ナッシングシリウス
            原作:フレドリックブラウン
            アランフィールド
             
            プロローグ
             
 ハッピーにも、オレは、スロットマシンから最後のコインを取り出し
て、数えていた。その間、ママは、小さな赤いノートに、オレがそう呼
んでいるノートに、数字を書き込んでいた。なかなか、いい数字だった。
 そう、オレたちは、シリウス星系の惑星、ソラとフリーダで、とくに、
フリーダで、いいゲームができた。2つの惑星にある、地球の小さな植
民地の人々は、なんであれ、娯楽に死ぬほど飢えていた。そして、金に
は、なんの執着も持ってなかった。
 



 

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            1
 
 彼らは、オレたちのテントの前に、1列に並び、そして、スロットマ
シンに、コインを入れてくれた。それで、この旅の経費がかなり高くて
も、まずまずは、稼げた。
 そう、彼らは、ママが書き込む数字程度には、楽しく遊んだ。もちろ
ん、そのうち、ママは、計算を間違えて、お手上げになるが、エレンが、
ママが間違えたところを、すべて、直してくれる。エレンは、数字に強
かった。そして、オレの唯一の娘であることを差し引いても、美しかっ
た。その点は、オレでなく、ママに似たのだろう。
 オレは、ロケットレースにコインボックスを戻してから、顔を上げた。
「ママ━━━」
 言いかけたところで、操縦室のドアがあき、ジョンレーンが立ってい
た。エレンは、ママのところから、テーブルを横切ってきた。本を落と
し、見上げた。彼女の目は、キラキラ輝いていた。
 ジョニーは、スマートな敬礼をした。それは、宇宙船のパイロットが、
オーナーや船長にするような、敬礼だった。到底、オレにはなじめなか
ったが、ルールなので、彼にしないようにとは、言えなかった。
「前方に、物体です、フェリー船長!」と、ジョニー。
「物体?」と、オレ。「どんな?」

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 そう、ジョニーの声や顔は、無表情で、そこからなにかを、類推する
ことはできなかった。マーズシティポリテク訓練校は、生徒を、厳格に
無表情になるよう教育し、ジョニーは、そこを、優等で卒業していた。
彼は、いい青年だが、世界の終わりも、ディナーでするアナウンスと、
まったく同じ口調で、告げただろう。もしも、ディナーでアナウンスす
ることが、パイロットの仕事だとしてだが。
「惑星のようです、船長」と、ジョニー。
 言ってる意味が、しっくりくるまで、時間がかかった。
「惑星?」と、オレ。多少、ぼんやりと。酔っているのでないかと期待
しながら、彼を見た。それは、彼が見た惑星に、異論があるからではな
く、ジョニーが、酔っ払いの領域まできて、消化しきれないものがある
かもしれなかったからだ。そのころ、オレは、誰かと、つまらない話を
かわしたかった。2人の女性と、すべてルール通りのポリテク卒のパイ
ロットといっしょでは、宇宙を旅するのは、寂しすぎたからだ。
「惑星です。物体は、惑星サイズです。直径3千マイル、距離200万
マイル、コースは、見るところ、シリウスAの軌道上です」
「ジョニー」と、オレ。「オレたちは、ソラの軌道の内側にいるんだよ。
ソラは、シリウスⅠで、シリウスの第1惑星だから、その内側に、どん
な惑星があるって言うんだい?からかってるのかい?」
「表示板と、私の計算を調べてください、船長!」と、ジョニー。きり

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っとした態度で。
 オレは、あきらめて、操縦室へ入った。前面の表示板の中央に、ディ
スクがあって、そこは、オーケーだった。ジョニーの計算をチェックす
ることは、あとにした。オレの計算力は、スロットマシンのコインを計
算するところまでだった。それで、ジョニーの計算を信じることにした。
「ジョニー!」オレは、叫んだ。「新しい惑星を、発見したんだ!そう
だろ?」
「はい、船長」と、ジョニー。いつもの、淡々とした声で。
 それは、一応、発見ではあったが、たいした発見でもなかった。とい
うのは、シリウス星系は、植民地化されたのは、最近で、直径3千マイ
ル程度の惑星が見つかっても、驚くことではなかった。特に、そのとき
は分からなかったが、その軌道が、極端な楕円の場合は。
 操縦室は、ママやエレンが入れるスペースはなかったが、ふたりは、
入り口に立って、のぞいていた。オレは、一方に寄って、表示板のディ
スクを、ふたりが見えるようにしてやった。
「どのくらいで、そこへ行けるの、ジョニー?」と、ママ。
「最短コースで接近すれば、2時間です、フェリー夫人」と、ジョニー。
「そこから、50万マイルのところにいますから」
「そうか」と、オレ。
「コースを変更することに問題なく、了解が得られれば」と、ジョニー。

