ボディスナッチャー
          原作:ジャックフィニー
          W・D・リヒター、フィリップカウフマン
           
            プロローグ
             
             
 別の太陽系。大きなガス惑星をまわる、衛星。
 ガス惑星の熱で、宇宙生命体が活動を始めた。胞子状の半透明の無数
の種子を、宇宙空間に散布した。種子は、宇宙空間を漂い、銀河を抜け
て、地球に漂って、地面に降り立った。
 





 

2

1
























































             1
 
 シスコのゴールデンブリッジの近くの公園。雨が降っていた。
 植物の葉の上に着床した胞子は、放射状に葉根をのばして、小さなつ
ぼみを形成して、赤い可憐な花を咲かせた。
 同じ木々の葉の上に、いくつも咲いた赤い花のひとつを、リサが手に
とった。
「お花が咲いてるわ」と、保育士の女性。子どもたちを、散歩させてい
た。リサを、振り返って見ていた。「きれいね」子どもたちも、花を摘
んだ。「そちらにも、あるわ」ブランコには、牧師が乗っていて、子ど
もたちを見た。「見て!きれいよ。持って帰ると、いいわ。おうちで、
パパやママに、見せてあげましょう!」
 リサは、通りを渡って、家に戻った。
「郵便くらい、取っておいて!」と、リサ。ジェフリーは、酒を飲みな
がら、テレビのバスケットの試合を見ていた。リサに、指を鳴らした。
「なによ?」リサは、コートをぬいで、ジェフリーのところへきた。
「見て!花よ」ジェフリーは、関心を示さず、バスケットのゴールに歓
声を上げた。
 夕食の後、リサは、図鑑を見ていた。
「珍しい花だわ」

4

3
























































「なに?」と、ジェフリー。
「グレックスかな?」
「なに?」
「2種類の花から受粉してできる、まったく、別種の花。聞いて!」リ
サは、図鑑を読み上げた。「エピロビック。語源は、ギリシャ語で、豆
のサヤの上。多くは、危険な雑草」
「危険?」
「花壇ではね。根付くのが、早いの」リサは、コップに入れた花を、見
せた。「急速繁茂は、戦後の欧州の廃墟でも見られた。荒地でも、繁る
種類が多い━━━」
「週末、ベイルへ行かないか?」
「行けたらね」
「ジェフリー!読書中よ━━━ご機嫌ね!」
「今夜は、決勝戦があるからね」
「ジェフリー!」
「なに?」
「今、読書中よ」
「分かった。ヘッドホンをするよ!」
「下へ行くわ!」
 

6

5
























































               ◇
 
 マシューベネルは、営業中のレストランの裏口をノックした。
「誰だ?」と、レストランのオーナー。
「衛生局だ」と、マシュー。
 マシューは、厨房へ入った。
「ベネルさん、ようこそ」と、オーナー。
 マシューは、調理中の厨房を念入りに、見てまわった。
「これは、なんだ?」と、マシュー。1つのフライパン料理に、立ち止
まった。
 コックが、フランス語で言った。
「料理名を、英語で言ってくれ!」
「牛の赤ワイン煮です」と、コック。
「赤ワイン以外には?」
「それは、企業秘密です」と、オーナー。
「衛生局に隠すのか?」
「ブラウンストックにタイム、パセリにケッパー━━━それに、ローリ
エとニンニクです」
「それだけか?」
 マシューは、ピンセットを出して、フライパンから何かをつまんだ。

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7
























































「これは?」
「ケッパー」と、コック。
「ほんとうか?」
「なんだと、おっしゃるんですか?」と、オーナー。
「ネズミのフン」
「なに?」と、コック。
「ネズミのフンだ!」
「ケッパーです!」と、オーナー。
「フンだよ」と、マシュー。
「ケッパーです!」と、オーナー。
「だったら、食ってみろ!」
 オーナーは、なにも言わなかった。
「営業停止にする」マシューは、ビンにフンを入れた。「クソを食わせ
て、金を取るとは、許せん」
 マシューは、米ひつにも、紫外線を当てて、念入りに調べた。
「これは、事故です」と、オーナー。「注意しているのは、ご存知でし
ょう?」
 マシューは、調査を終えて、裏口に止めた車に戻った。フロントガラ
スは、ビンを投げられて、ひびが入っていた。裏口の前には、コックが
ふたり、車の方を見ていた。マシューは、なにも言わずに、車を出した。

10

9
























































 外は、雨だった。サイレンを鳴らした、オートバイが追い越していっ
た。
               ◇
 
 電話のベルが鳴って、リサが出た。
「ハロー」と、リサ。
「エリザベス、寝てた?」と、マシュー。家で、新聞の切り抜きをしな
がら、電話していた。
「マシューね」リサは、ナイトガウンを着て、キッチンの冷蔵庫から、
牛乳を出して、コップに注いだ。
「車の窓を割られた」
「ひどいわ!」
「安ワインのビンでね!決勝戦で彼氏は、ご機嫌だろ?」
「ええ」
「なにしてる?」
「別に」
「あしたは、早出はやでしてくれよ」
「なんですって?」
「7時半に来て、検査してくれないか?」
「無理よ、マシュー。8時前は」

12

11
























































「ぼくには、会議がある。水曜しか、検査できん」
「無理よ。8時前は」
「最優秀局員に、推すからさ━━━すてきだし」
「分かったわ、7時半に、サルモネラ菌ね」
「ありがとう、じゃ、あす」
「明朝ね」
 リサは、牛乳を飲んでから、2階の寝室に行った。
 ジェフリーは、すでに、寝ていた。リサは、ヘッドホンを片付けて、
隣に寝た。
 ベッドの脇の棚の上に、コップに入れた花があった。
 
            2
 
 目覚ましの音で、リサが目覚めると、すでに朝だった。すぐに、目覚
ましを止めた。
「早いのね、いつ、起きたの?」と、リサ。
「さっきだ」ジェフリーは、すでに、スーツを着て、ベッドの脇の床の
上のゴミをチリ取りにとると、出て行った。
「何してるの?ジェフリー?」
 ジェフリーは、なにも、答えなかった。

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13
























































「ジェフリー?」リサは、ガウンのまま、下へ降りていった。「ジェフ
リー?」
 ジェフリーは、キッチンのごみ箱を持って、外へ出て行った。リサが、
窓のカーテン越しに見ると、ゴミ収集車の中に、ゴミを捨てていた。ジ
ェフリーは、ゴミ収集車が出て行っても、ずっと、その方向を見ていた。
 いきなり、居間の時計が7時の時報を告げた。リサは、驚いて、振り
返って、見た。
 
               ◇
 
 リサは、コート姿で、公衆衛生局のビルに入った。途中、走って、通
りを渡る男性や、犬を連れた、バンジョー弾きがいた。
 検査室には、すでに、多くの検査員が働いていた。
「あそこのホタテは、いかさまだ」と、マシュー。検査中のボカードに。
「ごめんなさい、すぐ、始めるわ」と、リサ。白衣に、着替えていた。
「ボカードがやっている。ポテトも、サワークリームも怪しい」
「ジェフリーのせいで、遅れたの」
「歯医者が、どうした?」
「どこか、変なの」
「歯医者は、みんな、変だよ」マシューは、腕時計を見て、歩きだした。

16

15
























































「時間は?」リサは、マシューについていった。
「あるよ」
「いつもと、どこか、違うの」
「進歩したか?」
 ふたりは、廊下に出た。
「そうじゃないけど」
「じゃ、追い出せ!」
「彼の家よ」
「買い取れ!いい物を見せよう」
「なに?」
「これだ」ジェフリーは、ビンを見せた。
「なんなの?」ドアのすりガラス越しに、こちらを見ている男性がいた。
「当てろ!」
「ケッパー?」
「さぁ」
「なによ?」
「ネズミのフンだ」
 廊下の向こうから歩いてくる男性は、ビニール袋にネズミを入れてい
た。
「いたぞ!」と、男性。「捕まえた。大ネズミだ!」

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17
























































「営業停止、決定だ!」と、マシュー。ドアをあけて、男性を入れた。
リサから、ビンを返してもらって、「あとで」と、言った。「どうした
?」
「いいの。心配しないで━━━失礼!」リサは、後ろから来た男性に、
軽くぶつかった。
 男性は、ふりかえって、なんども見ていた。
 
