デッドリンガー
          原作:フレドリックブラウン
          アランフィールド
           
            プロローグ
             
 それは、殺しの前奏曲になるようには、まったく見えなかった。どん
より曇ったグレーの午後で、しかし温かく、客の入りは上々だった。オ
レたちはなんとか、昼のビジネスを終えたところだった。8月15日、
木曜、インディアナのエバンスビルに来てから4日目だった。
 6時半に夜のビジネスの準備を始めたころ、雨が降り出した。普通だ
ったら、カーニバルには悲劇だが、このときは、だれもそれほど気にし
てなかった。南オハイオからケンタッキーまで移動しているあいだ、天
候には、ここなん週間もがっかりさせられた。みんな毎日働き、たっぷ
り稼いだ。夜のオフになると、打って変わって、笑顔になった。




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1





            登場人物
             
エドハンター:元印刷工、叔父アムのカーニバルに転がり込む。
アムハンター:エドの叔父、カーニバルで働く、たまに私立探偵をやる。
ホーギー:自分の出店が中止、移動先の下見をしている、背が高い。
リーケイリー:サイドショーのマジシャン、レコードを持っている。
リタ:ポージングショーの娘、カーニバルに参加したばかりの新人。
ダーリーン:ポージングショーの女
アーミンワイス:刑事。

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 オレの叔父のアムは、ふたりが働く、ボールゲームコーナーのテント
けたところだった。夕闇のなか、最初のボールゲームが始まった。
 彼は、ハットをうしろにずらして、空を見上げた。雨粒が2・3滴、
顔にあたり、そこで輝いた。すると、彼はテントをまた閉めて、オレに
向かってニヤリとして、言った。「さて、エド、夜のオフにしよう!」
「ただの通り雨では?」と、オレ。
「いいや、一晩中降る。雨雲がどんどん来ている。ロープで店まいに
しよう!」

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3





 オレたちは、野球のボール、木製のミルクボトル、それに2つの賞金
棚を片付けて、レインコートを着た。オレはハットをかぶった。アムは、
寝ている以外はいつもかぶっていたので、すでにかぶっていた。『シャ
ドー』のようなソフトな黒の縁のれたソフト帽だった。しかし、アム
は、『シャドー』とは少しも似てなかった。背が低く、太って、陽気な
丸顔で、茶の口ひげもなかった。
 ロープで、ブースの側壁を縛った。そのときから、雨が強く降り出し
た。カーニバルの中広場のテントは、のぼりを下ろし、ロープで店
いを始めた。オレたちは、ブースの奥の就寝用テントもロープで縛った。
 そのころ、雨は小降りになった。しかし、アムはあたり前のように言
った。「今夜はもう店はけない。Gトップへ繰り出そう!町へ出て、
映画を見る?」
「オレはこのあたりにいる」と、オレ。「トロンボーンの練習がしたい
し、探偵雑誌も読みたい」
 アムは、うなづいて、誘うのはやめた。オレはテントに戻り、電気を
つけた。トロンボーンを取り出した。1年前に父が死んだあと、オレが
カーニバルに来たときに、アムが買ってくれた本格的なトロンボーンだ
った。
 オレは、まだ、トロンボーンは初心者だった。ただ座って、それを持
って、感覚を味わった。スライドは羽のように軽く、なんの摩擦も重さ

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5





も感じないで素早く動かせた。金メッキされていて、宝石のように毎日
磨いてピカピカに保っている。持ってるだけですばらしく、見ているだ
けでほれぼれした。
 しばらくして、音階の練習を始めた。覚えているいくつかのフレーズ
を吹いてみた。まずまずだった。しかし、高音のフレーズで音が1つ割
れた。かなり不気味な音になったに違いない。
 笑い声がしたので、周りを見た。ホーギーは、テントの入口で頭をく
ぐらせて、ニヤリとして入って来た。明るい黄のレインコートから雨の
しずくがれた。体が大きいので、ひとりでテントがいっぱいになった。
首を少し曲げて、ハットがキャンバスにこすれないようにして、立って
いた。
 彼は言った。「だれかがここで殺されたと思った、エド。確かめるた
めに、見に来た」
 オレは、ニヤリを返した。「戻ったところ、ホーギー?」
「数分前に。来週のサウスベンドは、すべてオーケー!そこでも、いい
稼ぎになりそう」
 ホーギーは、下見専門の男が辞めてから、週の数日は、代わりに現地
の下見をしていた。彼の本来のサイドショーであるセックス講座は、多
くの町で差し止められていて、シーズンを通じて、中止が決まっていた。
「チンパンの容体は?」と、オレ。彼の顔は、深刻になった。「まだ、

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7





悪い。彼女をるために、最初にトレーラーに寄って来たところ。アム
はどこ?また、ギャンブル?」
 オレは、「そう」と答え、彼は出て行った。雨は、また、強くなった。
頭の上で、キャンバスのドラムがずっと続いた。今、雷鳴も始まった。
まだ、遠くで、ごろごろ鳴っていた。びくびくものだった。それは、た
だ、雲が重なり合って衝突しただけなことは知っていたが、そうは思え
なかった。動物のうなり声以上だった。声だけで正体の分からない大き
な動物、夜に大きく響き、遠くでも命にかかわるような。
 オレは、レインコートを着て、中広場へ出て行った。雨がハットをド
ラムのように打ち付け、地面は泥だらけになりつつあった。しかし、幸
運なことに、地面はスロープになっていて、水が集まって水溜まりには
ならなかった。かんなくずをいて、泥を吸わせていた。
 中広場を横切って、フリークショーの裏のグリーンのトレーラーに向
かった。電気が点いていて、ドアをノックすると、リーケイリーの声が
して、中へ入るよう言った。
 彼は、オレにニヤリと笑った。「イェ〜、レコードを聞いていいよ、
オレは、しばらく出かけて来る」
「新しいレコード?」
「ジミードロシーアルバム。かなりいい演奏」レインコートを着て、出
て行った。オレは、ポータブルプレイヤーの電源を入れて、ドロシーア

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ルバムをかけた。いい演奏だった。しかし、雷が大きく鳴り響いて、音
楽に集中できなかった。音楽はあきらめて、また、外へ出た。
 雨はさらに激しくなった、まるで雲の爆発。ブースの裏に急いで戻る
と、アムがポップコーンワゴンの風下に立っていて、テントの上を見て
いた。風も強かったが、危険なレベルでなかった。
 オレは、彼といっしょに雨が小降りになるまで立っていた。それから、
アムはGトップに戻って行った。Gトップは、大きなカーニバルにはよ
くある、そこで働く者たちがカードゲームを楽しめるギャンブルテント
だった。お客や外部の者は入れない、純粋にファミリーだけが楽しめる
スペースだった。アムのところへ行って、ラミーをするのを見ていたが、
座らなかった。
 数回見てから、就寝用テントに戻った。レインコートの下は一部濡れ
ていたので、脱いで、タオルでこすって乾かした
 こすってるあいだに、電気が落ちた。ここの電球だけでなく、カーニ
バルじゅうの電気が落ちた。フラップから頭を出してのぞくと、どこも真
っ暗だった。
 少し呪いの言葉を口にしてから、あたりを手さぐりしてマッチを見つ
けると、緊急用のカーバイドランタンに火をつけた。乾いたアンダーウ
ェアに着替えたところで、アムがテントに頭を入れた。
「大丈夫、キッド?」と、彼。

