死んだ夫
          原作:フレドリックブラウン
          アランフィールド
           
            プロローグ
             
「ジンだ、エド!」と、叔父のアム。カードを見せた。「ゲームに勝つ
こつが知りたい?」
 オレは、そろってないカードを見せて、言った。「また、ビッグゲーム
だった。まだ、計算してない」オレは、数字を足し合わせた。「438
ドル。今までの分に加えると━━━あんたに、8620ドルの借りだ。
ほんとうにオレに取り立てるつもり、アム?」
 もしもそのとおりなら、大金だった。しかし、もちろん、そうでなか
った。
 




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            登場人物
             
エドハンター:元印刷工、叔父アムといっしょに探偵事務所を始める。
アムハンター:エドの叔父、カーニバルをやめて、私立探偵をやる。
ベンスターロック:スターロック探偵事務所の所長、元探偵。
フランクバセット:殺人課の刑事。
ジェイソンロジャース:13年間、市の会計係、死後、横領が発覚。
ワンダロジャース:ジェイソンの娘、スターロックの受付嬢に応募。
ジョンカルスティヤ:ジェイソンの友人、弁護士。

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 1点が1ドルで計算したスコアを記録しておいて、もしも借金が1万
ドルになったら、いいレストランで食事をおごり、そのあと、見たい芝
居をシカゴでやってれば見に連れて行く、芝居がなければ、それほど高
くないナイトクラブで楽しく遊ぶ。それで1万ドルの借金は帳消しにし
て、ジンラミーの勝負を最初から始める、借金の額が1万ドルになるの
は、2か月に1度くらいで、オレたちは、そうたびたびは町の夜に繰り
出せなかった。
 アムは、腕時計を見た。「外に出て食事に行く?それとも、もう1ゲ

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ーム?」
 オレは、もう1ゲームに賛成だった。腹はまだ減ってなかった。その
とき、電話が鳴った。アムが受話器を取って、言った。「ハンター&ハ
ンター探偵事務所」
 それから言った。「ちょっと待って、ベン!エドは、ここにいる。も
う1つの受話器を取ってもらう、そうすれば、同じ話を2度しなくて済
む。オーケー?」
 アムはうなづいたので、オレは外側のオフィスに行って、デスクにあ
るもう1台の受話器の方へ向かった。それを取る前に、ハンター家につ
いて説明した方がよい。そこにベンも登場する。
 オレは、エドハンター、20代半ば。アンブローズハンターは、40
代半ば━━━小柄で、がっしりして、頭が良い━━━は、オレの父の弟
で、生きている唯一の親戚だった。長い間、カーニバルで働いていた。
オレが18のときに、父が死んだあと、オレはカーニバルにころがり込ん
で、叔父のアムといっしょに2シーズン働いた。それから、オレたちは
カーニバルをやめて、シカゴに戻って来た。アムは、カーニバルで働く
前に、私立探偵をしたことがあって、ベンスターロックの仕事を得た。
ベンは、かなり大きい探偵事務所を経営していて、オフィスもあって、
通常は10人から12人の探偵がいた。しばらくしてから、オレが21
になって、アムは、エドも探偵として雇ってくれとベンに頼んでくれた。

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ベンの仕事を2年やって、貯金もできたので、オレたちの探偵事務所、
ハンター&ハンターを始めるというギャンブルに出た。それが2年前。
しばらくは赤字続きで、それからトントンになって、今では黒字で、金
持ちにはなれそうにはないが、なんとかやっている。
 ベンスターロックとは友好的な関係を保っていて、彼のところの探偵
ではこなせない量の仕事が舞い込んだら、オレたちに一部を回してくれ
た。逆のこともあった。探偵事務所をやってゆくのは、そんなもんだ。
なん日か、場合によってはなん週間もすることがなかったかと思ったら、
突然、もっと多くの探偵が必要な仕事が舞い込んで来る。スターロック
のような大きな軍団でも、ハンター&ハンターのようなふたりでやって
るところでも。ほとんどすべての探偵事務所は、1つか2つのほかのと
ころと緊急時のために手を結んでいる。
 
               ◇
 
 オレは、外側のオフィスのデスクのはしに座った。そのデスクは、オレ
たちが赤字から抜け出て、もう一つの受話器用に買った、速記タイプか
簿記係あるいは受付用のデスクに使われていたものだった。
「ハイ、ベン!」と、オレ。「3方向につながった。射撃開始!」
「ふたりは、ヒマ?」

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「いや、ベン」と、アム。「カネは欲しいが、今すぐは、別の仕事があ
る。あんたの言う意味がそういうことなら」
 ベンスターロックは認めた。「最初に1つきたい。その答えが違っ
ていたら、仕事を出せないかもしれない。うちの事務所にいたのは、い
つだった?いっしょに、あるいは別々に」
「いっしょにだ」と、アム。「だいたい1か月前。とにかく、それがオ
レがいた最後だった。エドが、それ以外、そこへ行ったかは分からない。
行った、エド?」
「いや」と、オレ。「それが最後だった。しかし、それは、1か月でな
く、5週間か6週間前だった」
「受付のデスクには、だれがいた?」
 オレは、言った。「背の高い赤毛。名前は知らない」
「いいね」と、スターロック。ホッとして。「30分後に会える?ふた
りいっしょに」
「ああ」と、アム。「あんたのオフィスで?」
「とんでもない!だめだ。あんたたちがここに顔を出したら、仕事は、
なしだ!オレがあんたらの壁の穴へ出向く。ソロング」
 オレが、内側のオフィスのドアに戻ると、オレを見て言った。
「とんでもないって、どういうことだ?」
 オレは、ドアの横に寄り掛かって、言った。「分からない、アム?1

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つのことは確か、それは、彼のオフィスのだれかが、彼がオレたちにや
って欲しいことに含まれているということ。そのだれかは、オレたちを
見てないことが重要。そして、そのだれかは、1か月前から働いている、
オレたちをすでに見ていたのかどうか」
 アムは、うなづいた。「つまり、こういうことか?彼女は、すでにオ
レたちを見ていたなら、受付デスクの赤毛は、代わってなければならな
い。オレたちがいた最後まで、赤毛が受付にいたかどうか分かるまでは、
オレたちに仕事を出せるか分からない」アムは、電話が鳴るまで吹かし
ていた葉巻に、また火をつけた。「それなら、仕事が入るかどうか分か
らないことに、脳みそを無駄に使うのは損だ。30分なら、ちょうどジ
ンラミーもう1勝負できる、やるか?」
 オレは言った。「やらない方がいい。家賃の小切手も電話代の小切手
も、まだ、切ってない。この仕事がなんであれ、すぐ始められるように
準備した方がいい」
 オレは、外側のオフィスに戻って、仕事をこなした。小切手を郵送す
る準備をして、ほかにもこまごました仕事があって、スターロックが来
たときは、忙しくしていた。
 オレは、内側のオフィスに戻って、ベンには一番いいイス、クライア
ント用のイスに座ってもらった。アムがいた。「どんな仕事、ベン?」
「だいたい、今、4人の探偵に尾行の仕事をしてもらっている。しかし、

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その4人を今度の仕事に使えない理由は、かしこいあんたたちは、分か
っていると思う」
「ああ」と、アム。「どのくらい、彼女は、あんたのとこで働いていた?
1か月くらい?」
「そんなとこ。しかし、もう2日かも。土曜にやめるという届けを出し
たりしたので」
「それで、なにを疑っている?切手代を盗んだのではないな。ファイル
の情報かなにか?」
 スターロックは、頭を振った。いつものように、慈悲深い仏陀ぶっだのよう
な笑いを浮かべた。体は大きく、仏陀ぶっだのようで、額のひたい真ん中にほくろさ
えあって、ますます仏陀ぶっだの幻影を誘った。
 彼は言った。「彼女のことは、なにも疑ってない。特にファイルは、
彼女がアクセスできるところにはなかった。そうでなく、アム、あるク
ライアントから、彼女を調べてくれと言われた。彼は、4万6千ドルが
消えた事件について、彼女はなにか知っていると見ている。ジェイソン
ロジャース事件について読んだことは?」
「名前は聞いたことがある。しかし、エドにいて!このあたりのこと
には詳しいし、記憶力がいい。もしもエドが読んだことがあるなら、事
件の全体像を引用できる」
 スターロックは、オレを見た。「読んだことは、エド?どのくらい覚

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えている?」
「フリーランドの外の話」と、オレ。「外に住んだことは、ベン?」
 スターロックは、うなづいた。フリーランドは、クックカウンティの
すぐ外の小さな都市だった。正確には、シカゴの郊外ではなく、政治的
に独立しているが、シカゴで働く多くの人がそこに住んで、通っている。
「ジェイソンロジャースは」と、オレ。「フリーランドの市の会計係だ
った。2か月前」
「6週間だ」ベンがさえぎった。「続けて!間違っていたら、その都度、
修正する」
「6週間前、彼は殺された。車で引かれた。事故の詳細は知らないが、
殺害されたのではないと思う」
「そう、続けて!」
「彼は、外観上、よく知られていて、そこでは好かれ、長いあいだ会計
を任されていた。どのくらい、ベン?」
「13年間。2年ごとの選挙で改選され、7回続けて選ばれている。最
後の2回は、対抗者がいなかった。彼が殺されたときは、7期目の途中
だった」
「ああ」と、オレ。「とにかく、彼は良く思われていた。りっぱな墓に
埋葬され、新聞各紙では賞賛された。彼は、その死を嘆き悲しまれたジ
ェイソンロジャースだった。死後1週間までは。そのとき、会計検査で、

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不足額が見つかった。しかし、オレには、46を越えた程度には思えな
い」
「そう違う、最初は」と、スターロック。「最初の推計は35。そのあ
と、さらなる不足額が見つかった。65がほんとうの合計だ。ほかに覚
えていることは、エド?」
「ただひとりの生き残りは、娘。名前は知らない。オレの推測では、彼
女があんたのオフィスに勤めている?」
「その通り、ワンダロジャース。そして、クライアントがウォキーガン
債権会社、ジェイソンロジャースの債権を5万ドル保有している。もし
も彼が横領で有罪になれば、46すべて支払わなければならない。裁判
が長期にわたって、そのあいだ、債権会社はずっと心配し続けなければ
ならない。現金で支払うことになったら最悪だ」
「どちらかに、証拠は?」
「まだ、どちらも見つけてない。監査役は、まだ、会計に携わっている
が、いくつかの書類は紛失していて、彼が、あるいは別のだれかがやっ
たということを絶対的に証明するのは難しい。しかし、彼は直接の担当
者で、彼に見つからないように多額のカネを横領するのは、別のだれか
にとってかなり難しい。よって、裁判所は、そのための強い推定があれ
ば、債権会社に責任があるという裁定を下すかもしれない。会社は、彼
がやってないということを証明したい。つまり、どこかにカネが見つか

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ればよい。どちらかに」
「会社は、彼が取ったとしたら、現金にして、使っていないと?そして、
娘がそのりかを知ってると?」
「今は、一方しか答えられない。現金化については、盗んだのなら、た
ぶん現金にした。彼の給与は年1万ドルで、生活レベルは、良かった。
もちろん、ギャンブルで全額スッたかもしれないが、自分のカネでさえ、
ギャンブルが好きだったということは知られてない。彼の知人が知る限
り、彼は、宝くじの的板からルーレットホイールに至るまで、なんのこ
とか知らなかったそうだ。そう、もしも彼が盗んだのなら、パウダーの
予備を買ったり、南アメリカかどこかで余生を送るために、現金にして
持っていた。それが事件だとして、彼の死後2週間で発覚した」
「あんたはどう見る?」と、アム。
「外部の会計事務所による、1年ごとの会計検査では、不足額はなかっ
た。去年の最終決算は、パスしている。つまり、カネは、そのあと消え
た」
「彼の死ぬ前は?だれか、彼の代わりに仕事を引き継ぐ者でも、だれか、
会計検査の前に先に調べて、彼の横領に気づけなかった?」
「だれも。会計検査は、彼が死んだ翌日から始まった。会計事務所がた
またま仕事があいて、ヒマだったので、待つ必要もないので始めた。し
かし、なにかで時間を取られ、1週間後にやっと、不足額が判明した。

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そのあいだ、会計作業は、停止していた」
「オーケー」と、オレ。「彼が取って、現金化したとしよう。どういう
理由で、娘のワンダが事件に関わり、カネのりかを知ってると?横領
者は、ふつう、自分のしたことを家族にべらべらしゃべったりはしない」
「その通り!しかし、今回のように、高額のカネが関わる場合、娘に、
なにかあったら持っていてほしいと思うかもしれない。なにかがたまた
ま起こった場合、作業を終える前に。この事件の場合、そのなにかがた
やすく起きてしまった。オレはそうだとは言ってない。その可能性があ
ると言ってるだけ。調査の結果分かったことが、1つあった。
 ジェイソンロジャースの弁護士であるジョンカルスティヤは、彼の法
的作業を担当していて、友人でもあった。彼の遺書は、カルスティヤの
金庫の中だった。死ぬ数か月前にも、封印された封筒をカルスティヤに
渡していて、そこには、彼の死後に彼女に譲渡する覚書が記されていた。
カルスティヤは、それを娘に、彼の死んだ翌日に渡した。彼女は、それ
を彼の目の前で開いたが、彼には読ませなかった。そこに、カネの
かが書かれていたかもしれない」
「そこになんて書かれていたと、彼女は言ってる?たぶん、かれたと
思う?」
「確かに!1週間後に不足額が明るみに出てから、かれた。彼女の話
は、筋が通っている。葬式のこと、どこに埋めて欲しいかといったこと

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が書かれていた。彼の望み通りに葬式をしたが、覚書は捨ててしまった。
それで、ほんとうにそうなのかは不明だ。まだ、ほかの可能性もあって、
彼女の言葉に疑問は残っている」
「うう、ふむ」と、オレ。「だいぶ分かったが、オレたちがなにをする
か聞く前に、1つ質問。彼女は、なぜ、今の仕事を?ただの偶然の一致?
しかし、父の死後、なぜそんなに早く仕事を始めた?彼の年収が1万ド
ルなら、いくらかの財産を残したのでは?」
「財産を残したが、多くはない。数千ドルに、ふたりが住んでいた家、
全部で1万ドル、もしも家が売れれば。しかし、しばらくのあいだは、
ふつうの場合より長く、財産物件として凍結されている。横領罪で有罪
になれば、そして、カネが見つからなければ、財産物件は、賠償の一部
として差し押さえられる。カルスティヤが執行官で、市の代理人は、裁
判が終わるまでは、ワンダに財産の一部でも渡さないように警告した。
それで、彼女自身の名義のカネも財産もなく、彼女を金欠の状態にして
いる、事件が解決するまでは。
 どうして、うちの仕事についたかだが、彼女には、たしか、2度会っ
た。彼女の父とも、薄いが、知り合いだった。6か月前に、オレは、フ
リーランドのカントリークラブの会員になった。彼は、すでに会員だっ
た。しょっちゅうラウンドしたわけでないが、そこで彼に会った。ある
日曜に、彼を含めて4人でゴルフをした。そして、そう、娘もいっしょ

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にラウンドしたことが2度あった。その最初のときに、彼は娘を紹介し
た。たぶん、彼女は、父とオレが、実際以上に親しいという印象を持っ
たのだと思う」
 とにかく、父の死後10日くらいして━━━スキャンダルが始まって
3日くらいして、彼女は職を捜して、オレのオフィスに来た。
 たぶん彼女は、オレの推測だが、最初に、父ともっと親しい友人に先
に会いに行ったが、なにもしてもらえなかったのだと思う。理由は、あ
いている職がなかったか、あるいは、彼女の父がほんとうに横領したと
信じていた、それで、その娘を雇いたくなかった。しかし、ジェニファ
ーが、あんたの言うように背が高い赤毛だが、退職届を出していて、オ
レは受付嬢を捜していた。彼女は適任に見えた。なんだって、受付嬢が
必要なのに、雇ってはダメなんだ?犯罪は遺伝だとは思ってない。彼が
有罪だともまったく思ってない。なぜ彼女がそのことでペナルティを負
うのか理解できない」
「彼女がカネのりかを知っていたとしても?」と、アム。「そして、
彼女が職につきたいのは、ほんの短期だけ、カネを出しても怪しまれな
くなるころまでだとしても?」
 スターロックは、アゴをこすった。「そのときは、オレは、父が彼女
に残した封印された手紙の存在を知らなかった。今まで一度も新聞に出
なかった。今朝、クライアントから聞いて、初めて知った。たぶん、そ

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のことは、オレに考えることを止めさせる。しかしそれを知らなくても、
オレは、彼女の父が有罪でも、彼女はそれについては知らなかったと断
言できる」
「そしてどのようにして」と、オレ。「ウォキーガン債権会社は、あん
たに彼女の調査を依頼して来た?ただの偶然、それとも彼女が働き始め
たときから知っていた?」
「よくは知らない。会社は当然彼女を追跡していて、どこに勤めている
かも知っていた。今朝、フリーランド支店の支店長のコスロフスキーと
いう名前の男が会いに来て、彼女に関しての調査を依頼した」
「彼は、本名と会社名を受付嬢に告げた?」と、アム。割って入った。
 スターロックは、アムにニヤリとした。「債権会社は、内情もよく知
ってるので、昨夜、オレの家に電話して来て、アポを取って、今朝オレ
が出掛ける前に、オレの家に会いに来た。
 とにかく、彼女や父のために、オレのできることは、今、話したよう
に、わずかしかないと、彼に言った。そして、彼は、オレが彼女に関す
る仕事をしたいか訊いた。ふつうに、オレはビジネスをしている、たと
え、オレの分を差し引いて、その仕事を別の、あんたのようなだれかに
請負うけおわすとしても。よって、オレはイエスと答え、オレたちは取引をし
た。支店長は、フリーランドのことで監査役や警官に会ったりして忙し
く、自分ではその仕事はできない」

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「なにをして欲しいと?わなに掛ける?」と、オレ。
「その通り!しかし、その前に、尾行の仕事がある。オレが考えている
のは、こうだ。アムは、彼女が今夜仕事を終えたら、尾行して、夜をど
う過ごしているか調べてくれ!どこでなにをしたか、といったこと。彼
女について、いろいろ分かって来る、一晩かもしれないし、もっと長く
なるかもしれない、習慣とかくせとか。そして、あんた、エドは、いい
時と場所を選んで、彼女と知り合いになる。そこから、あんたの仕事は
始まる。アムは、あんたが彼女とデートしてないときも、ずっと、尾行
を続けてる。オーケー?」
「オーケー」と、オレ。「とにかく、やってみる。しかし、最初にデー
トに誘って、顔をはたかれたら、続けることは難しい」
「エドは、そんなへまはしないよ、ベン」と、アム。「あんたは、彼女
は別の仕事のためにあんたのところを辞めると言っていたが、どこの仕
事?」
「マーシャル牧場の、月曜から始まるモデル化の仕事、あるいは、そう
彼女は言った。そのことは、電話ですぐ確かめられるので、電話するつ
もり。ウソかどうか、知らせる。彼女は、こんな短い期間で辞めるのを
とても済まないと言っていた。モデルの仕事が来て、週10ドルで断れ
なかった。そこはオレも認めた、うちでは、それだけ支払えるのは、2
年以上勤めたあとだったから」

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 アムはオレを見て、ニヤリとした。「彼女は、モデルになれるほと美
しい!エド、あんたの仕事も捨てたものじゃないな!」
「彼女は、かわいいどころじゃない」と、スターロック。「ほかの特徴
も知りたい?」
「ああ」と、オレ。
「22才、身長5フィート4インチ、だいたい150パウンド、栗色の
ショートヘアー。ショートヘアーは時代遅れだが、彼女には完璧に似合
っている。ブルーの目、クリーミーな肌。口紅以外の化粧なし。いいか
らだ、すご過ぎず、ほど良い。優美な身のこなしと歩くしぐさ。
 今日、最初に服を着るところから、見てみよう。ボタンを掛けて、キ
ューバヒールのくすんだ仕上がりの黒のパンプスをはいて、黄かっ色の
ナイロン靴下、グリーンとブラウンの斜めの複雑なチェックのスカート、
遠目にはグリーンに見える、ブラウスも黄かっ色、彼女がビルから出て
くるときには、それらはやはり黄かっ色の短めのコートでヒップまでお
おわれている。帽子はかぶってない」
「じゅうぶん!」と、アム。「彼女は、5時に、あるいは、少ししてか
ら、ビルの出口から出てくる?」
「ちょうど。そこで彼女を捕まえられる。そう、フリーランド郊外には
住んでない。そこにあった家はからだ。室を借りている、北側の近くに。
住所は、西コベントプレース186。だいたいオフィスから12ブロッ

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クのところ。歩くのかバスに乗るのかは知らない。車は持ってないので、
その点の心配はいらない」
「電話番号は?あるいは、コベントの室番号は?」
「書類には」と、スターロック。「電話番号はあったが、コピーしたり
覚える手間を掛けなかった。尾行には必要ないだろう、アム。エドも自
分でゲットできなければ、使うことはできない。室番号はない。ビルも
知らない。そのあたりは知っていて、そのようなビルもあるが、室番号
はたぶんない」
 ポケットから折りたたんだ紙を出して、デスクの上に置いた。「これ
は、採用した際に、彼女が自分で記した応募用紙だ。今、話した以上の
ことは書かれてない。あまり役に立たないと思う、アム、尾行には。し
かし、エドは、1つか2つ、役に立つことを取って来るかもしれない」
彼は、腕時計を見た。「さて、オレは急いで戻らなければならない。オ
フィスで2時に約束がある。ちょうどその時間だ」
「もう1つ質問、ベン」と、アム。「この仕事のために許された時間は?
特に知りたいのは、エドが知り合いになるのを急がしたらいいのか、あ
るいは、ゆっくり時間を掛けて火が燃えるまで待っていいのかどうか?」
「クライアントの指定は、1週間。つまり、ひとりで1週間の指定だ。
出発点からいい結果が出たら、引き延ばしをお願いすることもある。エ
ドが彼女といい知り合いになれたとかの場合。しかしそれまでになんの

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結果も出なければ、それまで。それじゃ、ソロング、ボーイズ!」
 彼が帰ってから、アムは言った。「さて、キッド、食事した方がいい。
今度は、いっしょに行くか!」
 ふつう、オレたちは、交代でランチをとった。ひとりが残って、オフ
ィスの電話番や、クライアントが電話する代わりに突然やって来ること
もあったからだ。
 オレは、首を振った。「あんたが先、アム。オレは、ここにいた方が
いい。あんたは今夜も仕事だ。しかし、オレはない。たぶん、なん日も
ない。オレの仕事が始まったら、あんたはフリーだ。オレたちは、なに
があっても仕事は続けられる」
「オーケー、キッド。食事より仕事に飢えているなら、オレが先に行っ
て来る」









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            2
 
 オレがいて良かった。アムが出て行って、1分で電話が鳴って、仕事
の電話だった。クライドムアからだった。彼は、小さな金融会社のマネ
ージャーで、たまに、仕事をくれた。かならず、ふつうなら不可能なく
らいに難しい仕事だった。なぜなら、その会社には調査員がいて、いつ
も最初に調査をした。調査員が失敗すると、しわ寄せがオレたちに来て、
たまにうまく行った。オレたちの前に、やさしいことはすべてやってあ
って、言及は避けられた。
 仕事は、バーテンダーのウォルターフルーガーが車を買う際ローンを
組んだ件だった。400ドルまだ借りているが、3か月間、支払いがな
かった。彼を見つけ次第、請求したかった。しかし分かったことは、ワ
バッシュという店はクビになって、住んでいた州道のメルバンホテルか
らも出て行った。それ以上の情報は、車を買う際にローンの申し込みを
した書類だった。読み上げてもらって、すべてメモした。情報は、多く
はなかった。ここにあることはすべて調べたのかどうか、きもしなか
った。オレがいたのは、1つだけ。「調査期間は、どのくらい、クラ
イド?」
「1日。そのことでギャンブルはしたくない」
 オレは、オーケーと言って、電話を切った。メモしたノートを調べ、