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 オレは、咳払いをして、ママとエレンを見た。ふたりは、異論なさそ
うだったので、指示を出した。
「ジョニー、コースを変更してくれ!まだ、人の手が触れていない、新
しい惑星を、発見することが夢だったんだ。酸素マスクが必要だとして
も、そこへ、着陸しよう!」
「はい、船長」と、ジョニー。敬礼した。だが、彼の目には、すこし同
意しがたいものがあった。それが多少あったにせよ、どうということは
なかった。なにが、前人未到の地へかきたてるのだろうか?テントやス
ロットマシンは、冒険家の正しい装備では、なかったかもしれない。
 しかし、完璧なパイロットは、けっして、船長の命令に、疑問を持つ
ことはない。
 ジョニーは、操縦席に座り、パネルを操作した。オレたちは、邪魔し
ないよう、操縦室を出た。
「ママ」と、オレ。「オレは、恥ずべきアホだ」
「そうじゃなかったとしても、そうなるわね」と、ママ。
 オレは、ニヤリとして、エレンを見た。
 しかし、エレンは、オレを見てなかった。エレンは、ふたたび、夢見
るような表情を浮かべていた。操縦室へ連れてって、ジョニーに1突き
して、気づかせてやりたかった。
「エレン、聞いてくれ、ジョニーは、今━━━」と、オレは言いかけた

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が、すぐ黙った。顔の片方が燃えるように感じて、ママが、こっちを見
ていることが分かったからだ。オレは、カードを手にして、着陸するま
で、ふたりで、ソリテールをやっていた。







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 ジョニーは、操縦室を出て、敬礼した。
「着陸しました、船長!大気は、測定では、1オバー16です」
「ということは」と、エレン。「英語では?」
「呼吸可能です、ミスフェリー。地球の大気と比べて、窒素の割合が、
すこし高く、酸素は、すこし少なめですが、明らかに、呼吸可能です」
 ジョニーは、慎重だった。青年が正確を期する際に、そうするように。
「それじゃ、なにを待っている?」と、オレ。
「あなたの命令です、船長」

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「オレの命令なんて、どうでもいいよ、ジョニー!ドアをあけて、外へ
出よう!」
 宇宙船のドアがあいて、ジョニーが、両脇に、2丁の銃を革ひもで下
げて、先に外に出た。オレたちは、彼のすぐ後ろにつづいた。
 外は、涼しかったが、寒くはなかった。景色は、ソラに似ていて、緑
の粘土を、固く焼いたような、丘が、波打って、続いていた。すこし回
転草のようにみえる、茶色のヤブのような、植物そうはあった。
 オレは、時刻を知るため、空を見上げた。シリウスは、ほぼ、天頂で、
これは、ジョニーが昼側のど真ん中に着陸したことを意味していた。
「ところで、ジョニー」と、オレ。「自転周期は?」
「だいたいの計算ですが、21時間17分です」
「それで、じゅうぶんよ」と、ママ。「午後じゅう散歩できるわ。なに
を、待ってるの?」
「セレモニーさ」と、オレ。「オレたちが、惑星に名前を付けよう。オ
レの誕生日にとっておいた、シャンパンボトルは?誕生日より、こっち
の方が、ずっとふさわしいぜ」
 ママが教えてくれた場所へ行って、それと、グラスを4個持ってきた。
「名前のアイデアは、あるかい、ジョニー?」と、オレ。「きみが最初
に見つけた」
「いいえ、船長」と、ジョニー。

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「問題は」と、オレ。「ソラとフリーダには、間違いがあって、それは、
ソラは、シリウスⅠで、フリーダは、シリウスⅡということだ。ここの
軌道は、ふたつの内側なので、ふたつは、シリウスⅡとシリウスⅢにな
るべきだ。あるいは、ふたつを直さなければ、ここが、シリウス0とな
る。ナッシングシリウス、つまり、まじめ度0、という名前になる」
 エレンは、笑った。ジョニーは、たぶん、名前としては、威厳がない
と思っただろう。
 しかし、ママは、顔をしかめた。「ウィリアム━━━」
 もしも、なにも起こらなければ、そのまましゃべり続けただろう。
 近くの丘で、なにかが、動いた。ママだけが、そちらを見ていた。
「ウウッ!」と、ママ。オレに、そちらの方向を向かせた。オレたちは、
それを見た。
 それは、ダチョウの頭のような、なにかで、ゾウより大きかった。そ
の生物は、細い首に、カラーをつけて、青の水玉の蝶ネクタイをして、
シルクハットをかぶっていた。シルクハットは、明るい黄色で、長い紫
の飾り羽が付いていた。1分間、こちらを見ていた。それから、いぶか
しげにウインクをすると、頭を引っ込めた。




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            3
 
 オレたちの誰も、1分間、身動きしなかった。それから、オレは、た
め息をついた。
「あれは」と、オレ。「大歓迎の涙さ。ど真ん中に着陸したからさ。惑
星よ、なんじを、ナッシングシリウス、まじめ度0、と名付ける!」
 オレは、かがんで、シャンパンボトルの先を、粘土にぶつけた。粘土
が、すこしくぼんだだけで、割れなかった。あたりを見回して、ぶつけ
る岩をさがしたが、岩は、なかった。
 オレは、ポケットから、コルク栓抜きを出して、ボトルをあけた。ジ
ョニー以外は、一杯づつ飲み干した。ジョニーは、お酒もタバコもやら
ないので、すこしだけ飲んだ。オレは、ゆっくり飲み干して、大地にお
をして、また、シャンパンボトルに栓をした。オレは予感がして、
あとで、また、シャンパンが必要になる気がした。宇宙船には、何本も
のウィスキーに、数本のマーチングリーン酒はあったが、シャンパンは、
もう、なかった。
「よし、先へ進もう!」と、オレ。ジョニーと目が合った。
「それは、賢明とは、思えません。あのような住民がいるなら━━━」
と、ジョニー。
「住民だと?」と、オレ。「ジョニー、丘の上に頭を突き出したものが、

