血だらけの月の光
          原作:フレドリックブラウン
          アランフィールド
           
            プロローグ
             
 スターロック探偵事務所に、そこでオレたちは働いていた、叔父のア
ムが戻って来たのは、終業時間に近かった。アムはバックルームのイス
に座ると足を上げて、オレにニヤリとして言った。「どうだ、キッド?」
「ああ」と、オレ。返答のつもりだった。
 オレは、2日間働いていた。最初の日の朝、タイプされた探偵マニュ
アルを読んだ。その午後、西マジソン通りに行って、バーテンダーと話
した。彼のめいが、まだ2か月しか支払いの済んでない車で町を出て行っ
たのだ。彼は、めいがどこへ行ったか知らなかった。あるいは、言いたく
なかった。




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            登場人物
             
エドハンター:元印刷工、叔父アムと同じ探偵事務所に入れてもらう。
アムハンター:エドの叔父、カーニバルをやめて、私立探偵をやる。
ベンスターロック:スターロック探偵事務所の所長、元探偵。
ジャスティンハバーマン:クライアントの婦人、探偵の仕事を依頼。
エルシー:ハバーマン家のメイド。
ステファンアモイ:ジャスティンの義理の叔父、宇宙からの電波を発見。
ラドルフバーネット:アモイ家の手伝い人、技術的知識がある。

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 今朝、2日目は、ベンスターロックが、尾行の仕事についている探偵
といっしょにオレを送り出した。オレは、彼からいろんな秘訣ひけつを教わり
ながら、いっしょに現場に向かった。ターゲットが2時半までオフィス
で働いているビルの前で待った。昼になっても彼がランチを食べに出て
来ないので、口実を作ってオフィスに電話してみると、11時にその日
は早退したと言われた。オレたちは、彼を見逃したか、裏口から出て行
ったかのどちらかだった。それで、探偵事務所に戻った。別の探偵がな
にか言ったが、オレは静かに座っていた。

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 そして今、叔父のアムは、オレの前に座って、ずんぐりして太り気味
のチェシャネコのようにニヤニヤして、言った。「どうだ、エド、わざ
わいを招いてる?」
「ああ」と、オレ。認めた。オレは、ほんとうにドジだった。アムは、
オレたちがカーニバルを出て以来、8か月間、探偵事務所で働いていた。
そのあいだずっと、オレも入れてくれるよう、スターロックを説得して
くれと頼んでいた。
 ベンスターロックは、正面のオフィスのドアのところに立って、柱に
寄り掛かっていた。ほとんど、入口をふさぎそうだった。彼は、元探偵
で、いかにもそう見えた。
「アム」と、彼。「トレモントに2・3日出張はどうだ?ボロ儲けの仕
事がある」
「いいね」と、アム。「ふたり分の予算はある?エドも連れて行って、
実践で1つ2つ教えたい」
 ベンは、頭を振った。「ひとりで、3日間、それがクライアントの依
頼だ。彼女は、経費込みで1日100ドルを上限とした。ラジオの知識
は、アム?」
「ラジオ局の周波数を合わせるくらい。ここにいるキッドはある。ラジ
オを組み立てたことあるって言ってたろ、エド?」
「ああ」と、オレ。水晶発振器であることは言わなかった。原理的には

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現代のラジオと、トイバルーンがB29と共通点があるように、同じだ
った。
 ベンは、オレの方を関心を持って眺めた。「驚いたな」と、彼。それ
から、頭を振った。「いや、ダメだ!町を出て行かせられない、いい男
すぎる!クライアントに会わせに行かしたら、彼女にキープされる」
 アムは言った。「エドは、野球のバットでギャングから女を守ったこ
とがある。その仕事にふさわしい。ラジオの知識が必要なんだろ?」
「トレモントに住む男が、新しい装置を開発していて、神秘的な信号を
受信している。その電波は、火星か外宇宙からの可能性がある」
「仕事の内容は?」と、アム。「どんな仕事?」
「発明家のトレモントの男は、少し変わり者だが、完全におかしいわけ
ではない。特許があったり売ったりして、多少の収入はある。今、新し
い装置を作ったと彼は考えていて、オレたちのクライアントから、その
装置を改良する資金を欲しがっている。
 クライアントは、成功したビジネスウーマンで、かなりの財産がある。
発明家の老人とは遠い親戚で、彼女が子どもの頃に一緒に住んでいたこ
とがある。分かる?今、彼は、新しい装置に関心を持ってもらって、彼
女から5千ドル都合して欲しいと思っている。
 そう、彼女がオレたちとビジネスがしたいのは、事前に、探偵をひと
り送ってもらって、彼と話したり、質問したりして、彼が作ったものが

