さぁ愉快に行こう
          原作:フレドリックブラウン
          アランフィールド
           
            プロローグ
             
 その朝、目覚めたとき、彼は、ある程度はそれに気づいていた。今で
も、編集室の窓から、午後すぐの日射しが傾き始め、ビルの間から、光
と影のパターンを描き出すのを見ながら、もっと確かにそれに気づいて
いた。重要なことが起こりつつあることを、彼は、たぶん今日、気づい
たのだ。良いことなのか悪いことなのかは分からなかったが、彼は、暗
い気持ちで予想していた。なにかが予想外に起こったら、めったに良い
ことではないという理由から、物事は、つまり重要であり続けた。災害
は、あらゆる方向から、驚くほどさまざまなやり方で起こりつつあった。
 




2

1
























































 
            1
 
 声が言った。「ハイ、ミスターバイン!」彼は、窓からゆっくり振り
返った。彼がゆっくり動くことはなかったので、それは、それだけで奇
妙だった。彼は背が低く、活発な男で、反応や動きは、まるで、ネコの
ようにすばやかった。
 しかしこのときは、なにかが、ゆっくりと窓から、彼を振り返らせた。
まるで、彼はもう、その午後早くの明暗のパターンを2度と見ることは
ないかのように。
「ハイ、レッド!」と、彼。
「先生がお呼び!」と、そばかす混じりの雑務係の少年。
「今?」
「都合の良いときに。たぶん、来週でも。忙しいなら、彼にアポを取っ
て!」
 彼は、こぶしで、雑務係の少年のアゴにパンチを入れるふりをすると、
少年は、架空の攻撃に一歩後退した。
 彼は、イスから立ち上がると、ウォーターサーバーのところへ行った。
ボタンを押して、紙コップに、ごぼごぼと水を入れた。
 ハリーヒーラーは、ブラブラ歩きながら、言った。「ハイ、ナッピー!

4

3
























































なにか仕事か?カーペットの先で?」
「ああ」と、彼。「これからだ」
 彼は紙コップの水を飲み干すと、丸めてゴミ箱に捨てた。ドアに私用
と書かれた室の前に行くと、中へ入った。
 編集長のウォルターJ・キャンドラーは、デスクから顔を上げると、
にこやかに言った。「掛けたまえ、バイン!少し、待ってて!」また、
下を見た。
 彼はキャンドラーの向かいのイスに座ると、シャツの胸ポケットから
タバコを取り出して、火をつけた。編集長が、目の前で読んでいる書類
の裏を見たが、そこにはなにも書かれてなかった。
 編集長は、書類を置くと、彼を見た。「バイン、奇妙なでき事があっ
た。あんたは、奇妙なでき事にはてきしてる」
 彼は、ゆっくりと編集長に歯を見せて笑った。彼は言った。「お
の言葉なら、サンクス」
めてるとも!あんたは、かなりやっかいな仕事でもこなしてきた。
今回のは、少し違う。オレでもできない仕事を、リポーターにさせる気
はない。オレはできない、だから、あんたにも頼まない」
 編集長は、さっき読んでいた書類を拾い上げると、それを見ることな
く、下に置いた。「エルスウォースジョイスランドルフという名に覚え
は?」

6

5
























































「精神疾患リハビリセンター所長の?残念ながら、イエス。やつには、
たまたま会っている」
「彼の印象は?」
 彼は、編集長が意味ありげに見つめているのに気づいた。それは、偶
然の質問には思えなかった。彼は受け流した。「どういう意味で、どん
なふうな意味?あんたが言ってるのは、やつは、いいやつで、いい政治
家で、精神科医に対するマナーもよくて、あるいは、なに?」
「オレがいているのは、彼をどのくらい、正気と思ってるか、という
こと」
 彼はキャンドラーを見た、キャンドラーは、からかってはいなかった。
いたって、まじめだった。
 彼は笑い出した。それから、笑うのをやめた。キャンドラーのデスク
に寄りかかった。「エルスウォースジョイスランドルフ」と、彼。「あ
んたが話しているのは、エルスウォースジョイスランドルフのこと?」
 キャンドラーは、うなづいた。「ドクターランドルフは、今朝、ここ
に来てた。彼は、少し奇妙な話をした。その話を、記事にして欲しくは、
ないようだった。その話を、調べて欲しかったようだ。その話を調べに、
もっともてきした男を、送って欲しかった。もしも、それが本当だと判明
したら、120行の赤インクの記事にしてもいいと言っていた」キャン
ドラーは、皮肉っぽくニヤリとした。「オレたちは、それに乗った」

