ブラックジョーク
            原作:フレドリックブラウン
            アランフィールド
             
            プロローグ
             
 鮮やかなグリーンのスーツを着た大男が、葉巻店のカウンターに大き
な手を置いた。「ジムグリーレイ」と、自己紹介した。「エースノベル
ティカンパニー」葉巻店の店主は差し出された手を握った。すると、大
きな手から電流が流れ店主の手のひらをビリビリさせた。
 大男は陽気に大笑いした。「かわいいブザーちゃん」と言って、大き
な手をかえすと、手のひらに小さな金属製の仕掛けがあった。「握手の
シェイクをショックに変えてしまう!大ヒット商品のひとつさ。すばら
しいだろ?葉巻を4本、2本で25セントの」




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 彼は50セントコインをカウンターに置いた。そして、笑いを隠しな
がら、葉巻の1本に火をつけた。店主はコインを拾おうと虚しい努力を
続けた。それから、笑いながら、大男は別のコイン、仕掛けのないもの
をカウンタに置いた。最初のは、時計チェーンのはしについた小さなナイ
フでテコを使ってはがした。それを特別な箱に戻すとチョッキのポケッ
トにしまった。彼は言った。「新商品、かなりいいだろ?良き笑いを呼
ぶ。『なんでもかんでもギャグに!』がエースのモットーであり、オレ
のモットーでもある。オレはエースのセールスマンさ」


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 店主は言った。「うちでは扱いがない」
「買ってもらいに来たんじゃない!」と、大男。「おろししかしてない。
しかし新商品のデモはするかもしれない。いくつかは見ておいてほしい」
 彼は葉巻の煙で輪をつくると、葉巻カウンターを過ぎて、ホテルのデ
スクカウンターまで、ぶらぶら歩いた。「バスルーム付きのダブル」ホ
テルの受付に言った。「予約はしてある、ジムグリーレイ。荷物は駅か
ら運ばれて来る。妻もあとでここへ」
 ポケットから万年筆を出すと、受付の差し出したものは無視して、カ

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ードにサインした。インクは明るいブルーだった。しかしこれは軽いジ
ョークで、あとでカードをファイルしようとすると、カードが完全に消
えていることに気づく。そこで彼が種明かしして、新しいカードにサイ
ンして、良き笑いをもたらし、エースノベルティの良き宣伝にもなる。
「キーは預かってて!」と、彼。「今、上へは行かない。電話は?」
 彼は受付が指差した電話ブースへ歩いて行き、ある番号に電話した。
女性の声が答えた。
「警察だ」と、彼。がさつに。「不法移民に室を貸してるという垂れ込
みがあった。それとも、ただのうわさか?」
「ジム!戻ってきたのね?」
「ああ、スウィティ!浜辺はきれい?だんなは外出?待って!言わなく
ていい。だんながいれば、いるとは言えない!だんなは何時に帰る?」
「9時よ、ジム。それまでに迎えに来てくれる?メモを残してゆくわ。
姉が風邪なので姉のところに泊まると」
「いいね、ハニー。言ってほしいね、会いたいと、5時半に!そしたら、
すぐに行く」
「すぐは、だめよ、ジム。することがある。まだドレスも着てないし。
そうね、8時前はだめ!あいだを取って、8時半ならどう?」
「そう、ハニー。8時!素敵な夜になる。すでにダブルを予約済み!」
「いっしょに行くと、なぜ分かる?」

