イェフディの法則
            原作:フレドリックブラウン
            アランフィールド
             
            プロローグ
             
 オレは、冷静さを失いかけている。
 チャーリースワンも、同じく、冷静さを失いかけている。おそらく、
オレよりも、もっと、ひどく。それは、そもそもが、チャーリーがしで
かしたことだからだ。どういうことかというと、チャーリーがそれを作
って、それがなんで、どう動くかを、知っていたはずだからだ。
 チャーリーは、それについて、イェフディの法則と、冗談で言った。
あるいは、冗談だと思って、言った。
「イェフディの法則?」と、オレ。



 

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「そう、イェフディの法則」と、チャーリー。「ここにはいない、小人
の法則さ。ヤツがやってくれるのさ」
「やるって、なにを?」オレは、知りたがった。
 ここで、それが、なにか説明しておこう。それは、ヘッドバンドで、
ちょうど、チャーリーの頭に合っていた。額のひたいところに、薬の容器より
やや大きめの、黒い丸い箱が付いていた。また、銅の円盤が、チャーリ
ーのこめかみの上にそれぞれあって、1本のワイヤーが右耳のうしろを
通って、コートのポケットにある単3乾電池につながっていた。
 一見したところ、それは、頭痛を治したり、あるいは、もっと悪くす
る以外には、なにもできないように見えた。しかし、オレは、チャーリ
ーの顔の輝きから、それは、とんでもないものだと悟った。
「なにをやるんだい?」オレは、知りたがった。
「やってほしいこと、なんでもさ」と、チャーリー。「もちろん、常識
の範囲内だけだけど。ビルを動かしてくれ、とか、蒸気機関車を出して
くれ、という突飛なのは無理だ。しかし、なにか細かいことで、やって
ほしいことなら、ヤツはやってくれる」
「ヤツって?」
「イェフディさ」

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 オレは、目を閉じて、5つ数えた。1つ数えるごとに、「イェフディ
ってだれ?」と、聞きたくなる気持ちを抑えながら。
 オレは、ベッドの上の紙の山を、脇へ押しやった。古い原稿をあさっ
て、なにか新しい視点から書き直したら、ましなものになりそうなもの
を捜していたのだ。その横に座った。
「よし」と、オレ。「小人に言って、なにかドリンクを!」
「どんな?」
 オレは、チャーリーを見た。ふざけているようには、見えなかった。
彼としても、もちろん、とにかく━━━。
「ジンバック」と、オレ。「ジンバックを頼む。ジンを入れて、イェフ
ディが、オレの言う意味が分かるなら」
「手を差し出して!」と、チャーリー。
 オレは、手を差し出した。チャーリーは、オレでない誰かに、言った。
「ハンクに、ジンバックを持ってきてくれ!強いやつ」
 チャーリーは、頭を下げた。
 チャーリーに、あるいは、オレの目に、何かが起こった。どっちなの
か、オレには分からなかった。ちょうど1秒間、チャーリーは、霧のよ
うにかすんだ。それから、ふたたび、もとに戻った。
 オレは、「ギャッ!」と言って、手を引っ込めた。手につめたいもの
がかかって、濡れたからだ。水が飛び散る音がして、ちょうどオレの足

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元のフロアに水たまりができた。ちょうどオレの手があった真下に。
「グラスに入れて、と頼むのを忘れた」と、チャーリー。
 オレは、チャーリーを見てから、フロアの水たまりを見て、それから、
自分の手を見た。人差し指を慎重に口へ入れて、味わった。
 ジンバック。ジンが入っていた。オレは、チャーリーをまた見た。
「ぼくは、かすんだ?」と、チャーリー。
「ねぇ、チャーリー」と、オレ。「オレたちは、10年来の友人で、学
校もいっしょだった。でも、もしも、こんなふざけたことをまたやった
ら、こんどは、おまえをかすませてやる!いいかい、ぜったい━━━」

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「こんどはもっと、よく見てくれ!」と、チャーリー。そしてふたたび、
別の空間を見て、オレではない誰かに、話しかけた。
「ジンを1/5、ボトルで持ってきて!あと、レモン6こをスライスし
て、皿に。2クォーターボトルのソーダと角氷を1皿。すべてを、そこ
のテーブルの上に、置いて!」
 チャーリーは、前とまったく同様に、頭を下げた。そして、かすんだ
のでなければ、煙にまかれた。かすむが、一番ふさわしかった。
「かすんだよ!」と、オレ。すこし、頭痛がした。