8

7
























































 彼はタバコを消すと、キャンドラーの顔を見た。「しかし、その話は、
奇妙すぎる。あんたは、キャンドラーが正気かどうか、確信がない?」
「確かに」
「それに、仕事はどのくらい、やっかい?」
「ドクターが言うには、リポーターがその話を聞けるのは、入院患者か
らのみ」
「つまり、そこへ入り込めと?守衛として、あるいは?」
 キャンドラーは言った。「あるいは、として」
「う~」
 彼はイスから立ち上がると、窓のところに歩いて行った。編集長に背
中を向けながら、外を見た。太陽は、ほとんど動いてなかった。だが、
通りの影のパターンは、違って見えた。かすかに違っていた。影のパタ
ーンは、彼の内部でも違っていた。彼は知っていたが、これは、これか
ら起ころうとしていることだった。彼は振り返ると、言った。「イヤだ。
絶対、断る」
 キャンドラーは、かすかに肩をすくめた。「自分を責めるな!オレは、
あんたには頼むことはできないし、自分でもやれない」
 彼はいた。「エルスウォースジョイスランドルフが考えているのは、
彼の病院に来てくれと?それは、あんたがランドルフが正気かどうか疑
ってるとしたら、かなり奇妙な話だ」

10

9
























































「オレはあんたにそれを頼むことはしない、バイン。彼にも言ってある、
あんたが仕事を受けるかどうか、分からないと」
「それはつまり、オレが仕事を受けても、なにを捜すのか、教えてもら
えないということ?」
「その通り。あんたは、先入観を持つかもしれない。客観的でなくなる。
あんたは、なにかを捜し、それがあったのか、なかったのかを明らかに
したと、判断できなくてはならない。もしも最初から先入観があれば、
そいつに足をかまれたら、それを認めることを拒否するかもしれない」
 彼は、窓のところからデスクに戻ると、デスクをバンと叩いた。
「なんてこった、キャンドラー!なぜ、オレ?3年前になにがあったか、
知ってるはずだ!」
「ああ、記憶喪失だ」
「そう、記憶喪失。それにちょうど似ている。記憶喪失以上のことがな
かったことは、秘密にはして来なかった。オレは30だ、間違いないだ
ろ?オレの記憶は、3年前で途切れている。3年前に、自分の記憶に空
白の壁があるのがどういう気持ちか、分かるか?
 そう、確かに、壁の向こうのことも、オレは知っている、みんなが教
えてくれたからだ。10年前、オレは雑務係として、ここで働き始めた
ことを知っている。出身地も、両親はすでに亡くなったことも知ってい
る。両親がどんな顔をしていたかも。なぜなら、写真を見せてくれたか

12

11
























































らだ。妻も子どももないことも、知っている。みんなが教えてくれたか
らだ。オレが知ってるみんなは、そうして知っている。しかし、全部じ
ゃない。オレが教えてもらってないやつが、いる。
 確かに、今までは、順調にやってきた。退院したあと━━━あの事故
の記憶はないが━━━ここへ戻って、オレは記事の書き方を覚えていた
ので、うまくやってきた。たとえ、みんなの顔を、もう一度、覚え直さ
なきゃならなかったとしても。変わった町のクールな記者としてスター
トする、新人リポーターよりは最悪ではなかった。みんなの心強い応援
もあった」
 キャンドラーは、潮時と見て、なだめるように手を上げた。「オーケ
ー、ナッピー!あんたはノーと言った。それで、じゅうぶんだ。この話
の結末まで、オレは知らない。あんたが言った言葉は、ノー。このこと
は、もう、忘れてくれ!」
 緊張感は、彼から無くなってなかった。彼は言った。「あんたは、こ
の話の結末を知らない?あんたは頼んだ━━━いや、そう、あんたは頼
んでない、提案した━━━オレが正気でないと自分で認めて、リハビリ
センターへ患者として、もぐり込めと。
 人は、学校へ通ったことを覚えてない時に、どのくらい自分の心に信
頼を置けるのだろうか?みんなと、最初に会ったときのことや、仕事を
始めたときのことを覚えてない時に。3年前より以前のことを一切覚え

14

13
























































てない時に?」
 突然、彼は、手首でデスクをまた叩いて、そのことを済まなそうな顔
をした。彼は言った。「悪かった。こんなふうに傷つけるつもりはなか
った」
 キャンドラーは言った。「座って!」
「答えは、まだ、ノーだ」
「とにかく、座って!」
 彼は座った、ポケットから、あたふたとタバコを取り出すと、火をつ
けた。
 キャンドラーは言った。「そのことを話すつもりはなかったが、今、
言おう。あんたがそんなふうに言うなら。オレは、あんたが記憶喪失の
ことを、どう感じているのか、知らない。オレが思うのは、橋の下には
水が流れているということだ。
 聞いて!ドクターランドルフが、リポーターにもっともてきしているの
は、といたとき、オレはあんたのことを話した。彼は、あんたと会っ
たときのことを、偶然、覚えていた。しかし、彼は、あんたの記憶喪失
のことは、知らなかった」
「なぜ、オレに提案を?」
「説明するまで待って!彼が言うには、あんたが、あそこにいる間に、
あんたの記憶を回復させられるかもしれない、最新の、ずっとショック