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 大男は笑った。「それなら、ブラックノートにある別のやつを呼ぶさ。
おこらないでくれ”ただ、からかっただけさ。ホテルに言ったが、正式に
予約したわけでない。からかっただけさ。1つには、あんたが好きだ、
マリエ。ユーモアのセンスがある。ユーモアが分かる。オレが好きなの
は、ユーモアのセンスがあるやつ。オレのように」
「だれでも好き?」
「だれでも。ところで、だんなはどんなかんじ?ユーモアのセンスは?」
「少し。変わった種類の、あなたようなのとは違う。なにか新商品は?」
「すばらしいのがいくつか。見せてあげる。ひとつは、トリックカメラ、
どういうのかと言うと、そう、見せるから、心配しないで、ハニー!不
思議な時計があると言ったのを覚えてる。恐ろしいトリックを使わない
でほしい。オレを怖がらせないで、ハニー!むしろ、逆!」
「いいわ、オーケー、ジム!8時前はだめ!9時よりはずっと前に!」
「ベルをセットするよ、ハニー!それじゃ、また!」
 彼は、『今夜はきみといっしょに』を鼻歌で歌いながら電話ブースか
ら出て、ロビーの柱の前にある鏡でシャレたネクタイを直した。彼の顔
に冒険心が走った。そう、ヒゲをそる必要があった。鏡で見なくても、
じゅうぶん荒かった。そう、時間はたっぷりあった、2時間半も。



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 彼は、ボーイが座ってるところへぶらぶら歩いて行った。「何時に非
番になる?」と、彼。
「23時まで、9時間。今、来たばかり」
「いいね。酒のルールは?いつでも頼める?」
「ボトル類は、9時過ぎは難しい、つまり、だいだいは。すぐに必要な
ら、今注文しておけば?」
「するかも」大男は財布から注文書を出した。「603号室。ライウィ
スキーと、ソーダ水2本を9時までに。氷は欲しくなったら電話する。
それと、ギャグの手伝いを頼みたい。ベッドにゴキブリがいたら?」
「ふん?」
 大男はニヤリとした。「知ってるかもしれないが、このおもちゃを見
てくれ!美しいだろ?」ポケットから薬箱を取り出してけた。
「妻にジョークを仕掛けたい」と、彼。「オレは、妻が来るまで室には
上がりたくない。このおもちゃを預かって、もっともいそうなところに
置いてほしい。つまり、カバーの下に隠したり、ベッドの周りをこの美
しいもので飾ってほしい。本物そっくりに見えるだろ?これを見たら、
きいきい泣き叫ぶ!どう?」
「たしかに!」

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「あとで氷を持ってきてくれたら、もっとおもしろいものを見せる!い
ろんなサンプルがある。まずは、このおもちゃでうまくやってくれ!」
 彼は厳かおごそにボーイにウィンクすると、ロビーをゆっくり歩いて、外の
歩道へ出た。






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 ぶらぶら歩いて、居酒屋へ入ると、ライウィスキーと水を頼んだ。バ
ーテンダーが来るまで、ジュークボックスへ歩いて行って、コインを入
れて、ボタンを2つ押した。戻って来ると、「天使とデート」を口笛で
吹いた。ジュークボックスが加わったが、彼とは違うキーだった。
「ハッピーなことでも?」と、バーテンダー。「ほとんどのお客さんは、
トラブルをしゃべりに来る」
「トラブルなんて縁がない!」と、大男。「ジュークボックスに、なつ
かしいオールディーズが見つかって、さらにハッピー!デートする天使

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は、彼女の中に小さな悪魔をかかえてる。神に感謝したいが、彼女も悪魔」
 彼はバーカウンター越しに手を差し出した。「ハッピーな男と握手を」
 手のひらのブザーの電気ショックで、バーテンダーは跳び上がった。
 大男は笑った。「いっしょに飲もう!」と、彼。「おこらないで!オレ
は使えるジョークが好きで、売って歩いている」
 バーテンダーは笑いかけたが、途中で笑うのをやめて言った。「一杯
食わせられた、いいだろう、一杯はいっしょに付き合うが、少し。その
水には髪の毛が入ってる」彼はグラスをあけて、洗い場に入れて、別の
グラスを持って戻ってきた。繊細せんさいにデザインされたカットグラス。
「ナイストライ!」と、大男。「だがオレは、さっき言ったように、ジ
ョークを売るプロ。見れば、漏れるグラスぐらい分かる。それに、それ
は古いモデルだ。片方に1つの穴だけ。指でふさげば、水は漏れない。ほ
ら、こんなふうに、ハッピーデイズ!」
 漏れるグラスは漏れなかった。大男は言った。「オレは両者共にほめ
たい。オレはギャグにされるやつと同じくらい、ギャグを仕掛けてくる
やつも好きだ」クックッと笑った。「またつぎに挑戦することだ。もう
一杯づついでくれ!そしたら、これから発売される新商品を紹介させ
てくれ!スキンテックスという新しいゴム製、そうだ、サンプルがある、
見てくれ!」
 ポケットから丸まったものを出して、カウンターに広げた。それ自身