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「ああ」と、オレ。「なにが起こった?」
「雷が電線に落ちて、ディーゼル車の発電機がこわれた。コイルが焼けて、
今夜じゅうには直せないそうだ。嵐はんだが、ツメ跡を残した」
 彼が行ってから、探偵雑誌を出して読もうとしたが、ますます眠くな
った。雨は、また、ソフトに降り出して、それから弱くなった。雨のソ
フトなドラムの向こうで、時計が時を告げ、遠くの列車が汽笛を鳴らし
た。
 カーバイドランタンのかすかなつぶやき、雨のソフトなブーンという
音、それに退屈なストーリーが目覚めているのを難しくさせた。そして、
眠りに落ちた。
 
               ◇
 
 銃声を聞いたのかどうか、分からなかった。聞いたとしても、そのと
き見ていた夢とごっちゃになって、はっきりと思い出せなかった。
 オレを目覚めさせたのは、テントの入口からのアムの声だった。「大
丈夫、エド?」オレは、簡易ベッドに座った。「ああ」と、オレ。「な
に?」
「今、銃声がした。たぶん━━━」言い終えなかった。彼は、オレがあ
たりを手さぐりしていて、アムがトランクにしまっていた32口径を暴

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発させたのではないかと考えたのだ。
 彼は、テントに入って来た。うしろにほんやり大きな影━━━ホーギ
ーは、首を少し曲げて、キャンバスにこすれないようにしていた。彼の
声は、ガラガラ声だった。「だれかが、銃声はサイドショーの方からし
たと言っていた。アム、いっしょに行ってみる?」
 アムとホーギーは、すぐにそうした。オレは、また突然テントでひと
りになって、まだ、眠かった。簡易ベッドから足を下ろして、長靴をは
いた。外は、今、多くの声がして、足音が跳ね回った。雨音は、もう、
なかった。つかんでいたレインコートを着た。肌に直接当たって、冷た
く、ねっとりした。急いで、ボールゲームの横を通るときに、コートの
ボタンを掛けた。中広場に出ると、まだ、細かい霧雨が降っていた。
 同じ方向へ、走ったり歩く人々がいた。ほとんどは懐中電灯を持って
いた。眠かったので、中広場がテントと同じに暗いことを忘れて、持っ
てくることを思いつかなかった。しかし、みんなについて行くと、どこ
にも落ちたりしないで、サイドショーの方へ行けた。
 サイドショーの前にフェンスがあったが、簡単にそこまで走って行け
た。それを乗り越えて、杭などのないテントへの道が開けたので、サイ
ドショーの入口に着けた。
 中に入ると、光━━━不規則な光で、おそらく、20くらいの懐中電
灯の光に、全体を照らすぼんやりとしたイルミネーションの光、さらに、

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一番明るいスポットライトの光があった。
 スポットライトは、中央近くを照らしていた。人々がその周りを取り
囲んでいた。見下ろしているものがなにか、見えなかった。オレは、そ
の端へ走って行って、肩や頭を押しのけて見ようとした。
 そのとき、だれかが円の外からオレを押して、芝生の上に横になって
いるものをはっきり見ることができた。熱心に見たかったわけでなかっ
た。
 横たわっていたのは、子どもだった。芝生に顔を下にして、服はなに
も着てなかった。6才か8才の少年に見えた。とても白い肌で短く刈ら
れた黒髪だった。
 背中から刺さったナイフの柄があった。重い柄だった。オーストラリ
アショーで使われる投げるナイフの1本の柄のように見えた。
 子どもを知らなかった。少なくとも、背中から見て、だれだか分から
なかった。
 ほかのみんなは、うしろからオレを押しながら、なん人かは、興奮し
てしゃべった。ポップジャーニーは、サークルの向かいで、ヒザをつい
て、片手を少年の肩に置いて、言った。「サバのように死んでる!石の
ように冷たい!」片手をすぐに離した。だれかは、「ジーザスクライス
ト!」と言い、少しも祈りのように聞こえなかった。だれかは、「動か
すな!さわるな!」と言った。だれかは、警察をと言い、だれかは、祈っ

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た。
 オレは、うしろの広い場所まで戻った。アムとホーギーが、別のグル
ープのところにいるのが見えた。少人数のグループで、ボロボロの台の
端でうなだれて座っているだれかを取り囲んでいた。だれであれ、すす
り泣いて、不安定で、今にもヒステリーを起こしそうだった。娘で、声
からだれか分からない、とても怖がってる娘だった。
 オレも気分がすぐれなかった。怖くはなかった、娘の感じてるように
は、しかし、胃がムカムカした。
 オレは、入口を出て、正面のやたら高い台に寄り掛かった。いったい
だれが、あんな小さな子どもをナイフで刺したのだろう?そして、なぜ?
子どもがだれか考えたが、分からなかった。それは、おかしなことだっ
た。なぜなら、カーニバルにいる子どもは多くはなかったし、名前は知
らなくても、見れば分かった。
 あの身長と年令で、オレのお気に入りの子どもは、ジガブという名前
で、ジグショーでタップダンスをしていた。ジガブは、7才くらい、両
足は、ジャズドラマーのクルーパの両手より、もっとリズミカルだった。
しかし、この少年はジガブでなかった。ジガブは、そんな白い肌でなか
った。洞窟の中のように黒だった。
 しかし、とオレは考えた、横たわっている子どもは、カーニバルにい
るに違いない、町の子どもでなかった。町の子どもは、夜遅くに、サイ

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ドショーのあたりにいないし、服を着てないということもない。カーニ
バルの子どもだったら、それはそんなに奇妙でない。つまり、カーニバ
ルの人間は、暑い夜には裸で寝るし、同じように、子どもも━━━
 1分して、胃のムカムカは収まった。口にイヤな味が残っていた、文
字通りに、比喩的に、しかし、ランチが悪かったわけでなかった。
 アムがオレを呼ぶ声がしたので、「イェ〜」と答えた。テントに戻ろ
うとしたが、アムとホーギーと娘が、入口を出て、こちらに歩いて来た。
娘は、ふたりの間で、ふたりの腕は、娘の肩越しにクロスさせていた。
グリーンの長いレインコートにグリーンのベレー帽で、ハイヒールのス
リッパは泥だらけだった。レインコートも泥だらけで、その下に裸の足
が見えた。彼女は、顔の前の腕に少し寄り掛かり、まだ、少しすすり泣
いていた。アムは、彼女に、とても静かに、話し掛けた。「リタ、ハニ
ー、おいのエドは知ってるよね?エドハンター、オレと同じハンター。彼
はいいやつ、気分が晴れるまで、エドに近くをドライブに連れて行って
もらうといい。しばらくエドに預けるから」
 娘は、すすり泣きをやめた。顔をおおっていた両手を降ろして。今や
っと分かった。ポージングショーに出ている新しい娘のひとりで、ルイ
スビルからだ。今まで、数回しか見てなかった。彼女は、きれいだった
が、今は、泣いたせいで顔はれぼったく、頬には泥が付いて、そう見
えなかった。

