アリスのアンダラン
          原作:ルイスキャロル
          アランフィールド
            プロローグ
             
 アリスは、姉のマギーといっしょに土手にすわって、な~んにもする
ことがなくて、飽きてしまった。1回か2回、マギーが読んでいる本を
のぞいてみたが、そこには、さし絵も会話もなかった。
「さし絵も会話もない本なんて、なんの価値があるのかしら?」と、ア
リス。自分に。
 アリスは、心のなかで話していたので、(暑い日ですごく眠くて、頭
はボーッとしながら)デイジーの花のチェーンを作るのは起き上がる価
値があると、デイジーの花をんでいると、アリスのすぐ近くを、ピン
クの目をした白のウサギが走っていった。



 

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1
























































            1
 
 そのこと自体におかしなことはなにもなかったし、ウサギがこう自分
に言うのを聞いてもとても自然に思えた。
「あ~、なんてこった!遅刻だ!」
(あとで思い起こすと、すこしは不思議に感じてもよかったが、このと
きは、すべて自然にみえた)しかし、ウサギがチョッキのポケットから
時計を出して、それを見て、走りだすと、アリスも走りだして、心に浮
かんだのは、チョッキのポケットだろうがなんだろうが、時計を取り出
すウサギなんて見たことないし、あまりに奇妙なので、草地を横切るウ
サギの後を追った。生け垣の下の大きなウサギ穴に飛び込むのがチラッ
と見えた。その瞬間、アリスもあとに続いてウサギ穴に飛び込んだ。もと
の世界に、どう戻ったらいいかなんてことはまったく考えなかった。
 ウサギ穴は、ある種のトンネルのようにまっすぐで、突然下に向かっ
ていて、あまりに突然なのでアリスは自分を止めようと考えるひまもな
く、深い井戸のようなところへ落ちていった。井戸が深いのかあるいは
とてもゆっくりと落ちているからか、落ちながらまわりを見ながら、つ
ぎはどうなるのか考えられた。最初に下を見て、どこへ落ちてゆくのか
知ろうとしたが、あまりに暗くて分からなかった。つぎに、井戸の横を
見ると、そこは戸棚や本棚でできていた。地図もあれば絵もあって、く

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3
























































ぎでつるされていた。落ちながら戸棚からビンを手にした。ビンには、
「オレンジマーマレード」というラベルがあった。ビンはカラだったの
で、アリスはがっかりした。ビンを落とすと下のだれかにあたってしま
うかもしれないので、落ちながら戸棚のひとつに戻した。
「そうね!」と、アリス。自分に。「こんなに落ちたあとでは、階段で
ころぶことなんてどうってことないわ!家に帰ったら、わたしの勇気に
みんな驚くわ!だって、家の一番高いとこから落ちたってぜ~んぜん平
気だもの!」
(これは、ほとんど本当のことだった)
 
               ◇
 
 下へ、下へ、下へ━━━落ちてゆく終わりってないのかしら?
「なんマイル落ちたのかというと」と、アリス。大声で、自分に。「も
う地球の中心近くに来てるわ!ちょっと待って!もう4千マイルは落ち
てるから」
(アリスは学校の授業で、この種のことは習っていて、ここは誰も聞い
てる人がいないから、知識を披露ひろうするのにとてもふさわしい場所とは言
えないけれど、最後まで述べるよい機会ではあった)
「そうね、距離は正しい。でも、ここの経度と緯度はどのくらいか?」

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(アリスには、どちらも見当がつかなかった。ただ、経度と緯度は、口
にするだけの重みのある言葉だった)
「もしも」と、アリス。また、大声で、自分に。「地球のちょうど反対
側まで落ちたらどうなるのか?人々がみんな頭を下にして歩いていると
ころに出ていったら、おかしく思われるわ!でも、そこの国の名前を聞
くべきね!あら、奥さま、ここはニュージーランドですの?それとも、
オーストラリア?」
 アリスは今聞いてるようにおじぎをした。(空中を落ちながらのおじ
ぎなので、すこし変だった。たぶんうまくできる人なんていない)
「小さな少女が聞いても無視されるのがオチだわ。そんなふうに聞いて
もだめで、たぶんどこかに書けば分かってもらえるのよ!」
 
               ◇
 
 下へ、下へ、下へ━━━アリスは、ほかにな~んにもすることがない
ので、また、大声で、自分に。
「ディナは、今夜わたしがいなければさびしがるわ!なんとかしないと!」
(ディナは、アリスの家でわれているネコだった)
「お茶の時間に、ディナのミルク皿を忘れなければいいけど。ディナ、
ここにいっしょにいてくれたらいいのに!空中にはねずみはいないけど、

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7
























































こうもりをつかまえられるわ!こうもりってねずみにとても似てるのよ。
でも、ネコって、こうもりを食べるのか?」
 アリスはすこし眠くなって、繰り返し自分に、夢のなかで問いかけた。
「ネコって、こうもりを食べるのか?」
 あるいは、
「こうもりって、ネコを食べるのか?」
 どちらも答えられないので、どちらでもよくなった。眠たくなり、夢
で、ディナといっしょに散歩をして、アリスは熱心にディナに聞いた。
「ねぇ、ディナ!ほんとうのことを教えてくれる?ディナは、今までこ
うもりを食べたことあるの?」
 突然、「ババ~ン!」と、ステッキやヒゲ剃りがどっさりある山の上
に落ちて、落下は終わった。
 アリスは、どこもケガはなく、自分の足で山を飛び降りた。見上げて
も暗く、アリスの前には、別の長い通路があって、白のウサギが先を急
いでいた。見失うわけにいかなかったので、アリスは風のようにウサギ
のあとを追った。コーナーを曲がるときに、ウサギの声がした。
「耳もヒゲも、遅れないよう急げ!」
 アリスもすぐにコーナーを曲がった。するとそこは、低いホールがの
びていて、天井にはランプが並んでいた。
 ホールには、ランプごとにドアも並んでいた。どのドアもかぎがかか

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っていて、アリスはすべてのドアを試して、悲しくなって、ホールの中
ほどまで来た。
「これじゃ、どうやって出たらいいの?」
 
               ◇
 
 アリスは、ガラスでできた小さな3脚テーブルの前に来た。テーブル
の上には、小さな金のカギがあった。
「このカギは、きっとドアのカギだわ!」
 しかし、どのカギ穴も大きすぎるか小さすぎるかどちらかで、ドアを
あけられなかった。
 低いカーテンに来ると、そのむこうに18インチの高さのドアがあっ
た。金のカギを試すと、ちゃんとカギ穴に合って、アリスはドアをあけ
られた。ウサギ穴くらいしかない小さなドアのむこうをのぞくと、今ま
で見たことのないような美しい花壇だった。
「暗いホールを出て、美しい花壇や冷たい噴水を見てみたいわ!」
 しかし、小さなドアには、アリスの頭も入らなかった。
「わたしの頭だけでも通り抜けられたら、肩なんてなくたっていいわ。
望遠鏡のように伸び縮みできたらいいのに!どうやったらいいか分かれ
ばできそうな気がする!」

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 このところ信じられないことがたて続けに起こるので、アリスは不可
能なこともあきらめずに考えるようになった。
 なにもできずに、別のカギか、なにか人間を伸び縮みさせる手引書で
もないかとテーブルまで戻ると、小さなボトルがあった。
「たしか、前はなかったはずよ!」と、アリス。
 ボトルのラベルには、大きな字体で美しくこう書かれていた。
「わたしを飲んで!」
「わたしを飲んでですって?」と、アリス。「よく言われそうなことだ
わ。そういうときに注意することは、ビンに毒入りって書いてあるかよ
く見ること!」
 アリスは、今までいろいろなお話のなかで、子どもたちが焼かれてし
まったり、野獣に食べられてしまったり、そのほかの楽しくない目にあ
ったりするのは、子どもたちに教えられた簡単なルールを忘れていたか
らだということを知っていた。つまり、火のなかに飛び込めば燃えてし
まうとか、ナイフで指を深く切ればふつう血が出るとか、そして忘れて
ならないのは、毒入りと書かれたビンを飲めば、遅かれ早かれ、同情し
がたい目にあってしまうということだった。
 しかし、このボトルには毒入りと書かれてなかった。アリスはなめて
みると、とてもおいしかったので、(いろいろなフレーバーが混ざって
いて、チェリータルト、カスタード、パイナップル、ローストターキー、

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トフィー、それにホットバタートーストの味がした)すぐにすべて飲ん
でしまった。
 
               ◇
 
「へんな気分!」と、アリス。「望遠鏡のように、縮んでしまうわ!」
 アリスは、10インチの背丈になったが、顔は輝いかがやていた。「これで、
美しい花壇の小さなドアを通れるわ!」
 アリスには心配なことがあった。
「いったいどこまで縮んでいく?キャンドルのように縮んでいったら、
困るわ。炎はほのお、キャンドルが燃え尽きたら、どうなってしまう?」
 アリスは、キャンドルが燃え尽きたところを見たことがなかった。
 しかし、なにも起こらなかったので、アリスはドアを通ることにした。
ドアの前まで行ってから、金のカギをテーブルに忘れてきたことを思い
出した。戻って見上げると、金のカギは、はるか上のガラスのテーブル
にあって、手が届かなかった。足をかけても、ガラスの3脚はすべりや
すく、登れなかった。
 アリスは、すわり込んで泣きだした。
「しっかりしなさい!」と、アリス。自分に。「泣いてもなんの役にも
立たないわ!しばらくがまんするのよ!」

