ミミ、遠い叫び
原作:フレドリックブラウン
アランフィールド
プロローグ
酔ったアイルランド人がなにをするかなんて、だれにも分からない。
どうでもいい予想ならすることはできる。多くのどうでもいい予想を。
可能性のある順に、見てみよう。もっともありそうなのは、もう一杯
飲んでから、ケンカし、スピーチをし、列車に乗る。ありそうもない方
に下りて行ける。グリーンのペンキを買う、もみじの木を切り落とし、
愉快なダンスをし、「神は王を救う」を歌い、オーボエを盗み━━━さ
らにありそうもない方に下りると、ついには、可能性ほぼゼロの最終地
点に
辿り着く。彼は、決心し、がんばるかもしれない。
それは、信じられないことだが、ほんとうに起こったのだ。
男の名前はスウィーニー、シカゴで一度それをやった。彼は決心し、
血とブラックコーヒーの間を苦労して進まなければならなかった。しか
し、彼はそれを守り抜いた。たぶん、常識からすると、それは良い決心
ではなかったかもしれない。しかしそのことを別にして、肝心なところ
は、それが実際に起こったということ。
ここで言い訳しておくと、真実というのは、とらえ所のないものだ。
あるパターンに沿うことは、決してない。そう、「スウィーニーという
名前の酔ったアイルランド人」は、あえて呼べば、1つのパターンだ。
しかし、真実は、そんなシンプルなことはめったにない。
彼の名前は、たしかに、スウィーニーだったが、8分の5のアイルラ
ンド人で、飲んだのは、たったの4分の3ガロンだった。しかしそれは、
ほとんど事実だし、近似的に、パターンだ。そんな簡単に解決して欲し
くなければ、読むのをやめた方がよい。やめないなら、あんたには悪い
が、これはそんなにすばらしいストーリーではない。ここには、殺人も
出て来るし、女も酒もギャンブルも、ごまかしさえ出て来る。ストーリ
ーがまだ始まる前に殺人があって、終わったあとにも殺人がある。実際
のストーリーは、裸の女で始まり、終わったあとも出て来る。オープニ
ングとエンディングはすばらしいが、そのあいだは、まったく、すばら
しくはない。あんたに警告しなかったとは言わないでくれ!いっしょに
行くというのなら、スウィーニーに戻ろう。
登場人物
ヨランダラング:女。
スウィーニー:酔っぱらい、元ブレード社の取材記者。
ゴッドフリー:愛称ゴッド、高齢の浮浪者。
ゲッツ:競馬のもぐりのみ屋。
ランダール夫人:アパートの大家。
ウォルタークリーグ:ブレード社の編集長。
ジョーカーリー:ブレード社の記者。
1
スウィーニーは、公園のベンチに座っていた。夏の夜で、隣にゴッド
がいた。ゴッドが好きな人は多くなかったが、スウィーニーは、ゴッド
が好きだった。ゴッドは、背が高く、やせた老人で、短いがからまった
ヒゲがあって、ニコチンで汚れていた。フルネームは、ゴッドフリー。
分かりやすくフルネームと言ったが、だれにも、スウィーニーにさえ、
それが、ファーストネームなのかラストネームなのか知らなかった。彼
は少し気がふれているが、さほどではない。天気が良ければ、シカゴの
北側の、バグハウススクウェアと呼ばれるところに住んで、寝泊まりし
ている浮浪者の彼の年令であれば平均以上ではない。バグハウススクウ
ェアは、別の名前もあるが、もっと口に出せない名前だ。クラーク通り
とディアボーン通りのあいだで、ニューベリー図書館のちょうど南だっ
た。それらは、水平の位置関係だった。垂直に考えれば、そこは、天国
よりは、地獄にかなり近かった。つまり、街灯に照らされて明るいが、
ベンチに、一晩中座っている打ちひしがれた人々の影によって、どんよ
り暗かった。
夏の夜の2時で、バグハウススクウェアは、静まりかえった。宣伝カ
ーが通り過ぎたところで、スクウェアの住人でない、宿無しの人々が横
になっていた。芝生の上や、ベンチに、人々が眠っていた。靴ひもは堅
く結ばれ、盗難の心配はなかった。ポケットからカネを盗まれる心配も
なかった。盗まれるカネは、もともとなかった。それが、そこで眠って
る理由だからだ。
「ゴッド」と、スウィーニー。「もう1本やりたい」彼のかんばしくな
いハットを、1インチ、かんばしくない頭の後ろにずらした。
「オレも」と、ゴッド。「そんなに悪くなかった」
「同じやつを、もう1本」と、スウィーニー。
ゴッドは、ニヤリとして、言った。「ホントだ、スウィーニー。そう
思うだろ?」ポケットからしわくちゃのタバコの包みを出すと、1本を
スウィーニーにあげ、もう1本は自分で火をつけた。
スウィーニーは、煙を深く吸い込んだ。斜め横のベンチで眠ってる人
影を見て、それから、目を、クラーク通りの街灯の先に移した。目は、
煙を吸ったあとでぼんやりして、街灯に光の輪が見えた。しかし、そん
なものはないことを知っていた。風はなかった。暑く感じて、汗をかい
た。公園のように、町のように。ハットを取って、それであおいだ。4
分の3ガロン飲んだことで、そのハットを静かに見つめた。3週間前に
買った新しいハットだった。ブレード社でまだ働いていたときに買った。
今、それはなににも見えなかった。それは車にひかれて、泥だらけにな
ったように見えた。ただ置かれ、足で踏みつけられたように。
「ゴッド」と、彼。ゴッドフリーにしゃべってなかった。ほかのだれに
もしゃべってなかった。ハットを頭に戻した。
「眠りたい」と、彼。立ち上がった。「数ブロック歩いて来る。いっし
ょに来る?」
「ベンチがなくなっても?」ゴッドは知りたかった。「オレはもう眠る、
スウィーニー。また会おう」ゴッドは、ベンチの上に体を伸ばしてリラ
ックスして、曲げた腕に頭を休めた。
スウィーニーは、「じゃあ」と言って、クラーク通りへ向かって歩い
て行った。少しよろめいたが、それほどでなかった。クラーク通りの南、
シカゴアベニューを過ぎて、夜道を歩いた。店を通り過ぎるとき、せめ
て飲み代があればと思った。警官が彼の方に歩いて来て、言った。「ハ
イ、スウィーニー!」スウィーニーも言った。「ハイ、ピート!」その
まま、歩き続けた。ゴッドフリーの『ピート理論』を考えて、それは年
取った浮浪者の権利だと思った。それがすごく欲しければ、もらうこと
ができるという理論だ。ものすごく一杯が飲みたければ、ピートに言え
ば、50セントか1ドルでさえ、すぐもらうことができる。しかし、そ
れは明日以降にとっておこう。
バイオリンのE線が、きつく張り過ぎてるように感じるが、まだいら
ない。チェッ!なぜ、ピートに言わなかった?1杯が欲しかった。ショ
ットで6杯、あるいは1パイントの半分、そのことが肩に重荷を背負わ
されたようで、眠くなった。最後に眠ったのはいつ?思い出そうとした
が、記憶は霧がかかったようだ。高架鉄道近くのヒューロンあたりだっ
た気がする。夜だった。きのうの夜なのか、おとといの夜なのか、その
また前の夜なのか?きのうは、なにをした?