16

15
























































がおだやかな治療法を試してもいいそうだ。やって損はない、と言って
いた」
「うまく行くとは、言ってない」
「かもしれない、と言っただけだ。害は、ないそうだ」
 彼は、たった3回吸っただけで、タバコを消して、キャンドラーを見
た。なにを考えているか、言う必要はなかった。編集長には、それが分
かったからだ。
 キャンドラーは言った。「落ち着いて!あんたが記憶喪失の壁のこと
を、自分から話し始めるまで、オレはそのことには触れてない。予備弾
薬として、取っていたわけでもない。あんたが話し出してから、正義感
から触れただけだ」
「正義感!」
 キャンドラーは、肩をすくめた。「あんたは、イヤだと言った。オレ
はそれを受け入れた。そのあとで、あんたはののしり始めて、その当時
オレが考えもしなかったことまで、オレに言わせようとした。もう、忘
れてくれ!そんな話をぎ木したからって、なにか新しい展開でも?」
「リハビリセンター・ストーリーに新しい登場人物?」
「いや、あんたがそのストーリーに、てきしている」
「ストーリーって、なんだ?ドクターランドルフが正気かどうか分から
ないなら、それは、かなりヤバいストーリーだ。彼が考えてるのは、患

18

17
























































者たちがドクターと立場をわりたいということ、それとも?」
 彼は笑った。「たしかに、あんたはオレに言えない。そいつは、まさ
に、2重のだまし合いさ。好奇心もあるだろうし、壁をこわせるんじゃな
いかという望みもある。そのあとで、残るものは?オレが、ノーの代わ
りに、イエスと言ったら、どのくらい、オレはそこにいなくてはならな
い?どんな状況になる?再び外へ出られるチャンスは?入るには、どう
する?」
 キャンドラーは、ゆっくり言った。「バイン、あんたがそれをやりた
いとは、思ってない。全部、忘れてくれ!」
「ノーのままだ。オレの質問に答えてくれるまでは、とにかく、ノーだ」
「分かった。あんたは、名前を伏せて、入り込む。だから、ストーリー
がうまくゆかなかったとしても、汚点が残ることはない。もしもうまく
行けば、あんたには真実の全体像が分かる━━━ドクターランドルフが、
あんたを入院させ、ふたたび退院させた行きさつも含めて。ネコは、そ
のとき、バッグから飛び出るわけだ。
 あんたは数日中に、知りたいことのすべてを調べ終わるかもしれない。
いずれにしても、2週間以上はそこに滞在しなくてはならない」
「リハビリセンターには、ランドルフ以外に、オレがだれで、なんのた
めに入っているのか、知ってるものは何人いる?」
「ひとりも」キャンドラーは、前かがみになって、左手の指を4本立て

20

19
























































た。「4人がいっしょにそこへ入る。あんた」と、1本目。「オレ」と、
2本目。「ドクターランドルフ」と、3本目。「あと、ここから来る、
もうひとりのリポーター」
「オレが客観的でないとしても、なぜ、別のリポーター?」
「仲介役。両方向の意味で。まず、彼はあんたといっしょに、ある精神
科医に会いにゆく。ランドルフの、あんたの精神疾患の診断書は、比較
的簡単に得られる。別のリポーターは、あんたの弟になって、あんたを
診断するようリクエストする。あんたは、その精神科医に、あんたは精
神疾患があることを診断させる。もちろん、あんたを入院させるには、
ふたりの医者の診断が必要で、ランドルフはふたり目になる。あんたの
弟は、ランドルフをふたり目にするよう、申し立てる」
「これは、すべて偽名を使って?」
「あんたが望めば。もちろん、偽名でなければならない理由はない」
「オレの望みは、そういう方向だ。もちろん、記事にはしないでくれ!
ここにいるみんなに事情を話すこと、オレの弟を除いて━━━ヘイ、こ
こでは、弟を偽りたくない。配送部のチャーリードアは、オレのいとこ
で、最も近い親戚だ。彼にやらしてもいい?」
「いいとも。彼は、いろんなことの仲介役もしなくてはならない。リハ
ビリセンターにあんたを連れて行き、あんたが送り返そうとするなにか
を、持ち帰る」

22

21
























































「そしてもしも、オレが2週間たってもなにも見つけられなければ、あ
んたはオレを退院させてくれる?」
 キャンドラーは、うなづいた。「オレは、ランドルフに合図を送り、
彼は、あんたを診断し、治療が済んだと発表し、あんたは退院して、こ
こへ戻って来る。しばらく休暇を取っていたわけだ。それだけ」
「オレがふりをする、精神疾患の種類は?」
 キャンドラーは、イスの上で少し、もがいたように見えた。キャンド
ラーは言った。「そう、あんたがナッピーって呼ばれるのは、普通のこ
と?つまり、パラノイアは、精神疾患のひとつで、ドクターランドルフ
が言うには、なんら身体的な特徴を持たないそうだ。合理性のシステマ
ティックな枠組みに支えられた、妄想もうそうというだけだ。パラノイアは、あ
る点以外は、すべて正常でありうる」
 彼は、キャンドラーを見た。かすかな、ねじれたような微笑ほほえみを浮かべ
て。「つまり、オレは自分をナポレオンだと思っている?」
 キャンドラーは、少しジェスチャーを交えた。「好きな妄想を選んで
よい。しかし、普通のことなのかどうか?みんながオフィスで、あんた
をからかって、ナッピーって呼ぶのは?そして━━━」弱々しく、言い
終えた。「そして、すべてに」
 それから、キャンドラーは、きちょうめんに、彼を見た。「なににな
る?」

