天使が死ぬ時
          ジョンメレディスルーカス
           
            プロローグ
             
             
「リチャードキンブル」と、ナレーター。リチャードが、なにか話して
いる映像。「職業医師。正しかるべき正義も、時として、めしいることが
ある」てんびんを左手で持ち、目隠しをされている女神像の写真。「彼
は、身に覚えのない、妻殺しの罪で、死刑を宣告され、護送の途中で、
列車事故にあって、からくも、脱走した」ジェラード警部の写真。列車
事故の写真。逃亡生活の写真。
 
 



 

2

1





「髪の色を変え、重労働に耐えながら、犯行現場から、走りさった、片
腕の男をさがし求める」リチャードの車のヘッドライトに驚く、片腕の
男の写真。片腕の男の顔のアップ。「彼は、逃げる。執拗しつようなジェラード
警部の追跡をかわしながら。現在を、今夜を、そして、明日あ すを生きるた
めに━━━」





            1
 
 州境の山道に張られた検問。1台のトラックが止められた。
「免許証を拝見!」と、警官。
 リチャードは、歩いてくると、立ち止まった。検問所の警官が、リチ
ャードに気づいた。
「おい、そこの、そこを動くな!」と言って、警官がリチャードの方へ
歩いてきた。
 リチャードは、すぐに、逃げ、がけになっている陰に隠れた。
「おい、キンブル、出て来い!隠れても、ムダだぞ!」

4

3





 警官が、別の警官に合図しているスキに、リチャードは走りだした。
 警官は、走ってきて、発砲した。
「キンブル!」
 リチャードは、右足をおさえて、倒れた。そして、道端をうまく走り
ぬけて、走ってきたトラックの荷台に、飛び乗った。
「生まれてから死ぬまでに」と、ナレーター。「人は、数知れぬ道を旅
する。地図をたどれば、次の曲がり角になにがあるか、誰でも知ること
ができる。だが、逃亡者には、地図はない。ただ、研ぎ澄まされた本能
だけが、どの道へ進むべきかを、選ばせるのだ」
 サクラメントまで、98マイルの標識。
 リチャードは、公衆電話で、電話帳を見て、ダイヤルした。
 電話が鳴って、若いシスターが出た。
「セントマリーマグダレアです」
「あの、シスターベロニカは、まだ、おいでですか?」と、リチャード。
「ここの、校長先生ですわ。ええ、今は、お御堂みどうにおいでです。すぐに、
こちらに戻られます。あの、どちらさまで?」
 リチャードは、なにも言わずに、電話を切った。
 
               ◇
 

6

5





 シスターベロニカは、ひとりで、机に向かっていたが、急にめまいに
襲われて、引き出しから錠剤を出して飲んだ。
 リチャードは、建物に入ろうとしたが、ドアがあいて、生徒だちが出
てきたので、柱の影に隠れていた。ひとりの女子生徒に気づかれたので、
右足をかばいながら、歩いていった。
 シスターベロニカは、ノックの音に立ち上がって、ドアをあけた。リ
チャードが、右足をおさえながら立っていた。
「まぁ、キンブル先生!」と、シスターベロニカ。「こんなところへ、
いったい、どうして?」
「助けて、いただきたいんです」と、リチャード。室の中へ入って、イ
スに座った。
「まぁ、お怪我でも?すぐに誰か呼んで、手当てさせましょう」
「いやいや、自分でやりますから。できることがあれば、いつでも、声
をかけろと言ってくださいましたね?それで、うかがったんです」
「どんな、お役に立てそうですの?」
「片腕の男のジョンソン、家内を殺した男の話は?」
「覚えています。見つかりましたの?」
「らしいんです。その男をさがし歩くのに、疲れましてね。情報を買う
ために、金をためたんです」
「買うとおっしゃると?」

8

7





「これです」リチャードは、写真を見せた。「これを、買いました。2
日前、タールトンで撮った写真です。もぐりの富くじを、やっているら
しいです。数を当てるやつです」
「この人が?」写真には、レストランのカウンターに座った、片腕の男
が写っていた。
「お客から、金を、集めたり、払ったりするんです」
「もし、居場所がわかっていらっしゃるのなら」
「写真だけでは、正確なことはいえません。念のために、本人をさがし
出したいんです」
 シスターは、写真を返して、イスに座った。
「でも、タールトンは、大きな町ですからね」
「ええ、でも、さがすつもりですよ━━━ところが、ぼくに情報を売っ
た男が、裏切ったんです。懸賞金を取ろうとして、警察に密告したんで
す。それで、行く途中、非常線に引っかかって、足を撃たれました」
 リチャードは、また、写真をシスターに渡し、もう1枚だした。
「写真は、まだ、あります。この方が、はっきりしています」
 片腕の男の顔が、はっきり写っていた。
「この傷では、たとえ、非常線を突破できても、ぼくには、行けません。
でも、あなたなら、だいじょうぶでしょう」
「では、わたくしにさがしに行けとでも?」