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少し考えた。フルーガーの最後の仕事は、ゴールデンバーで2年いた、
職歴は、5年分あって、3つの飲み屋が含まれる。もっとも古い店は、
ホイールの店で、応募用紙を出して職について、4年前まで働いていた。
店主の名前は、ガスシモンズ。2通の推薦状を出していて、シドニーア
ップルマン、3年だけの知り合い、もうひとりは、10年の知り合いだ
った。アップルマンは、彼がホイールの店で働いていたことは知らない
だろう。アップルマンの住所と電話は、あった。住所は、ホイールの店
とは反対側だった。一方は、町の北側、もう1つは、南側だった。フル
ーガーはひんぱんに店を変えたわけでなく、そうでなければ、ガスシモ
ンズも知らなかった。
 オレは、その電話番号に電話した。午後の最中さなかに室にいることはあり
そうになかったが、試して損はないし、いるかどうか分かる。しかし、
いれば、自分で電話を取るだろう。
「シド、アップルマン?」と、オレ。彼がそうと答えたので、言った。
「オレのことは知らないだろう、ガスシモンズだ」
「だれ?」
「ガスシモンズ、南側でホイールの店をやっている。ウォリーフルーガ
ーがオレのことを言ってなかった?」
「彼が前、働いていた、そう、あんたの名前も言っていた、それで、ガ
ス、なぜ電話を?」

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「彼の仕事が見つかった、たぶん、今、彼が働いているよりも給料のい
い、しかし、彼の居場所が分からない。2か月前に、メルバンホテルか
ら引っ越したそうだ。ここにあんたの名前と電話があるのは、3か月前
に彼と会った際に、彼のためにいい仕事が見つかりそうだと言うと、か
なり興味を持って、ゴールデンバーはすぐにやめるかもしれない、メル
バンホテルからも引っ越すと言っていた。彼が見つからなかったときの
ために、あんたの名前を教えてくれて、あんたが居場所を教えてくれる
と言っていた。それで、彼は今どこに?」
「聞いて、うう、ガス!彼は、今、ドラブルを抱えていて、だれにも彼
のことを言わないように頼まれている、彼は」
 オレは、さえぎった。「トラブル?それじゃ、今、言ったことは忘れ
てくれ!トラブルのある者はやといたくない」
「ちょっと待って!ほんとうのトラブルじゃない。金融会社とのちょっ
としたこと。指名手配とかじゃ、絶対ない。しかし、彼はオレに頼んだ。
たった2日前に、金融会社から男が来た。あんたが自分で言う者で、同
じところから派遣された者でないのかどうか、どうして分かる?」
 オレは、クックと笑った。「ウォリーは、よくその種のことに出たり
入ったりしてる!オレのことはご心配なく、アップルマン!もしも確認
したければ、聞いて!一度電話を切って、掛け直してくれればいい。オ
レは、今、ホイールの店にいる。すぐ電話に出る」

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「番号は?」
「働いている金融会社の番号を言うかもしれない、バカはやめて、電話
帳で捜せ!オーケー?」
「うう、あんたはガスだ、でなけりゃそうしろとは言わない。オーケー、
ウォリーの住所を教える、西マディソン1406.電話番号もどこかに
あった、すぐに捜して欲しい?すぐに電話したい?」
「今、家にいる?たぶん、仕事場に掛けることになるから、捜すのはあ
とでいい。電話番号はすぐでなくていい」
「分かった、今夜、ガスは、仕事場で見つかる。スタートは、5時から、
店は、ジェリーの店。シカゴアベニューのハルステッドの近く。電話番
号は知らない、電話帳で調べてくれ。みすぼらしい店で、ある中ばかり、
彼も早くやめて、移りたいと言っていた」
「オーケー、シド」と、オレ。「サンクス、いろいろ」
 オレは受話器を置いて、クライドムアに折り返し、電話して、ウォル
ターフルーガーの現住所と勤め先を伝えた。
「オーマイゴッド、エド!」と、彼。「まだ、30分もってない!オ
フィスを出ずにやってしまったに違いない」
「ええ」と、オレ。「しかし、料金は半日分もらう。それが最低料金な
ので。どうやったかは教えない!なぜなら、教えたら、つぎからうちに
頼まなくなるから」

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 彼は笑い、オレたちはグッバイと言って電話を切った。
 
               ◇
 
 オレは、手を伸ばして、ワンダロジャースがスターロックに応募した
ときの応募用紙を手に取って、読み始めた。そのとき、アムが戻った。
「オーケー、エド」と、彼。「あんたの番だ。ランチを食って来い」
 オレは、外に出て、ランチを食って来た。戻ると、アムが言った。
「パッとしないな、ジンラミー、もう一勝負?」
「報告書を書かなきゃならない」と、オレ。「半日分の請求書も送らな
けりゃならない。そっちを先に済ましたい」
「半日分の請求書?なんの?」
「あんたが食ってる30分のあいだに、ひと稼ぎした」さっきのことを
簡単に話した。
 彼は笑った。「明日の正午まで待ってから電話すれば、1日分と経費
も請求できた。なんだ、キッド、探偵になるには、正直過ぎる」
「あんたも同じことをしたさ。電話して仕事を早く切り上げられれば、
半日分でもその方が価値がある。それに、あんたは自分には正直だ」
「オレが?それって、カーニバルをめた後遺症では?しかし、とにか
く、先に、ジンラミーをやろう!スターロックのオフィスビルに行く列

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車に乗るために、4時半にここを出る。あんたは、5時までオフィスを
けておいてくれ。報告書と請求書のために、30分時間をやる。別の
半日分の仕事が来たり、それを越える仕事が来なければ」
 それに同意して、オレたちは4時半までジンラミーをやった。それで、
オレが、3470ドル取り返した。
 しかし、最後の30分で、別の半日分の仕事は稼げなかった。電話は
なく、来客もなかった。おれは、金融会社への報告書を書いた。フルー
ガーの現住所と勤め先の店を情報元から調べて与えたと簡単に記した。
記録として。ムアには電話で伝えて、車の方は、まだ取り返すには至っ
てないだろうが。半日分の請求書を書いて、報告書といっしょに封筒に
入れ、簿記帳に請求金額を記した。それが、5時だった。閉める前に、
周りを見回した。ワンダロジャースの応募用紙を手に取ると、夜のあい
だなん度か読むために、折ってポケットに入れた。
 ほかにする予定もなかった。ランチを遅く食べたので、あと2時間は、
腹は減りそうになかった。急ぐこともなく、窓のところへ行って、しば
らく、外を立って見ていた。
 路地以外は、なにも見るものはなかった。オフィスは、まともな場所
にあって、ループ街の北のワバッシュにあった。古い5階建てビルの最
上階の奥だった。ここの視界は、路地の向かいの6階建て倉庫の窓のな
い裏側だけだった。窓にすごく接近して、上を見上げれば、小さな空が

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見えたが、それだけだった。
 空はどんより曇って、グレーだった。かすかな小雨が降り始めた。雨
は強くならないで欲しかった。アムはレインコートを着ないで持っても
行かなかったからだ。しかし彼は、その点について、獲物より都合がい
い。スターロックは、ワンダロジャースは帽子をかぶってなかったと言
ったが、傘については述べなかった。アムは少なくと、帽子はかぶって
いた。外や中のほとんどでは、いつも、黒の縁のたれたソフト帽をかぶ
っていた。もっと見てくれのいいのを買えばと言ったが、そうしなかっ
た。まるで迷信にとらわれてるかのように、古い黒の帽子にこだわった。
たぶん、そうなのだろう。
 レインコートは着ないことにした。オフィスの鍵を掛けて、自分のハ
ットをかぶって、下りのエレベータに乗り、小雨の外へ出た。オレたち
の室は、ヒューロン街にあり、オフィスとの距離は、たったの10ブロ
ックだった。天気が良ければ、歩いた。今夜は、バスに乗った。バスを
降りたときには、小雨は止んでいた。
 オレたちの室へ階段を上がった。2階正面の大きな2DKのベッドが
2つある室を共同で使っていた。ファンシーなところはなにもなかった。
眠る以外は、多くの時間を過ごしたいとは思わなかった。
 しかし今夜は、オレは夜をそこで過ごすことにした。デートができれ
ば、その夜はいい夜だっただろう。オレは自由で、アムは仕事だ。しか

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し、オレはデートの気分でなかった。この3日間で2夜、デートをした
が、どちらもがっかりするものだった。女は苦手で、たぶん、つぎもそ
のあとも同じ結果になる。
 トロンボーンを出して、みがいてから、いくつかの音階とアルペジオを
ソフトに吹いた。決して、フォルティシモでは吹かなかった。いくらソ
フトでも、だれも文句を言わないアパートではなかった。それで、幸運
に頼るのはやめた。
 それから、ブルーベックデスモンドのレコードをかけて、デスモンド
のサックスといっしょに演奏した。彼が高い音で演奏するときはいつも、
オレは1オクターブ低く演奏した。かなりいいかんじだった。そのレコ
ードの4番目のバンドには、それはLPだったが、すごくいいところが
あって、そこでは、デスモンドは休んで出て来ない。デーブブルックス
のピアノがソロを弾いて、かなりトリッキーなコード進行を演奏する。
それに沿ってオレも吹いていると、デスモンドのマネでなく、オレ自身
のインプロビゼーションができた。結果は、ぜんぜんダメで、オレは遠
く離れて行って、帰って来れなくなってしまった。オレは、あきらめて、
トロンボーンをケースにしまい、レコードの残りを聞いた。デスモンド
は、仕事の疲れをいやしてくれた。
 なにか新しい読み物でもないか捜したが、なにもなかったので、外出
して、なにか食べ、なにか買って帰ることにした。そうして食べてから、

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新聞とペーパーバックをなん冊か買って帰った。
 最初に新聞をひと通り読んだ。ロジャースやフリーランドについての
記事はなかった。その事件は、カネが見つかるまで、あるいは見つから
ない限り、ニュース性はもうなくなって、ジェイソンロジャースにその
責任があるかどうかの裁判結果が注目されてるだけだ。
 それから、ノベルの1つがおもしろく、読み始めて、下の廊下ホール
の電話が鳴ったのは、第2章の途中だった。自分だとは思わなかったが、
読むのを中断して、耳を澄ませた。すぐに洗濯婦のブラディ夫人の声が
した。「エド!エドハンター!いるの、エド?」
 ドアをけて、「今、行く!」と言った。オレが下へ行って、電話に
出るまでに、彼女は自分のアパートへ戻っていた。
「エド」アムの声だった。「聞いて!ターゲットは、パークシアターに
入った。彼女はそこに、少なくとも、1時間半はいる。1本だけ見ると
しても。今やってるのは、2本立てだ。そのあいだ外で立って待ってる
よりも、中へ入ろうと思う。しかし、まず通りの向かいのドラッグスト
アから電話した。そのあいだに、あんたは服を着て、することがなけれ
ば━━━」
 オレは、さえぎった。「どうかしてる、アム!映画館で声を掛けるな
んてことはできない。とにかく、そのオッズは悪い。彼女は、ちゃんと
した娘だ。声掛けて、うまく行かなかったら、すべての計画がおじゃん

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だ。彼女にオレの顔が知られ、どこかで声を掛けることもできなくなる」
 アムは、さえぎった。「黙って、聞け、キッド!もちろん、そんなア
ホな行動は期待してない、彼女は先に家に帰って、彼女が借りているア
パートを見た。住所は覚えてる?」
「ああ」と、オレ。「西コベントプレイス186」
「そう、先にあんたがそこへ行ったら、1歩、先行できる。窓に、『空
室あり』の看板が出ていた。スーツケースに必要なものを放り込んで、
タクシーを捕まえて、だれか別のやつが室を取ってしまう前に、すぐに
室を確保しろ!ぐずぐずするな!室は待ってくれない!」
「オーケー、オーケー」と、オレ。「オレの時間を奪わないで!すぐ切
って!荷物を詰める前に、すぐタクシーを呼ぶから!」
 彼は、電話を切った。オレはタクシー会社に電話して、すぐ来てと言
い、走って室に戻った。靴とネクタイとスーツを戻して、ベッドの上に
スーツケースを開いて、物を投げ入れ始めた。なにを入れるかは、どう
でもよかった。いつでも好きなときに、髭剃り用クリームやかみそりの
ような忘れ物を取りにすぐ戻れる。実際、それらを取りにバスルームま
で廊下ホールを降りて行く時間を無駄にしなかった。かばんがガタガタ
言わないくらいまでいっぱいにしただけだ。
 ドレッサーの引き出しから、シャツの束を持ち上げて、その下にある
ものを出した。オレのリボルバーと肩ホルスター。一瞬迷ってから、入

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れた。リボルバーが必要になることは、千に1つもなかったが、ないと
は言い切れない。46ドルも念のため。ほかに室を借りたい人がいて、
警察とか債券会社とか、そいつが荒っぽい客だったら必要になるかもし
れない。とにかく、失うものはなにもない、とオレは考えた。それらが
入ると、スーツケースは少しは荷物らしくなった。
 スーツケースをめると同時に、正面玄関の呼び鈴が鳴って、タクシ
ーが来たことを告げた。1分後には、オレは乗り、降りた。
 アムが見たという『空室あり』の看板は、まだ窓にあったので、オレ
はホッとした。建物は、赤のレンガで、3階建てだが広くない。オレよ
りも古かった。たぶん、2倍だ。しかし、きれいに維持されている。歩
道から10フィートは引っ込んでいて、その10フィートは芝生になっ
て歩道の両脇やアパートまで続いていた。玄関に段はなく、グランドフ
ロアは、ほんとうにグランドフロアだった。たぶん、50年くらい前に、
一軒家として建てられて、そのあと、3階が増築されて、アパートに改
築されたようだ。各フロアに5室、全部で15室あると推測した。
 ドアの外側にベルはなかったので、そのまま歩いて入った。かなり広
い玄関ホールがあって、背後の階段へと続いていた。階段近くの壁にコ
イン式の電話があった。玄関ホールから半分降りたところにテーブルが
あって、来た郵便がそれぞれの室番号の付いた状差しに置かれていた。
テーブルの背後にボタンがあって、その上に、洗濯婦呼び出し用とあっ

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た。
 テーブルまで戻って、スーツケースを置いた。だれもいなかったので、
手紙をさっと見た。ワンダロジャース宛の手紙はなかった。それは当然、
一度彼女は仕事から帰って、自分宛の手紙は持って行っている、そうな
ら見つけることはできない。それから、洗濯婦呼び出し用ボタンを押し
た。彼女は、背後の室のドアから来た。
 女は、背の高い、白の混じったブロンドのまさかり戦ふうで、40
代のどこかだった。かなりタフそうで、どんなにうるさい借家人も警察
の手を借りないで解決できそうだった。彼女は、もともと、あるいはか
つては、間違った枠組みで、一家の女主人だったように見えた。つまり、
典型的なシカゴの洗濯婦だった。オレたちのアパートの洗濯婦のブラデ
ィ夫人は、例外で、タフになるやり方も知らない小柄で小鳥のような女
だった。借家人を選ぶときだけ厳しくなるが、一列に整列させるような
ことはしない。
 彼女は、オレのスーツケースを見て、言った。「室を捜してる?」
「ええ」と、オレ。「看板を見た。まだ、いてるといいのだが」
「ある。そこの正面の室」オレの前を通り過ぎて、室のドアをけた。
オレが入れるように、脇にどいた。「週10ドル」と、彼女。それでオ
レがあきらめれば、室内に入って自分に合ってるか調べる時間を無駄に
しないで済む。

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 オレは、室に入って、電気のスイッチを入れた。彼女はドアのところ
に立っていた。それほど悪い室ではなかった。7・8ドルがフェアな値
段だが。オレが値切れば、8・9ドルになるかもしれない。しかし、値
切りたくなかった。特に、場所的にオレの目的にピッタシだった。窓か
らは、出入りする者を見れた。ドアを少しけておけば、たぶん、壁に
ある電話の話し声のほとんどは聞くことができた。
「借りる、つもり」と、オレ。あまり乗り気でないニュアンスを込めて。
財布を出して、10ドル札を見つけて、彼女に渡した。
 彼女は受け取ったが動かずに、言った。「気むずかしくはないが、い
くつかルールがある。10時以降は、騒いだり音楽はだめ、それが1つ」
 オレはきたい気がした。トロンボーンを吹いても気にしないかどう
か、しかし、くのはやめた。
「室で料理してはいけない。コーヒーさえも。しかし、朝食を外で食べ
たくない人のために、朝食を提供している。週3ドル、6日分の朝食。
日曜は作らない。7時から9時のいつでも食べられる。朝食は?」
 オレは、ためらった。ほんとうは食べたくなかったが、ワンダがここ
で食べるかもしれないという気がした。それは彼女と知り合いになるい
いチャンスだったので、言った。「そう、ずっとでないかもしれないが、
特に、仕事に出る時間がまだ分からないので。けれど、最初の週は朝食
ありでお願いする」オレは、また、財布を掘り起こして、1ドル紙幣3

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枚を出した。
 彼女は、それを受け取った。「バスルームは、各フロアにある。この
階は、玄関ホールを降りて3番目のドア。ドアに白ペンキで書いてある
から間違いようがない。バスルームについて、2つルールがある。1つ
は、中へ入ったら鍵を締めること。ここには女も男もいるので、だれに
も困って欲しくない」
「ドアに鍵を締める」と、オレ。
「もう1つのルールは、朝6時から9時は、フロは使えない。その時間
は、ここの借家人のほとんどが、仕事に行く準備をするので、だれかが
フロにずっとかっていたら、仕事に遅れてしまう」
「オーケー」と、オレ。「ほかのルールは?」
「たぶん、それだけ。わたしは、ミセスツェルニー。あなたの名前を、
領収証に書かなくてはならない」
「ハンター」と、オレ。「エドハンター。領収証はなくてもいい。ツェ
ルニーは、チェコの名前?チェコのようには見えない」
「夫がそうだった」と、彼女。無表情に付け加えた。「だめなやつ!」
彼女は歩き出して、振り返った。「とにかく、領収証は出す。いつも領
収証は出して、カーボンコピーを残す。そうすれば、だれかとだれかを
ごっちゃにすることもない、来週分もらっとかはっきりする」それから、
来週分の支払いと言ったことで思いついたのか、言った。「仕事に出る

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時間が分からないと言った。ミスターハンター、今は働いてないという
こと?」
「シカゴに着いたばかり、ガリーから。しかし、仕事を見つけるトラブ
ルはない、ミセスツェルニー。とにかく、仕事が見つからなくても、し
ばらくは大丈夫」
「仕事は?」
「印刷工」と、オレ。
「夫も印刷工だった」と、彼女。また、無表情に付け足した。「だめな
やつ!」
 それは、彼女の夫か元夫のことを言うときに毎回付け足す、儀式だっ
たに違いない。このときは、後ろを向いて、そのまま歩いて行った。そ
れで、オレは、彼女の夫がどんなやつで、今は死んだのか離婚したのか
と考えながら、ニヤリとできた。彼女について、玄関ホールに行き、ス
ーツケースを持って来た。ドアを閉めて、荷物を出して、ドレサーの引
き出しやクローセットに入れた。今度は急いでなかったので、スーツケ
ースに詰めたものをチェックして、少なくとも1週間は過ごすのにじゅ
うぶんなものがあると分かった。洗面用具を除いて。それらは戻って持
って来ればいい。あと、バスローブも。真夜中に玄関ホールを通ってバ
スルームに行くときに必要だ。
 荷物整理を終えたとき、ツェルニー夫人は、戻って来て、13ドルの

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領収証を渡した。このときはなにもしゃべらなかった。
 腕時計を見ると、8時だった。アムの電話から30分しかってなか
った。ワンダが帰宅するまで、たぶん、あと2時間ある。しかし、ふた
たび、映画がつまらなければすぐ出て来るし、おもしければもっといる。
彼女が帰宅したときに、ひと目見るチャンスを逃したくなかった。
 イスを置いた。室には、まっすぐなイスと、ふかふか過ぎるイスがあ
った。ふかふか過ぎるイスを取って、窓の前に置き、試してみた。そう、
帰宅する者をみんな見ることができた。薄いカーテンを通して。
 ドアを少しけておいた。廊下と階段は、カーペットがなく、足音を
聞くことができた。少なくとも近似的に、ワンダがどの室へ入ったか知
ることができる。特に、1階だったら。このドアを通ってからの歩数を
数えることで、かなり正確に、歩いた距離を出せる。
 ふかふかのイスに座って、徹夜の仕事を始めた。アムにきたかった。
彼女が映画に行く前に、家で服を変えたのか、コートを着たのか、ハッ
トをかぶったのか、傘を持ったのか。しかし、彼女を見分けられないと
は、本気で思ってなかった。彼女の年齢、身長、体重に近い女がいたと
しても、ここに住むほかの女と見間違えることはないだろう。その特徴
が変わることもない。
 しばらくして、スターロックの応募用紙をポケットに入れたことを思
い出した。監視をおろそかにしなければ、今は読むのにちょうどいい。

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ポケットから出して、広げた。
 スターロックがオレに伝えてなかったことは、ほとんどなかった。そ
れは、標準的な応募用紙だった。スターロックは、独自の応募用紙で人
を雇うことはしないようだ。年令、性別、といったふつうの項目を別に
すれば、職歴と推薦欄にふつうのスペースを与えていた。
 職歴はなかった。見たところ、スターロックの仕事が最初の仕事だっ
た。高校を卒業後、6か月のビジネスコースを取った。緊急の仕事で彼
女の資質を疑う余地はなかった。ちょうど今回あったような緊急の場合
でも。そのあと、フリーランドの音楽アカデミーに2年通った。彼女の
楽器はなんだろうと思った。(ディエットができるかもしれない)彼女
は、クラシック専門なのか、最近のジャズでも好きなのか?オレは、聴
くのはどちらでもよく、演奏はジャズだった。クラシックでは、ストラ
ビンスキーはよく聴くが、トロンボーンで演奏したことはない。
 推薦欄には、名前はすべて、フリーランドのビジネスマンだった。明
らかに、父の友人か知り合い。そこは、重要でなかった。彼女は、疑い
もなく、スターロックが募集した要件を満たしていた。スターロックは、
彼女と知り合いだったし、彼女の周辺の状況も知っていた。おそらく、
推薦欄のだれにも電話してないだろう。
 2時間のあいだ、12人が出たり入ったり、あるいはその両方だった
りした。なん人かは、女だったが、ワンダでは、たぶんなかった。

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 彼女は来ると、歩く方向を変え、ドアに向かった。それが彼女である
ことを、まったく疑わなかった。彼女は、コートを変えていて、短いコ
ートの代わりに、レインコートを着ていたが、ハットはかぶらず、傘も
持ってなかった。見たところ、少しの雨で髪が濡れるのをイヤがってな
かった。オレもそれが好きだった。美しい栗色の髪で、スターロックが
言っていたように、肩までの長さだった。
 カーテンを通して、この距離から、顔はあまりはっきり見えなかった
が、ステキだった。レインコートを通してさえ、彼女の115パウンド
は、5フィート4インチに正しく分配されていることが分かった。ドア
が開いて閉まった。彼女の足音が聞こえた。それは階段へ向かっていた
が、そこへ行く前に止まった。オレは、そのとき、よく聞くためにドア
のすぐ内側に立っていた。壁の電話の受話器を上げる音がした。そして、
そこから女の声がした。
 少し間があって、彼女の声。少し緊張していたが、ステキな声だった。
聞き逃さないようにしていたオレには、じゅうぶん大きな声だった。
「巡査部長のデスク?わたしの名前は、ワンダロジャース。西コベント
プレイス186。住所を書き留めた?
 そう、映画館から家まで男につけられていたことを報告したい。帰っ
たあと、まだいるのか、そのあたりをブラブラしてるのか知らない。も
しも、無線で、近くのパトカーに連絡してくれて、取り調べしてくれた

