」

8

7
























































「あとは、お願いね」キラ少佐は、ふたりを残して、ブリッジへ戻って
いった。
「二度と会えないかと思った」と、オブライエン。
「僕も、君を心配していたよ」と、ドクターベシア。
「ケイコは?」
「ケイコには、少し待ってもらっているんだ。まず、君の状態を検査し
たかったからね。そうだ、ステーションのみんなも君によろしくってさ。
みんな来たがったんだけれど、遠慮してもらったんだよ、君は疲れてい
るだろうしね。しばらくは、のんびりしたほうがいい。分かったね?」
「はは、それは命令か?」
「ああ、医師としてね。20年も牢獄で過ごすなんて、僕には想像もで
きないな」
「つらかったよ」
「その間、誰も話し相手はいなかったのかい?ずっとひとりで?」
「ああ、そうだ」
 オブライエンは、記憶の中で、独房へ放り込まれた最初の日に戻った。
「わ、はぁ、はぁ、はぁ」
 独房には、別の囚人がいて、彼は倒れたままのオブライエンに水を与
えた。
「さぁ」

10

9
























































 収容所のアナウンスが響いた。
「睡眠時間に入ります。逆らった受刑者は生活習慣矯正プログラムにか
けられます」
「食べて!気分が良くなるよ、チーナッシュフルーツだ」と、囚人。
「ああ、ありがとう」
「いや、お礼を言うのはこっちだよ。もう6サイクルもひとりだったか
らね」
「6年もかい?」
「正気でいられたのが不思議なくらいだよ、はは、でも、なんとかやっ
てゆけるもんさ。当ててみようか、反乱罪?」
「スパイ罪だ」
「ああ、長いこと一緒に過ごすことになりそうだな。へ、私は、イーチ
ャーだ」
「マイルズだ。マイルズオブライエンだ」
「よろしく、マイルズ。地獄へようこそ、ふふ」と、イーチャーは言っ
た。
 記憶から戻ると、オブライエンはつぶやいた。
「ずっと、ひとりだった」
 
               ◇

12

11
























































 
 プロムナードの見える通路で、ドクターベシアはケイコに言った。
「正直、僕にできることは、あまりない。アグラッサ人は記憶プラント
を埋め込んだ上、マイルズに対して、非常にリアルでかつ時間を凝縮し
た服役体験のシミュレーションをおこなっているんだ。彼にとっては、
この20年は現実なのさ。たとえ、自分の身に起きたことは、架空のこ
とでも、恐怖や苦痛や憎しみといった感情を抱いたのは事実だからね。
だから、記憶がリアルなものになっているんだ。服役した記憶をぬぐい去
るには、マイルズのすべての記憶を消さなければならないが、もちろん、
そんなことはできない」
「よく分かったわ」と、ケイコ。
「だけどね、ケイコ、マイルズは今までにも何度もつらい目にあってき
た。知ってるだろ?セトリックスリーでの戦いでは、パラダン人に捕ら
えられて捕虜になり、虐待を受けた。カーデシアで裁判にかけられたこ
ともある。それでも、生き延びてきた。だから、大丈夫だ、きっと立ち
直るよ。ただ、時間が必要なだけだ」
 
               ◇
 
 マイルズオブライエンは、レプリケータの前に立って、コンピュータ

14

13
























































に命令した。
「コンピュータ、チーナッシュフルーツをひと切れ出してくれ」
「そのくだものは、レプリケータのパターンにはありません。どんなく
だものか、特徴をどうぞ」コンピュータが答えた。
「どんなって、そうだな、ああ、どう説明したらいいか分からないや、
今の命令は取り消す」
 マイルズオブライエンは、プロムナードに来ると、ケイコを伴ったド
クターベシアとすれ違った。
「チーフ」と、ベシアはあいさつして診療室へと戻っていった。
「マイルズ、ああ、マイルズ」と、ケイコ。
 マイルズオブライエンは、妻を抱き寄せて、お腹を見た。
「マイルズどうかしたの?」と、ケイコ。
「妊娠しているのか?」
「ええ、そうよ」
「20年前、そういえば」と、オブライエン。
「ああ、マイルズ、大丈夫よ、きっと、何もかもうまくゆくわ」
 
