ノック、312
          原作:フレドリックブラウン
          アランフィールド
           
            プロローグ
             
 彼には名前があったが、それは重要でない。サイコと呼ぶことにする。
 2か月前に2度目の殺人を犯し、今では新聞やそれを読んだだれもが
彼をそう呼んでいた。最初、彼は、いろいろな呼び名があった。レイプ
殺人狂、殺人マニア、変質サイコパスなど。便宜上、短くして、サイコ
に落ち着いた。警察も、今では、そう呼んでいる。ずいぶんいろいろ彼
のための名前を捜しまわったが、ピータージョーンズやロバートスミス
は、彼が殺人を繰り返す前に、彼を見つけ逮捕するための名前だった。
 
 




2

1
























































            登場人物
             
サイコ:レイプ殺人鬼、2度犯行を繰り返し、うまく逃げている。
レイフレック:J&Bの酒のセールスマン、ギャンブル好き。
ルースフレック:レイの妻、夜のレストランで働いている。
ジョーアミコ:競馬ののみ屋を仕切る顔役、レイは借金がある。
ベニー:ニューススタンドの売り子、頭が少しづれている。
ジョージミコス:ルースが働くレストランのオーナー。


        午後5時00分
         
 今夜も、必要性が訪れた。ひとりの女を襲い、殺す必要性。
 アパートのビルの玄関ホール、ドアの前に立っていた。張り詰めた緊
張感が、彼の両手を柔軟にしたりこわばらせたりした。絞め殺し道具の
両手は、かなり強く、2度殺し、うまく行けば、また殺せた。強いて、
両手を平静に保った。そのことが、今、ここで重要なわけでなく、だれ
にも見られていないとき、これから襲わなければならない気持が、だん
だんと自分の中で育ってゆくのを見るのが習慣だった。たまに忘れるこ
とがあったが、だれかに見られていたり、彼のすることを不審に思われ

4

3
























































ていたりしたら失敗だった。一度、不審に思われると、それが続き、こ
の都会では、ほぼすべての住民が、隣人を疑わしい目で見て、ほんの少
しの兆候も見逃さないのだ。、
 彼は、深く息をして、片手を挙げて、ドアをノックした。軽く、おず
おずしたノックで、厳然としたものでなかった。
 ドアに向かって歩いて来る、ハイヒールの音が聞こえた。「はい、ど
なた?」と、彼女の声。
 彼は、声をノックのようにソフトに、驚かさないように、しかし彼女
に聞こえるような大声で言った。「ウェスタンユニオン、ピッツバーグ
から着払い電報を届けに」着払いと言えば、ドアの下から差し込んでお
いてとは頼めなくなる。「ピッツバーグから」は、きのう彼女の夫が出
張で訪れているので、疑念を軽減してくれる。なぜ夫が着払い電報をと
いう疑念は抱くかもしれないが、理由はいくつかありえる。
 ドアノブが回る音がして、彼に緊張が走り、準備した。ドアがいた
のは、数インチで、チェーンが掛かっていた。失敗だった。ドアの脇の
壁にぴったり体を寄せていたので、姿を見られることはなかった。
 そして、走った。階段を飛んで、通りへ。アパートが奥にあって、通
りに面した窓はなく、彼女が彼を見ることができなかったことを、神に
感謝した。いったん外へ出たら、わざとゆっくり車まで歩いた。車に乗
り込むと、慎重に、速くも遅くもないスピードで運転した。

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5
























































 なんとつまらぬ失敗を!3日前にアパートを調べたときは、チェーン
ボルトは付いてなかった。彼女の夫が、出張に出る前に取り付けたに違
いなかった。
 だが、安全に彼は逃げることはできた。
 5ブロック走ってから、曲がって、幹線道路に合流した。今、彼が出
て来たビルの方向へ向かうパトカーのサイレンが聞こえた。




        午後5時02分
 
 妻が出て行ったあと、レイフレックは、暴力と絶望の淵を歩いていた。
暴力が、最初、支配的だった。なんて女だ、あいつはなんて女だ、と彼
は考えた。夫が困っているときに、夫を助けることをあっさり拒否する
女が、どこにいるというのだ?あのアマは、カネはいくらでもすぐ渡せ
るのに、それをこばんだ。あいつのカネはすべて、保険を解約した場合の
払戻金だった。なにに必要?保険は、彼女自身の保険だった。解約した
としたら、3千ドル以上になる、いや今では、4千ドル近くだ。最後に
計算したときから、数回の支払いを加えれば。