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なんであれ、あれは、住民なんかじゃないよ。もしも、また出てきたら、
このボトルで鼻を一撃してやる!」
 しかし、今回は、出発する前に、オレは、宇宙船へ戻って、銃を2丁
持ってきた。1丁は、自分のベルトにつけ、1丁は、エレンに渡した。
エレンは、オレより、銃のねらいが正確だった。ママは、ビルにも当た
らないので、銃は渡さなかった。
 オレたちは、出発したが、暗黙の了解で、それがなんであれ、オレた
ちが見たものの方向とは、逆の方向へ進んだ。丘は、同じような丘が、
いくつも続いていて、最初の丘を越えた。宇宙船が見えなくなった。し
かし、ジョニーは、2分おきに、リストコンパスをチェックしていたの
で、船に戻る道は、知っていることが分かった。
 3つめの丘を越えるまでは、なにも起こらなかった。
「見て!」と、ママ。オレたちは、見た。
 左20ヤードほど先に、紫の茂みがあった。そこから、ブーンという
音がしていた。近づいてみると、ブーンという音は、茂みの周りを飛び
回る、多くのものから聞こえていた。それらは、最初見たときは、鳥の
ように見えたが、それらの羽は、動いてなかった。しかし、それらは、
急に上昇したり、下降したり、同じところをぐるぐる回ったりしていた。
頭を見ようとしても、頭のあるあたりは、かすんでるだけだった。回転
しているかすみ方だった。

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「プロペラだわ」と、ママ。「昔の飛行機に付いていたような」
 それは、進む先だった。
 オレは、ジョニーを見て、ジョニーもオレを見た。オレたちは、また、
その茂みに向かって進んだ。すると、鳥たちは、あるいは、鳥のような
ものたちは、オレたちが進み出した瞬間に、飛び去った。地面すれすれ
に飛んで、すぐに、視界から消えた。




            4
 
 オレたちは、また、歩き始めた。誰も、なにも言わなかった。エレン
は、先頭に来て、オレの横を歩いた。オレたちは、互いの耳が届く範囲
ぎりぎりを、歩いていた。
「パパ━━━」と、エレン。その先を、続けなかった。
「なんだい?」と、オレ。
「いいの、忘れて!」と、エレン。どこか、悲しそうだった。
 オレには、もちろん、エレンが言いたかったことが分かった。しかし、
そのことは考えないことにしていて、代わりに、言うのは、マーズシテ

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ィポリテクの悪口だとか、どうしようもないとかだった。マーズシティ
ポリテクは、その目的や卒業生の扱いは悪くはないが、12年後のこと
まで、考えてなかった。卒業生の一部は、しなやかで、融通の利く人間
になるだろうが。
 しかし、ジョニーは、10年以上たつのに、しなやかになってなかっ
た。宇宙船のパイロットの仕事は、最初の仕事として、いいきっかけに
なっただろう。数年間、オレたちといっしょに仕事してるが、より熟練
して腕を磨いて、一回りは大きくなった。彼は、大きな宇宙船の下級仕
官でいたよりは、ずっと早く、成長した。
 唯一の問題は、彼が、美男子すぎる点で、自分で、そのことに気づい
ていなかった。彼は、マーズシティポリテクで教わらなかったことは、
まったく知らなかった。教わったことは、数学と宇宙船の操縦と敬礼の
仕方だった。敬礼をしない方法は、教わらなかった。
「エレン」と、オレ。「考えない方が━━━」
「そうね、パパ」
「いや、なんでもない、忘れてくれ」
 オレは、結局、そのことはなにも話さず、エレンは、オレに、歯を見
せて笑ったので、オレも笑い返した。話したのは、それだけで、確かに、
どこにもたどり着けず、どこかに着いたとしても、どことも言えなかっ
た。

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 ちょうど、そのとき、オレたちは、小さい丘の頂上まで来て、そして、
立ち止まった。目の前に、舗装道路が始まっていた。
 普通に、地球の都市によくある、プラスチック製の舗装道路で、カー
ブや歩道や排水溝もあって、ペンキで塗られた、中央線もあった。ただ、
その道路は、オレたちが立っているところから、急に、始まっていた。
そして、そこからは、少なくとも、つぎの丘の上までは続いていた。見
える限りには、1軒の家も、1台の車も、それに、1匹の生物も、いな
かった。