ヒューロンを過ぎて、エリーも過ぎた。ループ街まで歩いて行けば、
ブレード社から出てきた連中のなん人かが、ランドルフの店へ入ろうと
するだろう。そこで、いくらか借りられるかもしれない。彼がまだそこ
で働いていたら。今は、どのくらいたっている?ランドルフの店をのぞ
いても大丈夫?
窓沿いに、鏡のように映った自分を見た。それほど悪い映りでなかっ
た。ハットは形が崩れ、ネクタイはしてなかった。スーツは、だぶだぶ
で、自然に、しかし━━━そのとき、彼は数歩近づいて、そうあって欲
しくないものが映った。ほんとうの自分の姿。寝不足で充血した目、少
なくとも3日か4日は伸ばし放題のヒゲ、ひどく汚れたシャツの襟元。
それは、1週間前には真っ白なシャツだったのだ。そして、スーツには
シミがあった。
乾燥した周りを見てから、また、歩き出した。この段階に来ては、ど
んなやつも下から見上げられなかった。酔っぱらった初期には、まだ、
大丈夫だった。たぶん、そのあとに、自分がどう見えるか気にしなくな
った。そして、今から数日前のような状態に、不可避的に、入り込んで
しまった。歩きながら、自分を呪い始めた。自分を憎み、すべてのもの、
すべての人間を、自分を憎むように、憎んだ。
オンタリオ通りを渡って、夜を飛び越えた。歩きながら、大声で呪っ
た。しかし、自分がなにをしているのかは気づかなかった。「偉大なス
ウィーニーが夜を飛び越えている」と考えた。そして、考えを視界の外
に投げようとしたが、投げられなかった。鏡を見るのは、最悪だった。
しかし、それよりも悪いことは、今、自分について考えていることで、
体がにおった。むっとするような汗のにおい。ずっと着ている服を替え
てなかった。いつから家主から、室の鍵を渡してもらえなくなった?オ
ハイオ通り。まずい、南へ向かうのはやめた方がいい。ループ街に行こ
う!それで、東に向かった。どこへ行こうとしてる?なにが重要?たぶ
ん、疲れて眠くなるほど長く歩いていたらしい。スクウェアの近くで、
元気が出るまで眠れる場所を見つけた方がいい。
うう、知り合いにカネを借りることなしに、酒を飲むためになにかし
よう。
だれかが、彼に向かって、歩道を歩いてきた。明るいチェックのジャ
ケットを着たかわいい少年だった。スウィーニーは、こぶしを固めた。
やつを殴って、財布を奪って、路地に逃げ込めば、チャンスはあるので
は?しかし、前にしたことがない上、動作がのろ過ぎた。あまりにのろ
かった。やつは、歩道を大回りして、スウィーニーが決心する前に通り
過ぎてしまった。
セダンがゆっくり通り過ぎた。それが覆面パトカーで、屈強な警官が
ふたり乗っているのが見えた。彼は逃げようとしていた狭い路地に向か
った。まっすぐ歩き、素面を装った。まだ、自分を呪っていたので止め
た。気を引き締めてすぐに進んで、明日は飲まないでいようと思った。
覆面パトカーは、停まることなく通り過ぎた。
ディアボーン通りの角でためらい、ステート通りの北へ戻ることにし
た。そこから、つぎのブロックを東に向かった。路面電車が平らな車輪
で走って来て、世界の終わりのような音を立てた。空のタクシーが、ゆ
っくり南に向かって走って来た。一瞬、手を挙げて止めようと考えた。
ランドルフに行って、運転手に待ってもらって、店に入って、知り合い
からいくらか借りて来る。しかし、手を挙げたところで、彼の身なりで
は止まってさえくれないだろう。結局、タクシーは通り過ぎて行った。
ステート通りを、北に向かった。エリーを過ぎて、ヒューロンも過ぎ
た。気分が良くなってきた。すごくではないが、少し。スペリオル通り。
スペリオルって、とスウィーニーは考えた。スウィーニーが夜を飛び越
えて、時間も飛び越えた━━━
◇
そのとき、まったく突然、4分の1ブロック先のアパートの入り口ド
アの周りに、人々が集まっているのに気づいた。
人の数は多くはなかった。10人くらいで、すぐにだれか分かる人数
━━━最初に人々が集まっていたのは、北ステート通りで、朝の2時半
だった、立ってビルのガラス戸から玄関ホールの方を見ていた。どこか
ら聞こえるのか場所を特定できないが、おかしな音がしていた。動物の
うなり声のような。
スウィーニーは、だんだんと歩くスピードが落ちた。たぶん、と彼は
考えた、飲んだせいで、落ちて、ゆっくりになって、意識が無くなって
倒れ、死ぬ━━━やがて救急車が来て、運ばれて行く。おそらく、血だ
まりに倒れて。10人くらいの多くない人々に見られ、だんだん冷たく
なって行く。シカゴのある場所では、酔っぱらいによくあることだった。
血の考えは、スウィーニーの心をとらえなかった。新聞記者の取材助手
をしていたときは、血なんてよく見ていた。調律するように、警官が調
べた直後に、タウンゼンド通りの玉突き場へ入ったこともあった。そこ
では、4人が麻薬取引中に殺し合いをしたのだ━━━
彼は、人々が立っている肩越しに見ることもなく、歩き始めた。通り
過ぎようとしたとき、3つのことが彼を立ち止まらせた。2つは音であ
り、3つ目は、静けさだった。
静けさは、群衆の静けさだった━━━もしも、10人くらいを群衆と
呼べば、そして、ふたつづきのドアに2グループに分かれていても群衆
と呼ぶなら。音の1つは、1ブロック以内に近づいたパトカーのサイレ
ンだった。シカゴアベニューを北に向かって、ステート通りへ曲がろう
として速度をゆるめた。たぶん、とスウィーニーは考えた、ビルの玄関
ホールに死体があるのだろう。もしもそうなら、警官が来て、それは犯
罪シーンの冒頭としてはふさわしくない。警官はあんたをつかまえて質
問するだろう。追い払われないで、そこに立っていたら、移動しろと言
われて、移動する。もう1つの音は、最初から聞こえていた音の繰り返
し、今、はっきり聞こえて、群衆の静けさの上で、サイレンのもの悲し
い音の下に。それは、動物のうなり声だった。
それらすべての理由で、彼をとがめることはできない。すべての一部
だとしても。スウィーニーは振り返って、見た。もちろん、10人くら
いの人々の背中しか見えなかった。正面からの動物のうなり声とうしろ
からのもの悲しいサイレン以外なにも聞こえなかった。パトカーは、カ
ーブを曲がって来た。
たぶん、それは車の音、たぶん、それは動物のうなり声、しかし、群
衆の半分の人々は、アパートのビルのふたつづきのドアから後戻りし始
めた。そして、スウィーニーはガラスのドアを見た。それを通して、中
の玄関ホールに電気はついてなかったので、はっきりはしなかった。中
を照らすものは、街灯の光しかなかった。
最初に、イヌが見えた。イヌがガラスにもっとも近くにいたからだ。
外を見ていた。イヌ?イヌに違いなかった。ここはシカゴなので。もし
も森の中で見たら、オオカミと思うだろう、とりわけ大きくて、敵意の
