終わり良ければ
          原作:フレドリックブラウン、マックレイノルズ
          アランフィールド
           
            プロローグ
             
             
 宇宙船から発射された、救命艇には、4人の男が乗っていた。3人は、
まだ、地球防衛軍の軍服のままだった。4人目の男は、救命艇の機首に
座り、前方を見ていた。前かがみで、じっとして、宇宙の低温に耐えら
れる、断熱用の厚いコートを着ていた。こんな厚いコートが必要になる
とは、きょうの朝には、想像さえしていなかった。帽子のふちは、ひた
い深く引き下げられ、暗いサングラスから、海岸の近くを注意して見て
いた。顔の下半分は、まるで、くだけたアゴを守るように、包帯がまか
れていた。




2

1
























































 彼は、救命艇のなかでは、暗いサングラスなんて必要ないことに気づ
いて、サングラスを取った。彼の目には、ずっと、灰色に見えていた世
界が、突然、鮮やかな色を取り戻した。まばたきして、また、前方を見
た。
 救命艇は、ビーチの海岸線の上を飛んでいた。砂浜は、故郷の星では、
けっして、見ることができないような、まぶしいほどの白だった。空や
水は、青で、ファンタスティックなジャングルのへりは、緑だった。近
くによると、緑のなかに、きらめく赤が見えた。彼は、突然、それが、
マリギーだと気づいた。かつて、地球の植民星でペットとして人気があ
った、知能のあるベヌースb星のオウムだ。
 地球の植民星のどの惑星においても、空から血とはがねが降ってきて、
すべての惑星が占領されてしまった。現在は、なにも落ちてはこなかっ
た。
 今、ここでは、ほとんど完全に破壊された世界の一部ではあるが、な
にも落ちてはこなかった。
 このような静かな場所で、ひとりでいることが、彼にとっては、安全
だった。別の場所では、監禁され、あるいは、死にいたるかもしれなか
った。ここでさえ、危険があった。救命艇の3名の乗員には、わかって
いることだった。たぶん、いつか、だれかが話すだろう。そして、ここ
にいてさえ、逮捕しにくるだろう。

4

3
























































 しかし、これが、逃がすことのできないチャンスだった。うまくゆく
可能性は、低かったが、3人は、地球の植民星の外でも、彼がどこにい
るのかわかっていた。さらに、3人は、軍には忠実だが、あまり賢くな
い連中であった。
 救命艇は、休むために、静かに着陸した。ハッチが開き、彼が跳びお
りて、ビーチに向かって歩きだした。すぐに、立ち止まって、振り返り、
救命艇を案内してくれた、ふたりの乗員が、彼の私物の入ったチェスト
を運び出し、ビーチを横切って、林のへりに建っている、ブリキ小屋へ
運ぶのを待った。その小屋は、かつては、宇宙レーダー基地であった。
設備は、ずっと以前に廃止され、アンテナは、根元から折れていた。し
かし、小屋は、ちゃんとまだ、建っていた。しばらくの間は、彼のすま
いになるだろう。かなり、長いあいだかもしれない。ふたりの乗員は、
出発の準備のため、救命艇へ戻っていった。
 船長は、彼の正面に立った。厳粛な面持ちだった。船長が、右手をわ
きから動かさなかったのは、強い意志によるもので、これは、命令から
だった。敬礼は、なかった。
 船長の声も、厳粛で、感情を、押し殺していた。「ナンバーワン・・
・」
「静かに!」と、彼。それから、きつさを、ゆるめて。「もっと、気楽
にしゃべれるように、救命艇から、ここまで、歩きなおしたらどうです

6

5
























































か?」ふたりは、小屋に着いた。
「きみの言うとおりですな。ナンバーワン・・・」
「いや、もう、オレは、ナンバーワンではない。たまたまここへ連れて
きた、いとこのミスタースミスとして、オレのことを考えてくれません
か?そうすれば、トンチンカンな言い間違いもなくなります」
「わたしができることは、もう、ないですかな、ミスタースミス?」
「なにも。もう、行ってください」
「いや、きちんと、引き渡すよう、命令を受けています」
「命令なんてありません。戦争は、終わったんです。敗北です。むしろ、
どの宇宙エアポートに帰るかが問題ですね。人間的扱いを受けられれば、
いいですが、そうでなければ・・・」
 船長は、うなづいた。「そうでなければ、大変な扱いをうけますな。
わかりました。それだけですか?」
「それだけです。船長、宇宙封鎖を抜けて、途中で燃料補給してくれた
ことは、勇気ある行動でした。そのことに対して、オレができることは、
感謝を述べることだけです。さぁ、行ってください。さよなら」
「いや、さよならではありません」と、船長。衝動的に、うっかり口を
すべらせた。「またな、ベイビー!さらばじゃ!また会える日まで!・
・・あ、許してくれたまえ。これが、言葉をかけられる最後の機会なん
でな。敬礼してもよいですかな?」