8

7
























































 あるいは、彼女は、それを担保に、カネを借りるつもりか?彼が必要
なのは、500ドル、正確には480ドル、数字を丸めてるが。いや、
違う、彼女の保険は神聖で、それを担保にカネを借りさえしないだろう。
なにに神聖?神のため?確かに、それは彼女の貯金で、彼女の保険で、
自分に使うためだ。しかし、今、彼女は結婚して、自分を支えてくれる
夫がいる。なぜ、保険なんて必要なんだ?彼女が離婚するつもりでない
限り。あるいはその可能性を考えたのでない限り。ふたりは、かなりき
ついケンカをした。結婚してから、過去2年間で、3回。しかし、最初
の1年は、保険を維持するためにがんばった。最初は、ふたりともとて
も幸せだった。女はあんたを愛す、カネがあるあいだは。カネのことに
なると、女は一方通行になる。なにかにカネを使うのはいいが、取り返
そうとトライしなければだめだ。トライするだけはしないと。
 そのうえ、保険のカネは、ある部分は、彼のカネだった。彼に権利が
あった。彼に権利がないのは、最初の1年目、保険料のほとんどは、彼
女が支払っていた。もちろん、なんとかして、彼女が自分に保険を掛け
ないようにしようとはした。「ハニー」と、彼。「なぜ、オレたちが、
あんたに保険を掛けたいと思った?あんたに死んで欲しくないし、もし
も死んだとしても、保険の1万ドルなんか欲しくない」しかし、彼女は
それに対する返答を用意していた。女はいつも返答を用意する。
「レイ、ダーリング」と、彼女。「もしもこれが、保険金だけの話なら、

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9
























































あなたに賛成する。しかし、そうではない。それは、10年積み立ての
保険、つまり、貯蓄の手段でもあって、良い方法。今、4年続けている
から、あと、6年弱で満期になったら、現金で1万ドルになる。良いと
思わない?」
「確かに。しかし、長い道のりだ。保険料も高い。なぜ、今。使わない
で、年寄りになってからカネを使う?1万ドルでそのときなにをする?」
 彼女は笑った。「6年たっても年寄りじゃない。わたしは29で、あ
なたは35。それでなにを買いたいかというと、家、もしもそのときま
でに買ってなければ。大きくて、高いものでなくていい。残りの人生を、
豪華な家具に囲まれて過ごしたいと思わない。もしも、そのときまでに
自分たちの家があったら、その1万ドルは、あなたがやりたかったビジ
ネスの開始資金に使えばいい。資本があればやりたいって言ってた?」
 それは、彼には重要だった。「自分たちの家」の部分ではない。彼は
都会の住人で、もしもだれかが家をくれると言っても、郊外に住みたい
とは思わなかった。そのことは、時が来れば伝えばいいので、彼女には
話してはなかった。
 しかし1万ドルが、今すぐあれば、自分のためにやりたいことがたく
さんあった。彼は、酒のセールスマンで、週の手数料収入が、100ド
ルより低いことはまれだった。平均収入は、それよりずっと上だった。
J&B流通会社の仕事をしていて、その都市じゅうの飲食店や酒店がお

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11
























































得意さんで、問屋や酒製造業者のセールスマンと顔なじみだった。彼が
優秀なセールスマンであることは、よく知られていた。もしも、自分で
独立した流通会社を設立したら、ただの手数料の代わりに、販売によっ
て大きな利益を生み出すだろう。ピーナッツの代わりに、大きなカネを
生む方向へ船出できる。しかしそれには、長くゆっくりした船旅が必要
だった。今すぐに、資本が欲しかった。
 彼は、もうひと押ししてみた。「かわりに銀行に預けた方がいいので
は?緊急時には、すぐに使えるし」
 しかし、ルースは、頭を頑固に振った。「銀行に預けることはできる
だろうが、あなたは自分でもそうしないことは知ってる。毎月決まった
手数料を払えば、それが貯蓄になる。緊急時には、保険から借りること
もできる。保険会社のオフィスはここにあるので、同じ日にカネを借り
られる。しかし、レイ、そうするのはほんとうの緊急時だけ。事故とか、
重い病気とか、手術とか、そういったものだけ。あなたの穴場の馬券を
買ったり、リスクの多いギャンブルで作ったあなたの借金を返すためで
はない」そう、たしかに、彼女はオレに警告していた。
 彼は受け入れて、しばらくは、保険料を払うために、彼女にカネを渡
していた。10か11か月のあいだ。それから、良いツキが悪くなって、
もうカネを渡せなくなったと、彼女に伝えた。まったくカネがなくなっ
たのだ。

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 彼女は、それを静かに聞いていた。「分かった、レイ。しかし、保険
を現金にする気はない。パートでもなんでも仕事について、自分で保険
料を払う。できればそれ以上に」
 彼女は、仕事を得て、それ以来、働いている。彼は反対しなかった。
なぜしない?もしも保険が彼女にとって重要なら、なぜ、稼いだカネを
貯蓄に回さない?その意味では、家事の費用にあてたり、少なくとも、
自分の服を買うとかに使わない?なぜ、彼がそのどちらも負担して、彼
女にはなにもさせない?
 彼女は、さまざまな仕事についた。スーパーのレジ係、映画の切符売
り。現在は、この8・9月間、ギリシア料理店のウエイトレスを夜だけ
やっている。週に30時間、5時半から11時半まで、週5夜。ふつう
は、その時間、彼は家にいるので、彼女を仕事場まで車で送る━━━そ
して時々は、11時半頃、特にすることなければ、仕事のあと彼女を車
で迎えに行く。しかし、今日の午後は、車は、仕事を済ませたあと、ガ
レージに残して、夜の別の仕事に向かわなければならなかったので、疑
問は浮かばなかった。ちょうど、ふたりは、激しくケンカしたあとだっ
た。車の中でもケンカしていただろう。彼の方に、ぶはなかった。今ま
でのことから、彼は議論しても負けると分かっていた。彼女は頑固で譲
らなかった。彼が、体が危険な状態あると言っても、彼女は信じなかっ
た。