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「そうだと思った」と、チャーリー。「ひとりでいるときは、鏡を使っ
て見てたんだが、目のせいかもしれないので、ここへ来たのさ。ドリン
クは、きみが?それとも、ぼく?」
 オレは、テーブルの上を見た。チャーリーが命令したもの、すべてが
置かれていた。オレは、しばらく、躊躇しちゅうちょた。
「ほんものだよ」と、チャーリー。興奮を抑えるように、すこし息が荒
くなった。「ちゃんと動くんだよ、ハンク。ちゃんと動く。ぼくたちは、
金持ちになれる!なんだってできるんだ━━━」
 チャーリーは、話し続けた。オレは、ゆっくり立ち上がり、テーブル
まで行った。ボトルとレモンと氷は、ほんものだった。ボトルは、振る
と音がした。氷は、冷たかった。
 1分間、オレは、それらがどうやって来たのか、心配になった。しか
し、今すぐ、ドリンクが必要だった。薬棚からグラスを2つと、本棚か
ら栓抜きを出してきた。そして、オレは、2杯作った。1/2くらいを、
ジンで。
 それから、思いついて、チャーリーにいた。
「イェフディにも作る?」
「2つでじゅうぶんさ」チャーリーは、ニヤリとした。
「まず、手始めに」オレも、ニヤニヤしながら、ドリンクを手渡した、
グラスに入れて。オレは、自分の分を一気に飲みほして、もう一杯作り

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始めた。
「ぼくも頼む」と、チャーリー。「おっと、1分待って!」
「現在の状況では」と、オレ。「ドリンクの間隔としては、1分は、そ
うとう長すぎやしないか?1分あれば、待てよ、1分待って、つまり━
━━そうだ!イェフディに、作らせちゃ、なぜだめなのか?」
「ぼくが言おうとしたのも、それさ。ちょっと、提案がある。きみがヘ
ッドバンドをつけて、イェフディに命令したら?それを、見てみたい」
「オレが?」
「きみだよ」と、チャーリー。「別になんの害もないよ。ぼく以外の誰
でも、ヘッドバンドを動かせるのか知りたいんだ。もしかしたら、ぼく
の脳にだけ周波数が合っているだけなのかもしれないし。やってみて!」
「オレが?」
「そう」と、チャーリー。
 ヘッドバンドをはずし、オレに差し出した。ヘッドバンドのワイヤの
先に、単3乾電池がぶら下がっていた。オレは、それを受け取り、眺め
て見た。べつに、危険そうに見えなかった。こんな単3乾電池くらいじ
ゃ、ジュースさえ作れないだろう。
 オレは、それを装着した。
「オレたちに、ドリンクを作って!」と、オレ。テーブルを見たが、な
にも起こらなかった。

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「命令のあと、頭を下げるんだ」と、チャーリー。「額のひたい箱に、小さな
振り子が入っていて、それで、スイッチが入るんだ」
「ジンバックを2杯作って!グラスに入れて!」オレは、頭を下げた。
顔を上げたとき、カクテルができていた。「すごい!殴ってくれ!」と、
オレ。ドリンクを取ろうと、かがんだ。
 オレは、フロアに、殴り倒されていた。
「気をつけないと、ハンク!」と、チャーリー。「かがんだら、頭を下
げることになるからね。命令でないことを言ったら、頭を下げたり、か
がんだりしないこと!」
 オレは、起き上がって、イスに座った。「たいまつであぶってくれ!」
 オレは、頭を下げなかった。じっとしていた。言ってしまったことに
気づいてから、首が痛くなるほど、じっとして、振り子が作動してしま
うんじゃないかと心配で、完全に息も止めていた。
 オレは、ヘッドバンドが傾かないように注意しながら、慎重に持ち上
げて、フロアの上に置いた。
 立ち上がって、体を調べたが、打ち身程度で、骨は折れてなかった。
グラスを持ち上げて、飲んだ。うまかった。しかし、つぎは、自分で作
った。3/4を、ジンで。