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「ハ、ハイ、エド!」と、彼女。笑おうとした。オレは、胃と喉の感覚
を忘れて、彼女に笑い掛けた。殺された子どもは、彼女の弟かなにかな
のかと疑問に思った。彼女の息子とは思えなかった。彼女は、オレとそ
う変わらなかった。あの年令の子どもはあるはずなかった。18以上に
は見えなかった。アムは、彼女をホーギーといっしょに残して、こちら
に来て、オレの腕をとって前かがみになって、小声で、ほかのふたりに
聞こえないようにしゃべった。
「彼女が子どもを見つけた、エド」と、アム。「サイドショーの中を通
り抜けようとして、暗闇で彼につまづいた━━━たぶん、トイレへ行こ
うとして近道した。彼女は、半狂乱になり掛けている、彼女を連れて」
「子どもは、だれ、アム?」と、オレ。「あんたは知ってる?あるいは、
彼女が?」
「いや、分からない。オレは、このあたりを少し調べたい、ホーギーと
いっしょに。ホーギーは車のキーを貸してくれる。彼のトレーラーの前
にあるが、連結されてない。彼女をドライブに連れて行って、起こった
ことを忘れさせろ!」アムはニヤリとして、一瞬、半人半獣神のサチュ
ロスのような笑顔になった。「なにか楽しいことをしゃべって、喜ばせ
てやれ!」
「ああ」と、オレ。「しかし、彼女が発見者なら、警官が来たとき、近
くにいないと困るんじゃない?」

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 アムは、辛抱強そうなジェスチャーをした。「そこは、オレたちでな
んとかする。彼女が今のまま、警官から質問されたら、分裂してヒステ
リーを起こす。だから、やつらは待たせておけ!オレが見つけたことに
して、みんなが銃声を聞いたことは伏せておいて━━━」
「ヘイ!」と、オレ。アムが言うまで、銃声のことをすっかり忘れてい
た。「子どもは刺された。銃声はなに?」
「それは、リタの銃。銃床に小さな真珠が埋め込まれた銃。レインコー
トのポケットに入れていた。カーニバルの電気が消えて、暗闇を歩くの
が少し怖かったから。一度も使ったことはなかった。手をポケットに入
れて歩いていて、暗闇で子どもにつまづいたとき、暴発した」
「ケガは?」
「なかった、火薬の爆発でも。弾は、倒れた先の地面に当たって、レイ
ンコートのポケットに穴があいただけ。もう、つまらない質問はやめて、
彼女を連れて行け!」
 オレは戻って、ホーギーから鍵を受け取った。
「準備は、リタ?」
「オーケー」と、リタ。「エ、エド、レッツゴー!」彼女の声は少し震
えていたが、それほどではなかった。
 
               ◇

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 雨は、細かい霧になって、フロントガラスをおおい、ワイパーがせっ
せと拭き取るそばから、また、おおった。ワイパーの弧の外側は、くも
りガラスのように不透明で、古いセダンの左右や後方の窓もそうだった。
小さな四角の空間にオレたちだけの世界が広がって、濡れて暗い外の世
界とは切り離され、フロントガラスのワイパーの弧の範囲からしか見る
ことはできなかった。
 オレの隣には、きれいな娘がいたが、なんの意味もなかった。それは、
運転に全神経を集中させていたからだ。前方の道路を照らすヘッドライ
トに、いきなりカーブが現われて曲がりくねっていたりするアスファル
トを、車を走らせるのがやっとだった。
 しかし少しして、いったいなんでこんなに急いで運転しているのかと、
疑問に思った。アクセルから足を離し、ゆっくり走らせた。
 オレは、隣の娘に笑い掛けた。彼女も笑いを返して、言った。「なぜ
そんなに急ぐのか、不思議に思っていた」
 彼女は近づいて、オレは腕を彼女に回したのは、自然に思えた。自然
でないにしても、ステキに感じた。
 車を道路脇に寄せて、止まった。すぐに、ワイパーも止めると、ワイ
パーの弧も霧雨におおわれて、完全に外の世界と切り離された。車の中
の小さな四角の空間が、オレたちだけの小さな四角の宇宙だった。

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 オレは体を向けて、彼女を見た。雨でほとんど化粧が洗い流されてい
ても、きれいだった。目は、少し霧のかかったライトブルーだった。オ
レの目と合った。
「パスする、エド」と、彼女。
「ああ、大丈夫」と、オレ。「別にいい」
「それは、あなたが好きだから、エド」
 オレは笑った。「いい理由だ」
「そして、あなたを好きでいたいから。バカらしく聞こえるかもしれな
い、しかし━━━見るのはやめて、エド!泥だらけだし、ひどい顔して
る」
「そうは思わない」と、オレ。「ぜんぜん違う」
「そう、でも見るのはやめて!」
「オーケー」と、オレ。前かがみになって、フロントパネルの小さなラ
イトも消した。「これで、なにも見えない。満足?」
「点字を使わないかぎり━━━すまない、エド」
「すまないって、なにが?」
「つまらないこと言ったこと。先週、カーニバルに来てから、ずっとデ
ィフェンシブになっていて、カーニバルの男たちといったら━━━しら
みみたい」
「みんなじゃない、叔父のアムもホーギーもいるし」

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「ホーギーのことを言ってるんじゃない、彼は、わたしの叔父のような
もの、ほんとうの叔父でないけど、彼は、わたしの両親とは知り合い。
奥さんのマージも母の友人で、カーニバルの仕事は、彼が紹介してくれ
た。とにかく、ホーギーとマージは、いい人でよくしてくれる」
「ああ」と、オレ。「オレもマージは好きだ」
「それに、あなたの叔父、今夜まで会ったことなかった。どんな人?」
「アンブローズハンター」と、オレ。「呼ぶときは、アムだけ、そうで
ないと、ヒザまずかせられる。アムは、世界で一番いいやつ!それだけ」
「わたしも彼と知り合いになりたい」
「そうなるさ」と、オレ。「ほかにもいいやつはいる。リーケイリーは、
サイドショーのマジシャンをしてる。ジャズは好き?」
「ええ」
「ケイリーは、ポータブルプレイヤーを持っていて、なん枚かいいレコ
ードも。いつかいっしょに聞きに行こう!きっと、彼も好きになる。そ
して、オレが保証するが、言い寄られることはない」
「なぜ、ない?」
「なぜなら、そう」
「こう?もしも彼がしていたら、あなたもしてるかもしれない?」
「とにかくしない、どちらも」と、オレ。「しないのは、なぜかという
と、うう、パス!あんたの推測が近い!とにかく、彼はいいやつで、あ