               ◇
 
 マイルズオブライエンは居間で、家族そろって夕食をとっていた。

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15
























































「ご馳走さま、お絵かきしてもいい?」と、娘のモリー。
「いいわよ、でも、お皿をレプリケータに下げてね」と、ケイコ。
「はい、分かった」
 モリーはお皿を下げてから、父親に言った。
「パパも一緒にお絵かきしたい?」
「ああ、食べ終わったらな」と、マイルズ。
「いきなりまた家族ができるのも変なかんじでしょうね?」と、ケイコ。
「いや、ただ、ずっとひとりだったからな」
「テリノール先生のカウンセリングがきっと効果があるわよ、ジュリア
ンがしばらくは、通うことになるよって」
「ああ、週に3回通うんだ、楽しみだよ」
「うふ、マイルズ」
「ううん?」
「何をしているの?」と、ケイコ。
「別に」
「それ、どうするの?」
 マイルズは、夕食のチキンや野菜を細かく切り分けて、皿の上で少し
づつまとめていた。
「ああ、刑務所にいた間の習慣だよ、僕が生きようが死のうが看守はど
うでもいいって感じで、時には食事が何日も何週間も出ないんだよ。だ

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17
























































から、食事が出たときは、少しだけ食べて、残りは取っておくんだ」
「なんて、ひどい」
「はは、慣れれば平気さ」
 オブライエンは、記憶の中で、独房の日々へ戻った。
 収容所のアナウンスが響いた。
「食事の配給は、これからしばらくの間、中止します。食べ物を隠し持
っていた受刑者は罰せられます」
「はは、これでよし、へへへ」と、イーチャー。
「はあ、うおぉ、よくやってこられたな」と、オブライエン。
「うん?」
「こんなところにひとりで6年も」
「ああ、なんとかなるもんだよ」
「運動したり、自分に話しをしたり、地面にイッシーカを書いている」
と、イーチャー。
「イッシーカ?」
「幾何学的な図形さ、これを書いていると体の力も抜けるし、少しは気
も晴れる」
「ほんとかい?」
「試してみる?」
「教えてくれ」

20

19
























































「難しいぞ」
「へへ、練習する時間はたっぷりある」と、オブライエン。
「ふふふふ、よし、この辺がいい。まずは、大きな円を書くんだ」
 イーチャーは、砂地に直径1メートル程の円を指で描いた。
「ふん」と、オブライエン。
「よし、その円をじっと見つめる。おい、やる気あるのか?」
「見つめてるよ」
「心を落ち着かせて、自分の全存在が、その円の内にあると想像するん
だ。円を自分の一部にする。何も考えずに、手を伸ばして、円の中の一
箇所になにかを書いてみる。そこから続けて書いて、ただ感じるままに、
形になるまで書いてみる、自由にね、ふふふふ、はははは」
「何を笑っているんだ?」と、オブライエン。
「死体を見つけたたかみたいな顔だからさ、はははは、わお、はお、はお、
わははあ」
「はははは、しかし、よくできるな」
「わははあ」
「いやあ、笑うほうさ。6年もここにいるのにさ」
「6年もこんなところに閉じ込められていて笑いでもしなけりゃ、どう
にかなっちまうよ。笑う方がいいだろ?」
 収容所のアナウンスが響いた。

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21
























































「全受刑者はこれから睡眠時間です、睡眠時間に起きて活動している受
刑者は罰せられます、照明は20秒後に暗くなります」
「おやすみ、マイルズ。夜中に笑いたくなったら遠慮なく笑ってくれ。
私は起きないから、ふふ、へへへへ」と、イーチャー。
「今から、睡眠時間に入ります」と、アナウンス。
「ううん、マイルズ」と、イーチャー。