            5
 
 オレは、エレンを見た。彼女も、オレを見た。オレたちは、ママを見
て、ジョンレーンを見た。彼も、オレたちを見た。
「ジョニー、なにかな?」と、オレ。
「道路に見えます、船長」と、ジョニー。
 オレが、じっと見たので、彼は、すこし赤くなった。腰をかがめて、
道路を調べ、驚きの目をして、立ち上がった。
「どうした?冷凍キャラメル製かい?」と、オレ。
「耐久プラスチック製です、船長。われわれは、この惑星の発見者では

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ないようです。地球の製品ラベルがあります」
「うーむ」と、オレ。「ここの住民が、同じ製法を見つけたんじゃない
か?同じ原料が、利用可能なのかもしれない」
「そうですね、船長。しかし、近寄って見れば、ブロックごとに製品ラ
ベルがあります」
「ここの住民が、同じ製品ラベルを━━━」
 言ってることが、どんなに無意味かに気づいて、オレは黙った。ある
探検隊が、新しい惑星に降り立って、最初の道路に、地球の製品ラベル
が付いたブロックがあるというのは、想像し難い。
「しかし、この道は、どこへ続いてるのかな?」と、オレ。
「それを知る方法が、1つだけあるわ」と、ママ。賢くかしこも。「続いてる
方へ、行ってみることよ。なんのために、立ち止まってるの?」
 オレたちは、前より希望をもって、歩き始めた。そして、つぎの丘の
上からは、建物が見えた。2棟の赤いレンガ造りで、旧英国書体で、
「ボントンレストラン」と書かれた看板があった。
「オレが先に━━━」
 言い終わる前に、ママがオレの口をふさいだ。たぶん、オレが言おう
としたことが、的外れだったかららしい。たった100ヤード先に、建
物があって、道路は、そこで、急に曲がっていた。
 先に歩いて、数歩先に着いた。ドアをあけて、中へ入ろうとした。そ

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のとき、オレは、ドア口に、冷たくなって、立ち止まった。この建物に
は、内部というものがなかったからだ。正面は嘘で、映画のセットのよ
うになっていて、ドアから見えるものは、波打つ、緑の丘だった。
 オレは、1歩戻って、「ボントンレストラン」の看板を見上げた。ほ
かのみんなも来て、オレがあけたドアから、のぞいていた。オレたちは、
ただ、そこに立っていた。ママが、イライラして、言った。
「さぁ、これから、どうするの?」
「なにをして欲しいんだい?」と、オレ。「中へ入って、ロブスターの
ディナーを、注文するかい?シャンパンも━━━おっと、忘れてた」
 シャンパンボトルは、まだ、ジャケットのポケットにあった。最初に、
ママに、つぎに、エレン、残りを、オレがあけた。早く飲みすぎて、泡
が鼻を刺激して、オレはくしゃみをした。
 けれど、なにか、ここには存在しない建物の、入り口を抜けて、また、
歩き出そうとする、心の準備ができた気がした。たぶん、それが、いつ
建ったかのような、しるしを見つけたのかもしれない。目で見れるしる
しは、なかった。内部は、いや、むしろ、正面の裏側は、なめらかで、
ガラス板のように平らであった。なにかの合成のようだった。
 オレは、裏側の地面を見た。そこにあるのは、虫の穴のような、いく
つかの穴であった。それらは。実際にあるもののようだ。というのは、
穴のひとつのそばに、タランチュラのような黒い蜘蛛が、座っていたか

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らだ。(あるいは、立っていたのかもしれない。タランチュラが座って
るのか、立っているのか、どうやって分かるのだろう?)オレが1歩近
づくと、やつは、穴の中へ飛び込んだ。
 建物の正面ドアを抜けたときよりは、すこし、いい気がした。
「ママ、タランチュラがいたよ」と、オレ。「なにが珍しかったか、分
かるかい?」
「なにかしら」と、ママ。
「なにも」と、オレ。「それが珍しいんだよ。なにも、珍しいことがな
かったことが。ここでは、ダチョウがシルクハットをかぶって、鳥がプ
ロペラを回していた。道路は、どこにも通じていなくて、建物は、うし
ろがなかった。しかし、タランチュラは、飾り羽さえ付けてなかった」
「そうなの?」と、エレン。理由を知りたがった。
「そうさ」と、オレ。「つぎの丘を越えれば、その先になにがあるか分
かる」
 オレたちは、歩き、そして、見た。丘と丘のあいだのくぼ地の道路は、
また、急なカーブになっていた。オレたちの目の前に、「ペニーアーケ
ード」と書かれた、大きな看板のテントが現れた。




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            6
 
 このときは、オレは、早く歩いたりは、しなかった。
「これは、サムハイデマンがやっていたショーの看板のコピーだ」と、
オレ。そして、ママに。「サムを覚えてるかい、ママ?あの頃は、楽し
かったな!」
「あの酔っ払いの、どこがいいの?」と、ママ。
「なぜだい、ママも彼が好きだったろう?」
「まぁね。あなたのことも好きだったし。だけど、それで、あなたや彼
が飲んだくれでないことには、ならないわ━━━」
「なぜだい、ママ」と、オレ。ママをさえぎって。
 このとき、オレたちは、テントの正面に着いた。見たところ、静かに
ふくらませた、本物のキャンバスだった。
「オレは、勇気がないな。今度は、誰がくぐりたい?」
 しかし、ママはすでに、テントの入り口に頭を入れていた。
「あら、サムじゃない!なつかしいわ!」と、ママ。
「ママ、からかうのも、いい加減に━━━」と、オレ。
 しかし、そのときには、オレはママを追い越して、テントの中にいた。
確かに、それはテントで、4隅があり、真ん中にかなり大きな1本もあ
った。なつかしのコインマシンが、1列に並んでいた。両替所で、コイ

