ファブクリップ
          原作:フレドリックブラウン
          アランフィールド
           
            登場人物
             
エドハンター:父親を殺した犯人を追う。
ウォリーハンター:静かな酔っ払い、静かな男。
マッジハンター:ウォリーの妻、男の敵。義理の息子エドが好き。
ガーディハンター:マッジの娘、男大好きギャル。
アムハンター:ウォリーの弟、たまに私的探偵をやる。
バニーウィルソン:ウォリーの同僚、友人。マッジに好かれている。
ハンク:警官。
ホーギー:サーカスの呼子。



 

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バセット:殺人現場にいた探偵、無口でも正直でもない。
カウフマン:小人、サルより毛深い腕で、バーの用心棒。
ボビーレインハート:口先だけの若造、モテると思っている。
ドクターウィリアムハートレイ:検死官。
ダッチレーガン:どこにでもいるチンピラ。
ベニーザトーピード:別のチンピラ。
クレアレイモンド:娼婦、すぐ電話を教えてしまう━━━WW384。



            プロローグ
 
 夢で、オレは、質屋のガラス窓に顔をつけて見ていた。北クラーク通
りの西側の、グランドアベニューを北に1ブロック行ったところにある
質屋だ。シルバーのトロンボーンに手が届きそうだった。窓以外のもの
は、ぼやけてはっきりしなかった。
 シルバーのトロンボーンをつかむ前に、歌声がして振り返った。ガー
ディの声だった。
 ガーディは、歩道で歌いながら、なわとびをしていた。去年、高校に
進学して男狂いになって顔じゅうに口紅やパウダーを塗る前のガーディ

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のようだった。ガーディは、まだ15にもなってなかった。3・5才オ
レより年下だ。夢では、いつもより濃くすでに化粧をしていた。しかし
なわとびもしていた。子どものように歌いながら。
「いち、に、さん、オーレイリー、よん、ご、ろく、オーレイリー、な
な、はち━━━」
 しかし、夢を見ながら、オレは目覚めていた。こんなふうにある状態
にあるのに、別の状態でもあるのは分かりにくい。エレベータが動く音
が夢のなかのように聞こえ、だれかが廊下を歩いている音がして、エレ
ベータが下へ降りたあと、ベッドのそばの床に置いた目覚まし時計のチ
ックタック音がして、今にもアラームが鳴りそうな音になった。
            1
 
 オレは、アラームを止めて寝返りをうった。しかし、もう目覚めてい
て眠りには戻れなかった。夢は、消えかかっていた。なぜトロンボーン
を手に?それは、オレがずっと夢見てきたからだ。なぜガーディがやっ
て来て、オレを起こした?
 もう起きる時間だった。おやじは、昨夜は外で飲んでいて、オレが眠
るときは、まだ帰ってなかった。今朝は起きるのがたいへんだろう。
 きょうは仕事に行きたくなかった。オレは、アムブローズ叔父さんに
会いに、ジェーンズビル行きの列車に乗りたかった。アムは、サーカス

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で働いていた。オレが8才だったときから、10年会ってなかった。し
かしきのう、おやじが話していたので、アムに会いたかった。おやじの
話では、アムは、J・C・ホバートサーカス団にいて、今週はジェーン
ズビルで興行していた。そこは、巡業の場所としてはシカゴからもっと
も近い場所だった。それで、おやじは1日仕事を休んで、ジェーンズビ
ルへ行きたいと言っていた。
 おふくろは、ほんとうの母ではなく義理の母だが、嫌な顔をしておや
じに言った。
「なぜあんたは、あんなろくでなしの弟に会いたいのさ?」
 それで、おやじは外へ飲みに行った。
 おふくろは、アムが嫌いだった。それで、オレは10年もアムに会っ
てなかった。
 オレは行くことはできた。しかしそれはトラブルのもとかもしれなか
った。それで、おやじのするようにしようと考えた。
 起きだして、ベッドを出て、シャワー室で顔に水を浴びて完全に目覚
めた。
 いつもは、シャワーのあと服を着て、おやじを起こし、朝食をとった。
仕事にはいっしょに出かけ、おやじはエルウッド出版のライノタイプ技
師で、オレは、そこの見習いだった。
 その日は、朝の7時には、もう暑かった。窓のカーテンは、微動だに