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 そう、彼も、本気では信じてなかった。ジョーアミコは狂暴だったが、
ギャングではなかった。480ドルのことでだれかを殺すようなリスク
を負いたくなかった。
 確かに、賭けの勝者に払い戻しを支払うことを拒否したやつを、痛め
つけることはするかもしれない。しかし、ジョーは、彼をそれよりは良
く考えていた。彼は、ジョーに借金して、ずっと返してなかった━━━
500ドルくらいのものだったが。そのくらいの借金でどうなった?ジ
ョーは、彼がちゃんとした仕事をしていて、結局はカネを返してくれる
と分かっていた。
 彼に必要なのは、幸運の流れが来ることで、それに頼っていた。頼り
過ぎだった。ポーカーでも、彼に不利なカードばかり配られた。時には、
悪いカードでも、ラッキーに働くことがあった。その逆もあった。
 今夜は、ポーカーゲームがあって、もしも彼が掛け金をじゅうぶんな
額まで上げられれば、奇跡が起こるかもしれない。そう、今日は、木曜
の夜で、ハリーブラムバウが自分の店でポーカーゲームを開く夜だった。
11時から始まり、ときどきは翌日まで続いた。しかし━━━
 カネがどのくらい残っているかは、彼は、だいたい分かっていたが、
財布を出して、数えてみた。28ドルだった。ハリーの店のゲームに参
加するには、じゅうぶんじゃない。最初の勝負で、賭け金を越えて賭け
られないので、最初の賭け金として100ドルは必要だった。しかし1

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00ドルでスタートできれば、ラッキーの流れに乗って、簡単に、ジョ
ーアミコに返す額までもうけられる。たぶん、いくらか残るだろう。
 100ドル賭けられれば、480ドルまでに持って行くことは、まっ
たく不可能には見えなかった。たとえ、10人から10ドルづつ借りた
としても。ひと晩じゅうやれれば。
 電話が鳴った。受話器を取ると、「レイフレック」と聞こえた。
「ハイ、レイ」と、聞き覚えのある声。電話が鳴るようにしておいて良
かった。ジョーアミコだった。
「聞いて、ジョー!」と、彼。「まだ、できることをやってない。しか
し、オレはこれで食っている。すぐに賭け金を上げる。すまないが、あ
んただって、オレが得意だって知ってるはず」
「ああ、知ってる、あんたはうまくやるだろう。しかし、今はやめて、
今夜、ここへ会いに来い!」
「分かった、ジョー、あんたが会いたいなら。とにかく、ダウンタウン
には行く。しかし、まだ、うまくやる前だ。オレは文無し」
「文無しだろうが文ありだろうが、とにかく来い!10時までいる。今
からその時間まで、いつでも。分かった?」
「オーケー、ジョー、そのとき、また!」
 受話器を置いて、ため息をついた。とにかく、ダウンタウンには行く
ことになる、かならず。そこで、ジョーは、最後通牒を突き付けて来る、

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支払い期限だ。楽しくない面会になるだろう、最悪の結果を知ることに
なる。カネの支払いを、どのくらい伸ばせるだろうか?金額はそのまま
で、ジョーが週の支払いに応じてくれるだろうか?彼は、そうしたこと
がイヤだった。地獄のようにイヤだった。なぜなら、長期にわたって、
賭けに使えばもうかる余剰分がなくなるからだ。彼の運は転機にあって、
これから良くなるはずだった。
 窓のところにぶらぶら行って、通りを見下ろした。今、ダウンタウン
へ行って、腹が減ったら食べるか、カネを節約して、出掛ける前に、こ
こで食べるか迷った。ルースは、5時に仕事へ行ってるので、自分で作
って食べるしかなかった。彼女が働いている5日間は自分で作るか、外
食していた。しかし、それはあまり気にならなかった。ときどき、自分
で作る簡単なものが楽しかった。もちろん、後片づけと皿洗いは、翌朝
に彼女がしていた。
 彼女が夜のシフトで働いているのがうれしかったが、それについては
彼女と話し合った。彼は、ほとんどの夜は外出していた。セールスには、
夜が一番ふさわしいと彼女には説明した。部分的に、正しかった。彼ば
バーのオーナーの客のなん人かは、昼間のヒマな時間はバーテンダーに
任せていて、酒を購入したりする権限は与えてなかった。夜は、ひとり
かふたりのバーテンダーの助けを借りて、オーナー自身が店中を取り仕
切っていた。今夜でさえ、彼は仕事する気がなくても、たぶん、1件か