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んたも好きになる!」
「オーケー、いつか、彼のレコードを聞きに行こう、しかし、そのほか
のカーニバルの連中といったら━━━」
「たぶん、悪い面ばかり見たんだと思う、リタ!カーニバルのモラルは、
聖書地帯の長老教会のモラルとは違う。しかし、雑踏にいたら、背中の
シャツの破れてるところしか見せない、それは、後ろから見られてると
思わないから」
「うむむ、あなたが正しいかも」
「そうさ、正しい。偏見を捨てて、判断してほしい!彼らが見せようと
するやり方で、物事を見ようとしている、それに沿って。彼らは、正直
なふりをして、実は、不正直なのさ」
「つまり、お客には、公平さはいらない、ということ?」
「少し違うが、そんなところだ」
「それを信じる、エド。いつか、お客になる。金持ちの。ずっと貧乏で
いるつもりはない。そんなふうに育ったが、それは豊穣でじょうもあった」
 彼女がそう言ってるとき、そこには少し、荒々しいなにかがあった。
「考えられる?」と、彼女。「わたしが金鉱堀りだと?実は、そう」
「すばらしい!」と、オレ。「そう、あんたは金鉱堀りさ。別に興奮す
ることじゃない。頭をオレの肩に乗せて、リラックスして!」
 彼女は少し笑い、頭をオレの肩に乗せた。「あなたは愉快、エド!あ

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なたが好き。金持ちだったら、ダンスを見せてあげたい。しかし、そう
でないんでしょ?」
「オレは、19ドルあるし、トロンボーンも持っている」と、オレ。
「自分では金持ちだと思ってる。それから、いいスーツを買った。まだ、
着てないが、クールになれると思う。このレインコートの下に着てるも
のは、上下の下着だけ。事件が起こったとき、オレは眠っていたので」
「わたしもそう、眠っていて、起きて━━━へ行こうとした。カーニバ
ルではなんて?」
「トイレ」と、オレ。「事件については、しゃべらないでいい!忘れさ
せるために連れて来たので」
「もう、大丈夫、エド。心配しないで!1分くらい、少しヒステリーに
なっていた、そのことは話したくない」
「オーケー、それなら、なにをしゃべろうか?教えて、トイレに行くと
きは、いつも銃を持って行く?」
「もちろん、違う。バカにしないで!電気が消えていて、懐中電灯が見
つからなかったから。暗闇が怖いの、エド、つまり、暗いところにひと
りでいると。今は、怖くない。
 普通は、トレーラーでは眠れないので、ダウンタウンのホテルに室を
とってある。しかし、今夜は、ダーリーンにいっしょにいてくれと頼ま
れた」

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「ダーリーン?赤毛の?」
「そう、彼女の夫のウォルターが、町から2日間来ていて、彼女は今夜、
気分がすぐれないから、いっしょにいて欲しいと頼まれた。彼らのトレ
ーラーで。1時間前くらいに目覚めたとき、懐中電灯が見つからず、ダ
ーリーンを起こしたくなかった。前に、ダーリーンが引き出しを開けた
とき、ウォルターの銃があるのを見ていたので、それを、持って来た」
 彼女は、少し震えた。彼女の心は、ウォルターのトレーラーを出てか
ら起こったことに戻ってしまったと思った。彼女に回したオレの腕を強
めにして、言った。「もう、思い出さないでいい、リタ!」
「大丈夫、エド、もう全部話した。寒いことのほかは。あなたの着てる
ものよりもっと少ないから、凍えそう」
「州警察のパトカーが来て」と、オレ。「駐車違反で捕まったら、いい
見世物になる。それに警察は、もうカーニバルには着いていて、オレた
ちがいないからおこってるかもしれない。もう戻る?」
「ええ」
「大丈夫というのは、確かだ。明るい顔をして?」
「ええ。エド。キスして、1度だけ、ステキに。そしたら、戻る」
 オレは、キスした。1度だけ、ステキに。かなり、ステキだった。オ
レを少しゆすぶった。そのような感覚は、まったく予想してなかった。
 オレは、ささやいた。「戻るけど、いい?」

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「いい、エド、どうぞ」
「オーケー」と、オレ。「しかし、いつか、たぶん」
「いつか、たぶん」
 オレは、イグニションキーを回し、エンジンをかけた。フロントガラ
スのワイパーが、また、動き出した。行ったり来たり、不規則に、酔っ
ぱらったメトロノームのように。オレも少し酔いを感じた。
 そしてふたたび、ヘッドライトが照らす真っ黒な曲がりくねった道を
運転することに集中しなければならなかったので、帰り道は、なにも話
さなかった。
 
            2
 
 カーニバル一帯は、もっと明かりが増えた。発電機は直ってなかった
が、オイルランプやカーボンランプが捜し出され、要所要所に吊るされ
た。それは、いくらか不気味だった。明かりが置かれた場所が、暗闇と
びくびくするものとのあいだだったからだ。
 ホーギーのトレーラーの中にも、明かりはあった。車を返しに行って、
バックでゆっくり駐車スペースに停めようとしていると、アムがトレー
ラーから出て来た。彼は車のドアを開けて、言った。「ハイ、キッズ、
月はどうだった?」

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「明るく輝いていた」と、オレ。「ステキだった」と、リタ。「うまく
行ってる、アム?」
「すべて順調、警察は到着し、オレの説明で、状況を把握してもらった。
フリークショーのテントに調査本部を設置した。あんたにも顔を出して
もらいたいそうだ、ただ、2・3決まりきったことを訊かれるだけ」
「オレもいっしょに行く、アム?」と、オレ。「行かなくていい、エド」
と、アム。「リタは、このあたりをドライブに行かせたと、オレが言っ
たが、名前は言ってない。だから、エドは、静かに消えて、自分の寝床
へ戻れる」
 オレは今、寒かったので、いいアイデアに聞こえた。レインコートは
外と同じように、中も濡れてベタついていた。
「サンクス、エド」と、リタ。「また、明日」彼女の手を1分間差し出
した。「ああ、明日」と、オレ。彼女が、フリークショーのテントに歩
いて行くのを見ていた。
 そこに、1分間、震えながら立っていたが、オレたちの就寝用テント
に戻った。また、からだをふいて、簡易ベッドにブランケットを2枚敷
いて、その上に横になった。
 眠かったが、アムが戻って着替え始めるまで、眠らなかった。「ハイ」
と、オレ。起きてることを伝えた。
「リタは気に入った?」と、彼。

