ハーフベア

　　　　　ハーフベア
　　　　　　　　　　　　原作：フレドリックブラウン
　　　　　　　　　　　　アランフィールド
　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　プロローグ
　　　　　　　　　　　　　
　もしも病院の待合室で、行ったり来たりしながらタバコに━━━たい
ていは間違えてフィルターの先に火をつけて、なにかを待っている父親
を見たら、その仕草からどんなに心配か分かるだろう。
　しかしそれが心配だと思うなら、今、出産室の外のローカでうろうろ
している、ジョナサンクインビーをひと目見てほしい。クインビーは、
タバコのフィルターの先に火をつけて、そのまま吸っても違いが分かり
もしないのだ。
　ジョナサンクインビーは、たしかに心配ごとを抱えていた。

　　　　　　　　　　　　１
　
　始まりは、最後に動物園を訪れた夜だった。「最後に」は２つの意味
でそうだった。１つは、クインビーが１マイル以内には近づかないとい
うことであり、もう１つは、妻も近づかないということだった。彼女は
落ちて、そう、穴の中へ━━━。
　その夜、起こったことを分かってもらうためには、すこし説明が必要
だ。クインビーは、若い頃から熱心に魔術━━━手品のようなものでな
く、本物の魔術を学んでいた。不運にも、魔術はクインビー自身には効
かなかった。どんなにがんばっても、ほかの人にも効かなかった。
　ひとつの魔術を除いて。それは、人間をクインビーの好きな動物に変
えるもので、同じ魔術を逆に唱えれば、ふたたび人間に戻せた。もしも
悪意のある人間なら、この魔術を犯罪に使うところだが、クインビーは
まったくそうでなかった。何回か練習で使ったあとは、好奇心から自分
から言ってきた者に使用しただけで、２度と使用することはなかった。
　ジョナサンクインビーは、１０年前３０才のとき、ジェシーと恋に落
ちて結婚した。クインビーは、ジェシーの好奇心を満たすため、１度だ
け魔術を使った。魔術の話をしたとき、ジェシーは疑って証明を迫った
ので、ジェシーをシンプルにシャムネコに変えた。クインビーは２度と
魔術を使わないことを約束させられ、今までそれを固く守ってきた。

　　　　　　　　　　　　２
　
　動物園を訪れた夜の１度を除いて。ふたりは動物園を歩いていて、ほ
かには誰も見当たらず、地面に深く掘られたクマの地下穴の前に来た。
ふたりはクマを捜したが、クマたちはみんな夜のねぐらに引っこんで姿
が見えなかった。そのとき、ジェシーが柵から身を乗り出しすぎて、バ
ランスを失って、クマの地下穴に落ちた。ジェシーは、たまたまうまく
着地した。
　ジェシーは、足を岩場にのせて、上のクインビーを見上げて、指を口
にあてた。そして、クマのねぐらを指さした。クインビーは、分かった。
ジェシーは、ねぐらで眠っているクマを起こさないように、静かに助け
を求めた。クインビーは、うなづいて、助けを呼びに行こうとして、ジ
ェシーを見下ろした━━━そのとき、助けを呼ぶのはもう遅いことを知
った。
　若いオスのグリズリーが、ねぐらの入り口からやってきて、不気味な
うなり声を上げながらジェシーにつかみかかろうとしていた。
　助ける方法は、１つしかなかった。ジョナサンクインビーは、それを
やった。オスのグリズリーは、メスのグリズリーを殺すことはなかった。

　　　　　　　　　　　　３
　
　しかし、２頭のグリズリーは、別の考えを抱いた。クインビーは、両
手を握りしめ、どうしようもなく苦しそうな表情で立っていた。クマの
地下穴でジェシーに起こったことを目撃させられた。しばらくして、オ
スのグリズリーは自分のねぐらに戻った。ふたたびオスが出てくる前に、
すばやくジェシーの背中に向かって、クインビーは、魔術を逆に唱えた。
ジェシーはもとの姿に戻った。岩を登る足場をたどって、ジェシーは手
を伸ばせば届くところまできて、クインビーに引き上げられた。動物園
を出るとタクシーで家に帰った。ふたりは、２度とそのことを話題にし
ないことにした。ジェシーが殺されるのを見たくなければ、クインビー
がそうするしか方法はなかった。
　
　　　　　　　　　　　　エピローグ
　
　数週間は、そのことを話題にしなかった。結婚して１０年になるが、
子どもは欲しかったが授からなかった。悲惨なできごとの３週間後、ジ
ェシーに子ども？
　病院の待合室で、期待しながらうろうろしている父親を見たら、地球
上でもっとも心配な男のように見えるかもしれない？クインビーは、今、