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(アリスは、自分にアドバイスができた。ときには涙を浮かべるほど、
きつくしかった。ひとりクリケット試合もやったことがあって、まるで
自分がふたりいるかのように、自分にも耳を疑うほど不親切にふるまう
ことができた)
「でも、ひとりふた役なんて、今はなんの役にも立たないわ。自分を尊
敬できるようなことはなにもないもの!」
 アリスは、テーブルの下の小さな黒の箱に気づいた。箱をあけると小
さなケーキが入っていて、カードには、大きな字体で美しくこう書かれ
ていた。
「わたしを食べて!」
「いいわ、食べるわ!」と、アリス。「もしも大きくなったら、カギに
手が届くし、もしも小さくなれば、ドアの下を抜けられる。いずれにせ
よ、花壇に行ける。どっちでもかまわないわ!」
 アリスは、ケーキをすこし食べた。
「どっち?」
 アリスは、手を頭の上に置いて、大きくなったと感じようとしたが、
驚くことに、同じサイズのままだった。これは、ケーキを食べてふつう
のことだったが、アリスは、非常識なことばかり期待していたので、ふ
つうのことがすごくバカらしいことに思えた。
 アリスは、すぐに食べ終えた。

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               ◇
 
「おかしい!すごくおかしい!」アリスは、叫んだ。
(アリスは、あまりに驚いて、正しい英語を忘れてしまった)
「望遠鏡を1番長くのばしたみたいだわ!さよなら、わたしの足よ!」
(アリスは、下を見た。足は、遠ざかって視界から消えそうだった)
「かわいそうなわたしの足!だれが靴下や靴をはかしてくれるのかしら?
わたしには手に負えないわ。あまりに離れすぎていて、足の世話ができ
ない。自分たちでなんとかしなさい!でも親切にはするから、わたしが
歩きたいときは、そうして欲しい!クリスマスには毎年新しいブーツを
プレゼントするから!」
 アリスは、いろいろプランを考えた。
「足はたしかに運んでくれるものだけど、プレゼントしたり手紙を書く
のはおかしなことだわ!
 わたしの右足へ
  カーペットに気をつけて!
    アリスより、愛を込めて
これは、あまりにナンセンスだわ!」
 そのとき、アリスの頭がホールの天井にたっした。背丈は5フィートを

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越えていて、すぐに小さな金のカギをとると、花壇のドアに急いだ。
 悲しいことに、アリスのできることといったら、横になって片目で花
壇を見るくらいで、ドアを通り抜けることなど、前よりもっとできそう
になかった。アリスは、すわり込んでまた泣きだした。
「恥を知りなさい!」と、アリス。「大きな図体ずうたいをして!」
(じっさい、そうだった)
「こんなふうに泣いたりして!すぐやめなさい!」
 しかし、アリスは泣きやまず、なんガロンもの涙を流して、まわりは
深さ4インチの大きなプールのようになって、ホールの中ほどまでたっ
た。そのあと、ピチャピチャいう小さな足音が聞こえてきた。なにが来
るのか見ると、アリスは泣きやんだ。
 白のウサギだった。きれいな礼服を着て、左手に白の手袋、右手に小
さな花束を持っていた。
 アリスは、白のウサギがそばを通るときになにかを聞こうとしたが、
気分が沈んでいたので、低いおどおどした声になった。
「あの~、よろしかったら、教えて」
 ウサギは声のするホールの天井を見上げてから、花束と白の手袋を落
として、暗闇のなかへ猛ダッシュで走っていった。
 アリスは、花束と白の手袋を拾った。花束はいいにおいがして、アリ
スはずっと花束のにおいをかぎながら、「待って!」と言いながら、ウ

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サギの後を追った。
 
               ◇
 
「きょうは、すべてがおかしいわ!」と、アリス。自分に。「きのうは、
すべてがふつうだったのに!夜に変わったのかしら?落ちついて考えて
みましょ!朝起きたときは、わたしは同じだったか?ちょっと違ってた
気がする。違ってたとしたら、この世界にいるわたしはなんなの?むず
かしいパズルだわ!」
 アリスは、自分と同じ年齢の子どもたちと比較してみた。
「わたしは、ガートルードではないことは確かだわ。ガートルードは長
い巻き毛だけど、わたしはぜんぜん巻き毛じゃない━━━わたしは、フ
ローレンスではないことも確かだわ。わたしはいろんなことを知ってる
けど、フローレンスはほとんどなにも知らない。それに、フローレンス
はフローレンスだし、わたしはわたしよ。むずかしいパズルだわ!知っ
てたものが、ちゃんと分かるかテストしてみましょ!4×5は12、4
×6は13、4×7は14、あら、なんてことでしょう!このままでは
20になかなかならないわ!掛け算表は、証明にならない。地理がいい
わ。ロンドンはフランスの首都、ローマはヨークシャー州の首都、パリ
は━━━あ~、みんな違ってる!分かったわ!わたしはフローレンスに

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なってしまったんだわ!それじゃ、こんどは『子どものクロコダイル』
を歌ってみましょ!」
 アリスは、ひざの上に乗せた両手を合わせて、歌い始めた。しかし、
声はしゃがれて、歌詞も前とは違っていた。
「子どものクロコダイルは
 尾は輝いかがや
 ナイルの水をかけると
 全身が金色にひかり輝くかがや
 
 楽しそうに笑い
 ツメをきちんと広げて
 うおを迎えると
 アゴもやさしく笑う」
「この歌詞は、ぜんぜん違うわ!」と、アリス。目は涙であふれた。
「やはり、わたしはフローレンスになってしまったんだわ!ちっぽけな
家に住んで、おもちゃもなく、習い事もたくさんあって!いや、違う!
ぜったい違う!フローレンスなら、ここに座ったまま、なすすべもなく
頭を下げて、〝どうぞ〟って言うだけだわ。わたしなら、見上げて、こ
う言うの。〝わたしはだれ?最初に教えて!もしも好きな人なら、そう
なるわ。もしもきらいな人なら、ここに座ったまま、好きなだれかにな

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25
























































るまで待つ〟でも━━━」と、アリス。涙がどっとふきだした。「頭を
下げるのは、みんなの方よ!わたしはずっとひとりだったので、とこと
ん疲れた!」
 アリスが下を見ると、驚いたことに、しゃべりながら左手にウサギの
小さな手袋をしていた。
「どうやってつけたのかしら?もしかしたら、また、小さくなりだした
んだわ!」
 アリスは、テーブルに戻って、自分の背丈を調べてみると、2フィー
トになっていた。そして、さらに急速に小さくなっていた。
「小さくなったのは、右手に持っているこの花束のせいだわ。ちょうど
いいタイミングで、花束を捨てなければ!今よ!」
 アリスは、3インチになった。
「さぁ、花壇へ行きましょ!」と、アリス。大声で。
 アリスが花壇のドアに戻ると、ドアはまたカギがかかっていて、小さ
な金のカギは、前のようにテーブルの上にあった。
「前よりもっと悪いわ。わたしは、前のように小さいし、どうしたらい
いの?」
 このとき、アリスは足をすべらしてドボンと塩水のプールに落ちた。
かろうじて、アゴだけ水面から出した。
「そうね、ここは地面の下で、この塩水は、わたしが9フィートだった

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ときの涙のプールよ。こんなに泣かなければよかったわ!」
 アリスは泳ぎながら、抜け道をさがした。
「あんなに泣いたバツなんだわ!自分の涙のプールでおぼれるなんて、
おかしいわ!」
 
               ◇
 
「きょうは、すべてがおかしいわ!」と、アリス。自分に。
 すぐ近くを、なにかが水しぶきをあげて泳いできた。セイウチかカバ
くらいの大きさだったが、自分が3インチだったことを思い出すと、そ
れはただのネズミだった。アリスと同じように足をすべらしたのだ。
「ネズミと話すことが」と、アリス。「なにかの役に立つのかしら?ウ
サギには、まったく相手にされなかったわ。ここにずっといるのもイヤ
だし、ネズミが話せないという理由もない。やってみるべきだわ!」
「ネズミさん」と、アリス。「このプールを出る道をご存知?もう泳ぐ
のには疲れたわ!」
 ネズミは、泳ぎながらアリスをじろじろ見て、ウィンクをしたがなに
も言わなかった。
「たぶん、英語が分からないんだわ!そう、ウィリアム王が連れてきた
フランスのネズミよ!」