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21
























































2件のビジネスの依頼を受けるだろう。明日まで車はないので、もちろ
ん、ダウンタウンのバーへ行くだけだ。そう、今夜は、ハリーウェバー
とチャックコノリーが電話で呼び出されて、会うだろう。
 「キーッ!」というブレーキの音が、下の通りで響いた。目で出所を
捜すと、カーブ近くだった。危うく事故になるところだった。10才く
らいの子どもが、車の前を横断していて、車は急ブレーキを掛けて、寸
前で止まっていた。あと、たったの数インチのところだった。危ないと
ころだった、かなり危なかった。しかし、子どもは走り去った。運転手
は、かなりきもを冷やしたに違いない。走り出すまで、1分近くそこに留
まっていた。
 事故は、どこでも起こり得る、今回は大丈夫だったが。突然、ある考
えがレイフレックの心に宿った。事故が、ルースの身に起こったら?仕
事に行く道か、帰り道で?彼女は、今の子どものように、車の前に飛び
出したりしないが、別の歩行者が、故意でなく、彼女にぶつかることは
ある。酔った運転手か、コントロールを失った車。ときどき、車は歩道
を走って来ることもある━━━
 そのような偶然起こった事故で、ルースが殺される確率は、100万
に1つだろう。かなり低いオッズだ、しかし良い神よ、それが、彼の問
題の完全な答えになる、彼のすべての問題の。しかし偶然起こる?彼女
の保険の受取人として、彼は1万ドルもらう、10丸々千ドル、一度に

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すべて。アミコへの借金なんて、ピーナッツみたいなもんだ。それを引
いても、9と0・5千ドルある。それでじゅうぶんだ。すぐにでも船出
ができる。彼は、もはや、酒のセールスマンのレイフレックでなく、流
通事業主のレイフレックだ。その流通過程で、本物の利益を生む。
 奇妙なことだが、彼は今まで、保険の受取人として1万ドルもらえる
かもしれない可能性について、一度も考えたことがなかった。たぶんそ
れは、ルースが健康的な娘で、結婚生活の3年間、一度も病気になった
ことがなかったからだ。しかし、いくら健康なやつも、事故に合うこと
はある。
 あるいは━━━その考えを脇にどけた。彼は、今まで、天使とは無関
係で、人生でいくらも不正直なことをやって来たが、殺人者ではなかっ
た。女が殺されれば、いつも夫が第一容疑者だった、たとえ、彼女にな
んの保険も掛けてなかったとしても。
 そのことは忘れろ、と自分に言った、忘れろ!突然、1ドル節約する
ためにここで食事するなんてことはもう考えないと決めた。1ドルをど
こへ入れた?すぐにダウンタウンへ行って、ポーカーゲームに参加して、
賭け金を上げるだろう、11時まで。ゲームは、本物のカネを今夜、勝
ち取る唯一のチャンスだった。ゲームには参加しなくてはならない。
 彼は室を出て、階段を2つ跳びで駆け下りて、通りへ出た。ラッキー
だった、タクシーが通り掛かり、手を挙げて、乗り込んだ。ダウンタウ

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25
























































ンは、わずかな車の距離で、50セントにチップ代だけ。バスを待つの
は嫌いだった。「メインとウィリス通りの」と、彼。運転手に言った。
「ノースウエストのかどで降ろして!」
 そのかどで、ベニーがニューススタンドをやっていて、競馬欄が最初に
目に入った。賭けるのは、今夜でなく、明日だった、ポーカーで大勝ち
しない限り。しかし、彼は、いつも競馬欄は読んで、自分のハンデを克
服した。そのうえ、ベニーはいつも━━━ベニーの記憶力は弱いことを、
彼は思い出した━━━競馬欄を彼に差し出して、ベニーがそうしたら、
競馬新聞を買うしかなかった。かわいそうなベニー、頭のづれたベニー、
ある者は彼をそう呼んだ。しかし、レイは、そうは思わなかった。少し
階段を上がり損ねただけ、物事を忘れて平らになっただけなのだ。そし
てときどき、(レイが人から聞いた話で、彼自身は、これに出会ったこ
とはなかった)ベニーは、ほんとうではない物事を、ほんとうであるか
のように振る舞うそうだ。しかし、彼は、ちゃんとニューススタンドを
やっていて、状況に応じてミスはしなかった。
 タクシー代を払い、ベニーが新聞を売っている木製のスタンドの方へ、
ぶらぶら歩いて行った。「はい、ベニー」と、彼。「競馬欄を差し出す
のを忘れてない?」
「確かに、ミスターフレック!いつもは忘れないのに!」このときは、
ベニーはちゃんと思い出した。背後に手を伸ばして、スタンドの奥の棚

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27
























































から競馬新聞を差し出した。レイは、硬貨で支払い、新聞を拾って、振
り向きながら、丸めようとした。そのとき、突然、考えが浮かんで、そ
のまま、体を戻した。彼は、いろんな友人から10ドルづつ借りて、賭
け金を上げようとしていたが、なぜ、今ここで、カネのありそうなベニ
ーから借りたらだめ?今まで、ベニーから借りたことはなかったが、
いてみても損はない。
「ベニー」と、彼。「今、金欠で、10ドル貸してもらえる?あさって
の土曜まで。土曜になったら、手数料の小切手が入るので、返す」
 ベニーの満月顔は、少しも驚くことなく、言った。「う〜ん、いいよ、
ミスターフレック」カウンターの下からドル札の入った葉巻の缶を出す
と━━━硬貨は、ベルトにある両替用小銭入れに入れていた━━━開け
た。小額の紙幣がぎっしり入っていた、一瞬、レイは、いっそのこと2
0ドルにしようか迷った。しかし、よく見ると、すべての紙幣は1ドル
札のようだった。なぜなら、10枚か5枚の束2つになっていて、ベニ
ーは、紙幣を区別してなかったからだ。両替のとき、いつもそうするよ
うに、ゆっくりと1度に1枚づつ、10枚数え始めた。ベニーは10枚
の紙幣を手渡して、レイは財布にそのまま入れた。「サンクス、ベニー」
「ミスターフレック、今、考えたことがある。土曜には、ここにいない
ので、あんたは、郵送で返さなくてはならない」
「分かった、休暇か?住所を教えて!」

