バーニングマン
          原作:レイブラッドベリ
          J.D.フェイセルソン
           
            プロローグ
             
             
 オープンカーが、未舗装の道を、ほこりを上げて、走っていた。
「おばさん、体が燃えそうだ!」と、助手席の少年。運転している、お
ばに。
「もうすぐ、湖に飛び込めるわ!」と、おば。薄ピンクのドレスに、薄
ピンクの帽子を、スカーフでくくっていた。
「この気温の高さは、異常だ!38度くらい?」
「もっと、よ!ここ十数年では、もっとも暑い7月みたい」
 



 

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 そのとき、顔が埃だほこりらけの、老人が立ち上がった。服は、茶柄のネク
タイに薄茶のスーツだったが、やはり、埃だほこりらけだった。
「見てよ!」と、少年。
 老人は、道の真ん中に出てきて、両手をあげていた。おばは、車を止
めた。
「止まるとは、驚いたね」と、老人。
「それは、こっちのせりふよ!」と、おば。「どちらへ?」
「どこでもいい!」そう言って、老人は断りもなしに、後部座席に乗り
込んだ。「さぁ、行くんだ!逃げるんだ!」
「何から?」
「太陽に決まっているだろ!」老人は、上を指さした。「頭をやられる
からな!」
 おばは、ふたたび、車を走らせた。
「もっと、スピードを出せないのか?風を感じたい!」
 少年が、老人の顔をじっと見ていると、老人は、ウインクをした。老
人は、前の座席に身を乗り出して、話し続けた。
「考えたことは、あるかね?イラつくのが、天候のせいなのか、どうか」
「どういう意味?」と、おば。

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「きょうみたいに、暑いと、あらぬ妄想を、するもんだ。引き裂かれた
体の中から、悪魔が生まれるとか」
 老人は、後部座席にもたれた。
「今年は、17年セミが、生まれる年では?今年が?」
「知らない」と、おば。
「そうだよ。体で感じる。いいかね」老人は、また、前の座席に身を乗
り出した。「世界は、謎に満ちている。17年セミがいるなら、17年
人間が、いてもいい」
「17年人間?」と、少年。
「そうだよ。24年人間とか、57年人間だって、いるぞ。人間が生ま
れる理由は、大人が結婚するからだというが、他の方法で生まれる人間
が、いるかもしれない。たとえば、セミのように」
「セミだって?」
「それに、生まれつきの悪人がいないとは、言い切れん」
 少年は、おばと、顔を見合わせた。そのとき、車の右後部タイヤがパ
ンクした。おばは、車を止めて、タイヤ交換を始めた。
「どんな悪人ですって?」と、おば。レンチでナットを締めていた。
「生まれながらに、悪いやつ。生来の性悪さってものは、受け継がれる
んだよ」
「悪人は、死ぬまで悪いの?」と、少年。

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賢いかしこな、坊や。生まれつき天使のような、人間もいれば、年がら年じ
ゅう、偏屈なやつだっているだろうさ」
「考えもしなかった」
「今日みたいに、すごく暑い日の、照りつける太陽に、土から出たばか
りの、人間は焼かれてしまう。セミの幼虫のように、57年間も、地中
で待っていたんだ。目を覚まして、体を震わせ、あたりを見回して、暑
い土の中から、はい出してくる。しばらくすると、体がパックリと割れ
て、中から、若い肉体が現れて、言うんだ。ギラギラした目で、夏を味
わおう、と」
「なに?」
「夏を楽しむのさ!木を見てみろ!いい、夕飯ゆうはんだ。あっちに広がる草原
は、最高のごちそうだな。朝食には、ヒマワリがいい。屋根のタール紙
は、昼食だ。湖のそばの家には、ワインもあるぞ。ゴクゴク飲みほして、
心行くまで楽しんだら、体が真っ二つになる」
 老人のひとり舞台に、おばも少年も、あきれた顔をした。
 車は、タイヤ交換を終えて、走りだした。
「なんだか、のどが、かわいた」と、少年。
「のどがかわいた、って?甘いな!」また、前の座席に身を乗り出して
きた。「50年以上も、暑い地中にいた男を、想像してみろ!生きられ
るのは、1日だ。のどのかわきも、激しいが、腹も、ぺこぺこだ。木や