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いいものかどうか判断して欲しいということ。詐欺である疑いはない。
完全に家庭内のことなので。彼が、少し違っていても、とにかく、彼女
はいくらかは与えることになる。5千ドルか、それより多く。しかし、
彼に送られる手紙は、『ほたるの光』ジ・エンドとなる。それに対して、
彼が作ったものがほんとうにいいものなら、5千ドルよりもっと多く、
彼の興味が増す金額まで応じるという」
「詐欺である疑いはないなら」と、オレ。「私立探偵よりも、ラジオの
専門家かエクスパートの方がよいのでは?」
「確かに」と、ベンスターロック。「しかし、ほかにふさわしい人物が
いるからといって、仕事を断っていたら、どうやってカネを稼ぐんだ?
これもオレの意見だが、火星という言葉が出てくるということは、男が
かなり頭がおかしい証拠で、彼女もそれ以上追及はしないだろう。しか
しこれもまた、クライアントに、ただで答えを教えて、カネを稼げない
2つ目の事例だ」
「あんたが望むなら」と、アム。「オレは受けてもいい、ベン、しかし、
こいつにやらせてみては、なぜ、だめなんだ?エドは、この2日間、ほ
とんどまともなことはしてないし、ラジオについてはオレより詳しい」
 スターロックは、肩をすくめた。「オーケー」と、彼。「なぜ、だめ
かというと、聞いてくれ、エド!このようなケースで重要なことは、良
い報告書を書くこと。読んだ人に、あんたがとても多くの仕事をしたか

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のように思わせること。クライアントに、カネをいかに有意義に使った
か分かるように。自分の意見を強く出すのはよくない、発見した事実の
報告であって、彼女が読んで、結論を自分で導けるように書くこと。分
かる?」
「ええ」と、オレ。
「よし、ここに名刺がある。クライアントは、ジャスティンハバーマン、
西リンカーンパーク197、以前、彼女とビジネスをしたことがあって、
問題ない。オレは電話で話しただけだが、彼女の要求は、探偵は、今夜、
会いに来て、仕事の詳細の説明と指示を受けること。
 トレモント行きの列車は、明日の始発に乗れ!100マイルちょっと
だ。仕事は2日で済ませろ!最大で3日を越えないこと!明日の朝は、
ここで報告する必要ない。経費を、今、見積もっておく」
「ええ」と、オレ。
「列車の切符代が、だいたい7ドル。小さな町だから、ホテル代は1晩
3ドル以上にはならない。仕事に3日かかったとしても、2晩の宿泊代
で済む。1日の食事代が4ドルとして、合計でちょうど25ドルあれば
足りる。彼女は得意客なので、経費は25ドルを1日に換算した額を請
求する。あんたの経費が下がったら、彼女の要求の1日100ドルを3
日分の請求額から減額する。経費分のカネは、経理課からもらってから
帰れ!なにか質問は?」

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「了解」と、オレ。
「オーケー」と、彼。「今日はもう、帰ってよい!あんたもだ、アム、
今日はもうすることがない」それは、とオレは考えた、つまらないやさ
しさだ、なぜなら、今は5時4分前で、出てゆくのに5分は掛かる。
 
               ◇
 
 アムといっしょにエレベータで下へ降りているときに、そのことを話
すと、アムは笑った。「それはお互いさまだ、キッド」と、彼。「ある
日は、5・6時間多く働くかもしれない。別の日は、5・6分早く帰る
かもしれない。ランドルフの角にある店で食べよう!」
 オレたちはそうした。食べているあいだ、アムはもう少しその話を続
けた。「そのことを、事務所サイドからも見ておこう、エド。事務所は、
あんたがバックルームに座ってる時間に対して、支払っているのではな
く、あんたのした仕事に対してだ。スターロックがその支払いの元を取
り返す唯一の方法は、あんたが仕事をしてカネを稼ぐことによってだ。
確かに、1日4ドルの食事代は、カネをケチってるように見えるが、し
かし、食事を自分のカネで出すとしたら、多く支払いたいか?」
「イヤだと思う」
「それと同じに考えてみよう。事務所が100ドルの仕事を受けたとす