ある目つきでこちらを見ている。ガラスドアから4フィート離れたとこ
ろで、しっかりと立っていた。首から背中の毛を立てて、口はうしろに
きつく閉じてうなり声を上げ、1インチにもなる牙を見せていた。目は、
黄色に光っていた。
スウィーニーは、黄色の目と目が合って、少し身震いした。あからさ
まな黄の目の獰猛さが疲れてぼんやりした赤の目と合った。
それが、ほとんど、彼の酔いを覚まさせた。そして、ぎこちなく、別
の方を見させた。玄関ホールの横の床の上にあるなにか、イヌの少し後
ろに。カーペットの上で顔を下にした、女の姿だった。
姿という言葉は、よくない。白の肩が、淡い光の中でさえ輝いて、ス
トラップなしの白のシルクのイブニングガウンが━━━女の顔が下向き
であっても━━━彼女の体形をなぞった。スウィーニーは、彼女を見て、
酒臭い息をのんだ。
彼女の顔は見えなかった。内巻きショートヘアーのブロンド髪の頭が
上だった。しかし、美しいことは分かった。そうであれば、からだの美
しさと沿わないことはなかった。
彼女が少し動いたように見えた。パトカーがカーブで停まると、イヌ
が、ふたたび、うなった。低音の声の上に高音のきいきい声のブレーキ
が聞こえた。振り返りもせず、スウィーニーは、車のドアが開いて、重
い足音がするのを聞いた。スウィーニーの肩に手を置いて、脇にどかし
た、それほど紳士的でなく、それから、ビジネスふうの声がした。「ど
うした?だれが電話した?」スウィーニーに向かってではなかったので、
答えず、振り向きもしなかった。
だれも答えなかった。
スウィーニーは、押されて動いたが、すぐにバランスを保った。まだ、
玄関ホールの方を見ていた。
彼の横のブルー制服の男の手には、懐中電灯があり、スイッチを入れ
ると、ガラスドアの先の玄関ホールを明るい白の光のビームで照らした。
イヌの獰猛な目の黄の輝きや、女のショートヘアーのブロンドの黄の輝
きをとらえた。彼女の肩の白のきらめきやドレスの白のきらめきもとら
えた。
懐中電灯の男は、軽く口笛を吹くと、それ以上の質問はせず、前に出
て、ドアノブをつかんだ。
イヌは、うなるのをやめて、跳び掛かろうと姿勢を低く構えた。静け
さは、うなり声よりもっと悪かった。ブルー制服の男は、ドアノブが熱
せられていたかのように、手を離した。
「最悪!」と、彼。片手をコートの襟の中に入れた。しかし、銃に手を
掛けなかった。その代わりに、人々の方を向いた。「なにがあった?電
話したのはだれ?あそこの女は病気?酔っぱらい?あるいは?」
だれも答えなかった。「イヌは彼女の?」と、彼。
だれも答えなかった。ブルー制服の横に、グレーのスーツの男がいた。
「落ち着け、デイブ!」と、グレースーツ。「だれも、必要なければ、
ポーチにいるものを撃ちたくない」
「オーケー」と、ブルー制服。「ドアを開けて、イヌをかまって!その
あいだに、女を見る!イヌはいらない、オオカミ、それともデビル?」
「分かった」グレースーツは、ドアに手を掛けた。後ろに引くと、イヌ
は、また、姿勢を低くして、牙を見せた。
ブルー制服は、くすくす笑った。「電話は」と、彼。「どうだった?
あんたが取った」
「女が玄関ホールに倒れていると言っただけ。イヌのことは聞いてない。
北の角の店から男が電話して来た。名前も言った」
「名前も言った」と、ブルー制服。あざ笑うように。「もしも女が酔っ
て倒れているだけと知っていたら、ポーチで気をつけるよう電話で伝え
ていた。そいつをうまく扱えるだろう。オレはイヌは好きだし、こいつ
を撃ちたくない。たぶん、女のイヌで、彼女を守ろうとしてるだけ」
「考えてくれ!」と、グレイスーツ。「やつは元気だ。オレもイヌは好
きだが、状況が悪いと呪いたくない。よし」
グレイスーツは、スーツコートを脱ぎ始めた。「そう、いいか」と、
彼。「これを腕に巻いて、あんたがドアを開けて、イヌが跳びかかって
来たら、やつを台尻で押さえつけて」
「見て!女が動いている」
女は動いていた。頭を上げた。両手を上に挙げようとした。スウィー
ニーは、彼女が肘の近くまで来る長い白の手袋をしていることに気づい
た。彼女は頭を挙げて、懐中電灯の光線が作る明るいスポットライトの
中で目を見開いていた。
顔は美しかった。目がくらんで、なにも見えないようだった。
「完全に酔っている」と、ブルー制服。「見て、ハリー!あんたが銃の
台尻でイヌを黙らせたら、そいつを殺すかもしれない。だれかが声を上
げるだろう。女は酔いがさめれば起き上がる。オレはここで待って、見
張ってるから、あんたは、署まで往復して、親切な連中をここに寄こす
よう言って、ネットでもなんでも使って」
◇
そのとき、突然、人々が息を飲むようなことが起こって、ブルー制服
は、口を手で叩かれたように黙った。
「血だ!」と、だれか。やっと聞こえる声で。
弱々しく、見られながら、女は起き上がろうとした。ヒザをついて、
腕を伸ばせるまで、からだを起こそうとした。脇にいたイヌは、すばや
く動き、口を彼女の顔に近づけると、ブルー制服は悪態をついて銃を肩
ショルダーから抜いた。しかし、発砲される前に、イヌはくんくん言い
ながら、女の顔を長い赤の舌でなめた。
それから、ふたりの警官は、ドアに向かって、すばやく動いた。イヌ
は、ふたたび、低く構えてうなった。、
しかし、女は、まだ、起き上がってなかった。みんなが血を見た。白
のイブニングドレスの上に、楕円形の血のシミが腹部まで広がっていた。
明るいスポットライトに照らされて、ステージ上の演技かテレビのホラ
ーショーのスクリーンのようだった。5インチの長さに、腹部のシミを
中心に白のドレスが引き裂かれていた。
「ジーザス」と、グレースーツ。「ジャックナイフ、切り裂き魔だ!」
ふたりの警官が、人々を押して近づいて来たとき、スウィーニーは、
別の方向に押して、人々の後ろに出て、肩越しに見た。できるだけ早く
ここを去るという考えを忘れていた。彼は、だれにも気づかれないで、
すぐにでも歩き出せた。しかし、そうしなかった。
グレイスーツは、コートを半分着て、半分脱いだまま、続きをしない
で、凍り付いたように立っていた。コートを背中に掛けて、肩がスウィ
ーニーのアゴをこすった。
「電話だ!」と、グレースーツ。「救急車と殺人課、デイブ、イヌをな
んとかしよう」
肩が、また、スウィーニーのアゴをこすって、肩ホルスターから銃を
抜いた。銃を手にして、声が急に小さくなった。「ドアノブに手を伸ば
せ、デイブ!イヌがあんたに跳び掛かろうとする。オレが正確に撃って、
やつをなんとかする」
しかし、彼は、銃を構えなかった。デイブもドアノブに手を伸ばさな
かった。信じられないことが起きていたからだ。スウィーニーが決して
忘れることができないようなこと、15人か20人の人々が、玄関ホー
