緑の世界
            原作:フレドリックブラウン
            ドロシーコットン
             
            プロローグ
             
             
 巨大な太陽が、青紫の空に、赤く輝いていた。茶の平原のはずれには、
茶の茂みが点在てんざいし、赤いジャングルが始まっていた。
 マクガリーは、赤いジャングルにむかって歩きはじめた。赤いジャン
グルでの探索たんさくは、タフな仕事であり、非常に危険だった。しかし、それ
は、やりとげなければならなかった。いままでに、すでに、千個の赤い
ジャングルを探索した。これは、単に、次の1個に過ぎなかった。
 



 

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「さぁ、いくぞ、ドロシー。準備は、いいかい?」と、マクガリー。
 小さな5本足の生物は、肩の上で休んでいたが、なにもこたえなかっ
た。その生物は、いつもこたえなかったが、話しかける相手にはなるし、
仲間でもあった。大きさや重さは、驚くほどに、肩の上におかれた手に
似ていた。
 ドロシーがやって来たのは、いつだったか。たぶん、4年前だった。
マクガリーは、ここに5年いた。1年たって、ドロシーが現われたので、
もう4年だった。ドロシーは、たぶん、やさしい方の性、つまり、女性
だった。そのわけは、肩にとまった感触が、まるで、女性の手のように、
感じられるという以外はなかったが。
「ドロシー」と、マクガリー。「危険にそなえるように!ライオンやら
タイガーが飛び出してくるからね」
 マクガリーは、ソラーガンのホルスターのバックルをはずした。いつ
でもすばやく引き抜けるように、銃の台尻に手を置いた。そして、墜落
した宇宙船の機体から救い出せた武器が、弾薬を補充することなく使用
できる、ソラーガンであったことを、少なくとも一千回目にはなるが、
幸運の星に感謝した。ソラーガンは、近くの太陽から自らエネルギーを
吸い上げ、引き金を引くと、一気に放出した。このソラーガンなしでは、
マクガリーは、このクルーガー第3惑星では、おそらく1年も生き延び
られなかっただろう。

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3
























































            1
 
 赤いジャングルの手前で、マクガリーは、ライオンを見つけた。地球
にいるライオンとは、もちろん、まったく違っていた。あかるい赤紫で、
ライオンがよくひそんでいる茂みの茶とは、まったく違う色なので、や
すやすと、見つけることができた。足は、8本で、関節がなく、ぞうの
鼻のように、しなやかでじょうぶだった。鳥のような、くちばしがあっ
て、頭は、うろこにおおわれていた。
 マクガリーは、それを、ライオンと呼んだ。それらには、まだ、名前
がつけられていなかったから、マクガリーには、名前をつける権利があ
った。あるいは、名前があったとしても、命名者は、クルーガー第3惑
星の動植物レポートを地球に持ち帰らなかった。記録によると、かつて、
1隻だけ、マクガリーの前に、ここへ宇宙船が不時着したが、離陸する
ことはなかった。マクガリーは、その宇宙船を見つけようとしていた。
ここに来てから、5年間というもの、じゅうぶんに、計画を練って、探
索していた。
 その宇宙船が見つかれば、そこに、もしも━━━まったく、もしもだ
が、マクガリーの宇宙船が不時着で破壊された電子部品が、いくつか、
こわされずに残されているかもしれないのだ。その宇宙船に、必要な電
子部品が、ちゃんと見つかれば、地球に戻れるのだ。

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 赤いジャングルの10歩手前で、マクガリーは、立ち止まった。さき
ほど、ライオンがひそんだ茂みに、ソラーガンをかまえた。引き金をひ
くと、明るい緑の閃光が走った。シンプルだけれど、うつくしい━━━
そう、とても、うつくしい緑。その茂みは、ライオンとともに、消失し
た。
「いまのを見たかい? ドロシー?」と、マクガリー。声に出さずに笑
った。「あれが、緑さ。きみたちの、血のような赤い惑星では、けっし
て見ることのできない色さ。宇宙でもっとも、うつくしい色だよ、ドロ
シー。緑、そう、ほとんど、すべてが、緑でおおわれた世界があるんだ。
これから、そこへ、いっしょに、行くんだよ。もうすぐね!オレは、そ
の世界から来たのさ。そこは、宇宙でもっとも、うつくしいところだよ、
ドロシー。きっと、きみも、好きになるさ」
 マクガリーは、ふりかえって、茶の平原に茶の茂み、上空には、青紫
の空に、赤く輝く太陽を見渡した。たえず、赤く輝く太陽、クルーガー
は、この惑星では、けっして沈まず、昼が終わることはなかった。惑星
の同じ片側を、つねに、太陽に向けているからだ。地球の月が、つねに、
表側を地球に向けているのと同じだ。
 昼もなく、夜もなかった。影の境界線を越えて、氷つくような寒さで、
生命を維持できない、夜の側に行かない限り。季節もなかった。気候は
一定で、気温も変わらず、風もなく、嵐もなかった。

