デッドリンガー
          原作:フレドリックブラウン
          アランフィールド
           
            プロローグ
             
 それは、殺しの前奏曲になるようには、まったく見えなかった。どん
より曇ったグレーの午後で、しかし温かく、客の入りは上々だった。オ
レたちはなんとか、昼のビジネスを終えたところだった。8月15日、
木曜、インディアナのエバンスビルに来てから4日目だった。
 6時半に夜のビジネスの準備を始めたころ、雨が降り出した。普通だ
ったら、カーニバルには悲劇だが、このときは、だれもそれほど気にし
てなかった。南オハイオからケンタッキーまで移動しているあいだ、天
候には、ここなん週間もがっかりさせられた。みんな毎日働き、たっぷ
り稼いだ。夜のオフになると、打って変わって、笑顔になった。




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            登場人物
エドハンター:元印刷工、叔父アムのカーニバルに転がり込む。
アムハンター:エドの叔父、カーニバルで働く、たまに私立探偵をやる。
ホーギー:自分の出店が中止、移動先の下見をしている、背が高い。
マージ:ホーギーの妻。
チンパン:ホーギーの飼っているメスのチンパンジー、容体が悪い。
リーケイリー:サイドショーのマジシャン、レコードを持っている。
リタ:ポージングショーの娘、カーニバルに参加したばかりの新人。
ダーリーン:ポージングショーの女
ウォルター:ダーリーンの夫
 
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 オレの叔父のアムは、ふたりが働く、ボールゲームコーナーのテント
けたところだった。夕闇のなか、最初のボールゲームが始まった。
 彼は、ハットをうしろにずらして、空を見上げた。雨粒が2・3滴、
顔にあたり、そこで輝いた。すると、彼はテントをまた閉めて、オレに
向かってニヤリとして、言った。「さて、エド、夜のオフにしよう!」
「ただの通り雨では?」と、オレ。
「いいや、一晩中降る。雨雲がどんどん来ている。ロープで店まいに

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しよう!」
 オレたちは、野球のボール、木製のミルクボトル、それに2つの賞金
棚を片付けて、レインコートを着た。オレはハットをかぶった。アムは、
寝ている以外はいつもかぶっていたので、すでにかぶっていた。『シャ
ドー』のようなソフトな黒の縁のれたソフト帽だった。しかし、アム
は、『シャドー』とは少しも似てなかった。背が低く、太って、陽気な
丸顔で、茶の口ひげもなかった。
 ロープで、ブースの側壁を縛った。そのときから、雨が強く降り出し
た。カーニバルの中広場のテントは、のぼりを下ろし、ロープで店
いを始めた。オレたちは、ブースの奥の就寝用テントもロープで縛った。
 そのころ、雨は小降りになった。しかし、アムはあたり前のように言
った。「今夜はもう店はけない。Gトップへ繰り出そう!町へ出て、
映画を見る?」
「オレはこのあたりにいる」と、オレ。「トロンボーンの練習がしたい
し、探偵雑誌も読みたい」
 アムは、うなづいて、誘うのはやめた。オレはテントに戻り、電気を
つけた。トロンボーンを取り出した。1年前に父が死んだあと、オレが
カーニバルに来たときに、アムが買ってくれた本格的なトロンボーンだ
った。
 オレは、まだ、トロンボーンは初心者だった。ただ座って、それを持

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って、感覚を味わった。スライドは羽のように軽く、なんの摩擦も重さ
も感じないで素早く動かせた。金メッキされていて、宝石のように毎日
磨いてピカピカに保っている。持ってるだけですばらしく、見ているだ
けでほれぼれした。
 しばらくして、音階の練習を始めた。覚えているいくつかのフレーズ
を吹いてみた。まずまずだった。しかし、高音のフレーズで音が1つ割
れた。かなり不気味な音になったに違いない。
 笑い声がしたので、周りを見た。ホーギーは、テントの入口で頭をく
ぐらせて、ニヤリとして入って来た。明るい黄のレインコートから雨の
しずくがれた。体が大きいので、ひとりでテントがいっぱいになった。
首を少し曲げて、ハットがキャンバスにこすれないようにして、立って
いた。
 彼は言った。「だれかがここで殺されたと思った、エド。確かめるた
めに、見に来た」
 オレは、ニヤリを返した。「戻ったところ、ホーギー?」
「数分前に。来週のサウスベンドは、すべてオーケー!そこでも、いい
稼ぎになりそう」
 ホーギーは、下見専門の男が辞めてから、週の数日は、代わりに現地
の下見をしていた。彼の本来のサイドショーであるセックス講座は、多
くの町で差し止められていて、シーズンを通じて、中止が決まっていた。