               ◇
 
 リサは、仕事を終えて、家に戻った。
「わたしが、なにか、したなら、あやまるわ」と、リサ。2階に来た。
「了解した、それじゃあ」と、ジェフリー。電話を、切った。「急用だ。
これから、出かける」と、リサに。
「試合は、どうするの?」
「チケットは、処分した」
「見にゆかないの?」
「仕方ない」
「どうかしたの?変よ」
「べつに。打ち合わせがある」
「なんの打ち合わせ?」

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19
























































「いちいち説明しなくても、いいだろ?」
「おかしいわ」
「わけを言って!心配なの」
 体を寄せたリサは、なにかに気づいて、ジェフリーから離れた。
「どうした?」と、ジェフリー。
「別に」と、リサ。階段を下りていった。
 リサは、窓のカーテン越しに、ジェフリーが、迎えに来た車に乗って
ゆくのを見た。
 
               ◇
 
 マシューの家。キッチンで、マシューが、ねぎを刻んでいた。
「入って!」と、マシュー。玄関から、リサが入ってきた。
「ハーイ、どうした?」ジャズピアノ曲が、かかっていた。
「わたしが言ってること」と、リサ。「おかしかったら、言って!」
 リサは、急いできたので、少し息をついた。
「お願い、変な話だけど━━━ジェフリーが、ジェフリーじゃないのよ」
「なんだって?」マシューは、夕食の皿を並べ始めた。
「分かるの━━━外見は、彼だけど、中身が違う。なにかが、欠けてる
の」

22

21
























































「なにかって?」
「そう、感情よ。心が、前と違うのよ。言っている意味、分かる?」
「分かるよ、食事は?」
「いらない」
「味見を」
「いらない」
「いいから」マシューは、はしでつまんで、リサの口に入れた。
 リサは、テーブルのグラスで、ワインを飲んだ。
「テラスで食べよう」と、マシュー。大きなフライパンで、野菜をいた
めた。
「肉を切ってくれ!そこのショウガをとって!」
 テラスのテーブルで、食事を始めた。遠くに、高層ビルの窓の明かり
が見えた。
「ほかにも、変なことが」と、リサ。「ジェフリーの妹のノラに、相談
に行ったけど、言えなかったわ」
「ノラも別人に?」
「わたしって、変ね?」
「いや━━━キブナーに会う?」
「精神科医ね?キブナーなら、相談にのってくれる?」
「ああ」

24

23
























































「わたしは、正常よ!」
「そうじゃなくて、心配の原因をなくすんだ。ジェフリーの浮気とか、
同性愛疑惑とか、病気や、支持政党の変更━━━ジェフリーが変わった
と思わせる要素を、取り除いてくれるよ。みてもらう?」
「わたしは、異常?」
「目玉の芸をやれる?正常なら、やれる!」
 リサは、両方の目玉をグルグルまわして、笑った。
「大丈夫だ」と、マシュー。
「おいしい。料理の名人ね」リサは、はしを使って食事した。
「ジェフリーの帰宅は?」
「遅いみたい」
「飲むか?」
 
               ◇
 
 翌朝、マシューは、白衣を持って、クリーニング店に入った。
「おはよう」と、店主のミスターテン。
「ミセステン、これ、コーヒーのしみ」
「いや、違うね」と、ミセステン。
「コーヒーだよ」

26

25
























































「落ちないよ」ミセステンは、伝票を渡して、白衣を奥へ運んだ。
 マシューが、店を出ようとすると、ミスターテンが声をかけた。
「医者だろ?」
「役人だ。衛生局の」ミスターテンのところへ行った。「医者に用か?」
「妻が、病気だ」
「どこが、悪い?」
「妻が、違うんだ!」
「奥さんが?」
「妻じゃない!」
「違う?」
「そう、違うんだ。別の女だ」ミスターテンは、奥に行った。ミセステ
ンが、白衣を持ったまま、マシューの方を見ていた。
 マシューは、店を出た。ゴミ収集車が、ゴミを圧縮していた。公園を、
通ると、バンジョー弾きに声をかけた。
「やぁ、ハリー!プーチも元気か?」犬のプーチは、マシューに尻尾を
振った。
 衛生局のオフィスから、マシューは、リサに電話をかけたが、不在だ
った。
 エレベーターに乗ろうとして、後ろから、肩をつかまれて、驚いて振
り返った。

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27
























































「どこにいた?捜したぞ」と、マシュー。リサだった。「どうした?大
丈夫?なんとか、言え!」
 リサは、なにも、答えなかった。そして、いきなり、泣き出した。
 研究員が帰ったオフィスを、清掃員が掃除機をかけていた。
 
               ◇
 
 マシューは、フロントガラスにひびが入った車を運転していた。
「あの人たち」と、助手席のリサ。「互いに、なにかを、伝えあってい
るわ。秘密裏に。陰謀だわ。分かるの」
「陰謀だなんて」と、マシュー。
「でも、なにかあるのよ。こわいわ。朝、彼に会いに、歯科医院に行っ
たの」
 リサは、廊下を歩いて、ジェフリーハウエル歯科医院と書かれた、ド
アを開けようとした。
「ジェフリー?」
 歯科医院は、閉まっていた。少し待つことにして、廊下の窓から、下
を見ると、ジェフリーが、白衣の看護婦と歩いていた。そこは、広い空
き地のようなところで、グレーのスーツを着た、別の2人の男性と落ち
合った。

30

29
























































「知らない人たちと会っていて、何かを渡してた」と、助手席のリサ。
「知らない人か」と、マシュー。
「ひとりも」
「患者だろう?」
「いえ、違うわ」
「一日中、ジェフリーを尾行したの」
 人ごみを歩く、ジェフリー。その後から、リサは、コートを着て、足
早に歩いていた。
「先々で、怪しげな人たちと会っていたわ」
 広いロビーの地下で、ジェフリーは、3・4人の男性と会っていた。
包みを渡された男性と、もうひとりが、エスカレータを上がってきた。
「スバイなんて、バカみたい。でも、話しかけられなかった」
「分かった。ギブナーに見てもらえ!」と、マシュー。左にハンドルを
切った。
「精神科医なんて」
「それは、忘れろ。ただの、知識人だと思えばいい。ギブナーの本の、
出版記念パーティーがある。有名人だし、きっと、気に入るよ」マシュ
ーは、また、ハンドルを左に切った。
「さぁ、どうかしら━━━ずっと、この町に住んでいるわたしには」
 街を歩く、リサ。なん人かが、リサを見ていた。

32

31
























































「この町の人々の雰囲気が、違って感じるの。ジェフリーもみんなも、
きのうまでは、普通だったのに、きょうは、違和感を感じる」バスの人
々が、みんな、リサを見ていた。「悪い夢かしら?恐ろしいわ。一晩で、
町が変わったなんて」
 マシューは、赤信号で、車を止めた。
「英軍ラクダ部隊の話をしたことは?」
「ええ」
「サハラ砂漠でのことだ」青信号に変わったので、車を発進させた。
「敵に40日間、包囲され、食料もつきていた。そのとき、隊長が、部
下たちに言った。諸君、いいニュースと悪いニュースがある。すると、
部下のひとりが━━━」
「それ、聞いたわ、ははは」
「もう一度、話す?」
 赤信号で車を止めると、男性が、フロントガラスの上に、飛び乗って
きた。
「いったい、なんだ!」と、マシュー。「ドアをロックしろ!」
「やつらが来る!」と、男性。フロントガラスやドアの窓を、必死に、
たたいた。「助けてくれ!やつらが来るんだ!聞いてくれ!つぎは、き
みらだ!ねらわれている!恐ろしいことだ!やつらは、もう、来ている!
つぎは、きみらだ!やつらが、来る!」赤い車が、急発進した。男性は、

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33
























































右の方向に、逃げだした。そのあとを、老人や若者が、走っていた。
「どうかしている」と、マシュー。右の方向から、人が跳ねられる音が
聞こえた。
「警官が来た」サイレンを鳴らして、オートバイが、右方向へ走ってい
た。
 青信号で、車が右に曲がると、さきほどの男性が、通りに横たわって
いるのが見えた。人々が、周りを取り囲んでいた。
「ひどい、あんまりよ」と、リサ。「やつらって、なに?」
「着いたら、通報しよう」
 