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「たとえ、住みにくい星であったとしても」と、マクガリーは、考えた。
何千回目か、いや、何百万回目に。「地球のような、緑があったらなぁ
━━━たまに、ソラーガンの閃光で見れる以外の、緑の世界があったら
なぁ━━━」
 ここには、呼吸できる大気があり、気温も、影の境界線近くの4℃か
ら、日差しが、傾斜なしに直角に差し込む、赤い太陽の直下の32℃の
範囲で、安定していた。食料も豊富であった。長い間に、マクガリーは、
植物と動物について、食べても平気なものと、食べると体をこわすもの
の区別を、学んだ。試したもののなかには、完全に毒であるものはなか
った。
 そう、すばらしい世界だった。ここでは、マクガリーは、唯一の知的
生命体であった。そして、ドロシーは、いい助手であった。なにかを話
しかけても、なにも、こたえてはくれなかったが。
 ただし、緑を除いて。ああ、心の底から、マクガリーは、緑の世界を、
また、この目で見たかった。
 地球。そこでは、緑が、そこらじゅうにあふれる色であり、植物の生
命が、葉緑素ようりょくそに支えられている、宇宙で唯一の惑星であった。地球のあ
る太陽系でさえ、他の惑星には、岩肌に緑っぽい筋以上のものは見つか
っていなかった。ごくたまに、生命体らしき痕跡こんせきが見つかっても、むり
に呼んでも、茶色っぽい緑以上のものではなかった。宇宙のどこにも、

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緑を見ることさえできないのに、人間は、いかなる理由で、地球以外の
惑星に住もうなどと、したのだろうか?
 マクガリーは、ためいきをついた。前は、こころのなかで考えていた
のだが、今は、大声で考えられるようになった。ドロシーに、話せるよ
うになって、休みなく、考えられようになった。ドロシーに、というの
は、肝心なことではなかったけれど。
「そうだよ、ドロシー」と、マクガリー。「住む価値のある、唯一の惑
星だよ、地球は。緑の原野。緑の草原。緑の樹木。ドロシー、そこへ戻
ることができたら、決して、離れることはしないよ。森のなかで、丸太
小屋を作ろうと思うんだ。木々のまんなかでね。あまり太い木々のとこ
ろは、だめだね。太い木々のところは、芝生が生えないからね。緑の芝
生。丸太小屋は、緑のペンキで塗ろうよ、ドロシー。地球に戻れば、緑
のペンキさえ、手に入るんだよ」
 マクガリーは、また、ためいきをついて、目の前の赤いジャングルを
見た。
「なんだって? ドロシー?」と、マクガリー。ドロシーは、けっして、
話しかけてこなかったが、これは、彼女と話しているという、ゲーム━
━━こころの平静を保つためのゲーム、みたいなものであった。
「戻ったら、結婚するかって?そう、いたのかい?」
 マクガリーは、しばらく、考えた。

