ナイトオブジャバウォック
          原作:フレドリックブラウン
          アランフィールド
           
            プロローグ
 
  夕暮ゆうぐれに トーブたちは
  芝生しばふに 穴をあける
  かわいそうなのは ボロゴフ鳥と
  ラースたち ふるさとをおもう    
 
 夢で、オレはオーク通りに立っていた。暗い夜だった。通りの電灯は
消えていた。青白い月の光だけが、オレがジャバウォックに忍び寄って、
弧を描いた巨大な剣の上で輝いていた。
 




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            登場人物
             
ドック:週1回カーメルシティ紙を発行している、酒好き。
ピート:印刷工、ドックの相棒。
カールトレンホルム:弁護士、ドックの親しい友人。
スマイリーヒーラー:飲み屋の店主。
マイルズハリソン:副保安官。
クライドアンドリュー:カーメルシティ銀行の頭取


 
 
 
 そいつは、道路に腹いになって苦しそうに悶え、翼をばたつかせて、
最後の突進に備えて筋肉を緊張させた。鋭いつめで、まるでライノタイ
プのチャンネルを切り替えるためにマットを叩くように、ジャリを引っ
いて突進して来た。
 そのとき、驚いたことに、そいつがしゃべった。
「ドック」と、そいつ。「起きて、ドック」
 手が、ジャバウォックのではない手が、オレの肩をゆすっていた。

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            1
 
 今は、暗い夜でなく夕方の薄闇で、オレは自分のデスクのスイベルチ
ェアに座って、ピートを見上げていた。ピートは、オレにニヤリとした。
「もうすぐ終了、ドック」と、彼。「あんたはこの最終版から、2行削
るだけ。もうすぐ終了、あと1回で」
 オレの前にゲラ刷りを置いた、たったの1段長尺の。オレは青の鉛筆
で2重線を引いた。たまたま切りのいいセンテンスだったので、ピート
は印刷し直す必要はなかった。
 彼は、ライノタイプまで行って、電源を落とした。突然の静寂になっ
て、あまりに静かなので、遠く離れた蛇口の水滴がれる音が聞こえた。
 オレは、立ち上がって背伸びをした。ピートが最終版を組んでるあい
だ少しうたた寝して足がふらつくが、いい気分だった。週に一度だけ、
ある木曜、カーメルシティクラリオン紙は、早くも、印刷を待つだけだ。
もちろん、重大ニュースは入ってないが、絶対ないというわけでもない。
 6時半で、外はまだ暗くはない。いつもよりなん時間も早く済んだ。
これから、ドリンクタイムにしよう。
 デスクのボトルは、健康のために、1口か2口、短くやるためのもの
だった。ピートに1口やりたいかいたが、まだいらない、スマイリー
の店に行くまで待つと言うので、オレは、自分の望み通り、健康な1口

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だけやった。ピートに断っておくことは、とても大事で、彼はたいてい
自分の仕事が終わるまでは飲むことはない。オレの分は済んだが、ピー
トの仕事は、機械の調整もあって、あと1時間は残っている。
 ドリンクは、オレのベルトのあたりに熱いかたまりとなり、オレはラ
イノタイプの脇の窓の方へ歩いて行って、外の静かな薄闇を見た。オー
ク通りの街灯は、窓際に立っているあいだに、電気がついた。オレは夢
を見ていた。なんの夢?
 通りと交わる歩道に、マイルズハリソンがスマイリーの店の前で立ち
止まり、ビールのクールなグラスが、誘惑しているかのようだった。彼
の心が手に取るように分かった。「オレはカーメル郡の副保安官。今夜
はまだ仕事がある。勤務中は飲めない。ビールは待ってくれる」
 そう、彼は歩き出したので、自覚の方が勝った。
 今、不思議に思うのは、もちろん、そのときは不思議に思わなかった
が、もしも彼が真夜中の前に死ぬと知っていたら、ビールを飲むのを止
めなかっただろうということ。彼はビールを飲んだだろうと思う。オレ
なら飲んだだろうが、そのことは、なにも証明してない。なぜなら、オ
レはなにがあっても飲んでしまうし、マイルズハリソンのような自覚は
ない。
 オレの背後、近くで、ピートは最終組版をフロントページの場所に入
れていた。「オーケー」と、彼。「ドック、ぴったりだ。入った!」