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「彼女は、いいね」
「あまり、情熱的には聞こえない。それとも?とにかく、あまり夢中に
ならないように!彼女は、すぐ忘れるタイプだ」
「うう」と、オレ。「自分でそう言ってた。オレが金持ちだったら、遊
んでもいいそうだ」
 アムは、頭をゆっくり振って、言った。「それは、危険、キッド。彼
らが正直になったら、危険」アムが本気で言ってるのかそうでないのか、
声からでは判断できなかった。
「それなら」と、オレ。「不正直だったら、危険じゃない?」
「そういうわけでもない」アムは立ち上がり、カーボンランプの外に出
た。それから、簡易ベッドに跳び込む音がした。
「子どもは、誰だった?」と、オレ。
「子どもって?」
「もちろん、殺された子、カーニバルにいた?」
「そうだった」と、アム。「説明するのを忘れていた。あれは、子ども
でなかった、エド。小人だった」
 オレは、体を起こして座った。小人、それの意味するのは、ひとりだ
った。カーニバルに小人はひとりしかいなかった。
「あれは、メジャーだったと?」と、オレ。
「いや、だれも知らなった。その小人は、カーニバルにいなかった、エ

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ド。ここにいるだれも、前に彼を見たことがなかった」
 1分間、オレは、アムが冗談を言ってるのかと考えた。意味をなさな
かった。カーニバルにいない小人が、ナイフで殺され、フリークショー
のテントで裸で死んでいる。カーニバルのだれも知らない小人。
 ファンタスティックに聞こえた。しかし、アムはそのようなことでオ
レをからかったりはしないことを、知っていた。
「彼の服は?」と、オレ。「服は見つかった?」
「いや」
「じゃ、どうやって?」
「それはオレたちと関係のないこと」と、アム。「警察が心配すること」
「ああ」と、オレ。また、横になった。しばらくして、眠りに落ちた。
 
               ◇
 
 つぎの朝、早く目覚めた。なぜかは分からない、早く目覚めただけ。
考えたが、また、眠ろうと思わなかった。アムは、いつも、考えること
は危険だと言っていた。彼のお気に入りのテーマのひとつだ。考えるこ
とは、酔っぱらうことより悪いが、マリファナを吸うほど悪くはない。
そのあいだのどこか。もちろん、そうはっきり言ったわけではない。
 服を着た。もっともいいスーツを。なぜだか分からない。アムは、ま

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45





だ起きてなかった。
 外は、どんよりとしたグレーの空だった。しかし、雨は止んでいた。
朝早くても、暑かった。風がまったく無く、テントの布は、空と同じグ
レーの石からけずり出された彫像のように掛かっていた。
 オレたちのテントの前の水びだしの芝生の上に立って、なんのために
早く起きたのかと考えた。それは、たぶん、考え続けるためだ。
 泥で汚れないように、ズボンのすそを折り返して、中央広場の方へ向
かった。メリーゴーランドを過ぎると、数人の男たちが、トラックから
泥をそり落していた。ほかには、だれも見えなかった。
 オレは、ホーギーのトレイラーのある突き当りまで行った。マージは、
普段は早起きすることを知っていた。彼女がひとりのときに、リタの周
辺の話に持って行きたかった。
 しかし、ホーギーの家に明かりはなく、だれかがいる気配がなかった。
ウォルターとダーリーンの楕円形のトレーラーもそうだった。リタは、
オレが寝たずっとあとにベッドに入ったに違いないので、起きてるとは
思えなかった。
 中央広場に戻り始めた。水たまりに跳び込むかんじがしたが、したこ
とはなかった。高い柱の上に板の置かれた、ハイダイブのタンクのとこ
ろへ行った。見上げて、そこからダイブして、わずか4・5フィートの
水に跳び込むことを考えて、震えが来た。今まで、そこから跳び込もう

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としたことはなく、一度、その夢を見たことがあっただけだ。
 中央広場にまた戻ると、フリークショーのテントの前に見知らぬ男が
いた。広い台の端に座って、タバコを吸っていた。大きい男で、顔は無
口なかんじだった。警官のようにも見えた。近くで彼の靴を見て、警官
と確信した。
 無口な警官でも、だれとも話せないよりはましだと思った。つまり、
彼が話したいなら。
「ハイ」と、オレ。「ハイ」と、高い音程の声。興味があるわけでなく、
熱心でもない、ただふつうの親しみで。オレは立ち止まった。
「警官?」と、オレ。
「見ての通り」と、彼。「みんなを喜ばせるために、服とかいろいろ変
えている」
 期待よりいい返事だった。オレも広い台に座った。「進展はどう?」
「まったく、だめ、カーニバルの連中の協力のし方といったら━━━あ
んたもカーニバル?」
「そう、小人と聞いたけど、だれ?」
「知らない」と、彼。「それについては、だれも知らない。だれも聞い
たこともない。だれも見たこともない。だれも臭いをかいだこともない。
どうしようもない。フリークショーで誕生日スーツを着て死んだ奇妙な
やつ、だれひとりとして彼のことを知らない。そう言っている」

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 彼は、吸っていたタバコを濡れた芝生に落とし、くちゃくちゃのパッ
ケージから1本出して口にくわえ、ライターで4インチの炎を出して火
をつけた。
「それは確かにバカげて聞こえる」と、オレ。「しかし、オレは4シー
ズン、カーニバルにいるが、カーニバルにいる小人はひとりだけだ」
 彼は、憂うつそうに、うなづいた。「みんなそう言う。楽しいゲーム
のあいだ、あんたはどこに?昨夜、あんたを見た記憶がない。それとも
会った?」
「自分のベッドにいた」と、オレ。「早目に寝た。銃声も聞いてないが、
叔父がテントに来てオレを起こして━━━」
「ちょっと待って」と、彼。「これを公式のものとして、あとの時間を
節約しよう」彼のポケットから、ノートと鉛筆を出して、身構えた。
「名前は?」
「エドハンター」と、オレ。「19、もうすぐ20.カーニバルには1
年くらいいる。叔父といっしょで、仕事も同じ。叔父は、アンブローズ
ハンター、ボールゲームコーナーをやっている」
「ああ、覚えてる。背が低く、太り気味」
「そして、頭がいい」と、オレ。「それが彼」
「彼と、ブースの裏のテントでいっしょに?」
「そう」と、オレ。起こされてから、下着の上にレインコートを着て、

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アムの後に付いて、サイドショーのテントまで行って、死体を見たこと
を話した。そのあとのことは、少し跳ばした、オレがリタを連れてドラ
イブに行ったことは、アムは、まったく警察に言ってなかったので、ど
ちらも話せなかった。就寝用のテントに戻って、警察が来る前に眠った、
と言った。
 彼はオレを見た、少しおかしそうなふうに見えた。「そのあとずっと
寝てた?」
「そう」
「今朝、起きてから、なん分?」
「長くない」と、オレ。「15〜20分」
「起きてから、だれと話した?」
「ひとりも」と、オレ。「一言も」
 彼は、ノートをポケットにしまった。長いこと、オレのことを見てい
た。オレは、それが、特に好きになれなかった。見あきてから、言った。
「なんてこった!」自分にでなければ、特にだれにということなく。
 それから、また、オレを見た。「あんたら、カーニバルの連中は、み
んな警察が嫌いだろ?」
 それが、オレのガードを少しゆるめさせた。「たぶん、ほとんどは嫌
い」と、オレ。
「なぜ、嫌い?」