ルの前で、ずっと忘れることができないようなこと。
玄関ホールの女は、郵便受けやブザーボタンの列の脇で、片手を床に
ついた。立ち上がろうとして、上体を起こしたが、まだ、片ヒザをつい
て休んでいた。懐中電灯の明るい白の光が、彼女を、ステージ上のスポ
ットライトのように、ドレスと手袋と肌の白さと血の楕円形に広がる赤
とともに浮かび上がらせた。彼女は、まだ、目がくらんでいた。ショッ
クもあるに違いない、とスウィーニーは考えた、ナイフの傷は深くも致
命的でもない、さもなければ、出血はもっと、もっと多いだろう。彼女
は、目を閉じて、からだを揺らし、もう片方のヒザを立てて、まっすぐ
立ち上がった。
そのとき、信じられないことが起きた。
イヌは、後ずさりして、後ろから彼女に跳びついた。後ろ足で立って、
しかし、前足を彼女に掛けなかった。歯は、白のドレスの背中から、ス
トラップなしのイブニングガウン、なにかをくわえて、引っ張って、下
へ落した。そして、そのなにかは━━━あとで分かったのだが━━━長
いジッパーに付いていた白のシルクのタブだった。
優雅に、ドレスは下に落ちて、足の周りに白のシルクの円を作った。
ドレスの下は、なにも着てなかった。まったく、なにも。
数分にも思えたが、たぶん、10秒くらいだったのだろう、だれも動
かず、だれも身じろぎしなかった。なにも起こらなかった。ただ、ブル
ー制服の手の懐中電灯が少し震えただけだった。
そのとき、女のヒザが曲がり始めて、ゆっくり下へ降りた━━━落ち
たのではない、だれかが疲れ過ぎて、もう立っていられないかように、
沈み込んだ━━━今まで立っていた白のシルクの円の中心へ。
それから、多くのことが一度に起こった。1つには、また、スウィー
ニーが息をした。ブルー制服は、慎重にイヌに銃を向けて、引き金を引
いた。イヌは倒れ、玄関ホールに横たわった。ブルー制服は、ドアを開
けて入り、肩越しにグレイスーツを呼んだ。「救急車を呼んで、ハリー!
それから、イヌの足を縛って!殺してはいない。ただ、動けなくしただ
け」
◇
スウィーニーは、道を戻ったが、だれも注意を払わなかった。北へデ
ラウェアに向かって歩き、バグハウススクウェアの西へ戻った。
ゴッドフリーは、ベンチにいなかったが、長くいなかったわけでなか
った。それは、ベンチが、まだ、空いていて、夏の夜には、ベンチが空
いたままなのは、長くなかったからだ。スウィーニーは、座って、ゴッ
ドが戻るのを待った。
「ハイ、スウィーニー」と、ゴッド。隣りに座った。「パイント瓶が手
に入った!一杯やる?」
バカげた質問だった。スウィーニーは、答える手間を掛けなかった。
手を差し出した。ゴッドも答えを期待してなかった。ボトルを渡した。
スウィーニーのひと口は、長かった。
「サンクス」と、彼。「聞いて!彼女は美しかった、ゴッド!彼女はも
っとも美しい女だった━━━」もうひと口、短めにやると、ボトルを返
した。「やりたいことが見つかった」
「だれ?」と、ゴッド。
「女。ステート通りを北に歩いていたら」説明できないことに気づいて、
しゃべるのをやめた。「忘れて!酒はどこで?」
「2ブロック行ったところでもらった」と、ゴッド。ため息をついた。
「ものすごく酒が飲みたくなったら、手に入るって、前に言っただろ?
そんなに欲しくなったことはなかった。もしもどうしても欲しくなった
ら、手に入る」
「ありえない!」スウィーニーは、条件反射で言った。それから、突然、
笑い出した。
「欲しいものはなんでも」と、ゴッド。独断的に。「世界中で、もっと
もやさしいこと、スウィーニー!金持ちにだってなれる!世界中で、も
っともやさしいこと!だれでも、金持ちになれる。みんながやってるこ
とは、カネが欲しいから、つまり、なににも増して欲しいから。カネに
集中すれば、手に入る。ほかのものはそれほど欲しくなければ、手に入
らない」
スウィーニーは、声に出さずに笑った。今、気分が良くなった。長く
ごくごく飲むことが、ただ必要だったのだ。もっとも好きなことで、老
人を困らせてやろうと考えた。
「女はどう?」と、彼。
「どういう意味?」ゴッドの目は、少し霧が掛かったように見えた。か
なり酔って来た。ボストン訛りが混じって来た。ほんとうに酔ったとき
のように。「ほんとうに望む特別な女に会ったと?」
「イェ〜」と、スウィーニー。「たとえば、特別な女がいたと仮定しよ
う。いっしょに夜を過ごしたい。できる?」
「すごくそう望めば、もちろん、できるよ、スウィーニー!精神を集中
させ、直接的にも、間接的にも、1つのことに、真剣に集中させれば。
なぜだめ?」
スウィーニーは、また、笑った。
頭を後ろに傾けて、木々の暗い緑の葉を見た。笑いが声を出さない笑
いになって、ハットを取って、それで自分を仰いだ。それから、ハット
を、今まで見たこともないように見て、それから、慎重にコートの襟で
埃を払い、もっとずっと、ハットらしく見えるように形を整えた。子ど
もが針を怖れるように、夢中になってその作業をした。
ゴッドは、2度、訊いた。バカげた質問ではなかった。ゴッドは答え
を期待してなかった。彼は、ボトルを差し出した。
スウィーニーは、受け取らなかった。ハットをかぶり直すと、立ち上
がった。ゴッドにウィンクして、言った。「ノーサンクス、ゴッド!こ
れから、デートがある」
2
夜明けは、別だった。夜明けは、いつも、別だった。
スウィーニーは、目を覚ますと、夜明けだった。暑く、グレーで、ま
だ、夜明け。木々から葉が頭の上に、意味もなく、落ちて来た。地面は、
体の下で、固かった。からだじゅうが痛かった。口の中が、なにか、説
明できないもので、固まっているように感じた。説明できないもの、つ
まり、スウィーニーには。自分に言うと、舌を使って、それらをしめら
せた。なん度かつばを飲み込んで、口の中をしめらせた。
汚い手で髪を後ろに撫で上げると、近くの木で騒いでいる鳥を呪った。
座って、前のめりになって顔を手でおおった。アゴの荒いヒゲが手のひ
らに当たった。路面電車がクラーク通りを過ぎて行った。地震やドーム
の崩壊よりはうるさくなかった。それほどはうるさくなかった。
目覚めは、決して、いいものでなかった。時として、ひどいものだっ
た。2週間分の二日酔いが溜まって、ひどいものだった。
しかしそうであっても、スウィーニーには分かっていた。動き出すこ
とを。いつまでも座って悩んでいられない。また、地面に横になったり、
眠ろうとしたりしてはならなかった。なぜなら、また眠ったら、同じこ
との繰り返しになるからだ。それは、また、地獄へ逆戻りだ。なにかを
目指して、完全に目覚めて、それでも、まだ地獄、1つのにぶい痛みの
ある、ベルトの下になん杯か飲むまでは。飲めれば、もう、大丈夫!あ
るいは、まだ?
