ライトインスカイスター
          原作:フレドリックブラウン
          アランフィールド
          1997        
          1998        ∨
          1999        ∨
          2000        ∨
          2001        ∨
            プロローグ
 
 もう数日滞在する予定だったが、なにかが気を変えさせた。弟のビル
のバスルームの鏡に、自分のからだを映した。骨ばったからだ、水が滴っしたた
て、片足で立っていた。オレは、立ち上がるにはもともと1本足しかな
い、背後でバスタブから水が大きな音をたたてあふれ出ていた。オレは、
まさにその夜、出発することに決めた。




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            登場人物
マックスアンドリュー:ロケット技術者、57才、片足が義足。
ビル:マックスの弟、安定した仕事、シアトルに住む。
マーリーン:ビルの妻。ふたりの子ども。
 
 
 
 
 

1997
 
 バスタブから水があふれ出るように、時間もオレから流れ出て行った。
ドアの長い鏡で自分を見てみれば、すべてはあまりに明らかだった。
 鏡は、あんたにウソはつかない。もしも鏡に、あんたは57才に見え
ると言われたら、神かけて、そうなのだ。もしもなにかしたいこと、行
きたいところがあったら、すぐに始めて、出掛けた方がよい。残された
時間を使い始めた方がよい。なぜなら、流れ出て行くものを、あんたは
止めることはできないからだ。水ならバスタブのじゃ口を締めれば止めら
れるが、あんたから流れ出て行く時間を止めるじゃ口はない。そう、それ

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をゆっくりさせることはできる。規則正しく生活することで。高齢医療
を受ければ、世紀を越えて生きられるかもしれない。しかし、兄弟、あ
んたはすぐ70の老人だ。
 あと13年で70、とオレは考えた。たぶん、普通よりもっと早く年
寄りになる、オレの時間の過ごし方では、片足だけの生活で、そう、オ
レの片足はヒザまでしかない、すでに、おごそかに暮らしている。
 バスルームのドアに全身が映る鏡を置くのは、失礼だし非人間的だ。
若者にはナルチシズムを生じさせるし、老人には、不幸を与える。
 からだを拭いてから、義足を付ける前に、体重計に乗った。126パ
ウンド。それほど悪くはない、とオレは考えた。失った14のうち、7
パウンドを取り戻した。自分をうまくケアできたのなら、数週間で残り
も取り戻せるだろう。すべて取り戻すまで、ここに留まる必要はなかっ
た。
 また、自分の姿を鏡で見た。今度は、そんなに悪くなかった。からだ
に、長期の重力トレーニングしたよりもいい、鋼のはがねような力強さがあっ
た。そして、磁力の足は、からだに一体となって、1つに見えた。
 服を着て、下へ行ったが、みんなにまだ話してなかった。食事が終わ
って、マーリーンがイースターとビルジュニアを寝かすために上へ行く
まで待った。議論になると分かっていたから、子どもたちがいっしょに
いて欲しくなかった。

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 ビルシニアとマーリーンは、なんとかなる。オレは、ふたりの言うこ
とはなんでも賛成できる。しかし、ふたりに、オレは出発することを伝
えなくては。マックスおじさんは、どうしたらいいだろう?どうか子ど
もたちのそばを離れないでくれ!
 ビルは、座って、テレビを見ていた。
 オレの弟のビルは、髪はグレーで、中央は禿げていた。想像力がない
が、いいやつだった。晩婚だったが、幸せな結婚をした。良い安定した
仕事をして、良い安定した意見を持つ。
 味はどうでもよかった。カウボーイ音楽が好きで、今も、座って聞い
ている。
 宇宙から、それは来た。テレビ番組。地球の2番目の人工衛星、なに
もない宇宙に2万2千マイル離れた通信ステーションから、地球を1日
に1回周遊し、カンサスの上空にいつもとどまって、背の高いトウモロ
コシの上空2万2千マイルにいつもいる、そこからテレビ放送は送られ
てくる。
 フルカラーで3次元で宇宙から地上へ。そこには、カウボーイハット
をかぶって、ギターをかき鳴らす男が、テキサスなまりで歌っていた。
 