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しなかった。息するのも辛かった。服を着ながら、猛暑日の記録を更新
するだろうと思った。
 オレは、廊下をつま先立ちで歩いて、おやじとおふくろの寝室へ向か
った。ガーディの室のドアはあいていて、意味もなく中を見た。ガーデ
ィは、両手を広げて背中を上に寝ていた。顔は、化粧なしで子どものよ
うに見えた。なんとも言えない中途半端な子ども。
 ガーディの顔は、そんなふうにからだの残りの部分と不釣り合いだっ
た。つまり、こんな暑い夜には、パジャマの胸も肌けてきっとりっぱな
胸だろう。ガーディがもうすこし大人になったら、すこし大きすぎるだ
ろうが、今は、美しい胸を自分でも誇りに思ってるだろう。きつめのセ
ーターを着ていたら、そう言われそうだ。
 ガーディは、ますます早く大人になりつつある。かしこいままでいて
ほしい。そうでなかったら、15にさえなってないのに、妊娠して帰っ
てくることになりかねない。
 ガーディは、オレがこんなふうに中を見るように、わざとドアをあけ
っぱなしにしておいたのだ。ガーディは、ほんとうの妹でなかった。義
理の妹だった。義理のおふくろの連れ子だった。おやじが再婚したとき、
オレが8才で、ガーディが4才の鼻水たらしのガキだった。ほんとうの
おふくろはその前に死んだ。
 そう、ガーディは、オレの目をすこし楽しませようとしただけだ。ガ

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ーディの近くを通りすぎるときに誘惑したかっただけだ。それで、ガー
ディは大騒ぎすることもできるわけだ。
 オレは、ガーディをのろいながら、あけっ放しのドアを通り過ぎた。
オレが気にするようなことはなかった。
 オレは台所に寄って、コーヒーをいれるために、やかんの下の火をつ
けた。それから戻って、おやじとおふくろの寝室をノックして、おやじ
が起きてくるのを待った。
 おやじは、出てこなかった。室へ入って、おやじを起こさなければな
らなかった。オレは、おやじとおふくろの寝室にはあまり入りたくなか
った。しかしふたたびノックしても返事がないので、ドアをあけた。
 おやじはいなかった。
 おふくろは、ベッドで眠っていた。靴だけぬいで、服は着たままだっ
た。服は、黒のベルベットのもっともいい服を着ていた。今は服は乱れ
て、着たまま寝ているとかなりきつそうに見えた。それが、おふくろの
もっともいい服だった。髪も乱れ、化粧もしたまま汚れて、枕に口紅が
ついていた。室は酒のにおいがした。鏡の前にほとんどカラで、コルク
栓なしのボトルがあった。
 室を見渡してみて、おやじはここにはいないことは確かだった。おふ
くろの靴は、ベッドとは逆のすみに落ちていて、おそらくベッドからぬい
でほうったのだ。

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 とにかく、おやじはここにはいなかった。
 おやじは、まだ家に帰ってなかった。
 
               ◇
 
 オレはドアを、あけたときより静かにしめた。立ったまま、なにをし
たらいいのか迷った。おぼれるものはワラをもつかむの心境で、おやじ
をさがし始めた。
「おやじは酔って帰ったから」と、オレは考えた。「イスの上か、どこ
か床の上で寝ているのだろう」
 オレは、家じゅうを見てまわった。ベッドの下、クローゼットの中、
すべてを見た。こんなことはムダなことが分かっていたが、見てまわっ
た。おやじがどこにもいないことを確認したかった。たしかに、いなか
った。
 コーヒー用のお湯は、沸騰して蒸気をあげていた。火を止めて、立ち
つくした。さがしまわったことで行き詰まり、なにも考えられなくなっ
た。
「だれかといっしょだったはずだ」と、オレは考えた。「印刷工の同僚
とかの家に泊まったのかもしれない。かなり酔って帰れなくなって」
 オレは、推理がでたらめなことが分かっていた。おやじは、酒の飲み