24

23
























































 彼は立ち上がった。「そうだな、ゆっくり眠ってから、明日の朝、知
らせる。しかし、非公式には━━━今でも、いいかな?」
 キャンドラーは、うなづいた。
 彼は言った。「午後の残り全部を使って、図書館へ行って、パラノイ
アについて調べる。ほかにすることがなければ、チャーリードアに今夜
会っても、いいかな?」
「いいとも」
 彼はキャンドラーに向かって、ニヤリとした。デスクに寄りかかって、
言った。「ちょっとした秘密を教えよう!今まで黙って来たことだが、
だれにも言わないで!オレは、ナポレオンなのさ!」
 出て行くのにちょうどよい頃合だった。それで、彼は出て行った。










26

25
























































 
            2
 
 ハットをかぶり、コートを着て、彼は外へ出て行った。空調の効いた
ところから、熱い日射しの中へ。デッドラインを過ぎた、新聞社の静か
なマッドハウスから、もっと静かな、蒸し暑い7月の午後の通りのマッ
ドハウスの中へ。
 パナマハットを後ろへずらし、額をひたいハンカチでぬぐった。彼はどこへ?
パラノイアを調べに図書館にではない。それは、午後の残りを外で楽し
むための口実だった。パラノイアについては、その関連も含めて、図書
館で、2年以上も掛けてすべて調べてあった。それに関しては、エキス
パートだった。彼は、精神科医をだまして、彼が正気だと、あるいは、
正気でないと、思わせることができた。
 公園の北側に歩いて行き、日陰のベンチのひとつに座った。ハットを
ぬいで横に置き、ふたたび額をひたいぬぐった。
 日射しに明るいグリーンに輝く芝生や、頭を前後させて歩くハト、木
の一方のがわから走り降りてきた、赤のリスを見ていた。リスは、彼の方
を見てから、同じ木の別のがわへ大急ぎで走り去った。
 そして、3年前の、記憶喪失の壁のことを、考えた。
 壁は、実際は、壁でなかった。壁と偽っいつわて、彼は陰謀を企てた。壁、

28

27
























































芝生のハト、壁。
 それは、壁でなかった。シフト、突然の変化だった。2つの人生にラ
インが引かれた。事故前の27年間と、事故後の3年間。
 この2つは、同じ人生ではなかった。
 しかし、誰も気かなかった。今日の午後まで、彼にも、そのことのヒ
ントもなかった。それが、誰かにとっての、真実だとして。それを、キ
ャンドラーのオフィスを出るギャグとして使った。キャンドラーもそれ
がギャグだと思っていた。だとしても、気をつけなければならない。な
んどもギャグとして使えば、みんなは疑問に思い始める。
 その事故で、アゴの骨折などの重傷を負ったことが、今日、彼は自由
の身で、精神疾患リハビリセンターにはいないということにつながる。
アゴの骨折は、町から10マイル離れた場所で、彼の運転する車が、ト
ラックの前面に衝突して48時間後に気づいたことだが、3週間のあい
だ、彼にしゃべることを禁じていた。
 3週間は、痛みやもろもろの混乱にもかかわらず、よく考える機会を
与えてくれた。彼は、壁を思いついた。記憶喪失は、便利で、彼の知っ
ている事実を話すよりも、みんなに信じてもらえそうだった。
 彼の知っている事実とは?
 それは3年前から今も、彼に取りいている亡霊だった。そのとき、
彼が目覚めたのは、白い室で、見知らぬ人たちに囲まれていた。奇妙な

30

29
























































服を着て、ベッドの脇に座っていた。それは、どこの野戦病院でも見た
ことも聞いたこともないようなベッドだった。ベッドの上には、フレー
ムがあって、見知らぬ人たちの顔が彼を見下ろしていた。片足と両腕が
吊るされ、足を支えるスティックは上向きで滑車を通してロープで支え
られていた。
 彼は口を開いて、なんどもこうとした。ここがどこで、なにがあっ
たのか、しかし、そのとき、アゴには頑丈ながんじょうキャストがあって、口を動
かせないことに気づいた。
 彼は見知らぬ人たちを見つめて、やがて自然に情報がもたらされて、
その意味が分かるだろうと期待した。しかし、みんなニヤニヤしながら、
言った。「ハイ、ジョージ!戻ったら、また仕事しようぜ!すぐに良く
なるさ!」
 言語が奇妙だった。そこから、彼の居場所が分かった。イギリスだっ
た。彼は、イギリスの捕虜になったのか?さらに、言語が、彼はほとん
ど知らないはずだが、見知らぬ人たちが話すことを完全に理解できた。
そして、みんなが彼をジョージと呼ぶのは、なぜだ?
 疑問や激しい驚きがいくらか、彼の目に宿ったからか、ひとりがベッ
ドに寄りかかって、言った、「混乱するのも無理はない、ジョージ!あ
んたのクーペが、砂利トラックに正面からぶつかったんだ!2日前のこ
とさ!あんたは、初めて意識を取り戻したんだ。大丈夫さ!しかし、折