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 グラスを手に、オレは、ヘッドバンドのまわりを、1ヤード以内に近
づかないようにしながら、歩いた。そして、ベッドに座った。
「チャーリー」と、オレ。「きみは、なんらかの発明品を持ってきてく
れた。オレには、それがなにか分からないが、なにを待っているんだい
?」
「どういう意味だい?」と、チャーリー。
賢いかしこ男なら考えることさ。もしも、頼んだことをやってくれるんなら、
パーティをやろう!リリーセントクレアとエスターウィリアムズのどっ
ちを選ぶ?オレは、残りでいい」
 チャーリーは、悲しそうに頭をふった。
「限界があるんだ、ハンク。説明した方がいいかもしれないな」
「個人的には」と、オレ。「説明すると、リリーの方がいいんだ。でも、
先に進もう!イェフディとともに!オレの知ってるイェフディは、ふた
りだけだ。バイオリニストのイェフディメヌーヒンと、存在しない小人
のイェフディ。メヌーヒンが、ジンを持ってきたとは思えない。という
ことは━━━」
「メヌーヒンじゃない。それに関しては、存在しない小人でもなかった
んだ。からかってたんだよ、ハンク。存在しない小人なんて、存在しな

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かったんだ」
「そうなのか」と、オレ。ゆっくり、くりかえした。「存在━━━しな
い━━━小人━━━なんて━━━存在━━━しなかったんだ━━━」
 オレは、あきらめた。
「分かりかけてきたぞ」と、オレ。「きみが言ってることは、こういう
ことかい?存在しない小人なんて、存在しなかったって。それじゃ、イ
ェフディってだれ?」
「イェフディなんて存在しないんだ、ハンク。ただのニックネームさ、
アイデアの。それが分かりやすいように、短くしただけだよ」
「正式な名前は?」
「全自動自己暗示式準振動型超加速装置」
 オレは、グラスの残りを飲みほした。
「すばらしい!」と、オレ。「イェフディの法則が、ますます気に入っ
たね。でも、1つだけ分からないことがある。ドリンクとかを誰が持っ
てきてくれたんだい?ジンやソーダやらを」
「ぼくさ。最後の2杯は、きみ。分かったかい?」
「だいたいは」と、オレ。「正確には、まだ」
 チャーリーは、ため息をついた。



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 チャーリーは、説明した。
額のひたい2枚の銅板のあいだに場が形成されて、それが、素粒子の振動を
何千倍にも加速して、それによって、脳や体の有機体の速度も加速する
んだ。スイッチが入る直前の命令が、自己暗示的に行動を誘発して、き
みが自分で命令した行動を実行することになる。しかし、それがあまり
にも高速なため、誰もきみの動きを見ることができない。きみが動いて
戻ってくるのが、まったく同時なので、一瞬かすむだけなんだ。分かっ
たかい?」
「もちろん!」と、オレ。「1つを除いて。イェフディってだれ?」
 オレは、テーブルで、もう2杯作り始めた。7/8を、ジンで。
 チャーリーは、さらに、説明した。
「行動は、速度が速すぎて、記憶に残らないんだ。ある意味で、記憶は、
加速化の影響を受けないからね。その結果、本人にも観察者にも、命令
が同時に実行されたように見える。いわば、存在しない小人が実行した
ように━━━」
「イェフディのこと?」
「イェフディじゃ、なぜだめなんだい?」
「なぜかって、なぜかというと」と、オレ。「ここに、もう一杯あった

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としよう。ちょっと弱めで。弱めといえば、きみは、ジンをもってきた。
え?どこから?」
「たぶん、近くの酒屋。覚えてないが」
「支払いは?」
 チャーリーは、財布を出して、あけた。
「すこし減ってるようだ。だぶん、レジに置いてきたんだろう。ぼくの
潜在意識は、正直なようだ」
「なにがいいんだい?」と、オレ。「きみの潜在意識のことじゃないよ、
チャーリー。イェフディの法則さ。ジンなんか、簡単に買ってこれるだ
ろうし、オレだって、簡単にカクテルが作れる。イェフディが、リリー
セントクレアとエスターウィリアムズを連れてこれないと思うなら」
「できないんだ。きみができないことは、イェフディもできないんだ。
イェフディは、イェフディじゃないんだ。きみなんだ。きみ自身がやっ
てることなんだ、ハンク。分かるだろう?」
「なにがいいんだい?」
 チャーリーは、また、ため息をついた。
「ほんとうの目的は、ジンやカクテルのような雑用じゃないんだ。それ
は、ただのデモンストレーションだったのさ。ほんとうの目的は━━━」
「待ってくれ」と、オレ。「ドリンクの話に戻そう!一杯飲んでから、
ずいぶんたつ」