10

9





「いや、ただ、本人かどうか、確認した上で、警察に電話してください。
ジョンソンが逮捕されたら、ぼくは、自首して出ます」
「でも、タールトンは、ここから、150キロもあるし、あなたご自身
だって、さがすのは、むずかしいでしょう?」
「むずかしくは、ありません。時間は、かかりますが」
「わたくしには、その時間がないのですよ。人手が足りませんでね」
「最後のチャンスかもしれないんです」
「先生。ちょうど、ここの管理人が、やめたばかりですの。まだ、後は、
決まっていません。その仕事を引き受けません?」
「いや、それよりも━━━」
 ノックがして、若いシスターが入ってきた。リチャードは、頭をかか
えるふりをして、顔を見られないようにした。
「シスター、あの、ビッキーが帰ってまいりましたの」と、若いシスタ
ー。
 隣の室から、「なんど、同じこときくのよ!」と言う、ビッキーの声
が聞こえた。
「朝食が、まだ、でしたら、先に、食べさせてやってください。お腹が
すいていると、身が入りませんから」
「では、食堂からなにか取り寄せましょう」
「では、このあとでね」

12

11





「はい、シスター」
 若いシスターは、リチャードをチラっと見てから、出て行った。
「まだ、ご寄付いただいたお礼を」と、シスターベロニカ。「申し上げ
ていませんでしたね」
「いや」と、リチャード。「サンフランシスコにいたときに、新聞で、
この学校が、困っていると知ったんです。たった、5ドルですが、それ
しかなかったもんで」
「なによりの、おこころざしですわ」
「それで、話は戻りますが━━━」
「わたくしが、タールトンへ行く件の?」
「車は、あの、いつかのですか?」
「いいえ、でも、あのガタガタトラックが、一生忘れられないでしょう」
「たいへんな、旅でした」
「すばらしいドライブでしたわ」
「お幸せですか?」
「ま、問題はありますけれど、できるだけの努力は、していますわ」
「その上、ぼくの問題が、飛び込んでしまって」
「わたくしは、お力になりたいと思っているんです」
 ドアがあいて、先ほどの若いシスターが入ってきた。リチャードは、
出していた2枚の写真をしまった。

14

13





「シスター」と、シスターベロニカ。「ご苦労ですが、こちらの━━━
ごめんなさい、お名前を、まだ━━━」
「マーローです、トムマーロー。もう、失礼します」
「シスター、マーローさんを、管理人の室へ、ご案内してください。シ
スターアンジェリカは、こちらの職員のひとりで、わたくしの下で働い
てもらっていますの。テラスを通って、お連れしてください。人目にた
たないようにね」
「どうぞ、こちらへ」と、シスターアンジェリカ。
「では、のちほど━━━」と、リチャード。シスターアンジェリカのあ
とに、続いた。
「あとで、うかがいます。そのときに、その、手当ても━━━」
 テラスに出ると、シスターアンジェリカが言った。
「管理人のハークネスさんは、4か月いらしたんですが、生徒のひとり
と、問題を起こして、やめられましたの。とくに、これといって、つら
い仕事では、ありませんが、やはり、献身的な愛情がございませんとね。
シスターベロニカも、大変ですの」
 
               ◇
 
 シスターベロニカは、廊下にいたビッキーとマリーに声をかけた。

16

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「おはよう、ビッキー。おはいんなさい!マリー、あなたは、お授業で
すよ!」
「さ、身体検査しなくていいの?」と、ビッキー。室へ入った。
 マリーは、廊下の窓のカーテン越しに、中庭を歩く、リチャードとシ
スターアンジェリカの姿を目で追った。
 建物に入ると、リチャードが言った。
「新しい建物のようですが━━━」
「ええ、そうですわ」と、シスターアンジェリカ。
「お金がなくて、困ってらしたと、うかがいましたが━━━」
「建物は、いいんですの。経費がまかなえないのです。日常のことは、
それこそ、その日ぐらしですの。きっと、お気に召すと思いますわ。ど
うぞ」
 シスターアンジェリカは、管理人室のドアをあけた。
「今、シーツをお持ちします」
「すいません」
 リチャードは、ベッドに腰をかけたが、右足の痛みに顔をしかめた。
 