            2
 
 クワークの店で、ウォーフ少佐とマイルズオブライエンは、ダーツを
やっていた。
「君の番だ」と、ウォーフ少佐。
「17をあとひとつ取るのか?」と、オブライエン。
「いやあ、どうだったかな?」
「忘れちまったよ」
「じゃあ、やり直そうか?」と、ウォーフ少佐。
「いやあ、いいよ、無理してつきあってくれなくても、僕もそんなにや

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23
























































りたい気分じゃないし」
「じゃあ、ホロスイートで川下りをしようか?」と、ウォーフ少佐。
「ありがとう、でも」
 イーチャーは、クワークの店の入り口の前を通り過ぎていった。
「ちょっと待っていて」オブライエンは店の入り口まで出てきた。
「どうかしたのか?」と、ウォーフ少佐。
「いやあ、ちょっと、知った顔が見えた気がして」
 
               ◇
 
「インターフェーズコイルスパナ、ODNリカプラー」
 マイルズオブライエンとジェイクは、机の上にさまざまな工具類を並
べていた。
「へへ、大正解!」と、ジェイク。
 オブライエンは別の工具を手にした。
「それは」
「いいや、言わないでくれ!大丈夫だ」
 少し考えて、オブライエンは言った。
「量子フラックスレギュレータマークスリー」
「その通り、へっへへ」

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25
























































「もう一回復習しよう」
「チーフ、大丈夫だよ、全部分かったじゃない」
「でも、部下の前では恥をかきたくないからね」
「一つくらい間違えたって、誰もなんとも思わないよ、少々さびついて
いたとしても、チーフなんだから」
「なら、チーフとして命令する、もう一回復習させてくれ!」
 
               ◇
 
 マイルズオブライエンは、配線パネルをコイルスパナで修理していた。
「ようし終わったぞ」と、オブライエン。
「早いですね」と、部下のムニス。
「磁気動波管を調整し直した。ユニット交換はもったいない」
「完璧だ、修理はこれでほとんど終わりですから、みんなをランチに行
かせてもいいですか?」と、ムニス。
「ああ、いいとも、私はあと二箇所ほど見て、それからゆくよ」
「頼りにしてますよ、チーフがいないと士気が挙がりません」
「ふぇ、せいぜいがんばるよ」と、オブライエン。
「ああ、ここにいたのか」ドクターベシアが顔をだした。
「や、ジュリアン、なにか用か?」

28

27
























































「ああ、その通りだ、テリノールが言うには、君は十日とうかもカウンセリン
グに来ないとか」
「それが?」
「それがって、週に三回受診する約束だ」と、ベシア。
「なんのためにだ?」と、オブライエンは、言った。
「カウンセリングで毎回テリノールに訊かれることといったら、決まっ
ている。刑務所の生活はどうだったかとか、暴行は受けたかとか、トイ
レの設備がなくて不便は感じなかったかとか、問題があるのは、あいつ
の方だよ」
「テリノールがそんなに気に入らないのなら、カウンセラーを変えれば
いい」と、ベシア。
「カウンセラーと話すのは、もううんざりだよ、アグラッサで起きたこ
とは忘れて、早くもとに戻りたいんだ」
「戻れるのか?」
「戻れるさ、あたりまえじゃないか!カウンセリングなんて必要ない。
しばらくのんびりしろなんて余計なお世話だ、おれのことは、放ってお
いてくれ」
「僕はただ、20年もひとりでいたなら、話相手が欲しいだろうと思っ
て」
「この20年間、恋しくなかったものがひとつあるとしたら、それはお

30

29
























































まえの知ったかぶりの態度だよ、分かったら、もう余計なおせっかいは
やめてくれよな。いいか、けが我をしたくなければ、二度とおれには近づ
くなよ」
 マイルズオブライエンは、移動用ポッドに乗った。
「プロムナード」
 