               ◇
 
 ギブナーの出版記念パーティー。多くの人々で、ごったがえしていた。
「マシュー来たか!」と、ジャック。ザフライの頃と同じ、ベージュの
レインコート姿だった。「あとで、食事を!」
「だめだ。電話は?」と、マシュー。
「そっちだ」
「エリザベスだ」
「この人が、そうか」右手に持った本を、差し出した。「ギブナーの本
は、ひどい。じつに、くだらん!」

36

35
























































「なんてこと、言うの!」と、パーティーの女性。
「ほんとうだよ。ギブナーは、書くのに、半年に1冊だ。ぼくは、半年
に、1行だ!」
「なんで、それっぽっち?」
「言葉を、選ぶからさ!」
「だから、なんなの?」
「話にならん!」
「レブンワースとタークの角だ」と、マシュー。電話をしていた。
「彼?」と、リサ。ジャックを指して。
「ああ」と、マシュー。「はい」と、電話に。
「だから、なんなの?だとさ」と、ジャック。マシューに。
「現場には、警官も救急車も来てた!」と、マシュー。
「だれも、分かってくれない!」と、ジャック。マシューに。
「なら、無視しとけ!」と、マシュー。
「テキトーだな!」
「男が走って、来たんだ!」と、電話に。「追われて、逃げて、別の車
に、はねられた」
 ジャックは、ずっと、マシューに話していた。
「警察と話しているんだ!」と、ジャックに。「道路に倒れていた」と、
電話に。

38

37
























































「事故か?」と、ジャックは、受話器を奪って、言った。
「ハロー?」と、マシュー。電話に。
「警察に、名前は言うな!」と、ジャック。
「タークの交差点だ」と、マシュー。
 リサは、このやりとりにあきて、会場の奥に行った。
「でも、わたしの夫と違うんです!」と、キャサリン。「偽者なんです
!」
「そんなはずないさ」と、ギブナー。とんがり耳は、隠していた。
「テッドは、首のうしろに、傷が。でも、ふだんは、髪に隠れてます。
きょう、髪を切って━━━」
「傷が、ないのね?」と、リサ。
「いいえ、あるわ」
「そうだよ、テッドなんだから」と、ギブナー。
「それは、わたしにも」と、リサ。
「ちょっと、待って!」と、ギブナー。「ご主人ですよ」と、キャサリ
ンに。
「そのことで、話があるの」と、リサ。
 テッドが、このことに気づいて、やってきた。
「待ちなさい、ちょっと、待って」と、ギブナー。「私を信じて!」と、
キャサリンに。「信じてくれますね?」

40

39
























































 リサは、ギブナーから、離れていった。
「ぼくも公務員だ」と、マシュー。電話に。「あんたが、名前を言えば、
ぼくも言う。正式に届けたい」そして、ジャックに。「ちょっと、待っ
て」
「ホーマーは、どこへ行った?」と、ジャック。「ロンドンか?」
 マシューは、リサがいないことに気づた。「エリザベスは?」
「わたし、怖いの」と、キャサリン。
「分かります。さぁ、手を」と、ギブナー。「キャサリン、信じて!難
しいことじゃない。この人は、誰です?」ギブナーは、キャサリンの手
を、テッドの手につながせた。
「テッド」と、キャサリン。
「そうだよ。さぁ、握って!ほら、落ち着いて!気分は、よくなった?
あした、私のところへ」と、ギブナー。ふたりに。「3人で、話しあい
ましょう!」
 会場の人々は、話をやめて、この夫婦のやりとりを見ていた。
「連れて帰ります」と、テッド。
「大丈夫ですね」と、ギブナー。夫婦を、玄関に向かわせた。
「もう、いい」と、マシュー。電話を切った。「事故の話を、聞かない」
「大陰謀だ」と、ジャック。
「なにが?」

42

41
























































「すべてだ」マシューは、エリザベスを捜した。
 リサは、「失礼」と言いながら、玄関に向かうキャサリンに追いつい
て、言った。
「エリザベスドリスコルです。公衆衛生局に電話を!」
「キャサリン、おいで」と、テッド。夫婦は、玄関に向かった。
 マシューは、リサのところに来た。
「キャサリンの夫は、別人よ」と、リサ。テッドが、振り返った。「そ
れを、見抜いているのに、誰も、力にならない」テッドとキャサリンは、
出ていった。
「そんなことはない」と、ギブナー。
「ギブナー、エリザベスだ」と、マシュー。
「よく聞く、話だ」
「なにを?」と、ジャック。
「わたしも知ってるの、人が」と、リサ。
「変わるんだろ?外で、その話を」と、ギブナー。
 マシューとリサは、外に向かった。
「赤毛の女性が、きみの詩に興味を持っていたよ」と、ギブナー。ジャ
ックに。
 ジャックは、女性を捜し始めた。
「今週は、患者6人が、同じ話をした」と、ギブナー。外は、暗かった。

44

43
























































「人は、変わってる。人間性も、失っている」
「その意味とは、違うわ」と、リサ。「少なくとも、ジェフリーの場合
はね」
「いや、違いはない。今の人は、関わりを嫌い、責任を逃れたがる。だ
から、夫婦も家族も、断絶ばかりだ」
「エリザベスの話を聞け!」と、マシュー。
「きみは、黙ってろ!現に、私は聞いているのに、マシューは、そう思
わない。信用してない証拠だ」
 そのとき、ジャックが来た。ギブナーは、ジャックのえりを両手でつ
かんだ。
「ベリチェック、いいかげん、やめろ!」と、ギブナー。
「やめろって、なにを?」と、ジャック。
「余計な口をきくな!」
 マシューが、止めに入って、ジャックをかかえて、ギブナーから引き
離した。
「ひどいやつだ!」と、ジャック。
「どう思った?」と、ギブナー。リサに。「自分は関わりたくないと、
心を閉ざしただろ?」
「さっきの人は、別よ」
「なぜ?自分と共通点があるから?」

46

45
























































「そうね」
「そうか。来なさい!」ギブナーは、リサと歩き始めた。「キャサリン
は、テッドから逃げたがってる」
「診療中だ」と、マシュー。ジャックに。
「それで、おどすのか?エリザベスは、健康だ」と、ジャック。
「心の乱れだ」
「きみもだろ?」
「頼みがある」
「いいよ」
「家へ帰れ。あとで、電話する」
「分かった」ジャックは、帰っていった。
「恋人が別人になったと感じる理由が、単純だ」と、ギブナー。リサに。
「もしかすると、それを口実に、別れたいのかも」
 マシューも、リサの隣に来た。
「分からないわ」と、リサ。
「考えて」と、ギブナー。「性急な判断をくだす前に、そのことを考え
てみては?どうかな?」
「そうね」
 マシューは、リサを車に乗せて、ドアを閉めた。
「ありがとう」と、マシュー。車に乗る前に、ギブナーと話した。

48

47
























































「今は、応急処置だ」と、ギブナー。「ちゃんと、治療しなきゃ!あす、
4時に私のところへ」
「診断は?」
「今、はやりの妄想だよ。2日もあれば、直るさ」
「心配ない?」
「よく眠ればね」
「伝染するのか?」
「恋人のところへ戻してやれ!」
「衛生局として、調査する必要があるかな?」
「そうだな。できれば。送ってやれ!」
 マシューは、車に乗って、ゆっくり発進した。










50

49
























































 
            3
 
 ジャックは、自ら経営する、ベリチェックバス店に戻った。
「パーティーは、どうだった」と、妻のナンシー。事務室でシーツを抱
えていた。「ギブナーの本ね?」
 ジャックは、本を床にたたきつけた。
「あなたの詩も、朗読を?」電話が鳴った。「ごめんなさい」と、電話
をとった。
「ベリチェックバスです。カリストガの泥風呂に、15分のコースが、
お勧めです」
 ジャックは、バスタオルを1枚とって、バスルームへ入った。バスル
ームは、カーテンで区切られた、ひとり用のベッドが並んでいて、奥は、
ひとり用の泥風呂が3つに、シャワーと、普通のバスタブが2つあった。
クラシックのオーケストラ曲が流れていた。
「出してくれ!」と、泥風呂の男性。「ベリチェック、手を貸せ!出た
いんだ!」
 ジャックは、なにも言わずに、カーテンを閉めた。
「毎週、これではね」と、ナンシー。男性が泥風呂から出るのを助けて、
バスタオルを渡した。「もうすこし、辛抱しないと」男性を、シャワー