  孤独な祈りを
  種馬のようにたけり、自由に━━━

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 彼は種馬というより去勢馬に見えた。うるさい以外の印象はなかった。
 ビルは、それが好きだった。
 窓のところへ行って、夜の外を眺めた。美しいシアトルの夜景だった。
ビルは昔、窓に顔をすりつけて見ていた、30マイル離れた丘の上から
も。美しい夜景は、特に、今夜のような澄み切った夜に、美しく、暖か
く、明るい夜に、秋に見られる、そうした夜の1つだった。
 下には、シアトルの街の灯、上には、夜空の光。
 背後で、カウボーイが歌っていた。歌は終わり、ビルはイスの肘掛け
にあるスイッチを押して、コマーシャルのあいだ音をミュートにした。
 突然のうれしい静けさの中で、オレは言った。「ビル、オレは出発す
る」
 彼は、そうしないで欲しいと思っていたことをしたが、そうするだろ
うことは分かっていた。歩き出して、テレビを完全に消した。
 カウボーイの歌をあきらめた。オレと議論して、少しでも長く滞在さ
せようとした。
 悪いことに、ちょうどそのとき、マーリーンが室に戻った。子どもた
ちは、議論を見ることなくベッドへ入ったに違いない。ビルは、彼を応
援するためにマーリーンが下に来るまでに、疲れ切っているとオレは計
算していた。しかし、今、ふたりを同時に相手にしなくてはならなかっ

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た。マーリーンは、オレが言ったことが聞こえていた。
「だめ!」と、彼女。きっぱりと。ソファに座って、オレを見た。
「大丈夫」と、オレ。おだやかに。
「マックスアンドリュー、あなたはここに来てから、3週間にもなって
ない。あと2週間はここで静養しなくてはならない。そう、あなたも知
ってるはず」
「全部、休んではいられない」と、オレ。「しばらくは、軽い仕事から
始める」
 ビルは、イスに戻った。「聞いて、マックス」と、彼。オレは彼の方
を向いたが、彼は、口ごもって、マーリーンの方を向いたので、オレも
そうした。
「あなたは、ここを去るほど回復してない」と、マーリーン。「よく分
かってるはず」
「それなら、オレは間違いなく外で倒れるわけだ。そうなったら、ここ
へ引きずり戻して、滞在させればいい。オーケー?」
 彼女は、オレを見ていた。ビルは、せき払いをしてから、オレを見た。
「聞いて、マックス」と、彼。また、口ごもった。
「あなたと」と、マーリーン。「その、かゆような足」
「ちょうど1つが、かゆい」と、オレ。「さて、子どもたち、この議論
がまだ続くなら、いちいち話し手の方に向いて、目を回さなくていいよ

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うに、いっしょのソファに座ってくれる?ビル、ソファの奥さんの隣り
に移動してもらえる?」
 彼は、立ち上がって、移動した。まったく、優美でなかった。もとも
と、優美さは、ビルの長所ではなかった。反対にマーリーンは、結婚す
る前までバレリーナをしていて、あらゆる動きが優美だった。彼女は、
イースターの紙おむつケーキから発想を得て、あたかもバレーの一部で
あるかのように無意識に踊って見せた。それを見ていただれもがすばら
しさを感じた。
「どうか、分かって、マックス」と、マーリーン。「みんな、あなたに
いて欲しいし、好き。あなたは、迷惑でもなんでもない。それに、あな
たの気が済むように支払いもして、家計の助けになっている」
「家計の助けになんかなってない」と、オレ。指摘した。「オレの費用
を、1ペニーまで詳しく計算しているけれど。もしも週ちょうど50ド
ル支払わせてくれるなら、提案通りなら」
「あなたの好きな額を支払って、あと、2週間だけ滞在して!」
 その誘いに乗りそうになった。「いや、だめだ、ダーリン、すまない」
 オレは反撃した。「聞いて!あんたたちはふたりで、こっちはひとり。
しかし、あんたたちは援軍を呼べる。オレはイースターとビリーに夢中、
そして、ふたりともまだ、眠ってない。ここへ連れて来て、オレが去る
と言えば、ふたりは泣き出して、塩っ辛い子供たちの涙でオレの気が変

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わるかも?」
 マーリーンは、オレをにらみつけた。「あなたは、あなたは」
 オレは、ビルにニヤリとした。
 
 
 
                            (つづく)














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