               ◇
 
 オブライエンは、記憶の中で、独房の日々へ戻った。
「ケイコのことを話してくれ、目がすごく、きれいなんだろ?」と、イ
ーチャー。
「もう、何百回も話したじゃないか、もう、話し尽くしたよ」と、オブ
ライエン。
「だけど、聞きたいんだ、私にも妻がいれば、話してやれたんだけどな。
それに、イライラした時、ケイコのことを話すと、君は落ち着きを取り
戻すみたいだからね」
「そうか」
「ああ」
「そのお絵かきが気に障ってイライラするんだ」と、オブライエン。
「いつからだ?」

32

31
























































「今からだよ」
「どうしたんだ、落ち着け!」と、イーチャー。
「おまえの指図さしずなど聞きたくない」
「マイルズ」
「そのマイルズというのもよせ!もう、やだ、閉じ込められているのも、
おまえのお絵かきも、もう、うんざりだ、おまえの顔も見たくない!」
「冷静になるんだ!」
「冷静になんかなりたくないね、なんでおれがこんな目にあうんだ?い
い加減にしてくれよな。おおい、聞こえるか?ここから出せよ、おれは
なにも悪いことはしていないぞ、おい、聞いてるんだろ!」
「マイルズ!」
「なんでおれがこんな目にあうんだ?早くここから出してくれ!おれは
なにも悪いことなんてしていないんだぞ!おまえらだって知ってるだろ
!」
 収容所のアナウンスが響いた。
「第四エリアの受刑者に告ぐ。直ちに騒ぐのをやめなさい。やめなけれ
ば厳罰を与えます」
「やるならやりやがれ!」
「マイルズ!静かにしろ!」
 

34

33
























































               ◇
 
 オブライエンは、仕事を終えて、クワークの店へ向かった。
「チーフ、調子はどうです?」と、オドー。
「どいつもこいつも同じことを!」と、オブライエン。、
「済まない、オドー。大丈夫だ、ちょっとイライラして」
「ブラックホールをストレートでひとつづつっすね?」クワークは客の
注文を受けていた。
「シンセールを頼む」と、オブライエン。
「あ、ちょっとお待ちを」と、クワーク。
「クワーク、おれのシンセールは?」
「ちょっとお待ちを」
「クワーク!」と、オブライエン。
「ねぇ、チーフ、今忙しいんすから、わぁ、ああ」
 オブライエンは、クワークに強引に注文を通させた。
「おまえと遊んでいる暇はないんだ、さっさと、おれにシンセールを持
って来い!でないとおまえの体の骨を一本残らずへし折ってやる!」
「チーフ、たいへんな目にあったのは知ってますけど、うあぁ、シンセ
ール、ひとつ、すぐにご用意します、いぇい!」
 

36

35
























































               ◇
 
 オブライエンは、クワークの店の二階席のテーブルについた。
「マイルズ」と、イーチャー。
「イーチャー!ここでなにをしてる?」と、オブライエン。
「私はいつだって、君のそばにいるよ」
「おまえなんか、想像の産物なんだ」
「ああ、確かにその通りだ、だが、君にとっては、私は実体だろ?」
「行ってくれ」
「それはできない、君は、私を、必要としている」
「おまえなんかが必要なわけないだろ?」
「いいや、必要としているとも!以前よりもっとね」









38

37
























































            3
 
 オブライエンは、朝、仕事へゆく準備をしていた。
「なにしてるんだい?」と、イーチャー。
「仕事へ行くんだ」と、オブライエン。
「マイルズ、無理をするな、友人として君が心配でたまらないんだ」
「大丈夫、家族もいるし、仕事もある。こんな満ち足りた気持ちを味わ
えるのは、20年ぶりだ」
「ほんとにそうかな?」
 トランシーバが呼びかけた。
「シスコより、オブライエン、私のオフィスに来てくれ!」
「すぐ行きます」と、オブライエンは答えてからイーチャーに言った。
「なぜつきまとうのか知らないが、もう、関係ない」
 
               ◇
 
 オブライエンは、シスコ大佐のオフィスに入った。
「座ってくれ」と、シスコ大佐。
「君はきのう、ドクターベシアと大喧嘩をしたらしいな」
「いやぁ、あれは、なんでもありません」と、オブライエン。