52

51
























































に案内して、カーテンを閉めた。
 別の男性は、泥風呂に首までつかって、本を読みながら、じっとして
いた。
 シャワーを浴びた男性は、ベッドで横になり、ナンシーのマッサージ
を受けていた。
「ナンシー、音楽を止めろ!」と、男性。
「植木用よ」と、ナンシー。
「オレは、音楽が、好かん」
「うちの植木は、大好きよ。感情があるの。音楽で、植物の成長が早く
なるのは、実証済みなのよ」
「いいから、止めろ!」
「もっと、楽しい気分で!」
 本を読んでいた男性は、泥風呂からあがった。
 ジャックは、服をぬいで、バスタオルを腰にまいて、サウナルームに
入った。
 ナンシーは、泥風呂の周りをふいて、戻る際に、すでに服を来て、ベ
ッドに座っている、男性に気づいた。
「ジアンニさん、なにか?」
「ヴェリコフスキーの、衝突する宇宙は、いいよ!」
「読んだわ。ステープルトンのスターメーカーもいいわ。必読の書よ。

54

53
























































もう、出てください」ナンシーは、ジアンニを、出口に誘導した。
「読書好きだね」
「あまり、長く入っていると、毒ですよ。植木を、ありがとう」
 ナンシーが、ドアを閉めると、バスルームのカーテンがそよいで、な
にかの気配がした。
 
               ◇
 
 マシューは、リサの家の前に、車を止めた。
「いっしょに?」と、マシュー。
「いいの」と、リサ。室に入ると、植木に添えられた、メッセージカー
ドを見つけた。
「ジェフリー?」そして、ついて来たマシューに。「やさしい人よ!カ
ードをくれたわ」
「ジェフリー?」と、マシュー。
 それを、聞いて、リサは、笑いだした。
「大丈夫?」と、マシュー。リサは、うなづいた。「じゃ、あした!」
「おかげで、気持ちが安らいだわ。よく、考えてみる」リサは、マシュ
ーを玄関まで、見送った。「ありがとう」
 ジェフリーは、電気を消した、隣の壁際に立って、息をひそめていた。

56

55
























































 
               ◇
 
 ベリチェックバス店。
「ジャック、どこにいるの?」と、ナンシー。「考えごとの邪魔したく
ないけど、夕食が、まだなのよ」ナンシーは、カーテンで仕切られた、
ベッドを見てまわった。
「息がつまるわよ」ナンシーは、頭までシーツで覆われた、ベッドを見
つけた。
 シーツをはがすと、全身が半分とけたような、死体が現われた。
「ギャー!ギャー!ギャー!」と、ナンシー。手をバタつかせて、うろ
うろした。
 それを、聞いて、ジャックがとなりのベッドから起きてきて、ナンシ
ーと、ぶつかった。死体を見て、驚いた顔をした。
「鼻血が出た!」と、ジャック。
「ギャー!ギャー!ギャー!」と、ナンシー。
 
               ◇
 
 リサの家。

58

57
























































 リサは、ジェフリーから贈られた、植木を抱えて、階段をのぼった。
葉が生い茂り、花がひとつだけの、植木を見ているあいだに、なにかに
気づいた。
 
               ◇
 
 ベリチェックバス店。ノックの音が、響いた。
「どなた?」と、ジャック。
「マシューよ!」と、ナンシー。ドアをあけた。
「どうした?」と、マシュー。
「こっちへ!」
「なんだ」
「きみは、友達だよな?」と、ジャック。バスルームのドアに、立ちふ
さがった。「伝染病患者か、死体を見たら、届け出るか?」
「まず、見せたら?」と、ナンシー。
「死体か?」
「よく分からん!」
「ジャックにそっくり!」
 マシューは、カーテンをあけた。
「これか?」と、マシュー。

60

59
























































「そうだ」と、ジャック。
 マシューは、ベッドにかぶせてある、シーツをめくった。
「冗談か?」
「違う」
「なんなの?」と、ナンシー。
 マシューは、ベッドの上の死体のようなものを、慎重に調べた。
「なによ、それ?」ナンシーは、大声を出した。
「落ち着け」と、マシュー。
「伝染病?」
「客は、見たか?」
「いいえ」
「もう店は、おしまいだ」と、ジャック。
「警察に電話を」と、ナンシー。
「やめろ!」と、マシュー。
「なぜ?」
「あてにならん」そして、分析を始めた。「子どもじゃないな。顔が、
成人だ」
「怪物よ。毛だらけで」
「なんだろう?」と、ジャック。
「鼻、唇、毛髪」と、マシュー。

62

61
























































「全部あるが、形が、はっきりしない」
「ジャック、さわらないで!気持ちが悪い!」と、ナンシー。
「息は、してない」と、マシュー。
「指紋もない」と、ジャック。
「指紋が?」マシューは、指の先を見た。「まるで、胎児だ」
「成人でしょ?」と、ナンシー。
「身長を見るとね」と、ジャック。
「きみの身長は?」と、マシュー。
「190」
「体重は?」
「77キロ。なぜ?」
「ああ、なんてことなの、ジャック━━━マシュー?」と、ナンシー。
 マシューは、壁にあった電話をとった。
「誰に?」と、ジャック。
「エリザベス」
「なぜだ?なぜ、エリザベスに?どうして?」
 リサは、すでに、ベッドで眠っていた。電話の呼び出し音で、枕元の
受話器をとった。
「エリザベスか?マシューだ!ハロー!」
 リサは、目が覚めなかった。ジェフリーは、リサの脇の受話器をとっ

64

63
























































た。
「聞こえるか?だれか、いるのか?ハロー!」
 ジェフリーは、なにも言わずに、電話を切り、受話器を脇に置いた。
 マシューは、かけ直したが、つながらないので、歩き出した。
「どこへ?」と、ナンシー。
「エリザベスが、危ない」
「わたしたちは?」
「ギブナーに来てもらえ!これが、番号だ」
 マシューは、手帳の紙を、ナンシーに渡して、出て行った。
「どうしたの?」と、ナンシー。
「疲れた」ジャックは、イスに座った。
「立って!歩いて!」ナンシーは、ジャックを無理やり立たせた。
「のどが渇いた」
「水を持ってくるわ。眠らないで!」
 雨の中、マシューは、車を走らせていた。サイレンを鳴らした、オー
トバイとすれ違った。
「これを」と、ナンシー。水を差し出した。
「ありがとう」と、ジャック。ベッドに座っていた。
「ギブナーが来るわ」
「また、ギブナーか━━━ちょっと、横になって、考える」

66

65
























































 ジャックが、横になると、カーテンの隙間から、隣りのベッドに横た
わる、死体のようなものの、頭が見えた。
 ナンシーは、室を戻ってきて、横たわるものの顔を、おそるおそる、
見ていた。
 すると、突然、それが、目をあけた。
「ジャック!ジャック!起きて!」と、ナンシー。ジャックをゆすって、
起こした。「あれが、目をあけたのよ!」
 ジャックが目をあけると、それは、目を閉じた。
 ジャックは、起こされて、それを、おそるおそる、見にきた。ナンシ
ーは、遠くから、見ていた。
 それは、目を閉じていたが、鼻から、血を垂らしていた。
「見た?」と、ナンシー。
 ジャックがのぞいていると、綿毛のようなものをのばして、腕に触れ
た。
「うわぁ!」ジャックは、驚いて、飛びのき、走り出した。
「ギャーッ!」と、ナンシー。ドアの前に、ギブナーが立っていた。
 
               ◇
 
 マシューは、リサの家の前に、車を停めた。

68

67
























































 ドアをノックしたが、鍵がかかっていた。
 マシューは、窓によじ登り、室内を見た。電気を暗くして、ジェフリ
ーが座って、ヘッドフォンでテレビを見ていた。マシューは、裏の地下
室にまわり、ガラスを割って、窓の鍵をあけて、ドアのかんぬきをはず
した。ジェフリーは、音を聞いたが、気にとめなかった。
 マシューは、階段を上がった。居間のジェフリーを見てから、そのま
ま、2階へ行って、室を見てまわった。
「うわぁ、エリザベス!」と、マシュー。その室の中は、葉が大きく生
い茂り、植物のまん中に、リサが、死んだように、横たわっていた。マ
シューは、どうすることもできずに、ひざをついた。リサは、裸で目を
閉じ、体のまわりは、羽毛のようなものにおおわれていた。
 すると、隣りの室から、リサの寝息が聞こえた。電話は、受話器がは
ずされて、警告音が鳴っていた。
「エリザベス、起きろ!」と、マシュー。リサを抱きかかえようとした。
ドアノブの音がしたので、マシューは、リサを寝かせて、クローセット
に身を隠した。
 ジェフリーは、リサの頭にさわったが、よく眠っているので、室を出
て行った。
 マシューは、リサを抱きかかえ、ジェフリーのあとから階段を降りて、
そのまま、地下室へ降りた。階段を入れ違いに、ジェフリーが箱を持っ