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方が分かっていた。決して、そんなふうに酔うなんてことはなかった。
「なにかが起こったのかもしれない」と、オレは考えた。「たぶんバニ
ーウィルソン?バニーは、夜勤で働いていて、きのうは休みだった。お
やじはたまにバニーと飲んでいた。2回くらい、バニーはうちに泊まっ
ていた。朝、ソファで寝ていたバニーを見た」
 バニーウィルソンの家に電話するべきか?電話しようとして、やめた。
もしも電話をし始めたら、病院にも警察にも可能性のあるところに電話
しつづけなければならない。
 もしもここで電話し始めたら、おふくろかガーディが起きてくるだろ
う。まだ、状況が分かってない。それを知るのが先だ。
 あるいはオレは、ここから外出したかっただけかもしれない。オレは
マンションをつま先立ちで出て、階段を最初は1段づつ、そのあとは2
段づつ走って降りた。
 通りを渡って、立ち止まった。電話するのがイヤだった。もうそろそ
ろ8時で、急がないと仕事に遅れそうだった。そのとき、仕事のことは
重要でないと気づいた。きょうは仕事に行かないだろう。なにが起こっ
てるのか分からなかった。電話ボックスに寄りかかった。ぼんやりした
気分で、頭に日射しがあたって、なにか自分の一部しかここにない気が
した。
 こんなことを終わりにしたかった。なにがあったのか知りたかった。

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そして、終わりにしたかった。しかし警察に行って聞くのはイヤだった。
あるいは、最初に電話するのは、病院だったかもしれない。
 電話だけはしたくなかった。オレは知りたかったが、同時に知りたく
なかった。
 通りを走ってきた車が、速度を落とした。ふたりの男が乗っていて、
ひとりが外の通りの番号をチェックしていた。そして、うちのマンショ
ンの前でまった。ふたりの男が降りてきて、両側に立った。ふたりは
私服刑事だった。制服がなくても警官であることは、見え見えだった。
「このことだ!」と、オレは考えた。「知るときが来た!」
 オレは通りを戻り、マンションに入るふたりについて行った。オレは
話しかけなかった。話したくなかった。ふたりが話すのを聞きたいだけ
だった。
 ふたりについて、半階分うしろから階段をあがった。3階で、ひとり
が立ち止まり、もうひとりが廊下を歩いて室番号を見てくるまで待って
いた。
「つぎの階に違いない」と、ひとり。
 階段を向いていたひとりが、オレの方を見た。オレは、通りすぎよう
とした。
「よう、ぼうや、15番室はなん階だい?」と、ひとり。
「つぎです」と、オレ。「4階です」

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 ふたりは先を進み、オレは今や数歩うしろからついて行った。オレの
すぐ前のひとりは、太って、ズボンはシートでテカテカになっていた。
一段上がるごとに伸び縮みするのが、おかしかった。ふたりは、でかく
て警官だという以外、ふたりについて覚えていることは、それだけだっ
た。ふたりの顔は見なかった。ふたりを見たのは確かだが、認識はしな
かった。
 ふたりは、15番室の前で立ち止まり、ノックした。オレはそのまま
階段を上がり、5階のフロアに着くと、靴をぬいで、階段の踊り場まで
戻った。壁を背にして座った。これで、オレは、ふたりに見つからずに、
会話を聞けた。
 すべてが聞けた。おふくろはスリッパをひきずって、ドアまで出てき
た。あくときのドアのきしむ音も聞こえた。つぎに沈黙。あいたドアか
ら台所の時計のチクタク音が聞こえた。ガーディのはだしの歩く音も聞
こえた。ガーディは、室から出て、バスルームの廊下の曲がり角で見ら
れないようにして、玄関にだれが来ているのか聞き耳をたてていた。
「ワラスハンター」と、警官のひとり。古い電車のきしみ音のような声
で。「ワラスハンターは、ここにお住まいですか?」
 おふくろの呼吸が荒くなったのが聞こえた。それが、答えのようなも
ので、おふくろの顔色を見て、こう言うだろうと思った。
「あなたは、ワラスハンターさんの奥さんですか?」まさに、そう言っ