40

39
























































「ドクターはそうは言ってなかったぞ」
「ちょっとした食い違いですよ、僕たちはいつもああなんです」
「オドーが言うには、君は、クワークともひと悶着起こしたそうだな」
「あの野郎!確かにイライラして迷惑をかけたかもしれませんが、これ
からは、気をつけます」
「うん、ドクターが言うには、君はカウンセリングにも行ってないそう
だな」と、シスコ大佐。
「最近、忙しいものですから」と、オブライエン。
「しかし、定期的にカウンセリングを受ける約束になっていたはずだろ
?」
「分かりました、早速、あした、カウンセリングに行ってきます」
「いいや、今日行って来い、これから、すぐに」
「でも、今日は、まだ、仕事があります」
「仕事なら待たせておけ、直ちに、君の任務を解く、カウンセラーのテ
リノールのオフィスに行き、これから毎日彼のカウンセリングを受ける
こと、テリノールがいいと判断するまでだ」と、シスコ大佐。
「そんなおおげさなことをする必要はないと思います」と、オブライエ
ン。
「おおげさとは思わないね、君は認めたくないだろうが、アグラッサで
の体験が君をむしばんでいる。いくら君が望んでも、一晩でその傷がい

42

41
























































えるはずがない。治療を受けるべきだ」
「お願いです、チーフではなく、個人としてお願いします、もう一度だ
けチャンスを」
「与えたいとは思うが、司令官でも医療士官が下した最終判断には逆ら
えない。君は、任務には不適格だ。君には、これからすぐ療養休暇に入
ってもらう。しかし、もし定期的にカウンセリングを受けることを拒否
したり、担当カウンセラーへの協力を拒んだりした場合には、考えたく
はないが、治療室へ拘束するよう命令を出す。分かってくれたな?」
「はい、分かりました」
「以上だ」
 
               ◇
 
 オブライエンは、シスコ大佐のオフィスを出るとジャッシアダックス
大尉に声をかけられた。
「チーフ、これから私、レプリマットへ行くんだけど」
「あとにしてください」と、オブライエン。
 マイルズオブライエンは、移動用ポッドに乗ると、トランシーバを捨
てた。
「プロムナード」

44

43
























































 医療室に着くと、マイルズオブライエンは、ドクターベシアに言った。
「いったい何をしゃべったのだ?」
「司令官から話を聞いたのか?」と、ベシア。
「ああ、聞かされたとも、任務からはずされたよ」
「それが君のためだ」
「なんでおれのためだなんて分かるんだ?刑務所で何があったか知りも
しないで」
「それはそうだな、僕には知りようもない、何があったか知っているの
は君だけだ。だが、君が苦しんでいるのは分かる。その苦しみから救い
たいんだ」
「だれが救ってくれって言ったよ?」
「言わなくたって分かる、僕は医師だし、君の友人だ」
 イーチャーは、ドクターベシアの横に現れて言った。
「言うことを聞くんだ、ドクターも私と同じように君を心配している、
私に対して犯した過ちを、二度と犯すな!」
「分からないのか?おまえなんか友達じゃない!もう違うんだ、おまえ
の知っていたオブライエンはアグラッサで死んだんだ」と、オブライエ
ン。
「いやぁ、生きてるさ、ただ、少し、助けが必要なだけだ」と、ベシア。
「おれに近づくな、手助けなんかいらん、友情もまっぴらだ、もうおれ

46

45
























































にかまわないでくれ!」
 
               ◇
 
 イーチャーは、医療室を出たオブライエンについてきた。
「いったいどこへ行くんだ?」と、イーチャー。
「おれにかまわないでくれって言っただろ」と、オブライエン。
「マイルズ、こんなことをしてちゃだめだ、ドクターに話すんだ、彼な
らきっと助けてくれる」
「おまえみたいにか?」
「そうだよ、私たちは君の味方なんだ」と、イーチャー。
「そうか、で、味方してどうなった?」
 マイルズオブライエンは、移動用ポッドに乗った。
「居住区へ」
「いずれは、私のことを、誰かに打ち明けなければ」と、イーチャー。
「もう、ほっといてくれ!」
「一生私から逃げつづける気か?」
「おまえは死んだ、おれのことはいいから、早く消えてくれ!」
「消えて欲しいんなら、消せばいい!追っ払ってみろよ!私がいつまで
も離れられないのは、君がどっかで私を呼び出しているからなんだぞ!」