70

69
























































て、2階に上がった。
 マシューは、裏口から出て、リサを助手席に乗せて、急いで、車を発
進させた。







 
            4
 
 ベリチェックバス店。
「死体らしきものは、ない」と、ギブナー。ひとりで、バスルームを点
検してから、ドアをあけた。
「なにを、言っている!ちゃんと、調べたか?」と、ジャック。「左手
の一番奥を、見たか?」ジャックは、すべてのカーテンをあけ始めた。
「なにもない」
「バカな」と、ナンシー。

72

71
























































「脈や鼓動は?」
「目をあけたわ!」
「見たのか?」
「鼻血を出して、白い毛が手にふれた!」と、ジャック。「なにかある」
泥風呂のひとつに、手を入れた。「前に老人が、心臓発作で死んだがね」
「友達か誰かのイタズラだろう」と、ギブナー。
「友達はいない」と、ジャック。
「じゃ、敵だ」
「見て!」と、ナンシー。「誰があけたの?」
 窓が、すこし、あいていた。ナンシーが、その窓をあけると、ゴミ収
集車が、ゴミを圧縮していた。
 マシューは、運転しながら、リサの体をゆすって、起こした。
 ベリチェックバス店。玄関をたたく音がした。
「待て、誰だ?」と、ジャック。
 ギブナーが、ドアをあけると、リサを抱きかかえた、マシューだった。
「あれが、消えた」と、ジャック。
「取られたの」と、ナンシー。
「見たか?」と、マシュー。
「なかった」と、ギブナー。
 マシューは、事務所の電話を、ダイヤルした。

74

73
























































「誰を起こす?」と、ギブナー。
「警察か?死体を発見した」と、マシュー。電話に。
 外のゴミ収集車は、まだ、停車したまま、ゴミを圧縮していた。
 マシューは、自分の車に、リサを乗せて、ナンシーに運転を頼んだ。
「オレのうちへ行け!誰も入れるな!」と、マシュー。
 マシューとジャックは、ギブナーの車で、いっしょに、リサの家へ行
った。
 リサの家の前には、通報を受けた警察が、すでに、来ていた。
「この3人です」と、警官。
「発見者は?」と、警部。
「私です。ベネルです」と、マシュー。
「現場へ案内を」
「上です」
 マシューは、玄関に立っているジェフリーに、「エリザベスは?」と、
聞かれた。
 マシューを先頭に、全員が2階に上がった。
「どこだ?」と、ギブナー。
「複製がいた」と、マシュー。
「どこに?」ギブナーが見ると、植物のあいだには、なにもなかった。
「木の葉だけだ━━━確かに、あったんだ!」

76

75
























































 ジェフリーは、最後に室に入った。手には、酒のグラスを持っていた。
「エリザベスの複製が、消えた!」と、マシュー。
「行方不明か?」と、警部。
「違う」
「どこに?」と、ジェフリー。
「マシューの家だ」と、ギブナー。
「言うな!」と、マシュー。
「いるのか?」と、警部。
「いや、マシューが運び出したんだ!」と、ギブナー。
「いや、ジェフリーが運び出したんだ!」と、マシュー。
「違う!マシューが連れて行った!」と、ジェフリー。
「きみが、エリザベスを?」と、警部。「ここから?」
「危険だからだ」
「じゃ、きみが犯人だ」
「違う!エリザベスとは別の人体があった!」
「もう、いい!」と、ギブナー。マシューを制止した。そして、警部に。
「ギブナー博士です」
「精神科医の?」と、警部。「妻が、あなたの本を」握手をした。
「話が込み入っているが、マシューは、精神的に混乱しているので、話
し合って解決を」

78

77
























































「お任せします」
「ありがたい」と、ギブナー。そして、マシューに。「ここにいても、
無駄だ。出よう」
「不法侵入で、ベネルさんを訴えられますよ」と、警部。ジェフリーに。
「エリザベスさえ無事なら、いい」と、ジェフリー。
 大声で言い合っていた3人は、話をやめて、ジェフリーの方を見た。
「けっこう!行こう!」と、ギブナー。
「エリザベスは、戻ってくるかね?」と、ジェフリー。
「いや」と、マシュー。「彼女の服を」
「いいよ」
 3人が出てゆくと、ジェフリーは、警部や警官と、顔を見合わせた。
 
               ◇
 
 朝。マシューの家。全員が集まっていた。
「よし、もう一度、初めから」と、ギブナー。ソファーに横になって、
目をつぶっていた。「1つずつ━━━きみたちは、風呂で死体を見た。
正体不明だった」
 ナンシーは、イライラして、おこったような顔をして、イスに座った。
 ジャックは、行ったり来たりを繰り返していた。

80

79
























































「3人とも、さわった。ナンシーは、目をあけるのを、見た」
「わたしを、見たの」と、ナンシー。
「ジャックも目を見たのか?」
「いや。鼻血を」と、ジャック。
「鼻血を出し、目をあけたのなら、生きていたんだ」
「ギブナーは、人間みたいに言うが、違う」と、マシュー。
「じゃ、なんだ?」
「人間じゃなかった」
「白髪だった」と、ジャック。
「ジャックの複製は、エリザベスの複製ほどは、成長してない」
「ツルがはえていた」
「完成、間際だった」
「もう少しで、ジェフリーの二の舞よ」と、リサ。泣き顔だった。
「なにが起こっているのか、エリザベスの考えを」と、ギブナー。
「人間の複製化よ!」
 ギブナーは、あきれかえった顔をした。
「複製されると、自分はなくなる。あやうく、わたしも」
 ギブナーの態度に、腹にすえかねて、ナンシーが立ち上がった。
「ギブナーが信じないのは、別の体を、ジェフリーが隠して、見せない
からよ」

82

81
























































「ぼくのは、どこへ?」と、ジャック。
「きみたち、自分の言っていることを、考えてみろ」ギブナーは、起き
上がって、笑いをこらえきれない、という顔をした。「死体が消えたっ
ていうなら、まだしも、別の体とか、複製とか、いったい、なんだ?」
「まともじゃないのは、分かるけど、事実なのよ!」と、リサ。立ち上
がって、声を荒げた。
「われわれそっくりの体なんだ。なぜ、信じない!」と、ジャック。
「みなが、精神異常?」と、リサ。
「そろって、幻覚を見たと、信じさせたいの?」と、ナンシー。
 マシューは、ギブナーに話すのをあきらめて、ドアの外へ出た。
「私は、夜中に電話で呼ばれて、きみたちを助けに来ただけだ」と、ギ
ブナー。
「悪かったよ。迷惑かけたなら、あやまるさ」と、ジャック。「だが、
あやまるのも、腹が立つ!」ジャックは、ドアノブをたたいた。ナンシ
ーが、ジャックのコートをつかんで、止めに入った。「ナンシーをおこ
らせたな!」
 マシューは、テラスで外を見ていた。高層ビルや、ゴールデンブリッ
ジが見えた。ギブナーが、帰るために、出てきた。背広をぬいで、手に
持っていた。
「正体不明だが」と、マシュー。「たしかに、見た。ぼくは、戦う!」

84

83
























































「マシュー、きみを信じるよ。昔からの友人だからな。作戦は?」
「伝染病発生のケースと同じ、厳戒態勢をとりたい」
「私は、なにを?」
「パニック時の警察と、軍隊の出動に、市長命令がいる。市長は、患者
だろ?」
「よく知ってるな。どうしろと?」
「協力させてくれ!」
「話してみる。診療所にいるからね。電話をしてくれ」
「サンキュー」
 ギブナーは、階段を下りて、自分の車に戻った。
「早いほうが、いい」と、ギブナー。助手席のジェフリーと、後ろの男
性に。すぐに、車を出した。
 マシューは、室に戻った。
「いい香りだ」と、ジャック。花を手にもって、かいでいた。
「話を聞いて!」と、ナンシー。
「聞いているよ」
「あれは、幻覚じゃない。あなたに変わりかけていたのよ!あの体は」
「その花は、どこで?」と、リサ。
「花びんの中に」と、ジャック。
「あの中?ジェフリーも、これを、きのうの夜に」