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29
























































「住所は、聞かなくても分かる、ミスターフレック。つまり、新聞で分
かる。ずっとそのことを考えていて、心を決めた。なにかをまたやる前
に、警察へ行くことにした。すぐに今夜、スタンドを閉める」
「なにを言ってる、ベニー?なにかをまたやるって、なにを?」
「あんたも、新聞で読んだはず、変質サイチェ━━━」ベニーは、サイ
コのchをチェッカーのチェと発音した。「サイチェ、とにかく」
「ああ、サイコパス、彼がどうした?」
「彼は、オレなんだ、ミスターフレック、女をふたり殺した」
 レイフレックは頭をのけぞらして、心の底から笑った。「ベニー、あ
んたはづれてる━━━いや、つまり、どこからそんな考えを?あんたは、
その女たちを殺してないよ!オレには分かる、あんたはネズミ1匹殺せ
やしないよ、ベニー!」
 振り返って歩き出しても、また、クックと笑い出した。
 ベニーのことを笑ったが、自分に対しても少し恥ずかしさを感じた。
かわいそうなベニーのことをうまく説明できないが、しかし、ベニーの
ことを本気で笑ったのではなかった。あり得ない事実、バカらしい事実
を笑ったのだ。ベニーがそいつに対し自白するという、都市全体でただ
ひとりのやつに、今のところ未知のサイコパス殺人鬼の外で、しかした
だちに、確かに分かることは、ベニーは、づれていようがいまいが、殺
人者ではなかった。

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31
























































 
               ◇
 
 ジョージミコスは、自分の領地、レストランを見渡して、「よし!」
と思った。すべてのセットアップは完了して、ディナータイムの準備は
オーケーだった。今の瞬間は客はいないが、カウンターでコーヒーを飲
んでるひとりの男を除いて、すぐにみんなやって来る。今は、勤務中の
ウェイトレスはひとりだが、10分もすれば、ルースフレックが出て来
て、戦力になる。ルースは頼りがいがあった。
 彼は、うしろを向いて、スイングドアを抜けて、キッチンへ行った。
いつものように、頭を少しかがめて。彼は背が高かった。6フィート2
インチあって、そのドア通路は、1インチくらい低かった。レストラン
を買った当初は、すべてのドア通路は、高くするつもりだったが、そこ
まで手が回らず、今では、完全に条件反射で頭をすくめていて、自分で
も気づいてなかった。
 コックは、レンジの表面をみがいていたが、ジョージがドアから来る音
がすると、顔を上げた。「すべて順調?」と、ジョージ。「ええ、ジョ
ージ」と、コック。
「いいね。オレはしばらくオフィスにいる。バックでもフロントでもオ
レが必要になったら、呼んでくれ!」

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33
























































 彼は、室へ行った。ちょうどよいサイズの室で、キッチンから離れて
いた、それを、オフィスと呼んでいた。ドアは、少しいた状態にした。
キッチンとレストランの騒音、ポットがぶつかったり、皿が割れたり、
といった音は、邪魔にならなかった。そうしたものがあっても、集中で
きるよう訓練されていた。無意識下で、そうした音を聞いて、評価する
訓練もしていた。特に、よく繰り返される、ウェイトレスが注文を読み
上げる声は、そこからレストランの忙しさが分かり、手伝いがいるかど
うか判断できるので重要だった。それに対して、コックが返事をしなか
ったら、返事をするように指導していた。
 オーク材でできたタイプライター用のデスクに座った。タイプライタ
ーはすでにタイプする姿勢になっていた。1枚の紙が挟まれ、最初に3
と打たれている以外は、空白だった。それは、手紙の3ページ目という
ことで、午後早くに始めたものだった。
 手紙を再開する前に、すでに書いた2枚を拾い上げて、急いで読み返
した。
 
               ◇
 
 親愛なるペリー
 

36

35
























































 久しぶりに、あんたの便りが聞けてうれしい、大学で寮が同室だった
時以来だから、10年ぶりだ。あんたがウォルトにたまたま出会って、
オレの住所をもらったことはとても良かった。
 見事、博士号を取ったこと、おめでとう、それに、コンサルト精神分
析医として、自分のオフィスを持ったことも、ニューヨークのパークア
ベニューなら、これ以上ない立地で、申し分なしと期待できる。
 いや、オレはもう学位を取るための勉強はしてないし、する気もない。
今では、オレはオレで、ギリシア料理のレストランのオーナーをやって
いる。しかし、本はよく読んで、少し勉強もしている。こころが完全に
腐らないようにしている。物事を維持できるようトライしている、たと
えば、『心理学ジャーナル』は、毎号購読している、たとえ今では、そ
の分野では門外漢になってしまっていても。読書の半分は、時間潰しだ
が、もう半分は違う。古典をよく読む。古典文学における知識は、大学
時代の知識量を大きくしのぐ。
 体を鍛えることも、週2日か3日、朝にレスリングジムに通っている。
まだ、グレコローマンレスリングをやっていて、スパーリングの相手は
見つかるが、オレに勝てる相手は見つからない。
 レストランのことも知りたいと思う。なんという名前とか、店のすべ
て。すべてというのは、多すぎて、あんたが自分の店をやろうというの
でない限り、退屈してしまう。イメージが湧かないのではないかと心配