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「そう、たぶん、法律に従うと、ほとんどの町で、オレたちの最大の売
りの興行ができなくなってしまうからだと思う」
「正直で、合法で、ちゃんとした興行が、警察に止められる?」
「そう━━━」
「見て!よく考えて!もしも法律がなんでも許して、だれも文句言わな
かったら、カーニバルはどんなものになるだろう?あんたのボールゲー
ムも、ギャンブルの境界ぎりぎりのごまかしゲームや3カードモンテの
ようになる。だましたり、客のオッズを積み上げたりして、銃でカネを
奪うようなものになる。舞台はストリップショーのようになって、背後
の小さなテントでは」
「だれが」と、オレ。「カーニバルの娘たちが売春婦だという考えを、
あんたに植え付けた?そんなことはない!」
「だから、法律がなんでも許したら」彼は中断した。「待って!そんな
ふうにオレを見ないで!あんたが今、付き合ってる娘がそうだと言って
るわけじゃない。とにかく、全部じゃない。カーニバルが困らせる女を
雇っているだろう、という意味。
 そして綿菓子ブースは、空気の代わりにマリファナを売って、サイド
ショーでは、うう、もうやめよう」
「カーニバルが、法律が好まないものを宣伝するのは、みんなが欲しが
るからでは?あんたらの市民が?」

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 彼は、ため息をついた。「エド、もしも市民の大多数がギャンブルや
卑わいなものを好むなら、町にすでにあるはず。だれもそのために、カ
ーニバルへは行かない」
 彼は、憂うつそうに、オレを見た。「あんたも警察が嫌い、だから、
ウソをついている」
「どういう意味?」
「オレたちが昨夜ここへ来る前に寝たと言ったが、ほんとう?そして、
今朝はだれとも話してなかった。しかし、それなら、なぜ、あんたに話
してないことを知ってる?小人で、子どもじゃなかったとか?どうやっ
て知った?オレたちがここに来て、引っ繰り返すまで、だれもそのこと
を知らなかった」
「うう」と、オレ。うんざりしながら。マヌケな自分にうんざりした。
「アムが帰ってきたとき、目が覚めて、彼が話してくれた」
「そう」と、彼。その通りで、信じているかのように。彼は、ハットを
頭のさらに後ろにずらした。「あんたは、殺された小人を知らない」
「知らない」と、オレ。彼の表情が変わり始めたのが見えた。「ちょっ
と待って!先取りしないで!オレは、彼の顔を見てない。しかし知らな
いのと同じこと。それは、オレはメジャーモウト以外の小人は知らない。
アムが、あれはメジャーじゃなかったと言ったから、つまりオレは知ら
ない」

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 彼は、うなづいた。「オーケー、エド。ただのルーチンだけど、昨夜
った写真を見せたい」ポケットから1枚の写真を出して、オレに渡し
た。
 オレは受け取って、写真を見た。
 ピンアップのような写真でなかった。やせた小さな死んだ顔だった。
目は開いたまま、前を見つめていた。顔は、背中にナイフが刺さるのを
知ってたかような表情をしていた。写真は、彼が横たわっていた場所で
正面からられていた。ただし、引っ繰り返されて、顔が上。頭の後ろ
は踏みつけられた芝生。
 オレは写真を返した。「知らない」と、オレ。「彼を知らない。前に
見たことない」
「あと1つだけ、いい、エド?昨夜、なにか普段と違うことに気づかな
かった?いつものルーチンとか、おきてと違うとか」
「なにも」と、オレ。「カミナリで発電機が壊れた以外は。それは、毎
晩あることじゃない」
「そう」と、彼。「それについては、知っている。オーケー、エド、サ
ンクス」それは、解雇通知みたいに聞こえたが、どこかへ行こうという
気にならなかった。「ずっとここに?」と、オレ。「眠った?」
「一度だけ、少し。もう、話さないでいい、さもないと、あくびが出る。
小人のために世界が安全になるように、始める気もない。あんたの出店

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は、いつ始まる?」
「ふつうは、だいたい10時」
 彼は、大きな金色の懐中時計を出して、見た。「そのときまで、生き
てると思う。たぶん、そのあとも。だれも、オレの卵料理に素を入れ
なければね?」
「入れない方には賭けたくない」と、オレ。「料理のひとつは、2度失
敗した。じゃ、また!」
 正面ゲートの方へ、ぶらぶら歩いて行った。彼の朝食の話で、なにか
食べたくなった。10時まで待てなかった。カーニバルの場所から、わ
ずか1ブロックのところに、終点のバス停があった。オレはそれに乗り、
すぐにバスは町に向かって動き出した。
 バスに中で、彼がカーニバルについて、巧妙なひび割れを入れて来る
のにうまく答える返事をいくつか考えていた。うまい答えが見つかった
ときは、すでに手遅れだったようなことはよくある。
 もうひとつ分かったことは、カーニバルの知識は、正しかったり間違
ったりするが、彼は、だめな警官ではないということ。そして、悪いや
つでもなかった。
 
               ◇
 

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 エバンスビルは、ダウンタウンでバスを降りたとき、考えていたより、
ずっと大きいことが分かった。シカゴのようでは、もちろん、ないが、
また、ルイスビルほど大きくさえないが、そこには、多くの交差点があ
った。カフェテリアで朝食をとり、靴の泥を取って、ピカピカに磨いて
もらった。そして、メイン通りをブラついて、いろいろ見て回った。
 もう11時だったが、映画館は、まだ、どこもいてなかった。それ
で、オレは、ブラつきながら、ウィンドウショッピングをすることにし
た。ミュージック店、紳士用装身具店、ランジェリー店でさえ。
 しかし、どれもおもしろくなかった。ランジェリーでさえ、見ても心
に入って来なかった。考えまいとしていたものがあったからだ━━━死
んだ小人の顔。
 しばらくして、自分に言った。オーケー、それについて考えよう。し
かし、すぐやめた。それは、あんたとは関係ないことだ。彼を知りもし
ない。それで安心できるなら、新聞を買って、読んだらいい。それがし
たかったことだろ?
 それで、オレは新聞を買った。ちゃんと、その記事はあった。タイト
ルは、『カーニバルで小人殺される』
 ホテルのロビーへ行って、座って、記事を読んだ。全部読んだが、新
しいことはなかった、そこにいた警官の名前以外は。警察署長はハリー
スタッフォード、刑事はアーミンワイス。その記事は、おもしろいと思