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 2回つまづいただけで、テーブルに行った。今回は、ソーダなしで、
ジンのグラスに、それぞれ小さなレモンと氷を入れた。
 チャーリーは、自分のを味わって、顔をしかめた。
「すっぱいね」と、オレ。自分のを味わった。「レモンは出そう。氷が
とけて薄まる前に、すぐ飲んだほうがいいな」
「ほんとうの目的は」と、チャーリー。
「待ってくれ!」と、オレ。「限界について、きみは、間違えているか
もしれない。オレがヘッドバンドをつけて、イェフディに、リリーとエ
スターを連れてくるよう言おう!」
「とんでもない、ハンク。ぼくが作ったから、どう動くか知ってるんだ。
リリーセントクレアとエスターウィリアムズや、ブルックリンブリッジ
を持ってこれないんだ」
「ほんとうかい?」
 残念なことに、オレは、チャーリーを信じた。オレは、もう2杯作っ
た。今度は、ジンと2つのグラスだけで。それから、ゆっくり揺れてい
るベッドのはしに座った。
「よし」と、オレ。「ほんとうの目的は、なんなんだい?」
 チャーリースワンは、何回かまばたきをした。オレに目の焦点を合わ

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せられないようだった。
「ほんとうの目的って、なんのだい?」と、チャーリー。
 オレは、ゆっくり注意深く発音した。
「全自動自己暗示式準振動型超加速装置のだよ。イェフディのさ」
「ああ、そうだった」と、チャーリー。
「その」と、オレ。「ほんとうの目的は、なんなんだい?」
「このようなこと。たとえば、なにか急いでしなくてはならない仕事が
あって、あるいは、あまりやりたくない仕事とか」
「ストーリーを書くとか」と、オレ。
「そう、ストーリーを書くとか」と、チャーリー。「あるいは、家のペ
ンキ塗りや、あるいは、大量の皿洗いとか、側溝を掘ったりだとか、し
たくないけど、しなきゃならないようなことを、自分に命令して」
「イェフディ」と、オレ。
「そう、イェフディに、お願いしてやってもらう。きみがやるんだが、
きみは知らない。全く苦労なく、かつ、スピーディに片付いてしまう」
「チャーリー、かすんでるよ」と、オレ。
 チャーリーは、グラスを持ち上げて、電灯にかざした。からだった。電
灯でなく、グラスが。
「きみも、かすんでるよ」と、チャーリー。
「だれ?」

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 チャーリーは、答えなかった。チャーリーは、揺れているように見え
た。イスもすべてのものが、1ヤードの弧を描いていた。チャーリーを
見てると、目が廻るので、オレは目を閉じた。しかし、ふたたび目をあ
けると、もっと揺れていた。
「ストーリー?」と、オレ。
「そう」
「ストーリーを、書かなきゃならないんだ」と、オレ。「でも、オレで
なくてもいい。イェフディでもいいわけだ」
 オレは、歩いていって、ヘアバンドをつけた。今回は、特別注意する
ことはなかった。要点だけ述べればよい。
「ストーリーを書いてくれ!」と、オレ。
 オレは、頭を下げた。なにも起こらなかった。
 思い出したのは、知ろうとしても、なにも起こったようにはみえない
ことだった。タイプライターの置いてある仕事机に行って、見てみた。







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            6
 
 タイプライターに、白い紙と黄色い紙がセットされ、間にカーボン紙
があった。そのページは、半分くらいタイプされ、末尾にワードがあっ
た。オレは、タイプされたものが読めなかった。めがねをはずしたが、
それでも読めなかった。それで、紙を巻き上げて、顔をタイプライター
から数インチに近づけて目をこらした。ワードは、「終わり」であった。
 タイプライターの横を見ると、タイプされた紙が整然と、だがそれほ
ど多くはなく、白と黄が交互に積み上げられていた。
 すばらしいことだ。1つストーリーを書いたのだ。オレの潜在意識が、
ボールの上でも安定したものなら、今まで書いたストーリーで、ベスト
かもしれない。
 困ったことに、今は、読める状態にない。検眼医に、新しいめがねを
頼むかなにかしないと。
「チャーリー」と、オレ。「ストーリーを1つ書いた」
「いつ?」
「今」
「見てなかった」
「かすんだだろ?」と、オレ。「きみは見てなかった」
 オレは、ベッドに座る姿勢に戻った。そこで、なにをしようとしてい