38

37
























































だ。よって、だいたいのイメージだけ伝えよう。
 最初は名前だが、ミコスが、店の名前。ファンタスティックではない
が、ギリシア人の店だということを隠す意図はない。店は小さいが、ち
っぽけじゃない。カウンターとテーブルがあって、30人座れるイスが
ある。混み合う時間帯では、すべてか、ほとんどのイスが埋まる。
 店は、ダンカンハインズによる評価を受けることはないだろうが、油
っこい町中華の店とは呼ばせない!清潔で、売りは、リーズナブルでう
まい西洋料理。
 店員は、平均で10人。同時にでは、もちろんない。朝7時から夜1
1時半なので、仕事はシフト制になっている。
 オレは、11時ごろ、ランチの時間の前に来て、閉店までいる。そう
言うと、毎日長く、12・5時間、働くように聞こえるが、実際には、
その半分くらいしか仕事してない。ちょうどよいサイズの室が、キッチ
ンを出たところにあって、オフィスと仕事場を兼ねている。請求書や給
与の小切手を切ったり、メニューをタイプしたり、そのようなこまごま
したことをする。平均して、1日4時間といったところ。
 1日のほかの2・3時間は、キッチンあるいはフロントで、助けが要
る仕事のサポートをして過ごす。なん日かは、だれかが出て来れなくな
って、人手が足りない。しかしそれ以外の日は、スムーズで、オレはま
ったく必要とされない。平均して、毎日、2時間くらい。

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39
























































 だから、毎日の実際の仕事は、6時間くらい。残りは、ぶらぶらして、
緊急時や問題が発生して対処するが、ふつうは、オレの時間はオレだけ
のもの。読書したり、勉強したり、考えたりする。なにかの理由で睡眠
不足だったら、軽い昼寝をする。あるいは、今のように、手紙を書いた
り。
 レストランのことはそういったところだが、1つだけ重要なことが残
っている。それがカネを生み出すということ。どちらかというとシンプ
ルな味しか知らない料理人として、うまさを求めてカネを使っている。
この都市を出て、国じゅうの料理を勉強している。西部まで。都市自体
が、その方向へ急速に成長していて、国じゅうが平等に味について評価
される。そう、5年もすれば━━━しかし、これ以上述べると、自慢
に聞こえるので、もうやめよう。うちのドアの前にオオカミはいないと
だけ言えば、じゅうぶんだろう。
 オレの愛の方はどうなっている?と、あんたはいた。たぶん、表面
的な質問だったのだろうが、それについても、正直に答えたい。
 
               ◇
 
 そこまでが、2ページ目の終わりだった。ジョージミコスは、続ける
ためにタイプライターに向かったが、3ページを始める前に、ルースフ

42

41
























































レックの顔を確かめることにした。ちょうど5時半で、彼女が仕事を始
める時間だった。
 ドアのところへ行って、広く開けたが、捜す必要はなかった。彼女は
ちょうどここを通ったところで、従業員のコートを吊るしてあるクロー
セットから出て来た。
「ハロー、ルース!」と、彼。「ルース、今、泣いていた?なにか悪い
ことでも?なにかできることは?入って、なにかしゃべる?」
きたいことはあるけど、ジョージ」と、彼女。ためらった。「しか
し、今はやめておく。あとで、ディナーのラッシュのあとで。その方が、
もっと落ち着いて、冷静になれる」
 彼女は、彼になにか話すチャンスを与えないで、スイングドアからレ
ストランの方へ出て行った。ジョージは、彼女の背後で、ドアが閉まる
のを見ていた。それから、オフィスのドアをまた半分開けて、デスクに
戻った。タイプを始める時間だった。
 
               ◇
 
 今、そしてオレの人生で初めて、少なくとも、遅い思春期のあと初め
て、オレは恋に落ちた。深く恋に落ちた。その女とは、情事をもったわ
けではない。もしも可能だとしても、そんなことは求めてないし、その