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ンを数えながら、オレと同じくらい驚いた表情を浮かべて見上げたのは、
サムハイデマンだった。
「フェリーパパ!」と、サム。「ひさしぶりだな」
 サムとオレは、肩を抱き合った。サムはみんなと握手して、ジョンレ
ーンに紹介された。
 それは、まるで、火星や金星でやっていた巡回見世物の、昔なつかし
い日々のようだった。
「大きくなったね!」と、サム。エレンに。前に会ったときからずいぶ
んたつので、エレンはサムを、覚えていただろうか?
 そのとき、ママが鼻を鳴らした。
 ママが鼻を鳴らすのは、なにかを見たときで、オレはサムから目を離
し、ママを見て、それから、ママが見ているものを見た。オレは、鼻を
鳴らさずに、息をのんだ。
 ひとりの女性が、テントの奥から歩いてきた。オレが、ひとりの女性
と言ったのは、ひとりという以外、適当な言葉を思いつかなかったから
だ。彼女は、聖セシリア、アーサー王の王妃グィネヴィア、それに、ジ
ャンヌダルクの融合体だった。彼女は、ニューメキシコで見る夕陽、火
星の赤道公園から見る冷たい銀の2つの月のようだった。彼女は、金星
の春の渓谷、バイオリンを弾くドルザルスクのようだった。彼女は、ほ
んとうに、なにかだった。

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 オレの横から、別のため息が聞こえた。それは、なじみのないものだ
った。なぜ、なじみがなかったか、すぐに、分かった。オレは、ジョン
レーンが、ため息をつくのを、今まで、聞いたことがなかった。見ない
ようにするのは難しく、横目でチラリと彼の顔を見た。
「ああ、かわいそうなエレン」と、オレは考えた。そのかわいそうな青
年は、疑いもなく、去っていった。
 ちょうどその時、たぶん、ジョニーを見ていて思い出したのは、50
ドル賭けて、幸せな結婚をしたってことだ。オレは、ママの腕を取って、
支えた。
「サム!」と、オレ。「ここは、いったい━━━つまり、この惑星は、
いったいなんなんだい?」
 サムは、振り返って、うしろを見た。
「ミスアンバース!」と、サム。「古い友人が来たので、紹介しよう。
フェリー夫人、こちら、映画女優のミスアンバース」
 サムの紹介は、そのつぎが、エレン、それから、オレ、最後に、ジョ
ニーだった。ママとエレンは、とても礼儀正しかった。オレはというと、
ミスアンバースが差し出した手に、気づかないふりをした。年の分、賢くかしこ
も、オレは、彼女のような女性の手を握ってしまったら、離すのを忘れ
てしまうんじゃないかというかんがした。
 ジョニーは、離すのを忘れてしまっていた。

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「パパ、パイレーツ!」と、サム。「ここでなにを?きみは、植民地に
いると思っていたが、まさか、ムービーセットにやってくるとは!」
「ムービーセット?」と、オレ。物事が、ほとんど、分かりかけた。
「そう、プラネタリーシネマさ。わしは、巡回見世物シーンの技術アド
バイザーとしてね。彼らは、コインアーケイドの内部シーンがりたい
というから、わしの古いテントを出してきて、ここに建てたのさ。ほか
のみんなは、今は、ベースキャンプで休んでいるよ」
 オレに、やっと、夜明けの光が、射してきた。
「それで、道路に、正面だけのレストランが?」と、オレ。「あれも、
セット?」
「そうさ、道路もセットさ。道路は必要なかったんだが、道路の建設シ
ーンが必要だったそうだ」
「そうか」と、オレ。「蝶ネクタイをしたダチョウや、プロペラのある
鳥は?あれも、映画の小道具かい?」
 オレは、プラネタリーシネマは、不可能なこともすると、聞いていた。
「いいや」と、サム。頭をぼんやり振った。「たぶん、ローカルな動物
そうだよ。多くはないが、すこしはいる。めったに出会えないがね」
「教えて、サムハイデマン」と、ママ。「この惑星が発見されていたの
なら、どうして、わたしたちに情報が来なかったのかしら?どのくらい
前に見つかって、ほかに分かったことは?」