スウィーニーは、地面を蹴って、立ち上がった。足は動き出した。足
は、芝生からセメントへ彼を運んだ。ベンチに沿って。そこには、ゴッ
ドフリーが、まだ、眠っていて、静かにいびきをかいていた。隣りのベ
ンチにボトルがあったが、空だった。
スウィーニーは、ゴッドの足を後ろに押して、ベンチの端に慎重に座
った。荒れたアゴを汚い両手の上に乗せて、ヒザにヒジをついて休んた
が、目は閉じなかった。開いたままでいた。
ベンチの端を出たら、どこへ?女とイヌ。彼は、今まで、幻覚を見た
ことはなかった。女とイヌ。
そのことは、信じられなかった。起こることのない、まれなケース。
だから、起こってなかった。それが、ものの道理。
片手を前に出して、振ってみた、たくさん。しかし、その前から、も
っと悪くなることはなかった。その手を、ベンチの後ろに置いて、それ
を使って、もう一方の手で体を持ち上げた。両足は、また、動き出した。
両足は、広場を横断して、ディアボーンへ、南ディアボーンへ、人とい
うより、歩く痛みを、シカゴアベンニューへ運んだ。左右も見ないで、
シカゴアベンニューを斜めに横断しようとした彼を避けようとして、タ
クシーがブレーキ音を立てた。タクシー運転手は、なにか彼に叫んだ。
スウィーニーは、シカゴアベンニューの南側をステート通りまで歩き、
そこを南に曲がった。
4分の3ブロック歩くと、ドアがあった。立ち止まり、ドアを見つめ
た。しばらくして、ドアに近づいて、ガラスを通してのぞいた。中は薄
暗かったが、玄関ホールの奥にドアがあった。
新聞配達の少年がビル沿いに来ると、新聞のバッグを肩に下げていた。
少年は、スウィーニーの横で立ち止まった。「うう、ここは事件のあっ
たところ?」と、彼。
「ああ」と、スウィーニー。
「女を知っている」と、新聞配達の少年。「新聞を渡したことがある」
スウィーニーの先のドアノブに手を伸ばした。「入って新聞を置いて来
ないと」スウィーニーは、脇にどいて、少年を通した。
新聞配達の少年が出て来たので、スウィーニーは中へ入った。郵便箱
の横を数歩、奥に向かって歩いた。ここ、彼が立っているところが、女
が倒れていたところだった。見下ろして、身をかがめて近くでよく見た。
床に黒の斑点がいくつかあった。
立ち上がり、また、奥に向かって歩いた。そこにあるドアを開けた。
路地へ続く、セメントの歩道があった。それだけだった。ドアを閉めて、
左にある電灯のスイッチを入れた。階段の足元の電気が上へと続いてい
た。2つのバルブがあった。1つは、階段の足元の上、もう1つは、正
面の郵便箱の上。黄の電灯は、グレーの朝をもっとどんよりさせた。ス
イッチを切った。そのとき、ドアの木製のパネルになにかあるのに気づ
いて、電灯をまたつけた。木の上に、たくさんの長いまっすぐな引っか
き傷があった。それらは、できたばかりで、イヌの爪のあとのように見
えた。それらは、イヌがドアを抜けようとして、なん度もぶつかって引
っかいたあとに見えた。
スウィーニーは、電灯をまた消すと、いくつかの郵便箱の下のクリッ
プに少年が残して行った新聞の1つを手にして、外へ出た。つぎの角を
過ぎてから、階段に座って、新聞を開いた。
3列の目立つ見出しに2枚の写真付きの記事があった。見出しはこう
だ。
切り裂き魔か?
危険から救ったのは
忠実なイヌ
悪魔から救う
犯人は知らないと犠牲者
スウィーニーは、2枚の写真を調べ、記事を全部読んで、写真をまた
見た。どちらもポーズを取っていて、明らかに、雑誌用のスチル写真だ
った。イヌの写真の下には「デビル」と表題があった。新聞の写真では、
イヌの目に黄のわざわいを見ることはできないが、路地で出会いたくな
いなにかのようにも見えない。イヌは、まだ、とスウィーニーは考えた、
イヌよりはオオカミに見えた、それも悪いオオカミに。
彼の目は、女の写真に戻った。表題は、「ヨランダラング」だが、ほ
んとうの名前はなんだろう、とスウィーニーは考えた。しかし、写真を
見ていると、名前なんてどうでもよくなる。写真は、不運にも、昨夜ス
ウィーニーが見たもののほとんどが含まれてなかった。それは、腰から
上の撮影で、ヨランダラングは、スウィーニーが昨夜見たような、純正
でパッドなしの体形を浮き彫りにするようなストラップなしのイブニン
グガウンを着て、ソフトなブロンドの髪がもっとソフトな白の肩に掛か
っていた。顔も美しかった。スウィーニーは、昨夜、顔を気にしてなか
った。そのことで、彼を咎められない。彼女の顔から目が離せなくなっ
ても、ほとんど動揺がないことは、注目に値する。甘く、おごそかな、
そして、おごそかで甘い顔だった。目にあるなにかを除いて。それがな
にかは、画質80ラインの新聞写真からはよく分からなかった。
スウィーニーは、慎重に新聞を折りたたむと、脇の階段に置いた。顔
にゆがんだニヤリがあった。立ち上がると、バグハウススクウェアへぶ
らぶらと歩いて戻った。ゴッドは、まだ、ベンチでいびきをかいていた。
スウィーニーがからだをゆすると、ゴッドは目を開けた。ぼんやりとス
ウィーニーを見上げて、言った。「どこかへ行ってくれ!」
「オレだよ」と、スウィーニー。「あんたに伝えに来た。分かる、前に
言ったこと?」
「言ったって、なにを?」
「昨夜、言ったこと」と、スウィーニー。「どうかしてる!」と、ゴッ
ド。
スウィーニーの顔に、ふたたび、ゆがんだニヤリが戻った。「あんた
は彼女を見てない」と、スウィーニー。「あんたはそこにいなかった。
ソロング」
彼は、芝生を横切って、クラーク通りへ出た。そこに1分間、立って
いた。今、にぶい頭痛がした。ドリンクが欲しかった、かなりひどく。
片手を挙げて、振って見た。ポケットに入れると、2度と考えたくなか
った。クラーク通りの南に向かって、歩き始めた。今、太陽は高く、東
西の通りに傾き掛けていた。車の通りが、混雑してうるさかった。
スウィーニーは一日中歩いている、と彼は考えた。汗をかいていたが、
それは、暑いからだけじゃなかった。からだが臭ってもいた。それに気
づいていた。足が痛んだ。混乱状態にいた。痛みの混乱、上に下に、内
に外に、スウィーニーは一日中歩いていた。
ループ街を横切って、南へ、ルーズベルトロードへ向かった。あえて、
立ち止まらなかった。ルーズベルトロードの東の角を曲がって、1・5
ブロック進み、アパートのビルの入り口へ向かった。
◇
ブザーを鳴らし、ドアのラッチ音がするまで待った。それから開けて、
階段を上がり、3階へ行った。正面のドアは開いていて、禿げた頭の男
が、ドアのところに立っていた。男の顔が、スウィーニーが歩いて来る
のを見て、イヤな顔になった。
ドアは閉まった。
スウィーニーは、汚い手を壁について支えながら歩いた。ドアのとこ