48

47
























































 
               ◇
 
 マイルズオブライエンは、自室に戻った。
「マイルズ、一時間も前からジュリアンが捜していたのよ。ねぇ、どこ
にいたの?」と、ケイコ。
「いろいろ考えていたんだ」と、マイルズ。
「そうね、事情は聞いたわ。残念ね、だってあなたには仕事は生きがい
だもの」
「ジュリアンにそう言ってくれ」
「パパ、モリーの書いた絵を見て!」と、モリー。
「あとで見てあげるよ」と、マイルズ。
「一時的な処分に過ぎないのよ、すぐに、任務に戻れるわ」と、ケイコ。
「そんなこと言わないで見てよ!」
「その話は後にしよう」と、マイルズ。
「パパ、見てよ」
「今はだめだ」
「お願い、パパ、見て!」
「おい、後にしろと言っているだろ、分からないのか!」と、マイルズ。
「あなた、やめて、なにする気!しーっ」と、ケイコ。

50

49
























































「つい、かっとして、済まなかった」
 
               ◇
 
 マイルズオブライエンは、倉庫室の武器保管庫を開けて、フェーザー
を殺傷レベルにセットすると、自分に向けた。
「えい、えい、うぇ、うぇ、やぁ」



            4
 
「チーフ」ドクターベシアが倉庫室に入ってきて立ち止まった。
「出て行ってくれ」と、オブライエン。
「本気で死にたいのかい?」と、ベシア。
「そんなわけないだろ?」
「刑務所でどんな目にあったかは知らないが、それにしても死ぬことは
ないじゃないか?」
「そのことが理由じゃないさ、辛くて死ぬんじゃない、ケイコとモリー
を守るためなんだ。それと、ステーションのみんなを」

52

51
























































「守るってなにから?」と、ベシア。
「僕からだ、へへ、僕は、もう、昔の僕じゃないんだよ、危険な人物さ。
さっき、モリーを殴りかけた。父親の気を引きたかっただけなのに、手
を上げそうになったんだ」
「でも、殴らなかった、マイルズ、君は、やさしい男だ。自分が許せな
いのは分かるが、死んで詫びることはない」
「イーチャーみたいなことを言うね」と、オブライエン。
「イーチャーって誰だ?」と、ベシア。
「現実の存在じゃない、ただの記憶に過ぎないんだ」
「アグラッサでの記憶だな?誰なんだ?囚人仲間か、看守か?」
「同じ部屋だったんだ」
「だけど、独房だったんじゃないのか?20年間話し相手もいなかった
って」
「ふん、はぁ、最後はひとりだった、一週間か二週間はね。でも、それ
までは、イーチャーがいたんだ」
「彼は、どうなったの?」
 
               ◇
 
 オブライエンは、記憶の中で、独房の日々へ戻った。

54

53
























































「うわぁ、もう!」と、オブライエン。
「急にどうしたんだ?」と、イーチャー。
「気が散ってだめだ」
「もっと意識を集中してやってごらんよ」
「どんなに集中してもだめなんだ、腹が減りすぎて無理だ」
「私もだよ」
「何も残ってないのか?」と、オブライエン。
「君がほかに隠しておいたのなら別だがね」と、イーチャー。
「とっておいた食べ物は一週間前になくなった、うーん、もっとたくわ
えておけばよかったな。少し準備が甘すぎた」
「こんなに長く食事がこないのは、初めてだ」
「おれたちを忘れたのかな?それとも、飢え死にさせる気なのかな?」
「なら、死ぬだけだ」
 収容所のアナウンスが響いた。
「全受刑者はこれから睡眠時間です。睡眠時間に起きて活動している受
刑者は罰っせられます。照明は20秒後に暗くなります」
「ううん」と、イーチャー。
「なにしてるんだ?」と、オブライエン。
「なにって?眠るんだよ」
「こんな時に、よく眠ろうって気になるな」