               ◇
 
 ビッキーは、校長室で、反抗的だった。

18

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「なにも、覚えていないわ」と、ビッキー。「覚えていても、言わない
けど!とにかく、すごく、おもしろかったわよ」
「おかけなさい、ビッキー」と、シスターベロニカ。「楽しむのは、い
いのですよ。でも、ゆうべ、あなたがやったことは、楽しいことではな
いし、あなたも、そう感じたはずですよ」
「出歩くのは、自由でしょ!」
「そうですとも。ねぇ、ビッキー。もし、あなたが、わたくしなら、ど
うすると思って?」
「おしおきのこと?室に閉じ込めるんでしょ?」
「おしおきの話ではありません。あなたが、自分から、室にこもる気持
ちにならない限り、そんなことは、無意味です。刑罰の中で、一番重い
ものは、あなたが、自分自身で与える罰です」
「はは、つまり、どういうことなのよ?」
「ゆうべ、あなたが、町でやったこと、つきあっている友達のことです
よ。あなたは、保護観察中なんです。もし、今度逮捕されたら、あなた
は、少年院に送られてしまうんですよ」
「あたしは、シロよ。ヤクだって、持ってなかったんですからね!」
「あなたさえ、その気になれば、わたくしたちは、力になれるんです!」
「あたしは、勉強なんてしなくても、いつも、一番とってるわ」
「いいえ、違います。うまく、ごまかしているけれど、ちゃんと、分か

20

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っていますよ。ま、それは、ともかく、学ぶというのは、一番をとるよ
り、ずっと、大事です。すぐれた頭の持ち主には、特別な義務があるの
です。知性というのは、健康と同じに、神からの贈り物なのです。それ
を、あなたは、両方ともだめにしようとしています」
「あたしのものよ。どうしようと、あたしの勝手だわ。ここを、出られ
れば、それでいいのよ」
「よろしい。では、お父さまに連絡して━━━」
「やめて!シスター、それだけは、やめて!パパは、さんざん苦労して
るんですもの、あの人で━━━」
「では、なぜ、これ以上、苦労をおかけするんですか?お母さまは━━
━」
「あの人は、うちを飛び出したときから、ママじゃないわ!帰ってきた
のも、恋人に捨てられたからなのよ!あたしを、ダシにして、パパとよ
りを戻そうとして。パパには連絡しないで!おっぽりだしても、警察に
わたしてもいいから、パパには黙ってて!」
「では、よく、あなた自身にきいてごらんなさい!それほど、お母さま
を憎みぬいているのに、なぜ、そのお母さまのマネをするのか、とね」
 ビッキーは、それを聞いて泣き出した。
 
               ◇

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 管理人室。ノックの音がした。
「どうぞ、シスター」と、リチャード。
 ドアがあくと、マリーが室に入ってきた。
「だれか、さがしているの?」と、リチャード。
「なんて、なまえ?」と、マリー。
「ぼくに、なにか用?」
「あたし、よく、前の管理人に話しに来たの。前の人、よく、ごろごろ
してたわ。あれも、仕事なの?だいたい、管理人と小遣いと、どこがど
う違うのよ?」
「さぁ、知りませんね、とにかく、ここは━━━」
「友達のビッキーが言ってたけど、1時間に1ドル違うんだって。でも、
さぁ、そんなこと関係ないと思うんだ。ここってさぁ、なにもかも、す
ごくみみっちぃもんね。だから、尼さんも使うのよ。ビッキーは、聖な
る奴隷の労働って、言ってるわ。その足、どうしたの?」
「ねぇ、おしゃべりは、また、次の機会にしよう。今は、すこし、気分
がよくないから」
「二日酔い?前の人も、よく飲んだわよ。でかいビンを、ベットの下に
隠してたっけ。あたしにも飲ませてくれたわ」
 マリーは、リチャードが見ていた写真に気づいた。

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「ねぇ、きみ」リチャードは、写真をポケットにしまった。
「なぁに、それ、女の人の写真?」
「きみは、帰ってくれないか!」
 その時、ノックの音がして、シスターベロニカがドアをあけた。コー
ヒーをお盆にのせていた。
「マリー、なにしに来たんです?」と、シスターベロニカ。
「ドアがあいてたから」と、マリー。
「ここは、立ち入り禁止のはずでしたよ」
「それは、知ってるけど、前の人が出ていったから、ドロボウでも入っ
たのかと、思ったんです」
「じゃぁ、もう、ドロボウでないと分かったから、いいでしょう?テー
ラー神父さまがさがしていらっしゃいましたよ」
「はーい、シスター」そう、言って、マリーは出て行った。
 入れ違いに、シスターアンジェリカが戻ってきた。
「シーツを持ってきました」シスターアンジェリカは、リチャードに渡
した。
「どうも」と、リチャード。
 シスターアンジェリカは、すぐに、出て行った。
「新聞は、手に入りますか?」と、リチャード。
 シスターベロニカは、リチャードにコーヒーを注いだ。