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「チンパンの容体は?」と、オレ。彼の顔は、深刻になった。「まだ、
悪い。彼女をるために、最初にトレーラーに寄って来たところ。アム
はどこ?また、ギャンブル?」
 オレは、「そう」と答え、彼は出て行った。雨は、また、強くなった。
頭の上で、キャンバスのドラムがずっと続いた。今、雷鳴も始まった。
まだ、遠くで、ごろごろ鳴っていた。びくびくものだった。それは、た
だ、雲が重なり合って衝突しただけなことは知っていたが、そうは思え
なかった。動物のうなり声以上だった。声だけで正体の分からない大き
な動物、夜に大きく響き、遠くでも命にかかわるような。
 オレは、レインコートを着て、中広場へ出て行った。雨がハットをド
ラムのように打ち付け、地面は泥だらけになりつつあった。しかし、幸
運なことに、地面はスロープになっていて、水が集まって水溜まりには
ならなかった。かんなくずをいて、泥を吸わせていた。
 中広場を横切って、フリークショーの裏のグリーンのトレーラーに向
かった。電気が点いていて、ドアをノックすると、リーケイリーの声が
して、中へ入るよう言った。
 彼は、オレにニヤリと笑った。「イェ〜、レコードを聞いていいよ、
オレは、しばらく出かけて来る」
「新しいレコード?」
「ジミードロシーアルバム。かなりいい演奏」レインコートを着て、出

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て行った。オレは、ポータブルプレイヤーの電源を入れて、ドロシーア
ルバムをかけた。いい演奏だった。しかし、雷が大きく鳴り響いて、音
楽に集中できなかった。音楽はあきらめて、また、外へ出た。
 雨はさらに激しくなった、まるで雲の爆発。ブースの裏に急いで戻る
と、アムがポップコーンワゴンの風下に立っていて、テントの上を見て
いた。風も強かったが、危険なレベルでなかった。
 オレは、彼といっしょに雨が小降りになるまで立っていた。それから、
アムはGトップに戻って行った。Gトップは、大きなカーニバルにはよ
くある、そこで働く者たちがカードゲームを楽しめるギャンブルテント
だった。お客や外部の者は入れない、純粋にファミリーだけが楽しめる
スペースだった。アムのところへ行って、ラミーをするのを見ていたが、
座らなかった。
 数回見てから、就寝用テントに戻った。レインコートの下は一部濡れ
ていたので、脱いで、タオルでこすって乾かした
 こすってるあいだに、電気が落ちた。ここの電球だけでなく、カーニ
バルじゅうの電気が落ちた。フラップから頭を出してのぞくと、どこも真
っ暗だった。
 少し呪いの言葉を口にしてから、あたりを手さぐりしてマッチを見つ
けると、緊急用のカーバイドランタンに火をつけた。乾いたアンダーウ
ェアに着替えたところで、アムがテントに頭を入れた。

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「大丈夫、キッド?」と、彼。
「ああ」と、オレ。「なにが起こった?」
「雷が電線に落ちて、ディーゼル車の発電機がこわれた。コイルが焼けて、
今夜じゅうには直せないそうだ。嵐はんだが、ツメ跡を残した」
 彼が行ってから、探偵雑誌を出して読もうとしたが、ますます眠くな
った。雨は、また、ソフトに降り出して、それから弱くなった。雨のソ
フトなドラムの向こうで、時計が時を告げ、遠くの列車が汽笛を鳴らし
た。
 カーバイドランタンのかすかなつぶやき、雨のソフトなブーンという
音、それに退屈なストーリーが目覚めているのを難しくさせた。そして、
眠りに落ちた。
 
               ◇
 
 銃声を聞いたのかどうか、分からなかった。聞いたとしても、そのと
き見ていた夢とごっちゃになって、はっきりと思い出せなかった。
 オレを目覚めさせたのは、テントの入口からのアムの声だった。「大
丈夫、エド?」オレは、簡易ベッドに座った。「ああ」と、オレ。「な
に?」
「今、銃声がした。たぶん━━━」言い終えなかった。彼は、オレがあ