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(アリスの歴史の知識では、なにが何年前に起こったことなのかよく分
からなかった)
「Ou est mon chat?」(ネコはどこ?)
 これは、アリスのフランス語のテキストの最初の例文だった。
 ネズミは、ジャンプするとふるえだした。
「あら、ごめんなさい!」と、アリス。急いで言い足した。「傷つけた
かしら?ネコは好きでなかったわね?」
「きらいです!」と、ネズミ。ふるえる声で。「あなたが私でしたら、
ネコが好きですか?」
「たぶんきらいね」と、アリス。なだめるように。「おこらないでね!
あなたに、うちのディナを見せてあげたいわ。ディナをひと目見れば、
あなたもネコが気に入るわ!ディナは、それほどおしとやかでおとなし
いネコなの」
 アリスは、もう泳ぐのにあきて、半分は自分に言い聞かせていた。
「ディナは、手足をなめたり、顔をふいたりして、暖炉のそばにおとな
しく座ってる。みんなをいやしてくれる。それにネズミをつかまえるの
は一流よ━━━あら、ごめんなさい!また、傷つけてしまったかしら?」
 アリスは、また大声であやまった。ネズミは、こんどは全身の毛をさか
立てていた。
「すごく傷つきました!」と、ネズミ。おこってふるえていた。「うち

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の家族はみんなネコが嫌いです。ネコは、ずるいし低俗で下品だから。
もう2度とネコの話はしないでください!」
「ええ、そうするわ!」
 アリスは、別の話題を大あわてでさがした。
「あなたは、そうね、あなたは、イヌはお好き?」
 ネズミは答えなかった。アリスは、熱心に続けた。
「うちの近くに、かわいいイヌがいるのよ!あなたに見せてあげたいわ。
明るい目をした小さなテリア。そう、長いカールした茶の毛をして、投
げるボールが大好き。ちょこんと座って、ディナーとかおやつをせがむ。
牧場主に飼われていて、彼の話では、ネズミをみんなやっつけたそうよ
━━━あら、ごめんなさい!また、傷つけてしまったかしら?」
 ネズミは、全力で泳いでアリスから離れていった。プールには大きな
波が立った。
「ネズミさん」と、アリス。できるだけやさしく呼びかけた。「戻って
きて!ネズミさんが嫌いなら、もう、ネコもイヌの話もしない!」
 ネズミは、これを聞くと、Uターンしてゆっくりアリスのところへ泳
いできた。ネズミの顔は、すっかり青ざめていた。
(アリスは、ネズミに強い感情を感じた)
「岸へ泳ぎましょう!」と、ネズミ。ふるえる低い声で。「そこで私の
生い立ちを話します。それを聞けば、私がなぜネコやイヌを嫌いなのか

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分かるはずです」
 泳いでゆくのは、やたら時間がかかった。プールには、鳥や動物がた
くさん泳いでいたからだ。アヒルに、ドードー、ロリー、イーグレット、
そのほか珍しい生き物たちがいた。アリスは先頭を泳いで、大集団は岸
へ泳ぎついた。
 
 
 
 
 
 



 

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            2
 
 岸に泳ぎ着いた集団は、すごく奇妙な集団だった。鳥は、れた羽を
引きずり、動物は、れた毛がくっつき、みんな居心いごごちわるそうだった。
最初の課題は、どうかわかすかだった。ヒントが欲しかった。アリスは、
この問題について、鳥たちと、まるで昔から知り合いであるかのように、
親しく話し合っている自分に、まったく驚かなかった。実際、ロリーと
は長い議論が続いていて、ロリーは、ついに、むっとして言った。
「わたしは、あなたより年上ですよ!ですから、わたしが正しいのです
!」
 アリスは、これには、ロリーの年を知らないので賛成できず、ロリー
も年を言うのをはっきり拒否したため、議論は先に進まなくなった。
 ついに、みんなから一目置かれているらしいネズミが、叫んだ。
「みんな座ってください!そして、私の前に集まってください!すぐに
みんなをかわかしてあげます!」
 みんなは、寒さにふるえながら、大きな輪を描いて、すぐに座った。
アリスは真ん中に座ったが、すぐにかわかしてもらわないと、悪い風邪を
引きそうなので心配しながら、ネズミをじっと見つめた。
「エヘン!」と、ネズミ。少しもったいぶって。「用意はいいですか?
これが、私が知る限りもっともかわいたものです!ご静聴くせいちょうださい!

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37
























































 ウィリアム王は、ローマ教皇の信任を得て、すぐにイギリス国民に王
として認められ、後に略奪と侵略の限りを尽くしました。メルシアとノ
ーサンブリアの伯爵であったエドウィンとモカーは━━━」
「ゲェー!」と、ロリー。ふるえながら。
「なんですか?」と、ネズミ。顔をしかめながらも礼儀正しく。「なに
か言いました?」
「いいえ、私じゃありません!」と、ロリー。あわてて。
「そうですか」と、ネズミ。「先を続けます。メルシアとノーサンブリ
アの伯爵であったエドウィンとモカーは、ウィリアム王を認め、また、
カンタベリーの愛国的な大司教のスティガンドでさえ、エドガーアスリ
ングとともに、ウィリアム王に拝観し王冠を奉納ほうのうするのが懸命と考えま
した━━━。なんですか?」ネズミは、話し始めたアリスを見た。
れたままだわ!」と、アリス。「ちっともかわかしてくれないわ!」
「この場合」と、ドードー。立ち上がりながら、重々おもおもしく。「会合は、
より積極的な修正をただちに採択するために、延期すべきだ!」
「英語を話してください!」と、アヒル。「私には、そのような長いワ
ードの意味は、半分も分かりません!普通に話してください!」アヒル
は、があがあ鳴くのが楽しそうに笑った。ほかの鳥たちも、いっしょに、
くすくす笑った。
「私が言いたかったのは」と、ドードー。自己弁護するように。「この

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39
























































近くに、少女の住む家があるので、そこでかわかしてもらってから、あな
たの話を気分よく聞きましょう、ということです!」ドードーは、ネズ
ミに、おごそかにに頭を下げた。
 ネズミは、これには異論がなかったので、集団は川岸に沿って(とい
うのも、このときにはプールはホールからあふれ、水しぶきや忘れな草
で波立っていた)、ドードーを先頭に、ゆっくりと移動した。
 しばらく行くと、ドードーは、もう待ちきれなくなって、集団のほと
んどを引き連れているアヒルより先に、早いペースで歩き出した。アリ
スとロリー、イーグレットも続いた。すぐに小さな家に着いて、暖炉の
前にきちんと座って、毛布にくるまった。集団の残りも到着すると、み
んなでかわかした。
 すると、川岸のときのように、集団は、大きな輪を描いて座り、ネズ
ミに物語を始めるようお願いした。
「私のは、長く悲しい話でテイルす!」と、ネズミ。アリスの方を向き、ため
息をついた。
「確かに、長い尻尾テイルだわ!」と、アリス。集団の大きな輪をおおってし
まうような、長いネズミの尻尾を見た。「でも、なぜ尻尾テイルが悲しいのか
しら?」
 アリスは、このなぞきながら、ネズミの話を聞いていたので、話のテイル
内容は、頭の中でこんなふうになった。

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41
























































 私たちは、ソファの下に住んで
   暖かく、快適で、太って
      しかし、大きな苦難が!
         ━━━それは、ネコでした!
            楽しみは邪魔され、
            目は、霧、
         心は、丸太、
      それは、イヌでした!
   ある日、ネコが去れば、
   ネズミは、楽しく遊べるでしょう!
      しかし、ああ、イヌ(と言われるもの)が!
         イヌとネコがかりをしたら、
            ネズミは、たいへん!
            みんな、ぺっちゃんこ!
         イヌかネコが、ソファの下に、
      そこは、暖かく、快適で、太って
      ━━━考えてもみてください!
「あなたは聞いていない!」と、ネズミ。アリスに向かって、厳しい口
調で。「なにを考えているんです?」
「なんですって?」と、アリス。丁寧ていねいに。「あなたが、5つ目のスラン

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43
























































プに来ていると考えてもいいかしら?」
「まさか!」と、ネズミ。鋭い口調で、おこって。
「スランプよ!」と、アリス。自分なら力になれて、とても心配そうに。
「スランプを乗り越えられるように、手伝わせて!」
「スランプなんてありません!」と、ネズミ。立ち上がり、集団から離
れながら。「そんなナンセンスなことを言って、私を困らせようとして
いる!」
「いいえ、違うわ!」と、アリス。「自分をごまかさないで!」
 ネズミは、これには答えず、うなっただけだった。
「戻ってきて、話を続けて!」と、アリス。ネズミに呼びかけた。
「そうだ、そうだ!話を続けて!」と、集団。声をそろえて。
 ネズミは、耳を震わせただけで、すぐに歩いていって見えなくなった。
「行ってしまうなんて、なんて悲しい!」と、ロリー。ため息をついて。
 年寄りのカニは、娘に、こう言う機会を得た。「ほら見てごらんなさ
い、あんなふうに感情的になってはダメですよ!」
「ママこそ、感情的になってるわ!」と、娘のカニ。ぴしゃりと。「岩
にしがみついているカキの辛抱しんぼうづよさを、学ぶべきだわ!」
「ここに、ディナがいてくれたらなぁ!」と、アリス。大声で、誰に言
うともなしに。「そしたら、すぐにネズミを連れ戻してくれるわ!」
「ディナって、だれです?あえて、お聞きしますが」と、ロリー。