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「もう見ました。第一面にのっていますよ。あとで、届けてあげましょ
う」
 シスターベロニカは、コーヒーポットを盆に戻す際に、足元がふらつ
いたが、リチャードには、気づかれないようにした。
「今、ここへ来た子は、なんという子ですか?」と、リチャード。
「マリーです。生徒のひとりです。一番扱いにくい、ひとりです。ああ
いう子がいるので、外へ出る時間がないのです」
「やはり、タールトンへ行くのは、ご無理なんですね?」
「救急箱とってきましょう。すこしでも、手当てした方がいいでしょう
から」
「傷の手当は、あとでもかまいません」
「先生、いつまでも、ここにはいらっしゃれないんですよ。新聞には、
写真も出ています。とにかく、その傷だけは、直しておかなくてはなり
ません」
 
               ◇
 
 マリーは、テーラー神父の室のドアをノックした。
「テーラー神父さま」と、マリー。返事がないので、ドアをあけた。
「神父さま━━━」誰もいないので、すぐに、ドアを閉めた。廊下の机

28

27





の引き出しから、手紙の束をみつけて、1通を抜き取った。そして、机
の上においてあった新聞の写真を見た。その写真が、新しい管理人に似
ていたので、受話器をとって通報しようとしたが、気が変わって、受話
器をおいた。手紙を戻して、代わりに、新聞を持っていった。






            2
 
 セントマリーマグダレア校の中庭。女生徒やシスターたちが歩いてい
た。
「長い逃亡生活中」と、ナレーター。リチャードは、シスターベロニカ
と話していた。「キンブルは、逃亡中に知り合った人を、ふたたび、訪
ねることは、かたく、自分に禁じてきた。今、初めて、彼は、その禁を
破った。疲れ、傷ついた彼は、神の使徒である、シスターベロニカに救
いを求めたのだ。シスターは、苦しかった。2年前、彼女は、信仰に疑
いを抱き、神を捨てようとして、キンブルに救われたのである。だが、

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彼女には、責任があった。不安定な精神状態にある、多くの少女たち、
そのために、1日24時間を使い切っても、まだ、足りないのだ。キン
ブルは、答えを求めている。時間が裂けなければ、そう言ってほしい。
出て行って、自分でさがすと。時間が裂けない。だが、キンブルを突き
放すことなど、どうして、できよう━━━」
 
               ◇
 
 シスターベロニカの運転する車が、中庭から発車しようとしていた。
「シスター」と、テーラー神父。車に走ってきた。「マリーをご存知、
ありませんか?」
「つい今しがた、あなたのところへ」と、シスターベロニカ。運転席の
窓をあけた。
「そうですか。どうも、あの子の問題については、私たちでは、手にお
えないようです。この際、ゆっくり、ご相談を━━━」
「すいませんが、マリーの問題は、あとにしてください。急ぎの用がで
きてしまいましたの」
「また、お医者にいらっしゃるのですか?この2・3日、薬の量が、倍
に増えているそうですが━━━」
「シスターアンジェリカが、おしゃべりしたのですね?注意をお受けす

32

31





る時がきたら、その時は、お知らせしますよ。今日は、別の用事なので
す」
「シスター!」と、シスターアンジェリカ。玄関から走ってきた。「失
礼します。ビッキーがいなくなりましたの」
「いない?」
「室に帰って、着替えをしてから、友達のお金を盗み、窓から抜け出し
たんです」
「シスター、こうなったら、もう、手におえません」と、テーラー神父。
「少年院に届けましょう!」
「いいえ」と、シスターベロニカ。「行き先の検討は、ついています。
一応、さがしてみるまで、警察に届けるのは、待ってください」そう言
うと、シスターベロニカは、車を発進させた。
 シスターアンジェリカとテーラー神父は、何も言わずに、玄関へもど
っていった。
 
               ◇
 
 リチャードは、管理人室の窓から、中庭に入ってきたパトカーに気づ
いた。パトカーは、止まり、マリーが降りた。手には、新聞が握られ、
指をさした。リチャードは、室を出て、廊下の窓から、中庭に飛び降り

34

33





て、右足をかばいながら、建物の裏へ逃げた。マリーは、ひとりの警官
を、管理人室に案内した。警官は、銃を構えて、ドアをあけて中へ入っ
たが、誰もいなかった。
「いないじゃないか!」と、警官。「からっぽだよ」
「おかしいな」と、マリー。「さっきまでいたのよ。あたしと話してい
たんだから」
 リチャードは、別の建物の屋上から、もう1台のパトカーが入ってく
るのを見た。そこから、2人の警官と2人の警部が降りた。リチャード
は、建物の屋根の上に身を隠した。シスターに案内されて、警官は校内
を捜索した。
 
               ◇
 
 夜。シスターベロニカが運転する車は、戻ってきた。
 シスターアンジェリカは、廊下の机の前に座っていた。
「どこにもいませんでした。失敗でした」と、シスターベロニカ。
「テーラー神父が」と、シスターアンジェリカ。「とても心配してまし
た。待っておいでです」
「寝ていてくだされば、よかったのに。もう、警察に届けるしかありま
せんね」