86

85
























































「だから?」
「客のジアンニも持ってた」と、ナンシー。
「だから、なに?」
「捨てて!」と、リサ。
「サヤがある」
「図鑑にも出ていない花なの!」と、リサ。ナンシーに。
「ジャック、捨てて!」と、ナンシー。
「ピンクの花だ」と、ジャック。
「有毒かも!」と、リサ。
 ジャックは、やっと、花を置いた。
「あちこちにあるわ。寄生植物よ。どこから、来たの?」
「宇宙から?」と、ナンシー。
「まさか!」と、ジャック。
「なぜ?」
「宇宙からなんて」
「どうして?」
「スペースフラワーなんかない!」
「そう言いきれる?金属製の宇宙船とは、限らないでしょ?」
「金属製の宇宙船は、信じられない!」
「地球への侵入方法は、いくらでもあるわ!」

88

87
























































「そうよ」と、リサ。「肌にふれたりとか、においをかいだだけでも」
「この公害だらけの世界では、気づかれないわ」
「侵入経路は、不明だけど、感染したのよ!この花を分析しなきゃ!唯
一の手がかりよ!」
「体内に入って、DNAに作用して」と、ナンシー。「人を変えるのよ。
太古に、宇宙人が来て、猿の遺伝子から、人類が生まれたの。それと、
同じことが、今、起こっているのよ!」
 ナンシーは、話しながら歩いてきて、となりの室のマシューと目があ
った。マシューは、ネクタイをしめなおしていた、

 
            5
 
 朝。公衆衛生局のマシューのオフィス。マシューが電話をかけた。
「どなたに?」と、電話。
「ギブナーを」と、マシュー。
「午後には、戻ります」
「伝言を頼む。マシューベネルに連絡を、と」
「番号は?」
「知らせてある」

90

89
























































 マシューは、また、電話した。
「検察官代理のグララです」と、電話。
「公衆衛生局調査官のマシューベネルです」
「また、偽者の件か?」
「はい」
「うちが、最初か?」
「はい」
「助かるよ。パニックになると、困るからね」
「局内では、言ってません」
「電話のそばで、待っててくれ。連絡させるから」
「頼みます」
 マシューは、電話を切ると、また、ダイヤルした。
 
               ◇
 
 公衆衛生局のリサのオフィス。
「いそがしいんだ。花の分析なら、別の局に送れ!」と、リサの上司の
アラン。
「わたしたち、人類の命に直接かかわるのよ」と、リサ。
「どうして?」

92

91
























































「アラン、許可さえしてくれたら、分析は、ぜんぶ、わたしがやるから」
「きみは、仕事が遅れている。私がやろう」
「どうも」
「48時間で」
「24時間で、やって!」
「なんで、こんな花に、こだわるんだ?」
 アランは、ピンセントにはさんで、拡大鏡で花を観察した。
 
               ◇
 
 公衆衛生局のマシューのオフィス。
 電話が鳴って、マシューが出た。
「ベネルさん?」と、電話。
「はい」
「衛生局の?」
「そうだ」
「市長特別補佐です」
「はい」
「奇妙なことがあったとか?」
「ええ」

94

93
























































「ユニオンスクエアで、会って、お話を」
「参ります」
 マシューは、ユニオンスクエアのベンチで、話を終えて、立ち上がっ
た。
「では、また、あした、この場所で」と、補佐官。
「ええ」
「人に話さないように」
「分かってます」
 マシューは、通りを歩いて、電話ボックスに入った。
「15セントを」と、電話交換士。
「25セント入れた」と、マシュー。呼び出し音がした。
「市長特別補佐です」と、電話。
「ベネルですが」
「ギブナー博士からも、市長に電話がありましたが、事態は、鎮静化に
向かっています。ご心配なく」
 マシューは、通りを歩いた。なん人かが、マシューを見ていた。
 電話ボックスの電話が鳴った。
「ハロー?」と、マシュー。
「ベネルさん?」
「はい」

96

95
























































「連邦準備局のマイケルズだ。原因不明の人体の件だが、分析結果など、
報告されてない。組織サンプルは?」
「ありません」
「結論だけが、先走ってるわけだね?」
「そんなつもりは」
「複製体のことは、内密に。失礼、電話が入った」
 電話を切ると、また、電話が鳴った。
「はい」と、マシュー。
「深刻な問題ですね」と、電話。
「ハロー?」
「妄想壁が、おあり?」
「いいえ」
「集団ヒステリーかな?」と、別の電話。
「パニックは、困る」
「認めがたいことだ!」
「極力、慎重に」
「もう、終わった」
 マシューは、どこに電話しても、同じような答えが帰ってきた。
 マシューは、前に白衣を預けた、クリーニング店に入った。
「いや、もう、いい」と、ミスターテン。満面の笑みを浮かべていた。

98

97
























































「妻は、よくなった」うしろから、ミセステンも、こちらを見ていた。
 
               ◇
 
 公衆衛生局のリサのオフィス。
「ご主人が、ここへと?」と、リサ。
「いえ、直ったので、知らせに」と、キャサリン。晴れ晴れとした顔だ
った。
「待って!」
「また、お会いしましょう」キャサリンは、ドアをあけて、出て行った。
 リサを迎えにきた、マシューも、キャサリンを見ていた。
 
               ◇
 
 夜。マシューの家。電気は、消して、室内は、暗かった。
 マシューは、暖炉のマキを燃やした。
「何も入らない」と、ジャック。ラジオをいじっていた。「24時間の
放送局が、ニュースもやらん。受信状態は、いいはずなのに」
「工事トラックが止まっているわ」と、ナンシー。「なぜかしら?」
 ギブナーは、リサが横になっているソファーに来て、睡眠薬と水を手

100

99
























































渡した。
 リサは、素直に、飲んだ。
 ジャックも、ナンシーが用意した枕に、横になった。
「眠れば、あしたは、よくなる」と、ギブナー。マシューに。「きみも
寝ろ。やるだけは、やったんだ」そして、ナンシーに。「送っていこう
か?」
「あそこへは、帰らないわ」と、ナンシー。
「ここへ、泊まれ!」と、マシュー。ナンシーは、うなづいた。
「世話になったね、デビット」と、マシュー。ギブナーに。
「寝たまえ!」と、ギブナー。帰って行った。
 マシューは、テラスの階段を下りて、裏口に、南京錠をかけた。テラ
スのイスに座って、高層ビルの明かりを見ているうちに、眠くなった。
テラスの地面から、白い糸が伸びてきて、マシューの下ろした腕から、
服の中に入り込んだ。
 白い糸の先には、大きなサヤがあって、そこから、大きな花が咲いた。
花の中心が、息づきはじめ、花びらが落ちると、そこから、人間の頭の
ようなものが、はい出てきて、両手をふるわせた。マシューにならぶよ
うにして、横たわり、両足を動かした。大きな花は、ほかにも、いくつ
か咲いて、花びらを落とすと、人間の頭のようなものが、はい出てきて、
テラスの芝の上で、ふるえていた。

102

101
























































「マシュー!」と、ナンシー。テラスの入り口で、大声で呼んだ。「マ
シュー!マシュー!マシュー!」手をバタバタだせた。「マシュー!周
りを見て!」
 マシューは、やっと、眠りから覚めはじめた。
「みんなを!」と、マシュー。飛び起きて、室内へ走った。
「起きて!」と、ナンシー。リサを、ゆり起こそうとした。「サヤから
出てるわ!」
「警察へ」マシューは、電話をとった。
「寝てると、体を取られるわ!」ナンシーは、リサを、無理やり立たせ
ようとした。「起きなさい!」
「警察です」と、電話。
「庭に、複製が4体いる」と、マシュー。
「大丈夫?」と、ナンシー。リサに。
「ベネルさんですね?」と、電話。
「なぜ、知ってる?」
「切れ!」と、ジャック。
「なぜ、名前を?」と、マシュー。電話を切った。「言ってないのに!」
「みんな、グルよ!」と、ナンシー。「サヤの仲間よ!」
 マシューは、また、ダイヤルした。
「どこへ?」と、ジャック。