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たりを手さぐりしていて、アムがトランクにしまっていた32口径を暴
発させたのではないかと考えたのだ。
 彼は、テントに入って来た。うしろにほんやり大きな影━━━ホーギ
ーは、首を少し曲げて、キャンバスにこすれないようにしていた。彼の
声は、ガラガラ声だった。「だれかが、銃声はサイドショーの方からし
たと言っていた。アム、いっしょに行ってみる?」
 アムとホーギーは、すぐにそうした。オレは、また突然テントでひと
りになって、まだ、眠かった。簡易ベッドから足を下ろして、長靴をは
いた。外は、今、多くの声がして、足音が跳ね回った。雨音は、もう、
なかった。つかんでいたレインコートを着た。肌に直接当たって、冷た
く、ねっとりした。急いで、ボールゲームの横を通るときに、コートの
ボタンを掛けた。中広場に出ると、まだ、細かい霧雨が降っていた。
 同じ方向へ、走ったり歩く人々がいた。ほとんどは懐中電灯を持って
いた。眠かったので、中広場がテントと同じに暗いことを忘れて、持っ
てくることを思いつかなかった。しかし、みんなについて行くと、どこ
にも落ちたりしないで、サイドショーの方へ行けた。
 サイドショーの前にフェンスがあったが、簡単にそこまで走って行け
た。それを乗り越えて、杭などのないテントへの道が開けたので、サイ
ドショーの入口に着けた。
 中に入ると、光━━━不規則な光で、おそらく、20くらいの懐中電

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灯の光に、全体を照らすぼんやりとしたイルミネーションの光、さらに、
一番明るいスポットライトの光があった。
 スポットライトは、中央近くを照らしていた。人々がその周りを取り
囲んでいた。見下ろしているものがなにか、見えなかった。オレは、そ
の端へ走って行って、肩や頭を押しのけて見ようとした。
 そのとき、だれかが円の外からオレを押して、芝生の上に横になって
いるものをはっきり見ることができた。熱心に見たかったわけでなかっ
た。
 横たわっていたのは、子どもだった。芝生に顔を下にして、服はなに
も着てなかった。6才か8才の少年に見えた。とても白い肌で短く刈ら
れた黒髪だった。
 背中から刺さったナイフの柄があった。重い柄だった。オーストラリ
アショーで使われる投げるナイフの1本の柄のように見えた。
 子どもを知らなかった。少なくとも、背中から見て、だれだか分から
なかった。
 ほかのみんなは、うしろからオレを押しながら、なん人かは、興奮し
てしゃべった。ポップジャーニーは、サークルの向かいで、ヒザをつい
て、片手を少年の肩に置いて、言った。「サバのように死んでる!石の
ように冷たい!」片手をすぐに離した。だれかは、「ジーザスクライス
ト!」と言い、少しも祈りのように聞こえなかった。だれかは、「動か

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すな!さわるな!」と言った。だれかは、警察をと言い、だれかは、祈っ
た。
 オレは、うしろの広い場所まで戻った。アムとホーギーが、別のグル
ープのところにいるのが見えた。少人数のグループで、ボロボロの台の
端でうなだれて座っているだれかを取り囲んでいた。だれであれ、すす
り泣いて、不安定で、今にもヒステリーを起こしそうだった。娘で、声
からだれか分からない、とても怖がってる娘だった。
 オレも気分がすぐれなかった。怖くはなかった、娘の感じてるように
は、しかし、胃がムカムカした。
 オレは、入口を出て、正面のやたら高い台に寄り掛かった。いったい
だれが、あんな小さな子どもをナイフで刺したのだろう?そして、なぜ?
子どもがだれか考えたが、分からなかった。それは、おかしなことだっ
た。なぜなら、カーニバルにいる子どもは多くはなかったし、名前は知
らなくても、見れば分かった。
 あの身長と年令で、オレのお気に入りの子どもは、ジガブという名前
で、ジグショーでタップダンスをしていた。ジガブは、7才くらい、両
足は、ジャズドラマーのクルーパの両手より、もっとリズミカルだった。
しかし、この少年はジガブでなかった。ジガブは、そんな白い肌でなか
った。洞窟の中のように黒だった。
 しかし、とオレは考えた、横たわっている子どもは、カーニバルにい