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35





「警察は、1日じゅうきていましたわ」
「誰が電話を?」
「逃亡犯人を、さがしにきていましたの。リチャードキンブル博士です」
「見つけましたの?」
「逃げたようです」
「お役にたてなかったけど、逃げられてよかった」
「警察では、楽観していましたわ。傷を知っているから、遠くへは、行
けまいと」


            3
 
 夜。テーラー神父の室のドアをあけて、シスターベロニカとシスター
アンジェリカが、入ってきた。
「あら、また、ピーナッツを召し上がっていらっしゃるの?」と、シス
ターベロニカ。「歯医者さんに止められたんでしょう?歯に悪いって」
「もう悪くなっていますよ」と、テーラー神父。「じつを言うと、恐ろ
しく痛むんです。ま、しかし、あした、歯医者に行くと、約束しました
んでね。言うなれば、地獄の苦痛が始まる前の、最後のどんちゃん騒ぎ
のようなものですよ。ビッキーは、いませんでしたか?」

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37





「ええ、だめでしたわ。今日は、いっしょに行く約束でしたの。大事な
時でしたのにね」
「子羊が1匹、迷い出したとしてもです、それ以外は、全部ちゃんとし
ているのですから、それを、喜びとしなくては!」
「シスターのおかげで、おおぜいが、まじめな生徒になって、勉強して
ますのよ」と、シスターアンジェリカ。
「ありがとう、シスター」と、シスターベロニカ。「あなたは、やさし
い方ね。さぁ、もう、休んでください」
「おやすみなさい。車、しまってきましょう。ファーザー」
「おやすみなさい」
 シスターアンジェリカは、出て行った。
「まったく」と、テーラー神父。「今日は、1日、大騒ぎでした。どろ
ぼうごっこですな。新しい管理人を、さがしに来たんです。なんでも、
逃亡中の犯人だとか」
「そうです。キンブル博士ですわ」
「ご存知だったんですか?」
「無実なのです」
「シスター。友人を助けようというお気持ちは、結構ですが、しかし、
ご自分ばかりか、学校や生徒たちにも影響しますからね。それに、私個
人の経験からいうと、罪のあるなしを判断することは、困難です」

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「分かっています。今日は、それを、証明するチャンスだったのですが
━━━」
「どこで、知り合ったんです?」
「偶然にね。その時は、偶然だと思いましたわ。車を修理してくれまし
たの。それこそ、平たい道もやっとという、ポンコツ車を、あの方が、
だましだまし、運転して、シェラー山脈の高い峠を越えてくださったの
です」
「その時、逃亡者に手を貸していることを、ご存知でしたんですか?」
「いいえ、ファーザー。逃亡者は、わたくしでした。神から逃れようと
していたのです。わたくしは、司教にお目にかかって、修道の誓いを取
り下げようと、旅に出たのですが、でも、あの方、いえ、主が、信仰を
取り戻させてくださったのです」
「興味ある、お話ですね。彼には、なにか、温かい、原理的な雰囲気が
あったんですな」
 シスターは、薬を出したので、神父は、机の上の水差しのところへ行
った。
「今日、あの方は、助けを求めて見えました。わたくしが、ある人をさ
がしてあげれば、あの方は、それで、自由の身となれたのですが、その
矢先に、ビッキーのことがあって、それで、わたくし、ビッキーをさが
しに━━━わたくしを最後のよりどころとする、ふたりのうち、ビッキ

42

41





ーを選んだのです」
 神父は、水を差し出した。
「ありがとう」シスターは、薬を飲んだ。
「こんな、話がありましたね」と、神父。「骨をくわえて、橋にやって
きた犬が、下を見た。自分の影が水に映っている、そこで、その骨をと
ろうと、口をあけたら、自分の骨も落ちてしまった、という」
「イソップ物語ですね。バイブルから引用していただきたかったけど。
でも、おっしゃるとおりです。わたくし、間違った方を選んでしまった
のです」
「あなたに、選ぶ権利があったでしょうか?」
「わたくしには、もう、時間がありません。わたくしが考えて、ベスト
と思う道を選ぶしか、方法がないのです」
「しかし、キンブル博士がおられなかったら、あなたは、信仰を捨てて
いらしたのでしょう?とすれば、あなたの時間は、博士が与えてくださ
ったことになる。博士には、あなたに、その時間を割いてくれと頼む権
利がある、と思いますが━━━」
 シスターが、その言葉に迷いながら立ち上がったので、神父は、先に
ドアまで行ってあけた。
「さ、少し、お休みください」と、神父。
 シスターベロニカは、校長室に戻ると、十字架にひざまづいた。