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 サムは、くすくす笑った。
「ウィルキンスという男性が」と、サム。「10年前に、この惑星を発
見し、評議会に報告した。それが公開される前に、プラネタリーシネマ
がうわさを聞きつけて、評議会に、惑星のレンタルを申し出たんだ。秘
密にするという条件でね。ここには、鉱物のような、価値のあるものは
なにもなく、土壌もニッケルの価値もなかったので、評議会は、その条
件で、レンタルしたんだ」
「しかし、なぜ、秘密に?」
「訪問客がいなければ、娯楽も必要ないし、ほかの映画会社に、先を越
されることもない。映画会社どうしは、互いにスパイしあっていて、競
争相手のアイデアを盗みあっているんだ。ここなら、欲しいだけ空間が
使えるし、じゃまされずに、静かに仕事ができる」
「オレたちが、ここを見つけたことで、どうなるかな」と、オレ。
 サムは、また、くすくす笑った。
「たぶん、映画会社は、きみたちを最上級にもてなして、このことを秘
密にしておくよう、説得するだろうな。たぶん、プラネタリーシネマ劇
場への、生涯パスがもらえるよ」
 サムは、キャビネットに行って、トレイにボトルとコップをのせて戻
った。ママとエレンは、断ったが、サムとオレは、2杯づつ飲んた。う
まい酒だった。ジョニーとミスアンバースは、テントの片隅で、熱心に

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語りあっていた。それで、オレたちは、邪魔しないようにした。サムに、
ジョニーは飲まないことを伝えたあとは、特に。
 ジョニーは、まだ、彼女の手をとったままで、病気の子犬のように、
彼女の目を見つめていた。エレンは、そこから、離れるように歩いてい
き、見ないようにしていた。オレは、エレンにすまないと思ったが、オ
レにできることは、なにもなかった。なにかが、起こるべくして、起こ
っただけだ。



            7
 
 しかし、オレは、ママが、だんだんイライラしてきたのが分かったの
で、そろそろ宇宙船に戻る時間だと、告げた。もしも、最上級のおもて
なしを受けるなら、着替える必要もあるので。オレたちは、宇宙船をも
っと近くに移動させればよい。ナッシングシリウスには、あと数日滞在
できた。オレは、サムに、ローカルな動物そうを、最初に見たあと、オレ
たちが、どうやって惑星を命名したかを、詳しく話してから、腰を上げ
た。
 オレは、ジョニーにやさしく声をかけ、映画女優から解放して、外へ

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連れ出した。これは、やさしくはなかった。ジョニーの目には、ぼんや
りした、至福の表情があって、オレが話しかけても、敬礼するのを忘れ
た。オレのことを、船長と呼ぶのも忘れた。実際、彼は、なにもしゃべ
らなかった。
 ほかの誰も、通りを歩きながら、なにもしゃべらなかった。
 オレの心に引っかかるなにかがあって、それが、なにか、まったく分
からなかった。なにかが違っていて、まったく形をなさなかった。
 ママも、心配していた。ついに、切り出した。
「パパ、映画会社がここを秘密にしておきたいなら、なぜ、そうしない
のかしら━━━」
「そう、そうしたくないのさ」と、オレ。軽快に答えた。それは、オレ
が気にしていたこととは、違ってはいたけれど。









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            8
 
 オレは、新しい完璧な道路を、見おろした。なにか、オレが嫌いなも
のがあった。カーブを斜めに渡って、道路沿いを歩き、緑の粘土の丘を
見おろした。そこには、「ボントンレストラン」で見た、穴や黒い蜘蛛
以外には、なにも見えなかった。
 たぶん、映画会社が持ち込んだのではなければ、タランチュラではな
かったのだろう。しかし、それらは、実際的な目的から、タランチュラ
だった。タランチュラに、実際的な目的があったとしてだが。それらは、
蝶ネクタイもプロペラも、飾り羽も付けてなかった。ただの、タランチ
ュラだった。
 舗装を出て、それらの1・2匹を踏もうとしたが、すぐに逃げて、穴
に飛び込んだ。かなり速く、足がすばやかった。
 オレは、道路に戻り、ママと並んで、歩いた。
「なにしてるの?」と、ママ。
「別に」と、オレ。
 エレンは、懸命に無表情をよそおって、ママとは反対側を歩いていた。
エレンの考えていることは、容易に推測できた。オレができることがあ
れば、なにかしたかった。唯一できることは、この旅が終わったら、地
球にしばらく滞在することにして、エレンに、ジョニー以外の多くの若

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者と出会えるチャンスを与えてあげることだった。たぶん、エレンが好
きになれる若者も現れるだろう。
 ジョニーは、ボーっとして、歩いていた。彼は、大丈夫そうだったが、
若者がそうなりがちなような、なにか突然のことに、落ちてしまってい
た。たぶん、それは、愛ではなく、ただの夢中だった。彼は、今、どん
な惑星にいるのかも、忘れてしまった。
 オレたちは、最初の丘を越え、サムのテントは、見えなくなった。
「パパ」と、ママ。突然、きいた。「映画カメラが、1台でも見える?」
「いいや。でも、何百万もするものだから、使わないときに、そこらへ
んにほったらかしには、しないよ」
 レストランの正面が見えた。それは、横から見ると、ひどく滑稽こっけいで、
その方向から近づいていった。道路と緑の粘土の丘以外は、なにも見え
なかった。
 タランチュラは、道路には、いなかった。道路では、1匹も見てない
ことを、思い出した。タランチュラは、道路に上がったり、横切ったり
できないように見えた。なぜ、道路を横切れないのだろう?反対側には、
行けない?
 オレの心に引っかかるなにかが、まだ、あった。ほかのものよりは、
それほど、重要でないなにか。
 それが、だんだん大きくなって、オレの心を占めるようになった。オ