104

103
























































「ワシントン」
「CIAもFBIも、だめだ!」
「司法省にいる友人のとこだ。自宅の番号が」
「なんと、説明する?」
「たいへん!」と、リサ。カーテン越しに、テラスの4体の複製を見た。
「成長してるわ!」
「乗っ取られる!」と、ナンシー。
 パトカーが、ゆっくり走ってきて、止まった。
「マシュー!囲まれたわ!」と、ナンシー。
「何番に、おかけですか?」と、電話。
「直通番号だぞ!」と、マシュー。
「番号を!ベネルさん」
 テラスの階段を、多くの警官が、かけあがって来た。
「来たわ!」と、リサ。
「切れ、マシュー!」と、ジャック。
 マシューは、電話を切った。
「マシュー、拳銃は、あるか?」
「ない」
「どうする?」と、リサ。
「裏から出よう!」と、マシュー。

106

105
























































「ジャック!」と、ナンシー。
 電話が鳴った。
「そこから、下に降りられる。さぁ、行け!」と、マシュー。
 マシューは、シャベルを振り下ろして、テラスのマシューの複製のあ
たまを切り刻んだ。ほかは、息をしているようで、手が出せなかった。
 テラスの下の階段を上ってきた、警官たちが、テラスに入ろうとして、
下からなん本もの手をさしのべた。
 マシューは、走りだした。
「走れ!止まるな!行け!」
 裏道を、4人は、のぼったり下ったりして、走った。裏のテラスから、
4人を、指をさす女性がいた。
「こっちだ!」
 長い階段を、下りていると、なん人もの警官も、階段を下りていった。
階段の下に隠れて、追手をやりすごすと、4人で官庁の建物を、走った。
 警官のオートバイが来て、止まり、なにやら連絡した。
 長く広い通用口のようなトンネルを、走って抜けて、ジャックが振り
返ると、警察のオートバイ2台のうしろに、多くの、人々も走っていた。
 4人は、金網で、行く手を、はばまれた。
「行き止まりよ!」と、ナンシー。
 振り返ると、人々が迫ってくるのが見えた。

108

107
























































「見て!」と、リサ。ヘリコプターが近づいてきた。「伏せて!」
 ヘリコプターのサーチライトが、こちらを照らそうとした。
「ここにいろ!」と、ジャック。「あとで、来る!」
「やめて!」と、ナンシー。
「ジャック!」と、3人。
「来やがれ、サヤ人間のカス!つかまえてみろ!」と、ジャック。
 ジャックは、走りだした。ナンシーが、ジャックのあとを追った。
 みんなは、ジャックのあとを追った。
 オートバイが2台止まって、懐中電灯で照らしたが、残ったふたりに
は、気付かず、走りさった。「容疑者は、逃走!」と、警察無線。
 
            6
 
 マシューとリサは、暗闇に、しばらく、身をひそめていた。安全にな
ってから、歩き始めた。通りを歩いていると、行き交う人々が、互いに
出会うと、なにかを連絡し合って、ふたりのあとを、ついてきた。その
うちに、早足で歩いた。
 繁華街に来た。
「さぁ、お楽しみ!」と、客引き。「さぁ、いらっしゃい!いいが、
そろってるよ!」

110

109
























































「かの有名なビッグアルの店だ!」と、別の客引き。「その辺のストリ
ップと違うよ!これで、身も心もスッキリだ!待ちなよ、兄ちゃん、入
るなら、ここしかないよ!」
 マシューとリサは、タクシーに乗った。
「どちらへ?」と、運転手。
「空港へ」と、マシュー。
「610号車」と、運転手。無線に。「空港へ向かう。乗客2名、H型。
繰り返す、H型」
「了解」と、無線。
「騒がしいね」と、運転手。
「ああ」と、マシュー。
「H型車、南マーケット街へ」と、無線。
 2台の警察のオートバイが、追い越していった。
「どちらまで?」と、運転手。
「空港と言った」と、マシュー。
「いや、航空会社のことで」
「ユナイテッド」
「乗るのかね?」
「いや、ボストンの客の出迎えだ」
 通りの向こうに、検問が見えた。

112

111
























































「なんだ?」と、マシュー。「どうした?」
「さぁね」と、運転手。
 警官が、ひとり、近づいてきた。
「ふたりだ!」と、運転手。頭で、うしろを示した。
 警官が、うしろを見ると、ふたりは、逃げたあとだった。
 マシューとリサは、電気の消えたエスカレータを駆け上り、公園を抜
けて、走った。
 バンジョー弾きが、道端で横になっていたので、声をかけた。
「ハリー!起きろ」と、マシュー。
「サヤよ」と、リサ。
 マシューは、大きな花を、蹴った。花から、液体のようなものが流れ
出た。
 マシューとリサは、電気の消えた、公衆衛生局の建物に入った。
 1階のエレベータホールで、掃除夫が、壁によりかかって、こっちを
見た。
 2階のリサのオフィスで、暗闇に、身を潜めていた。警備員が、懐中
電灯で見回りに来た。マシューは、壁のダーツに刺さっていた矢を、な
ん本かつかみ取った。
 オフィスの時計が、午前2時をまわっていた。
 外から、さわがしい人々の声が、聞こえてきた。

114

113
























































「第7特別補佐班、衛生局に来てくれ!」と、マイクの声。
「広場の人たちを、見て!」と、リサ。窓から、外を見た。
「あの手で、仲間を増やしてるんだ。みんな、複製人間だ」と、マシュ
ー。
 人々が、列に並んだり、手に大きなサヤを抱えて、1列に、どこかへ、
運んでいた。
「第7特別補佐班、衛生局に急行してくれ!」と、マイクの声。
「もう、止められないわ!」と、リサ。
「いや、やる!」
「無理よ!市内は、全滅よ!」
「手はある」
「もう、ダメよ!目をあけていられない」
「寝るな!がんばれ!」
 オフィスの電話が、鳴った。
 ふたりは、机の上のライトを1つつけて、実験用の機材をさがし始め
た。
「ボカードの薬よ。いつも、飲んでいたわ」と、リサ。錠剤を出した。
「なに?」と、マシュー。
「覚せい剤よ」
「通常の量は?」

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「1錠よ」
「5錠飲め!」
 ふたりは、飲んだ。
 電話が、また、鳴って、鳴り止まなかった。
「バレたわ」と、リサ。
 廊下の電気がついて、誰かがやってきた。ふたりは、身構えた。
「ジャックよ!」と、リサ。駆け寄ろうとした。
「だめだ!」マシューが、止めた。
「きのうの夜、寝ていれば、楽だったのに!」と、ジャック。
 ギブナーもいて、みんなで、マシューとリサを、取り押さえようとし
た。
「やめろ!」と、マシュー。
「いや、マシュー、助けて」と、リサ。
「手を放せ!デビット、エリザベスは、見逃がしてくれ!話を聞け!逃
がしてくれ!」マシューは、ふたりの男に、両腕を押さえられた。
「お願い、よそへ行くから、ジェフリー!」リサは、ジェフリーに押さ
えられた。
「よそへ行くことは、ない」と、ジェフリー。「なにもかも、同じなん
だ」
「どうなるの?」と、リサ。

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「生まれ変わるんだ。悩みも苦労もなくなる」と、ギブナー。注射器に
薬剤を入れて、リサの腕に注射した。「恐れも、憎しみも」
「殺すのか?」と、マシュー。
「そうではない」と、ジャック。「心も記憶も、吸収されて、すべて、
無傷で残る」
「あれだけ、嫌がってたくせに!」
 ギブナーは、マシューの手の甲にも、注射した。
「デビッド、殺す気なのか?」
 注射が終わると、ふたりは、イスに座らせられて、ギブナーとジャッ
クを残して、男たちは出て行った。
「どうする?」と、マシュー。
「弱い鎮静剤で、眠らす」と、ギブナー。
「うらむわ!」と、リサ。
「我々には、うらみも憎悪も、愛も必要ない」
「愛しているわ、マシュー」
「戦うものは、まだ、いる」と、マシュー。
「今に、勝つわ」
「1時間後には、気が変わる」と、ギブナー。リサの目を調べて、閉じ
させた。「固定観念を捨てろ!新しい生命体に、進化するんだ」マシュ
ーの目も調べた。「来たまえ!」