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らうれしい。特徴?彼はふつうの背丈、少し太って、ヒゲがある。茶の
スーツを着て、黒のフェルト帽をかぶっている」








            3
 
 オレは、自分を呪った。彼女は、アムを見つけていた。どうやったの
か分からない。アムは、すぐれた探偵で、尾行の仕事で、気づかれたこ
とはほとんどなかった。しかも、これは初日の夜だった。しかし、彼に
警告しなければならない。オレが室を取れたことを伝えてないので、同
じブロックをうろうろしているだろう。娘がもう出て来ないことを確信
できるまでは。
 オレは、ドアを出て、外のドアも出て、歩道に出て、見回した。彼が
見えた。そのブロックをよくカバーできるところではなかった。通りの

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向こう側の1/4ブロック先のドアのところに立っていた。オレは数歩、
彼の方へ歩いて行って、ワンダの立っているところからは見えないとこ
ろまで行った。ほかのだれも見てないことを、すばやく確かめてから、
アムに向かって、大急ぎで逃げる動作をした。彼は、ドアのところから
出て、反対側に向かって、急いで歩いて行った。
 うまい言い訳を作るために、186番地のドアを通り過ぎて、数ヤー
ド一方向へ歩いて行ってから引き返し、アパートに戻った。
 ワンダは、まだ、電話のところにいた。彼女は、電話番号を伝えてい
た。それから言った。「ここはアパート。しかし、折り返し電話がある
まで、電話の近くで待っている。無線でパトカーに連絡してすぐにチェ
ックしてくれたら、ええ、彼を捕まえてくれたら、すぐに顔を確認でき
る」
 彼女は受話器を戻して、こちらを見た。オレは玄関ホールから彼女の
方へ歩いていた。
「失礼」と、オレ。「さっきドアがあいていて、あんたの電話の内容を
聞いてしまった。なにか力になればと思って、外に男がいれば、捕まえ
て、パトカーが来るまで抑えていようとした。しかし、このブロック内
には、ぶらぶら歩いている男はだれもいなかった」
「サンキュー」と、彼女。電話の方を向いたが、また、振り返った。
「しかし、電話で取り消すのは遅すぎる。すでに無線でパトカーに伝え

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て、そのあと」彼女は、オレが見逃して、パトカーも見つけられなかっ
たかのしれないと言おうとして、無礼なので続けなかった。「あなたは、
そんなことをしない方がいい。彼が危険な場合もあるから?」
 オレはニヤリとした。「オレも危険、ついでに、オレはエドハンター、
この階の正面の室へ引っ越して来たばかり。あんたの名前を聞いてしま
った、ワンダロジャース、だと思う、それで正しい?」
 彼女は、うなづいた。「お目にかかれて光栄、ミスターハンター、サ
ンクス。しかし、そのようなことは2度としないように」
「トラブルはなし」と、オレ。「またもしもあったら、あるいは、オレ
の助けが必要になったら、いつでも言って!ほとんど家にいる。ここに
は、長く?」
「まだ1か月にならない」
「ツェルニー夫人って、強いキャラだね。ついでに、朝食は、ここで?
つまり、もしも朝食を食べるなら。オレは1週間分払ってしまった。そ
のあとは、どうするか分からないけど」
「ここでは、食べない。朝は、コーヒーにロールパンかドーナツくらい
しか食べないし、それなら仕事へ行くときに食べた方が安上がり」
 オレは、3ドル損したようだ、6度の朝食がすごく価値があるのでな
い限り。彼女との会話を続けた、どうでもいいことやアパートについて。
数分後、電話が鳴って、彼女が出た。「はい、ワンダロジャース。そう、

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ありがとう、ええ、つけられていたのは確か、外で待つ代わりに、歩き
続けたに違いない、ええ、そうする。グッバイ、サンクス」
 それから、オレに。「グッナイ、ミスターハンター」彼女は階段を上
がって行った、それだけ。だがそれは、とオレは考えた、期待以上ので
き、ここでの最初の夜に望める以上のできだった。少なくとも、彼女に
会い、知り合いになれた。アムのしくじりは、結局はオレの大きな収穫
につながった。
 オレは室に戻った。なるべく静かに歩いて、上の足音に耳を澄ませた。
2階のホールくらいの距離を行ったようだ。ほかの階までは行ってない。
たぶん、彼女の室は、2階の正面で、この室の真上だ。室に戻ってそれ
を確信した、真上にだれかの音が聞こえて、今まではその方向から音は
してなかった。
 しばらくは、1時間くらい、本を読むことにした。それから、戻って
アムに会う。彼が眠っていても、起こさなければならない。打ち合わせ
して、なにがあったか報告したい。アムの最初の夜の尾行がバレたこと
をからかうだろうが、それがベストの結果になったことを再確認するだ
ろう。
 スーツケースをいっぱいにするため入れておいたポケットブックの1
冊を出して、読み始めた。
 とても静かで、(10時以降は騒ぐのも音楽もダメ)特になんの物音

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もしなかったが、30分ってから、女のヒールの足音が階段を下りて、
ホールに沿って歩いた。ワンダでない気がした。今夜はまた外出しない
だろう。しかし、もしも彼女だったら、リスクを負ってでも、あとをつ
けてなにか情報を得た方がよい。すぐに窓のところへ行って、だれか出
て行く者がいれば、見逃すことのない位置についた。
 しかし、だれも出て来なかった。足音は、この室のドアで止まって、
軽いノックの音。
 オレはドアのところへ行って、けた。ワンダが立っていた。それを
見て、オレは少し驚いたと思う。パジャマに着替えて、その上に、ドレ
スのように見えるハウスコートを着ていた。
「ミスターハンター」と、彼女。「あなたは、もしもして欲しければ、
と言った」
「ああ」と、オレ。「どうぞ、入って」後ろに下がった。
 彼女は入って、ドアを閉めようとしたが、完全には閉めず半分けた
まま、言った。「男はまた戻ってくる気がする。完全にそうだと言えな
いが、ここから東に半ブロックのドアのところにだれか男がいたように
思う」
「そう」と、オレ。「見て来ようか」しかし、オレは思った。アムは、
また今夜戻って来るようなアホはやらない。オレがここにいることは知
っているし、監視はやめて戻るように合図した。スーツコートを取って

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着た。とにかく外を見て来ようとして、それ以上着るものはなかった。
「待って」と、彼女。「これだけ約束して!また、すぐに警察に電話は
しない。だれもいなかったと言われたので。しかし、男がいても捕まえ
ようとはしないで!しないと約束して!」
「分かった」と、オレ。「しかし、オレが彼の方へ歩いて行けば、彼は
怖がるだろう。彼が今そこにいたら、オレが途中まで行って、引き返せ
ば、あんたが警察に電話するときには、もういなくなっているだろう」
「しかし、そこまで行かないで!通りのこちら側にいて、彼の方は、た
とえ目のすみからでも、見ないで!彼を通り過ぎて、つぎのブロックに
ドラッグストアがあるから、そこへ入って、タバコかなにか買って、そ
のまま、通りのこちら側を歩いて戻って!それが、自然?あなたが戻っ
て、彼がいたと言えば、警察にまた電話する」
「分かった」と、オレ。「あんたは待っていて!」オレは、彼女の肩を
軽く叩いて、外へ出た。
 オレは、ドラッグストアのあるつぎの角まで1ブロック歩いて、通り
のどちら側にもだれも見なかった。彼女は、最初は、アムの姿を見なか
ったが、今度は、姿を見たようだ、あるいは、ドアのところにだれかい
るという幻を見たようだ。しかし、想像にせよ、幻にせよ、そのことで、
オレにはいい結果をもたらして、今夜、ワンダと知り合いになれた。オ
レは、室に戻り、言った。「ミスロジャース、外にはだれも━━━」

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 ドアの内側で、止まった。ワンダロジャースはそこにいた。そう、ベ
ッドをはさんで、遠いはしに座っていた。手に銃を持って。銃は、オレのソ
ーラーパネルのど真ん中をねらっていた。銃を持つ手はしっかりしてい
て、悪いことに、銃は撃鉄を起こしてあった。この距離では、撃鉄を起
こしたリボルバーの引き金を少し引くだけで、はずすことはない。
 オレは動かなかった。
 銃はオレの銃で、ドレッサーの引き出しに、肩ホルスターに入れて、
そう、シャツの束の下にしまっておいた。短銃身、38口径警察用リボ
ルバーで、この狭い範囲では、速射砲の方がまだ危険じゃないだろう。
「座っても?」と、オレ。
「なぜ?」
「なぜなら、オレがイスに座れば」オレは、頭だけ動かして、イスの方
をチラッと見た。「今よりあんたから遠くなるし、座れば、銃をつかみ
掛かって来る心配が減る。そうしようというのではなく」
「分かった、座れ!」彼女の声は、完全に冷静だった。「しかし両手は
見えるようにしておけ!イスのひじ掛けに置いて!」
 オレは、イスの方へ横に動いて、座った。両手は見えるように注意し
ながら。銃は、オレに向いたまま動いた。
「あと、もう1つ」と、オレ。「撃鉄を起こした状態だと、少しの振動
で暴発する。その気がなくても。もうオレを撃つと決めているなら仕方

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ないが、偶然悲しい事故につながりかねない。できれば、ねらいを少し
はずすか、撃鉄を戻してくれないか?いずれにせよ、今の位置なら、跳
び掛かっているあいだに、あんたは2発撃てる」
 彼女は、撃鉄を戻さなかった。しかし、銃のねらいは、少し、オレの脳
天からずらした。
「よし」と、彼女。「話しをしよう。あなたはなに、ミスターハンター?
それが、ほんとうの名前なら」
「ほんとうの名前だ」と、オレ。「あんたは、オレが探偵ではないかと
疑ってるに違いない。その疑いから、騒ぎが起きた。オレが探偵ではな
いと言う理由はない。オレのこの件に関しての有用性を示している。そ
う疑っているなら、オレをねらうのはやめて欲しい。いつも探偵に銃を向
けている?話をしないよりずっとやさしい。警察の刑事でない限り、も
ちろん、話をしないなら、なにかをおどしたり警告のためにあんたの気を
引くかもしれない。ついでに、オレは警察の刑事じゃない。私立探偵だ。
探偵だとなぜ分かった?」
「あなたが探偵かどうかまったく知らない。そこが問題。もしもあんた
が探偵なら、することはなにもない。しかし、もしもそうでなかったら、
警察に突き出さなくてはならない、今すぐに」
「なぜ探偵でないと思う、今、オレが認めても?」
「探偵以外の人は、わたしに興味があるから、ミスターハンター。たぶ

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ん、消えた4万6千ドルについてなにか知っていると思われている。フ
リーランドの家は、泥棒にあっている。わたしの室も調べられている」
「警察は、なにかしてくれた?」
「なにも。消えたカネが見つかったら、警察は乗り出して来て、令状で
捜索し、仕事を貫く。なぜ、警察は盗難として再起訴する?」
 見たところ、彼女は、オレを信用し始めていた。あるいは、腕が疲れ
たためか、銃をベッドカバーの上に置いた。しかし、撃鉄を起こしたま
ま、こちらに向けていた。「そのうえ」と、彼女。「今夜、尾行されて
いた。たぶん、探偵、しかし確かめようがない」
「今夜の軽いエピソードについては、あんたを少し安心させられるかも
しれない」
「映画館から家までつけていた男の、あなたは仲間だったのね?それで、
あなたは疑わしかったんだ。警察への電話を盗み聞きしたり、出て行っ
て仲間に警告したんでしょ?それで、あなたが戻って、わたしに告げて
から、外にはだれもいなくなったんだ」
 オレは、ため息をついた。「その通り。たしかに、オレは彼の仲間だ、
そう表現したければ。彼は、オレの叔父で、ふたりで探偵事務所をやっ
ている。ハンター&ハンター。今夜は、ふたりとも仕事をしくじった。
ところで、リボルバーの撃鉄を戻してくれないか?それが暴発して、オ
レにあたらなかったとしても、あんたはルールを1つ破ることになる。

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10時以降は騒いではダメ、覚えてる?」
 オレは、口を閉じてるべきだった。銃はまた構えられ、オレにねらい
を定めた。「まだ、あなたが探偵かどうか分からない、あなたがそう言
ってるだけ。持ち物を調べたとき、身分を示すものが見つかるかもしれ
ないと思ったが、この銃のほかはなにも見つからなかった。この銃は、
あなたが犯罪者であることを証明している」
「身分証がある」と、オレ。「ライセンスとかも。しかしポケットにあ
るから、銃がオレをねらってらいでると取れない」銃は、まったく
らいでなかった。かなりしっかりとしていた。オレがいらいらしている
よりは、口に出した方が良かった。
「どっちのポケット?」
 彼女は、とても注意深かった。オレは、ニヤリとした。「内側のコー
トポケット。コートの下に別の肩ホルスターがあって別の銃があること
を心配する必要はない。なぜなら、あんたが入って来たとき、オレはシ
ャツのままでコートを着るのを見ているから、オーケー?」
 彼女は、うなづいた。オレはポケットに手を伸ばして、そこにあった
書類を引っ張り出した。その中には、オフィス代の支払い小切手の入っ
た封筒もあった。ポストに入れるのを忘れていた。書類を種類ごとに分
けて、彼女の手の届くベッドの向こうはしに投げた。彼女は、それを取り
上げて、調べたが、あくまで片方の腕だけで行ない、もう片方の腕は、

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パウダードライを続けた。調べ終わるまで、目のすみでオレの方を注意し
ながら。それから、リボルバーを置いて、立ち上がった。
「分かった。あんたを信じる、今。もしもあなたが」
「もう一回座って、ミスロジャース」と、オレ。「まだ、完全に終わっ
てない」
「まだ、ある?そのことを考えてるなら、もう探偵だと分かったから」
「どうぞ、座って!」と、オレ。「あんたに言っておくことが残ってる、
5分間、撃鉄を起こした銃弾入りの銃を突き付けられていたあとでも、
聞くのはイヤ?」
 少しイヤイヤながら、彼女は、また座った。
「オレにくことを、1つ忘れている」と、オレ。「だれに依頼されて
いるか、興味はない?クライアントがだれか、気にしない探偵もいる。
あんたをねらった犯罪組織のために働いている場合もある。あるいは、あ
んたが持ってるか場所を知ってるカネのために。しかし、オレは違う。
叔父とオレは、そんな仕事はしない。しかし」
「教えられなくても、クライアントがだれかだいたい分かる。債券会社
は、父が取ったことになれば、カネを支払う義務がある。
 しかし、わたしは何度も彼らと話している。そして、真実を伝えてあ
る。父はカネを取ってない。カネをだれが取ったのか、どこにあるのか
知らない。だから、その話をあなたとして、なにかいいことでもある?」

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「あんたは正しい」と、オレ。「債券会社のために働いている」それを
認めたところで害はないことが分かっていた。仲介しているスターロッ
クの名前を出さない限り。彼女に、ベンスターロックに腹を立てて欲し
くなかった。明日や土曜の朝、仕事を休むかもしれないので。「しかし、
ここで、あんたが見逃していることがある。債券会社は、カネを見つけ
ることだけに興味があるわけではない。彼らは、お父さんが無実だと分
かって、証明できれば、うれしい。たとえ、カネをだれか別の人に取ら
れたとしても。そのことは、カネが見つかった場合と同じくらい、彼ら
の悩み事を解決してくれる。そのことは、かなりな程度まで、あんたの
利益と同じではない?父の汚名を晴らすのが目的でなかった?」
「そう」彼女の興味のあるところを、かなり明らかにできた。「しかし、
どう役に立つ?なにも知らないので、あなたや彼らを助けようがない」
「あなたは演じればいいのさ、ロープにつながれて」
「ロープにつながれて?」
 オレは、彼女に、ロープの意味を説明した。ロープは探偵のオペレー
ションで、ターゲットは彼が探偵であることを知らないまま、探偵がタ
ーゲットと友人になること、そして、彼の知り合いには、彼が探偵であ
ることを言って欲しくないことを伝えられる。さらに、ハンター&ハン
ターではなにが計画されたか説明した。アムが彼女を尾行したのは、彼
女と知り合いになるための予備的なステップだったこと。

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「だから」と、オレ。「あんたが尾行されたことは、これ以上なにも心
配いらない、少なくとも彼によるものは。オレについては、もっと仲良
くしてもいい?それ以上は望まないかもしれないが、身分も分かったこ
とだし、よいところも見つけられた?つまり、好きになれそう?結構い
い男だし、フリーで独身で、あんたより3つ年上。1回か2回デートし
ても悪くない?」
「しかし━━━」
「しかも、すばらしいことがある。費用は、いくら使ってもいい、オレ
は払わなくていい。明日の夜、ブラックストーンやアイルランド店やど
こか高そうなレストランで、ディナーはどう?ショー付き、すべて債券
会社持ちの請求書で」
 彼女は、笑った。「悪くはないかも。しかし、正直言って、あなたの
ために、つまり、探偵だと知ってるから」
「それを、アドバンテージにするのさ。オレの正体を知らなければ、ゆ
っくりと徐々に時間を掛けて、怪しく思われないように、カネとか父の
ような事件のことを話して行かなければならなかった。しかし、今の場
合は、気楽になんでも話せる、今こうして話しているように。時間を掛
けずに、いろいろなことを教えてもらえる。さらに、いっしょに楽しめ
る、もちろん事件のことも話せる」
「しかし、すでに知られていること以外、わたしが話せるようなことは

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ない?」
「今はなにも思いつかない。そのうち見つけるさ。これはデートと思っ
ていい?明日、5時に迎えに行く。もちろん、どこで働いているかは分
かっている」
 彼女は、笑顔を浮かべた。彼女の笑顔を見たのは、これが最初だった。
それが気に入った。「分かった、仕事でないことを除いて。いいところ
へ行くなら、一度帰ってドレスを着たい。ここに6時半では?わたしの
室は、ここの1つ上」
「すでにそう推測していた」と、オレ。「探偵だということを、お忘れ
なく!ついでに、酒の方は?」
「ときどき。なぜ?」
「良かった。あんたをロープにつなぐのは、たいへんだった。まだ、1
1時過ぎたばかり。オレたちの口から、銃口の味をぬぐい去るために、
マティーニかハイボールで洗い流したい?そのハウスコートの代わりに
ドレスを着て外出するのに2分も掛からない。ここから数ブロックのと
ころに、静かなステキなバーがある。もしも茶のコートを着た男がつい
て来たら、小包にして送り返す。あるいはだれでも。それは、あんたが
この作戦で得られる有利な面のひとつ。ボディガードサービス。これは、
まじめな話」
「サンクス、ミスターハンター」

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「エド」と、オレ。「ロープにつながれてうまくやって行くには、これ
からは、エドとワンダになる。ところで、飲みに行く?」
「サンクス、エド。しかし、今夜はやめておく。疲れているし、わたし
はワーキングガール。明朝、起きなくてはならない」
 彼女は立ち上がり、オレも立ち上がった。彼女のためにドアをけた。
彼女が近くを通るとき、誘惑を感じたが、抑えた。ラッキーを強要して、
今夜彼女にキスしてだいなしにするようなマネはしたくない。それより
も、ひとりでなにかに挑戦しよう。
 上の階で、彼女が動く音がしてから、銃の撃鉄を戻して、引き出しに
戻そうとした。しかし、別の考えが浮かんで、ホルスターといっしょに
スーツケースに入れて、鍵を掛けた。ツェルニー夫人が引き出しを
て、見つけるかもしれない。携帯許可証があるとかなぜかとか説明した
くなかった。そうなると、ワンダだけでなく、借家人すべてがオレの仕
事を知ることになってしまう。
 
               ◇
 
 それから外出して、ブラディ夫人のアパートへ向かった。8ブロック
足らずだったので、歩いた。だいたい11時半で、着いたとき室の電気
が消えていたので、アムはたぶん眠っていると思った。

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 しかし、そうでなかった。電気は数分前に消したばかりで、まだ、起
きていた。ベッドから足を広げて、はしに座った。
「ショーを見せてくれると思っていた」と、彼。
「なぜ、特に?」
「なぜなら、あんたに仕事を追われて、ビールの1杯や2杯、飲みたか
ったからさ。しかし、なにかがうまく行って、電話をくれるか、報告に
来てくれると思って、まっすぐに家に帰った。なにも食べてなかったの
で、帰りにサンドウィッチを買って、ここで食べた。すぐに戻らなくて
いいんだろ?」
「そう」と、オレ。「一晩中でもいられる」
「いいね、それなら、服を着て、外出しよう。なにがあった?」
「長い話になる」と、オレ。「ビールを飲みながら話す。服を着るあい
だ、彼女がなぜあんたに気づいたのか、教えて!気づかれたことは知っ
ていたはず。オレが外にいるとき、彼女は警察を呼んで、数分でパトカ
ーが来た」
「そうだと思った。そう、気づかれたことは知っていた。どうして気づ
かれたのかは分からない、エド。前に怪しいやつに後をつけられたに違
いない。見つけるスマートな方法を使ったんだろう。映画でよくあるよ
うに」
「初めからお願い」と、オレ。「順番通りに」

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 彼は、ベッドで下着とズボンをはいて、靴下を引っ張り出した。
「オーケー、初めから」と、彼。「彼女は、5時5分にビルから出て来
た。小雨が降っていて、カサを持ってなかった。たぶんそのため、数軒
となりのレストラン、コーリーの店にすぐ入った。45分間そこにいて、
オレは通りの向かいで待っていた。
 それから、出て来て、家に帰った。小雨は、そのときには止んで、歩
いて帰った。オレは、ずっとつけていた。彼女には気づかれてないと、
確信している」
「気づいてなかった」と、オレ。「警察には、映画館から家まで男がつ
けて来たと言った。その前は、気づいてなかった。まっすぐ家に帰った?
どこにも寄らなかった?」
「どこにも寄らなかった。コベントプレースの角あたりで、向こうから
来る顔見知りに出会って、数分話していたが、ふつうに見えた。背の高
いハスキーボイスの黒髪の男で、たぶん30くらい。それよりもっと知
りたい?」
「そのくらいでいい」と、オレ。「借家人のひとりだろう。そうなら、
そのうち見る」
「だいたい6フィート、200パウンド。目の色は分からない。こっち
に来て、通り過ぎたときは、オレは別の方を見ていたので。彼はタフそ
うで、見た目も悪くない。グレーのスーツに水色のシャツ、ハットはか

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ぶってなかった。また会うことになるかもしれないが、今言えるのは、
そんなとこだ」
「続けて」と、オレ。「借家人なら、もっと知ることができる」
「彼女はアパートに入ったので、オレは角を曲がった。そこまでは、彼
女はまったくオレに気づいてなかったと確信する。それから、オレはア
パートを通り過ぎたが、そのとき、『空室あり』の看板に気づいた。彼
女は、なかなか出て来なかったので、すぐに電話するチャンスはなかっ
た。出て来るまで、1時間はアパートにいた。出て来ると今度は、ステ
ート通りを南へに向かい、映画館に入った。それが、あんたに電話した
ときだ。
 そのあと、彼女を捜して映画館に入り、目が暗闇に慣れて、彼女を監
視できるうしろの席に座ったが、そのとき彼女は気づいたかもしれない。
 彼女が映画館を出たとき、オレは立ち上がって出るまで1分たっぷり
掛けたが、そこで、彼女はオレに気づいたかもしれない。彼女はまだロ
ビーにいて、口紅を塗ってるふりをして、ドアの方に顔を向け、オレが
通過するのを待っていた。自然に、オレをはっきり見た。オレは彼女を
過ぎてまっすぐ歩いて行った。しかし、出ると遠くに離れる前にすぐに
隠れて、彼女が家に向かって、半ブロック先に行くまで待っていた。そ
して、じゅうぶんな距離を取って、ほとんどは通りの向こう側にいた。
彼女は振り返って見なかった。たまに立ち止まって、ウィンドウショッ