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レは、のどがかわいた。シリウスの太陽は、地平線に傾いたが、まだじゅ
うぶん、暖かかった。水が飲みたくなった。
 ママも、疲れていた。
「すこし、休もう」と、オレ。「もう、半分は、戻った」
 オレたちは、止まった。ちょうど、「ボントンレストラン」の正面で、
オレは、看板を見上げた。
「ジョニー」と、オレ。ニヤリとして。「中へ入って、ディナーを注文
してきてくれ!」
「はい、船長」と、ジョニー。敬礼して、ドアに歩きかけた。すぐに、
顔を赤くして、立ち止まった。オレは、クスクス笑ったが、それ以上は、
なにも言わなかった。
 ママとエレンは、カーブのところに、座っていた。
 オレは、また、レストランのドアを通った。なにも、変わってなかっ
た。裏側は、ガラス板のようになめらかだった。たぶん、同じタランチ
ュラが、同じ穴のそばに、座ってるか、立っていた。
「よう、元気かい?」と、オレ。
 タランチュラは、答えなかった。オレは、1歩踏み出そうとしたが、
それは、オレより、ずっと素早かった。これは、すこし、変だった。オ
レが踏み出そうとする瞬間に、それは、穴に向かっていた。オレが、実
際に、筋肉を動かす前に。

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 オレは、また、正面を通って戻った。壁にもたれると、壁は、固く、
もたれるのにいい具合だった。オレは、ポケットから葉巻を出して、火
をつけようとしたが、マッチを落とした。そのとき、なにが間違ってい
るか、ほとんど分かった。
 サムハイデマンに関する、なにかだった。
「ママ」と、オレ。「サムハイデマンは、死んだんじゃなかった?」




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 そのとき、ぞっとするような一瞬があって、オレは、壁にもたれてな
かった。壁は消えて、オレは、うしろに倒れた。
 ママとエレンの悲鳴が、聞こえた。
 オレは、緑の粘土から、立ち上がった。ママとエレンも、立ち上がろ
うとしていた。それまで、座っていたカーブが消えて、地面に、座った
まま落ちたからだ。ジョニーは、立っていた足の裏から、道路が消えた
ので、数インチ落ちてから、すこし、よろめいていた。、
 道路やレストランは、跡形あとかたもなかった。波打つ、緑の丘だけだった。

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そして、そこにいる、数匹のタランチュラ。
 オレは、落下したことで、かなり、精神的ショックを受けた。精神的
ショックをやわらげる、なにかが必要だった。数匹のタランチュラだけ、
そこにいた。残りのほかのものと、いっしょに、消えなかった。オレは、
一番近くのやつに、ねらいを定めたが、失敗だった。このとき、オレが
動く前に、やつは動いたことに気づいた。
 エレンは、道路があった場所や、レストランがあった場所を見おろし
ていた。そして、「ペニーアーケード」のテントに戻りかけた。
「もう、ないよ」と、オレ。
「なにが、ないの?」と、ママ。
「そこには、ない」
「なにが、どこにないの?」ママは、オレをにらんだ。
「テントさ」と、オレ。すこし、イライラして。「映画会社も、すべて、
なにもかも。特に、サムハイデマンはね。道路が消えたのは、サムハイ
デマンのことを思い出した時だ。5年前、ルナシティで、オレたちは、
彼が死んだことを知らされた。だから、彼は、テントにいなかった。な
にもなかった。オレがそれを思い出した時に、やつらは、オレたちの下
から、道路を消しちまったのさ」
「やつらって?パパフェリー、やつらってどういう意味?誰なの?」
「誰かってことかい?」と、オレ。ママは、じっと、オレを見ていた。

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「ここでは、話さない方がいい。先に、急いで、宇宙船に戻ろう。ジョ
ニー、道路がなくても、帰り道は、分かるよな?」
 ジョニーは、うなづいた。敬礼や船長と呼ぶことは、忘れた。
 オレたちは、歩き始めた。誰も、しゃべらなかった。ジョニーの案内
を、オレは、心配してなかった。ジョニーは、オレたちが、テントのこ
とに触れなければ、大丈夫だろう。彼は、リストコンパスで、帰り道を
案内した。
 道路のあった終点まで来ると、あとは、粘土の上に足跡が残っていた
ので、それをたどるのは、簡単だった。プロペラのある鳥がいた、紫の
茂みが見える丘まできたが、鳥も紫の茂みも、見当たらなかった。
 しかし、宇宙船は、ちゃんとあった。最後の丘から、宇宙船は見えた。
出発したときと、まったく同じ姿で、まるで、我が家のように、見えた。
オレたちは、早足になった。