46

45
























































 アリスは、いつもディナの話がしたかったので、熱心に答えた。
「ディナは、うちのペットよ。ディナは、あなたが考えられないほどう
まく、ネズミをつかまえてくるの。それに、鳥を追いかけるのを見てごら
んなさい!そう、ディナは、小鳥を見つけたとたん、食べちゃうのよ!」
 アリスの言葉は、集団に大騒ぎを招いた。鳥たちの一部は、いそいで離
れて行った。年寄りのカササギは、注意深くからだを羽でおおいながら
言った。「すぐに家に帰らなければ!夜の冷気は、ノドに悪いからのぉ」
 カナリアは、震える声で子どもたちを呼び寄せた。「すぐに彼女から
離れなさい!もう、彼女は、わたしたちにふさわしい仲間ではないわ!」
 さまざまな口実をもうけて、集団は離れていった。すぐにアリスは、
ひとり残された。
 
               ◇
 
 アリスは、しばらくは、悲しくなって、黙っていた。しかしすぐに元
気になって、いつものように自分に話し始めた。
「もう少し、いっしょにいて欲しかったわ。友達になりかけていたのに!
ロリーとは、実際、姉妹のようだった!イーグレットも!それに、アヒ
ルやドードーも!アヒルは、わたしたちが水を渡っているとき、じょう
ずに歌ってくれたわ!ドードーがこの小さな家への道を知らなかったら、

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47
























































どう服をかわかしたらいいか分からなかったわ!」
 このとき、小さな、ぱたぱたいう足音が聞こえてこなかったら、アリ
スは、いつまでこんなふうにしゃべり続けていたかもしれなかった。
 それは、白のウサギだった。ゆっくり小走りに、戻ったりしながら、
なにか忘れ物をしたのか、心配そうに後ろを振り返り、つぶやいた。
「侯爵夫人にもらった大切なものを、なんてことだ!どこかに落として
しまったに違いない!」
 アリスは、すぐに、ウサギは、白の手袋と小さな花束を捜しているの
だと気づいた。アリスも捜し始めたが、今ではどこにあるのか分からな
かった。すべてが変わってしまったからだ。プールで泳いだり、歩いた
り、川岸が水しぶきや忘れな草で波立ったり、それに、ガラスのテーブ
ル、小さなドアが消えてしまったり。
 ウサギも、すぐに、自分のまわりを捜しているアリスに気づいた。
「なぜです、メアリーアン!」と、ウサギ。おこったような口調で。
「こんなところで、なにをしているのです?すぐに家に戻って、私の衣
装テーブルにある白の手袋と小さな花束を、ここへ持ってきてください!
すぐに走って!急いで!」
 アリスは、自分がなにも言わずに、ウサギに言われたとおり、すぐに
走りだしたことに驚いた。
 

50

49
























































               ◇
 
 気づくと、小さなぎれいな家の前に来ていて、ドアには明るい真鍮のしんちゅう
プレートに、「W・ラビット、ESQ」と書かれた表札があった。アリ
スは、急いで中へ入って、2階に上がった。手袋を見つける前に、本物
のメアリーアンに見つかってしまうんじゃないかとドキドキした。
「手袋の1組は、ホールに落としたわ。でも、この家に、いくつも手袋
があるはずよ!ウサギにメッセージを送るなんて、ヘンな話だわ!ディ
ナなら、きっとメッセージをくれるはずよ!」
 アリスは、起こるかもしれないでき事を想像し始めた。
「ミスアリス!ここへ来て!いっしょに歩きましょう!」と、ナース。
「少し待って、ナース!ディナが戻ってくるまで、ネズミが逃げないよ
う、穴を見張ってなくちゃならないのよ!」
「そうね」と、ナース。「わたしは、ディナが、そんなふうに人間に命
令し出すのを、やめさせなさいとは言わないけど」
 いつのまにか、アリスは、きちんとした小さな室にいて、窓辺のテー
ブルには、オペラグラスと、(予想したように)2・3組の小さな白の
手袋が置いてあった。アリスは、1組だけ持って室を出ようとして、オ
ペラグラスの横に小さなボトルがあるのが目に入った。ボトルには、
「わたしを飲んで!」のようなラベルはなかった。しかし、アリスはボ

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51
























































トルのふたをあけて、くちびるを近づけた。
「なにかヘンなことが起こることは、知ってるわ」と、アリス。自分に。
「なにか食べたり飲んだりすると、いつもそうですもの!このボトルは、
どうなるのかしら?大きくしてほしい!だって、こんな小さな体でいる
ことには、とことん疲れたわ!」
 その通りになった。しかし、期待したよりも早く、半分も飲まないう
ちに、頭が天井についたので、首が折れないよう、身をかがめた。そし
て、気が進まないながら、ボトルを置いた。
「もう十分だわ。これ以上、大きくならないでほしい。多く飲みすぎた
かしら?」
 もう手遅れだった。どんどん大きくなって、ひざをついた。すぐに、
余分なスペースはなくなって、横になってドアに左手のひじをついた。
右手は頭の後ろにまわした。さらに、アリスは大きくなって、右手を窓
から出し、右足はエントツの上に置いた。
「これ以上は、どうしようもないわ!この先、どうなるのかしら?」
 
               ◇
 
 幸運なことに、小さな魔法のビンの効果は、ここまでで、アリスは、
もはや大きくならなかった。しかし、まだ、居心地の悪いままで、室を

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53
























































出る方法はなく、アリスは自分が不幸だと感じた。
「家にいた方が、ずっと楽しかったわ!」と、アリス。自分に。「大き
くなろうが、小さくなろうが、ネズミやウサギに命令されようが、わた
しは、決してウサギ穴には落ちないわ!でも、こんなふうな人生も、お
もしろいかもしれない!つぎになにが起こるのかと、わくわくする!お
とぎ話を読んで、そんなことは実際にはありえないと思うけど、今、わ
たしは、おとぎ話の中にいるのよ!わたしのおとぎ話を書くべきだわ!
そうよ!わたしが大きくなったら、きっと書くわ」
 アリスは、悲しくなった。
「ここには、もう、わたしが大きくなれる場所が残ってないわ!」と、
アリス。「今のわたしより、大きくなれないとしたら、いいかもしれな
い。老婦人にならない。でも、毎日、授業を受けなければならないとい
うのは、イヤだわ!」
 アリスは、気がついた。
「そうだった!ここでは、授業はムリだわ!ここには、教科書を置く場
所も残ってないのよ!」
 そんなふうに、アリスは、最初は一方の側で、次に別の側から、2人
で会話しているかのようにしゃべり続けた。すると数分後、外で声がし
た。
「メアリーアン!メアリーアン!」と、声。「今、私の手袋を渡してく

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ださい!」
 階段に小さな足音がした。メアリーアンを捜しにきたウサギだった。
アリスは、身震いしたら家がゆれたので、自分が今では、ウサギの1千
倍も大きいことを思い出した。でも、別に驚くことなんて、なにもなか
った。ウサギは。ドアをあけようとしたが、ドアが内側にあくようにで
きていたので、アリスの左ひじが邪魔して、ドアはあかなかった。
「それじゃ」と、ウサギ。「外からまわって行きますから、窓から渡し
てください!」
「それも、たぶん、無理ね!」と、アリス。自分に。
 ウサギが窓の下に来ると、アリスは、出していた右手をひろげ、なに
かをつかもうとした。なにもつかめなかったが、小さな叫び声がした。
そして、落ちてぶつかって、ガラスの割れる音がした。たぶん、ウサギ
がキュウリハウスかなにかにぶつかって、こわしたにちがいない。
「なんです!どこにいるんです?」と、ウサギ。おこった声で。
 そして、アリスが聞いたこともないような声が続いた。「私はここで
す!リンゴを掘ってます!」
「本当です!リンゴを掘ってます!」と、ウサギ。おこった声で。「早く
来て、ここから出してください!」また、ガラスの割れる音。
「窓から出ているのは、なんです?」
「たしかに、腕ですね!」(ウサギは、「う~で!」と発音した)

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「1本の腕!ガチョウか!こんな腕があるもんか!窓いっぱいで、自分
で見ることもできない!」
「たしかに腕だ!1本の腕だ!」
「関係ない!どこかに行ってくれ!」
 このあと、声はしばらく止んだ。それから、ささやくような声。
「たしかにイヤだ!嫌いだ!絶対に!ひきょうもの!」
 アリスは、また、空中に腕をのばして、なにかをつかもうとした。2
回叫び声がして、ガラスが割れる音。
「キュウリハウスはいくつあるのかしら?」と、アリス。自分に。「次
は、なにをしてくるか?わたしを窓から引っぱり出してくれるとか?そ
うしてほしい!いつまでも、こんなところにいたくない!」
 しばらくの間、音がしなかった。そして、小さな車の付いたカートを
引く、がらがらという音がして、同時に話す、いろいろな声がした。
「別のはしごは?
 なぜ、1個だけ?
 ビルが別のを!
 ここに置いて!このすみに!
 ダメ!最初から、結ばないで!
 まだ、高さが足りない!
 まぁまぁだね!もう、ちょいだ!