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た。そしてすぐに続けた。「奥さん、言いにくいのですが━━━」
「事故ですか?」と、おふくろ。「傷は?もしかして━━━」
「彼は死にました、奥さん。発見されたときに、すでに死んでました。
それで、あなたのご主人でしたら、できれば、いっしょにきて確認を。
いえ、まったく急ぎません。奥さんのショックがやわらぐまで、中で待
つことはできます」
「どんなふうに?」おふくろの声は、ヒステリックではなかった。感情
がなくフラットだった。「どんなふうに?」
「ええ」と、もうひとりの警官の声。オレに15番室はどこか聞いた声
だった。
強盗ごうとうです、奥さん。撃たれて路地に倒れてました。昨夜の午前2時ご
ろです。財布が盗まれていて、それで今朝まで身元が分かりませんでし
た━━━ハンク、つかまえろ!」
 ハンクは、動作がにぶかったらしい。ドタンバタンという音がして、
ガーディの興奮した叫び声もした。警官は中へ入っていった。なにがあ
ったのかは分からない。オレは靴を手にしたまま、ドアに向かった。
 ドアは、オレの顔の前でしまった。
 
               ◇
 

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 オレは階段に戻り、また座った。靴をはき、ただ座っていた。しばら
くして、だれかが上のフロアから階段を降りてきた。家具職人のミスタ
ーフィンクだった。うちの真上に住んでいた。オレは壁側に寄って、横
を通れる余地を作った。彼は4階に降りてから、手を欄干に置いたまま、
オレの方を振り返って見た。オレは、フィンクを見ないで、彼の手を見
ていた。たるんで締まりがない手で、汚いくぎを持っていた。
「エド、どうしたんだい?」と、フィンク。
「別に」と、オレ。
 フィンクは、一度欄干から手を離したが、また置いた。
「なぜ、そんなところに座ってる?仕事をクビになったのか?」
「いいえ」と、オレ。「なんでもありません」
「じゃなんで、そんなところに?酔ったおやじさんに蹴られて、追い出
されたのか?」
「ほっといてください」と、オレ。「いいから、ほっといて!」
「オーケー、きみの好きにするさ。いいチャンスかもしれないよ、エド。
きみはりっぱだから、あんな飲んだくれのおやじさんの家から出て」
 オレは立ち上がって、フィンクの方へ階段を降り始めた。オレはムカ
ムカしていたので、すごい形相だったのかもしれない。フィンクはオレ
の顔を見て、顔色を一変させた。オレは今まで、相手がそんなに急に恐
怖の顔になったのを見たことなかった。フィンクは体をひるがえして、

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急いで階段を降りていった。オレは、フィンクが下の階をすぎるまで、
そこに立っていた。
 それから、オレはまた座り、手で頭をおおった。
 しばらくして、うちのドアがひらく音がした。オレはじっとしたまま、
顔を向けもしなかった。しかし、声や足音で分かった。4人とも階段を
降りて、どこかへ行った。
 物音がしなくなってから、オレは、自分のカギで家に入り、やかんの
下の火をつけた。こんどは、コーヒー沸かし器でコーヒーをいれた。こ
れで、準備はできた。窓に行って、セメントだらけの街のようすを眺め
た。
 おやじのことを考えた。もっと、おやじを知りたかった。おやじとは、
うまくいっていた。これからもっとなにかができた。今となっては手遅
れだった。おやじのことは、ほんとうのことはなにも知らなかった。
 しかし、今おやじのことをもっと知る長い道のりを前にしている気が
した。ほとんどなにも知らないし、多くのことを誤解していた気がした。
 おやじの飲酒がそうだ。そのことは今、重要ではないと分かった。な
ぜ飲むのかは知らないが、理由があったはずだ。たぶん、今、窓の外を
眺めながら、その理由を分かり始めていた。おやじは、静かな酔っ払い
で、静かな男。おこったところを数回しか見たことなかった。おこった
ときは、いつもしらふだった。

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               ◇
 
「あなたは」と、オレは考えた。「1日じゅうライノタイプの前に座っ
て、手書きの広告原稿や、路上で売られる雑誌記事や、教団の財政報告
の組版をして、家に帰れば、昼間から酔ってからんでくる妻や、ぐれか
かった義理の娘の相手をしなければならなかった。
 息子は、おやじよりすこしは頭がよくて成績もいいとうぬぼれた知っ
たかぶりだった。
 そうした雑多なものから抜け出るには、あなたはあまりに良心的すぎ
たから、数杯のビールでまぎらわそうとした。酔うつもりでなくても酔
った。たぶん、あなたの意思でなかったのだから、それ以上なにができ
ただろう?」
 オレは、おやじとおふくろの寝室に写真があったことを思い出して、
見に行った。10年前に再婚したころのものだった。
 立ったまま写真を見た。オレは、この写真の男を知らなかった。オレ
には見知らぬ男だった。今、おやじは死に、オレは、おやじのことを、
真の意味では、知ることはできなかった。
 