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 オレは、宇宙船のドアをあけた。ママとエレンが、先に入った。ママ
が入ろうとした時に、声がした。
「きみたちに、別れを告げる」と、声。
「オレたちも」と、オレ。「おまえたちに、別れを告げる。地獄に行き
な!」
 宇宙船に入ってから、オレは、ママに説明した。この場所を離れるの
が早ければ、早いほど、オレはハッピーだった。
「待て!」と、声。
 その声には、オレたちに待たせようとする、なにかがあった。
「きみたちが2度とここへ来ないように、説明したい」
「なぜ、ダメなんだい?」と、オレ。別に戻ってこようとは、思わなか
ったが。
「きみたちの文明は、われわれのものとは共存できない。きみたちの心
を調べて、そう、確信した。きみたちの反応を見るために、きみたちの
心にあるイメージを投影して、実体化した。最初に投影されたイメージ
は、混乱していた。しかし、きみたちが、最遠ポイントに歩いてゆくま
でに、きみたちの心が分かった。きみたちと、同様の人物を、投影でき
た」

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「サムハイデマンだな」と、オレ。「しかし、あの女性は?彼女は、誰
も知らない女性で、誰の心にもないはずさ」
「彼女は、複合体で、きみたちが言うところの、理想だ。そのことは、
しかし、重要でない。きみたちを調べて、分かったことは、きみたちの
文明は、物質に関心があるということだ。われわれの文明は、思考に関
心がある。われわれの誰も、他者にものを与えない。ものは、決して、
交換されない。それによって、多くの弊害が生じるからだ。この惑星に
は、きみたちが興味を持つような、物質的資源はない」
 確かにそのとおりだと、オレは思った。見渡す限りの単調な波打つ粘
土の大地は、回転草のような茂み、それも、わずかな数の茂みくらいし
か支えられそうになかった。それ以外のなにも、育ちそうになかった。
鉱物に関しては、小石さえ見当たらなかった。
「きみの言うとおりだ」と、オレ。「回転草やタランチュラしかいない
惑星は、たぶん、自律できそうだ。だが━━━」
 なにかが、引っ掛かった。
「ちょっと待って、ほかにもいるんじゃないか?オレが、話している相
手は?」
「きみが話しているのは」と、声。「きみたちが、タランチュラと呼ん
でるものだ。それが、われわれと共存できないもう1つの点だ。正確に
は、きみは、われわれの思考を投影した声と話している。もうひとつ確

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かなことは、きみたちが嫌うよりも、もっとずっと、われわれがきみた
ちを、肉体的に嫌っているということだ」
 下を見ると、3匹がいて、すぐにでも、穴に飛び込めるよう準備して
いた。
 オレは、宇宙船に戻った。
「ジョニー、出発だ!目的地、地球!」
「はい、船長」と、ジョニー。操縦室に入って、ドアをしめた。自動操
縦にするまで、彼は、操縦室を出てこなかった。シリウスがだんだん、
背後に小さくなっていった。
 エレンは、自室に入った。ママとオレは、クリベッジをやっていた。
「休憩に入ります、船長」と、ジョニー。
「いいとも」と、オレ。
 ジョニーは、ぎこちなく、自室に歩いていった。
 すこしして、ママとオレは、顔を見合わせた。なにか、変な音がした。
オレは、なんなのか、調べに行った。
 すぐに、ニヤニヤして戻った。
「すべてオーケーさ、ママ」と、オレ。「ジョンレーンだったよ!やつ
は、ふくろうのように、酔っ払っていたよ!」オレは、ママの肩を、う
れしくなって、ふざけて叩いた。
「やめなさい!」と、ママ。鼻であしらうように。「カーブの道路が消

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えたとき、痛かったわ。ジョニーが酔っ払っているのが、なにがおめで
たいの?パパ、酔ってるの?」
「いいや」と、オレ。残念ながら、認めた。「しかし、ママ。ジョニー
は、入ってきたオレに、出てけって言ったんだよ!敬礼もなしに!船長
のオレに向かって!」
 ママは、じっと、オレを見た。女性は、時として、賢くかしこなる。しかし、
時として、無口になる。
「聞いてくれ!ジョニーは、酔っ払いになったわけじゃないんだ。これ
は、たまたまなんだ。ジョニーの誇りや威厳が、いかに傷つけられたか、
分かるだろう?」
「ジョニーが、なにか━━━」
「恋に落ちたからさ。タランチュラの思考投影物に」と、オレ。「ある
いは、ジョニーが考えたなにかに。それを忘れるために、一度、酔っ払
う必要があったんだ。あとで、しらふになったら、彼は、人間になって
るよ。それに、オレは、どんなオッズでも賭けるね!さらに、賭けても
いいが、彼は、人間になったら、エレンを見るようになって、彼女の美
しさに気づくさ。そう、オレは、彼が、地球に戻る前に、まっさかさま
に落ちて行く方に、賭けよう。ボトルを持ってきて、トーストにかけて、
飲もう!ナッシングシリウスに、乾杯!」


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            エピローグ
 
 オレが、当たっていた。
 ジョニーとエレンは、宇宙船が地球に近づいて、減速を始める前に、
結婚した。
 
 
 
                            (終わり)












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