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59
























































 ビル、ロープをつかんで!
 屋根までとどく?
 スレートのかわらを落とさないように!
 ああ、落ちる!頭をかがめて!」
 (落ちる大きな音)
「今、だれがやった?
 ビルだと思う
 だれが、エントツを降りる?
 イヤだ!私はやらない!
 私もイヤだ!
 ビルが降りれば?
 ビル!おかしらが、エントツを降りろって!」
「え、ビルがエントツを降りてくるの?」と、アリス。自分に。「なぜ、
みんな、ビルにやらせるのかしら?ビルが入れる場所を、じゅうぶん、
作ってあげられないわ!暖炉は、かなり狭い。でも、少しけってあげる
ことくらいできるわ!」
 アリスは、右足をできる限りエントツの下から離して引き、小さな動
物が、(なんの種類かは分からなかった)、エントツを降りて、すぐそ
ばまで来るのを待った。
「これが、ビルだわ!」と、アリス。自分に。そして、ビルを、思いっ

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61
























































きりり上げた。
「ああ、ビルだ!」と、みんなの声。
「ビルを、生垣いけがきのところで受け止めて!」と、ウサギの声。
 しばらく、沈黙。そして、いろいろな声。「どうだった?なにが、あ
ったの?みんな、話して!」
 しばらく、また、沈黙。
「ぼくにも、なにがあったのか分からない」と、かすかな声。(たぶん、
ビルの声だとアリスは考えた)「なにかに突然おそわれて、つぎの瞬間、
ロケットのように飛んでいたんだ!」
「でも、よくやったよ!」と、みんなの声。
「この家は、焼いてしまおう!」と、ウサギの声。
「もしも、そんなことしたら」と、アリス。できる限り大声で。「ディ
ナを、あなたのところへ差し向けるわ!」
 しばらく、また、沈黙。
「でも、ここから、どうやったらディナを呼べるのかしら?」と、アリ
スは考えた。
 アリスは、また、小さくなれるアイデアを思いついて、すぐにだんだ
ん小さくなっていった。アリスは、窮屈にきゅうくつ横になっていた場所から立ち
上がり、2・3分後には、ふたたび、3インチの身長になった。
 すぐに、アリスは、家を飛び出した。まわりには、小さな動物たちが

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63
























































あつまっていた。ギニア豚や白のネズミ、リス、それにビルらしき小さ
な緑のトカゲがいた。ビルは、ギニア豚たちに支えられていて、ボトル
からなにかを飲まされていた。すぐに、みんなが、アリスのところに集
まってきたので、アリスは、全速力で走った。気づくと、アリスは、森
のはずれに着いた。





            3
 
「しなければならないのは、まず」と、アリス。自分に。木のまわりをウ
ロウロしながら。「正しい身長に戻ること。つぎに、あの美しい花壇に
行く道を見つけること。これが、ベストプランだわ!」
 シンプルでよくまとまっていて、すばらしいプランではあったが、唯
一の弱点は、それをどう始めたらいいのか、アリスには、まったく分か
らないことだった。アリスは、木のあいだから心配そうにあたりをのぞ
ていたが、鋭い犬の鳴き声がして、大急ぎで顔を上げた。
 大きな丸い目をした、巨大な子犬が、片足をあげて、弱々しくアリス

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65
























































に触れようとしていた。
「かわいそうに!」と、アリス。子犬のご機嫌をとるように。口笛を吹
こうとしたが、うまくゆかなかった。
「この子は、おなかがすいているのかもしれない」と、アリスは考えた。
「どうご機嫌をとっても、かみつかれるかもしれないわ」
 どうしたらいいのか分からないまま、小枝をとって投げると、子犬は、
きゃんきゃん鳴きながら、大喜びで小枝を追っていった。アリスは、1
つのことが心配だった。踏みつけられないように、アリスは、アザミの
後ろに隠れた。そして、すぐに、別の側から顔を出した。子犬は、また、
小枝に向かって突進して、おおあわてで自分でひっくり返った。
「まるで」と、アリスは考えた。「ゲームをしてるみたいだわ。相手は、
荷馬車の馬と同じよ。いつ踏みつけられてもおかしくない。今度はアザ
ミをまわって、小枝に向かって突進してくる!馬のように、ほえている
!」
 子犬は、やっと、おとなしくなって半分目を閉じて座り、ハーハー息
をした。
「今が、逃げるチャンス!」と、アリス。すぐに走りだして、遠くまで
走り続けた。
「とんでもない子犬だわ!」と、アリス。子犬のほえ声が、はるかかな
たに小さくなると、疲れて立ち止まり、キンポウゲに寄りかかって休ん

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だ。花が手品の帽子のようで、奇妙だった。
「手品を教えているみたいだわ!もしも、わたしが正しい身長だったら
━━━そう、すっかり忘れていた!また、もとの身長に戻らなければ!
どうやるんだったかしら?たしか、なにかを食べたり、飲んだりするの
よ!でも、大きな疑問。いったい、なにを?」
 
               ◇
 
 たしかに、大きな疑問だった。いったい、なにを?
 アリスは、花や草のまわりを見渡してみても、今、食べるべき正しい
ものを、見つけられなかった。近くに、アリスの背と同じくらいの高さ
のキノコがあった。アリスは、キノコの下を見たが、上を見るべきこと
に気づいた。
 アリスは、つま先立ちして背伸びして、キノコのはじから上をのぞくと、
大きな青の毛虫と目があった。毛虫は、腕を曲げて座り、長い水キセル
を静かに吹いていた。アリスにもほかの事にも、まったく関心がなさそ
うだった。
 しばらくの間、黙ったまま目があった。
「あなたは、何者?」と、毛虫。やっと水キセルを口から離して、けだ
るそうにアリスを見た。

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69
























































 この質問は、会話のオープニングにはふさわしいとは言えなかった。
「わたしは━━━」と、アリス。少し恥ずかしそうに。「わたしにも、
わたしが誰なのか分かりません。少なくとも、今朝け さは分かってましたが、
それから何度も変身してしまって」
「どういう意味です?」と、毛虫。「説明しなさい!」
「わたしにも、説明できません、毛虫さん」と、アリス。「わたしは、
わたしではないからです!」
「なんですって?」と、毛虫。
「うまく説明できないのですが」と、アリス。とても礼儀正しく。「自
分が大きく変わってしまって!1日のうちに、なんども身長が変わって、
訳が分からないのです」
「別に変ではないね!」と、毛虫。
「あなたには、変ではないでしょうけど」と、アリス。「あなたは、そ
のうちサナギになって、そのあとで蝶にちょう変身するのでしょうけど、それ
って、少しは変に思えません?」
「ぜんぜん、変ではないね!」と、毛虫。
「わたしにとっては」と、アリス。「変なことなのです!」
「そのあなたは、何者?」
 会話の初めに戻ってしまった。アリスは、理屈をつけたり、説明させ
たりする毛虫に少しイラっとした。

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71
























































「あなたの方が先に、自分はなんなのか説明すべきよ!」と、アリス。
勇気を出して。
「なぜ?」と、毛虫。
「また、変な質問!」と、アリスは考えた。「かなり性格が悪そうだわ
!」アリスは、背を向けて、歩き出した。
「戻ってきて!」と、毛虫。「大切なことがあるんだ!」
 アリスは、気になって、また戻ってきた。
「どうか、落ち着いて!」と、毛虫。
「それで、終わり?」と、アリス。なるべく感情をおさえながら。
「まだです!」と、毛虫。
「また、待たせる気だわ!」と、アリスは考えた。「ほかにすることも
ないし、もしかしたら、聞く価値があることかもしれない」
 数分間、毛虫は、黙ったまま、水キセルをプカプカ吹いていた。しか
し、ついに、腕を組むのをやめて、水キセルを口から離した。
「あなたは、自分が変身したと、考えているのだな?」と、毛虫。
「そうです!」と、アリス。「前はどうだったか、思い出せないのです!
『小さなミツバチ』がどうしたか、言おうとしても、違ってしまうので
す!」
「『ウィリアム牧師』を、私のあとについて、繰り返して!」
 アリスは、腕を組んで、繰り返した。

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73
























































 
               ◇
 
「ウィリアム牧師!」と、若者。「あなたの頭は、白髪。なのに、いつ
も、頭で逆立ちしている!それって、あなたの年齢と しに、ふさわしいこと
ですか?」
 
               ◇
 
「たしかに若いころは」と、ウィリアム牧師。息子に答えた。「頭に悪
いんじゃないかと、心配しておった。けれど、今、まったく悪いことな
んかないと、断言できる。なぜなら、いつも、こうしておるからじゃ!」
 
               ◇
 
「前にも言いましたが」と、若者。「あなたは、若くはない。しかも、
すごく太っているのに、ドアでバク転するのは、どういう理由わ けがあって
のことですか?」
 
               ◇

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75
























































 
「若いころは」と、ウィリアム牧師。白髪の頭を振りながら。「スマー
トな体型を、維持い じしていた。このり薬を使ってな。1箱で5シリング
じゃ。2箱どうかね?」
 
               ◇
 
「あなたは、若くはない」と、若者。「あごも、かなり弱ってるはずで
す。油分なんか、胃にもたれます。なのに、ガチョウを丸ごと、骨やく
ちばしまで食べてしまうのは、どうやったら、そんなことができるので
すか?」
 