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ピングをしていた。そのときに、窓の鏡でオレを確認したに違いない。
一度だけオレを近くで見た」彼は、肩をすくめた。「そう、たしかにオ
レはしくじった。彼女が映画を見ているあいだは、外に留まって、通り
の向こう側にいるべきだった。尾行を警戒して、オレをわなにかけると知
っていたら、そうしただろう。しかし、害はなかった。オレはそこから、
あんたが彼女と知り合いになれるチャンスを作ったし、尾行もそのため
だった。今夜以降は、もう彼女を尾行することもないだろう」
 アムは、話しながら服を着終えて、スーツコートを着た。「準備はい
い、キッド?」
「ちょっと待って!」と、オレ。「急いで荷物を詰めたので、いくつか
必要なものを忘れた。それらを取って来て、ここには戻らずに、歩きな
がら先に行こう」
 オレは玄関ホールに降りて、バスルームへ行って、ヒゲ剃り用カミソ
リやほかの小物を取って、室に戻って、バスローブとスリッパをクロー
セットから出した。荷作りを始めたが、アムが彼のスーツケースを貸し
てくれたので、アドバイス通り、それに詰めて荷物を1つにまとめられ
た。
 オレたちは、トム、ディック&ハリーの店へ行った。その名の通り、
3人の男たち、ふたりは兄弟で、もうひとりはいとこ、3人のファース
トネームを店名にした。一番近い飲み屋でなかったが、ジュークボック

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スもテレビもラジオもなしで話せるいい店だった。ほかの店では、3つ
ともあった。そのうえ、いつでも食べられるホットサンドイッチがうま
く、アムは腹が減っていた。
 かどのブース席についた。アムは、フレンチフライ付きハンバーガーを
注文して、ふたりともビールボトルを頼んだ。オレはビールが来るまで
待って、それから、オレのストーリーを、アムから電話があったところ
から始めた。ワンダがオレのドアをノックして、「あの男」を見に行か
せたところで、アムのサンドイッチが来て、ウェイトレスが行くまで、
待った。
 それから、続けた。室に戻り、撃鉄を起こしたオレの銃がこちらをね
らっていたところで、サンドイッチの2口目で、アムがのどにつまらせて
むせた。ブース席から立ち上がり、向こう側へ行き、背中を叩いた。
 また、ストーリーを続けた。ライセンスと身分証を見せたところで、
アムがさえぎって言った。「なんてこった、キッド!彼女が、あんたが
探偵だと知ったら、オレたちはどちらもポテンヒットだ。スターロック
に報告しなければならない」
「待って」と、オレ。「サンドイッチを食べて、最後までしゃべらせて
!」オレは、ストーリーを終えた。「正直なところ」と、オレ。「ポテ
ンヒットが、たまたま、いい結果につながった。彼女があんたに気づか
なかったと仮定してみよう!そしたら、警察に電話するために立ち止ま

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らなかったし、彼女に話し掛けるチャンスがなかった。彼女は、ただ自
室に戻るために階段を上がっただけで、オレは彼女と顔さえ会わせてな
かっただろう。知り合うまで、なん日もかかったかもしれない
 しかし、なんと、今は、明日の夜、彼女とデートの約束までしている、
むしろ、今夜、真夜中を過ぎているから。確かに、彼女はオレが探偵だ
と知っていて、オレの興味があるものがなにかも知っている。しかしそ
れは、お互いにいいことだと言ってある。互いにフランクにしゃべれる。
一晩で、彼女から詳細を聞けることに、賭けてもいい!」
「たしかに」と、アム。さえぎった。「それは、彼女が無実なら、すば
らしいし問題ない。しかし、父が有罪だと知っていて、カネのありかも
知っていたらどうなる?」
「エドハンターが探偵でなく、印刷工だったら、彼女は、もっと早く事
実をしゃべると考えてる?とんでもない!仮面をかぶっていたら、事件
のことを彼女から聞き出すのに、もっと恐ろしく時間がかかっただろう。
それに、彼女がウソをついていたら、見破れると思う。少なくとも、彼
女とかなり仲良くなれた後なら。ビールボトル、もう一杯づつどう?」
 オレたちは、ビールボトルをお代わりした。飲みながら、アムが言っ
た。「キッド、することがある。この方法でうまくやれそうなことが正
しくても、スターロックには報告しなければならない」
「確かに」と、オレ。「しかし、彼への報告は、オレにやらせて!オレ

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がこの仕事を続けることを、了承してくれると思っている」
「オーケー、エド、聞いて!明日のプランは、まだないのでは?つまり、
夜までは」
「ない」と、オレ。「ツェルニー夫人と朝食を食べること以外は。1週
間分の朝食代を払って、最初から食べないのは奇妙に思われる」
「オーケー、オレの予定を言っておく。明日の朝早く、スターロックが
服を着たころに、自宅に電話して、うちの事務所に来るか、どこかで会
う約束をする。どちらかは、彼の好きな方で。たぶん、彼は、自分のオ
フィスに行く前に、9時にオレたちに会いたいだろう。朝食のあと、あ
んたは9時に来ればいい」
 それは、オレの方は問題なかった。そう彼に言って、そのあとは、ビ
ールを飲み終えるまで、ほかのことをしゃべって、店を出た。彼は、自
分のアパートへ向かい、オレは別のアパートへ向かった。オレたちが、
それぞれ、今夜眠る場所へ。







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            4
 
 オレは、すぐにベッドに入った、心の目覚まし時計を、8時15分に
掛けて。オレはすぐに眠り、8時15分前に目覚めた。
 朝、バスルームがくまで、3回試した。6時から9時まで、フロは
ダメというツェルニー夫人のルールに感謝するところだった。しかし、
服を着てヒゲを剃り、朝食の準備ができたのは、8時15分過ぎだった。
玄関ホールの背後のアパートのドアは少しいていた。歩いて行って、
軽くノックした。
 朝食は振舞われていて、そのときは、2人が食べていた。テーブルに
は席が6つあった。みんなは7時から9時まで別々の時間に食べるので、
1度しか食べてないのか疑わしかった。
 ツェルニー夫人は、オレのノックを聞いていた。室の別側のキッチン
のドアから現われると、呼んだ。「おはよう、ミスターハンター、座っ
て!ミスワトロスとミスターブラックを紹介する」
 オレは、ミスワトロスに近い方の席について、ひとりひとりに口の中
で、おはようともぐもぐ言った。ブラックはオレにうなづいただけだっ
たので、オレもうなづき返した。
 ミスワトロスは、学校の先生のように見えた。しかし後で分かったが、
彼女は、ループシアターでチケット売り子をしていた。ブラックは、ア

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ムの特徴描きで、すでに登場していた。背が高く、ハスキーな声で、黒
髪、30くらい。今朝は、グレーのコートを着てなかった。スラックス
とオープンなスポーツシャツだけで、毛だらけのおなかを見せていた。
ワンダが仕事からの帰り道、下宿屋から1ブロックのところで立ち止ま
ってしゃべっていた相手の男に間違いなかった。
 朝食は、オートミールか卵だったので、卵を選んだ。豪華な朝食とい
うわけではなかったが、値段からすれば悪くなかった。時間があればト
ーストあるいはコーヒーも頼めた。オレは時間がなかった。
 ミスワトロスは、オレが席に着いて、数分で仕事に出掛け、ブラック
は、食べ終わっても、質問したり、コーヒーのお代わりをしたりしてい
た。知り合いになっても害はないし、無害な質問をしたりしたが、返事
は1言か2言なので、あきらめた。
 やつは、2杯目のコーヒーをゆっくり飲んで、オレを長引かせた。し
かし、長くはいなかった。朝食を切り上げて、「ソロング」と言って席
を立った。ほとんどはキッチンのツェルニー夫人に、やつにもそう思い
たければそう聞こえるように。オレは正面ドアの自分の室へ向かったが、
背後で声がした。「ヘイ、ハンター」と、やつ。
 オレは立ち止まって、なんの用かと思いながら、振り返った。
「話しがしたい、プライベートで」と、やつ。「それが、テーブルで言
えなかった理由」親指で後ろのツェルニー夫人の方を指した。「オレの

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室へ行こう!」
 やつの言葉に威嚇もおどしもないように見えたので、オレはいったいな
んだろうと思った。オレの正体を知っている?ワンダが言ったのでなけ
れば、どうやって知ったのか分からない。ふたりは互いに知り合いだっ
た。今朝、彼女は廊下でやつと会ったのかもしれない。あるいは、昨夜、
オレがアムに会いに出掛けたあとで。
 とにかく、オフィスに戻るのが遅くなったり、歩く代わりにタクシー
代がかかっても、知りたくなったので、言った。「オーケー、どの室?」
 やつは、歩いて行って、オレの隣りのドアをけた。通りの裏から2
番目の室だ。オレはなんのことか考えているうちに、少し怖い気がした。
しかし、オーケーと言って、平気なふりをして、中へ入った。
 オレの室より少し狭かったが、備え付けの家具は同じだった。それで、
少し窮屈そうに見えた。オレの後ろでドアが閉まり、振り向くと、背後
に立っていた。顔は、まだ無表情だった。
「あんたの室に、昨夜、だれか連れがいただろう?」と、やつ。
「ルール違反でも?騒いではない」
「それは知ってる、おしゃべりを除いて。内容は分からなかったが、声
は分かる。ワンダロジャース。聞いて!彼女をつけまわして欲しくない、
分かる?」
 訪問者は別だと言っても、やつはかなり自信を持っていて、納得させ

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られそうもなかったので、言わなかった。
「だれだろうと、あんたとどう関係するのか分からない。とにかく、あ
んたも聞いていたなら、すぐ帰って、しゃべっていただけなことは知っ
ているはず」
「ああ、知っている。彼女は、そのあと、ひとりで階段を上がって行っ
た。なにかあったと言っているんじゃない。ただ、彼女に近づくなと言
ってるだけ」
 オレは分かったが、まだ、分からないところがあった。このデカイ野
郎は、ワンダに恋してる?それは、あり得る。しかし、ワンダがやつに
勇気づけるようなことを言ったとは思えない。たしかに、やつは彼女の
タイプではない。1000マイルは離れている。
「あんたは、彼女のボディガードでも、夫でもない」と、オレ。「彼女
はフリーで、白人で、22だ。あんたにどう関係する?」
「それが、関係するんだ。なぜかはどうでもいい。あんたに頼んでいる
んじゃない、言ってるだけ」拳をこぶし握り締めた。オレが同意しなければ、
それを使うとは言わなかった。言う必要がなかった。オレはやつを観察
した、打ちのめせるかどうか。やってみるまでもなかった。打ちのめせ
ない限り、すべての仕事をだめにしてクビにされるかもしれない。うま
くやれそうになかった。ワンダとはデートがあるし、今夜の予定、もし
もスターロックが今日オレたちをクビにしたら、経費でなく、オレのカ

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ネでデートしなくてはならない。殴る費用もイヤだし、後戻りもしたく
なかった。
 やつは、デカかった。リーチもあって、少なくとも30パウンド、オ
レより重かった。デカいやつでも、やさしいのはいる。しかし、やつは
そうでなかった。
 オレはごまかそうとして、言った。「なにがおもしろくない、ブラッ
ク?聞いて!もしもあんたが娘に恋していても、彼女がだれかとテート
するのを禁止する権利はない。彼女を所有してはいない」
「オレはあんたと議論しているのではない」と、やつ。「言ってるだけ。
あんたが倒れて、オレが上から地獄のようにパンチを繰り出したとして
も、路地に逃げ込まない限り。むしろ路地なら、もっとお楽しみのスペ
ースがある」
 オレは、ため息をついた。ここから逃れるすべはないようだ、オレが
い出て、助けを呼ばない限り。オレは大きい少年なので、そのような
ことはできなかった。しかし、路地なら、と気づいた、いいアイデアだ、
今の観点からすると。そこならフットワークが使えて、チャンスがある
かもしれない。狭い室では、撃ち合いにでも持ち込まない限り、可能性
はなかった。すみに逃げるか、ベッドを跳び越える、最初にイス、それか
らバックステップ。
「分かった」と、オレ。「お望みなら、ブラック!路地へ行こう!」

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 やつは脇に寄って、オレを室の外へ行かせた。やつが自分の室のドア
を閉めたとき、オレは自分の室の鍵をあけた。すぐに寄って来た。「入
って、なにする気だ?」たぶん、オレが入ってすぐドアを閉めて、鍵を
掛けるか武器を持って来るかすると思ったのだろう。
「ベッドにスーツコートを投げても」と、オレ。「気にしないだろう?
あんたは着ていないし」
 やつは、ドアのところでオレのすぐ近くにいた。オレは、スーツコー
トを脱いで、ベッドに投げた、ネクタイも。オレが出ようとすると、や
つは後ろに下がった。オレは、ふたたび、室に鍵を掛け、やつのあとに
ついて、正面玄関から出た。このビルと隣りのビルのあいだに狭い路地
があった。やつは、オレを先に行かせた。オレが急に走り出して逃げる
とは考えてもいないようだ。オレも別の状況なら、そうしたかもしれな
い。なにがあっても、チャンスはあると考えていた。いくらデカく力が
あっても、のろければ、あるいは筋肉バカとか、戦い方を知らないとか。
 ビルとビルのあいだの路地に来て、オレはシャツのそでをまくった。
中央付近にステップバックして、スペースを作った。とにかく先に手を
出して、やつに先手を取らせないように、打っては下がってフットワー
クを使い、打っては離れ━━━
 やつは、オレの正面に立った。地獄のように醜かみにくった。オレは、ベス
トを尽くそうとした。ステップバックしてから、踏み込んで、左を顔面

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に放って、やつのガードを上げさせた。回転して右をやつのガードの下
に突き上げて、やつのストマックを一撃した。そのアッパーカットはか
なりいて、ひるむかスピードダウンするはず。
 いたが、それはやつでなく、オレにだった。やつのストマックの筋
肉はめちゃくちゃ固く、岩のようで、オレのど素人パンチは、レンガの
壁を打ったようにわずかにはずんだ。ナックルを覆うグローブかガーゼ
が欲しかった。しかし、やつは重いパンチを打ち始め、オレは腰をかが
めた。やつも腰をかがめてから左でオレの腰の中央あたりを打った。昨
夜、ワンダドジャースがリボルバーでねらったソーラーパネルのど真ん
中を。リボルバーは、実際には打たなかったが、今度の強打は、パイル
ドライバーのように、オレを打った。ボクシングの試合を見れば分かる
ように、パンチはたまに繰り出されて、休んだりしてるが、衝撃を和ら
げるボクシンググローブをはめている。ノックアウトパンチはたまにし
かない。グローブなしのこぶしから、ブラックのような男からパンチを
もらえば、すぐにノックアウトされる。
 とにかく、オレはノックアウトされた。気がつくと、オレは路地に背
中を下にして倒れていた。ハーハー息をして、息するたびに、肋骨がす
べて折られたかのように痛んだ。
 だれかが、オレの上に立っていた。だれだか分かるのに数秒かかった。
「もうじゅうぶん?しかし、なんて簡単に倒れたんだ?」と、だれか。

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そして思い出した、ここがどこで、なにがあったのか。
 また息するまで、1・2秒かけた。息ができて、しゃべれそうだった。
「じゅうぶん」と、オレ。「プロだとなぜ言ってくれなかった?」
 やつはクックと笑った。ほんとうに喜んでない笑い。「起き上がって、
またやる?あるいは、あの娘について、オレの言うようにする?あるい
は、今いるところより、もっと仕事がしたい?どっち?」
 もうしばらく息する時間を取って、複数の文章を一度に言えるように
なるまで待ってから、それを言い放とうと決心した。横向きに転がって、
片ひじをついたが、すぐには起き上がったり、さっきやろうとしたこと
をしないようにした。しかし、やつとは面と向かっていて、目の前にや
つの足があった。この角度でも、やつがろうとしたときに、最初の
りは、かわすことができるだろう。
「オレは起き上がらない」と、オレ。「あんたは打ち負かすことができ
る。勝ちはあんたにゆずる。しかし、ケンカはもう終わったことが、1
つ。もし、あんたがまた始めて、続ければ、オレを殺すことになって、
あんたに殺人の疑いが掛かる。さっきより軽くやるとしても、オレには
あんたがやったという証拠がある。あるいはオレを殺すか選べ!分かっ
た?冗談言ってるんじゃない!」
 真剣だった。声にそれを込めた。やつは、オレを信じた。やつが考え
ているのが分かった。やつの頭の中で回っている歯車の音が聞こえた。

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やつは、路地の両方向をすばやく見た。チャンスがあるかどうか考えて
いた。オレは、それをさえぎった。
「もうひとつ」と、オレ。「もしも、オレを殺してズラかるなら、一度
始めたら、早く済ませた方がいい。なぜなら、ケンカがフェアだったと
しても、それが度を越えて、殺人となれば、話しは変わって来る。2つ
目、もしもあんたが向かって来れば、オレは大声を上げる。この路地は、
あんたがやり遂げる前に、人であふれ返る」
 やつは、オレを見たが、困ったような目だった。やつは、なにかもご
もご言ったが、聞こえなかった。踵をきびす返して、大股で路地を戻って行っ
た。
 やっと自分の時間が取れた。自分の時間を使って、起き上がり、路地
をやつのあとに続いた。ひどく頭がふらふらした。全身が、腰から上が
痛んだ。通りに出ると、やつが遠い角を曲がるのが見えた。どこに行く
にせよ、アパートとは別方向だった。それを見て、オレは、ホッとした。
 オレの室に戻って、ベッドに1・2分座っていた。それから腕時計を
見た。まだ、9時数分前だった。とにかく、オフィスに遅れるだろう。
スターロックがこの時間いるかもしれないことを思い出した。もしもい
なければ、心配することはなかった。急ぐ必要もなかった。
 電話のところへ行って、硬貨を入れて、オフィスの番号をダイアルし
た。アムはすでにいた。「エドだ、アム」と、オレ。「スターロックは

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来てる?あるいは、すぐ来る?」
「いいや、キッド。オレは彼が出掛ける前に自宅に電話したが、今朝は、
別の件で忙しく、ランチをいっしょにすることしかできないそうだ。1
2時半にスタググリル。テーブルを予約するそうだ。そこで会う?ある
いは、最初にオフィスで会う?」
「そう」と、オレ。「そのときまで持ち越しにする。つまり、つまらぬ
ことがここで起こっていて、最初にこっちをチェックしたい。最初にオ
フィスに行けるか、ランチデートまで行けないか分からない。オレがオ
フィスに12時までに来なければ、スタググリルで半に会おう!」
「オーケー、キッド。なにかって、今の仕事に関連したこと?」
「知る限り、そうらしい」と、オレ。「しかし、会って話す前に、自分
で調べてみたい」
「そこの電話ではしゃべりたくないんだろ?オーケー、会ったときに、
気をつけて!」
「そうする」と、オレ。
 室に戻って、また10分座っていた。力が回復するまで。それから、
服を脱いで、バスローブに着替え、玄関ホールのバスルームへ行った。
今、9時過ぎなので、フロは使えた。たしかに、それが必要だった。バ
スタブいっぱいに熱い湯を引いて、長いあいだ浸っていた。そのあいだ、
肋骨ろっこつを調べて、1本も折れてないことを確かめた。もしも、パイルドラ

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イバーパンチが、ど真ん中に当たっていなければ、痛みはそれほどでも
なく、KOされることもなかった。しかし、たしかに、肋骨にひびが入
るほど強烈なパンチだった。
 室に戻って、路地で倒れたときに来ていた服を調べた。ズボンは、汚
れていただけで、運よく、服用ブラシを持って来ていたので、きれいに
なった。しかし、シャツは汚れていたので、服を着るときに新しいシャ
ツと替えることにした。
 それから、ホールに戻り、ツェルニー夫人のドアをノックした。ドア
が開いた。「なんの用、ミスターハンター?」
「エドと呼んで、ツェルニー夫人」と、オレ。「少し聞きたいことが?」
「ああ、いいよ」彼女は後ろに1歩下がり、室へ入れた。「座って、エ
ド、なにか悪いこと?」
「いや」と、オレ。「ほかの借家人について、1つか2ついても?や
つとちょっとしたケンカをしてしまって、なにがいけなかったのか知り
たいと思って」
「だれだか分かる、ブラッキーでしょ?ジュールブラッキー」オレは、
うなづいた。彼女は続けた。「わたしからのアドバイスは、彼とは距離
を置くこと、ケンカなんてもってのほか!彼は、あなたよりずっと大き
いし、タフ」
「そうだと思った」と、オレ。「プロのボクサー?」

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「今は違うけど、かつてはそうだったらしい。グレイグースがどこか分
かる?」
 どこにあるか知ってるが行ったことはないと言おうとして、ゲーリー
からここへ来たばかりだと言ったことを思い出して、代わりに、頭を振
った。
「そう、それはクラーク通りにあるナイトクラブ。クラーク通りの北側、
近くのホンキートンク公園の方じゃない。ブラッキーはそこでドアマン
をしている。ドアマンかつ用心棒」
「そうか」と、オレ。「用心棒だからタフなわけだ」それから、なぜと
問うことなしに、いろいろ質問に答えてくれた。それでほんとうに訊き
たいことを訊いた。「どのくらいここに?」
「3週間、3週間と半分。彼となんでケンカを、エド?」
「たいしたことでない」と、オレ。「それは、個人的なことで、不満が
あるといったことではないし、口に出したくない」
「分かった、しかし、彼には気をつけて!彼は短気なところがあって、
それを忘れると危険」
 オレは、彼女に笑いを浮かべた。「気をつける。サンクス、ツェルニ
ー夫人」オレは一度出たが、また戻って来た。「重要なことを忘れてい
た、ナイトクラブで働いているということは、夜が仕事ということ?朝
食をいっしょに食べるほど早くは起きて来ない?」

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「金曜の朝だけ、エド。木曜の夜は休み。それ以外は、遅くまで寝てい
る、たいていは正午まで。毎朝、朝食で彼と会う心配はない。金曜だけ」
「良かった」と、オレ。「ほかの日は、遅くまで寝ていると教えてくれ
て、サンクス。室が隣りなので、壁が薄い気がして、室にいれば静かな
朝を迎えられる」
「ふつうの物音なら、心配する必要がない。1・2回電話が来たことが
あって、彼を起こすのにドアをハンマーで叩かなければならなかった。
それに、あなたはラジオを持ってないし?スーツケース1こだけだった
から」
「ない」と、オレ。なぜスーツケース1つで旅しているか、説明するチ
ャンスだった。そうでないと、彼女が不思議に思う。「ガーリーに荷物
は置いてある。ここで仕事が見つかるまで、残しておく。その方が身軽
に捜せるから便利。いろいろ、サンクス」
 オレは、室に戻った。まだ、元気が出なかった。腰は、トラックにひ
かれたかのようだった。少し休めば、気分は良くなるだろう。アムは、
オフィスで仕事してるだろう。アムやスターロックに会うまで、待つこ
とにする。
 ベッドに横になったが、眠らなかった。今夜のワンダとのデートのこ
とを考えた。どんな質問を、どんなふうにすればいいか。事件のことは
考えなかった。ジェイソンロジャースがカネを取ったのかどうかとか、