32

31
























































れた骨がみんなくっ付くまで、しばらくは病院にいなくてはならない。
なにも深刻なことにはならなくて、良かったな!」
 それから、苦痛の波がやって来て、混乱を洗い流して、彼は目を閉じ
た。
 別の声が言った。「鎮静剤をうつよ、ミスターバイン」彼は目を開け
る気にならなかった。見ない方が、痛みと戦うのはやさしかった。
 上腕に針をさす気配がした。すぐに、周囲のものは、すべて消え去っ
た。
 
               ◇
 
 彼がふたたび気がついたとき、それは12時間後とあとで教わったが、
同じ白い室で、同じ奇妙なベッドだった。しかし、今度は、室に女がい
た。奇妙な白衣を着て、ベッドの足元に立って、ボードに留められた紙
を読んでいた。
 彼が目を開いたことに気づいて、彼女は笑い掛けた。「おはよう、ミ
スターバイン、気分は、良さそう!あなたは回復したと、ドクターホル
トに報告できそう!」
 彼女は出て行って、前に彼をジョージと呼んだ見知らぬ男と、ほとん
ど同じ奇妙な服を着た男といっしょに戻ってきた。

34

33
























































 ドクターは彼を見て、クックッと笑った。「しゃべれない患者は、よ
く見るが、メモも書けないとは!」それから、まじめな顔になった。
「痛むかね?痛くないなら、1回、痛むなら、2回、ウィンクをして!」
 痛みは、それほどでなかったので、1回、ウィンクした。ドクターは、
満足そうに、うなづいた。「あんたのいとこが」と、ドクター。「電話
して来ている。あんたの回復ぶりを知りたいそうだ。しゃべれないなら、
聞いて!彼と今夜少し会うのは、問題ないと思う」
 看護婦は、シーツのしわを直してから、うれしそうに、ドクターとい
っしょに室を出て行った。彼の頭の中の、混乱した考えのしわは、その
ままにしたまま。
 しわを直す?それが、3年前だった。彼はまだ、それらのしわを直せ
てなかった。
 みんなが英語をしゃべり、彼の英語の知識は、ごくわずかだったにも
かかわらず、その野蛮な言語を完全に理解できるというのは、驚くべき
事実だった。事故がどう影響して、彼がほとんど知らない言語を、突然、
完全に分かるようになったのだろう?
 みんなが彼のことを、別の名前で呼ぶというのも、驚くべき事実だっ
た。「ジョージ」は、昨夜ベッドの脇にいた男が呼んでいた名前で、
「ミスターバイン」は、看護婦が呼んでいた。ジョージバインは、確か
に、英語名だった。

36

35
























































 しかし、いずれの驚くべきことの何千倍も驚くべきことが、1つあっ
た。昨夜の見知らぬ男、たぶんドクターが、いとこと言った男だろう、
が話してくれた、事故のことだ。「あんたのクーペが、砂利トラックに
正面からぶつかったんだ」
 びっくりすることは、矛盾することは、クーペやトラックの意味を彼
が知っていたということだった。いまだかつて、運転をした記憶も、事
故というものの記憶もなかった。つい一瞬前まで、ロディのテントの中
で座っていた━━━しかし━━━しかし、クーペのイメージや、ガソリ
ンエンジンで動く、という、今まで心に浮かんだことのないイメージが、
浮かんだ。
 ふたつの世界が、どちらもシャープでクリアで明らかな世界が、混ざ
り合ってしまった混乱があった。彼が27年間生きてきた人生が、27
年前、1769年8月15日にコルシカ島で生まれた人生に入り込んで
しまった。その世界では、彼は眠りにつこうとしていた━━━昨夜のこ
とのように思える━━━イタリアのロディで、軍隊の将軍としてテント
にいた。遠征での最初の重要な勝利のあとだった。
 それから、今の混乱した世界で、彼は目覚めた。この白の世界では、
みんなが英語をしゃべり、今では彼もそれで考えていた、しかし以前、
バレンスのブリエンナや、トーソンで聞いたことのある英語とは違って
いた。だが、それを完全に理解し、もしもアゴのキャストが取れれば、