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「主よ。救いを求める人に、手をさしのべてあげなかったわたくしを、
お許しください。学校にも迷惑をかけ、混乱に落としいれた罪を━━━」
 そのとき、リチャードがテラスのドアから、入ってきた。右足をかば
っていた。
「先生、おいでになられましたの。もう逃げられたと」
「パトロールがまだ、いるんです」と、リチャード。「生徒が密告した
んです」
「おかけになって!」
 リチャードは、イスに座った。
「早めに気づいたんで、屋根に逃げたんです。でも、結果をうかがわな
いうちは━━━だめでしたか?ジョンソンは、いませんでしたか?」
「先生、どうぞ、分かってください」と、シスターベロニカ。「半年前、
ビッキーが、ここへ初めて来たときは、ひどい状態でしたの」
「シスター、ジョンソンは、どうでした?」
「いま、引き戻さなかったら、あの子は、ほんとうにだめになってしま
うでしょう」
「お願いです。片腕の男は、見つかったのですか?」
「それで、出かける直前に、ビッキーが逃げたと知ったのです。あの子
をさがしまわって、1日、むだに過ごしてしまいましたわ」
「じゃぁ、タールトンの町へは?」

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「ビッキーを見つけてから行くつもりでした。その時間は、あると思っ
て━━━」
「前にもお願いしました。はっきり、おっしゃってください、と。無理
だと言ってくだされば、ぼくは、なんとか、タールトンへ行ったでしょ
う。なぜ、そう言ってくださらなかった?」
「あしたは、行きます。どんなことがあっても、あしたは、1番に、タ
ールトンへさがしに行きます」
「もう、手遅れでしょう。指紋もとられてるでしょうし。片腕の男も新
聞を見たでしょうから」
「もうしわけありません。ほんとうに、すいませんでした」
 シスターは、足元がふらついて、机にもたれかかった。リチャードは、
驚いた。
「疲れました。いろいろと事件の多い1日でしたから。先生、ご恩に報
いるチャンスをなくして、心から、お詫び申します」
 リチャードは、立ち上がった。目は、シスターを診察する目になった。
「シスター、ぼくの手を握ってごらんなさい!」
「なんのために?」シスターは、両手を握った。
「さ、握ってください!ぎゅっと!両方、いっしょに、力いっぱい」
「先生、わたくし、疲れていますから、もう」シスターは、やめて、イ
スにすわった。

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「医者にせましたか?」
「お分かりになりましたの?やはり、先生には、隠せませんでしたね」
「医者にせましたか?」
「ええ、なんども」
「病名は?」
「パラサリタノ、アストロサイト━━━つまり、やさしく言えば、脳腫
瘍なのでしょ?」
「それで、どんな処置を?」
「まぁ、ここまで進行してしまったら、いったい、なにができるでしょ
う。医学書どおりの経過をたどっていますわ」
「シスター!」
「誰でも、いつかは、死にます。その時期を、前もって知っているのは、
いいことですわ。わたくしの場合、3月みつきと言われてから、だいぶたって
います。残念なことに、時間のないこと。するべきことは、それこそ、
山ほどあるのですが━━━さ、タールトンへ行きましょう。あなたには、
テーラー神父から、上着を借りてきます」
「しかし、非常線が━━━」
「先生、主が守ってくださいますよ!トランクに入ってゆくのです」
 
               ◇

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49





 
 シスターベロニカは、車庫で、車のトランクをあけた。
「さ、先生!」
 リチャードは、トランクに膝を折り曲げて入った。
「苦しくありませんか?」
「ええ」と、リチャード。
 そのとき、車庫に入ってくる人影が見えたので、シスターはトランク
を閉めた。
「シスター!シスターですか?」と、シスターアンジェリカ。
「あなたは、お休みなさい!」と、シスターベロニカ。運転席のドアを
あけた。
「また、おでかけですの?なにか、ありましたの?」
「おやすみなさい、と言ったでしょう?」シスターベロニカは、車に乗
って、エンジンをかけた。
「はい」と、シスターアンジェリカ。車を、見送った。
 シスターベロニカは、車を、歩道に乗り上げてから走らせた。
 リチャードは、トランクの中で懐中電灯を見つけて、つけた。車がは
ずんだショックで、トランク内に排気ガスが漏れてくる割れ目を、布で
ふさいだ。


52

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            4
 
 朝。シスターの運転する車が、走っていた。シスターは、運転しなが
ら、薬を出して1錠、飲んだ。トランク内で、リチャードは、せきをし
ていた。
 車は、非常線のところまで来て、警官に止められた。
「なにか、ありましたの?」と、シスター。
「いやぁ、念のため。犯人を捜査中です」と、警官。
「わたくしは、違うでしょうね?」
「おひとりだけで?」
「わたくしどもには、いつも、お連れがありますのよ」
「いやぁ、それは、分かります。ま、あなたの写真は、手配のポスター
になかったし、さがしているのは、人間の男なんでね!さぁ、どうぞ、
シスター!」
 シスターの運転する車は、ふたたび、走りだした。リチャードは、呼
吸が苦しいので、懐中電灯を、トランクの天井に何度も打ちつけた。シ
スターは、音に気づいて、車を止めた。急いで、トランクをあけると、
煙の中から、リチャードが出てきて、せきをした。
「どうなさって?ごかげんでも?」
 リチャードは、膝をついて、車の下を見た。