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今どこにあるかといった。なぜなら、そんなことを考えても、事件の解
決には近づかないからだ。もっと多くの情報を集めることの方が先だ。
事実がないのに、推測しても時間のムダだ。まだ始まってないチェスの
ゲームプランを前もってを考えるように、対戦相手がどういう手を指し
てくるかは知ることはできない。
 ブラッキーのことを考えた、ジュールブラッキー。やつは、どこにふ
さわしいか考えた、ふさわしいところがあったとして。しかし、ここで
も、事実がじゅうぶんでなかった。今夜、ワンダに会ったらいてみよ
う。どのくらいやつを知っているのか、どんなふうに、いつやつと会っ
たのか、彼女のボディガードとやつが考えているのはなぜか。彼女がス
トレートに答えてくれたら、今よりもっとブラッキーのことが分かるだ
ろう。
 今、ブラッキーについて賢いかしこ考えは、オレのトロンボーンを、ブラデ
ィ夫人のところからツェルニー夫人のところへ持って来たいというもの
だった。そして、ある朝、ブラッキーが寝ているとき、デキシーランド
をフォルティシモで吹く。それは、目が覚めてもやつは大丈夫だ。しか
し、あまり賢いかしこ考えではない。ブラッキーは喜んでも、ツェルニー夫人
はそうでないだろう。
 12時になったので、ぶらぶら出掛ける時間だ。オレは出発し、ルー
プ街へぶらぶら歩いた。スタググリルに時間通りに着いた。しかし、ベ

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ンスターロックもアムもすでに来ていて、前にドリンクが置いてあった。
「ハイ、エド」と、アム。「座って聞いて!オレたちは、少し早くここ
へ来て、すでにベンに、オレが昨夜の仕事をしくじったことを話した。
オレの部分は、もう終わりで、今は、あんたの番だ」
「しかし、先にドリンクを注文!」と、スターロック。彼はウェイター
に手を挙げて、オレはハイボールを注文した。
 オレは、ストーリーを話し、スターロックの表情は変わらなかった。
しかし、最後の昨夜の部分を話すと、顔をしかめた。「エド」と、彼。
「オレはあんたに賛成すると思う。彼女があんたの正体を知らないより
知っていた方が、事をスムーズに運べるという点には。しかし、あまり
多くの質問をしたら、彼女は疑いを抱くかもしれない。なにをどうする
か言っておくと、債券会社の方には、あんたのストーリーの一部は除い
た形で報告する。銃のところと彼女を仲間にしようとしたところと、警
察が来たところだ。それ以外の残りを報告する。あんたは今夜デートが
あるんだろ?」
「ええ、楽しみ」と、オレ。
「しかし、それはテストだ。彼女がほんとうにあんたの仲間になったの
かどうか、あるいは、ただの客としてあんたに対応しているのかどうか。
もしも後者なら、今後も続ける意味はない」
「オーケー、テストの意味は、ベン?あるいは、オレは知らない方がい

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い?」
「今から話す。彼女が退職願いを出したとき、マーシャル牧場をモデル
化する仕事をすると言っていたことを覚えている?そして、そのとき、
オレたちはその点をチェックすると言ったが、実際に調べると、彼女は
その仕事についてなかった。そこの関係者は、彼女のことは知らないと
言った。
 つまり、オレたちは彼女にウソをつかれた。特に、オレは。あんたが、
彼女に、なぜ今の仕事をやめるのか、やめたらなにをする?と訊いて、
マーシャル牧場と答えたら、あんたにもウソをついてることになる」
「じゅうぶんあり得る、エド」と、アム。「聞いて!今朝、アパートで
なにか調べると言っていた、なんのこと?重要なこと?」
「分からない」と、オレ。「しかし、話すには時間が掛かる、オレたち
は、まだ、ドリンクしか頼んでない、よね?」
 ベンスターロックは、すでに手を挙げて、また、ウェイターを呼んで
いた。
 オレは、ブラッキーとのケンカのことと、その後どうなったかを話し
た。あとで、ツェルニー夫人が話してくれたことも。
 話し終わると、今度は、アムが顔をしかめて、言った。「キッド、そ
いつは危険だ。距離を置いた方がいい」
 スターロックも、うなづいた。「そいつとのもめ事は避けろ、エド!

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しかし、そいつには興味がある。聞いて!そいつを調べさせて!フラン
クバセットから、記録があるかどうか分かる。グレイグースでも調べて、
ほんとうにそこで働いているのか、どのくらいいるのか調べる」
「それは、オレにやらせて、ベン」と、アム。「レオンカバッロとは知
り合いだ。そこの経営者、かつては、いや、今でもやってると思う。今
もやっていれば、やつについて、あんたよりもっと多くのことを聞き出
せる。あるいは、その点については、警察から」
 ベンは認めた。「あんたは、ナイトクラブの営業中に、やつに会いた
いのだろう?そうすれば、領収証を経費で落とせる」
「もっとやつについて分かる」と、アム。「いい気分で仕事中なら」
「レオンカバッロって」と、オレ。「オペラファン?あるいは、たまた
まそれが本名?」
「オペラファンではある。半分本名、カバッロだけ。ファーストネーム
は、発音できないので、レオンに変えた。ある意味、そうだ」
 スターロックは、オレたちの顔を交互に見た。「なんの話?」
「レオンカバッロが1つの名前」と、オレ。「有名なオペラ作曲家、道
化の話のパリアッチが代表作」
「あんたたちは、博学なバスターだ」と、スターロック。「よし、アム、
あんたはカバッロを調べろ!バセットに電話して、ブラッキーに犯罪歴
があるかも。しかし、うちの方にいて来るな、たとえ電話して来るだ

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けでも!あんたらのオフィスで調べてくれ!」ベンはオレの方を見た。
「エド、このブラッキーにあんたが探偵だと気づかれては?」
「知れてはいない、オレが知る限りは、ワンダがやつに話さない限り。
話したかどうかは知らない。今夜、彼女から聞き出せるかもしれない、
やつとの関係も、なにかあれば。なにかあっても、一方的なもの、やつ
のようなゴリラと関わるのが好きな娘は見たことない」
「やつにKOされたあと、しばらく意識を失っていた。やつが、あんた
のポケットをあさったのでは?」
 オレは、クビを振った。「身分証は、コートのポケットで、室にあっ
て、路地に遊びに行く前に、ドアに鍵を掛けていた」
「しかし、ズボンのポケットに室の鍵を入れていて、意識を失っている
あいだに、やつがそれを取って、室に行ってから戻ったのでは?」
「そんなに長くは意識を失ってない。せいぜい10カウントくらい、長
くても30秒くらい。タイミングを知っている、路地に行ったときと、
室に戻ったとき。やつを長いあいだ自由にさせてない」
 オレは、少し考えた。「それに」と、オレ。「もしもやつがオレが探
偵だと疑っていたら、オレたちがしたようなケンカをするリスクを負わ
ないと思う。今の事件に、やつが関わりがあるのかないのか分からない
が、やつは、このあたりを大胆に歩いている」
「この件については、あんたが正しいと思う」と、スターロック。腕時

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計を見た。「おっと!1時間も話していた。午後また忙しい。ランチを
注文して食べてくれ!」
 オレたちは、ランチを注文して食べた。ミーティングを終わりにした。
アムは、午後は休んでいいと言ったが、オレは、どこかでコーヒーをい
っしょに飲もうと言って店に入り、それからいっしょに帰った。
 オフィスで、彼は行った。「さて、キッド、ひと勝負行く?」
「先にバセットに電話!」と、オレ。提案した。「勝負は、そのあと!」
 アムは、フランクバセットに電話した。警察署にいるオレたちの親友。
アムは、ジュールブラックについていてから、言った。「オーケー、
フランク、まだ、切らないで。別の質問。カバッロがグレイグースをま
だ経営してるか知ってる?━━━そう、彼と会うにはどうしたいいか分
かる?つまり、クラブの外で。オーケー、フランク、オレたちはここに
いる」
 アムは電話を切って、言った。「フランクは、ジュールブラックとい
う名前を知らなかったが、ファイルを調べてくれるそうだ。カバッロも、
個人的には知らなかったが、友人に知ってるものがふたりいて、帰って
来たら、話してみるそうだ。よし、カードとスコア表を出そう!」
 電話が鳴ったとき、ひと勝負終えたところだった。「たぶんフランク
だ」と、オレ。「延長コードの受話器を取るまで、待って!」


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            5
 
 オレは、外側のオフィスへ行って、アムが電話に返事するのを聞いて
から、延長コードの受話器を取った。
「そう」と、フランクバセット。「ジュールブラック、別名ブラッキー
の記録があった。多くはないが、いくつか。逮捕歴5回、そのうちの1
つは有罪。最初の逮捕は、9年前、麻薬。今31とすると、当時22と
なる。2年くらって、20か月で出て来た。それ以降、4回捕まってい
る。最初は、刑務所を出てから、2年後。しかし、どの容疑も起訴され
なかった。1回だけ、監察送りになった。しかし、釈放された」
「容疑はなに、フランク?」
「麻薬2回、強盗2回。裁判に掛けられたのは、強盗容疑で、しかし言
ったように、無罪釈放になった。詳細は不明だが、調べることはできる」
「サンクス、フランク。しかし、詳細までは必要ないと思う。最後に逮
捕された日付けは?」
「2年前。それ以降は、鼻をきれいに保っているか、あるいは、捕まえ
られてないかのどちらか」
「オーケー、カバッロの方は?」
「知り合いの友人のひとりと話した。カバッロは、平日の夜は、ほとん
どいないそうだ。しかし、土曜の夜は、かならずいて、日曜の夜もほと

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んどいるそうだ。ラサラにある彼のアパートの住所はあるが、電話は分
からない。電話帳には、おそらくない。もしも必要なら、調べられる」
「今はいい、フランク」と、アム。「明日の夜、クラブで会えれば、調
べるのは今は保留にしておく。グーズのギャンブルルームは、またやっ
ている?」
「友人の話では、やってないそうだ。2年前に警察の手入れがあってか
ら、ずっと閉めたままらしい。別のビジネスはやっているだろうが」
 電話のあと、アムのところへ行って、いた。「別のビジネスって?」
「北地区の、競馬ののみ屋を仕切る胴元をやっている。のみ屋の組合の
ボスだと聞いたが、ただのメンバーだとも聞いた。どっちがほんとうか
分からない。いずれにせよ、それは大きなカネの動く組織だ。ナイトク
ラブの経営は、彼のサイドビジネスのようなもの。あるいは、フロント
ビジネスかも、どう表現してもいいが」
「基本的に、もぐりの商売?」
「そう、もぐりののみ屋は違法なので、あんたはその方面から調べられ
る。しかし、道徳的に見て、公式の馬券売り場で賭けるよりも、のみ屋
で賭ける方が悪い?」
「たぶん、悪くない。しかし、のみ屋がどこに属してるかによるかも?」
「合法な取引で得た利益と、同じものが、組合に属すことで得られる。
たぶん、もっと。保護や合法な援助、保護がうまく機能しなかったとき

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の保証。支払保証は、ある客の賭け率が高く、当選金があまりに高額に
なって支払えない場合に、支払額を保証してくれる。のみ屋は、保証が
あれば、自分の能力を越える当選金があっても、組合が代わりに支払っ
てくれるので、商売をやめる必要はない。そのカネは、あとで返済すれ
ばいい。組合は、のみ屋をまとめて管理している。もしも、組合の領域
でのみ屋に賭けて勝ったら、そのカネは組合に属すのみ屋から集まって
来る」
「しかし、のみ屋は、どこかの組合に属さないとダメ?」
「そうでないと、まず、長期にわたって、ビジネスを続けられない。こ
れは、辞めさせられるとか、廃業させられるのではない。少なくとも、
今のように組合がじゅうぶんに組織化されてからはそうだ。もっと微妙
な手を使う」
「どのような?」
「逆の意味での保護が、1つ。いつも、だれかが、不平不満を警察に通
報しているように見える。そういう場合、組合は、彼をボートレースの
みのレースに固定させる。ほとんどのレースは、最近では、不正が行わ
れることはない。しかし、かつては、ボートレースで一度あった。組合
は、それについては知っていた。組合は、手下ののみ屋に、賭け率を大
きくしないように警告していた。しかし、アウトローののみ屋は、賭け
率の大きいレースに着目して、組合のカネを奪おうとする。しかし、そ

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れは、客として認知されている者たちを通じて。その賭けをほかの客に
も広げていくこともあるが、その客たちをうまく制御しながら。彼が生
き残った場合は、やり方が分かり、腕を上げる」
「あんたの言う意味は、組合は、まぬけはいらないということ?」
「そう思う。ただ、極端な場合もある。あるいは、殺し屋を雇うとか、
もしも血で血を洗う戦いにするには」
「ブラッキーは、まぬけのひとり?」
「そう、疑っている、キッド。もしも、やつが、ドアマンかつ用心棒と
して、クラブでフルタイムで雇われているなら、それだけだと思う。レ
オンはクラブの営業を、組合のビジネスと混同するようなことはしない
と思う。しかし、レオンにいてみる。たとえば、あんたの室の鍵を見
せて?」
 オレは鍵を出した。アムはそれを見て、返した。「その種の鍵は簡単。
ボビーピンで30秒、ピックロックなら5秒でけられる。ブラッキー
の室を見てみたい。やつは、オレたちが得た唯一の手掛かりだ━━━な
んの手掛かりかは分からないが。やつは今夜は仕事だ。たぶん、オレは
ぶらついて、やつの室を見たい」
「オーケー」と、オレ。「しかし、今夜はだめ。あんたに見せられるよ
うになるまで、待って!その方が安全だ。さらに、ワンダからなにか聞
き出せるかもしれないし、あんたはカバッロから。その情報から、やつ

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は必要なくなるかもしれないし、そうするにしてももっと安全になる」
「オーケー、エド。それももっともだ。じゃ、カードを出そう」
 
               ◇
 
 カードとスコア表を出して、ジンを始めた。しかし、電話が鳴ったと
き、ゲームはまだ途中だった。アムが受話器を取って、オレは聞いてい
た。仕事の依頼だった。電話して来たのは、マブリー氏、スーパーマー
ケットチェーンの総支配人で、前にもいくつか仕事をもらっていた。今
回の件は、2日前の夜にハワード店で盗難があった。警察の捜査は終了
していて、だれも容疑者を挙げられなかった。彼らは、そのような盗難
の調査を、オレたちに依頼したくはなかったのだが、金庫は破壊も無理
やりこじ開けられた形跡もなかったことから、内部犯行の線が浮上した。
犯人は、器用な指先を持ったジミーバレンタインか、金庫の暗証番号を
盗んだに違いなかった。しかも犯人は、盗難にはいい日を選んでいた。
いつもは1日分の売り上げしかないが、その前日、支配人は預金に移す
のを忘れて、2日分の売り上げが金庫にあった。
 金庫の暗証番号を知ってるのは、支配人だけだった。しかし、彼は1
8年会社にいて、創業時のオーナーのひとりの親戚だった。容疑者とは
考えられなかった。しかし、副支配人を心配した。会社に入って長くな

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く、彼を調査して欲しがった。彼が暗証番号を知ってるとは思われなか
ったが、それを知る方法があった。その夜、金庫に2日分の売り上げが
あることを知っていた。しかし、彼が単独で盗んだとは思えなかった。
警察は、彼を事情聴取していて、完全なアリバイがあった。犯行は、深
夜、午前0時直前に実行されて、そのときまでの売り上げを計算できた。
しかし、もしも彼が暗証番号を知っていたら、いとも容易に犯行を行え
た。
 マブリー氏は、彼が犯人だと、オレたちが証明することは求めてなか
った。しかし短期の調査で、1つか2つの指針が得られればよかった。
彼を雇い続けるか、安全のため彼をクビにするか判断する材料が得られ
ればよかった。また、彼の給料である週80ドルの生活水準に変化があ
ったかどうか、ギャンブルをするのかどうか、借金がある、あるいはか
つてはあったのかどうか。彼の一般的性格や名声、特に、犯罪者との付
き合いや、知り合いができそうな、よく行く店。
 マブリー氏は、調査期間を3日とした。その期間にオレたちが調べた
事実に基づいて、自分たちの決断を下すことにした。
 彼から、初期データとして、その男の住所、特徴、そのほかすでに彼
について分かったいることを知らされて、調査を始めるときに、アムは、
「ちょっと待って!」と言って、受話器に手を当てて、オレに言った。
「オレがこの件を担当する、エド。メモはオレが取る。あんたは参加し

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たくなければ、参加しないでいい」
 オレは聞いていたが、メモはアムが取った。
 内側のオフィスに戻ったとき、アムは、立ち上がってストレッチして
いた。「すぐに始める?」
「なぜいけない?今は正午だが、夜まで働けば、今日の分は、1日分に
なる。別の日は、また別の料金。この調子で行けば、オレたちはすぐカ
ネ持ちだ!あんたは仕事をするんだろ?今夜のデートで別のやつが入っ
て来たら、また、別の仕事をしなきゃならない」
「とにかく、なにか仕事をしなきゃならない」と、オレ。「すぐに取り
掛かる必要のないものもあるかもしれない。あんたは明日も忙しいだろ
うが、オレはどうなるか分からない。今夜なにが起こるかによる」
 彼は出て行って、オレは5時まで仕事していた。そのあいだ起こった
ことは、オフィス用品のセールスマンからの電話だけ。彼は、住所マシ
ンや校正マシン、口述マシン、計算マシン、そのほかこま々したものを売
りつけようとした。最後には、うちには、そうしたものは一切必要ない
とはっきり言わなきゃならなかった。
 5時にオフィスを閉めて、家へ帰った。ブラディ夫人のオレとアムの
室へ、ツェルニー夫人のオレの室でなく。それはよく考えてから、そこ
に時間までいて、それからワンダを6時半に拾うために出掛けるのがベ
ストだと決心した。ブラッキーとのさらなるトラブルを避けたかった。

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特に今夜は、できるだけ。もしもやつがそこにいて、やつの室にいたら、
オレが帰って来たら気づくだろう。オレが室を出て、やつが聞き耳を立
てたら、外へ出ないで階段を上って行ったことが分かる。どこに行こう
としてるのか分かったら、オレの見せかけに暴力の圧力を掛けて来て、
またケンカが始まる。あるいはオレをめった打ちにしようとして、暴力
か、あるいはなにもしない。
 とにかく、服を替えた。コベントプレースには持って行かなかった特
別のもの。それを最初に着て、それから30分くらいトロンボーンを吹
いていた。それで、出掛ける時間になった。
 6時半にツェルニー夫人のところに着くと、自分の室を通り過ぎて、
階段を上がり、ワンダロジャースの室をノックした。
 驚くことに、彼女は準備ができていた。「少しだけ待って、エド」と、
彼女。数秒後に出て来た。コートを着る時間だった。黄かっ色の短めの
コートで、昨夜、アムが彼女を仕事場から家までつけたときに来ていた
もの。前があいていて、その下に琥珀こはくりのドレスを着ていた。ピンク
と白の広いストライプが対角線で交差していた。まるでペッパーミント
スティックのようだった。形はスティックではないが、いつもより甘い
香りがした。前が低くカットされていたが、そこから、長さは知ってる
が、肩や腕を見ることはできなかった。ドレスはフォーマル、少なくと
もセミフォーマルだった。

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「ハイ!」と、オレ。「きれいだ。しかし、どんなのを着るか知らせる
べき、タキシードにすればよかった」
 彼女は、気にした。「着替えて欲しい、エド?2分しか掛からない」
「いや」と、オレ。「完璧だ。ラッキーなことに暗いスーツを着て来た
から、通り過ぎるだけで、だれもオレには気づかない」
 彼女は笑った。そして、ドアを後ろ手で閉めた。「1つお願いがある、
ワンダ」と、オレ。「階段や玄関ホールを通るときに、しゃべらないこ
と。外へ出るまでだめ!外へ出たら、理由を説明する。ちょっと説明を
要することなので。オーケー?」
 彼女は、困ったように見えたが、言った。「オーケー、エド!外へ出
たらすぐ理由を説明してくれるなら」
 オレたちは、階段を下りて、玄関ホールをいっしょに歩いたが、しゃ
べらなかった。そして外へ出た。
「さて、エド、どういうことなのか話して?」と、彼女。歩道に出てか
いた。
「最初に、どうしたい、ワンダ?歩くこともできるし、それとも、タク
シー?話しながら」
 彼女は少し考えた。「アイルランド店に行くつもり?すばらしい響き、
歩ける距離だから、歩く!」
「いいね」と、オレ。クラーク通りに向かって、西に歩いた。彼女は、

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手を、友達のようにオレの腕の下から巻きつけていた。離れて歩くより、
そうしてくれる娘が好きだ。「簡単に言うと」と、オレ。「あとで話す
と言ったことは、ここにはジュールブラックというキャラクターが出て
くる、オレの隣りの室の、通称ブラッキー。やつと、今朝、トラブルが
あった━━━あんたのことで。やつの室の前を通るときに、オレたちの
しゃべり声を聞かれたくなかった」
「あなたがブラッキーとトラブル?わたしのことで?」彼女の声は、と
ても驚いたようだった。「いったい、なにがあったの?」
 なにがあったか話した。詳しい話でなく、正確な事実だけを。自分の
ことを実際よりも臆病にもヒーローにも見せないように、また、ブラッ
キーのことも実際より悪者にならないように。エピソードを終えると、
言った。「今度はあんたの番。ブラッキーについて知ってることをすべ
て話して!初めから」
「いいわ、エド、最初は、そう、たぶん3週間前、そこに引っ越して1
週間にもならないころだった。フリーランドからここへ引っ越してきた
とき、当分のあいだ十分な服は持って来ていた。しかし、もっと服が欲
しくなって、ある夜、仕事のあと軽く食べてから、フリーランドへ行っ
て、家からスーツケース2つ分の服やら欲しいものを持って来た。ブラ
ッキーは、もちろん、そのときは名前を知らないが、電話を使っていて、
終わったときにわたしが戻って来た。スーツケースを代わりに運んでく

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れると言った。スーツケースは重かったので、階段を運んでもらった。
わたしの室まで。
 彼は親切で、やさしかった。わたしと知り合いになろうともせず、ス
ーツケースを置くとすぐ出て行った。、スーツケースを開けて片づけた
あと、まだ8時半だったので、ほかにすることもなく、映画に行くと決
めていたので、階段を降りて外に出ると、彼がいて、あとで言ったのは、
外の新鮮な空気を吸いに出ていたらしい。スーツケースを運んでもらっ
たこともあって、立ち止まって、少し話しをした。映画にいっしょに行
きたいと言われ、断る理由もないので、わたしはイエスと言った。割り
勘にと言ったが、彼は受け入れず、チケットを買ってくれた」
「それって、木曜の夜?」
「なぜ、分かった?そう、木曜の夜なら休みだと知っているのね。そう、
木曜だった。ほかの夜は、9時から仕事がある。最初に会った時間には
ブラブラしてられるが、そのあと映画には行けない。グレイグースとい
うナイトクラブでドアマンをしていて、あなたは彼のオフの日を知って
るなら、たぶん、そのことも知っている」
「ああ」と、オレ。「ツェルニー夫人が教えてくれた。続きを、ワンダ」
「それが、出会いで、そのあと2回いっしょに出掛けた。一度は、また、
映画に。もう一度は、ステート通りの店で、数杯のドリンクを。最初の
はまた木曜の夜で、別の方は、日曜の午後だった。

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 彼は、やさしくて、口説いたりとかはしなかった。キスもしようとし
なかった。兄のようだった、エド。まるで大きくて、人なつっこいニュー
ファンドランド犬のようだった。彼が好き。しかし、ふたりのあいだに
なにもないし、今までもなかった。あなたとのトラブルは想像もできな
いし、なぜわたしをひとりにするよう、あなたに言ったのか分からない」
 オレは、目を閉じて、ブラッキーが大きくて、人なつっこいニューファ
ンドランド犬だと想像したが、まったく映像が浮かんで来なかった。
 ワンダのようなかわいい娘に、兄のように接するやつも映像化するこ
とはほとんど不可能だった。しかし完全にだめではなかった。オレが知
る限り、やつは、エホバの証人かホーリーローラーだった。オレの室で
彼女の声が聞こえただけで、単純に怒り出すのだから。
 あるいは、やつはホモかも。とても大きくて強い男がそうであるよう
に。そのようなやつらは、パンジーよりもヒマワリのようだった。製材
労働者や賞金稼ぎであることが多い。それなら、ワンダにも兄か姉のよ
うに接するかもしれない。しかし、オレには、ブラッキーがホモだとは
思えなかった。
 ワンダは続けた。「それに、彼は仕事を紹介してくれて、明日の夜か
ら始める」
 オレはほとんど立ち止まりそうになりながら、すぐにいた。「なん
の仕事、ワンダ?」

