幻の指揮官
               ジョーメノスキー、ビルバレリー
                
            プロローグ
             
 緊急医療ホログラム、ドクターは、ボイジャーの食堂で乗員たちを前
に語り始めた。
「どこか、この完全無欠の宇宙に、天の川という銀河がある。この銀河
のはしに、ぽっかりと浮かぶ地球。その星に、マンチュラという町があ
る。泉を越え、まっすぐ行き、右へ左へ、また、右へ、すると、そこで
は、せせらぎのそばで、男が歌を歌っている。愛するひとの心変わり、
魚さえ涙する歌。ベルディ、女心の歌です」
 〜ラドンナモビエ、クアルピュアアルデント、ムタダチェント、エヂ
ペンシエロ、センプレアモビエ、レティアビエゾ、インピアンニイゾ、
ヘメンゾニイロ、ラドンナモッピエ、クアルピュアアルデント、ムタダ
チェエント、エディペシェル、エディペンシェリ、エー〜
「トゥヴォック」と、トムパリスは、トゥヴォックに声をかけた。感情
のないはずのバルカン人のトゥヴォックは、ドクターの歌を聞きながら、
嗚咽を始めていた。
 〜エーディンペショオ〜

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 「ハハハハッ」と、トゥヴォック。トゥヴォックは笑いながらイスか
らころげ落ちた。トムパリスは、ふたたびトゥヴォックに声をかけて抱
き起こそうとしたが、トゥヴォックにつき返された。乗員たちはそれを
見て、みな、イスから立ち上がった。
「ジェインウェイより保安部、すぐ食堂に来て!」と、艦長は通信バッ
ジに呼びかけた。乗員がトゥヴォックを取り押さえようとした。
「下がって!」と、ドクター。「コンファーの季節なんだよ、ホルモン
の変化で発情期に入ったんだ」
 トゥヴォックは、乗員を払いのけ、銃を奪って構えた。「今は口で言
っても無駄だ」と、ドクター。
 〜トゥヴォック、分かるよ、きみはバルカン、もう7年も、なしでき
てる、パリス頼むよ、ハイポスプレー、合図するから、うしろへ廻れ、
ホルモンのせいだ、気がたかぶって、とにかく、とてー〜
 パリスが、すきを見て、ハイポスプレーをなげた。ドクターはそれを
空中でキャッチすると、トゥヴォックの太股に沈静剤を投与した。トゥ
ヴォックが、そのまま床に突っ伏すると、全員がドクターの歌声と活躍
に熱烈な拍手喝采を送った。
 〜も、非論理的、非論理的、ヒー〜非論理的。
 
               ◇

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「ドクター!ドクター!」と、呼びながら医療室に入ってきたのは、ベ
ラナトレス中尉、機関室主任。手には、上陸作戦用パッドを持っていた。
「ちょっと!聴覚サブルーチンを検査した方がいいかもね」
「耳は大丈夫だ。ただ、ちょっと、空想にふけってただけだよ」と、ド
クター。
ベラナは、不思議そうにドクターを見つめた。



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「仕事が無いなら、機能停止にしたら!エネルギーの無駄よ」と、ベラ
ナ。
「待ってくれ、私は上陸班じゃないのか」と、ドクター、上陸作戦用パ
ッドを見ていた。
「その場所は、危険なさそうだから必要ない。万一の時は、転送するし、
でも、なにか見逃してないか、スキャン結果は見といて!」
「中尉、私も一緒に上陸したかったのに。あの星の峡谷を調べようかと
思ってた」

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「もう計画書も配っちゃったし、今度ね。なんなら、写真、撮ってきて
あげようか」
「結構だ」と、ドクター。
「お好きに」と言って、ベラナは、医療室を出て行った。
「想像力を使うさ」と、ドクター。
 