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花どころか、丸ごとケーキや、ぶ厚いステーキだって、食える。腹がい
っぱいになって、満足したら、ぶらつくかな。人間の肉の味は、どうだ
ろうな?」
「なんて?」と、少年。
「人間だよ。煮たり、揚げたり、ゆでたり、男や女、子どもだって、な
んでも来い!歯を研いで、肉をしゃぶれ、ディナーが始まるぞ!」
「やめて!」おばは、腹を立てて、急ブレーキをかけた。後部座席を向
いて、言った。「降りて!」
「なぜ?」と、老人。
「早く!」
「ここで?」
「もう、ウンザリよ!」
「ここは、ちょっと」
「聖書もあるし、ハンドルの下には、フル装填の拳銃。座席の下には、
十字架。グローブボックスには、かなづちも。ラジエータには、3つの
教会の聖水を入れてある。熱い蒸気を浴びたくなきゃ、降りて!早く、
降りて!」
 老人は、突き落とされるように、車から降ろされて、道に尻もとをつ
いた。
「頭のネジが、はずれたんじゃないのか?」と、老人。猛スピードで遠

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さがる車に。
 おばは、老人を、降ろして、ホッとした顔をした。
「頭にも来るわよ、あんな老人!」
 少年が、後ろをふり返って見ると、老人が悪態をついていた。「太陽
にやられちゃう!」と、老人。「チクショウ!」老人は、上着をぬいで、
地面にたたきつけていた。




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「おばさん、別人みたいだったね!」と、少年。
「わたしも、驚いた」と、おば。
「さっきの話し、ほんとう?」
「まさか」
「全部、嘘だったの?」
「ほら吹きは、あの老人よ!」
「そうかな?」
「嘘も方便なの。ああいう老人には、特にね」

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「そうか・・・もう一度。言ってみて!」
「嘘も方便よ」
「違うよ、聖書や拳銃の話しだよ!」
「聖書もあるし、ハンドルの下には、フル装填の拳銃。座席の下には、
十字架。グローブボックスには、かなづちも・・・」
 おばも少年も、大声で笑った。
 
               ◇
 
 湖。木製の台から、飛び込む少年。水中から、現れるおば。
 おばと少年は、水着で水をかけあって、おはしゃぎだった。
 木陰で休む、おばと少年。すでに、服を着替えていた。
「セミの声だ」と、少年。「まさか、あの人の話し、ほんとうじゃ、な
いよね?違う道で、帰れないの?」
「無理ね」
「何も、起きないといいけど」
「心配ないわ。行くわよ」
 少年は、ランチバスケットを車に乗せた。
 夕日の中を、昼と同じ道を、帰ってゆく、車。
「ほんとうだったらな」と、少年。

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「何の話し?」と、おば。
「座席の下に、十字架さ」
 道端で、真っ白な服を着た、少年が手を振っていた。
 おばは、車を止めた。
「町へ行く?」と、白い服の少年。
「そうよ、あなたは、何してるの?」と、おば。
「ピクニックで、家族に置き去りにされた」
 少年の服は、真っ白で、ネクタイは茶柄だった。
「それは、かわいそうに」
「ひとりで、不安だった。ここ、こわいんだもん」
「乗りなさい!」
 白い少年は、後部座席に乗った。









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            エピローグ
 
 夜。車は、ライトをつけて、走っていた。
 白い少年は、おとなしく、座っていた。
 おばは、バックミラーで、少年の姿を確認できた。
 白い少年は、おばに、なにかを耳打ちした。
「なんて?」と、おば。
「なんなの?」と、助手席の少年。
 車は、スピードが落ちて、止まった。なんど、スターターをまわして
も、エンジンは、かからなかった。
 前の座席の、おばと少年は、後ろをふり返った。
「この世には、生まれつきの悪人がいると思う?」と、白い少年。
 白い少年は、笑い顔になった。
 おばと少年は、白い少年を見ていた。
 車は、停車したまま、ライトが消えた。
 道は、他に誰も通らなかった。暗くなって、虫の声が響いていた。
 
 
                    (第一_八_二話 終わり)


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