               ◇

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 10時半だった。おふくろとガーディは、まだ、帰ってなかった。オ
レは家を出発した。道路はオーブンのようで、太陽はほとんど真上から
照りつけていた。まさに、猛暑だった。
 オレは、電車の線路に沿って、グランドアベニューを西に歩いた。ド
ラッグストアを通りすぎた。そこで、エルウッド出版に電話して、きょ
うは行けないと言うべきだったと、オレは考えた。おやじもそこへ行っ
てなかった。8時に電話するべきだった。今では、オレたちが来れない
理由を知ってるだろう。
 オレが戻ったとき、みんなになんて言えばいいのか分からなかった。
ただ、だれとも話したくなかった。「おやじは死んだ」と、言えるよう
な気がまったくしなかった。
 警察とも話したくなかったし、葬式について考えたくもなかった。お
ふくろとガーディが戻るのを待っていたが、帰ってこないのは好都合だ
った。ふたりとも話したくなかった。
 オレはおふくろ宛のメモを残し、アムブローズ叔父さんに会いにジェ
ーンズビルへ行くと伝えた。おやじが死んだ今、おふくろもオレがアム
に会うことに口出しできないだろう。
 オレは、そんなにアムに会いたいわけでもなかった。ジェーンズビル
へ行く口実になるからだ。

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 オリンズ通りからキンジーに出て、橋を渡って運河の先、シカゴ鉄道
マジソンストリート駅に行った。ジェーンズビルを通るセントポール行
きは、11時20分だった。切符を買って、駅のベンチで待った。
 午後の早版の新聞を2部買って、目を通した。おやじのことは、どこ
にものってなかった。
「シカゴでは」と、オレは考えた。「そんなことは1日なん10件も起
こるのだ。大物ギャングだとか重要人物でなければ、インクのムダだ。
 酔っ払いが路地に倒れていて、撃ったやつが大麻をやっていて、なん
10発も撃ったとかでなければ、だれも気にしない。
 ギャングもなし、色恋もなしなら、インクのムダだ。
 死体安置所には、なん100体も運ばれてくる。もちろん、すべてが
殺人ではない。路地のベンチで寝ていた浮浪者が目覚めなかったとか、
安宿の宿泊者が朝ゆすっても起きなかったとか、店員は、そんなやつの
ポケットにある2ドルか4ドルをくすねてから、警察に電話するなり、
店からたたき出すなりするだろう。それが、シカゴだ!」
 記事には、南ハルステッド通りのナイフで刺された死体のことや、安
ホテルの1室で麻薬をやっていた女の死体のことがあった。印刷工が、
すこし飲みすぎて食堂から出てきたところをつけられたとしても不思議
はない。きのうは給料日でサイフには緑紙幣がたんまりあっただろう。
 そんなことを記事にしても、シカゴの印象が悪くなるだけだ。記事に

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できないのは、そんな事件の数が多すぎる理由もあった。重要人物とか、
特殊なやり方で殺されたとか、女性がらみでないと記事にはならない。
 昨夜の麻薬をやりすぎた女のように、新聞に歓迎されるやり方をした
場合もあった。それは、窓から飛び降りるそぶりをみせて、十分な見物
人やカメラマンが集まるまで待ってから飛び降りて、いいシャッターチ
ャンスを与えたケースだった。
 オレは、新聞をベンチに残して、正面へ歩いていき、立ってままマジ
ソン通りを歩く人々を見ていた。
「新聞の間違いではない」と、オレは考えた。「新聞は人々が欲しがる
ものを与えてるだけだ。そんなゴッダムシティが嫌いなだけだ!」
 オレは、通り過ぎる人々を見ていた。嫌悪感を感じた。なかには楽し
そうにしているやつもいたが、オレは、嫌悪感を感じた。
「あいつらは」と、オレは考えた。「だれか他人に起こったことなら、
なんとも思ってないのだ。それが、この街で数杯飲んで帰ろうとした男
でさえ、そのわずかな懐のふところお金のために殺されなければ歩いて帰れない
理由なのだ。
 たぶん、この街だけのことではないのだろう。どこでも、だれにでも
起こることなのだ。この街が、すこし大きいから、その分もっと悪いと
いうだけだ」
 通りの向こうの宝石店の時計が、11時7分すぎになった。オレは、