38

37
























































彼もしゃべれることが本能的に分かった。この世界では、みんなは彼を、
ジョージバインと呼び、もっとも奇妙なことは、彼の知らないワードを
みんなが使っても、頭の中では知らなくても、心にそのイメージが沸い
てくるということだった。
 クーペ、トラック。いずれも、心に自然に浮かんだワードは、自動車
だということだった。彼は集中して、自動車がなんで、どう動くのかを
考えた。シリンダーブロックがあって、ガソリンを気化させて、ジェネ
レータの電気スパークで発火、爆発させてピストンを動かす。
 電気。彼は目をあけて、上を見ると、天井にシェード付きの電灯があ
った。彼は、ある程度は、それが電気的な光だと分かっていて、一般的
に、電気とはなにかを知っていた。
 イタリアのガルヴァーニ━━━彼はガルヴァーニの実験のいくつかは
読んでいたが、天井の電灯のような実用的な利用につながるものではな
かった。シェード付きの電灯を見ながら、背景を想像できた。水力でダ
イナモを回転させ、なんマイルもの電線や、モーターでジェネレータを
回す。彼の心から、あるいは彼の心の一部から、浮かんできた概念に、
彼は驚いた。
 ガルヴァーニが行った、弱い電流を使ってカエルの足をキックさせる
ような、いろいろな手探りの実験は、天井の電灯をともすような謎では
ない謎につながってゆくものではなかったが、そこにもっとも奇妙なこ

40

39
























































とがあった。彼の心の一部は、それは謎だと言い、別の一部は、それを
受け入れて、それがどう働くかを一般的に理解していた。
 まず、と彼は考えた、電気の光は、トーマスアルバエジソンが発明し
た、どこかで、だいたい━━━バカらしい、彼は1900年頃と言おう
としたのだが、今はまだ、1796年だった。
 それから、まったくひどい思いが、彼にやってきた。彼は、痛々しく、
むなしく、ベッドに起き上がろうとした。それは、1900年だったと、
彼の記憶が教えた。エディソンは1931年に死んだ。そして、ナポレ
オンボナパルトという男は、110年前の1821に死んだ。
 彼は、ほとんど、混乱状態に陥っおちいた。
 正気かどうか、彼がしゃべれないという事実だけが、マッドハウスの
外にいさせてくれた。彼に考えるチャンスを与えてくれた。記憶喪失の
ふりをするチャンスを与えてくれた。事故以前の記憶をすべて失ったふ
りをするチャンスを与えてくれた。記憶喪失は、あんたがマッドハウス
に送られる理由にならなかった。あんたが誰かは、みんなが教えてくれ
るし、あんたの前の人生がどうだったかも教えてくれる。あんたが思い
出そうとしている間に、みんなが記憶の糸を教えてくれて、それをどう
織るのかも教えてくれた。
 そうして、3年が過ぎた。さて、明日、彼は精神科医に会って、言う
だろう。彼は━━━ナポレオンだと!

42

41
























































 
            3
 
 太陽の傾きが、大きくなった。上空を、飛行機の大きな鳥が通り過ぎ
た。それを見上げて、彼は笑い出した。自分自身に向かって、静かに。
マッド的笑いではなかった。おかしかったのは、ナポレオンボナパルト
が、いつものスタイルで、その飛行機に乗っているという、アンバラン
スなイメージから来ていた。
 それは、記憶では、彼が一度も、飛行機には乗ったことがなかったこ
とから来ていた。たぶん、ジョージバインは乗ったかもしれない。ジョ
ージバインが過ごした27年間で、一度くらい乗ったに違いない。しか
し、そのことで、彼も乗ったことになるのだろうか?これは、1つの疑
問で、大きな疑問の一部でもあった。
 彼は立ち上がり、ふたたび、歩き出した。5時に近かった。チャーリ
ードアは、もうすぐ、新聞社を出て、夕食のために家に向かう。すぐに
電話して、今夜、家にいるか確かめた方がいい。
 近くのバーに行って、電話した。うまく、チャーリーがつかまった。
彼は言った。「ジョージだが、今夜、家に行っても?」
「いいとも、ジョージ!ポーカーをやるつもりなので、あんたが来る時
間を教えてくれれば、抜け出せる」

44

43
























































「時間を教えてということは、キャンドラーから聞いた?」
「いや、電話してくることは知らなかった。そうなら、マージに電話し
てた。夕食をいっしょには?彼女に電話すれば、済む」
 彼は言った。「ありがたいが、遠慮する、チャーリー。夕食はデート
がある。ポーカーは、行ってくれば!7時くらいに行く。一晩中話すわ
けでない。1時間もあれば十分。8時前には戻れる」
 チャーリーは言った。「それについてはご心配なく!そんなに行きた
いわけではない。とにかく、7時に待ってる」
 彼は電話ブースから出て、バーカウンターへ行き、ビールを注文した。
夕食の誘いを、なぜ断ったのかと考えた。たぶん、潜在意識下で、たと
えチャーリーやマッジだとしても、だれかに会う前に、もう2時間くら
い必要としたからだろう。
 ビールを、ゆっくり、すすった。これを最後にしたかったからだ。今
夜は、しらふでいたかった。かなり、しらふで。決心を変える時間は、
まだ、あった。彼は自分を、小さなループだが、ループにはまったまま
にしていた。彼はまだ、朝、キャンドラーに会いに行って、まだ決め兼
ねている、と言うことができた。
 グラスのふち越しに、バーカウンターの鏡に映った自分を見ることが
できた。背が低く、ザラついた髪、鼻にソバカス、ずんぐりしていた。
背が低く、ずんぐりしているところまでは、よかった。しかし、残りは