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う人がいるかもしれない。
 小さいのから大きいのに斜めぎにした、2枚の写真があった。小さ
い方は、死んだ小人の写真で、肩より上で、芝生に横たわっている、カ
ーニバルで警官が見せてくれたものと同じもの。大きい写真は、フリー
クショーテント内部をフラッシュでったもの。死体が移動されてから
撮ったものだが、いつものXマークは、その場所にあった。ちょうど入
口を入ったところから撮られていて、なにもない舞台と芝生、テントに
柱が見えるが、それ以外はなにも写ってない。つまり、だれも写ってな
い。そのときまでに、警察がテント内から人を追い払ったか、写真係が
カメラを用意するまでに、カーニバルの人たちが死体を運び出したかの
どちらかだ。
 最初のタイトルをまた見返した。『カーニバルで小人殺される』とて
もシンプルだった。そこは、小人にとって、殺されるにふさわしい場所
ではない?タイトルは正しくない。1語不足している。正しくは、『場
違いのカーニバルで小人殺される』となるべきだ。
 その1語が、ふつうでない局面を示し、事件を風変りなものにしてい
る。
 小人になったとしたら、世界はどう変わるか考えてみた。しかし、人
は自分を小人のように見ることはできない、とオレは思った。周囲のみ
んなが、巨人になる。だれでも、簡単につまみ上げられるし、2回で骨

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を折れる。あるいは、ナイフを突き立てることも━━━
 死んだ顔を見たときのことを思い出して、また、考えた。背中にナイ
フが刺さるのを知っていた。しかし、叫ばなかった、あるいは、だれも
彼の叫び声を聞かなかった。たぶん、だれか巨人が、背が2倍、体重が
4倍のだれかが、彼を持ち上げ、口を手でふさいで━━━
 それ以上、考えたくなかった。それを心から追い出して、新聞の残り
を読んだ。ガソリンスタンドでホールドアップがあって、盗まれた。ど
の記事も興味が湧かなかった。
 100マイル離れたルイスビルで、子どもの誘拐があった。ポーリー
化粧品会社のジェームズR・ポーリーの7才の息子が寝ているところを
誘拐され、ベッドに5万ドルの身のしろ金を要求するメモがピン留めさ
れていた。殺人と同じくらい卑怯な犯罪だ、とオレは考えた。そして、
小人を殺すことも。サイズで人を選んでない場合。
 カルカッタで暴動があった。また、イリノイの州議会選挙で落選した
候補が、選挙不正と買収で捕まった。
 最初に読みたいと思ったものをすべて読んだ。漫画欄も見た。それか
ら、映画の広告も読んだ。
 また、雨になるのかどうか疑問に思った。もし雨なら、町にいるあい
だに映画を見れる。雨でないなら、戻ってアムの手伝いをすべきだ。
 ロビーの窓のところへ行って、外を見た。通りの向こうの2つのビル

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のあいだの空は見えたが、なにも伝えて来なかった。朝のあいだずっと
そうだったように、古い鉄の色だった。雲はなく、ただのグレーの平面
だった。月末まで雨にもなりそうだし、夏中ずっと雨がないかもしれな
かった。
 くそっ!とオレは考えた。落ち着かなかった。なにかをしたいのだが、
なにか分からない。読者のあんたも、そういう気持ちに一度はなったか
もしれない。すべてが意味がないように見えるとき、心に引っ掛かって
いるものがなにか分からないときに。カーニバルに戻りたかったが、そ
うしたくもなかった。
 回りを見渡して、もう正午かどうか、ホテルの受付のデスクの時計を
見た。15分過ぎだった。
 受付のデスクで、鍵を渡しながら受付の男と話している娘がいた。う
しろ姿を見る限り、彼女は、エバンスビルで会える女とはまったく違っ
ていた。黄金の100万ドルに見えた。彼女の髪は金髪で、肩になびく
内巻きのショートヘアーだった。ふじ色のシルクのドレスを着て、モデ
ルのぴったりした水着のように、からだのラインに沿っていた。ルイア
ームストロングのトランペットのように、彼女は、この世界からは遠く
離れたどこかにいた。
 窓の外を見ているふりをしながら、前から見てもうしろ姿と同じか確
かめるために、彼女が振り返るのを待っていた。

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 理解できる理由があったわけでなかった。オレは、ただのカーニバル
の若者で、ポケットには18ドルしかなく、名前はあるが、彼女の階級
レベルの人間ではなかった。言ってる意味は分かると思う。
 どういうことかと言うと、ホテルのロビーは、かなりりっぱで、豪華
な家具があって、きちんと飾りつけされていた、彼女がそこに現われる
までは。彼女がそこに現われるやいなや、逆に、みすぼらしい安宿のよ
うに見えた。彼女は、オレに対しても、同じことをした。つまり、それ
までは、かなりいい服を着て、かなり見栄えもいい若者だったが、彼女
が現われたら、自分が、高校生のように感じ、いつも服のまま寝ている
ように見えた。
 とにかく、それがオレが考えていたことだった。それから、彼女が振
り返った。オレは、2重の衝撃を受けた。
 正面から見たら、たしかに彼女は、期待通りだった。1つを除いて。
彼女を知っていた。リタだった。
 気づいてなかったが、たぶん、オレの口はいていたに違いない。そ
んなふうに感じた。
 彼女は玄関に向かって歩き始めたが、そのとき、オレを見て、笑い掛
けた。歩く方向を少し変え、こちらに歩いて来た。「ハイ、エド!」彼
女の声は、ほとんど、昨夜と同じだった。
 オレは、なにかもごもご言った。

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「ここに泊まっているって、なぜ分かったの、エド?」と、彼女。
「知らなかった」と、オレ。「雨になりそうで入ったが、雨にならなか
った。そう、なにか飲み物はお酒、あるいは別の?」
 彼女は、少しためらった。「朝食はどう?あなたは食べた?」
「まだ」と、オレ。
 ホテルのロビーを出て、コーヒーショップでコーヒーに、ドーナッツ
を食べた。テーブル越しに彼女を見た。まだ、信じられなかった。泥だ
らけの靴にくるぶし、すり切れたレインコート、ベレー帽の下にたくし
上げられた髪が、これほどの違いを生じさせられるとは思えなかった。
 コーヒーを飲み終えてから、彼女はいた。「小人について、なにか
分かったことは、エド?」
 オレは頭を振った。「新聞にもない。だれかさえ分かってない」
「しかし、すぐ分かるはず、小人の数はそんなに多くはないもの」
 オレは、メジャーモウトと一度そのことについて話したことがあった
ので、答えを知っていたので、言った。「合衆国には、2千人、ほんと
うのミジェットが。一方、ドワーフは、5千人」
「違いは、エド?ミジェットはドワーフより小さい?」
「そう、たぶん。しかし、違いは大きさではない。ミジェットは、完全
に比例している。ドワーフは、頭が大きく、ふつうの人間とほとんど同
じ大きさ。そして、胴。彼らの胴は長く、とても短い足と腕を持つ」