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たのか思い出せなかった。「チャーリー」と、オレ。「すばらしいね」
「なにが、すばらしいって?」
「すべてさ。生きること。木の上の鳥。プレッツェル。1秒かからない
ストーリー。これからは、週に1秒だけ仕事すればいいんだ。学校もな
し。本もなし。教師ににらまれることもなし。チャーリー、すばらしい
ね!」
 チャーリーは、目が覚めたように見えた。
「ハンク」と、チャーリー。「きみが見たものは、可能性のほんの始ま
りだけさ。ほとんど無限の可能性がある。どんな職種でも、ほとんどど
んなものにも」
「ただし」と、オレ。「リリーセントクレアとエスターウィリアムズを
除いて」
「1つのことに、こだわるね」
「2つのことさ」と、オレ。「オレは、どちらでもいいんだよ、チャー
リー。きみさえよければ━━━」
「ああ」と、チャーリー。だるそうに。もしかしたら、「メッシュ」と
言ったのかもしれない。
「チャーリー」と、オレ。「きみは、酔ってる?大丈夫かい?」
「自分を撃っちまいな!」
「え?スーツに着替えろって?ああ、分かった、今から」

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「そうだよ」と、チャーリー。「スーツに着替えな」
「そうは、言わなかった」
「じゃ、なんて?」
「たしか」と、オレ。「きみが言ったのは、自分を撃っちまいな!」
 ジュピターだって、頭を下げることはある。
 ただ、ジュピターは、今、オレがつけてたようなヘッドバンドはつけ
てない。だが、たぶん、同じことをしてれば、ジュピターもつけてたか
もしれない。それで、多くのことに説明がつく。
 オレは、頭を下げたに違いない。なぜなら、1発の銃声がしたからだ。
オレは、「ギャッ!」と言って、飛び上がった。チャーリーも、飛び上
がった。彼は、しらふのように見えた。
「ハンク」と、チャーリー。「きみは、あれをつけてたのか?きみは?」









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 オレは体を見たが、シャツの前部分に血はついてなかった。どこも痛
みはなく、なんでもなかった。オレは、体をゆするのをやめた。チャー
リーを見た。チャーリーも撃たれてなかった。
「じゃ、いったい誰が?」と、オレ。
「ハンク」と、チャーリー。「銃声は、この室の中じゃない。室の外だ
った。踊り場か階段からだ」
「階段?」
 なにかが心の背に引っ掛かった。階段の近くに?
『階段で小人を見た。
 そこには存在しない小人。
 小人は今日もいなかった。
 そう、望む。去っていったと』
「チャーリー」と、オレ。「あれは、イェフディだったんだ!オレが、
自分を撃っちまいな!と言ってから、振り子が揺れて、イェフディは自
分を撃ってしまったんだ!きみは、この点について、間違ってたんだ。
全自動自己暗示式なんとかでは、なかったんだ。すべて、毎回、イェフ
ディがやっていたんだ。それで━━━」
「黙って!」と、チャーリー。

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 チャーリーは、ドアをあけて出ていった。オレも従った。踊り場に出
た。
 火薬を燃やしたような、においがした。階段の上の踊り場からにおってい
た。そこへ近づくと、においが強くなった。
「誰もいない」と、チャーリー。フラフラしていた。
「小人は」と、オレ。畏怖い ふしながら。「今日もいなかった。そう、望む」
「黙って!」と、チャーリー。鋭く。
 オレたちは、室に戻った。


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「座って!」と、チャーリー。「この点について、整理しよう。きみは、
自分を撃っちまいな!と言ってから、頭を下げるか前かがみになった。
しかし、きみは、自分を撃たなかった。銃声は、外から━━━」
 チャーリーは、はっきりさせるために、頭をふった。
「コーヒーを飲もう!」と、チャーリー。提案した。「熱いブラックで。
きみも━━━なんだ、ヘッドバンドをまだしてるじゃないか!コーヒー
を出してくれ!気をつけて」
「熱いブラックコーヒーを2杯頼む。カップに入れて」