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43
























































意志もない。少なくとも、オレにとって正しい女を見つけた。すべてが
欲しい。さもなくば、なにもいらない。オレはその娘と結婚したい。
 軟膏の中には、ハエがいる。ハエは、彼女はすでに結婚していて、そ
の夫だ。オレは、彼女に、そいつとは離婚して、オレと結婚するよう説
得している。ちょっと述べところでは、ふらちなことのように見えるか
もしれないが、決して、そうではない。彼女の夫は、昆虫学的比喩を変
えてもよいなら、しらみだ。
 彼は、酒のセールスマン、それについては、悪いことはない。しかし、
それ以外がとんでもない。彼は、強制的で先天的なギャンブラー、おも
に競馬だ。自分もハンデのある競馬プレーヤーで、いつもゲームには勝
つと思っているが、実際は、負ける。彼のセールスマンとしての稼ぎは、
週100ドルだが、すべて使うか、スってしまう、少なくとも半分はギ
ャンブルで。そのために、彼の妻は働かなくてはならず、うちで、ウェ
イトレスとして働いている。ほとんどいつも、彼は一文無しか、借金を
背負って、来週の手数料の小切手で生活している。
 彼がルース(それが彼女の名前で、夫はレイフラック)に身体的に暴
力を振るったとは思ってない。そうあって欲しいと思いそうなのは、暴
力を振るえば、彼女は出て行くからだ。
 彼については、ほとんど知らない。できれば結婚を破綻させたいオレ
の気持ちを正当化するような、不誠実なことをしたかどうかという事実

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も含めて、知らない。
 うわさのようなことを、ルースには話してない。それで、ルースがフ
レックと離婚するかどうかも分からない。たぶん、彼女は、そうしたう
わさの話をしたら、おこるだろう。それに、彼女は、そうしたフレックの
裏切りを疑っているかもしれない。妻というものは、前にも言ったよう
に、そうした話をしたがる。コンサルト精神分析医として、あんたの意
見は?
 しかし、それは、ほんとうにあんたにきたいことではないし、オレ
自身もあまり興味がない。
 ここには、レイプ殺人鬼がいて、明らかに、サイコだ。すでに、2人
の女をレイプして殺害している。レイプし、殺す、流れ作業。彼は、ネ
クロフィルではない。最初のレイプ殺人は、4か月前、2番目は、2か
月前。2つの犯罪の間隔は、時間インターバルを置くには、短か過ぎる。
しかしもしもそうなら、犯行をまた犯すというプレッシャーを自分に与
えるための時間と思われ、3番目の犯行も間近だ。やつの手口は━━━
 ちょっと待って!犯行がどうだったか詳細を語る前に、周辺の事情に
ついて語っておこう。殺人捜査部の部長は、オレの友人で、理解もでき
るが、とても心配症だ。彼は、署長からのプレッシャーも、警察の委員
会からも、新聞からも大衆からも、サイコパスを友達にする気かと、プ
レッシャーを受けている。もしも失敗したら、降格される。なにひとつ

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手掛かりも、目撃者もない。
 彼は、もちろん、オレが心理学に詳しいことを知っていて、会うとい
つも、犯人についての推理で、オレを質問攻めにする。推測を交えて。
オレも推理をいくつかした。しかし、それが正しいのかどうか分からな
いし、警察の実際の捜査に役立つとは思えない。
 たぶん、あんたの方が優れているだろう。あんたは、オレよりずっと
異常心理学を研究している。とにかく、サイコについて、オレの知って
る事実を伝えて、オレが思いつかなかったようなアドバイスがないか知
りたい。それを部長に伝えよう。あんたから有益な情報が得られれば、
いくつかの命や生活を救うことになる。では、始めよう。
 どちらも若い家庭の妻で、魅力的だった。いずれも、襲撃されたとき、
家にひとりでいた(家は、一方は一戸建て、もう一方は、アパートだっ
た)一方は夫が仕事で町を出ていた、もう一方は、航空部品工場でシフ
トで働いていた。
 どちらのケースも、押し入られた痕跡はなく、女がやつに会ったか、
少なくとも、ドアをけた。
 どちらの女も、アゴにパンチを食らって、意識を失って、ベッドへ運
ばれた。服は引き裂かれ、レイプされ、絞め殺された。その間、抵抗し
た証拠がないため、ノックアウトで意識を失っていた。(検死で、どう
やってそれが分かるのかかないでほしい、医学的検査で確かだと友人

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が言ったので、そのまま伝えた)
 どちらも、夜の犯行だった。一方の正確な時間は分かっている、10
時。アパートに住んでる方だ。アパートの下の階の夫婦が、その時間、
どたんという音を聞いている。正確な時間を覚えていたのは、夫が好き
な10時のテレビ番組に切り替えた時間だったからだ。上の階の住民が、
ひとりでいるのを知っていたので、夫婦は顔を見合わせて、彼女が倒れ
て助けがいるかどうか疑問に思ったが、室内を歩く足音がしたので、大
丈夫と決めて、なにか重いものを落したか、落ちたが、傷はなかったと
考えた。
 それは、2つの犯行のうちの、最初のものだった。2番目の正確な時
間は、分からない。女の死体は、つぎの日の午後早くに、夫が出張から
帰るまで発見されなかった。ずいぶん時間が立ったあとだったので、検
死官は、死んだのは前日の夜、たぶん、9時から深夜のあいだとしか言
えなかった。
 やつは、かなり力の強いやつだと思われる。背後からノックアウトブ
ローを放っただけでなく、犠牲者がベッドに運ばれたあとに、服を引き
裂く様子からも。一方の女は、厚い生地のハウスコートを着ていたが、
ジッパーが半分くらいいていた。それを残りも引き裂いた。簡単には
破れない生地だったにもかかわらず。
 パンチのスピードと正確さから、警察では、やつは、ボクサー経験が