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る。それは、2日の仕事で、経費は50ドルとする。事務所は20ドル
もうかる━━━あんたへの給与とオフィス代のあんたの分の合計が1日
15ドルとすれば。もしもあんたが3日かかって、経費が20ドルなら、
事務所は、35ドルもうかる。もしもあんたが事務所を経営していたら、
20ドルのもうけより35ドルのもうけの方がいいだろ?」
「あんたの勝ち、アム!」と、オレ。
「そう、簡単な算数で分かる。キッド、あんたは探偵の仕事を紹介して
くれと言っていた。神の助けで、今や、ひとりの探偵だ!なんとかうま
くやって欲しいが、もしもどうしても好きになれないでやめたくなった
ら、いつやめてもいい。続けるより、やめる方がいいなら」
「分かった」と、オレ。「オーケー、なんとかやってみる。オレは大丈
夫!この2日間は調子が出なかっただけ」
「帰宅したら、あんただけハバーマン婦人に会いに行け!それからカネ
を稼いで来い!」
「婦人を知ってる?」
「会ったことはある、なぜ?」
「どんなかんじ?」
「彼女は、女だ」と、彼。「なんとかうまくやって行ける。心配するな。
しかし、彼女の指示を受けてから、帰宅したら、いっしょに話し合って、
トレモントでどうやったらうまく行くか一番いい方法を見つけよう!」

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 オレたちはアパートの室に戻ると、ゲームをしたり、トランプのクリ
ビジを2回やって、オレの出掛ける時間になったので、きれいなシャツ
を着て、西リンカーンパークへ向かった。そこへ行くのは、8時がいい
と思った。
 
               ◇
 
 ベンスターロックにもらった住所が、サロン付きの高級家具の豪邸と
は考えてなかった。ドアマンのいるようなマンションを考えていた。御
用聞きの裏口に案内されないように、新しいシャツに、ヒゲも剃った。
それは、個人の邸宅だったので、考え方が土台から違った。マンション
でなく、7・8室あるレンガ造りの家で、中庭は広く、周りが多くの花
や草木で囲まれていた。正面玄関の車スペースには、2台をバックで停
められるガレージがあった。郊外の土地も安い敷地に設計された屋敷で、
都会の中心に近い場所では、かなりの値段になったに違いない。
 ドアの呼び鈴を鳴らすと、メイドが返事をした。彼女は、ドアを
て言った。「探偵事務所の方?」
 オレがそうだと言うと、玄関ホールの右の室に案内して、言った。
「ハバーマン婦人はすぐ来る」
 座って親指を回していたが、ヒマだったので、室の反対側にあるオー

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ディオとレコードの棚を見に行こうとして立ち上がった。オーディオは
ケイプハート、アルバムはバニーベリガンからJ・Sバッハまですべて
そろっていた。音楽を始めたいなら、ここにあるものから聴くとよい。
 レコードラベルを読んでいると、背後にせき払いがしたので、振り返っ
た。背の高いやせた男がドアのところで、グラスを持って、ウィスキー
の宣伝ポスターのようなポーズで立っていた。男は、30代から40代
のどこかだった。持っているドリンクの数も、1杯から10杯のどこか
だった━━━こちらに近づいて来る前までは。近づいたら、10杯だと
分かった。
「なにか聴きたい?」と、彼。
「ああ」と、オレ。
 ケイプハートにグラスを置くと、アルバムを見ようとしてつまずきか
けた。「ハイドン?それとも、ハチャトリアン?」と、彼。酔っていて
も、ハチャトリアンをオレがカーンと発音するように簡単に発音した。
「俗っぽくて良ければ」と、オレ。「マクシースパニエルがあれば、ア
ッシュアルバムが聴きたい」
「子どものハート」と、彼。「アッシュは1枚あった」
 棚からアルバムを引っ張り出すときに、よくつかんでなかったので、
手からすべって、ケイプハートのレコード台で飛び跳ねて、床に平らに
落ちた。レコードがひび割れる音がした。

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 グラスを持ち上げて、もうひと口飲んで、言った。「代わりに、ドリ
ンクは?」
「いらない」と、オレ。「音楽だけでじゅうぶん」
「自分でかけたら?」
「ケイプハートは、複雑すぎて、一度もかけたことがない」
「ほんとうに、飲まない?そうか、分かった、仕事中。イギリスでは、
みんな仕事がある。ジャスティンは━━━ジャスティンには会った?」
「まだ」
「すぐ分かるが、ジャスティンはみんなに仕事をさせる。今、なん時?」
 8時15分と伝えた。
「おっと、公爵夫人を待たせられない」と、彼。「話せてよかった」室
を出て行って、正面ドアが閉まる音がした。2度と彼に会うことはなか
った。
 オレは、マクシースパニエルアルバムを、中を確認しないで、棚に戻
した。そして、ケイプハートの上に置かれたグラスを、天板ガラス製の
コーヒーテーブルに移した。そして、座った。また、親指を回していた。
 しばらくしてドアの方を見ると、女が立っていた。どのくらいそこに
立って、オレを見ていたか分からない。オレは立ち上がって、言った。
「ハバーマン婦人?オレは、スターロック探偵事務所のエドハンター」
 彼女は、背が高く、ブロンドで、派手な化粧なしに、とても洗練され