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 ギブナーは、ふたりを立ち上がらせた。
「我々は、死滅した世界から来た」と、ギブナー。「宇宙を漂い、銀河
を抜けて、ここに着いた。我々は、適応し、そして、繁栄する」
 ふたりの足元には、大きなサヤが2つ並んでいた。
 マシューは、ギブナーを突き飛ばし、近くにいたジャックの首を絞め
た。
 ギブナーは、リサに、ビンで殴られて、床に倒れた。ジャックは、ダ
ーツの矢を首に刺されて、血を流して倒れた。
「冷凍室をあけろ!」と、マシュー。
「ここ?」と、リサ。
 リサがあけた冷凍室に、気を失っているギブナーを入れた。
「ドアを閉めろ!」リサは、ドアにかんぬきをかけた。
 ふたりは、オフィスのドアで、外をうかがった。
「出られる?」と、リサ。
「裏から」と、マシュー。ドアをあけて、廊下に出た。廊下の先で、な
ん人かが、話していた。
 マシューとリサは、階段を駆け下りた。途中で、ナンシーが立ってい
た。
 冷凍室に入れられた、ギブナーが、とびらの窓から口を大きくあけて、
超音波のような、叫び声を出した。

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「なんだ?」廊下のひとりが、叫び声に気づいた。
「ジャックとはぐれたの」と、ナンシー。
「ナンシー」と、リサ。ナンシーと抱き合った。
「あちこち捜したんだけど、見なかった?」
「囲まれているのに、よく、来られたな?」と、マシュー。
「やつらの中にいても、平気よ。ごまかせるの」
「どうやって?」
「感情を顔に出さないの」
「寝るときは?」
交替こうたいで」
「ジャックを捜して!」と、ナンシー。
「やつらを全滅させよう!」と、マシュー。ジャックのことは、話さな
かった。
「いいわ」
 3人は、サヤ人間のふりをして、建物の外へ出た。
「列は、そっちだ」と、警官。3人に指示した。
「XB25より第5地点」と、無線。
「第5地点。B計画進行中。ギブナーを待つ」と、警官。「XB25、
衛生局前だ。指示をう」
「右側は、サウサリト住民です。右へ行って!」と、拡声器を持った男

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性。「サウサリトは、右側です。質問があれば、どうぞ!」
 3人は、列にならんで、進んだ。列にならんだ人は、順番に、トラッ
クからサヤを渡された。
「イエローゾーンは、荷役場です。無用のものは、立ち入らないように。
イエローゾーンは、立ち入り禁止です」
 そのとき、バンジョーの音が聞こえて、ハリーの犬のプーチが走って
きた。犬のプーチは、サヤをマシューに蹴られたことで、顔がハリーに
なっていた。マシューは、リサを、連れて、逃げようとした。気づいた
年配の女性が、口を大きくあけて、叫んだ。マシューは、女性を突きと
ばして、リサといっしょに、走りだした。
「あのふたりを、捕まえろ!」と、警官。プーチも、走りだした。
 ナンシーは、走りだした人々と、逆の方向へ、歩いていった。
 マシューは、走ってるトラックの荷台に飛び乗って、リサを引き上げ
た。追う人々は、トラックに追いつけなかった。トラックは、角を曲が
って、工場のような、門を入った。
「立って!」と、マシュー。トラックには、サヤが、積み込まれ始めた。
 ふたりは、トラックを降りて、歩いた。工場は、植物園のようになっ
ていて、人々が、サヤを運んでいた。
「ここで、栽培しているんだ」と、マシュー。
「大がかりね」と、リサ。「どうする?たいへんな数よ!」

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「なにか、手を考える」
「ああ!」と、リサ。はしごを降りた際に、足をねんざした。
「歩けるか?」と、マシュー。
「なんとか」
「つかまれ!」
 マシューは、リサをかかえて、工場の外の、茂みに隠れた。
「大丈夫か」と、マシュー。
「工場だわ。栽培なんて」と、リサ。泣き出した。
「エリザベス。聞いて。愛してる!」
「わたしは、もう、ダメ」
 遠くから、バグパイプの音が聞こえた。
「音楽が」と、リサ。泣くのをやめて、音の方を見た。
「船だ!逃げられるぞ!」
 音は、アメイジンググレイスを奏でていた。
「見てくる。ここにいろ!」マシューは、ひとりで、船を見にいった。
 船に近づくと、アメイジンググレイスの演奏が大きくなった。突然の、
人類の最期に、祝砲をあげるかのように。




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            エピローグ
 
 マシューは、船の手前の金網まで来た。船に、クレーンで積み込まれ
ていたのは、多量のサヤであった。
「チクショー!」と、マシュー。
「沿岸部の気温は下がりますが」と、ラジオの音。天気予報のあいだ、
音楽は止まった。「視界は、良好です。今夜の気温は、10度。土曜は、
5度の見込みです。北西の風が4mから8m」
 マシューは、走ってもどった。
「エリザベス!だめだ!」
 リサは、疲れきって、死んだように眠っていた。
「起きろ!目を覚ませ!」
 マシューは、リサを、なんどもゆすった。リサは、目覚めなかった。
「愛している━━━船がいる、船で、ここから、出て行けるんだ!」
 リサの顔は、だんだん、ゆがんで、マシューの手のなかで、崩れ落ち
た。
 マシューは、驚きと悲しみで、口を大きくあけた。
 うしろを、振り向くと、裸のリサが、立ち上がった。
「恐れることは、ないわ」と、リサ。声に、感情がなかった。「なんの
苦痛もないのよ、気分がいいわ」

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 リサは、ゆっくり、マシューの方へ歩いてきた。
「来て、寝なさい、マシュー、マシュー、マシュー」
 マシューは、走りだした。車の影に隠れて、工場まで戻ると、天井に
忍び込んだ。天井伝いに、進んで、火災報知機にあった、斧を手にした。
サイレンが鳴り出した。マシューは、斧で、天井から垂れ下がる、照明
のロープを、つぎつぎに、切った。照明が、サヤに落ちて、爆発して、
火災が発生した。白衣を着た研究員たちは、サヤを、安全な場所へと、
運び出し始めた。火災にあったサヤは、赤い液体を放出した。
 リサは、火災の発生した工場に入ってきた。マシューを見つけて、口
を大きくあけて、手をのばして、指をさした。
 マシューは、天井伝いに、逃げ出した。なん人も、追ってきた。工場
は、火に包まれた。マシューは、桟橋の下にもぐりこんで、追手をまい
た。
 桟橋の上を、なん人も、走りすぎた。
「この辺にいる」と、声。「ここだ」ひとりが、懐中電灯で、下をのぞ
いた。「あせるな。いずれは、眠る」
 
               ◇
 
 朝。マシューは、通りに出てきた。

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「スクールバスで到着した者は」と、拡声器の声。「公会堂に集まって
ください」
 子供たちが、スクールバスから、ふたりづつ手をつないで、建物に入
っていった。
「掲示板に配置先が、はってあります」
 サヤを運んできた、トラックが2台止まって、サヤを運び出していた。
「周辺各地から、身内を迎えた者は、市役所に届出を」
「先生」と、子供のひとり。「なぜ、お昼寝するの?眠くないのに」
「出発する者は、次の合図に、注意してください」
 
               ◇
 
 公衆衛生局のリサのオフィス。
「バスの発射時刻は、3時25分、4時25分、5時25分」
 研究員たちが、白衣を着て、なにもせずに、じっとしていた。
 リサは、イスに座って、実験器のツマミを調整した。
 マシューは、リサに会いにきたが、リサの表情がないのを確認すると、
そのまま、出ていった。
 マシューは、自分のオフィスで、新聞の切り抜きをした。終了時刻に
なって、みなが、出口に向かうと、マシューも列に加わった。リサの姿

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もあったが、やはり、表情がなかったので、声をかけなかった。
 
               ◇
 
 美術館の見える、並木道。
 マシューは、誰もいない道を、美術館に向かって歩いていた。
「マシュー?マシュー!」
 振り返ると、ナンシーが立っていた。
 ナンシーは、笑顔を浮かべて、マシューに近づいた。
 そのとき、マシューは、口と目を大きくあけて、ナンシーを指さした。
 ナンシーは、泣き顔になって、頭をふり、耳をふさいだ。
 
 
                            (終わり)
                             



                             

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