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るに違いない、町の子どもでなかった。町の子どもは、夜遅くに、サイ
ドショーのあたりにいないし、服を着てないということもない。カーニ
バルの子どもだったら、それはそんなに奇妙でない。つまり、カーニバ
ルの人間は、暑い夜には裸で寝るし、同じように、子どもも━━━
 1分して、胃のムカムカは収まった。口にイヤな味が残っていた、文
字通りに、比喩的に、しかし、ランチが悪かったわけでなかった。
 アムがオレを呼ぶ声がしたので、「イェ〜」と答えた。テントに戻ろ
うとしたが、アムとホーギーと娘が、入口を出て、こちらに歩いて来た。
娘は、ふたりの間で、ふたりの腕は、娘の肩越しにクロスさせていた。
グリーンの長いレインコートにグリーンのベレー帽で、ハイヒールのス
リッパは泥だらけだった。レインコートも泥だらけで、その下に裸の足
が見えた。彼女は、顔の前の腕に少し寄り掛かり、まだ、少しすすり泣
いていた。アムは、彼女に、とても静かに、話し掛けた。「リタ、ハニ
ー、おいのエドは知ってるよね?エドハンター、オレと同じハンター。彼
はいいやつ、気分が晴れるまで、エドに近くをドライブに連れて行って
もらうといい。しばらくエドに預けるから」
 娘は、すすり泣きをやめた。顔をおおっていた両手を降ろして。今や
っと分かった。ポージングショーに出ている新しい娘のひとりで、ルイ
スビルからだ。今まで、数回しか見てなかった。彼女は、きれいだった
が、今は、泣いたせいで顔はれぼったく、頬には泥が付いて、そう見

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えなかった。
「ハ、ハイ、エド!」と、彼女。笑おうとした。オレは、胃と喉の感覚
を忘れて、彼女に笑い掛けた。殺された子どもは、彼女の弟かなにかな
のかと疑問に思った。彼女の息子とは思えなかった。彼女は、オレとそ
う変わらなかった。あの年令の子どもはあるはずなかった。18以上に
は見えなかった。アムは、彼女をホーギーといっしょに残して、こちら
に来て、オレの腕をとって前かがみになって、小声で、ほかのふたりに
聞こえないようにしゃべった。
「彼女が子どもを見つけた、エド」と、アム。「サイドショーの中を通
り抜けようとして、暗闇で彼につまづいた━━━たぶん、トイレへ行こ
うとして近道した。彼女は、半狂乱になり掛けている、彼女を連れて」
「子どもは、だれ、アム?」と、オレ。「あんたは知ってる?あるいは、
彼女が?」
「いや、分からない。オレは、このあたりを少し調べたい、ホーギーと
いっしょに。ホーギーは車のキーを貸してくれる。彼のトレーラーの前
にあるが、連結されてない。彼女をドライブに連れて行って、起こった
ことを忘れさせろ!」アムはニヤリとして、一瞬、半人半獣神のサチュ
ロスのような笑顔になった。「なにか楽しいことをしゃべって、喜ばせ
てやれ!」
「ああ」と、オレ。「しかし、彼女が発見者なら、警官が来たとき、近

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くにいないと困るんじゃない?」
 アムは、辛抱強そうなジェスチャーをした。「そこは、オレたちでな
んとかする。彼女が今のまま、警官から質問されたら、分裂してヒステ
リーを起こす。だから、やつらは待たせておけ!オレが見つけたことに
して、みんなが銃声を聞いたことは伏せておいて━━━」
「ヘイ!」と、オレ。アムが言うまで、銃声のことをすっかり忘れてい
た。「子どもは刺された。銃声はなに?」
「それは、リタの銃。銃床に小さな真珠が埋め込まれた銃。レインコー
トのポケットに入れていた。カーニバルの電気が消えて、暗闇を歩くの
が少し怖かったから。一度も使ったことはなかった。手をポケットに入
れて歩いていて、暗闇で子どもにつまづいたとき、暴発した」
「ケガは?」
「なかった、火薬の爆発でも。弾は、倒れた先の地面に当たって、レイ
ンコートのポケットに穴があいただけ。もう、つまらない質問はやめて、
彼女を連れて行け!」
 オレは戻って、ホーギーから鍵を受け取った。
「準備は、リタ?」
「オーケー」と、リタ。「エ、エディ、レッツゴー!」彼女の声は少し
震えていたが、それほどではなかった。
 