46

45
























































なんだ!遠目にも似てなかった。
 2杯目のビールを、ゆっくり飲んだ。それが、5時半だった。
 彼は、また、外へ出て、歩いた。今度は町に向かって。歩きながら、
ブレード社を過ぎた。見上げると、キャンドラーが彼を送り出したとき
に眺めていた、3階の窓が見えた。彼はずっと、そうして窓のそばに座
って、日の傾く午後をずっと眺めてることになるのかもしれない、と考
えた。
 たぶん。たぶん、そうはならない。
 クレアのことを考えた。今夜、彼女と会いたいのでは?
 いや、違う。正直言って、会いたくはない。しかし、彼が2週間消え
て、さよならも言ってなければ、知り合いの名簿からはずしてくれと言
ってるようなものだ。彼女は気に入らないだろう。
 言っておくべきだ。
 彼は薬局の前で立ち止まり、彼女の家に電話した。彼は言った。「ジ
ョージだ、クレア。聞いて!明日、仕事で町を離れる。どのくらいかは、
分からない。数日かもしれないし、数週間かもしれない。今夜遅く、会
いに行く。さよならを言いに」
「もちろん、いいわ。何時?」
「9時過ぎだが、それほどあとでない。最初に仕事で、チャーリーに会
うので、9時前には行けない」

48

47
























































「もちろん、いいわ、ジョージ。いつでも」
 
               ◇
 
 ハンバーガーショップの前で立ち止まり、腹は減ってなかったが、サ
ンドイッチとパイを少し食べた。6時15分だった。歩いていけば、チ
ャーリーの家にちょうどよい時間に着ける。それで、彼は歩いた。
 チャーリーは、玄関で彼を出迎えた。彼は唇にくちびる指をあてて、マージが
皿をいているキッチンのうしろに頭を傾けて、言った。「マージには
言ってない、ジョージ、心配させるので」
 マージを心配させては、なぜだめなのか、質問したかったが、かな
かった。たぶん、答えを聞くのが、少しこわかったのだろう。それは、マ
ージがすでに彼を心配していることを意味していた。悪いサインだった。
彼はこの3年間、すべてを、かなり元気にやり過ごして来た、と考えた。
 とにかく、質問できないまま、チャーリーは彼を居間に案内し、そこ
はキッチンからもよく聞こえたが、チャーリーは言った。「チェスをや
る気になってくれて、うれしいよ。マージは今夜は出掛けるんだ。彼女
が見たい映画が、近所の映写会でやるので。カードゲームをやる気分で
ない」
 彼は、クローセットからチェス盤と駒を出して、コーヒーテーブルに

50

49
























































並べ始めた。マージは、ビールを背の高い冷えたグラスに注いだトレー
を持って来て、チェス盤のそばに置いて、言った。「ハイ、ジョージ、
2週間出張って聞いたわ!」
 彼はうなづいた。「場所を知らせてもらってない。キャンドラーに、
編集長だが、町を出る出張が可能かかれて、オレはできると答え、明
日からだと言われた」
 チャーリーは、黒白のポーンを1つずつ取って、両手で握り、パッと
開いた。彼は、チャーリーの左手に触ってから、白を取った。ポーンを
キングの前に指すと、チャーリーも同じことをしたので、クイーンの前
のポーンを前進させた。
 マージは鏡の前で、ハットを頭の上に乗せていた。彼女は言った。
「わたしが帰ったとき、もういなければ、ジョージ、今、言っておく!
ソロング アンド グッドラック!」
 彼は言った。「サンクス、マージ、バーイ!」
 マージが出掛けるまで、彼は数手を指した。マージは準備ができると、
チャーリーにお出掛けのキスをして、彼にも額にひたい軽くキスをして、言っ
た。「体に気をつけて、ジョージ」
 彼女のブルーの目と目が合った瞬間、彼は、彼女はほんとうに心配し
てくれているのだと思った。そのことが、彼を少しこわがらせた。
 彼女のうしろでドアが閉まると、彼は言った。「ゲームは終わりだ、