ろに来ると、ノックを始めた。大きな音で。1分間、叩き続けて、手を
額にしばらく置いた。たぶん、30秒くらい。壁にもたれ掛かった。
まっすぐに立つと、また、ノックを始めた。大きな音で。
足音が聞こえた。「どっかへ行け!さもないと、警察を呼ぶ」
スウィーニーは、また、ノックした。「警察を呼びな、相棒!いっし
ょにムショで説明しよう」
「なにが欲しんだ?」
「開けて!」と、スウィーニー。また、ノックを始めた。大きな音で。
廊下の先のドアが開いて、驚いた女の顔が見えた。
スウィーニーは、まだ、ノックしていた。「分かった、分かった、少
し待って!」と、中の声。足音が遠ざかって、戻って来て、鍵が回され
た。
ドアが開いた。禿げ男が、ドアから1歩下がった。男はバスローブを
着て、すり減ったスリッパに、それ以外は見えなかった。スウィーニー
より少し背が低く、右手はポケットに入れて、ふくらんでいた。
スウィーニーは、中へ入って、ドアを蹴って閉めた。散らかった室の
真ん中まで歩いて行った。振り返って、やさしく言った。「ハイ、ゲッ
ツ!」
禿げ男は、まだ、ドアのところにいた。
「なにが欲しんだ?」
「ダブル10ドル紙幣」と、スウィーニー。「なんのことか分かるはず
だ。あるいは、1音節のワードを言う?」
「ああ、ダブル10ドル紙幣は渡す。まだ、あんたがあの馬にこだわっ
てるなら、オレは賭けない方がいいと言ってある。あんたの5ドルは預
かったが、あんたは負けた」
「ああ、負けた」と、スウィーニー。「負けを取り戻すために、カネが
必要なんじゃない。今、必要なんだ。オーケー、取引を思い出そう!あ
んたは、オートバーナーに賭けろと言った。あんたのアイデアだ。それ
で、あんたに5ドル渡した。馬は、そのレースで5位だった。それでも、
オレに賭けの話はしてないと?」
「まったく、してない。盛り上がっていたが、マイクのところは閉まっ
ていて━━━」
「あんたは、マイクに頼もうとさえしてない。賭け金を受け取っただけ。
あの馬が、あんたの期待通りに負ければ、オレの5ドルを預かっていら
れる。あんたは賭けに負けたか、あるいは、オレに20ドル借りがある
かのどっちかだ」
「バカなことを!出て行け!」
禿げ男は、バスローブのポケットから右手を出した。小型25口径オ
ートマティックが握られていた。
スウィーニーは、悲しそうに、頭を振って、言った。「たった20ド
ルのことだったら、別にどうでもいい、たぶん。たった20ドルのため
に、自分に汚点を残したくない?汚いダブル10ドル紙幣のために、警
察にここをうろうろのぞかれたくない?とにかく、オレはどうでもいい。
そのために、ギャンブルしたくない」
室を見回して、ズボンがイスの背に掛けてあるのを見つけると、手を
伸ばした。
禿げ男は、小型オートマティックの安全装置をはずした。「ソノファ
ビッチ」と、彼。
スウィーニーは、ズボンを、そで口に引っ掛けて振り始めた。鍵と小
銭がカーペットに散らばった。振りを続けた。「いつの日か、ゲッツ」
と、彼。「あんたは、売春婦の息子を、ソノファビッチと呼んで、彼が
あんたの世話をしてくれる」
ズボンの尻ポケットの財布が、カーペットに落ちた。スウィーニーは、
それを拾い上げた。開けて、数えた。財布の中は、たったの15ドルだ
けだった。
10ドル取ると、自分のポケットに入れて、財布はドレッサーに向か
って投げた。「もぐりのみ屋はどうした、ゲッツ?」と、彼。「なにか
悪いことでも?」
禿げ男の顔は、イヤな顔になった。「言っただろ、盛り上がってるっ
て?」と、彼。「あんたは自分のカネを取った。もう、出て行け!」
「オレは、10ドルはもらった」と、スウィーニー。「しかし、相棒の
最後の5ドルはもらえない。もう10ドルで取引しよう。フロにヒゲ剃
りにシャツと靴下」
スウィーニーは、コートを脱いで、ズボンを脱いだ。散らかったベッ
ドの端に座って、靴を脱いだ。バスルームへ行き、バスタブに湯を出し
た。
裸になると、シャツと靴下と下着を丸めたものを持って、ゴミ箱に放
り込んだ。
禿げ男は、まだ、ドアのところに立っていたが、小型オートマティッ
クは、バスローブのポケットに戻した。
スウィーニーは、彼にニヤリとした。バスタブに注ぐ湯の音の中で、
言った。「今、警察は呼ぶな、ゲッツ!裸のオレを見て、やつらに勘違
いされては困る」
バスルームに入ると、ドアを閉めた。
長い間、バスタブにつかっていた。それから、ゲッツのレザーカミソ
リで、幸運にも、電動だった、ヒゲを剃った。スウィーニーの手は、ま
だ、震えていた。
彼が出て来たとき、禿げ男は、ベッドに戻って、背中を向けていた。
「おやすみ、ダーリン?」と、スウィーニー。
返事はなかった。
スウィーニーは、ドレッサーの引き出しをあけて、ソフトカラーのス
ポーツシャツを選んだ。肩回りが少し狭かった。襟にボタンがなかった。
しかし、きれいで、真っ白だった。ゲッツの靴下は、少し小さかったが、
はけた。
自分の靴とスーツを、イヤな気持ちで見たが、なんとか着れた。ゲッ
ツのは合わなかった。靴用ブラシと服用ブラシで、きれいにした。ズボ
ンをはいたときに、ポケットに、まだ、10ドル紙幣があることを確か
めた。
ハットにもブラシを掛けて、かぶると、ドアのところで立ち止まった。
「ナイティナイト、相棒」と、彼。「いろいろありがとう。これでイー
ブン!」ドアを静かに閉めると、階段を降りて、暑い陽射しの外へ出た。
◇
ディアボーン通りを、ディアボーン駅を過ぎて、北に向かった。駅前
の向かいにある、小さなレストランで、3杯ブラックコーヒーを飲み、
ドーナツを2つ注文して、1つ食べた。図書館のりのような味がしたが、
飲み下した。
高架鉄道の影の下を、2ブロック北へ行ったところで、靴を磨いた。
それから、少し入ったところにある店で、スーツにスポンジを掛け、プ
レスしてもらうあいだ、店の裏の小さいが清潔な場所で少し待っていた。
スポンジ掛けが必要だった。戻ってきたスーツを着ると、すごく悪くは
見えなかった。
長い鏡に、全身を映して見た。今では、じゅうぶんりっぱに見えた。
目の下には、隈があって、目は美しくも喜びに満ちてもいなかった。そ
れに、両手は震えが収まるまでポケットに入れていなくてはならなかっ
た。それでも、今は人間に見えた。
もっと良く見えるように、白のスポーツシャツの襟を、スーツの襟の
外に広げた。
通りの影に沿って歩いて、ループ街を横切って北へ向かった。また、
汗をかき始めた。すでにだるさを感じた。いくらフロに入っても、長い
間、汚れたままだった感覚が残っていた。夏の熱波の中で、シカゴに住
む者たちは、どうやったらまともな心でいられる?だれがシカゴなんか
に住める?そんなところで、だれが生きて行ける?