8

7
























































「おすきに」厚いコートの男は、肩をすくめた。
 船長は、かかとを踏み鳴らし、最敬礼して、言った。
「さらばじゃ、ナンバーワン」
「さらば」と、彼。あきあきしたように。






            1
 
 ミスタースミスは、上空から見れば、まぶしいほどの白い砂浜の上の
黒い点だったが、救命艇が、青のなかへ、ついには、ベヌースb星の上
空のもやのなかに消えてゆくのを見ていた。その永遠のもやは、彼の失
敗やつらいひとり暮らしをあざ笑うために、いつも、そこにあった。
 もつれた日々がゆっくり過ぎてゆき、ベヌースb星の太陽は、にぶく
輝き、マリギーは、夜明け前から、1日じゅう、日暮れまで鳴きさけび、
時には、林のなかから、サルのような、6本足のヒヒが現れて、彼に向
かって、キャッキャッとないた。雨がきて、そして、過ぎていった。

10

9
























































 夜には、遠くでドラムの音がした。軍隊の行進のようでもなく、野蛮
で残忍な響きもなく、ただの、ドラムだった。規則正しいリズムで、原
始的なダンスや祈祷きとうのような、おそらくは、森の夜の精霊のためのドラ
ムだったのだろう。ベヌースb星の原住民は、他の原住民とおなじよう
に、迷信をもっていたのだ。それは、なんの脅威でもなく、規則正しい
リズムは、ジャングルの心臓の音のようだった。
 ミスタースミスの知るところでは、彼の運命の選択は、早まった選択
ではあったが、いろいろな報告書を読む時間を与えてくれた。原住民は、
無害で友好的であった。地球防衛軍は、すこし前まで━━━戦争の起こ
る前まで、彼らといっしょに住んでいた。原住民は、単純で、弱い人種
であった。村から遠く離れることは、めったになく、宇宙レーダー基地
の報告書にも、原住民を見たという報告はなかった。
 原住民と出会わないようにするのは、やさしかったし、もしも、出会
ったとしても、危険はなかった。
 つらさ以外は、心配することは、なにもなかった。
 つらさは、後悔からくるものではなく、敗北からくるつらさであった。
完璧な敗北。くそいまいましいマルスd星人に、あの不毛の星から戻る
途中から尾行された。ユテピールe星の衛星連合艦隊が、日々、なんど
も地球に来襲して、無数の宇宙艦船からの攻撃で、巨大都市はすべて灰
と化した。あらゆる努力にもかかわらず、彼の強力な秘密兵器による抵

12

11
























































抗もむなしく、彼の軍隊の最後の決戦のあと、生き残りは、わずかに2
0名か40名だった。彼の軍隊内の将軍でさえ、敵に内通したものがい
て、月の連隊の裏切りが、決定的な敗北をもたらした。
 彼は、部下とともに、ふたたび決戦にのぞむこともできただろう。し
かし、大敗北のあとでは、彼の生きているあいだは、無駄だった。独裁
者の最後だった。
 太陽系からうらまれ、そのことをのろった。
 そのことは、がまんができるし、ひとりにされたことも耐えられた。
ひとりになることは、予想してもいた。ひとりだが、まだ、彼はナンバ
ーワンだった。もしも、他人がいたら、彼の地位がみじめなくらいに落
ちぶれてしまったことを、思い知らされただろう。ひとりでいるから、
彼のプライドは守られて、自尊心は傷つけられることはなかった。
 
               ◇
 
 長い日々。マリギーたちの鳴き声。波の音。6本足のヒヒたちの幽霊
のように静かな森の移動。あるいは、彼らのキャッキャッというかん高
い鳴き声。ドラムの音。
 これらの音は、それぞれ、単独だった。しかし、もっと静かだったら、
ずっと、つらいものになっていただろう。