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「そうだな、それもありうるよ、ドロシー。あるかもしれないし、ない
かもしれない。きみの名前は、地球にいる女性からとっているんだよ。
結婚しようと思っていた、女性のね。しかし、5年というのは、長い時
間さ、ドロシー。オレは、行方不明とされているだろうし、もしかした
ら、死亡者リスト入りかもしれない。彼女が、こんなに長く、待ってい
てくれるとは、思えないな。もしも、彼女が待っていてくれたら、よろ
こんで、結婚するよ、ドロシー」
「━━━」と、ドロシー。
「もしも、彼女が待っていなかったら、どうするかって?そうだな、わ
からないな。戻る前に、そんな心配をしてもしようがないよ。そうだろ?
もちろん、緑の女性と出会ったら、いや、たんに、緑の髪をもつ女性と
出会ったら、緑の髪の毛の先まで、愛してしまうだろうな。しかし、地
球では、ほとんどすべてが緑なのに、女性だけは、緑ではないのさ!」
 マクガリーは、そのことを、声に出さずに笑った。そして、ソラーガ
ンに手をおいて、ジャングルへ入っていった。赤いジャングルへ。そこ
では、ときおり、発射される、ソラーガンの閃光だけが、緑であった。
 このことは、奇妙なことだったかもしれない。地球に戻れば、ソラー
ガンの閃光は、紫だった。ここの赤い太陽のしたでは、緑の閃光。しか
し、この謎解きは、まったく、シンプルなものだった。ソラーガンは、
近くの太陽から自らエネルギーを吸い上げ、引き金を引くと、一気に放

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出した。このときの閃光の色は、エネルギー源となった太陽の補色ほしょくであ
った。地球の太陽は、黄なので、その補色である、紫むらさきの閃光となり、ク
ルーガーは、赤なので、その補色である、緑 みどりの閃光となった。もしも、
シリウスのような青なら、橙だいだいの閃光となっただろう。
「たぶん」と、マクガリー。「このことは、きみが仲間だということに
加えて、こころの平静を保つのに、ひと役かっていると思うよ。一日に
なんどか、見ることのできる、緑の閃光。その色がどういう色だったか
を、思い出させてくれる、緑の世界。ふたたび、見たときに、目がちゃ
んと認識できるように、目のチューンアップになるのさ」
 
 
 
 
 
 




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            2
 
 クルーガー第3惑星は、ジャングルのモザイクでおおわれていて、目
の前のジャングルは、その小さな1ピースにすぎなかった。このような
モザイクのピースは、数えきれないほど、何千とあった。じっさい、何
千だっただろう。クルーガー第3惑星は、地球より大きかった。しかし、
密度が、地球より低いので、重力は、それほど変わらなかった。すべて
を調べることは、一生かかっても、無理かもしれなかった。それは、わ
かってはいたが、考えないようにしていた。夜側の寒い領域に不時着し
た可能性もあったが、これも、考えないことにした。考えるようにして
いたのは、宇宙船が見つかっても、電子部品が、こわされずに残されて
いるかどうか、それらを使って、自分の宇宙船を、ふたたび、離陸させ
られるかどうかだった。
 ジャングルは、一辺が、1マイル弱であった。探索のあいだ、一度、
睡眠をとり、なんどか食事をした。2頭のライオンと1頭のタイガーを
殺した。探索が終了すると、ジャングルの周りを歩いて、外側のへりに
ある大きな木々の樹皮を削って、目印にした。こうしておけば、同じジ
ャングルを、また、探索しないですむ。木々は、やわらかく、ポケット
ナイフで、赤い樹皮をはいで、ピンクのしんをむき出しにすることは、
じゃがいもの皮をむくのと、同じくらい、やさしかった。

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 そして、つぎは、くすんだ茶の平原を横断することだ。ソラーガンを
開いて、太陽から充電しながら、歩いた。
「今のは、見つからなかったね、ドロシー。たぶん、つぎだね。地平線
の近くにあるやつさ。たぶん、つぎは見つかるよ」
 青紫の空、赤く輝く太陽、茶の平原。
「地球では、緑でおおわれた丘がつづいているんだよ、ドロシー。その
丘を、どんなに気に入ってくれるか、楽しみだな」
 いつ終わるともしれない、茶の平原。
 けっして変わることのない、青紫の空。
 今、音がしなかったか?そんなことは、ありえなかった。今まで、そ
んなことは、なかった。しかし、マクガリーは、見上げた。そして、そ
れを、見た。
 青紫の空たかく、小さな、黒い点が、動いていた。宇宙船━━━宇宙
船に、ちがいなかった。クルーガー第3惑星には、鳥はいなかった。そ
れに、鳥は、背後に、あんなジェット噴射の跡を残さない。
 するべきことは、わかっていた。もしも、別の宇宙船が現われたら、
どう、信号を送るか、何百万回も、考えたことだった。マクガリーは、
ソラーガンを持ち上げ、青紫の空を垂直にねらって、引き金を引いた。
宇宙船の距離から見たら、大きな閃光ではなかった。しかし、それは、
緑の閃光だった。パイロットは、一瞬見ただけでも、いや、別の方向を