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は転がらなかった。はっと驚くような人生のような、複雑な顔をしたマ
スクだった。大男は言った。「これは、高価なゴム製でいろんな複雑な
表情をしたマスクさ。これを付けてみて、もしもそれがフィットしたら、
それはあんた自身の状態を表している。しかしまったく似合ってなかっ
たら、それは本当のあんたを隠そうとしているからさ!顔を近づけてみ
れば、本当のあんたでないことが分かる。年がら年中、コスチューム商
品の売り手になったようなもの、毎日がハロウィーン!」
「本物に見える」と、バーテンダー。
「靴を考えてみてくれ!いろんな靴をはくことはできる。しかし本当に
合った靴というのはごくわずかだ。これは、ファンシーダン製、いいだ
ろ?また、もう一杯づついでくれ!」
 彼はマスクをまた丸めると、ポケットにしまった。ジュークボックス
は2曲目を終えた。彼は25セント入れて、ふたたび「天使とデート」
のボタンを押した。しかし今度は、曲が始まるまで待ってから口笛を吹
いたので、キーを間違えることはなかった。
 バーカウンターに戻ってくると、しゃべり方が変わった。「天使とデ
ート、いいね。かわいいブロンドのマリエリマー、美しい。町一番のか
わい子ちゃん。ここにいるのは彼女のため」
 この時は、漏れるグラスを指でふさぐのを忘れて、シャレたネクタイ
に水滴のシミができた。それを見て、うなるように笑った。彼はみんな

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のために一杯づつ注文した。バーにはほかにひとりの客とバーテンダーし
かいなかったので、それほど高くはつかなかった。
 もうひとりの客がおごり返したので、大男は、さらにもう一杯づつお
ごった。彼はふたりに2つの新しいコインマジックを披露ひろうした。そのう
ちの1つでは、ショットグラスと25セントコインをふたりによく調べ
てもらってから、グラスのへりにコインを立たせた。バーテンダーが立ち
上がって一周するまでどうやって立たせたのかは、教えなかった。



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 居酒屋を出たのは、7時を過ぎていた。酔ってはいなかった。しかし、
酔いの感覚はあった。今とてもハッピーだった。なにか腹に入れておく
べきだ、と彼は考えた。
 レストランを捜すと、いいのがあった。しかし食べないことにした。
マリエは、ディナーに連れて行ってくれることを期待しているだろう。
いっしょに食べるまで待つことにした。
 早く行き過ぎてしまったら、どうなる?待つことになるだろう。彼女
の準備が終わるまで、話したりしながら。

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 タクシーを捜したが、1台も来なかった。元気に歩き出した。また、
「天使とデート」を口笛で吹きながら。ジュークボックスは残念ながら
なかった。
 元気よく歩き、しあわせそうに口笛を吹いて、集まり始めた夕闇の中
へ。早く行き過ぎていた。しかし、飲み屋に寄りたくなかった。あとで
いくらでも飲む機会はあるだろう。今はちょうどいい感じがした。
 1ブロックも歩かないうちに、ヒゲを剃る必要があることを思い出し
た。立ち止まって、手で触ると、たしかにその必要はあった。ラッキー
だったのは、通り過ぎた2・3軒前に、小さな床屋があったことだった。
数歩戻って、営業中を確認した。店員はひとりで、客はいなかった。
 店に入ろうとして、気が変わった。しあわせそうにニヤニヤしながら、
ビルとビルの間の路地に入って行った。スキンテックスのマスクをポケ
ットから取り出すと、顔にかぶった。マスクをして髭剃ひげそりのためにイス
に座ったら、店主はどんな顔をする?良き笑い。あまりにニヤニヤし過
ぎて、うまくマスクがかぶれなかった。なんとかまっすぐにマスクをか
ぶった。
 床屋に入り、ハットをラックにつるし、イスに座った。声はゴム製マス
クのために、少しだけこもった声になった。彼は言った。「ヒゲを
てくれ!」
 店主はイスの横に立って、腰を曲げて顔を近づけて、驚いたような疑