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「グレイグースのタバコガール、エド。あなたは驚くと思う。あなたは、
債券会社があなたたちを雇ったとき、わたしに関するどんな情報でも伝
えなければならないって、言った。スターロック氏も調べたなら、わた
しが辞めるときに言った、マーシャル牧場で働くことも伝わってるはず」
「ああ、債券会社は、スターロック氏も調べた。しかし、なぜ彼にそう
言った?タバコガールの仕事もなにも悪くはない」
「友人の多く、父の友人やらが、フリーランドに戻ったときに、そう考
える。スターロック氏は、そこに住んでいる。数人しか知らない。その
ことをフリーランドに持ち帰って欲しくない。それだけ。あまり自慢は
できない、エド。しかし、オフィスの給与の2倍もらえる。スターロッ
ク氏でもどこでも。もっと多く必要だし、父の不動産を売れるか売れな
いか分からない、いずれにせよ長い時間が掛かる。稼いだカネで生活す
るしかない。今より少しはいい生活がしたい。今の1ルームでなく、も
っといいアパートに住みたい。そういった理由」
「分かる」と、オレ。「しかし、ブラッキーが仕事を紹介してくれたい
きさつは?いつ?どうやって?」
「先週の日曜の夜、明日で1週間になる、夕方に、彼がわたしの室に来
た。グレイグースのタバコガールの職がくと言った。いくらくらい稼
げる仕事か正確には分からないと言った。もちろん、すべてチップ。わ
たしの最初のオフィスの仕事の少なくとも2倍にはなることは確かだと

180

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言った。もしも興味があれば、9時に仕事の報告に行くときにいっしょ
に行って、ボスを紹介すると言った。そこは、ちゃんとした店で、仕事
は簡単で、週6日の夜6時間だけ。
 わたしはもちろん興味を持った。今の2倍稼げる仕事に興味のない人
なんている?ナイトクラブの仕事という点はどうでもよかった。もしも
条件がすべて同じだったら、スターロック氏といっしょにいた」
「しかし」と、オレ。「給与が2倍だから、条件がすべて同じでなかっ
た。それで、その仕事を選んだ」
「ブラッキーが報告に行くときに同行して、オーナーのカバッロ氏に紹
介された。彼はいい人で、店も気に入った。少なくとも、ちゃんとした
店に見えた。彼もわたしを気に入ってくれて、仕事をもらえた。1週間
いたままにしておいてくれたら、その仕事につきたいと言った。彼は
そうしてくれると言ったので、わたしはスターロック氏に退職願いを出
した。それだけ。明日の夜から始める」
「もしもあんたが考えていたよりも、客からちょっかい出されたりして、
いやだったらどうする?」
「それがたまたまで、深刻でなければ、自分の世話くらいできる、エド。
そのような仕事にありがちなことを、あなたは想像し過ぎだと思う。そ
んなことがたびたびあれば、そこをやめて、別の職を探すだけ」
 そのころには、もう、アイルランド店の近くに来ていたので、話しは

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持ち越しにした。精神的にホッとした。最初のハードルを越えた、試す
ことなく。スターロックが心配していたこと、なぜウソをついたかを、
訊くことさえなく、説明してくれた。これで、彼には、少なくともその
点については、彼女は仲間だと説明できる。つまり、彼はこの仕事をオ
レに任せてくれる。だんだん好きになり始めた仕事を。
 彼女のコートを見た。美しいなめらかな裸の腕、肩、琥珀こはくりのペッパ
ーミントドレスの上の背中、そしてブース席についた。しかし、店はか
なり忙しく、すぐにはウェイターは来なかった。それで、ミーティング
を再開した。
「その人なつっこいニューファンドランド犬のことだが、ワンダ。オレに
は、あんたと知り合いになりたいという隠された動機があると疑ってい
るのに、やつには、疑いを持たない?」
「なぜ、そんな疑いを?わたしが来たときには、彼はすでにそこに住ん
でいた。その場所を選んだのも、たまたまだった。だれかに送られたの
ではない。彼の出番はない」
「あんたが来たときは、やつはまだいなかった」と、オレ。「あんたが
来たのは、4週間前。ツェルニー夫人によると、ブラッキーが来たのは、
3週間から3週間半前。あんたと知り合いになろうと仕組んだのは、や
つがそこに来てから、1日くらいしてからだった。そして、スーツケー
スを運ぶことで、あんたの室がどこかも分かった」

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 彼女は、少し顔をしかめた。「それは知らない。そこにはわずかな人
数しかいないけど、自然にはみんなと知り合えない。最初の週では、見
たこともない人もいる。その夜、ブラッキーに会ったとき、ずっとそこ
にいるものとばかり思っていた。引っ越して来たばかりだとは、彼は一
言も言わなかった」
「言わないはず、もしも知り合いになる隠れた動機があるなら。前に室
が物色されたって言っていたよね?ブラッキーがどの室か知る前、それ
ともあと?」
「なぜ?あとだけど。しかし、彼がそうしたはずない。彼とデートして
いるあいだだったから、2番目の」
「疑わしいと思わない、ワンダ?聞いて!もしもブラッキーが、あんた
が引っ越して来たから、そこに引っ越して来たのだったら、興味は目で
会う以上のもので、続ける仲間もいる。ひとりでないかもしれない。麻
薬組織のような大きなものでないとしても。やつは、別の組織なり、別
の者の指示で動いているのかもしれない。やつはわずかな時間しかいな
い、筋肉に費やす時間を除いて。
 それで、あんたの室が物色されたとしたら、別の男がしたことで、ブ
ラッキーがあんたが不在であるという情報をもたらしたからで、同時に、
ブラッキーのアリバイにもなっている。盗難届は、警察に伝えた?」
「ええ、ふたりの警官がすぐに来た。しかし、あまり熱心でなかった。

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わたしを信じてない気もした。それは、なんにも盗まれてなかったので。
わたしが気づいたのは、物の場所が、置いたときと違っていたから。荒
らされたのではなく、少し動かされただけ。警官は、たぶん、気のせい
と思ったらしい。しかしそうじゃない。あなたは、ブラッキーがもしも
あなたの考える通りだとして、タバコガールの職を見つけてくれた隠さ
れた動機はなんだと思うの?」
「分からない」と、オレ。「しかし、それを見つけたい。明日の夜は、
昨夜あんたのあとをつけた探偵、オレの叔父だが、ナイトクラブにいた
としても驚かないで!彼は、カバッロと知り合いで、話しをしに行く予
定。それまでは、ブラッキーのことは、一時保留にしておこう。もっと
別のことを話そう!」










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            6
 
「いいね、もうあんたはオレの仲間になりつつある。どんな気分?」
 ウェイターが、やっと、ここのブースにやって来るのが見えたので、
言った。「仲間になる第一歩は、強いドリンクで、いい気分にさせるこ
と。マンハッタン、あるいはマティーニ?」
 彼女は、マティーニがいいと言ったので、オレもならって、2つ注文
した。
「つぎのステップは?」と、彼女。ウェイターがバーカウンターへ戻っ
て行ったときにいた。
「自分の話しをすることで、ターゲットの信頼を得ること。あるいは、
興味なければ、スキップする?」
「興味ある、話して!」
 オレは話した。すべてをかいつまんで。すべてほんとうだった、ただ
し、オレと叔父のアムが自分たちの事務所を立ち上げる前、スターロッ
クで働いていたこと以外は。スターロックを除く理由はなかったが、そ
うすると彼に約束してしまったから。
 話し終わるまでに、それはオレの自伝すべてでなく、その中のおもな
点だけ、オレたちのコックテイルが来て、それぞれ少しすすった。
 ワンダの番だった。「わたしの生涯も話す?たぶん、退屈なストーリ

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ーだと思う、6週間前までは。そのときまで、なにも大きなことは起こ
らなかった、母がわたしが10のときに亡くなった以外は。その年は、
父が最初に市の会計係に選ばれたあとの年だった」
「お父さんは、その後も、ずっとあんたの世話を?」
「そう、最近まで、数年前まで、家政婦の助けを借りて。家政婦がやめ
たとき、わたしはもう大きいから、家事ぐらいできると言って、そうし
た」
「大学にも?」
「そう、ただし、最低限の科目だけの、軽いコースを取った。だから家
事の時間は、たっぷりあった。とにかく、ひと通りの家事。その後、週
1日、家のそうじをしてくれる女性を見つけた」
「通ったのは音楽大学、楽器は、ワンダ?」
「ピアノ、なぜ?なにか楽器を?」
「トロンボーンを、少し。7年前に、叔父のアムが買ってくれた。それ
以来、ずっと演奏してる、いや、いっしょに遊んでいる」
「どういう曲を?遠慮なしに?」
「ほどほど」と、オレ。「楽譜は読める。あるいは、耳で弾ける。ジャ
ズバンドやダンスオーケストラと一緒に演奏できる、もしも機会があれ
ば。よっぽど、即興的なことばかりやるのでなければ。少しは即興もで
きるが、多くはできない」

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「勉強は続けるつもり?」
「いや、なれたとしても、プロにはなりたくない。楽しみのために演奏
するだけで満足。叔父のアムといっしょに、ビジネスをやるのが好き。
小さいところだが、オレたちのビジネス。探偵でいるのが、好き。ほと
んどの時間は、退屈。しかし、ある瞬間というのがある。今のように。
美しい娘と向かい合って座って、豪華なディナーを注文して、すべては
経費で落とせる。演奏は、クラシックだけ?それとも、ジャズも?」
「どちらも。ただ、どちらもプロのレベルじゃないと思う」
 オレは、ウェイターに目で合図して、マティーニのお代わりを指を2
本立てて頼んだ。「いつかいっしょに演奏できる、この機会に、使える
ピアノが見つかれば」
「1台買うつもり。それが、タバコガールになりたかった理由。わたし
が働いて、チップがカバッロ氏が言う通りに入ってくれば、数週間で、
今の室の代わりに小さなアパートを捜し始められる。見つかったらすぐ
に移って、ピアノをローンだとしても買って、すぐにまた弾ける。その
ころには、あなたはこの件から身を引いているかも」
「そうだとしても、ちゃんと会える。仕事でしかデートできないわけじ
ゃない。ピアノについては、フリーランドの家にあるんじゃない?わざ
わざ買わなくても?」
「もちろん、あるけど、財産権が決まるまでは、家から持ち出せない、

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服とか私物のようなものは、もちろんいいが。さらに、ピアノは、グラ
ンドピアノだから、チップがカバッロ氏の予想以上に多くても、置ける
アパートは相当広くなければならない」
「そう望む」と、オレ。「お代わり?それとも、食事にする?」
「食事がいいと思う、エド。ここに来るまでなにも食べてない。おすす
めは?」
「シーフード、ロブスターが店のおすすめ。ロブスターは好き?」
「あなたのオーダーは?」
「ロブスターニューバーグ」と、オレ。「オレは臆病で、ロブスターと
あまり奮闘したことがないから」
 彼女もそう感じたらしく、ふたりとも、ニューバーグを注文した。ウ
ェイターを呼んで、メニューをまったく見ないで、注文を済ませた。ウ
ェイターが行ってしまうと、言った。「もう一つ質問がある、ワンダ。
個人的なこと。答えたくなければ答えなくていい。恋人とか婚約者はい
る?ブラッキー以外で、やつをそう呼ぶなら。あるいはオレも、そう呼
ぶなら、それ以外で」
「いない、エド、今はだれも。かつては、もちろん、いた。22だし、
宇宙に住んでいるわけではない。しかし、父の死後、真剣に考える人は
いなくなった。フリーランドを去って、シカゴに住んでからは、きれい
に別れて、新しい友人と新しい出発をした方がベストだと考えるように

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なった」
「理由は、あんたの父の名前に暗雲が掛かっているから?」
「それもあると思う。もちろん、友人のなん人かは、彼がカネを盗んだ
と信じてない、少なくとも、そう言っている。しかしそうだとしても、
父の名前から汚名がぬぐい去られても、フリーランドにまた住みたいと
は思わない。結びつきを保つ理由なんかない」
「友人は、電話して来た?」
「なん人かは。正確には、4回。2回はオフィスに、2回はアパートに。
2回は家族の、つまり父の知り合い、ディナーへの誘い、2回は、かつ
てのボーイフレンドでデートの誘い。しかし、みんな断った。今はもう、
明日の朝からは、だれも仕事先に電話できないし、わたしが新しいアパ
ートに引っ越せば、だれも連絡先が分からなくなって、だれにもじゃま
されずに済む」
「顧問弁護士は?知らせる必要があるのでは?」
「そうね、カルスティヤ氏には。引っ越したら、知らせる。しかし新し
い住所をだれにも教えないでと頼む。あとフリーランド警察にも。引っ
越ししたら教えると約束している。しかし仕事やどこでなにをしている
かは、関係ないので教えない」
「遅かれ早かれ、フリーランドのだれかが、グレイグースに来て、あん
たを見て、秘密がバレてしまう?」

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「それはあるかも。可能性は低い。そうなっても無視できる。しかし、
できれば、知り合いのだれも仕事場に来て欲しくない。まったくの偶然
で見つかるかもしれないだけ」
「ブラッキーとオレ以外で、新しい友人は?」
「いない。まだ、トライしてもない。アパートには、しゃべったりして
名前を知ってる者もなん人かいるけど、ずっと友人でいたいと思わない
し、そこを引っ越したら2度と会わない気がする。シャーロック氏のと
ころでも親しい友人はいなかったし、仕事時間外で会いたいと思う人は
いなかった。もっともそこには1か月しかいなかった。1か月というの
は、ずっと続く友人をオフィスで作るのにじゅうぶん長い時間とは言え
ない」
 料理が運ばれて来て、おしゃべりはしばらく中断した。食べているあ
いだは、話しの内容はあまり気にしなかった。食事中は、特につぎのオ
レの質問のような、集中が必要とされる話題は避けた。おいしい食事中
は特に、ふたりともそうだった。見たところ、ワンダも同じように感じ
ていて、あまりしゃべらなかった。
 やっと食べ終えて、タバコに火をつけた。
「おいしかったわ」と、ワンダ。
「ブランディかB&Bは?」
「その前に、つぎにどうするか決める」

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「したいように。しかし、ブランディを飲みながらでは?」
「これから飲みに行くなら、ブランディはパス!行かないなら、1杯だ
け。エドは、どうしたいの?」
「おしゃべりが続けられる、静かなところへ行きたい。そこでは、もう
1・2杯飲むことになるから、ここのブランディはパスしよう。トム、
ディック&ハリーの店は知ってる?」
「ええ、グランドの近くのステート通り。つまり、歩いて外から店を見
て、知ってるが、行ったことはない」
「中は」と、オレ。「外よりもっといい。静かだし」
 彼女は、裸の肩を見せる素振りをした。「着飾り過ぎ?」
「そんなことはない。客はいろいろで、劇場パーティーやほかの集まり
の帰りとか、オレたちは、イブニングドレスの者もそこでたくさん見た」
「オレたち?そう、あなたと叔父さんね。よくいっしょにそこへ?」
「かなり、しばしば。ということはオーケー?」
 かなりよさそう、と彼女は言ったので、会計をして支払いを済ませた。
彼女のコートを出してもらって、コートを着るのを手伝った。
 ふたたび、距離はたったの数ブロックだったので、オレたちは歩いた。
昨夜、アムとオレが座った後ろのはしのブース席はいていたので、その
席を取った。そして、ハイボールを注文した。
「さて」と、オレ。「お父さんについて話して、ワンダ!」

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「彼はいい人だったと言う以外、話すことはあまりない、エド。親切だ
った、かなり。多くの人は、彼は少しこってりして俗物趣味だと思って
いる。多くの知人や、会計係や銀行家もそんなふうに見ている。しかし、
彼が横領したと考えるのはバカげている、そう思わせるような、どんな
に不利な証拠があろうとも。エドは、ほんとうに彼がカネを横領したと
思っている?」
「彼を知らないから、ワンダ」と、オレ。「なんの意見もない。あんた
が話してくれたことからは、それはあり得そうにない。しかし、クライ
アントの疑念を弁護して言うことだが、横領した人は、ふつうの犯罪者
とはまったく違う。ふつう、彼らは、あんたが父について語るような男。
かなりな金額のカネに接することができるほど、みんなに信頼されてい
なくてはならない。あるときは、とても尊敬されていて、それほど尊敬
されていることが、結果的に、なにかをくすねようと心の中で考え始め
る動機になる。心の中では、秘密の生活や秘密の夢を作る。それは、徐
々に、そして突然、発生する。時には、尊敬されているというプレッシ
ャーが、そうさせる。古い五行戯詩を知ってる?
  シベリアにひとりの修道僧がいた。
  生活は、ますます、わびしいものになっていった。
  ついに、自分の殻から爆発して、
  大声で叫んだ。

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  そして、修道女と駆け落ちした」
 彼女は、笑った。「その五行戯詩は聞いたことがある。しかし、父が
そうだとは思えない。彼は自分の生活にも自分の地位にも満足していて、
抑圧を感じていたとは思えない」
「夢中になっていたものは?」
「日曜ゴルファーだった。右肘の関節炎をやるまでは、毎週1回は通っ
ていた。ゴルフができないほど悪くはなかったが、スコアには影響して、
関節炎を完全に治すまでは、ゴルフをやめた。代わりに、トランプゲー
ムをするようになった。おもに家で」
「ふたりでトランプ?ほかに仲間は?」
「仲間を呼んで。わたしは、トランプは好きでないので、ふたりでやっ
たことはない。しかし、ブリッジをするふたりと知り合って、2週間に
1度、交互にお互いの家で夜、トランプをするようになった。1ポイン
ト10セント程度で、ギャンブルと呼べない」
「お酒は?」
「付き合い程度なら、飲む。家には手の届くところに酒はあるが、家族
いっしょだったり、客が来ているのでなければ、彼が飲んでるところを
見たことはない。飲み屋へよく行くこともない」
「お父さんはいくつだった?」
「46。来月で47になるところだった」

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「お母さんは12年前に亡くなった?再婚は考えてなかった?ずっと独
身を通したと思う?」彼女が顔をしかめるのが見えたので、付け加えた。
「答えたくなかったら、答えなくていい、ワンダ。しかし答えるなら、
真実だけ、すべて真実、真実でないものはいらない」
「分かった、エド。正直な答えは━━━知らない。女性はいた━━━と
てもステキな人。彼女を知ってるし、好き。その女性に対して、最後の
数年は、とても親しくしていた。しかし、ふたりのあいだに肉体関係が
あったのか、ただの友達付き合いだったのかどうかは、知らない。知り
たいとも思わない。わたしには関係のないこと。もしもあっても、とが
ることはしない」
「彼女のことを話して!」
「待って!その前に、それまでの期間のことを考えると、答えは、彼は
恋愛していたとは思われない。朝まで出掛けていたことはないし、外出
するときは、どこへ行って、どう連絡したらいいか教えてくれた。そう
でなかったことは、ただの一度もなかった。それが、恋愛はなかったと
考える理由。
 しかし、アグニュー夫人は」
 オレは割り込んだ。「結婚している?あるいは、未亡人?」
「正確には、どちらでもない。形式的には、既婚、しかし夫は、精神収
容施設に入って6・7年になり、たぶん、治ることはない。つまり、実

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際は、再婚できない未亡人。つまり、離婚はできるが、カソリックなの
でそれもできない。あなたはカソリックじゃないわね?」
「違う」と、オレ。「たいしたものじゃない」
「わたしもそう。しかし、今は、アグニュー夫人のこと。それほど熱心
な信者でないように思うが、特別な理由がなければ、離婚はできない」
「お父さんと彼女は、彼女が望めば、結婚したと思う?」
「正直言って、分からない、エド。結婚したかもしれない。どちらも独
身で寂しいだろうから。彼女は、もう40。互いに仲間意識があっても、
結婚したかもしれない」
「どのくらいのひん度で、会っていた?」
「週1回、たまに2回。父は、夜を過ごすために彼女のところへ行って
いた。しかし、いつも外出先を知らせていたので、連絡先も分かってい
た。そのことについて、秘密にしてなかった。すごく遅くなることはな
かった。普段は、11時までに帰って来た。その前後に」
「彼女が家に来たことは?」
「数回あった。しかしいつも別の客もいた。彼女のところへは、父はい
つもひとりで行った。それが、ふたりのあいだになにかあると思った理
由。むしろ、なにかあって欲しいと望んでいた、彼のために。結局、ず
いぶん昔に母は亡くなっていた」
「しばしば夜をいっしょに過ごしていたなら、彼女と約束するチャンス

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はあったんじゃない?」
「かなり、低いチャンス。いわば、計算されたリスク。彼女は、フリー
ランド西側の同じ通りの2ブロックしか離れていないところに住んでい
る。近くに家もほとんどなく、彼女は小さな家に住んでいる。彼も彼女
も知る者たちに、入ったり出たりするところを見られるが、奇妙なこと
はあまりない。それに、彼は見られても、スキャンダルの要素はない。
フリーランドで彼女を知る者は、彼女が未亡人で、父が男やもめである
ことを知っている」
「彼女がウソをついたことは?」
「ない。彼女を知る者は、夫のことも知っている。しかし多くの人は、
彼女はひとりで住んでいるので未亡人だと思っている。ウソはつかない
が、わざわざ出て行って、説明することもしない」
「分かる」と、オレ。「彼女の生活は、どう?」
「どうって?そう、分かった。彼女は、自分で生活費を稼いでいて、父
がサポートすることはない。フリーランドのダウンタウンで、かなり大
きな女性向け服飾縫製店の社長。収入は、たぶん、彼女の家くらいなら
十分やって行ける以上はある。つまり、父のお妾さめかけんではなかった」
 オレは同意したようにうなづいたが、心にメモした。彼女は自分の仕
事を続けていて、同じところに住み続けている。特に、近所の男と私的
に会う約束をしたり、男からもらったカネや宝石を貯えたくわている。女も4

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0で、将来のことを考え始めるころだ、もしもそれまで考えてなかった
のなら。かなりいい仕事にいていてさえ。
「お父さんの輪郭がよく分かった、ワンダ」と、オレ。「つぎは、しか
し、その前に、ドリンクのお代わりを頼もう!」
 オレはふたりのお代わりを注文して、言った。「父がカネを取ったと
は思えない、とあんたは言った。それなら、そう仮定しよう。カネは消
えた、だれが取った?」
「それは、たいへんな仕事になる、エド。ほかのだれも手出しできない。
同じ課には、父も含めて、6人いた。3人が女性で、タイピスト、伝票
担当に、計算機担当。だれも横領するためのさまざまな操作が可能では
なかった。そう、監査役は報告している。会計課の課長は、ティンスラ
ーという名前、やはり横領が可能でなかったと報告している。仕事は形
式的で、女性たちを監督したり、事務用品を買ったり、給与支払いの手
続きをしたりといったこと。
 残るは、父と助手だけ。しかし、助手は除外される」
「なぜ除外?」
「なぜなら、横領は8か月前から始まった。つまり、最初に横領が見つ
かってから8か月つ。今からは、10か月前の方が近い。そのときの
父の助手は、ジョンウィットタッカーだったが、5か月前に死んだ」
「死因は?」と、オレ。割り込んだ。