               ◇
 
「なんです、これは?」と、チャコティ、ヴォイジャーの副長。ブリッ
ジのスクリーンには、異様な星雲が映っていた。
「ほんの2・3分前、センサーに突然、現れたの」と、キャスリンジェ
インウェイ大佐、惑星連邦宇宙艦隊ヴォイジャー艦長。
「Tクラスの星雲、直径がおよそ1000キロで」と、チャコティ。手
元のセンサースクリーンを見ていた。「水素にヘリウム、アルゴン」
「よくある星雲ね」
「刺激が欲しいなら、これをどうぞ」と、チャコティは、パッドを差し
出した。
「ヴォイジャー号、キャスリンジェインウェイ艦長へ」と、ジェインウ
ェイは、パッドを読み上げた。「緊急医療ホログラムより、緊急動議。
件名、ヴォイジャー号の緊急医療プログラムの現状について」

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「苦情を申し立てたいそうです」
「何の件で?」
「クルーの対応です。それに、ヴォイジャーでの将来の地位についての、
なにか提案があるようですよ」
「感情があることを無視して、無礼に振る舞い」と、ジェインウェイは、
パッドの続きを読み上げた。
「それから、事の重要性を考慮し、可及的かきゅうてき、すみやかな処置を望みま
す?本気ね」
「正式な回答を欲しがってます。しかも、文書で」
「規則では、チャコティ副長か、私でも対処できることになっています
が」と、トゥヴォック、ブリッジ後方にいる、バルカン星人の保安部長。
「そうしましょうか?」
「いいえ、私から返事します」と、ジェインウェイ。「クルーに気持ち
よく仕事して欲しいの。彼の感情も重んじるべきでしょ?」
「でも、必要なんですかね?」と、トムパリス、ブリッジ前方の操縦席
についていた。「彼の仕事は認めてますよ。それ以上、望むって言うん
ですか?」
「惑星コースをセット!チャコティ、あとはよろしく。私は、正式な回
答文を書くから!」と、ジェインウェイは席を立って、隣の艦長室のド
アへ向かった。

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               ◇
 
 異様な星雲に待機する、異星人の宇宙船の内部。壁一面に多くのセン
サーやスクリーンが並べられ、体格のよい肥満型異星人のオペレータが
何人も仕事をしていた。
「その船は、どの分類に入れた?」と、監督官。スクリーンには、ヴォ
イジャー。
「危険回避だったかと」と、オペレータのひとり。通信カードを差し込
んでいた。
「そうだ。では、私が、そう分類した根拠はなんだ?」
「我々のデータベースに資料がなく、船内のスキャンも失敗に終わった
からです」
「では、どうして、おまえは資源を無駄にしているんだ?」
「マイクロトンネルセンサーを使えば、外壁を突破できるかもしれませ
んし」
「そして内部を、1分子づつ調べるというのか?」
「はぁ」
「他にもターゲットになりうる船が、いくつもあるはずだろ?」
「でも、データ送信コンジットにたどり着くことができれば、メインコ

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ンピュータのコアに直接、入り込めるんです。そうすれば、彼らの武器
システムの情報も手に入ります。理論上は」
「逆に、探知されるそ。スパイされて喜びやしないだろう」
「万全の注意を払っています。探知されるようなことは、ありません」
「もう、危険回避を決定したんだ」
「さっきの方法でどうか、送信してみたんです。その、ヒエラルキーに。
もうすぐ返事が来ると思いますよ」
「なにか、用でもあるのか!」と、監督官は、聞き耳を立てている別の
オペレータに怒鳴った。
「いえ」と、別のオペレータは、自分の席に戻った。
「くだらんことで、ヒエラルキーをわずわせるな!おまえは・・・」
 その時、ツツツツと、通信カードの返事が来た。
「承認されました」と、オペレータ。「さっそく始めましょう」
 監督官は、なにも言わずに自分の席へ戻っていった。
「おまえは、反抗的すぎるぞ。今に報告される」と、別のオペレータ。
「ふん、危険は承知だ」と言って、異星人のオペレータは仕事に取り掛
かった。
 