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見ていてさえ、この、緑がまったくない世界での、緑の閃光は、見逃す
はずはなかった。
 マクガリーは、また、引き金を引いた。
 宇宙船のパイロットは、気づいた。ジェット噴射の開閉を、3回、繰
り返し━━━これが、遭難信号に対する、標準の応答であった━━━旋
回を始めた。
 マクガリーは、その場に、ふるえながら、立っていた。長く待ったこ
とが、あまりに突然、終わった。左肩に手をおいて、5本足の生物に触
れた。指には、それは、まるで、裸の肩に触れる女性の手のように、感
じられた。
「ドロシー」と、マクガリー。「これは━━━」言葉にならなかった。
 宇宙船は、着陸態勢にはいった。マクガリーは、自分の姿を振り返っ
て見て、みすぼらしく、遭難者のような服装で、突然、恥ずかしくなっ
た。ホルスターやナイフなどをつり下げた、ベルト以外は、ほとんど、
はだかだった。汚れていて、自分では、におわなかったけれど、たぶん、
におっていただろう。それに、汚れたからだは、やせて、やつれて、ふ
けて見えた。これは、もちろん、栄養が不足していたからで、数か月、
まともな食事、地球の食事をとれば、回復するだろう。
 地球!緑の丘が連なる、地球!
 マクガリーは、宇宙船の着陸地点めざして、走りだした。あまりに速

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く走ろうとして、なんども、つまずいて、よろめきながら。近くまで来
て、宇宙船が、マクガリーのものと同じ、ひとり乗りであることがわか
った。しかし、ひとり乗りでも、緊急時には、ふたりを運べた。少なく
とも、地球へ戻る、ほかの交通手段のある、近くの惑星までは。
 緑の丘、緑の原野、緑の谷。
 マクガリーは、めったに走らなかったように、祈ることも、誓ったり
することも、めったにしなかった。なみだが、ほおを伝って、流れおち
た。
 ドアの前まで来ると、マクガリーは、待った。ドアが開くと、宇宙パ
トロールの制服姿の、長身の若い青年が、降りてきた。
「いっしょに、連れて行ってくれるかい?」と、マクガリー。
「もちろん」と、宇宙パトロールの青年。静かに。「ここには、長く?」
「5年だよ!」マクガリーは、自分で大声を出していることに気づいた
が、やめられなかった。
「そう、たいへんだったね!」と、宇宙パトロールの青年。「オレは、
アーチャー中尉。エンジンが冷えて、離陸できるようになったら、すぐ
にでも、あんたを乗せてあげられる。とりあえず、アルデバラン第2惑
星のカートヘイジへ向おう。そこで、別の宇宙船に乗り換えて、どこで
も好きな場所へ行ける。なにか、すぐにでも、ほしいものは?食料とか、
水とか?」

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 マクガリーは、なにもこたえずに、頭をふった。食料とか、水なんて、
今は、ぜんぜん、重要ではなかった。
 地球の緑の丘!そこへ、戻れるのだ。それこそが、重要で、それだけ
が、重要だった。とても長く待ったが、あまりに、突然、終わった。青
紫の空を泳いでいる気がしたと思ったら、ひざが締め付けられて、空が
下に走った。
 マクガリーは、横に寝かされて、びんを口にあてがわれていた。気つ
け薬なのか、火のでるようなひと口を味わった。座る姿勢になって、気
分がよくなった。宇宙船が、まだ、そこにあることを、目で確認できた。
それは、すばらしいことだった。
「気がついた?」と、アーチャー中尉。「30分したら、出発する。カ
ートヘイジには、6時間で着く。出発までのあいだ、なにか、話でも?
どんなことがあったのか、すべて話してくれて問題ない!」
 彼らは、茶の茂みの影にすわった。マクガリーは、ここへ来てからの
こと、すべてを、話した。5年のあいだ、記録にあった、以前、この惑
星に不時着した宇宙船を、探したこと。そこに、自分の宇宙船を修理す
るために、必要な電子部品が、こわされずに残されているかもしれない
こと。長期にわたる探索。ドロシーについて。彼女は、肩にとまってい
て、いい話し相手になったこと。