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「心臓発作、ちょうどオフィスにいるときに。それで父は、ウィルバー
シュワルツという名前の男を雇った。綴りは、最後がrzで、同じ発音
のシュワルツのtzと違う。そのあと今まで彼が助手を務めている。つ
まり、問題の期間に、会計係の助手がふたりいたことになる。ふたりの
どちらも、同じ会計システムの横領に関わることができなかった。ふた
りとも、同じ銀行の口座を使っていた」
「ふたりが共犯でない限り━━━ウィットタッカーが死ぬ以前から知り
合いで、最初からシュワルツが外からサポートして、ウィットタッカー
が死んだあと、彼の仕事を引き継いだのでない限り」
「警察もそのことを考えた。しかし、ふたりには接点がまったくなく、
シュワルツがウィットタッカーと知り合いだったということを示すもの
が見つからなかった。さらに、そうだったとしても、シュワルツがウィ
ットタッカーの仕事を引き継いだのは、ただの偶然だった。候補者が4
0人以上いたと、父が言っていた。給与は父の仕事とほとんど変わらず、
責任も同じくらいある。そして、横領が始まったときに共謀できないも
う1つの理由があった。シュワルツは当時、ニューヨークで仕事してい
て、その後数か月も。警察は、このことを調べた。彼を見落としてはな
かった。
 しかし、彼は、働いていたニューヨークの会社をめて、シカゴに戻
った」

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「戻った?当時、彼はここに住んでいた?」
「そう、前からシカゴに住んでいた。1年だけニューヨークに行っただ
け。しかし、その年の4か月は、横領が始まったときでもあった。それ
で、彼は容疑者からはずれる」
「それは、あんたのお父さんにはタフに聞こえる。つまり、彼の名声に」
と、オレ。「どのように不正操作が行われたか、知ってる?」
 彼女は、少し目を見開いた。「分からない?債権会社のために働いて
いるなら、彼らから聞いてない?あるいは、わたしが別の手口を示すと
思っている?」
「どちらも違う。事件をある面でしか見れなくなるので、債権会社のた
めに働いていることは忘れて!むしろ、あんたのため。債権会社は、た
ぶん、会計の知識があって、フリーランドのための監査役といっしょに
働く男を、会社のために雇っている。しかし、オレが関心を持つのは、
あんたが知ってることをオレに話してくれるかどうか」
「多くはない、詳細も分からない。たぶん、詳細を知るには会計の知識
がいる、エド。しかし、わたしは、会計のことは、だいたいのことしか
知らない。消えたカネは、もちろん、現金ではない。ふつうの大きさの
都市であるフリーランドでさえ、会計係は現金では扱わない。わずかな
現金以外は、すべて小切手で行われる。
 消えたカネは、小切手で持ち出された。8か月にわたって、月1枚づ

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つ、それぞれ1万ドルより少ない額で、あるときは、2・3千ドルだっ
たり、小切手の振り出し先は、架空の中西部建設会社、市が発注した架
空の建設工事の名目で。それは、郵送されて、あとでフリーランド商業
銀行の名前で開設された口座に振り込まれた。それから、口座はあとで
引き出され━━━」
「待って!」と、オレ。「1つずつ分かりやすくさせて!小切手は、郵
送された、と言った。それを確認する方法は?そして、それが確かだと
して、郵送された住所があるはず」
「封筒とそれを郵送する女性は、その名前を覚えているし、封筒をタイ
プしたことも小切手を送ったことは覚えている。しかし、小切手を振り
出す請求書の住所を扱ってはいるが、その住所は覚えていない。フリー
ランドPOの私書箱の住所だそうだ。小切手が預金に入る銀行から知ら
せてもらった」
「銀行に進む前に」と、オレ。「お父さんのオフィスから見てみよう。
彼は、小切手にサインした?」
 彼女は、ため息をついた。「たぶん。認められた請求書が、支払いも
承認されて、すぐにサインできる小切手として彼のデスクに来れば、通
常のチャンネルを通って来れば、あるいは、そう見えれば、彼が疑いを
持ったり、小切手にサインすることをためらう理由はない」
「どのような金額であっても?また、聞いたことのない会社であっても?

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少なくとも、一番最初は?」
「それほど多くの小切手が出されるわけではない。フリーランドは、ふ
つうサイズの都市で、エド、拡大しつつある。市は、道路整備や道路建
設に100万ドル以上使って、道路は拡張費用も修繕費用も、そのほか
いろいろ掛かる。ほとんどは、もちろん直接費。それぞれの道路ハイウ
ェイ部門の、別々の部署に分かれている。すべてを扱えるほどは大きく
なくて、仕事が細分化されていて、いくつかをまとめて、独立の業者に
外注する。たぶん、数十の会社に。たぶん、比較的小さな仕事に分けら
れて。父は、そのような多くの小切手にサインしなくてはならなかった。
いくつかは、中西部建設のもっとも大きな額の9千ドルの数倍の金額だ
った。彼がその小切手にサインをためらう理由はない、もしも、小切手
も支払いも道路ハイウェイ部門に承認されていれば」
「しかし、ちょっと待って!」と、オレ。「それは堂々巡り。不正操作
は、あんたのお父さんのオフィスとは無関係の、道路ハイウェイ部門の
だれかにされている。そこのだれかが、架空の請求書を発行し、小切手
と支払いにニセの承認を与えているのでは?」
 彼女は、頭を振った。「違う、エド。システムは分からないが、チェ
ック機構はある。別の部門のだれかが、父にニセの請求書を発行させ、
支払いを行うようにできるんだと思う。ある月のために。しかし、8か
月のためではない。前に言ったように会計はあまり知らないので、どの

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ようにチェックされるか分からないけど、毎月の初めに、部門間でのチ
ェックは行われる。道路ハイウェイ部門のシートは、たとえば、項目ご
とに集計されて、支払い会計に回される。彼はそれを自分の会計と照ら
してチェックし、承認を出す。もしも彼が承認しない場合は、集計され
たときに不一致が発生する。問題となっている8か月について、道路ハ
イウェイ部門は書類を公開していて、そこには中西部建設会社への支払
いは含まれていない。承認されて戻されている。父のサインをもらって。
筆跡鑑定の専門家によって、本物だと判断された。どんな不正操作があ
ったにせよ、父の会計部門であって、それ以外ではない」
「しかし、あんたのお父さんが不正をしたとする証拠はない、ワンダ?」
「残念ながら、裁判所は、証拠はあると考えている。それが、彼にもっ
とも不利に働いている。しかしそうした部門間のチェックは、かなり決
まり切ったルーチンになっている。彼は、助手に数字のチェックを頼み、
数字がオーケーなら彼の言葉でオーケーを出す。それが、起こったこと、
起こったに違いないこと。結局、彼は、自分の手ですべてをチェックす
ることはできない。部下を信頼するしかない。そうでなければ、オフィ
スじゅうのすべての仕事を自分でやらなければならなくなる」
「しかし、それは、助手がどちらも、そのように仕事していたことを意
味する。そして、ふたりの共謀が証明できなければ━━━かなり不利に
見える、ワンダ。架空の中西部建設に郵送された8枚の小切手について

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は?それらは、銀行のチェックを通っているに違いない。お父さんの小
切手のサインは本物?」
「それらは、銀行のチェックは通っている。そして、月ごとの報告書に
戻って来る。報告書には、もちろん、その名前ではってない。しかし、
小切手をチェックした金額としてはっている。しかし、小切手そのも
のは、紛失していて、監査が始まったときに紛失している。請求書やそ
の承認も同様。もしも、それらが見つかれば、父の汚名を晴らすチャン
スが生まれる」
「小切手のサインが偽造なら、そうだ。よし、あんたは、警察は小切手
が銀行で現金化された場所を見つけたと言ったが、どうやって?」
「簡単。銀行に電話するだけ。中西部建設の名前で、新たに開設された
口座が見つかるまで電話するだけ。範囲は、シカゴ、その周辺の都市、
あるいは必要なら、町も。しかし、必要なかった。4番目のフリーラン
ドの銀行で見つかった。マーカンツ銀行」
「その口座を教えて!」
「10か月前に開設された。最初の中西部建設への小切手が発行された
ときに近い。預金額はだいたい数千ドル。彼は、つまり、口座を開いた
男は、自分でしていて、自分で開設したかったそうだ。名前は、ラルフ
J・モリソン、中西部の小さな建設会社の社長の名前だと思う。書かれ
た会社と自宅の住所は、身分証と照合された。しかし、身分証が本物か

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どうかのチェックはされなかった。すべてニセ物だった。ビジネス関係
の郵便は、すべて私書箱で受け取ると言って、私書箱の番号を教えて、
銀行からの預金通知などはすべてそこへ送られた」
「少しも疑いを持たなかった?」
「そう、エド。ビジネス関係書類や法的なものは、いろいろな理由で、
私書箱で受け取るのが好まれる。彼は、署名して記録させ、小切手にサ
インした。会社名については、ゴム印を用意していて、会社名のあとに
自分のサインを書いた。そして出て行った。それで、小切手はオーケー
だと承認された」
「待って。そのときの口座開設係は、彼の人相を話した?」
「一般的に。彼女がしゃべったのは、その1回きりで、与えた特徴は、
長いときをてから、かなり大柄、中年あるいはその少し手前、グレー
あるいはグレーになりかけの髪」
「その特徴は、お父さんに合う?」
「いいえ、明らかに違う。身長は、父は小男、5フィート6インチの手
前。120パウンドより重かったことはない。かかとの高い靴やパッド
の入った服を着ても、かなり大柄に見せることはできない。
 違う、エド。わたしの父ではあり得ない。警察は、その銀行の行員み
んなに、父の写真を見せてが、だれも知らなかった。シュワルツの写真
も見せた、彼は口座が開設されたときニューヨークに行っていたにも関

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わらず。ウィットタッカーの写真も見せた、その男が銀行に1度現れた
ときには死んでいたにも関わらず。支店長にも見せた」
「だれも知らなかった?」
「そう、口座開設係は、ウィットタッカーの写真は彼だと言った。そし
て、身体的特徴が、多少は合っていた。しかし、彼女は確信はなかった。
行員のだれも、ウィットタッカーの写真は、まったくその男に見えると
言った。少なくとも、だいたいは似ていると。そしてなん人かは、口座
開設係のあとで最近見たと言った。それで、ラルフモリソンがふたりい
ない限り、あるいは、なん人かが同じ名前を使っているのでない限り、
口座を開設したのはウィットタッカーではあり得なかった」
「ひどくおもしろい」と、オレ。「続けて」
「そのときから、彼は、すべての預金を郵送でした。そして、銀行には
なんか月も現れなかった。それから、たまに来るようになって、その頻
度は知らないが、口座から現金を引き出した。たぶん、引き出される前
は、口座には、2万5千ドルあったと思う。そのあと、引き出されるよ
うになって、その総額は、預金より大きな額」
「最後の引き出しは?」
「だいたい2か月前。それは、最後のフリーランド市の小切手が、承認
されて振り込まれてから2週間後」
「口座は閉じられた?」

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「数百ドルを残して、すべて。わざと少し残したのだと思う。それは、
彼が注目されたくなかったから。完全に口座を閉じてしまったら、注目
されると考えて」
「銀行は、そんなふうにその口座に注目していたと思う」と、オレ。
「すべての預金は、1か所から行われ、すべての引き出しは、現金で行
われた」
「銀行には、関係のないことだし、注意を引くようなこともなにもない。
小切手は承認されて、引き出しはいつも、きちんと残高と合っている、
そう、最後に数千ドル引き出されるまでは。そのうえ、銀行が注目する
ほど、奇妙なことでもない。ビジネスの多くは、そして、ビジネスマン
の多くは、特別な目的のために、特別な口座を持つ。その目的が、税逃
れのような違法なことでも、銀行には関係のないこと」
 ワンダは、頭を向けて、ブース席からオレの後方、バーカウンターの
方を見た。「エド、あの人、きのうの、つまり、あなたの叔父さん?」







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            7
 
 オレは、その方を見た。アムが、バーカウンターにいて、前にビール
のグラスを置いていた。しかし、こちらの方を見なかった。
「そう」と、オレ。「叔父のアム。しかし、偶然来ただけで、オレたち
をつけてたわけではない。今夜は、別の件の仕事をしていて、フリーラ
ンドのことでなく、家に帰る途中で、ここに寄ったようだ。前に話した
ように、オレたちはよくここへ来るので」
「彼のところへ行って、エド。紹介して欲しい」
「分かった」と、オレ。「いいやつだから、たぶん、好きになる」オレ
はブースをすべり出て、アムのところへ行った。
 アムは、驚かなかった。「ハイ、キッド!もしかして、ワンダロジャ
ースもいっしょ?オレが来たときにいっしょに?どうだ、うまく行って
る?」
「ああ」と、オレ。「ワンダが紹介して欲しいそうだ、しばらく、こっ
ちへ来ない?」
「彼女の新しい仕事の話はした?」
「ああ、それもオーケーだった。なぜスターロックに、ほんとうのこと
を言えなかったのかの理由も知っている。しかし、こっちへ!もしもこ
こでずっとしゃべっていたら、彼女に自分のことをしゃべっていると思

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われる」
 アムはグラスを持って、オレについてテーブルまで来た。
 オレたちが行くと、ワンダは笑顔を見せて、自分のブース席を横にす
べったので、アムは彼女の隣りに座ることになった。「紹介の必要はな
い」と、彼女。「どちらも互いに知っている。すでに会っている、ある
意味」
 アムは、ニヤリとした。「その方がいいね」
 アムがビールを飲み終わって、もう行った方がいいと言うまで、3人
で10分か15分ぺちゃくちゃしゃべっていた。「待って、アム」と、
ワンダ。そのときには、みんなファーストネームで呼び合っていた。
「化粧室を捜してくるから、そのあいだ、エドを喜ばせて!」
 彼は、彼女を出させて、また、すべり込んだ。「さて、エド、彼女は
どこで働いている?なぜ、スターロックにウソをついた?」
 オレが説明すると、うなづいた。「いいね、それなら、明日の夜、彼
女を見れるわけだ。明日の予定は?」
「なにもない」と、オレ。「彼女には、デートに誘わない方がいい」明
日は、彼女は2つ仕事をすることを説明した。正午までスターロック、
夜はナイトクラブ。夜は遅くまで。そのあいだには、眠りたいだろうし、
少なくとも休みたい。「9時に」と、オレ。「オフィスに行くことがで
きるし、正午までオフィスをあけていられる。だれかが来れば、仕事を

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受けられる」
「いいね、それなら、オレは家からすぐにハワードの仕事に向かえる。
2日目は早いスタートが切れるわけだ。遅くまで仕事することなく、1
日分の料金をもらえる」
「つぎにいつ会う?」
「明日の夜、電話をくれ、ブラディ夫人のアパート。いいスーツを着て、
ナイトクラブに行かなきゃならない。もしもオレたちの予定と食欲の都
合がつけば、いっしょに食事しよう」
「オーケー」と、オレ。「あるいはたぶん、仕事がなければ、オレはた
だそこへ行くだけ。ツェルニー夫人のところで、ブラブラしていても仕
方ないし」
「オーケー、とにかく、オレがすごく腹が減ってなければ、エドに会う
まで、エドの連絡が来るまでは食事しないでいる。スターロックへの報
告は、どうする?」
 オレは少し考えてから言った。「正午過ぎに彼に電話する。明日は、
ワンダの最終日で、時間通りに帰れば、ベンは、ふつうしばらくはオフ
ィスにいる。もしも捕まらなかったら、あとで、彼の家に電話する」
 そのとき、ワンダが戻った。アムは彼女を通すために、立ち上がり、
そのまま、「神の祝福を、子どもたち」と言い残して、行ってしまった。
「彼が好き」と、ワンダ。彼には聞こえなくなる前に。

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 オレは、うなづいた。「彼をもっと知れば、もっと好きになる。とこ
ろで、なんの話だった?そうだ、その口座の話をしてくれていたんだ」
「知ってることすべてしゃべった気がする。終わり」
「それじゃ、新しい話題にしよう、お父さんが死んだこと」と、オレ。
「それについては話したくない?全体像が知りたいだけ、詳細は別のと
ころでも得られる」
「むしろ話したい、エド。自動車事故。道を歩いていて、車に引かれた。
即死だった」
「事故なのかどうかの疑いは?殺人かもしれない。オフィスでの窃盗に
関連した殺人」
「ええ、わたしも疑いを持った、最初からでなく、葬式が終わって1週
って、オフィスで不足額が見つかったときから。警察は、そのこと
も調べたと思う。しかし、なにも関連は見つからなかった」
「目撃者は?」
「いない、引いた運転手以外は。彼も傷を負った。車はコントロールを
失って、木に激突した。1週間以上入院していた。肋骨を数本と打撲以
外に目立った傷はなかった」
「最初から話して、ワンダ。新聞の記事によると、オレの記憶では、事
故があったのは8時くらいで、自宅から1ブロックくらいのところだっ
た。彼は帰るところ、それとも、家から出て来たの?」

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「出て来たところ。彼はどこかへ行くと言った━━━」
「待って。家にはいた。最初から言うと、家にいて、外出しようとして」
「分かった。火曜の夜だった、8月22日。いつもより少し遅く帰宅し
た、すごく遅くではない。5時半ではなく、6時に帰宅した」
「遅くなると、電話はあった?」
「ない。理由は、すごく遅くでなければ重要ではないから。食事はいつ
も6時半。それより遅くなるときだけ、電話がある」
「それで食事は6時半にした?」
「違う、その夜は、わたしの方が少し遅れて、つまり食事が始まるのが。
たぶん、7時に食事した」
「すべて普段通り?つまり、お父さんは完全にふつう?なにかの心配ご
ととかは?」
「完全にふつう。少しうわのそらのところがあったが、それ以上ではな
い。しゃべったが、なにかの話題があったわけではなかった。その夜、
父は約束や外出の目的があったとは思えない。なにも言ってなかった。
食事のあとの細かいことまで必要、エド?それらが重要と思えない」
「すべての細かいことまで知りたい」と、オレ。「あんたがしゃべるの
を聞きたいだけ」
「分かった。夕食のあと、テーブルを片付けて、父はリビングルームで
新聞を読んでいた。それから、古い服とかジーンズを着て、自分の車の

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作業をするためにガレージへ行った」
 オレはさえぎった。「自分の車?車は、あんたとお父さんで2台?」
「いや、1台。登録は父なのでほんとうはわたしのではないが、父は運
転しないので、事実上、わたしのもの。父は、生涯、車の所有も運転も
しなかった。しかし、わたしは友人の車で運転を習って、3年前、19
のときに、父に車を買って欲しいと頼んだ。新車でなく、状態のいい中
古車を買った。3才の中古だったから、今は6才だが、まだ元気に走る。
それを所有したいが、父の名前で登録されているので、所有権は父のま
まで、事件が解決して、財産権が移るまで使えない」
「父は、運転を習おうとした?」
「そう、それが、車を買おうとしたときの考えで、わたしが教えた。し
かし、運転は、彼をイラつかせて、不安にさせた。気分を良くさせない
で、悪くさせた。車を買って、数週間で、彼は事故を起こした。たいし
たことではなく、フェンダーをこすっただけ。それであきらめた。わた
しが家族の運転手になるなら、車は残すと言った」
「父を乗せてドライブしたり、仕事の送り迎え?」
「いや、違う。仕事は、バスで通った。家から3ブロックのところに、
バス停がある。もちろん、雨や雪が強ければ、朝の3ブロックを車で送
ってバスを待った。夜は、電話して来て、会う場所を決めた。しかし、
ふつうの天気なら、父は歩くのが好きだった。わたしは、車を1日じゅ

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う使えた。もちろん、夜とか週末にいっしょにどこかへ行くために、車
を使って、わたしが運転した」
「全体のイメージが沸いた」と、オレ。「しかし、その夜に戻ろう。あ
んたは自分の車の作業をすると言った。車のメカニックも詳しい?」
「詳しくないが、少しは車のことを知っている。簡単なことや調整はで
きる。その日は、車を使う予定だったが、車の調子が悪かった。たぶん、
キャブレターに調整が必要だった。たまたま悪いところが見つかって、
車を直した。車を直していたのは10分間だけ。8時頃だったと思う。
父がガレージのドアのところに来て、散歩して来ると言った」
「それだけ?」
「それだけ。あ、遅くはならないと言った以外は。それで、お互いにグ
ッバイと言った。彼は、玄関の車スペースへ行った。どの方向へ向かっ
たのか見てないが、たぶん、西に違いない。事故は西に1ブロックのと
ころで起こったので。たった数分後のことだった」
「事故の音は聞こえた?つまり、車が彼を引いたあと木にぶつかったの
は、たった1ブロックのところだったし、夜は静かなところで、たぶん
聞こえたんじゃないかと」
「たまたま車のエンジンを動かしたり、フード内に寄り掛かって、ドラ
イバーでキャブレターを調整したりしてなければ、たぶん聞こえたと思
う。しかし、1ブロック先の爆発のようなものは聞こえなかった。

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 とにかく、10分後くらいに車の調整を終えて、家に戻った。その1
0分後、警察が訪ねて来た。ああ、それからすぐサイレンの音が聞こえ
た。救急車のサイレンに違いない。しかし、そうとは考えてなかった。
すぐ近くに止まると思ってもいなかった」
「お父さんが言ったことに戻ろう」と、オレ。「散歩に行って来ると言
った。散歩はよくする?健康のためだけ?夜に、どこかへ行ったりはし
ない?」
「しょっちゅうではない。たまに1度くらい。しばらくぶりなので、奇
妙だとは思ってない」
「ガレージにいると、電話が鳴っても聞こえない?そこにいるあいだに
鳴ったとして」
「ええ、聞いたことがない。ガレージは家の裏手にある。車のエンジン
を動かしてなくても、電話が鳴るのを聞いたことはない」
「それなら、電話が鳴ってから、彼がどこかへ行こうと決断したのかも
しれない。たとえば、アグニュー夫人のところへ」
「彼女は、電話することはないし、父も電話しない。それに、彼女は、
2つの理由で信じている。1つは、だれかが電話して、父を外出させよ
うとしたら、それは彼女ではあり得ない。彼を殺したいような動機がな
にかある?もう1つは、父は、彼女のところへしばらく行く場合、かな
らず行先を告げることは確か。決して、散歩するだけとは言わない。い

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つもどこへ行くか告げる」
「分かった」と、オレ。「つぎは、事故のこと。どんなふうだった?」
「だれも見てなかった。父を引いた車を運転していた男を除いて。それ
で、男の供述が、事故の様子のただ1つのバージョンとなる。しかし、
警察が言うには、彼の言うことは、警察が見つけた現場の状況と合って
いるそうだ。病院で意識を取り戻し、質問できるようになってから、彼
は言った。時速25マイルくらいで運転していて、突然、男が歩道の脇
の木々のあいだから車の前に跳び出して来た。あまりに近かったため、
ぶつかる瞬間までブレーキを踏めなかった。ぶつかる衝撃と急ブレーキ
で車はコントロールを失って、木にぶつかった」
「警察は、その話を受け入れた?」
「そう。速度は、彼の言った25マイルより少し速く35マイルだった
が、それほどスピードを出してなかった。つまり、たぶん30マイル弱
くらいで父にぶつかって、20から25マイルでコントロールを失って
木にぶつかった。その間は数ヤードなので、ブレーキを踏んでいても、
それ以上、車が速かったことはあり得ないと警察は見ている」
「警察に呼び出されなかった?」
「呼び出されなかった。そこは、十字路でも角でもなかった。それに、
父は、信号無視をしていた。運転手は通常の注意は払っていたし、だれ
かが予想外に車の前に跳び出して来たなら、責められない。特に、停ま