スウィーニーの頭痛は、リズミックに一定して額や、目の裏側を叩き
続けた。そして、手のひらは濡れ、べとべとした!残りの部分がどんな
に暑く感じていても。ズボンで手のひらをいくらふき取っても、またす
ぐ濡れて、べとべとした。
スウィーニーは、ループ街を歩いて横切った。レイク通りの、高架鉄
道の下で、また、ドラッグストアのダブルドーナツを食べ、コーヒーを
1杯飲んだ。強く結び付けられたコイルのように感じた。狭い室に閉じ
込められ、閉所恐怖症のように感じた。汚く感じた。コーヒーは胃の中
で振り回され、浸水した船の船底の汚水のように感じた。小さな緑の藻
でいっぱいの、なまぬるい塩気のある船底の汚水のようだった。それら
がのたくりながら、スウィーニーは歩いた。
ワッカードライブを横断した、車に引かれることを願いながら。しか
し、車は来なかった。暑い陽射しに輝く橋を渡った。片足を上げては降
ろし、別の片足を上げては降ろししながら、エリー通りまで6ブロック
のところに来た。ラッシュ街を過ぎて東に歩き、あえて止まらずに、べ
たつく両手をポケットに入れたまま、2つのビルの間の場所からドアを
開けて入った。
◇
そこは、我が家だった、もしも、まだそうなら。ここが、今日のもっ
とも大きいハードルだった。右手をポケットから出すと、下り階段の廊
下のドアを、やさしく叩いた。右手をすぐに戻した。
ゆっくりと重い足音がして、ドアが開いた。
「ハロー、ミセスランダール、うう」と、スウィーニー。
彼女は、鼻を鳴らして、さえぎった。「ええ、ミスタースウィーニー」
「うう、オレの室は、別の人に?」
「いいえ、しかし、飲み代のために質入れするなら、室に入ることはで
きないと、先週、2回も言ったはず」
「そうだった?」と、スウィーニー。あいまいに。思い出せなかった?
彼女が話しているうちに、2回のうちの1回がぼんやりとよみがえった。
「かなり、酔っていたかも?」深いイキをした。「しかし、それはもう
終わって、今は、しらふ」
彼女は、また、鼻を鳴らした。「3週間分の未払いは?36ドル」
スウィーニーは、ポケットからカネを出した。5ドル紙幣に、1ドル
紙幣が3枚。「これですべて」と、彼。「8ドルは払える」
大家の女は、紙幣を見てから、スウィーニーの顔を見た。「あんたは、
たしかに、まともだ、スウィーニー。しらふになってる。カネを稼げた
んなら、ものを質に入れることもない。8ドルあれば、かなり飲めただ
ろうに」
「ああ」と、スウィーニー。
彼女は、ドアから一歩下がった。「入りな」と、彼女。彼は彼女に続
いて室に入った。「座って、カネをポケットに戻しな!また、やり直す
のに必要なカネだ。どのくらいたつ?」
スウィーニーは、座った。「数日」と、彼。「オレが、また、まとも
になれば、もっと稼げる」
両手を出して、紙幣をポケットに戻した。「うう、鍵をなくしたらし
い、あんたは」
「なくしてないよ、先週の金曜に、あんたから預かった。レコードプレ
イヤーを質入れしようとしていたときに」
スウィーニーは、両手の中に頭を落した。「ああ、そんなことを?」
「大丈夫だよ、元に戻させた。それで、鍵を預かった。トップコートと
オーバーコート以外は、あんたの服はすべてある。それを、あんたは取
り戻さなければ。タイプラーターや時計も、腕に付けてなければ」
スウィーニーは、ゆっくり、頭を振った。「ない、質入れしたようだ。
しかし、ほかのものを防いでくれて、サンクス」
「顔色が悪い。コーヒー飲むかい?持って来ようか?」
「頭痛がする」と、スウィーニー。「しかし、飲みたい、ブラックで」
彼女が立ち上がって、キッチンへ行くのを観察していた。ランダール
夫人のような大家がもっと増えるべきだと、彼は考えた。外では爪のよ
うにタフで、(いろいろ貸家を見て回らなければならない)中ではバタ
ーのようにソフト。ほとんどの大家は、ずっとタフなままだった。
彼女は、コーヒーを持って戻り、彼は飲んだ。鍵を受け取り、階段を
上がった。自分の室に入り、手の震えが来る前に、ドアを閉めた。そこ
に立って、ドアの内側に寄り掛かって、震えが静まるのを待った。それ
から、その手を洗面器の水に浸した。胃が痛んだ。水の音が頭痛に響い
たが、楽になった。
痛みがすべて終わったとき、ベッドに横になって眠りたかった。しか
し、服を脱ぐ代わりに、バスローブを着て、廊下の階段を降りて、バス
ルームへ行った。バスタブを熱い湯で満たし、長い間、つかっていた。
それから、自分の室へ戻った。
服を着る前に、今まで来ていたシミのある着古したスーツと、ゲッツ
という名前の男からもらった小さすぎるシャツと靴下を丸めて、ゴミ箱
に放り込んだ。すべてきれいな服を着た。そこには、一番いい夏用のウ
ェイトスーツも含まれていた。5ドルしたシルクのネクタイを締め、一
番いい靴をはいた。
室で、まっすぐ立って、慎重に、細か過ぎるくらいに全身をチェック
した。オーディオセットのラジオのダイアルを回して、時報の放送を出
すと、ドレッサーの時計を合わせて、ネジを巻いた。11時半だった。
クローセットからパナマ帽を出すと、かぶって室を出た。階段を降り始
めるとすぐに、ランダール夫人のドアが開いた。「ミスタースウィーニ
ー?」と、彼女。呼んだ。「はい?」彼は手すりに寄り掛った。
「言うのを忘れていたけど、朝、早くに電話があった。8時くらい。ウ
ォルタークリーグ、あんたの働いている新聞社から。あるいは、いた。
どっち?」
「働いていた、だと思う」と、スウィーニー。「彼は、なんて?それに、
なんて返事した?」
「彼は、あんたをと言ったので、いないと答えた。もしも9時までに戻
ったら、電話してと言った。あんたは戻らなかった。それで伝える必要
はなくなったので、忘れていたのだと思う。それだけ、それですべて」
スウィーニーは、彼女にサンクスと言って、外へ出た。角のドラッグ
ストアで、半パイントウィスキーを買って、尻ポケットに入れた。電話
ブースに入って、ブレード社に電話した。名前を言って編集長につない
でもらった。
「クリーグ?」と、彼。「スウィーニーだけど、今、家に帰って、伝言
を受けた。しらふ。なにか?」
「なにも、今は、もう遅過ぎ、スウィーニー、ソリー」
「分かった。遅過ぎ、ソリー。ところで、なにを?」
「目撃談。もしもしらふで、昨夜見たことを良く覚えているなら。ヨラ
ンダラングが倒れていた現場近くに、あんたがいたと警官が言っていた。
覚えてる?」
「倒れていただけじゃない。よく過ぎるくらい覚えている。なぜ、遅す
ぎ?通りで売る最初の版は終わったが、メインの版は、これから。その
あとも2版ある。宅配版は、まだこれから?」
「15分で来て!それ以上掛かると」
「時間のムダ!」と、スウィーニー。「今、電話で、記者にリライトし
てもらう。5分で、ハーフコラム分、伝える。ジョーカーリーを出して!