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あると見ている。力が強いことから、ホワイトカラーよりは工場労働者
だろうと見ている。オレは、可能性としては、それらの推理に賛成する
が、確率が高くても、確かとは言えない。ボクシング経験がなくても、
いい指導と少しの幸運で、そのようなパンチは放てる。良い心を持って
(曲がってはいるが)良い指導があれば、肉体労働者より、もっとうま
く物事を運べそうだ。
 身体的に言えることは、そのまま、精神的な面にも当てはまる。第一
に、やつは、まぬけではない。仕事を分析し、女がひとりでいる時間を
知っていた。そうでなければ、信じられないほど運が良かった━━━信
じられないことまで考えることはしない。また、やつは、一切どこにも
指紋を残してない。手袋をしていたか、表面に指紋の付きそうなものに
は触れなかった。まぬけだったら、指紋のことまで考えないだろう。
 しかし、もっと重要なことは、サイコの性格だ。オレは、理論を持っ
ている。あんたがそれを拡張してくれるか、賛成しないなら、より良い
ものを提供してくれることを期待する、
 やつは、精神的に、女をおそれていると、オレは信じる。そして、怖れ
ているがゆえに、憎んでいる。やつを、ウーマンフォボスと呼ぼう。そ
して、女を怖れるがゆえに、やつは、自分には性的不能があることに気
付いている。意識のある女に対して。よって、意識のない女が、唯一の
性的はけ口となる。そのあとですぐに女を殺すことは、サイコパス的憎

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しみと思われる。一瞬で燃え上がるが、燃え上がったあとすぐに。ここ
で、注意が要る。死んだ女は、自分の記述にも証明にもなれない。よっ
て、オレの推理は、犯行の理由は、それらの理由の混在と思われる。
 やつのサイコ性の記述が正しければ、やつは独身だということが、ほ
ぼ確かだ。ほぼと言ったのは、過去に一度結婚していたかもしれないか
らだ。とても若かったころの不幸な結婚が、やつのサイコパスの原点と
なったかもしれない。だが、かつて結婚していたかどうかは別にして、
今、女といっしょに生活してはないことは確かだ。
 また、たぶんそうではないかと思うことは、やつが職業を選べるとし
たら、可能な限り女とのコンタクトの少ない仕事を選ぶということだ。
YMCAや、あるいは、男だけのホテルや、カネがあるなら独身者専用
アパートに住んで。
 それらは、ただの可能性だ。やつはとても頭が良く、演技がうまく、
女ともコンタクトのある完全に普通の仕事をしているかもしれない。そ
うなると、捕まえるのはかなりやっかいだ。
 やつがどのくらい頭がいいかについて話したが、これは、やつが3番
目の犯行に及ぶ際に使える。もしもまったく同じ手口で臨んだら、やつ
はオレの考えていたよりも、ずっとアホということになる。なぜなら、
3番目は、今までのやり方は一切通用しないからだ。
 この都市の女は、2番目の犯行以来、とても怖れている。家やアパー

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トにひとりでいるときは、昼間であっても、知り合いがそこにいない限
り、単にドアを開けない。チェーンボルトは、またたくに売り切れて、
金具店は空輸便で注文し、それでも需要に間に合ってない。会話可能の
ドアののぞき穴も、多くのドアに取り付けられ、禁酒法の時代に逆戻り
したかのようだ。
 怖れが、経済に奇妙な効果を及ぼした。ふつう、この規模の都市には、
数百人の家庭訪問セールスマンや勧誘員が働いている。それらが、今、
ゼロになった。2番目の犯行のあと、この2か月間、家庭訪問でドアが
開かれることはないため、稼ぎがほとんどなくなって、単に、生活して
いけなくなった。彼らは、みんな、よりグリーンの牧草地に引っ越して
行ったか、別の職業に転職した。フューラーやワトキンスのような大手
の会社も、ここの支店を閉鎖した━━━一時的であって欲しいと彼らは
願っている。
 セールスマンだけでなく、郵便配達も困っている。着払いや書留など、
サインが必要な郵便、借金取り、宅配便、検針員、チャリティ収集員、
といった人々も影響を受けた。
 2つの犯行が及ぼした影響は、じつに奇妙で━━━
 
               ◇
 

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 ジョージミコスは、そこで、ひと休みして、残りの文章を考えた。そ
のとき、コックの声が聞こえた。「ヘイ、ジョージ、来てくれると助か
る!手を貸して!」
「分かった」と、彼。そう答えると、キッチンへ向かった。






        午後6時15分
 
 レイフレックは、腹は空いてなかったが、なにか食べた方がいいと思
った。寝るのが遅かったので、朝食はコーヒーだけ、昼も軽いランチだ
けだった。そして夜は、ポーカーゲームに参加してカネを作るための遠
征で、すでに2杯飲んでいた。これから先の夜のコースで、少なくとも
12杯は飲むことになる。良いポーカーゲームにしたいなら、12杯の
ドリンクを支える食事の土台が必要だ。
 
 

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                            (つづく)



















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