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り深い目つきで見た。グリーンのスーツの大男は笑いをこらえきれなく
なって、大笑いして顔からマスクがづれた。マスクを取ると、広げて見
せた。「うまくできてるだろ?」と、彼。笑いをやめて言った。
「確かに」と、背の低い店主。賞賛するように。「だれが作ったんで?」
「うちの会社、エースノベルティ」
「オレはアマチュアの劇団の一員なのだが」と、店主。「マスクをいく
つか使ってみたい━━━おもにコミカルなもので。コミカルなマスクも
やってる?」
「あるとも。うちは製造屋でおろしだけだが、買いたいのなら町のブラハ
マン&ミントンの店で手に入る。あした言っておく。それらをどっさり
おろすように。ところで、ヒゲりは?天使とデートがある」
「いいね」と、背の低い男。「ブラハマン&ミントン。メーキャップや
衣装の多くはすでにそこで買っている。いい店だ」熱い湯のじゃ口の下
でタオルをつけて絞った。それを大男の顔にかけてから、シェービング
カップにかみそりを浸した。
 熱いタオルの下でグリーンのスーツの男は、「天使とデート」をハミ
ングした。店主はタオルを取って、たくみなストロークでかみそりをあ
てた。
「イェ~」と、大男。「天使とデートで、オレは早くも上機嫌。仕事で
もメッセージでもあるものみんなよこしてくれ!本当の顔でもマスクし

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てるくらいハンサムに見えてほしいね。このマスクは、ファンシーダン
製。ほかのマスクも見ておくといい。今からだいたい1週間後に、ブラ
ハマン&ミントンに行くなら。明日注文したとして、商品が届くまで長
くかかる」
「そう」と、店主。「今、仕事って言った?マーサージと顔そり?」店
主は、かみそりを皮でぎ始めた。たくみなストロークで。
「なぜ、ダメ?時間はある。今夜はオレの夜。かわいこちゃんといっし
ょ。歌にあるだろ、内巻きのブロンド。思い描いたような。そう遠くな
い下宿屋へ。待てよ、いいアイデアがある。良き笑い」
「なに?」
「彼女をだますのさ。ドアをノックするとき、ファンシーダン製のマス
クをつける。どこかの美男子が尋ねてきたと思わせるんだ。たぶん、マ
スクを取っていつもの親しい顔が現れても、それほどがっかりはしない
だろう。彼女はそんなにがっかりしない方に賭ける。良き友人のジムを
見ても。そうしよう、これをやろう!」
 大男は先のことを考えて、クックッと笑った。「今何時?」と、彼。
少し眠くなった。マッサージのこねるような動きが眠気を誘った。
「8時10分前」
「いいね、時間はたっぷり。9時前にはそこへける。ところで、オレ
が入ってきたとき、ほんとうにだまされた?」

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「まさに」と、店主。「あんたが座って、顔を近づけてみるまでは」
「いいね。それなら、ドアに着くまで、マリエリマーをだませる。あん
たのアマチュア劇団の名前は?ブラハマンに電話して、スキンテックス
のものをいくつか欲しがってると伝えておく」
「グローブ通りソーシャルセンター劇団。オレはダンで、ブラハマンは
知ってる。そう、彼に、すでにいくつか使っていると伝えて!」
 熱いタオル、冷たいクリーム、こねるような指先。グリーンの男は居
眠りを始めた。