               ◇
 

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 ヴォイジャーの会議室。上級仕官が着席していた。
「アントニウムの鉱脈が、峡谷に沿ってずっと走ってます」と、ベラナ
トレス。
「スキャンした結果、目標地点の周囲100メートルは、地盤が不安定
だ」と、セブンオブナイン。元ボーグ、ヴォイジャーでは、天体測定ラ
ボ担当。
「だったら、そのそとにシャトルを降ろせばいいだろ?」と、トムパリス。
「でも、それじゃ、ちょっと遠すぎやしないか」と、ニーリックス。タ
ラクシア人、ヴォイジャーでは、コックと外交官担当。
「なんだよ、それくらい歩けないというのか?」と、トム。
「歩けない距離じゃないと思うけど」と、ベラナ。
 ベラナの隣の席にいたドクターは、自分の足がさわられていることに気
づいて、テーブルの下をのぞくと、ベラナの足だった。
 ドクターのパッドには、ディナーはどう?と表示され、ドクターが向
かいの席を見ると、セブンがウィンクを送ってよこした。
「当然じゃないか」と、トム。
「行きはいいだろうが、問題は、帰りの方だ」と、ニーリックス。「石
のサンプルを持ち帰るんだ。地盤がやわらかかったら・・・」
「サイズを、ひとり20キロまでに限定すればいいだろう。計算では、
その重量なら、地核が持ちこたえられる」と、セブン。

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「そんなことより、転送強化装置を持っていったらどうだ」と、トム。
「そりゃいいかもな。石をシャトル転送すりゃぁ、えっちらおっちら運
ばなくて済む」
「ああ、あの」と、ベラナ。「やはり、今回のミッションは、予想より
多少危険が多いものになりそうですね。ドクターに来てもらった方がい
いわ。もしも、誰か谷にでも落ちた時のために」
 ドクターのパッドには、断って!と表示された。
「ドクターは、天体測定ラボで必要だ!」と、セブン。
「なんでよ!」と、ベラナ。
「おまえには、関係ない!」と、セブン。
「おおいにあるわよ!」と、ベラナ。
「おお」と、ジェインウェイは、ドクターの席まで歩いてきて、よろけ
て自分の腰に手をあてた。
「艦長、大丈夫ですか?」と、ニーリックス。
「アカデミー時代の古傷がね。まだ、ときどき、痛むの。いつものこと
よ。でも、よかったらてもらえない?痛むの、ここが」と、ジェイン
ウェイは、ドクターの手を自分の腰にあてさせた。
「彼から離れなさいよ!」と、ベラナ。
「あなたは、持ち場へ戻りなさい!」と、ジェインウェイ。ベラナは、
おこって会議室を出て行った。

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               ◇
 
「ドクター!ドクター!」と、呼びながら医療室に入ってきたのは、ジ
ェインウェイ艦長。
「はい」と、まだ、夢うつつのドクター。ジェインウェイ艦長を見て、
急に現実に戻された顔をした。
「例の報告書の件だけど」と、ジェインウェイ。ドクターを連れて、艦
長室へ戻った。
「かなりの裁量権を与えているつもりよ」
「それに、異論はありません」
「でも、満足もしていない」
「私も、他のクルーと同様に、能力に見合った役割を、与えられるべき
です」
「でも、限界も知らなきゃね」
「私のプログラムは、無限に広がります。限界は無いんです」
「かもね。でも、あなたの最優先事項は、医療室じゃないの」
「コンピュータプログラムですから、複数の作業を同時にこなせるんで
す」
「だけど、あなたの、この提案は、・・・なんて、タイトルだった?」

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「ECH、緊急司令ホログラムです」
「アイデアとしては、おもしろいけど、私が指揮不能に陥った時のため
の、艦長のバックアップなんてね。でも、プログラムの改良に、何か月
もかかるわ」
「いつか、クルーの生死がかかわる時がきます」
「残念だけど、答えは、ノー。でも、正式な回答として言うけど、この
提案は考慮に値すると、艦隊に報告するつもりよ。アルファ宇宙域に戻
ったら、かならずね」
「ありがとうございます」と、ドクターは、自分が提出したパッドを受
け取った。
「どういたしまして」と、ジェインウェイ。退席するドクターを見送っ
た。
                    (つづく)








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