52

51
























































チャーリー!本題に入ろう!9時に、クレアに会わなくちゃならない。
どのくらい行ってるのか分からないから、彼女に、さよならを言わない
で、行くわけに行かない!」
 チャーリーは、彼を見上げた。「あんたとクレアは、真剣なのか?」
「分からない」
 チャーリーは、ビールを持ち上げて、少しすすった。急に、彼の声は
大きくなって、ビジネス風になった。彼は言った。「分かった、本題に
入ろう!明日の朝、11時に、アービングという男に会う約束をした。
ドクターアービングは、アップルトン街の精神科医で、ドクターランド
ルフの推薦だ。
 今日の午後、キャンドラーから話を聞いて、オレは彼に電話した。キ
ャンドラーは、すでにランドルフに電話してあった。オレのストーリー
はこうだ。オレは本名を使った。最近、おかしな振る舞いをする、いと
こがいて、彼に会って欲しい。いとこの名前は伝えてない。どんなおか
しな振る舞いなのかも、話してない。オレは質問されるのを、避けたか
った。それで、偏見なしに彼に判断して欲しい、と言った。オレは、あ
んたに精神科医と話すように言うと言って、唯一知ってる医者はランド
ルフだけだと。オレは、ランドルフに電話した。彼は、プライベートに
はあまり立ち入りたくないと言って、アービングを紹介した。あんたは
一番近い親戚だと話した。

54

53
























































 診断書のもうひとりの名前は、ランドルフ用にけてある。あんたが、
アービングと話して、あんたがほんとうにおかしいと、彼が考えたら、
彼のサインがもらえるので、オレはランドルフに診断書の1番目になっ
てほしいと、言うことができる。そのときは、もちろん、ランドルフは
賛成してくれる」
「あんたは、まだ、オレにどういう種類の非正常性を疑っているのか、
言ってないが?」
 チャーリーは頭を振ってから、言った。「そう、いずれにせよ、明日
は、ふたりとも、ブレード社に仕事に行かない。マージはなにも知らな
いので、オレはいつも通りに家を出るが、あんたとはダウンタウンで落
ち合う。たとえば、11時15分、クリスティーナのロビー。そして、
あんたが、アービングに、あんたは収監のしゅうかん必要があると判断させられる
と思ったら、オレたちは、ランドルフに、そう伝え、明日、計画の詳細、
全てを教えてもらう」
「オレの気が変わったら?」
「そのときは、オレは予約をすべてキャンセルする。それだけのこと。
これで、すべて説明した?チェスの続きをやろう!まだ、7時20分だ」
 彼は、頭を振った。「むしろ、話がしたい!あんたが言い忘れたこと
が、1つある。明日以降、あんたは、どのくらいの頻度ひんどで、戦況報告に
来てくれるのかい、チャーリー?」

56

55
























































「そう、それを忘れていた。面会に許された頻度ひんどは、週3回だけ。月、
水、金の午後だけ。明日は金曜なので、あんたが入院したら、会いに行
けるのは、月曜になる」
「分かった。あと1つだけ、聞きたい。オレがそこへ入院することがス
トーリーだと、キャンドラーからヒントとして聞いた?」
 チャーリードアは、頭を、ゆっくり、振った。「言葉では、聞いてな
い。なんのこと?なにか、しゃべれない秘密でも?」
 彼は、どうしようか迷いながら、チャーリーを見つめた。そして、急
に、ほんとうのことはしゃべれないと、感じた。彼には、どちらも分か
ってなかった。それは、彼をおろか者に見せるだろう。それは、キャン
ドラーがしゃべれない理由を言ったとき━━━とにかく、1つの理由で
はある━━━それほどバカらしくは聞こえなかったが、しかし、今はバ
カらしく響く。
 彼は言った。「彼が伝えてないなら、やはり伝えない方がいいと思う、
チャーリー」しかし、それは確信があるように聞こえなかったので、付
け加えた。「キャンドラーと、伝えないと約束した」
 そのときまでに、どちらのグラスも空になっていた。チャーリーは、
お代わりをつぐために、2つともキッチンに運んだ。
 彼は、キッチンの内装が見たかったので、チャーリーについて行った。
彼は、キッチンのイスに、足を広げて座り、ひじをイスの背についた。

58

57
























































チャーリーは、冷蔵庫に寄りかかっていた。
 ここにはいない、キャンドラーが言った。「乾杯!」そして、ふたり
は飲んだ。チャーリーはいた。「ドクターアービングにしゃべる、あ
んたのストーリーは?」
 彼はうなづいた。「ああ、準備済み。キャンドラーから聞いた?」
「あんたが、ナポレオンだということ?」チャーリーは、クックッと笑
った。そのクックッという笑いは、それがほんとうだと告げている?彼
は、チャーリーを見て、気づいた。彼の考えていることは、完全に想像
を絶すると。チャーリーは公平だし、正直だ。チャーリーとマージは、
もっとも親しい友人だ。彼の知る3年間、ふたりはもっとも親しい友人
だった。それよりもっと長く、どのくらい長くかは、チャーリーによる。
しかし、3年を越えたとき、また、なにか別のものがあった。
 彼は、その言葉が少し引っかかったので、せき払いした。しかし、彼は
かなければならなかった。確かめなければならなかった。「チャーリ
ー、きたいことがある。このビジネスは、堅実けんじつ?」
「ふん?」
くのも変なのだが、あんたとキャンドラーは、オレがおかしいと思
ってないよね?」
 
 

60

59
























































 
                            (つづく)



















62

61