               ◇
 
「若いころは」と、ウィリアム牧師。「法律に従って、いろいろなこと
を妻と話し合ってきた。ある時、筋トレをして、アゴをきたえたのじゃ。
そのあとの人生も、ずっときたえつづけておるのじゃ!」
 
               ◇
 

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77
























































「あなたは、若くはない」と、若者。「視力も、かなり弱ってるはずで
す。なのに、鼻の上で、ウナギを乗せてバランスがとれるのって、器用
すぎません?」
 
               ◇
 
「もう」と、ウィリアム牧師。「3つの質問に答えてきた。それで、じ
ゅうぶんじゃろ!調子に乗るんじゃない!1日じゅう、そんなつまらぬ
質問に答えるとでも思っておるのか?やめなさい!でないと、階段の下
まで、っ飛ばされることになるじゃろ!」
 
               ◇
 
「正しく言えてない!」と、毛虫。
「まったく正しいとは、言えないかもしれない」と、アリス。おどおど
と。「いくつかの言葉が、違っていた!」
「初めから終わりまで、違っていた!」と、毛虫。断定的に。
 数分間、沈黙。
「あなたは、どのくらいの身長になりたいんですか?」と、毛虫。
「特に、決めてないわ」と、アリス。「いろいろな身長になったので」

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79
























































「今の身長では、不満?」と、毛虫。
「そうね」と、アリス。「もう少し、大きい方がいいかもしれない。3
インチの身長って、みじめすぎません?」
「すごくいい身長だよ!」と、毛虫。大声でおこって、うしろ足で立った。
(ちょうど、3インチの身長だった!)
「けど、わたしは、まだ慣れてない!」と、アリス。自分をなぐさめる
ように。そして、考えた。「なんておこりっぽい生物なの!」
「そのうち、慣れるさ!」と、毛虫。水キセルを口にあてると、ふたた
びプカプカ吹いた。
 アリスは、今回は、毛虫が話し始めるのを静かに待っていた。数分後、
毛虫は、水キセルを口から離すと、キノコから降りて、次の理屈を述べ
てから、草地へっていった。
「先は、大きくなって、くきは、小さくなる!」
「なんの先?なんのくき?」と、アリス。大声で。
「キノコのだよ!」と、毛虫。視界から消えた。
 アリスは、よく考えながら、1分間キノコを見た。それから、少しづ
つちぎって、右手にキノコの茎のかけら、左手にキノコの先のかけらを
持った。
「キノコの茎は、どっちでしたっけ?」と、アリス。茎のかけらを、少
しかじった。すると、アゴが足の先にあたって、ドスン!と音がした。

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81
























































 アリスは、急激な変化に驚いた。しかし、小さくなることは、止まっ
た。左手には、まだキノコの先のかけらを持っていたので、アリスは
ぼうを捨てなかった。アゴが足に押さえつけられていて、口をあけるスペ
ースさえほとんどなかったが、なんとか口の中へ、左手のキノコの先の
かけらを少し入れられた。
 
               ◇
 
「やった!頭が、ついに、自由になったわ!」と、アリス。喜びの声で。
喜びは、すぐに、驚きに変わった。肩が見当たらず、下を見ると、長々ながなが
びた首が、はるか下の緑の葉の海から茎のように立ちのぼっていた。
「緑の葉の海のようなものは、いったいなんなの?」と、アリス。「わ
たしの肩は、どこへ?かわいそうな両手も、どこへ?見あたらない」
 アリスは、話しながら両手を動かしてみたが、なにも起こらなかった。
わずかに、はるか下の緑の葉からさらさらという音がしただけだった。
 アリスは、両手をさがすために、頭を下げてみた。すると、首は、ど
の方向へも簡単に動けたのでうれしかった。まるで、ヘビのように。
 アリスは、首を、美しいジグザグを描いて曲げると、緑の葉の中へ飛
び込むことができた。森の木の上の方をさがしていると、背後で鋭いし
ゅうっという音がした。大きなハトが、アリスの顔まで飛んでくると、

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羽で激しくたたいた。
「ヘビめ!」と、ハトが叫んだ。
「わたしは、ヘビじゃないわ!」と、アリス。おこったように。「ひと
りにして!」
「あらゆることを、やったんだ!」と、ハト。絶望したように、すすり
泣きながら。「なにも、うまくゆかなかった!」
「どういう意味?」と、アリス。
「木の根元やコブのところや、木のへりも試した!」と、ハト。アリス
のことは無視して。「ヘビのせいで、どれもうまくゆかなかった!」
「なんの話をしてるのかしら?」と、アリスは考えた。「ハトの話が終
わるまでは、待つしかないわ!」
「卵をかえすまでは、困ったことはなかった。しかしこの3週間という
もの、ヘビを見ない日はなく、ほとんど眠ってない!」
「悩まれるのは、たいへんでしょうけど」と、アリス。だんだん意味が
分かってきた。
「森の木の一番上に来たんだ!」と、ヘビ。声の音程が、叫び声のよう
に上がった。「それでやっと、ヘビから自由になった!空からヘビが降
ってくることはないからね!それなのに、ヘビが!」
「わたしは、ヘビじゃないわ!」と、アリス。「わたしは━━━」
「それじゃ、あなたは、何?」と、ハト。「あなたは、何かを発明しよ

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85
























































うとしてるようにみえる」
「わたしは、小さい女の子よ!」と、アリス。今までいろいろなものに
変身したことを思うと、少し疑わしかった。
「ありそうな話だ」と、ハト。「なんどもヘビを見てきたが、こんなに
首の長いヘビは、見たことがなかった。いや、やはり、あなたは、ヘビ
だ!よく分かっている!そのうち、卵なんて食べたことないって言い出
すんだろ?」
「たしかに、卵は食べたわ」と、アリス。正直に答えた。「でも、あな
たの卵はいらない。なまは嫌いなの!」
「なら、近くに来ないでくれ!」と、ハト。巣へ戻っていった。
 アリスは、木々のあいだをくぐって進んだ。なんどか止まって、から
まった首をほどく必要があった。首が両手のところまで来ると、キノコ
のかけらが、右手のが短くなって、左手のが長くなることを思いだした。
キノコのかけらは、ちゃんと両手に持ったままだった。今度は慎重に、
右手のを少しかじっては、左手のを少しかじった。短くなったり、長く
なったりして、やっと、いつもの自分のサイズに戻った。
 
               ◇
 
 普通のサイズに戻るのは、ずいぶん久しぶりだったので、慣れるまで

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87
























































変なかんじだった。しかし、1・2分後には、いつものように自分に向
かって、話し始めた。
「さて、計画の半分は、済んだわ。しかし、今までの変化は、なんなの?
1分後の自分がどうなってるかも分からない!けれど、正しい身長には
戻れたわ。つぎは、美しい花壇に行く道を見つけること━━━どうした
らいいのかしら?見当もつかない」
 そのとき、森の木のひとつにドアが現われた。
「ずいぶんおかしなこと!」と、アリスは考えた。「今日は、すべてが
おかしいのだから、入ってみるしかないわ!」アリスは、中へ入った。
 ふたたび、アリスは、長いホールにいた。近くに小さなガラスのテー
ブルがあった。
「さて、今度は、前よりうまくやりましょう!」と、アリス。自分に。
小さな金のカギをとると、美しい花壇に通じるドアのカギをあけた。そ
れから、右手のキノコのかけらを少しかじって、15インチの身長にな
ると、小さなドアをくぐった。それから━━━ついに、アリスは、冷た
い噴水と明るい花のジュータンに囲まれた、美しい花壇にいた。





90

89
























































            4
 
 花壇の入り口に、大きなバラの木があった。バラは白だった。3人の
庭師が、忙しいそがそうに、バラを赤にっていた。
「おかしな話だわ!」と、アリスは考えた。バラを近くで見るために、
近づいた。
「なにすんだ、ファイブ!」と、庭師のひとり。「ペンキを私にかける
な!」
「かけてません!」と、ファイブ。むっとした声で。「セブンが、私の
ひじを押すんです!」
「してるだろ、ファイブ!」と、セブン。顔を上げて。「いつも他人ひ と
せいにするんじゃない!」
「口をはさまない方がいいよ!」と、ファイブ。「きのう女王が、セブ
ンを打ち首にするつもりだって言っていたよ!」
「なんのつみで?」と、最初の庭師。
「きみには関係ない、ツー!」と、ファイブ。「私はセブンに言ってる
んだ!チューリップの球根を、ポテトの代わりに料理に出すようなもの
さ!」
 セブンは、ペンキのブラシを置いた。
「よく、分かった。ここで決着をつけよう!」と、セブン。

92

91
























































 このとき、セブンは、アリスに気づいて、話をやめた。ほかのふたり
も、アリスを見た。庭師の3人は、帽子をとって、頭を下げた。
「あのー、お聞きしますが」と、アリス。おずおずと。「なぜ、白のバ
ラを赤にってるの?」
 ファイブとセブンは、なにも言わずに、ツーを見た。
「それはですね」と、ツー。低い声で。「赤のバラを植えなけれならな
かったのに、間違えて、白のバラを植えてしまったからです。女王がこ
れを知ったら、みんな打ち首にされてしまいます。それで、女王が来る
前に」
 ファイブが心配そうに、花壇の向こうを見た。
「女王だ!」と、ファイブ。庭師の3人は、一瞬で顔を平面にした。
 