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ていた。年令は、21より上のどこかだった。目は、大きく、ひどく離
れて、子ジカのようだった。目の色をかないで欲しい。オレは、目の
色なんて気にしてない。しかし、髪の色は、ストローの色だった。スト
ローよりは、まとめてあった。彼女の体は、美しかった。ある種のドレ
スでおおわれていたが、すべて隠れていたわけではなかった。彼女は、
いた。「ラジオの知識は?」
「少し、多くはない」
「周波数変調の意味は?」
「それは」と、オレ。「放送システムで、送信波の周波数を、放送の種
類ごとの振幅と高さに従って変調すること。ノイズを除去する」
「ウィスキーサワー?あるいは、マティーニ?」
くまでもない、まだ妻に無礼を?とくようなもの。探偵マニュア
ルには、仕事中は禁酒とある。無礼にならないように、答えるしかない。
答えは、どちらでも」
 彼女は、ドアのところに寄り掛かって、言った。「ウィスキーサワー、
エルシー!」そして、室に入り、ソファに座った。オレも、また、座っ
て、彼女を見た。明らかに、彼女は見る価値があった。
「スターロックは長く?」と、彼女。
「それほどは」と、オレ。細かくは答えたくなかったので、いた。
「トレモントの男が作ったものを説明した手紙は?」

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「オフィスにあるが、それは重要でない。知っておくべきことは、すべ
て今、説明する。準備は?鉛筆は?」
「覚えられる」と、オレ。「技術データばかりでなければ」
「それはない。彼の名前は、ステファン━━━フはph━━━アモイ。
家は、トレモント郊外2マイル、イリノイのダルタウンロード沿い」
「農家?」
「かつては。農場はあきらめた━━━だらだら発明してるのが好きで、
数年前に。すべての農地を隣人に売却した。家が建つ1・2エーカを残
して。今は寡夫か ふ━━━彼の妻が生きていた頃、わたしはいっしょに暮し
たことがある、子どもだったとき━━━ひとりで住んでいる。ラドルフ
バーネットという手伝いの男はいるが」
 オレは、心の中で、名前を書き取って、いた。「ラドルフバーネッ
トが手伝っているものは?技術的なこと?それとも、家や1・2エーカ
の土地の世話?」
「どちらも少しづつ。彼には、技術的知識がある」
「ステファンアモイが主張する、発明の正確な性質は?」
 彼女は、オレに向かって顔をしかめた。「聞いて!名前は?」
「ハンター、エドハンター」
「聞いて、エド!質問はしなくていい!全部説明するから、そのあとで
質問があるかどうか訊く、オーケー?」

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「オーケー」と、オレ。
「ステファンアモイは、わたしの義理の叔父、母の義理の弟。わたしの
両親は、9才の時にともに死んだ。わたしは、アモイといっしょに住む
ために連れて行かれ、5年間、14才になるまでふたりといっしょに住
んだ。そのあいだ、ふたりは、わたしにとって、父と母だった。それか
ら、アモイ夫人が死んで、シカゴの別の親戚に預けられた。そう、その
後のわたしのキャリアは、今の探偵のビジネスとは関係がない、詐欺の
疑いがないこと以外は。彼は悪気があるわけでは」
 メイドが入って来て、中断された。トレーには、4杯のウィスキーサ
ワーがあった。メイドは、ジャスティンハバーマンに1杯、オレに1杯、
コーヒーテーブルにトレイごと置くと、出て行った。
 オレは、トレイにある2杯のドリンクを見た。「酒がダメなら」と、
ジャスティン。「ミルクがいい?どこまで行った?」
「詐欺の疑いがない。彼が発明したものは?」
「ちょっと待って!」彼女は、ドリンクを手に取って、すすった。「彼
は、自分の発明したものには、警戒心が強い。大雑把に言うと、なにか
大きななにかを解明したか、あるいは、なんの役にも立たないもの。電
波を受信するもので、送信するものではない。周波数変調のことも語っ
た。そして、なにか特定できない、ある奇妙な信号を受信した。そのこ
とで悩まされていると認めた。指向性ループアンテナを使用した。信号