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 オレは、頭を下げた。なにも起こらなかった。オレは、このことをあ
る程度、予想していた。
 チャーリーは、オレの頭からヘッドバンドをつかみとると、自分で試
した。
「イェフディは死んだんだよ!」と、オレ。「小人は自分を撃ったのさ。
もう、なにもできない。オレがコーヒーをいれる」
 オレは、やかんをホットプレートにのせた。
「チャーリー」と、オレ。「仮に、みんなイェフディがしていたとしよ
う。きみは、イェフディの限界をどの程度知っていたんだい?たぶん、
彼は、リリーセントクレアも━━━」
「黙って!」と、チャーリー。「今、考えてるんだ」
 オレは、黙った。チャーリーは、考え始めた。
 コーヒーができたときまでには、自分が言ってることのバカらしさに
気づいた。
 コーヒーを出した。チャーリーは、ずっと、薬の容器のようなものを
あけて、なかを調べていた。スイッチを作動させる小さな振り子や多く
のワイヤが見えた。
「分からないな。どこも壊れてない」と、チャーリー。
「たぶん、電池じゃないか?」と、オレ。
 懐中電灯を出してきて、単3乾電池をテストした。電球は明るく光っ

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た。
「分からないな」と、チャーリー。
「それじゃ、はじめから考えよう、チャーリー」と、オレ。「それは、
動いていた。いろんなドリンク類を出してくれた。2杯のカクテルを作
ってくれた。それは、いわば━━━」
「そこを考えていたとこだ」と、チャーリー。「きみが、殴ってくれ!
と言って、ドリンクを取ろうと、かがんだら、なにが起こった?」
「気流。それに、殴り倒されたよ、チャーリー。文字通りに。どうやっ
て、オレは自分にしたんだろう?注意したいのは、目的語の違いだ。殴
ってくれ!は、オレに対して。あとの、自分を撃っちまいな!は、相手
に対してだ。もしも、撃ってくれ!と言ってたら、どうなっていたかな」
 オレはまた、心の背に引っ掛かるものを感じた。
 チャーリーは、呆然ぼうぜんとしているように見えた。
「それは、科学的に作られたんだ、ハンク」と、チャーリー。「偶然で
きたのではない。ぼくに間違いがあったのだとしても、きみが考えてい
ることは、まったくのナンセンスだ」





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            エピローグ
 
 同じことを、また考えようとした。別の角度から。
「たとえば」と、オレ。「きみの装置が、脳に影響する場を作ったとし
よう。しかし場の働きではなく、場の性質を勘違いしていたとしたら、
どうだろう。考えを投影することを可能にしたとしよう。きみは、イェ
フディのことを考えていた。冗談で、イェフディの法則と呼んでいたの
だから、イェフディのことを考えていたのに間違いない。それで、イェ
フディが━━━」
「バカげている」と、チャーリー。「うまいコーヒーをもらうよ」
 チャーリーは、もう一杯コーヒーを入れに、ホットプレートまで行っ
た。
 オレは、思いついて、タイプライターのある机まで行った。ストーリ
ーの束を持ち上げて、ページを入れ替えて、1番上に1ページ目がくる
ようにして、読み始めた。
 チャーリーの声が聞こえた。「いいストーリーかい、ハンク?」
「ううううう━━━」と、オレ。
 チャーリーは、オレの顔を見て、室を走ってきて、肩越しに読もうと
した。オレは、最初のページを手渡した。タイトルは、こうだ。
     イェフディの法則

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 ストーリーは、こう始まっていた。
   オレは、冷静さを失いかけている。
   チャーリースワンも、同じく、冷静さを失いかけている。おそら
  く、オレよりも、もっと、ひどく。それは、そもそもが、チャーリ
  ーがしでかしたことだからだ。どういうことかというと、チャーリ
  ーがそれを作って、それがなんで、どう動くかを、知っていたはず
  だからだ。
 オレはページを読むごとに、チャーリーに手渡した。彼も読んだ。そ
う、それは、このストーリーだった。今、あなたが読んでるストーリー。
今、オレが話している、この部分も含めて。結末が起こる前に書かれて
いたのだ。
 チャーリーは、読み終わると、イスに座った。オレも座った。チャー
リーは、オレを見た。オレも、チャーリーを見た。
 彼は、口をなんどがひらきかけ、なにかを発する前にまたとじた。つ
いに言った。
「T時間だ、ハンク!小人は、時間をあやつれたんだ。小人は、それが
起こる前に、書いていたんだ、ハンク!またかならず、小人を動くよう
にするよ。小人は、なにか途方もないものだったんだ。小人は━━━」
「コロシウム!」と、オレ。「でも、もう、動かない。イェフディは死
んだんだ。小人は階段で自分を撃ったんだ」

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「きみは、冷静さを失ってる」と、チャーリー。
「いや、まだだ」と、オレ。彼が返してくれた原稿を読んだ。
   オレは、冷静さを失いかけている。
 オレは、冷静さを失いかけている。
 
 
 
                            (終わり)













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