一番早い」
「オーケー、スウィーニー、受話器は持ったまま!」
スウィーニーは、電話をつないだまま、考えをまとめていた。ジョー
の声が聞こえるまで。それから、早口でしゃべり始めた。
記事を伝え終えると、受話器を戻し、電話ブースの壁に弱々しく寄り
掛かった。電話をウォルタークリーグに戻してと頼まなかった。待つこ
とはできたのに。新聞社へ行って、個人的に、ウォルターに会った方が
いいだろう。
しかし、まだだめだ、しばらくは。
室へ戻ると、半パイントウィスキーを、座り心地の良いモリスチェア
の肘掛けに置いて、その横にショットグラスを並べた。スーツコートと
パナマ帽をハンガーに掛けて、カラーとネクタイをゆるめた。
オーディオのところに行くと、アルバムの棚の前に腰を下ろした。タ
イトルを追った。聴くものは決まっていた。モーツァルトの40番だっ
た。
彼の見た目からは分からないだろうが、それが、スウィーニーのお気
に入りだった。交響曲第40番、Gマイナー、K550。プレイヤーに
3枚のレコードを積んで、最初のレコードのスタートボタンを押し、モ
リスチェアに座って聴いた。
第一楽章、アレグロモルト。
スウィーニーのなにが分かる?もしもモーツァルトの40番を聞いた
ことがあるなら、その暗い不安、優美な対位法の背後にある死の舞踏へ
の誘いから、スウィーニーのことが分かる。もしもモーツァルトの40
番が、少し退屈なメヌエット、対位法をバックグランドにした陽気な曲
に聞こえたら、スウィーニーは、ただの、たまに酔っぱらうだけのだめ
なリポーターということになる。
しかし、この点はパスしよう。どう考えようと、あえて、意見を述べ
ることはしない。スウィーニーは、半パイントウィスキーの栓をあけて、
ひと口飲んだ。
奇妙なこと、さらに奇妙なことがあった。もっとも奇妙なことは?木
の箱があって、そこには、銅線や金属板といったガラクタや真空管と呼
ぶなにもない空間が6つ入っていて、そこから黒のコードが壁の穴にプ
ラグでつながっている。壁の穴は、電気と呼ばれるわけの分からないが、
役に立つものが流れて来る。しかし、その流れは、無機質の活動をする。
目の前に用意されたテーブルがあって、ディスクを回転させて、針で溝
をひっかく。
針が溝でダンスすると、膜が振動し、周りの空気も振動する。1世紀
半も前に死んだ男の思考が、迫って来る。電灯の明かりと、ずっと昔に
死んだ男の魂の影の中に座っている。ちょっとイキな宮廷音楽家は、ひ
どい財政上のトラブルを抱えながら、たぶん、人生の終わりも近いこと
を感じながら、ものすごいスピードで仕事をし、それまで書いた中でも
もっとも偉大な交響曲を数週間で完成させた。
そう、それは奇妙なことだった。スウィーニーは、3枚目のレコード
が落ちて、第3楽章が始まると、2杯目をグラスに注いだ。
きちんと飲んだ。アルバムの3枚目と2杯目のドリンクを。ため息を
ついて、イスから立ち上がった。頭痛と魂の痛みは、まだ、あったが、
両手の震えは消えた。
グラスをすすぎ、まだ半分以上残っていた半パイントボトルを捨てた。
プレーヤーの3枚のレコードをセットし直して、また最初から掛けて、
座って40番を聴き直した。
目を閉じて、第2楽章の終わりまで聴いた。第3楽章の暗くて明るい
メヌエットとトリオがあまりに明るく生き生きと、そして死に、ついに
待っていたものを誕生させた。激しい最終楽章のアレグロアサイ、パワ
ーとメランコリーの優美。
そのとき、スウィーニーは、静かに座って聴いていた。しばらくして、
自分でも聞き取れない声で、つぶやき出した。
彼は、そこから抜け出した。どんちゃん騒ぎから、しらふに。つぎの
ときまでに、それは、数か月後か、2年後か分からない。どんなに長く
掛かろうとも、彼の内部で蓄積していたものを洗い流さなくてはならな
い。それでやっと、普通になって、普通に飲めるようになる。そう、ア
ルコール中毒だったらできないが、スウィーニーは、アルコール中毒で
はなかった。規則正しく、普通に飲むことができる。たった一度だけ、
深くおぼれ、長く飲んでいたことがあった。酔っぱらいの性格というこ
ともあった。アルコール依存の後期は、インクの広がりのようになる。
しかし、スウィーニーは、そこから抜け出した。震えていたが、もう、
震えてない。しらふ。仕事に戻らなくてはならない。そう、確かに感じ
る。不吉なことがあったとしても、数週間で、借金も返せるし、彼がい
るべき場所、それまでいた場所に戻れる。
あるいは━━━
そう、彼は、しらふだ。しかし、なんとバカげた決定、あるいは解決、
あるいはなんであるにせよ。
もしも、なに?なぜ?欲しいなにか?神にもない、なにかを、ひどく
集中して欲しがる、100万ドルのようなもの、あるいは、だれかと一
晩過ごしたい━━━彼女の名前は?━━━ヨランダラング。
また、つぶやき出した。目を閉じて、考えて、また、思い出して、見
ようとした、ステート通りの玄関ホールでガラスを通して見た、信じら
れないシーンを。
数秒後に、つぶやくのをやめた。自分に言った。スウィーニー、あん
たはトラブルに巻き込まれようとしている。1つには、カネが必要だ。
ありふれた取材記者が、あのようなレベルの高い女と付き合えるわけが
ない。可能性があるとしたら、切り裂き魔を捕まえることだ。やつを捜
し出せ!
とても悪いことに、スウィーニーには、恐怖症があって、それは、鉄
の冷たさ、先端がとがった鉄の冷たさへの恐怖だった。殺人マニアの手
に握られたカミソリ。カミソリのようなナイフが、腹を切り裂き、歩道
にまき散らされた腸からは、どれがスウィーニーのものかさえ判然とし
ない。
確かに、と彼は自分に言った。あんたは、神さえあきれさせる大バカ
だ、スウィーニー!
しかし、彼は、長い曲のあいだに、それに気づいた。
2
スウィーニーは、ブレード社に向かった。自分でも気が付かないとき
でも、うまいシャレがあることがある。ブレード社。気づいていたとし
ても、それを指摘されても許して欲しい。あんたは気づいていたが、だ
れかは気づかなかったかもしれない。同じ本でも、いろんな種類の人が
読む。
(つづく)