               ◇
 
 多くの足音がした。アリスは、隊列のなかから、女王をさがした。
 最初にやってきたのは、クラブの10人の兵士だった。庭師と同じよ
うに、平面で四角だった。手や足は、四すみにあった。つぎは、10人の
廷臣ていしんで、かざりは、すべてダイヤ、歩調は、兵士と同じに、2歩づつだっ
た。そのあとに、宮廷の子息たちが10人、みんな幼く、2人づつ手を
つないで、大喜びでジャンプしていた。かざりは、すべてハートだった。

94

93
























































つぎに、客人たちが続いた。おもに王や女王で、アリスは、そのなかに
白のウサギがいるのに気づいた。ウサギは、せわしなく神経質そうに話
していて、言われたことにはすべて笑顔で答えていた。アリスには気づ
かずに、通りすぎた。そのあとのハートのジャックは、王冠おうかんをクッショ
ンの上に乗せて運んでいた。そして、この壮大な行列の最後が、ハート
の王と女王だった。
 王と女王が、アリスの前に来ると止まって、アリスを見た。
「誰、この人?」と、女王。きつい口調で、ハートのジャックにいた。
ハートのジャックは、答えるかわりに、おじぎをして笑った。
「おろか者!」と、女王。そして、アリスの方を見た。「名前は?」
「アリスです、陛下!」と、アリス。はっきりと。
「みんなトランプのカードといっしょ!おそれる必要なんかないわ!」と、
アリスは考えた。
「あの者たちは、誰じゃ?」と、女王。バラの木を囲んで顔を地面に伏
せている、3人の庭師を指さした。背中の模様は、ほかと全く同じで、
庭師なのか、兵士なのか、廷臣ていしんなのか、あるいは、彼女の3人の子ども
なのか、判断できなかった。
「わたしが知るもんですか!」と、アリス。そう言う、自分の勇気に驚
いた。「わたしとは関係ないわ!」
 激しいいかりから、女王の顔は、真っ赤になった。

96

95
























































 1分間、アリスを見つめたあと、雷が落ちたような声で「打ち首じゃ
!」と叫ぼうとした。
「バカげてる!」と、アリス。かなり大声で、決めつけるように。女王
は、黙った。
「よく見なさい!相手は、ただの子どもだよ!」と、王。右手を女王の
左手にそえながら、おずおずと。
 女王は、おこって振り返ると、ジャックに命令した。
「3人をひっくり返して!」
 ジャックは、注意深く、片足で、3人をひっくり返した。
「起きて!」と、女王。金切り声で。
 3人の庭師は、すぐに飛び起きると、おじぎをし始めた。王、女王、
その子どもたち、そして、ほかの人たちにも。
「やめなさい!」と、女王は叫んだ。「イライラさせないで!」そして、
バラの木を見た。「おまえたちは、ここで、なにをしておったのじゃ?」
「陛下に誓って!」と、ツー。恐れ入り、片ひざをつきながら。「私た
ちは、ただ━━━」
「分かった!」と、女王。ツーの話のあいだにバラを調べていた。
「打ち首じゃ!」
 行列は、また、進み始めた。
 3人の兵士が残って、運の悪い3人の庭師の首をはねようとした。3

98

97
























































人の庭師は、アリスに助けを求めて走ってきた。
「打ち首は、ひどいわ!」と、アリス。3人を、ポケットにしまった。
 3人の兵士は、庭師を捜して、アリスのまわりを1回行進した。そして、
静かに、行進をやめた。
「3人を打ち首にしたの?」と、女王は叫んだ。
「ハイ、3人の首は、なくなりました!」と、兵士たちは叫んだ。「陛
下に誓って!」
 
               ◇
 
「よろしい!」と、女王は叫んだ。「クロケットは、なさるのかしら?」
 兵士たちは、黙って、アリスを見た。質問は、あきらかに、アリスに
だった。
「はい!」と、アリスは叫んだ。できるだけ高い声で。
「それなら、いっしょに来なさい!」と、女王は叫んだ。
 アリスは、これから何が起こるのかとても不安になりながら、行列に
加わった。
「と、とても、いい天気ですね!」と、おどおどとした小さな声。アリ
スは、心配そうにこちらの顔色をうかがう、白のウサギといっしょに歩
いていた。

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99
























































「そうね!」と、アリス。「侯爵夫人は、どこ?」
「シーッ!シーッ!」と、ウサギ。低い声で。「彼女には、会えます。
女王の侯爵夫人は、ダメです。分かります?」
「いいえ」と、アリス。「なぜ?」
「ハートの女王と」と、ウサギは、アリスの耳に口を近づけてささやい
た。「笑うウミガメの侯爵夫人です」
「なに、それ?」と、アリス。しかし、ウサギが説明する時間はなかっ
た。
 行列は、クロケット場に到着した。すぐに、試合が始まった。
「なんて、奇妙なクロケット場なのかしら?」と、アリスは考えた。
「こんなの見たことないわ!」
 クロケット場は、耕されてうねのできた畑で、ボールは、生きたハリ
ネズミ、バットは、生きたダチョウだった。兵士たちは、手と足でアー
チを作るためにブリッジをしていなければならなかった。
 アリスが最初に思ったのは、ダチョウのあつかいがむずしいということ
だった。ダチョウの足をらしたまま、体をアリスの腕でやさしく包み
こんで、首はまっすぐにして頭でボールを打とうとしても、ダチョウは
首をげてアリスの方を不思議そうに見るので、アリスは、思わず大笑
いしてしまった。そのまま続けようとしても、ハリネズミはうだけで
ころがってくれないし、転がす方向はデコボコだし、アーチを作っていた

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兵士たちは、起き上がるとみんな別々の方向に歩いていってしまった。
アリスは、すぐに、このゲームはとても難しいという結論にいたった。
 プレイヤーたちは、入れ替えしないですぐにプレイを始めるので、ケ
ンカになって、高い声で言い争うし、女王は、すぐに怒り狂って、そこ
らじゅうを指さしながら、「この男は打ち首じゃ!」とか「この女は打
ち首じゃ!」と叫んだ。女王に打ち首を宣告された者たちは、アーチを
作っていた兵士たちに拘束されて連れていかれたので、30分後には、
アーチはなくなって、プレイをしているプレイヤーも、王、女王、それ
に、アリス以外は、いなくなった。
 女王も、息を切らして、プレイをやめた。
「笑うウミガメって、見たこと、おあり?」と、女王。アリスに。
「いいえ」と、アリス。「それがなんなのかも、分かりません」
「じゃ、いっしょに来なさい」と、女王。「ウミガメが、くわしく話し
てくれますよ」
 アリスは、女王といっしょに歩き出したときに、王が低い声で、みん
なに、こう言うのを聞いた。
「みんな、許されますよ」
「いいことだわ」と、アリスは考えた。「あんなに多くの人が、打ち首
だなんて悲しすぎるもの」
 

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               ◇
 
 アリスと女王は、すぐに、グリフォンが日なたで寝ているところに来
た。(グリフォンは、神話に出てくる、頭と翼がワシで、胴より下はラ
イオンの動物だった)
「起きろ、なまけもの!」と、女王。「このレディに、笑うウミガメを
見せて、説明してあげなさい!わたしは、すぐに戻って、打ち首が実行
されたか確かめなきゃならんのじゃ!」女王は、アリスを残して戻って
いった。
 アリスは、グリフォンの外観は好きになれなかったが、あの短気な女
王といるよりは安全に思えたので、待っていた。
 グリフォンは、起きると、目をこすり、女王が歩いてゆくのを見てい
た。女王が見えなくなると、声を出さずに笑った。
「おかしい!」と、グリフォン。
「なにが?」と、アリス。
「なぜ、女王は」と、グリフォン。「打ち首なんか1度も実行されない
し、みんなファンタジーだってことを知らないのかな?そうでしょ?い
っしょに来て!」
「ここでは、みんな、いっしょに来いと、命令するわ」と、アリスは考
えた。グリフォンについてゆきながら。「今まで、こんなに命令された

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ことなんて1度もなかった!」
 笑うウミガメを見れる場所まで、すぐだった。ウミガメは、岩だなの
上に、ひとりさびしく座っていた。近づくと、恋に破れた乙女のように、
ため息をついていた。アリスは、とても、かわいそうになった。
「なにが悲しいの?」と、アリス。グリフォンは、前と同じワードで答
えた。
「みんなファンタジーさ。悲しいことなんてなにもない。そうでしょ?
いっしょに来て!」
 笑うウミガメのところまで来ると、ウミガメは、大きな目になみだを
ためて、こっちを見た。しかし、なにもしゃべらなかった。
「ここにいる若いレディが」と、グリフォン。「あなたの話を聞きたい
そうです」
「ええ、いいでしょう」と、笑うウミガメ。沈んだ、うつろな声で。
「どうぞ、座ってください!私が話し終えるまでは、話し始めないでく
ださい!」
 アリスとグリフォンは、座った。数分間、だれもしゃべらなかった。
「もしも話し始めなかったら」と、アリスは考えた。「いつ話し終わる
のか、知りようがないわ!」しかし辛抱強く、待った。
「かつては」と、笑うウミガメ。深いため息をついて、ついに口をひら
いた。「私は、ほんとうのウミガメでした」