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駅に戻った。セントポール行きの列車が入ってきた。オレは、列車に乗
って、席についた。
 列車のなかも暑かった。席はすぐにいっぱいになり、隣に太った女性
が座って、オレは窓側に寄った。通路にも人が立った。楽しい旅になり
そうになかった。物理的な息苦しさで、かなり気が滅入った。
「なぜ行かなきゃならない?」と、オレは考えた。「家に帰って、音楽
でも聞こう!走っていけばいい。アムには、電報で知らせればいい!」
 立ち上がろうとしたとき、列車は動き出した。


            2
 
 サーカスの娯楽施設にあるスロットマシンは、にぎやかな音をたてて
いた。メリーゴーランドの蒸気オルガンは、雷のようなバスドラムを伴
見世物みせものごや小屋の呼子のスピーカーの音量ときそい合っていた。ビンゴショ
ーでは、番号を読み上げるマイクの声が響いていた。
 オレは、それらの音のただなかにたたずんだまま、アムブローズ叔父
さんを見つけられるか迷っていた。顔さえよく覚えていなかった。アム
がサーカスでやっていることは、売店ということしか知らなかった。お
やじは、アムについて多くは語らなかった。

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 だれかにいてみることにした。あたりを見回して、大声を出したり
してないヒマそうな人間をさがした。綿菓子店の男は、イスによりかか
ってボーッとしていたので、近づいて、アムブローズ叔父さんについて
いてみた。
「ボールゲームさ。牛乳瓶のやつ!」と、男。親指で方向を指した。
 オレは、その方向へ歩いていった。太った小男がカウンター越しに手
をのばし、通行人に3個のボールをさしだしていた。その男は、アムで
はなかった。
 さらに、その方向に歩いていった。進めば、アムに近づくはずだった。
「いた!」と、オレは考えた。「アムに違いない!」
 顔は、見覚えがあった。しかし、思っていたほど背が高くなかった。
前に会ったのは、オレが8才のときだから、背が高く見えたのだ。体重
も重そうだったが、今見ると、記憶にあるようなデブではなかった。し
かし、アムの目は同じだった。記憶どおりだった。なにか秘密を知られ
ているかのような、キラキラした輝きがあった。
 今、オレはアムより背が高かった。
「3つ投げて、25セントだよ!当ててみないか?」と、アム。3個の
ボールをさしだした。
 もちろん、アムはオレに気づいていなかった。8才と18才では、見
かけがかなり違うのだから当然だが、オレは気づいてくれなかったこと

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ですこしがっかりした。
「アムブローズ叔父さん、エドだよ、エドハンター」と、オレ。「シカ
ゴから着いたばかりだ。おやじが、昨夜、殺されたことを知らせに」
 アムの表情は、オレが話し始めたときは輝いたが、話し終わるころに
は、まったく違った。しばらく暗くなって、ふたたび緊張し、まったく
違う表情になった。目にきらめきはなくなった。アムは、まったく違う
人間のように見えた。オレが知っているアムとは、まったく違うように
見えた。
「殺されたって、どういうことだ、エド?」と、アム。
 オレはうなづいた。「路地で死んで見つかったんだ。撃たれていた。
給料日で、おやじは飲みに出ていたんだ」それ以上は続ける必要はなか
った。それで、じゅうぶんだった。
 アムは、ゆっくりうなづいた。3個のボールをカウンターの上の3角
の枠の1つに置いた。
「ちょっと待っていてくれ!看板を降ろしてくる」と、アム。そうした。
「これでよし!テントは、こっちだ!」
 アムは、ボールで倒そうとするダミーの牛乳瓶が後ろの側壁につるさ
れている2つの箱の脇を通って、裏手の方へ行った。
 オレは、アムについて店の裏手12ヤードにあるテントへ行った。ア
ムがテントの入り口の布を上げていてくれたので、先にテントへ入った。

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テントは、床が6X10フィートの広さで、側面は、垂直部分が3フィ
ートで、あとは先細りになっていた。まん中では、余裕で立っていられ
た。簡易ベッドが1つと、すみに、大きなトランクが1つに折りたたみ
イスが2脚あった。
 
 
 
                            (つづく)













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