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は上から来る」
「月とか火星?」
 彼女は、オレに顔をしかめた。「ベンスターロックが言った?」
「ええ」と、オレ。「そう、つまり、あんたが言ったわけでない?」
「ベンスターロックは、アホ。わたしは電話では、誤解を生まないよう
に、必要最小限のことしか伝えてない。ステファンアモイは、変わり者
じゃない。彼はまともで、少ないが発明品や特許を取ったものの印税で
暮らしている」
「すまない」と、オレ。「たぶん、サイエンスフィクションストーリー
の読み過ぎ!皮肉を言うつもりはなかった。どこか別の惑星で、知的生
命体が暮らしている可能性もゼロじゃない?地球外のどこかから、奇妙
な信号が送られてくることも考えられる?」
「なぜなら、その信号を受信するとき、かならず、正確に同じ角度、近
似的に75度から来る。地球を含めて、ほかの惑星である可能性はない。
つまり、その信号は、常に、宇宙の同一地点から来る」
「そう」と、オレ。「オレがバカだった。それで、答えは?月や火星で
はあり得ないことに賛成する」
「バカのふりはやめて!答えを言って!」
 それは、ずるい質問だった。そのときの話のその地点では。なぜなら、
1つには、よく考えれば、分かる気がした。オレは、彼女を見て気が散

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らないように、目を閉じて、1分間、よく考えた。
 それから、目をけて、言った。「電波は、ヘビサイド層で跳ね返っ
てしまう。
 強い指向性ビームの信号は、上に向かって送られると、地上から30
か40マイル上空にあるヘビサイド層で跳ね返えされて、ミスターアモ
イの受信機に、75度の角度で受信される。これが、答え?」
「あなたは、クラスの首席ね、エド!なんでベンスターロックなんかの
とこで働いてるの?」
「カネのため」と、オレ。「カネの話でいうと、あんたの義理の叔父は、
無心したことは?」
「1度もない。1セントもない。スターロックがなんて言ったか知らな
いが、叔父には世話になったので、あなたの報告がどうであれ、彼には、
いくらか送るつもり、たぶん、千ドルくらい。
 しかし、もっと多くを要求してくれば、たとえば、5千ドルとか、そ
れは、わたしには大きな額、あげるにしても」
「オレにも」と、オレ。「大きな額だ、あげるにしても」
「おかしがらせないで、エド!あなたにそのつもりもないときが、一番、
おかしい」
「サンクス」と、オレ。
「気にしないで!お代わりできるように、今飲んでるグラスを飲み終え

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てくれる?もう1杯は、こちらに回して!」
 オレはそうした。「いいわ」と、彼女。「仕事の話を終わらせたいの
で、なにか知っておきたいことは?」
「1つだけ」と、オレ。「オレは、なにをしたらいい?」
 彼女は、答える前に、3回深呼吸をした。彼女の胸の動きを見ていた
ら、簡単に、数えられた。「もしもあなたがわたしだったら、エド、な
にが知りたい?」
 オレは、2杯目のウィスキーサワーをすすった。1杯目より少しうま
かった。オレは1分間考えていた、彼女の質問を。ウィスキーサワーの
ことでない。それから、言った。「オレが知りたいのは、点数がなん点
になるかだと思う」
 彼女は、笑った。笑い声は、楽しそうに、ちりんちりんと鳴った。
「1分のあいだ」と、彼女。「心配だった、その質問にどう答えるか。
しかし、あなたの答えと言ったら━━━」
「1つには、自分では答えられない」と、オレ。「なぜ、ラジオ技術者
でなく、私立探偵を送ろうとするのか。オレは、技術者ではない、知っ
てるように」
「知ってる。わたしも、ウェブスターを見た。周波数変調のあなたの答
えも見ている。今朝、手紙を読みながら、それを見た。用語をいくつ調
べた?」