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「オーケー、ミスター!」と、店主。「すべて終わった。1ドル65セ
ント」店主はクックッと笑った。「あんたのマスクもつけておいた。す
べて装着済み!グッドラック!」
 大男は座り直して、鏡を見た。「いいね」と、彼。立ち上がると、財
布から1ドル紙幣を2枚出した。「それでちょうどだ。グッナイ!」
 ハットをかぶって、出て行った。暗くなり始めていた。腕時計を見る
と、ほとんど8時半で、ちょうど良いタイミングだった。
 また、ハミングを始めた。曲は『今夜はきみといっしょに』だった。

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 口笛を吹きたかったが、マスクをしていてできなかった。下宿屋の前
に立ち止まり、ドアへの階段を上がる前に周りを見回した。ドアの横の
釘につるしてある『空室あり』の木の札を取って、クックッと笑った。そ
れを持って、ボタンを押すと、チャイムが聞こえた。
 彼女の足音が聞こえるまで数秒、ドアのクリック音がした。ドアはあ
いた。彼は軽く頭を下げた。彼の声は、マスクでこもった声になった。
聞きづらかった。彼は言った。「空室があると?」
 彼女は美しく、そう、1ヶ月前から町にいるが、前回見たときと同じ
くらい美しかった。彼女はためらいながら言った。「ええ、そう。しか
し今、友人を待っていて、準備が間に合わなくて」
 彼は、ぎくしゃくとお辞儀をして、言った。「それなら、マダム、ま
たあとにする」
 それから、マスクが落ちそうになって彼はアゴを前に突き出して支え、
額にひたい乗せて落ちないようにしたが、結局、ハットといっしょにげたの
で、ハットとマスクを手で持ち上げた。
 彼は、クックッと笑って、言いかけた━━━そう、ここで彼がなにを
言いかけたのかは重要でない。マリエリマーは、叫び声を上げた。そし
て、パープルシルクのしわくちゃのドレスの中にくず折れた。クリーム
色の肌とブロンドの髪がドアの内側に。
 愕然がくぜんとして、大男はそれまで持っていた木の札を落とした。彼女を見

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下ろして、言った。「マリエ、ハニー、どうした!」急いで中に入り、
ドアを閉めた。彼は、身をかがめて━━━思い出した。彼女は心臓に注
意が必要なことを。彼女の心臓が鼓動しているところに手を置いた。鼓
動しているところ、しかし、してなかった。
 彼は急いでそこから出た。ミネアポリスでは妻と子どもが待っていた。
彼には助けられなかった。それで、外へ出た。
 まだ愕然がくぜんとしながら、急ぎ足で歩いた。



            エピローグ
 
 床屋まで来ると、中は暗かった。ドアの前に立ち止まった。ドアの暗
いガラスは、向かいの通りから来る街灯が反射して、透明でありながら
鏡でもあった。その中に、彼は3つのものを見た。
 最初に見たものは、ドアの鏡の役割から、ホラーの顔だった。彼自身
の。明るいグリーン、プロの手で丁寧に陰影が付けられ、歩く死体の顔、
くぼんだ目やほほ、ブルーの唇くちびるのゾンビの顔に仕上げてあった。
 明るいグリーンの顔が、グリーンスーツとシャレた赤のネクタイの上
に映っていた。顔はメーキャップのプロである床屋の店主が、彼がうた

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た寝してる間に描いたに違いない。
 つぎは、床屋のドアガラスの内側につるしてある注意書き。白の紙にグ
リーンのペンで書かれていた。
 
    閉店
    ダンリマー
 
 マリエリマー、ダンリマー、彼は、ぼうっとした頭で考えた。ガラス
を通して、暗くなった床屋に、ぼんやりと見えたもの━━━白の服を着
た背の低い店主が、シャンデリアからぶらさがり、ゆっくりゆれていた。
左から右、右から左、左から右。
 
 
 
                            (おわり)






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