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っていた車のようなところから跳び出してくれば。歩道の脇の木々のあ
いだからでも同じこと」
「それに夜だった」と、オレ。同意した。「暗い色の服を?」
 ワンダは、うなづいた。
「だれが事故の報告を?」と、オレ。
「つぎのかどの家に住む住人。事故のあとすぐに。名前は、ウィルキンス。
父の知り合いだが、ただの薄い知り合い。一家は、テレビを見ていたが、
事故の音を聞いた、車が木にぶつかった音。ウィルキンス氏は、走り出
て、なにが起きたのか見に来た。そして戻って、警察と救急に電話した」
「なぜ、あんたに電話しなかった?たとえ薄くても、お父さんを知って
いれば、あんたにも電話しただろうと思う。あるいは、すまない、こん
なことをいて、顔がつぶれていた?」
「違う、そうでない。ウィルキンス氏は、父の姿をまったく見てない。
父は、車の下ではないが、車のすぐうしろにいた。ウィルキンス氏は、
車の前から来て、中を見て、運転手がハンドルにもたれて、死んでるか
意識がないのを見た。助け起こそうとはしなかった。脇のドアに行って、
スタートキーを抜いて、エンジンを止めた。それから、戻って、電話し
た。警察と救急が来るまで、戻らなかった。
 それから、父の姿が車の後ろで見つかったとき、自分の名前を言った。
しかし、理解しがたい理由から、すぐにわたしに連絡するように言わな

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かった。悪いニュースを伝えるのは、楽しいことでなかったから。たと
え、警察がそこにいて、それが警察の仕事だとしても」
「警察が事故現場を調べているときの状況を、どう見ている?」
「そう、警察は父や車を動かさなかった。しかし、運転手は救急車に乗
せ、わたしが着いたときに、ちょうど運ばれて行った。彼を見てない」
「その後も?」
「その後も、会ってない。たぶん、彼が入院しているあいだに、お見舞
いのために尋ねるべきだった。結局、警察の判断が正しければ、事故は
完全に父の責任で、運転手は無実だった。しかし、わたしはとても気が
動転していて、彼に会うことができなかった。父を殺した相手に、たと
え完全に父が悪かったとしても、会いたくなかった」
「お父さんは、通りを渡る際に、不注意だったり気もそぞろのことがよ
くあった?車を運転しようとしてイライラする人の性格から来るもの?」
「残念ながら、父はそんなふうに不注意だった。なにかを考えていると
きに、ときどき、気もそぞろのことがあった。いっしょに歩いていると
きに、なん度か、父が左右を見ないで通りを渡ろうとして、腕をつかん
だことがあった。そのことは、運転が嫌いなことに結びつかないとは思
う。そう、人はすべてに一貫性があるわけでない」
 オレは、ため息をついた。偶然の一致が好きじゃなかった。ジェイソ
ンロジャースが、横領が発覚する、ともかく明るみに出る直前に、偶然

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死んだというのが、好きじゃなかった。しかし、偶然以外のなにかであ
るという、わずかな手掛かりさえ見つかったとは言い難かった。もしも
それが殺人だったら、周到に計画されたものだ。
 実際、もしもほんとうの事故だったら、確かに、殺人よりも自殺のよ
うに見える。車が来るまで待っていて、わざとその前に跳び出たように
見える。
 しかし、自殺の動機が見えなかった。もしもロジャースが、横領に関
わっていたなら、モリソンという名前の共犯といっしょに、銀行口座を
犯行目的に使い、横領がすぐにバレることが分かっていた。すぐに、規
則通りのその年の監査が始まるからだ。しかし、彼は、そうした手順す
べてが分かっていて、トランプが配られる前に、南アメリカや、そのほ
かの場所へ、期日前ならどこへでも高跳びすることを考えていただろう。
そして、それまでは、彼は安全だった。
「車の運転手について、知っていることは?」と、オレ。
「ほとんど知らない。名前は、ジョンソール。フリーランドではなく、
シカゴに住んでいる。カルスティヤ氏によると、彼は若く、20代。エ
ド、もう遅くない?なん時?」
 腕時計を見た。「まだ、早い。10時半になってない」と、オレ。
「しかし、たくさん質問して、たくさん話してくれた。ひと晩で、知っ
ていることすべて聞こうと思ってない。そうしたくもない。少しでも仕

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事を長引かせたい。だから、フリーランドのことは忘れて、残りの夜を
楽しもう!どこかでダンズは、どう?」
 彼女は笑った。「少しのあいだなら。真夜中までに送り届けてくれる
なら」
 彼女を、スモーキージョイの店に連れて行った。名前以上に、ステキ
なところだった。小さくていいバンドが入っていて、ダンスしたい人の
ために小さなダンスホールがあって、なん人かの客はダンスしている、
音楽に合わせて。
 オレたちは、なん回か踊った。うまく踊れて、ふたりとも楽しいこと
が分かった。彼女は、いいジャズを心から楽しんで、ちゃんと分かって
くれることがうれしかった。ダンスよりジャズを聴く方が長かった。そ
こでしゃべったことは、純粋に個人的なことと音楽のことだった。
 しばらくして、彼女はリラックスして、楽しんでいた。それまでは、
父の話、特に、事故の話をして少し緊張していたのだ。
 オレはもっといっしょにいたかったが、ほとんど約束通り、真夜中に、
彼女を家まで送り届けた。スモーキージョイの店を出たのが真夜中だっ
た。タクシーを拾って、15分でアパートまで送った。
 階段を上るとき、オレは後ろについていた。彼女は、1歩上って、振
り返った。「グッナイ、エド。ステキな夜をありがとう」
「ステキより良かった」と、オレ。「つぎは、いつ会える?あんたは、

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明日はダメと言った。日曜の午後は?」
「いいわ」
「1時は早すぎ?」
「そう、大丈夫。そのときまでよく眠れなかったら、デートが午後なら、
戻ってから、クラブに報告に行く前に、少し眠れる」
「いいね」と、オレ。「じゃ、1時に。なにをするかは、そのとき決め
よう。グッナイ、ワンダ」
 彼女は、1段上に立っていたので、彼女の唇はオレの唇と同じ高さに
あった。オレは前に傾くと、キスをした。やさしく。あるいは、最初は
やさしく。彼女は押し返さなかった。2回目に彼女の唇が反応した。彼
女は腕をオレの肩に掛け、オレは腕を彼女に回した。ほんとうのキスに
なりそうだった。キスは爆発したかもしれなかった。
 しかし、そうなる前に、彼女がブレークして、言った。「グッナイ、
エド」振り返って、階段を上って行った。
 オレは、自分の室に戻った。彼女の室の下で、オレは服を脱ぎ、ベッ
ドに入った。考えながら、仕事の事件のことでなく。キスのことと、そ
の感触を考えながら。それがどこかへ向かっていったらどうなるか考え
ながら。そうなって、それがほんとうになにかすばらしいものに向かっ
て行くのかどうか、考えながら。


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            8
 
 9時にオフィスをけて、午前中はなにもなかった。あとでスターロ
ックへの報告書を書く時間を節約して、今、書いてしまおうと思って、
そうしたことを除いて。あとでアムにも見せられるように、カーボン紙
を使った。たぶん、興味があるだろうから。扁桃腺が痛むことは言わな
いことにした。報告書には午前中じゅう掛かった。この事件にとって、
どれが重要でどれが重要でないのか分からないので、すべて書いたから
だ。すべて、つまりデートの最後の瞬間以外のすべて。あのキスは、確
かに事件とは関わりがないし、スターロックとも関わりがない。
 12時を回ってから、スターロックに電話した。ワンダは、その前に
会社を辞めていると思った。もしも彼女の声が電話からしたら、彼女に
電話したことにして、電話したことを詫びよう。
 しかし、スターロックの声がしたので、言った。「エドハンターだ、
ベン。岸にはだれもいない?」
「ああ、彼女は辞めた。ワンダの勤め先は分かった?」
「ええ、しかし聞いて!報告書にはすべて書いた、なぜそれが言えない
かも含めて。しばらくオフィスにはいる?」
「あと1時間はいる。そのあいだに来てくれ」
 20分くらいで、報告書を届け、彼が読んでいるあいだ、座って待っ

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ていた。長くは掛からなかった。彼は、記憶力がよく、速読ができた。
 そして認めた。「いい仕事している、エド。タバコガール以外に、ウ
ォキーガン債権会社が知らないことがあるのかどうか疑っていたが、し
かし、彼女は確かにあんたに心を開いているようだ。そんなかんじで進
めてくれれば、なにか出てくるかもしれない。ところで、これはオフレ
コだが、あんたはどう考えている?」
「彼女の父が有罪かどうか、分からない。彼は、簡単にそうありそう、
事実は、確かに、彼には不利。しかし、ワンダが盗んだとは思わない。
彼女が知ってるとは思えない、もしも彼がやったとして、彼がカネを盗
んだことやあるいはどこにあるかを」
 彼は、顔をしかめた。「エド、オレも彼女が盗んだとは思ってない。
しかし、彼女は、父の名誉を守るために、背後になにかを隠しているか
もしれない。言えないなにかを知っているかもしれない、それは、父の
有罪を証したり、推測させるもの」
「彼女に宛てて、弁護士に残したメモや手紙のようなもの、葬式の指示
を記したようなもののこと?それらにはたどり着いてない。一晩で、す
べてをカバーすることはできなかった」
「そのようなものや、もっと別のもの。そこにたどり着くキーは、なん
だと思っているか分かるだろ、エド?口座を作ったり、カネを引き出し
た男、モリソンという共犯者。しかし、策略は会計オフィスで行われて

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いて、彼はそこで働いているだれかではあり得ない。もしもワンダがモ
リソンの人相に似た男を知っていて、父がその男と取引していることを
知っていたなら、どうなる?そのときは、父が有罪であることをかなり
確信していることになる。たとえ、父が彼女に残したメモが、彼女の言
う通りのもので、カネがどこにあるか知らないとしても」
 オレは、うなづいた。「ベン、この事件の内側にいるだれかと話がし
たい。そうすれば、事件の別のバージョンが得られて、ワンダが話して
くれたことや、これから話してくれることをチェックすることができる。
そして、もしもあれば、矛盾点が明らかになって、この先、どのへんを
重点的に質問していったらいいのか分かる」
 スターロックは、1分考えていた。「ハリーコスロフスキーは、ここ
のクライアントだが、彼があんたの賭けにはちょうどいい。彼は、会社
のフリーランド支店の支店長だ。彼は、たぶん、事件が発覚して以来、
だれよりもそのすぐ近くにいた。警察と監査に協力している」
「いつ彼と話せる?」
「オフィスは、今は閉まっている。土曜は休みだ。月曜では?」
「それしかないなら、そうする。しかし、ワンダとのつぎのデートは、
明日の午後。できれば彼とは、今日の午後か今夜会いたい、つぎのデー
トの前に。オレは、今日はすることがないので、彼の家で話せるなら、
こちらから会いに行ってもよい。彼に連絡はできる?」

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「やってみることはできる。フリーランドのどこかに住んでいる」彼は、
受話器を持ち上げて、フリーランドの電話交換手に番号を捜してもらっ
た。1分後、ハリーコスロフスキーにつながった。
 電話を切ると、オレの方を向いた。「彼は、今日の午後は家にいるが、
夜はいない。うちの探偵のひとりが、会って話したがっていると言った
のを聞こえただろうが、あんたが一時契約だといったことを混同しない
ように!オレがついたウソに従って動いて、間違えないように!ウソと
いうより省略だ。ワンダがあんたが探偵だと知ってることを、彼らは知
らない。これは、ただの仲間に引き入れる作戦だと思っている。その点
については、ワンダがあんたの仲間だということがキーになる。その場
合、理由はともかく、ワンダはコスロフスキーとまた話すことになる」
「分かった」と、オレ。「いろいろどうも、ベン、すぐに出掛ける」
「少し待った方がいい。あと数分したら、そこへ出発する。今日は、オ
レの車であんたを送る。すぐにバスで出掛けるよりは、早く着ける。電
話交換手に教えてもらった住所がある。そこは、確かにオレの帰り道の
途中だ」提出した報告書を返してくれた。「返しておくが、これを彼に
見せるという手もあるかもしれない」
 オレは、なるほどと言って、彼の帰り支度したくができるまで、ブラブラ待
っていた。いっしょに彼の車のある駐車場まで歩いて、出発し、フリー
ランドまでドライブした。そこは、初めての場所だった。前にもそこで

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途中下車したことはなかった。ダウンタウン地区へ行き、そこから1・
5マイル走って、アパートの玄関先に車を停めた。
「いっしょには行かない、エド。今日の午後、妻とショッピングの約束
があって、そのあと家まで送らなければならない。あんたは、ひとりで
自己紹介できるほどの年齢だ」
「ええ」と、オレ。「送ってくれてありがとう、ベン」車から降りた。
しかし彼は呼び止めた。「エド、ちょっと待って」オレは、窓から頭だ
け入れた。
「聞いて!コスロフスキーと話すなら、興味があるなら、事故現場を見
ておくことができる。ここから歩いて行ける距離だ。5ブロック西、1
ブロック南」
「たぶん、行ってみる」と、オレ。「ロジャースの住所は?」
「通りの番号までは分からない。しかし、リンデン通りのどこか。バー
トホルド通りとの角から西に1件目の家。南側。そのブロックには家は
少ない。事故のあった場所は、すぐ分かる。車が通ったところは、木々
がみんな倒れている。ちょっと待って!」彼は、グローブボックスを開
けて、折りたたまれた地図を捜し出して、手渡した。「フリーランドの
通りの地図。バス路線がっている。ともかく、ダウンタウンに戻れば、
シカゴ行きのバスがある」
 オレはサンクスと言って、地図をポケットに入れた。オレは、アパー

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トの玄関へ入って、郵便箱を見た。コスロフスキーの名前と室番号が分
かった。その室まで行って、ボタンを押すとチャイムが鳴った。数秒し
て、ドアがいた。
 背の高い男が出て来て、うれしそうにいた。「スターロックから来
た人?」オレがうなづくと、1歩下がって室へ入れてくれた。「どうぞ、
座って!」と、座り心地の良さそうなイスを指さした。オレは座った。
彼は、別のイスに座った。彼は、おそらく、50で、髪は、まだグレー
になってない部分を除いて、禿げていた。するどい、警戒を怠らない目
をしていた。
「オレの名前はハンター、ミスターコスロフスキー」と、オレ。「ベン
スターロックから、オレがあんたと話したいと聞いてる?」スターロッ
クは、そうは言ってないことを知っていたが、そうくことで、オレが
その場にいたことがバレないようにできると考えた。
「ロジャース事件に関するということだけ」と、彼。「たぶん、あんた
は、ワンダを仲間にするように言われた探偵では?」オレが、うなづく
と、さらに続けた。「やはり。なにが知りたい?」
「すべて」と、オレ。そして、スターロックに言ったことを話した。事
件のことを知れば知るほど、ワンダがしゃべってくれたことの誤りに気
づけるようになれる、そして、彼女としゃべるときにどこを重点的に訊
いたらいいかが分かる。

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 彼は、ため息をついた。「それは、大きな注文だ。しゃべるのに時間
がいる。ちょうどハイボールを飲むことを考えていた。いっしょにどう?
もしも、探偵が勤務中に飲むことを禁ずるルールがあっても、あんたの
ことをスターロックに告げ口したりはしない」
「すばらしい」と、オレ。彼は、席をはずして、ドリンクを作りに行っ
た。スターロックにもハンター&ハンターにも、勤務中に飲むことを禁
ずるルールはないが、相手が飲みながらしゃべろうと言ったら、友好的
にいっしょに飲むしかない。ターゲットが、この場合は、クライアント
だが、心をもっとオープンにして、自由に多くのことをしゃべってくれ
そうに、あんたを邪魔者扱いしないように、手にグラスを持ってもらう
ことは、そうでない場合より有利になる。うまく言い逃れようとしたり、
ウソをついたり、はぐらかそうとしている場合は、言うまでもない。私
立探偵は、大酒飲みである必要はないが、酒は助けにはなる。刑事のこ
とをいつも考えるが、彼らは、そのようなアルコール禁止ルールの下で、
なん人かはそれに従い、大きなハンディキャップを負っている。
 オレは、室を見回した。ステキな室だった。おそらくほかの室も同じ
だから、ステキなアパートだった。コスロフスキーは、明らかに、仕事
上、いい給料をもらっていた。独身者用のアパートだった。すべてが男
性用として選ばれ、配置されていた。女性的センスは、微塵もなかった。
オレは立ち上がって、本棚を見に行った。本棚のある室にひとり残され

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たとき、いつもやることだった。コスロフスキーは、読書においてもい
い趣味を持っていた。スタインベック、ヘミングウェイ、モーム、ドス
・パソス、ウルフといった名前が見えた。ミステリー分野では、そこで
いい仕事をした作家たち、ハメット、チャンドラー、ゴールト。小説以
外もあった。ある棚には、保険、保険法、実用数学関係の本、別の棚に
は、会計、犯罪学の本もあった。読んでみたいと思うほど印象的だった
のは、『横領の心理学』貸して欲しいと言おうかと思ったが、最初にシ
カゴ公立図書館にあるかどうか捜してから、なければここで借りること
にした。
 彼は、ドリンクを運んで来たので、ふたたび、席に着いた。「乾杯!」
と、彼。いっしょに一口すすった。「ワンダにすでにコンタクトしたら
しいね、事件のことはしゃべった?」
「ええ、少しだけ」と、オレ。
「いいね、それなら、デートで彼女がしゃべったことを、教えてくれる
ことから始めよう!矛盾点があれば、指摘して、またその続きというふ
うに」
 報告書を持って来たことを伝え、渡すと、彼は読み始めた。
 読み終えると、軽く、口笛を吹いた。「サン、あんたは仲間に取り込
むのがうまいね、このすべてを、一晩で?」
 オレは、できるだけ正直に言った。「しゃべりだすと、彼女は、それ

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についてしゃべりたかったように見えた。彼女に続けさせることに困る
ことはなかった。矛盾点は?」
「ない。見たところ、すべてほんとうのことだ。あえて付け足すことは、
多くない。つぎの機会には、父が彼女のために弁護士に残したメモや手
紙について話してくれるよう頼んだらいいと思う」
「そう、確かに。しかし、最初に、エピソードについてあんたのバージ
ョンを聞きたい」
「それは、とても簡単。彼の死の3か月前くらいに、カルスティヤは正
確な日付を知らなかったが、ジェイソンロジャースは、ワンダ宛ての封
のされた封筒を彼に渡して、もしも自分が死ぬようなことがあれば彼女
に渡してくれるように頼んだ。カルスティヤは、それを彼の遺志として
保管した。その遺志は、まったくシンプルで、すべての財産を唯一の生
存する親類であるワンダに残すというものだった。
 事故後の朝、ジェイソンロジャースの死のあとのことだが、カルステ
ィヤはワンダに電話して、おやみを言い、葬式の手配でもなんでも助
けが必要なら力になると言った。彼女はお礼を述べて、彼のオフィスへ
行って、父のことを話したいと言って、そうした。葬式のことを話し合
い、すべて彼が手配すると言った。その費用は、もちろん、父の残した
財産から支払われる。そして彼女が帰る前に、手紙のことを思い出し、
彼女に渡した。

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 彼女は、彼のデスクから離れたところで、手紙を開き、読んだ。それ
については、なにも言わずに封筒と手紙をハンドバッグに入れた。これ
が、物事のカルスティヤバージョンだ」
「ワンダのバージョンは違う?」
「違う。もちろん、彼女は、手紙についてはなにもかれなかった、数
日後に、会計事務所で、不足額が見つかるまでは。彼女は、メモは彼が
死んだ場合の葬式の手配のことで、大きなものでなく、シンプルなもの
にして欲しい、そして、家族が所有するスプリンググローブ墓地の1区
画の妻の隣りに埋葬して欲しいと書かれていただけだと言った。そして、
その手紙を弁護士に見せなかったし、内容を話すこともためらった。そ
れは、すでにそうしようと決めた配置だったからだ。少なくとも、埋葬
に関しては。葬式は、父の要望にも関わらず、そんなにシンプルではな
かった。それは、彼女が、少なくともそのときまでは、父はりっぱな市
の公式の会計係だと考えたからだ。市の多くの名誉が、彼にはふさわし
いことを知っていた」
「彼女のストーリーを疑う理由は、なに?」
「大きな理由はない。いくつか、小さなものはある。1つ、メモの内容
がそのようなものなら、その話をしたときに、カルスティヤにメモを見
せるのが自然ではないか?葬式の配置についてのことだったのを、覚え
てる?」

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「ええ、しかし、そう簡単には思いつかなかったのでは?深い悲しみに
打たれていて、そこまで考えてる余裕がなかった。メモがそのようなも
のだったとして、彼らがすでに議論して同意したかどうかとは関係がな
かった。ほかには?」
「娘にメモを残すというのは、ロジャースの性格とは少しずれているの
では?彼女に口で言えば済むのでは?母がどこに埋葬されているか知っ
ていたし、数年っていても、父をいっしょに埋葬することを認めると
いうことも彼は知っていた。父が墓地の1区画を所有していることも知
っていた。彼がなにかを認めたのだろうか?いや、死の3か月も前に、
封をした手紙を弁護士に残してトラブルを招くようなことをするだろう
か?」
「たぶん」と、オレ。「彼には、それが死の3か月前だとは知らなかっ
た。しかし、確かにそれがいいストーリーにふさわしくないことを認め
る。ほかには?」
「警察に内容について問われると、手紙を渡すことはせず、彼女のスト
ーリーをしゃべった。彼女は、父からもらった最後の手紙を保管してい
るのでは?少なくとも、しばらくのあいだは、捨てずに取っておいた?
だれもこの点は追求せず、すべてをいっしょくたにしてしまって、ワン
ダは手紙についてほんとうのことを述べているか?と問う」
 オレは、うなづいた。「彼女の父と助手のひとりだけが、なんらかの

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取引の一部として、会計事務所で進行していることに関わることができ
るという点で、彼女は正しいのかどうか?女性事務員や主任のだれも関
われなかった?」
「そうそう、実際、彼女とその点について話したことがあった。小切手
がどうやって現金化されるかについてや、ラルフモリソンという外部の
人間や、そうした細かい点について。彼女が全体像を把握してないとい
う理由は、見当たらなかった。
 女性事務員については、仕事は完全に機械的だった。3人全員が共謀
しても、そのような架空の会社に小切手を発行することはできなかった。
 主任に関しても、除外される。少なくとも、オフィス内部で単独オペ
レータとして、外部のモリソンに連絡しなくてはならなかった。たぶん、
ワンダには言い忘れたか、あるいは、彼女が聞いても忘れてしまった。
その理由は、実に単純。6月の最初の2週間は、彼は休暇を取っていて、
ニセの小切手の1つが発行されたのは、その休暇中のことだった。夜中
にやって来て仕組んだかもしれないと、あんたに指摘される前に言って
おくと、彼は、2週間はケープコッドで過ごしていた。そのことは完全
に証明されている」
「ほかにも休暇を取ったものは?」
「ジェイソンロジャースも取った。そのあとの2週間。しかし、中西部
建設の小切手は、そのあいだは発行されてない。もちろん、女性事務員

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も休暇を取ったが、説明したように、除外される。最初の、会計助手の
ウィットタッカーは、心臓発作で休暇を取る前に死んだ。9月に埋葬さ
れた。もちろん、後任のウィルバーシュワルツもその年に休暇を取れる
ほど長くは働いてなかった」
「あんたの正直な意見は?」と、オレ。「全体の仕組みに対する個人的
な見立てでは?ミスターコスロフスキー?」
「オレは、ジェイソンロジャースは有罪だと思う。事件から、唯一導か
れる結論だ。彼の死は事故でなかった。自殺だったと思う。車の前にわ
ざと跳び出た」
 オレは、彼を見た。「彼に罪があると考える理由は分かる。しかし、
なぜ、自殺?それまでは、彼は自分のしたことをうまく隠せていた。カ
ネもあって、監査が行われるまでに、多くの時間があった」
「彼にカネがあった?」
 
 
 
                            (つづく)




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