14

13
























































 それは、静かだったら、聞きたくないものの音が、もっとやかましか
ったからだ。たまに、彼は、夜に海岸を歩いた。上空には、ジェットや
ロケットの轟音ごうおんがひびいた。その宇宙船は、彼が逃亡する前の数日間に
も、彼の本拠地のニューアルバカーキにやって来ていた。爆弾の炸裂音。
人々の悲鳴に血しぶき。それに、彼の配下の将軍たちの、抑揚のない話
し声。
 征服された憎しみの波が、まるで、嵐に、海の波が岸壁に打ちつける
ように、人々に打ちつけた。戦うことをやめて、同盟を結ぶことは、人
々には、明らかに、憎むべきもの、復讐すべきもの━━━息するのも話
すことも困難な、薄い空気のようなものに感じられた。
 宇宙船。ジェット機。それに、ロケット、あの憎むべきロケットが、
毎日、昼も夜もやって来て、1機が10に分かれて爆発した。空から、
地獄の雨を降らせ、破壊され、大混乱になって、希望をたたれた。
 最近、彼が気づいたことは、なにか別の音がするということだった。
たまに、聞こえ、長く続くこともあった。それは、声だった。ののしる
叫び。憎しみからのわめき声。時には、地球の底力や人々の運命を賞賛
する声。
 それは、彼自身の声だった。白い砂浜の波で反響して、彼がいるとこ
ろまで戻ってきたのだ。ヒヒたちにも、叫び返し、彼らを黙らせた。な
んども、彼が笑うと、マリギーたちも笑った。たまに、ベヌースb星の

16

15
























































奇妙な形をした木々たちも話しをした。しかし、彼らの声は、ずっとか
すかであった。木々たちは、従順で、よき従者であった。
 ときとして、すばらしい考えが浮かんだ。木々の種族は、純血種であ
って、他種と混ざることはなく、常に、しっかりと立っている。つまり、
いつの日か、木々たちは━━━。
 いや、これは、たんなる夢、空想だった。当面の問題は、むしろ、マ
リギー、それに、キフという地球のアリに似た虫だった。こいつらは、
いつも、彼を困らせた。大声で鳴くマリギーがいた。「すべて取り逃が
した!」彼は、縫い針銃で、何百回も撃ったが、いつも取り逃がした。
ときには、逃げさえしないマリギーもいた。
「すべて取り逃がした!」
 ついには、もう、縫い針を無駄にするのをやめてしまった。マリギー
に忍び寄り、素手で絞め殺そうとした。この方が、ずっとよい方法だっ
た。何千回目に、やっと、1匹とらえ、殺した。手にあたたかい血がし
たたり、羽が飛び散った。
 これで、終わりにしてほしかったが、そうでは、なかった。今では、
何十匹ものマリギーが鳴き叫び、すべて取り逃がした。もしかしたら、
ぜんぶで、12匹しかいなかったのかもしれない。今では、すっかりあ
きらめて、マリギーを手でふりはらうか、石を投げるだけになった。
 キフは、地球のアリに似た、ベヌースb星の虫で、食料を盗んだ。し

18

17
























































かし、このことは、多くの食料があったので、それほど、重大ではなか
った。小屋にあるのは、宇宙船の貯蔵用であったが、使われたことはな
かった。カンを開けるまでは、キフたちはたかることはなかった。カン
を開けて、一度にすべて食べなければ、残したものはなんでも、キフた
ちに食べられた。しかし、このことは、重大ではなかった。カンはいく
らでもあったし、ジャングルには、フレッシュなくだものがいつもあっ
た。シーズン中は、いつも。そして、ここには、雨をのぞいて、季節と
いうものはなかった。
 キフたちが、役だったこともあった。それは、彼に、なにか強い感情、
憎んだりといったマイナスの感情を与えることで、正気を保つのに役だ
ったのだ。
 そう、はじめは、それは、憎しみではなかった。たんなる、いらだち
だった。キフたちを、最初にそうしたように、ただ、殺していた。しか
し、キフたちは、また、戻ってきた。食料庫をどこにしたとしても、い
つも、キフたちがいた。簡易ベッドの4本の脚を、すべて、ガソリンの
入った皿の中に置いても、キフたちは、ベッドの中に、入ってきた。た
ぶん、キフたちは、見たことはなかったが、天井から落ちてきているの
だろう。
 眠りも邪魔された。からだの上を走りまわるのを感じた。アセチレン
ランプのひかりで、1時間かけて、ベッドをきれいにしたことさえあっ

20

19
























































た。キフたちは、むずむずするような小さなあしで走り回り、眠らせて
くれなかった。
 
 
 
                            (つづく)















22

21