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「排気管が、こわれたんです」と、リチャード。
「きっと、カーブでぶつけたんですわ」と、シスター。「すいませんで
した」
「声が、しましたが」
「ええ、非常線で止められました。あなたを、さがしているようでした
わ。わたくしには、とても、親切でした」
「非常線を抜けたんなら、前の席に乗ってもだいじょうぶでしょう。ト
ランクは、もう、無理です」
 リチャードは、助手席に座り、シスターの運転で車は、ふたたび、走
りだした。
 これより、タールトンの標識。人口40、627。
「さぁ、先生、どこから始めますか?」と、シスター。「ここの人口は、
4万以上あるそうですよ」
「写真は、喫茶店のようですが━━━」リチャードは、写真を出して見
ていた。
「この程度のお店は、何十件とありますからね」
「右上に名前が、一部で出ています。UDSON━━━すると、ハドソ
ンかヤドソンか━━━あそこの、スタンドにつけてください!」
 車は、ガソリンスタンドに止まった。リチャードは、すぐに降りて、
スタンドにある電話ボックスに向かった。店員が、車に近づいてきて、

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笑顔で声をかけた。
「やぁ、入れますか、お嬢さん━━━」シスターが降りてきた。「いや
ぁ、奥さん━━━」シスターであることに気づいて言い直した。「いや
ぁ━━━」
「結構よ」と、シスター。「電話を借りたいだけ」シスターも、電話ボ
ックスに来た。
 リチャードは、電話帳で調べていた。
「つづりが同じ店が、2軒だけあります。ハドソンとヌードソン━━━
さぁ、行きましょう」
 シスターは、運転席に戻った。リチャードは、スタンドの地図を調べ
てから、助手席に戻った。
「ハドソンは、右に1ブロック行って、左に折れる道です」
 シスターは、うなづいて、車を走らせた。
 
               ◇
 
 シスターは、ハドソンと書かれた喫茶店の店主と話してから、戻った。
「写真の人は、見たことがないそうですよ」と、シスター。「それに、
なかの様子が、写真とは違うようでした。でも、どうも、あやしげな店
でしたよ。わたくしのことを、まるで、おまわりさんと間違えたみたい」

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「そうですか。では、ヌードソンかな」と、リチャード。
 シスターは、運転席についた。
「町の、向こうはずれです」と、リチャード。「次の通りで、車をまわ
しましょう」
 シスターは、慎重に、車を発進させた。
「見つかるでしょうかね?賭けの取引には、早すぎるんじゃないかしら
?」
「たしかに、ジョンソンと分かるだけでも、いいんですよ。いることさ
え、分かれば、見つけ出します」
「さっき止められたとき、じつは、ドキドキしましたの」
「ぼくもです」
 そのとき、後ろにパトカーが現われた。
「あそこです」と、リチャード。
 うしろのパトカーが、クラクションを鳴らした。
「パトカーだわ。せっかく、ここまで、来たのに」と、シスター。
「あの、横のところにつけてください。いざというとき、すぐ、走りこ
めますから」
 車を止めると、うしろにパトカーもとまった。警官が降りてきた。
「一時停止を知らんのですか?」と、警官。
「すいません、つい、うっかりしていて」と、シスター。

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「免許証、拝見!」
「はい、どうぞ」
「すまんが、出してくださらんかい?はい、どうも」
 警官は、シスターの免許証を見た。
「サクラメントから?」
「セントマリーマグダレアスクール」
「しかしね、シスター。交通法規は、守ってもらわらんと」警官は、と
なりのリチャードに気づいて、声をかけた。「あんたも学校から?」
「おまわりさん」と、シスター。「わたくしども、じつは、急いでいま
すので」
「へへ、みんな、そう言いますよ」
「テイラー神父が、歯を痛めて、ここのお医者さまに飛んできたのです」
「ふうん」
「ピーナッツを食べすぎるんですわ。いつも、注意してあげるんですが、
神父さまも、人間ですし、人間というものは、どうも、ね?」
 そのとき、目の前の店から、ビッキーが若者と現われて、オートバイ
の後ろに乗った。
「はは、シスター、今度は、大目に見てあげます。気をつけて、くださ
いよ!じゃぁ、お大事に、神父さま」警官は、戻ろうとして、思い出し
た。「そうそう、排気管がイカれてますよ、早く、修理なさい。排気ガ