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 ウミガメの話は、長い沈黙や、時たまグリフォンが放つ「ヒィック!」
というしゃっくりで中断されたりしたが、笑うウミガメの低いすすり泣
きは、ずっと続いた。
 アリスは、すぐにでも立ち上がって、「ブラボー!とても、おもしろ
い話だったわ!」と言いそうになった。しかし、2度と聞けそうもない
話に思えたので、おとなしく座って、なにも言わなかった。
「みんな、幼い頃」と、笑うウミガメ。すすり泣きは、続いていたが、
ずっと静かになっていた。「海の学校に行きました。先生は、年寄りの
ウミガメでした。みんなは、りくガメって呼んでました」
「なぜ、海にいるのに、りくガメなのかしら?」と、アリス。
理屈りくつを教えてくれたから、りくガメって呼んだんです!」と、笑うウ
ミガメ。おこりながら。「あなたは、シャレを知らないんですか?」
「たしかに、恥ずかしい質問だった!」と、グリフォン。
「恥ずかしくて」と、アリス。自分に。「土にもぐってしまいたい!」
「続けてくれ!」と、グリフォン。やっと、口をひらいた。「1日がか
りじゃ困る!」
「あなたは、海で暮らしたことはないでしょう?」と、笑うウミガメ。
「たしかに」と、アリス。
「そして、たぶん、ロブスターに紹介されたことは、ないでしょう?」
「ロブスターを食べたことはあるわ!」と、アリスは言いそうになって、

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あわてて、「たしかに、ないわ!」と、言い直した。
「それじゃ、ロブスターカドリールという踊りがどんなにすばらしいか、
知らないでしょう?」
「そう、ぜんぜん!」と、アリス。「どんなの?」
「なぜ」と、グリフォン。「海岸沿いの1本線にしようとするんだい?」
「2本線です!」と、笑うウミガメは叫んだ。「アザラシ、ウミガメ、
サーモンなど、2本線です!」
「それぞれのパートナーが、ロブスター!」と、グリフォンは叫んだ。
「もちろん!」と、笑うウミガメ。「2本線でパートナー!」
「ロブスターを変えて、同じ順番で交代してゆく!」と、グリフォン。
「そう、投げるのは」と、笑うウミガメ。
「ロブスター!」と、グリフォンは空砲のように叫んだ。
「海に飛び込んだら」
「ロブスターを追って、泳ぐ!」と、グリフォンは叫んだ。
「海の中で、とんぼ返り!」と、笑うウミガメは荒々しく飛び跳ねなが
ら、叫んだ。
「また、ロブスターを変えろ!」と、グリフォンは高い声で、叫んだ。
「そしたら?」
「それで、終わり!」と、笑うウミガメは急に声を下げた。
 それまで狂ったように跳ねまわっていた2匹の生物は、とても悲しそ

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うに静かに座って、アリスを見た。
「ずいぶんシャレたダンスだったわ!」と、アリス。おずおずと。
「もうすこし、見たいですか?」と、笑うウミガメ。
「ええ、とても」と、アリス。
「最初の形をやろう!」と、笑うウミガメ。グリフォンに。「ロブスタ
ーなしでも、できる!歌は、どっち?」
「きみが歌ってくれ!」と、グリフォン。「ぼくは、歌詞を忘れた」
 2匹の生物は、厳かおごそに踊り始めた。アリスのまわりをまわり、2匹が近
づくとつま先を踏んで、リズムをとるために前足をゆらした。笑うウミ
ガメは、ゆっくりと、悲しそうに、歌った。
「海の下に
 ロブスターがたくさんいて
 みんなとダンスをするのが好き
 やさしいサーモンと!」
 グリフォンもコーラスに加わった。
「サーモンが上に、サーモンが下に!
 サーモンは体をねじって、あなたの尻尾しっぽをまわる!
 海のすべてのうおたちより
 サーモンはダンスが上手!」
「ブラボー!」と、アリス。歌が終わったことを喜んだ。

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「歌の2番は?」と、グリフォン。「この歌は、お好き?」
「どうぞ、歌って!」と、アリス。熱心に。
「ふん!お気に召さないようだ!」と、グリフォン。おこったように。
「『笑うウミガメのスープ』を歌ってやりな!」
 笑うウミガメは、ときどきすすり泣いて、声を詰まらせながら歌った。
「おいしいスープ、だくさんで緑色
 熱いスープ皿に盛られて!
 そんなおいしいものに、見向きもしない人がいる?
 夕食のスープ、おいしいスープ!
 夕食のスープ、おいしいスープ!
  おいし~い ス~プ!
  おいし~い ス~プ!
 夕~食のス~プ
 おいしい おいしい ス~プ!」
「もう1回、コーラス!」と、グリフォンは叫んだ。
 笑うウミガメは、また最初から歌い始めた。「もう1回、初めから!」
と、グリフォンが叫ぶのが、遠くに聞こえた。
「いっしょに来て!」と、グリフォンは叫んだ。歌の終わりを待たずに、
アリスの手をとって走った。
「なにを急いでるの?」と、アリス。走りながら、息を切らした。

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「いっしょに来て!」と、グリフォン。ますます急いだ。あとから、か
すかに、悲しい歌がそよ風に運ばれてきた。
「夕~食のス~プ
 おいしい おいしい ス~プ!」
 
               ◇
 
 アリスが戻ったとき、王と女王は、玉座ぎょくざに座っていた。多くの群集が
集まっていた。ジャックは、拘束されて両手を縛られていた。王の前に
は、白のウサギが、右手にトランペット、左手によう巻物まきものを持って
立っていた。
「ヘラルド!」と、王。「こく状をじょう読み上げなさい!」
 白のウサギは、トランペットを3回吹くと、よう巻物まきものをひらいて
読み上げた。
「ハートの女王は、ひと夏をかけて、タートというあんずパイを作りま
した。ハートのジャックは、タートを盗んで逃げました」
証拠しょうこを出しなさい!」と、王。「そのあとで、打ち首じゃ!」
「違うわ!」と、女王。「最初に打ち首!そのあとで、証拠しょうこよ!」
「おかしいわ!」と、アリス。すごく大きな声で叫んだので、みんなジ
ャンプした。「最初に打ち首は、おかしいわ!」

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「おだまり!」と、女王。
「いいえ、だまりません!」と、アリス。「あなたなんか、ただのトラ
ンプのカードよ!だれがおそれるもんですか!」
 このとき、トランプのカードの1組すべてが、宙を舞い、アリスの上
に落ちてきた。
「ギャーッ!」と、アリス。驚いて、悲鳴を上げた。
 トランプのカードを手で払いのけようとした。



            エピローグ
 
 そのとき、アリスは、土手の上で横になっていることに気づいた。頭
は、姉のマギーのひざの上だった。マギーは、木の上からアリスの顔に
降ってきた落葉おちばを、やさしく払いのけていた。
「起きなさい、アリス!」と、マギー。「ずいぶん長く眠っていたわ!」
「変な夢だった!」と、アリス。マギーに、見た夢をすべて話した。
「確かに、おかしな夢ね!」と、マギー。アリスのほおにキスをした。
「でも、すぐ急がないと、お茶の時間に遅れてしまうわ!」
 アリスは、走りながら考えた。

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「なんて、すばらしい夢だったんでしょう!」
 
               ◇
 
 マギーは、しばらく土手にいて、夕陽を眺めていた。アリスの夢の冒
険のことも考えたが、それよりもファッションのことを考えた。ファッ
ションがマギーの夢だった。
 夢に、古代の都市が現われた。平野に沿って、近くを蛇行して流れる、
静かな河の流れ。子どもたちを乗せてゆっくり進む、ボートが浮かんで
いた。マギーには、水の上の音楽のように、子どもたちの話し声や楽し
そうな笑い声が聞こえた。
 その中に、もうひとりのアリスのような子どもがいた。目を輝かかがやせて、
女性が語る物語に、熱心に耳を傾けていた。物語の1語1語に聞き入っ
ていた。そう、この夢は、アリス自身の夢だった。
 ボートは、夏の明るい陽射しのもと、楽しそうな子どもたちの歌声や
笑い声を乗せて、ゆっくりと進み、蛇行だこうした流れをいくつも曲がって、
やがて見えなくなった。
 そのとき、マギーが考えたのは、(つまり、夢の中の夢で)、妹のア
リスが、やがて大人の女性になっても、子どもの頃のシンプルで愛にあふ
れた心を、どれだけ持ち続けていられるだろうか、ということだった。

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 遠い昔のアリスの子どもの頃の冒険物語や、大人の女性になったアリ
スが語る物語が、どれだけ子どもたちの心を引きつけ、どれだけ熱心な
目の輝きかがやを集められるだろうか?
 シンプルな悲しみや、シンプルな喜びを、大人のアリスは、ちゃんと
思い出せるだろうか?
 子どもの頃の、幸せな夏の日の思い出を?
 
 ハッピ~サマ~デ~イ!
 
 
 
                            (おわり)
                             
                             



                             

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