56

55
























































「食べ物の夢でも見るさ、へへへ」
「どうかしてる」
「いいや、腹が減っているだけだ」
「今から睡眠時間に入ります」と、アナウンス。
 
               ◇
 
 イーチャーは、起き出して穴の中に隠しておいた食べ物を掘り出そう
とした。
「いやー!おい!」と、オブライエン。
「ううー」
「友達みたいな顔をしやがって、実は、ずっとおれをだましていたんだ
な」
「いったい、どうしたんだ?落ち着け!」と、イーチャー。
「うお、あ」
「うおい、は」
「今まで親切にしてやったのに、この恩知らず!」と、オブライエン。
「けぅ」
「くぅ」
 オブライエンは、イーチャーに馬乗りになって殴った。

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「いやうぅ」
 オブライエンは、イーチャーの隠しておいた食べ物の包みを開いた。
「はは、ははは、なんだ、ちゃんと二人分あるじゃないか!」
「はは、ははは、イーチャー、イーチャー、起きろよ」
「はぁ、イーチャー、イーチャー、イーチャー!」
 イーチャーは、答えなかった。
 
               ◇
 
「殺したのか?」と、ベシア。
「でも、もっと最悪だったのは、次の日からまた食事が出たことなんだ、
なんて、バカなことを、ひと切れのパンのために恩人を殺したんだ」と、
オブライエン。
「でも、殺そうとしてやったわけじゃないだろう?」
「いやぁ、本気だった、死んでしまえと思った、ずっと言い訳してた、
イーチャーはどうせ、現実じゃないって。でも、それは嘘だ。あれが現
実で、もし君が同じことをしたら、やはり、僕は殺したろう。イーチャ
ーは親友だったのに、その彼を殺すなんて。なあ、子供の頃、学校で習
ったろ。人間性は進化している。もはや人間が怒りや憎しみに負けるこ
とはなくなったって。だけど、いざ、自分が、怒りや憎しみには流され

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ない、進化した人類だってことを証明するはずだった状況に投げ込まれ
てみると、全然だめだった。人の親切に血をもってむくい、けだものと
まったく変わらない」
「いやあ、それは違う。けだものだったら、イーチャーを殺したって後
悔したりしないし、涙を流したりはしない。でも、君は、自分を恥じて
いる。恥じるあまり自分の命を断とうとまでした。アグラッサ人は、罰
として君の人間性を踏みにじろうとした。たしかに、君は一瞬、理性を
なくしてしまったかもしれない。しかしその一瞬のために一生を犠牲に
していいはずがない。罪悪感に負けて引き金を引いたら、アグラッサ人
の勝ちになるんだ。君の精神が屈したことになるんだぞ。そんな卑劣な
手に負けるな」
「マイルズ、これでお別れだ」と、イーチャーは言うと、消えた。









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            エピローグ
 
 通路で、ドクターベシアがオブライエンに言った。
「毎日二回、30mgづつだ。うまくゆくようなら、だんだん量を少な
くしよう」
「ほんとに効くのか?」と、オブライエン。
「薬はあくまで補助だ、だが、幻影を見たりうつになるのは避けられる。
ただ、記憶をぬぐい去ることはできない。感情もね」
「罪悪感もか?」
「それは時間がかかるさ」と、ベシア。
「あとはカウンセリングか。テリノールのところへ、ちゃんと行けって
説教するつもりだろ」
「僕のカウンセリングがいいかい?」
「はあ、いやあ、テリノールでいい」
「うふふ」
「ははは」
「どうもありがとう、なにもかも」
「友達じゃないか」
「パパ、帰ってきた、お帰り!」と、モリー。
「ただいま、帰ってきたよ」

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                    (第四_五_三話 終わり)

















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