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スってやつは、怖いからね!」
 警官が、戻っていくと、リチャードが言った。
「今のは、ビッキーでしたよ。惜しいことしましたね。追いかけて、さ
がしてみますか?」
「どうせ、追いつけませんわ。それに、今度だけは、先生のために出て
きたのです」
「よく、かばってくださいました」
「あなたのことを、神父だと言いませんでしたよ。神父が、歯を痛めて
いるのは、ほんとうなのです。それに、この町に、神父の歯医者がいる
のも、ほんとうなのです。もちろん、多少、ごまかした点は、告白しな
くてはなりませんが。さ、目的地に来た以上、取り掛かりましょうね!」
 シスターは、車を降りて、ヌードソンのコーヒーショップへ入った。
「失礼します」と、シスター。店長らしき男性に。「お金を払う人をさ
がしているのですが」シスターは、写真を見せた。「この写真の人を、
さがしているんです」
「うーん、どうも、お気の毒でした」と、店長。
「はぁ?」
「おおぜいが、こいつを、さがしているんです。今朝、金持って、逃げ
たんですよ!」
「この町には、もう、いないのですか?」

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「近くにおったら、ただじゃおかなねぇからな!」
「いつ、発ちました?」
「今朝。みんなの話をあわせるとね」
 シスターは、それを聞いて、ゆっくりと店の外へ戻った。リチャード
は、店の外で、タバコを吸っていた。
「やはり、あの男でした」と、シスター。「今朝、出ていったそうです。
許してください。あなたも、ビッキーも。助けられなくて」
「ビッキーのことは、お気の毒でした。あれほど、心にかけていらした
のに。シスターのご苦労は、ぼくにも、よく分かっています」
「シスターアンジェリカが、おおげさに、お話したんです。これから、
どうなさいますか?」
「やるべきことを、やるだけです。あなたは?」
「同じです。生きてるかぎり、努力しますわ━━━では、先生。もう、
お会いする日もありますまい。ご無事をお祈りしています」
「あ、拝借した上着を」リチャードは、上着をぬいで、シスターに渡し
た。
「どうも。神さまが、お守りくださいますように」
「ありがとう、シスター。お別れします」
 リチャードは、一度振り返ってから、横道へ入っていった。


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            エピローグ
 
 昼。セントマリーマグダレア校。
 シスターベロニカが、校長室に入ると、シスターアンジェリカが、コ
ーヒーを注いでいるところであった。テーラー神父は、イスに座ってい
た。
「あ、シスター、ちょうど、コーヒーが入りましたわ」
 シスターベロニカは、コーヒーを受け取って、座った。
「町でビッキーを見たんですけど、どうしても追いつけなくて━━━」
 シスターベロニカは、テーラー神父と目を合わせた。
「あの子も、先生も、失敗させてしまいましたわ」
「いいえ、それは、違います」と、シスターアンジェリカ。テラス側の
ドアまで行って、あけた。そこから、ビッキーが現われた。「帰ってき
ましたの。自由意志で」
「そりゃそうよ」と、ビッキー。「外だって、ここだって、そう違いや
しないもの。とにかく、坊さんたちも、一生懸命やってんだし━━━も
う、室、行ってもいい?」
 シスターベロニカは、うなづいた。ビッキーは、校長室を出ていった。
「やはり、もうひとりのかたが」と、テーラー神父。「あなたの子羊を、
見守っておられるようですな」

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「わたくしが、頼りないから」と、シスターベロニカ。
「いやぁ、非難しているのでは、ありません。われわれ、すべて、たい
へん必要ではあるが、絶対ではない、ということです」
「それとも、神さまが、わたくしに、死ぬ準備をしろと、おっしゃって
いるのかもしれませんね」
「いやぁ、シスター。わたしどもに、あなたは必要ですよ。世界は、わ
れわれが生まれる前からあり、死んだあとも、あるのです。われわれは、
与えられた時間を、精一杯に生き、あとは、神にお任せするだけです」
「わたくしが、また、キンブル先生のおかげで、救われました。神は、
いつも、わたくしの危機に際して、あの方を寄こしてくださるようです」
「さて」と、テーラー神父。お茶の時間が終わったので、立ち上がった。
「神は、われら坊さんがいなくても、お困りにならぬはずですから。少
し、休むとしましょうか?」
「その前に、ビッキーと話しあって、それから、お祈りもしなくては、
なりません。まだまだ、休むわけには、いきませんね」
 
               ◇
 
 線路に多くの貨車が停車していた。
 リチャードは、警官ふたりに追いかけられて、走ってきた貨車に飛び

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乗った。
「ある道が閉ざされれば」と、ナレーター。「キンブルは、別の道を選
ぶ。逃亡者には、無料で通過できる道はない。すべての道が、苦悩と、
汗と、血を、代償として要求する。道は、数限りなくある。だが、ゴー
ルは、ただ、ひとつ。そして、途中には、死が待っている」
 
 
 
 
                     (第四_十話 終わり)











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