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            3
 
 アーチャー中尉の表情は、マクガリーの話を聞くあいだに、少しづつ
変化していった。真剣な、同情する表情になった。
「そう」と、アーチャー。やさしく、いた。「あんたが、ここへ来た
年は、なん年?」
 マクガリーは、このことを、多少は、予測していた。太陽も動かず、
季節もない惑星上で、どうカレンダーをたどったらよいのだろうか?ず
っと昼間で、ずっと夏の惑星。
「ここへ来たのは、2242年」と、マクガリー。きっぱりと。「どの
くらい数え間違いがあったかな、中尉?自分の計算では、30才のはず
だけど、いくつになるのかな?」
「今は」と、アーチャー。「2272年です、マクガリー。あんたは、
ここに、30年いる。あんたは、55才。しかし、それほど、気にする
ことはない。医学は、進歩している。まだ、そうとう長く生きられる」
「55才か」と、マクガリー。しずかに。「30年になるのか━━━」
 中尉は、マクガリーを、あわれむように見た。
「もしもがまんできるなら、悪いニュースの残りも、聞いておく?いく
つかある。オレは、心理学者ではないが、悪いニュースは、今、全部聞
いておく方が、いいと思う。帰ってから、ひとつづつ聞かされるよりは。

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どうする?聞いておく、マクガリー?」
 今、聞かされたことより、悪いことがあるだろうか?人生の30年が、
ここで、無駄に費やされてしまった。しかし、地球に、緑の地球に戻れ
る限り、残りの人生で、やりたいことがなんであれ、できるだろう。
 マクガリーは、あたりを見渡した。青紫の空、赤く輝く太陽、茶の平
原。そして、静かに言った。
「今、聞いておこう。なんとか、なるさ」
「あんたは、30年間、すばらしい仕事をした、と思う、マクガリー。
マーレーの宇宙船が、クルーガー第3惑星に不時着したと勘違いしてい
たことも、幸運のひとつだった。それは、実際には、クルーガー第4惑
星だった。けっして発見できなかったわけだが、そう信じて探索してい
たことが、あんたも、言われていたように、こころの平静を保つのに、
ひと役かっていたわけだ」
 アーチャーは、すこし、間をおいた。やさしい声で、ふたたび、話し
始めた。
「あんたの肩には、なにもいない、マクガリー。ドロシーというのは、
あんたの想像の産物。しかし、それについても、心配には及ばない。や
はり、ひとつの妄想が、ほかの部分の平静を保つのに、役立っていたか
ら」
 マクガリーは、肩に手をおいた。自分の肩だった。ほかには、なにも

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なかった。
「それ以外の点では、非常に健康であったことは、すばらしいことだ。
30年間も、ひとりですごして、健康でいられたことは、ほとんど、奇
跡だ。もしも、ある妄想が続くようなら、カートヘイジか、あるいは、
火星の精神科医にみてもらえば、すぐに直してくれる」
「いや」と、マクガリー。ぼんやりと。「もう、続いていない。それは、
今は、存在していない。オレは、今では、確信がもてないんだ、中尉。
ドロシーのことを、ほんとうに、信じていたのかどうか。たぶん、話し
相手がほしくて、自分で作りだしたんだと思う。そのおかげで、ほかの
部分の平静を保つことができたんだ。彼女は━━━彼女は、女性の手の
ようだった。中尉、このことは、話したかな?」
「ええ、聞いた。残りも、今、聞いておく、マクガリー?」
 マクガリーは、アーチャーを見つめた。
「残りというと?オレは、30才でなく、55才で、30年間も、ほか
の惑星にあって、けっして見つからない宇宙船を、25才の時から探索
していた。そのあいだ、ひとつの妄想を抱いていた。しかし、そんなこ
とは、今となってはどうでもいい。地球に帰れるんだからね」
 アーチャー中尉は、頭をゆっくりふった。
「それが━━━地球には、戻れないんだ、マクガリー。希望すれば、火
星には、戻れる。火星も、いいところだ。うつくしい茶や黄の丘がつづ