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               ◇
 
 雨は、細かい霧になって、フロントガラスをおおい、ワイパーがせっ
せと拭き取るそばから、また、おおった。ワイパーの弧の外側は、くも
りガラスのように不透明で、古いセダンの左右や後方の窓もそうだった。
小さな四角の空間にオレたちだけの世界が広がって、濡れて暗い外の世
界とは切り離され、フロントガラスのワイパーの弧の範囲からしか見る
ことはできなかった。
 オレの隣には、きれいな娘がいたが、なんの意味もなかった。それは、
運転に全神経を集中させていたからだ。前方の道路を照らすヘッドライ
トに、いきなりカーブが現れて曲がりくねっていたりするアスファルト
を、車を走らせるのがやっとだった。
 しかし少しして、いったいなんでこんなに急いで運転しているのかと、
疑問に思った。アクセルから足を離し、ゆっくり走らせた。
 オレは、隣の娘に笑い掛けた。彼女も笑いを返して、言った。「なぜ
そんなに急ぐのか、不思議に思っていた」
 彼女は近づいて、オレは腕を彼女に回したのは、自然に思えた。自然
でないにしても、ステキに感じた。
 車を道路脇に寄せて、止まった。すぐに、ワイパーも止めると、ワイ
パーの弧も霧雨におおわれて、完全に外の世界と切り離された。車の中

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の小さな四角の空間が、オレたちだけの小さな四角の宇宙だった。
 オレは体を向けて、彼女を見た。雨でほとんど化粧が洗い流されてい
ても、きれいだった。目は、少し霧のかかったライトブルーだった。オ
レの目と合った。
「パスする、エディ」と、彼女。
「ああ、大丈夫」と、オレ。「別にいい」
「それは、あなたが好きだから、エディ」
 オレは笑った。「いい理由だ」
「そして、あなたを好きでいたいから。バカらしく聞こえるかもしれな
い、しかし━━━見るのはやめて、エディ!泥だらけだし、ひどい顔し
てる」
「そうは思わない」と、オレ。「ぜんぜん違う」
「そう、でも見るのはやめて!」
「オーケー」と、オレ。前かがみになって、フロントパネルの小さなラ
イトも消した。「これで、なにも見えない。満足?」
「点字を使わないかぎり━━━すまない、エディ」
「すまないって、なにが?」
「つまらないこと言ったこと。先週、カーニバルに来てから、ずっとデ
ィフェンシブになっていて、カーニバルの男たちといったら━━━しら
みみたい」

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「みんなじゃない、叔父のアムもホーギーもいるし」
「ホーギーのことを言ってるんじゃない、彼は、わたしの叔父のような
もの、ほんとうの叔父でないけど、彼は、わたしの両親とは知り合い。
奥さんのマージも母の友人で、カーニバルの仕事は、彼が紹介してくれ
た。とにかく、ホーギーとマージは、いい人でよくしてくれる」
「ああ」と、オレ。「オレもマージは好きだ」
「それに、あなたの叔父、今夜まで会ったことなかった。どんな人?」
「アンブローズハンター」と、オレ。「呼ぶときは、アムだけ、そうで
ないと、ヒザまずかせられる。アムは、世界で一番いいやつ!それだけ」
「わたしも彼と知り合いになりたい」
「そうなるさ」と、オレ。「ほかにもいいやつはいる。リーケイリーは、
サイドショーのマジシャンをしてる。ジャズは好き?」
「ええ」
「ケイリーは、ポータブルプレイヤーを持っていて、なん枚かいいレコ
ードも。いつかいっしょに聞きに行こう!きっと、彼も好きになる。そ
して、オレが保証するが、言い寄られることはない」
「なぜ、ない?」
「なぜなら、そう」
「こう?もしも彼がしていたら、あなたもしてるかもしれない?」
「とにかくしない、どちらも」と、オレ。「しないのは、なぜかという

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と、うう、パス!あんたの推測が近い!とにかく、彼はいいやつで、あ
んたも好きになる!」
「オーケー、いつか、彼のレコードを聞きに行こう、しかし、そのほか
のカーニバルの連中といったら━━━」
「たぶん、悪い面ばかり見たんだと思う、リタ!カーニバルのモラルは、
聖書地帯の長老教会のモラルとは違う。しかし、雑踏にいたら、背中の
シャツの破れてるところしか見せない、それは、後ろから見られてると
思わないから」
「うむむ、あなたが正しいかも」
「そうさ、正しい。偏見を捨てて、判断してほしい!彼らが見せようと
するやり方で、物事を見ようとしている、それに沿って。彼らは、正直
なふりをして、実は、不正直なのさ」
「つまり、お客には、公平さはいらない、ということ?」
「少し違うが、そんなところだ」
「それを信じる、エディ。いつか、お客になる。金持ちの。ずっと貧乏
でいるつもりはない。そんなふうに育ったが、それは豊穣でじょうもあった」
 彼女がそう言ってるとき、そこには少し、荒々しいなにかがあった。
「考えられる?」と、彼女。「わたしが金鉱堀りだと?実は、そう」
「すばらしい!」と、オレ。「そう、あんたは金鉱堀りさ。別に興奮す
ることじゃない。頭をオレの肩に乗せて、リラックスして!」