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 オレは、彼女にニヤリとした。「ここへ来る直前に、15か20くら
い。少しの知識はあった。検知器や増幅器、プレートとグリッドの違い
は分かる。用語を少し足しただけ。しかし、まだ、オレの質問に答えて
ない」
 彼女は、答える前に、2回ドリンクをすすった。
「まず、エド、発明家は、特許を取る前は、頭の中にある発明品につい
て、詳しくしゃべりたくはない。わたしが技術者を送ったら、ステファ
ンアモイは、技術用語を駆使してしゃべれるが、青写真や回路図は見せ
ないだろう。相手が素人だったら、なにも分からないとは思わないが、
もっと自由にしゃべれそう。それが1つ。
 つぎは、説明するのが難しそう。女の直感、根拠のない思い付き、予
感のようなもの。それらを、ビジネスで使って来た。それで、うまくや
って来た。詐欺の疑いはない、と言った。そう、その通りで、なにを疑
ってるのか分からない。分かっていたら、話す必要はない。あなたには、
前もって、偏見を持ちたくない。あなたの質問の答えになった?」
「いいえ」と、オレ。「しかし、答えようとしてくれたことだけでじゅ
うぶん!最近、叔父にはいつ会った?つまり、義理の叔父には?」
「2年前に数日、彼が仕事でシカゴにいるときに。ここに滞在していた。
わたしが叔父を訪ねた最後は、5年前。ある期間に1度くらいづつ、手
紙のやり取りはしていた。今朝、届いた手紙は、数か月ぶりくらいの手

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紙。ほかに質問は?」
「1つ」と、オレ。「しかし、重要なこと。訪ねる際に、ステファンア
モイにはなんて?あんたを調査するために雇われた私立探偵?あるいは、
ファンタスティックなしゃべる口実を?」
「ぜんぶ、ほんとうのことを言って!ウソはだめ!ベンスターロックに
電話したあと、今日の午後に手紙を書いた。彼と話すために男を送った、
そのレポートを土台にするかどうかは分からないと。いずれにせよ、彼
にカネを送ることは、いっさい書いてない」
「いいね」と、オレ。簡単に見えた。
「音楽は好き?」
 彼女は、レコード台に乗せる代わりにレコードをバウンドさせるよう
には見えなかったので、うなづいた。、
「ベートーベン?それとも、ビバップ?」
「あとの方が少し近い」と、オレ。「マクシースパニエル以外なら、だ
れでも。ディジーガレスピーはある?」
 ちゃんとあった。それを聞きながら、ウィスキーサワーの2杯目も飲
んだ。そのとき、あまり秘教的でないリズムの曲が流れたので、それに
合わせてふたりで踊った。探偵マニュアルのルール#1━━━クライア
ントを口説いてはならない━━━を無視した。ダンスのあいだ、ずっと
音楽を聞いていた。とてもステキだった。ダンスしていると、毎分ごと

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に情熱的になるものだが、これは、そうでなかった。そうならないよう
に、注意していた。それは、彼女が10才も年上だからではなく、それ
は気にならなかった、そうではなく、彼女がすごい金持ちだったからだ。
あんたたちのなかには、金持ちの女のおもちゃにされて喜ぶ者もいるか
もしれないが、オレはそうなりたいとは思わなかった。
 10時になった。「すまない、エド」と、彼女。「パーティへ行く時
間だわ、いっしょに来る?」
「行かない方がいいと思う」と、オレ。「荷物を詰めたり、準備がある。
明日、早い列車に乗るので」
「そうね、あなたが行かない方がいいと思うなら。トレモントで泊まる
ホテルは?」
「決めてない。どんなホテルがあるかも知らない」
「ホテルは3つだけ。トレモントハウスが1番いいホテル、見た目も。
そこに泊まって!会いに行くかもしれないから」
 たぶん、オレの眉毛が少し上がったらしい、彼女は続けた。「今週、
セントルイスへ仕事で行く、たぶん、車で。そうなると、トレモントは
通り道なので、仕事具合を見れる。それまで、うまくいってるか決めら
れるし、新たな調査をお願いできる」
「オーケー」と、オレ。「トレモントハウスに泊まる」
「いい子ね、エド」と、彼女。

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 オレは笑って、言った。「サンクスと、彼は言って、恥ずかしそうに
ハットを傾けた」
「だめだめ、ハードボイルドタッチは!言ったでしょ?あなたは、その
つもりもないときが、一番、おかしいって!」
「イエス、マム」と、オレ。





            2
 
 10時半に帰宅したとき、アムはいなかったが、ドレッサーの上にメ
モがあった。
「エド」と、メモ。「あんたに時間があれば、オレはかどでビールを飲ん
でいる」
かどで」というのは、もちろん、ハイミーの店だった。オレは、また、
階段を下りて、ハイミーの店へ行った。アムは、カウンターのはしにいた。
 
 

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                            (つづく)



















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