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いていて。あるいは、暑さが気にならないんだったら、紫の金星もいい。
しかし、地球は、ダメだ、マクガリー。そこには、もう、だれも住めな
い」
「地球が━━━消えてしまったのか?もう━━━」
「いや、消えてはない、マクガリー。ちゃんと、ある。しかし、地球は、
黒こげで、不毛の、炭のかたまりになった。アルクトゥルス星人と、2
0年間戦争があった。やつらは、いきなり攻めてきて、地球を占領した。
オレたちは、やつらに報復し、勝利し、壊滅させた。しかし、地球は、
以前の地球は、なくなってしまった。ほんとうに、すまないとは思うが、
あんたは、どこか別の場所に住まなくてはならないだろう」
「地球がない」と、マクガリー。声に、表情がなかった。まったく、表
情がなかった。
「それは、たいへんなことだが」と、アーチャー。「火星も、悪くはな
い。すぐに、慣れる。火星は、今では、太陽系の中心だ。そこには、3
0億人の地球人が移住している。地球の緑が、恋しくなるだろうが、火
星も、悪くはないよ」
「地球がない」と、マクガリー。声に、表情がなかった。まったく、表
情がなかった。
「そのうち、事実を、受け入れられるようになる。それは、衝撃にはち
がいないけれど。さて、そろそろ、出発できる。噴射管は、じゅうぶん、

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33
























































冷えたようだ。出発できるか、確認してくる」
 アーチャーは、立ち上がって、小型宇宙艇にむかって、歩き始めた。
 マクガリーは、ソラーガンをホルスターからぬいて、アーチャーを撃
った。アーチャー中尉は、もう、そこには、存在しなかった。マクガリ
ーは、立ち上がって、小型宇宙艇まで、歩いた。ソラーガンのねらいを
定めて、引き金を引いた。宇宙船の一部が、消えた。6回撃って、やっ
と、完全に消失した。宇宙船だった原子と、宇宙パトロールのアーチャ
ー中尉だった原子が、空中に舞っていたが、目には見えなかった。
 
 
            エピローグ
 
 マクガリーは、ソラーガンをホルスターにしまった。そして、地平線
近くのジャングルの赤い斑点にむかって、歩きはじめた。
 手を肩において、ドロシーにふれた。彼女は、そこにいた。マクガリ
ーが、クルーガー第3惑星にいる5年のうち、今は、4年になるが、そ
のあいだ、ずっと、そこにいたように。彼女は、マクガリーの指や裸の
肩には、まるで、女性の手のように、感じられた。
「心配しないでいいよ、ドロシー。きっと、見つかるさ。つぎのジャン
グルは、きっと、ビンゴさ!それが、見つかったら━━━」

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 マクガリーは、ジャングルのはしまで来た。赤いジャングル。すると、
タイガーが、マクガリーめがけて、いきおいよく、飛び出してきた。6
本足で、青薄紫あおうすむらさきのタイガーは、頭は、ビヤだるのようだった。マクガリ
ーは、ソラーガンをかまえた。引き金をひくと、明るい緑の閃光が走っ
た。シンプルだけれど、うつくしい━━━そう、とても、うつくしい緑。
そのタイガーは、もはや、存在しなかった。
「いまのを見たかい? ドロシー?」と、マクガリー。声に出さずに笑
った。「あれが、緑さ。ある惑星にしか、存在しない色だよ。宇宙に、
たったひとつだけ、緑の世界があるんだ。オレは、そこから来たのさ。
きっと、きみも、好きになるさ」
「知ってる━━━わたしも、緑の世界を見てみたいわ、マック」と、ド
ロシー。彼女の低い、ハスキーボイスは、自分の声と同じくらい、なじ
みのあるものだった。彼女は、いつも、こたえてくれていたからだ。マ
クガリーは、手をのばして、裸の肩で休んでいるドロシーにふれた。ド
ロシーは、まるで、女性の手のように、感じられた。
 マクガリーは、ふりかえって、茶の茂みが点在する、茶の平原、上空
には、青紫の空に、赤く輝く太陽を見渡した。それを見て、笑った。大
声でなく、ふつうの笑いだった。その景色は、問題ではなかった。すぐ
に、宇宙船を見つけて、地球に戻れるからだ。
 緑の丘、緑の原野、緑の谷。もう一度、手を肩において、話しかけた。

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37
























































「さぁ、いくぞ、ドロシー。準備は、いいかい?」
「オーケーよ。ライオンやタイガーに、気をつけて!」と、ドロシー。
 それから、ソラーガンに手をおいて、赤いジャングルへと、入ってい
った。
 
 
 
                            (終わり)
                             
                             
                             
                             
                             
                             



                             

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