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 彼女は少し笑い、頭をオレの肩に乗せた。「あなたは愉快、エディ!
あなたが好き。金持ちだったら、ダンスを見せてあげたい。しかし、そ
うでないんでしょ?」
「オレは、19ドルあるし、トロンボーンも持っている」と、オレ。
「自分では金持ちだと思ってる。それから、いいスーツを買った。まだ、
着てないが、クールになれると思う。このレインコートの下に着てるも
のは、上下の下着だけ。事件が起こったとき、オレは眠っていたので」
「わたしもそう、眠っていて、起きて━━━へ行こうとした。カーニバ
ルではなんて?」
「トイレ」と、オレ。「事件については、しゃべらないでいい!忘れさ
せるために連れて来たので」
「もう、大丈夫、エディ。心配しないで!1分くらい、少しヒステリー
になっていた、そのことは話したくない」
「オーケー、それなら、なにをしゃべろうか?教えて、トイレに行くと
きは、いつも銃を持って行く?」
「もちろん、違う。バカにしないで!電気が消えていて、懐中電灯が見
つからなかったから。暗闇が怖いの、エディ、つまり、暗いところにひ
とりでいると。今は、怖くない。
 普通は、トレーラーでは眠れないので、ダウンタウンのホテルに室を
とってある。しかし、今夜は、ダーリーンにいっしょにいてくれと頼ま

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れた」
「ダーリーン?赤毛の?」
「そう、彼女の夫のウォルターが、町から2日間来ていて、彼女は今夜、
気分がすぐれないから、いっしょにいて欲しいと頼まれた。彼らのトレ
ーラーで。1時間前くらいに目覚めたとき、懐中電灯が見つからず、ダ
ーリーンを起こしたくなかった。前に、ダーリーンが引き出しを開けた
とき、ウォルターの銃があるのを見ていたので、それを、持って来た」
 彼女は、少し震えた。彼女の心は、ウォルターのトレーラーを出てか
ら起こったことに戻ってしまったと思った。彼女に回したオレの腕を強
めにして、言った。「もう、思い出さないでいい、リタ!」
「大丈夫、エディ、もう全部話した。寒いことのほかは。あなたの着て
るものよりもっと少ないから、凍えそう」
「州警察のパトカーが来て」と、オレ。「駐車違反で捕まったら、いい
見世物になる。それに警察は、もうカーニバルには着いていて、オレた
ちがいないからおこってるかもしれない。もう戻る?」
「ええ」
「大丈夫というのは、確かだ。明るい顔をして?」
「ええ。エディ。キスして、1度だけ、ステキに。そしたら、戻る」
 オレは、キスした。1度だけ、ステキに。かなり、ステキだった。オ
レを少しゆすぶった。そのような感覚は、まったく予想してなかった。

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 オレは、ささやいた。「戻るけど、いい?」
「いい、エディ、どうぞ」
「オーケー」と、オレ。「しかし、いつか、たぶん」
「いつか、たぶん」
 オレは、イグニションキーを回し、エンジンをかけた。フロントガラ
スのワイパーが、また、動き出した。行ったり来たり、不規則に、酔っ
ぱらったメトロノームのように。オレも少し酔いを感じた。
 そしてふたたび、ヘッドライトが照らす真っ黒な曲がりくねった道を
運転することに集中しなければならなかったので、帰り道は、なにも話
さなかった。
 
            2
 
 カーニバル一帯は、もっと明かりが増えた。発電機は直ってなかった
が、オイルランプやカーボンランプが捜し出され、要所要所に吊るされ
た。それは、いくらか不気味だった。明かりが置かれた場所が、暗闇と
びくびくするものとのあいだだったからだ。
 ホーギーのトレーラーの中にも、明かりはあった。
 
 

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                            (つづく)



















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