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「そう、それなら、ショーに出てるのは、ミジェット?」
「一般的には、そう。どのサイドショーも、ドワーフをミジェットとし
て見せたりはしない。しかし、いくつかのサーカスでは、ドワーフの道
化がいる。ミジェット一座のいくつかは、ボードビルや大きなカーニバ
ルショーで、ドワーフをコメディアンとしている。そこが、ほんとうの
ミジェットとの違い。なん人かのドワーフは、とてもいい道化になれる」
「コーヒーのお代わりできる、エド?」
「できると思う。昨夜19ドルあるって言ったけど、さらに、18ドル
加えた」
「エド!ほかの女に使った?」
「まだ。コーヒーだけなら、多くのカネがまだ使える」
「ふむふむ、それなら、コーヒーだけに。ドーナッツは1こだけでいい。
それにしても、すごい違い、エド」
「違いって、ドーナッツ?」
「違う、いい服着て、昨夜とは、まったく違って見える!」
 オレは笑いをこらえられなかった。後ろにのけぞって笑った。もちろ
ん、オレはわけを話したが、リタも笑った。笑うと、彼女は美しかった。
笑いさえ美しかった。彼女はなんていい声をしているか気づかなかった
ことも、奇妙だった。
「昨夜は、ダーリーンといっしょじゃなかった?」と、オレ。

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「いっしょだったが、トレーラーの代わりに、このホテルにいた。警官
の質問のあと、ダーリーンが起きて服を着た。ふたりとも、そこには泊
まりたくなかった。町に来て、わたしの室に泊まった。ダーリーンだけ
早く起きて、カーニバルに戻って行った。彼女の夫が今朝戻る予定だっ
たから」
 2杯目のコーヒーを飲んでから、リタは自分の腕時計を見た。「カー
ニバルにいっしょに戻る?」と、彼女。「つまり、わたしは。その前に
銀行の用事があって、それは隣り!ここで待っていてくれたら、いっし
ょにカーニバルに戻れる?」
「オレも戻るから」と、オレ。「いいね、ここで待っている」
 コーヒーで、実施、目が覚めた。2杯のうち、最初が1時間前の朝食
で、もう1杯は、待っているあいだに飲んだ。
 カーニバルまで、ふたりでバスで帰った。彼女は、オレの18ドルを
守らなくてはならないと言って、タクシーに乗ろうとしたオレを止めた。







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            3
 
 オレが戻ったとき、アムは起きて、服を着ていた。どこかから、かん
なくずを拾ってきて、ブースの前の地面にまいていた。
「ハイ、エド」と、彼。「町に?」
「ああ、早く目が覚めて、眠れなかったので。天気はどう見てる?」
「たぶん、小雨。しかし、いくらかビジネスになる。町から、大勢、マ
ークXを見に来る」
「新聞は見た?」と、オレ。
「いや、しかし、高校の数学で、Xは場所を表すということを思い出し
た。そして、警察は容疑者にYを使う」
 オレはひるんだ。「今でも警察は、まだわかってない」と、オレ。
「町にずっといたなら、なぜ映画に行かなかった?」
「町で偶然、リタに会った。彼女が、カーニバルに戻るところだったの
で、いっしょに戻った」
「おお」と、彼。「気をつけろ、キッド!」
「昨夜、彼女をドライブに連れて行けと言ったときは、警告しなかった」
オレは、彼にニヤリとした。「とにかく、オレは安全だ。彼女は、オレ
を2度見ることはしなかった」
「あんたを直視するなら、1度でじゅうぶん!自分を過少評価するな、

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エド!いい男とは言えないが、ロマンティックには見える。もうそろそ
ろ、女たちを追い払うために、野球のバットが必要になりそうだ」
「うう」と、オレ。「ほかに、新しいことは?」
 なんのことか分ったらしい。「多くはない」と、彼。「ワイスは、少
し前にうろうろしていた」
「ワイス?」
「アーミンワイス、刑事。朝早く、エドと話したらしい」
 オレは、うなづいた。
「やつは、かなりのくせものだ」と、アム。「昨夜戻ったときに、あん
たが目覚めていたかどうか知りたがった。オレは、あんたは目覚めてい
たと答えた。あんたが知り得ないことを知っていたから、あんたを問い
詰めたのでは?」
「そう」と、オレ。「オレが、彼が小人だということを知っていた。警
察が来る前に寝て、今朝だれとも話してないと言ったのに」
「そんなことじゃないかと思っていた。犯罪の容疑者にされかねない」
「オーケー、これからは、正直なままでいる。ついでに、ワイスは、カ
ーニバルの連中はみんな、窃盗団の一味だと思っている」
 アムはうなづいて、かんなくずをまきに戻った。
「手伝う?」と、オレ。
「服は着替えた方がいい」

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 オレはテントで着替えたが、戻るまでに、彼は、する仕事はすべて終
えて、低いカウンターに座って、3つのボールでタイトな小さな円を描
いて、ジャグリングしていた。
 オレもやってみたが、ほとんどの時間は、ボールを拾うことに費やさ
れた。「キッド」と、アム。そのときオレは、10回目くらいにボール
を落した。「あんたは、ジャグラーには向いていない。あきらめた方が
いい」
「なにが向いてるかな?」
「知らない、たぶん、トロンボーンでは?」
「いや」と、オレ。「なかなか思うように吹けない。すごくがんばれば、
なん曲かは吹けるようになる。しかし、ほんとうのプレイヤーのように、
演奏できるとは考えられない。だれかが誘ってくれれば、いっしょにや
れるが、しかし、自分で車を運転できない」
「多くのミュージシャンだってできないさ、生活のためさ」
「そうはなりたくない。うう、演奏は続けるが、それで食って行こうと
は思わない。あくまで、趣味としたい」
 彼は、うなづいた。しばらくして、オレは、また、いた。オレにふ
さわしいのはなんだと思う?
「たぶん、あんたはエドハンターでいることが、ふさわしい。それ以上、
なにを?」

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 オレはそれについて考えた。「そこには、カネが出て来ない」
 彼は、ボールのジャグリングをやめて、オレを見た。「カネが欲しい
のか、エド?オレたちは、なんとかやっている。いくらかあげることが
できる。いくら欲しい?50?100?」
 オレは、頭を振った。「まだ、いくらか残っている。いいかな、アム?
しばらく、オレが必要でなければ、そのあたりを歩いて来る」
「いいよ」
 オレは、入口ゲートを過ぎて、長いこと歩き回った。少しづつ人が入
り始めているが、多くはなかった。空は、まだ、今にも雨が降りそうだ
った。
 刑事のアーミンワイスのことを考えている自分に気づいた。彼がカー
ニバルについて言ったことが、心に響いて、痛んだ。
 いくつもの出店を、通り過ぎながら、見て回った。多くの出店につい
ては、彼の言ったことはかなり的を射ていた。今、通り過ぎた、シュー
ティングゲームのように。
 
 
 
                            (つづく)


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