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「プレスロールに掛けよう!」と、オレ。
 これは、もちろん、言葉のあやで、1プレスだけで、回転はさせない。
ミール垂直型で、セットしてプレスする。しかもそれは、朝になるまで
動かさない。クラリオンは、週1回の新聞で、金曜に発行される。木曜
夜に組んで、ピートが金曜朝に印刷する。
「スマイリーの店に行くつもり?」と、ピート。
 それは、野暮や ぼな質問だった。オレはいつも木曜の夜は、スマイリーの
店に行く。そして、ふつうは、組版を最終的にロックアップしたら、ピ
ートも合流する、少なくともしばらくは。「ああ」と、オレ。
「そのとき、ゲラ刷りを持って行く」と、ピート。
 オレはさっと目を通すだけだったが、ピートは、いつもそうしていた。
 ピートは、優秀な印刷工で、大きなエラーはしないし、ちょっとした
誤植も見つけてくれるので、カーメルシティ紙には、その心配がない。
 オレはヒマで、スマイリーの店は待っているが、いくつかの理由で、
行くのを急がない。木曜は、ハードな仕事のあとで、軽く居眠りして寝
ぼけるほどでないが、窓際に立って、静かな夕暮れの静かな通りを見た
り、夜の残りを2・3杯のドリンクでリラックスしてゆっくり過ごそう
と考えているのが楽しい。
 マイルズハリソンは、スマイリーの店を過ぎて、12歩進んでから、
立ち止まり、Uターンして戻った。いいね、とオレは考えた。だれかと

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いっしょに飲みたかった。オレは、窓際を離れ、スーツコートを着て、
ハットをかぶった。
「またあとで、ピート!」と、オレ。階段を下りて、温かい夏の夜に出
た。
 マイルズハリソンのことは、誤解だった。彼は、もうすぐに店を出て、
タバコの包みを開けていた。オレを見て、会釈えしゃくした。オレが通りを渡る
あいだ、スマイリーの店の前で、タバコに火をつけて待っていた。
「いっしょに飲む、マイルズ?」と、オレ。誘った。
 彼は、残念そうに、頭を振った。「できればそうしたいが、ドック、
あとでする仕事がある。ラルフボニーとネイルスビルの件を知ってる?」
 確かに、オレは知っていた。小さな町では、みんな、すべてのことを
知っていた。
 ラルフボニーは、カーメルシティの郊外にあるボニー花火会社のオー
ナーだった。花火を製造していて、ほとんどが高価な大きな花火で、国
じゅうで販売されていた。毎年、7月の第1週までの数か月間、従業員
は、昼も夜もシフトで働き、7月の第4週の花火の需要に備えた。
 ラルフボニーは、カーメルシティ銀行の頭取のクライドアンドリュー
と、なにかで対立して、ネイルスビルで銀行を始めた。木曜の夜は、夜
遅く、ネイルスビルに車で行って、銀行をオープンさせて、夜のシフト
の従業員のために、給与を引き出せるようにした。マイルズハリソンは、

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副保安官として、いつもその護衛をしていた。
 そのような手続きは、いつもオレにはアホらしく思えた。夜のシフト
の給与は、数千ドル以上にはならないし、ボニーは、従業員が昼のシフ
トのときに会社で支払えば済むからだ。しかし、それが彼のやり方だっ
た。
「そうだった、マイルズ、けど、数時間もあと。1杯くらいならなんで
もない」
 彼は、ニヤリとした。「それは分かるが、1杯が2杯になって行く。
それで、自分でルールを作って、その日の勤務がすべて終了するまでは、
1杯も飲まないと決めた。それを守れなかったら、オレは撃沈だ。しか
し、誘ってくれてサンクス、ドック、雨天引換券をもらっておく!」
 引換券をもらっても、彼はそれを使えないだろう。1杯おごらせて欲
しかった。あるいは、なん杯か、雨天引換券は、架空のもので、真夜中
の前に死んでしまう男には、なんの価値もないからだ。
 しかし、オレは知らなかったので、抗議もしなかった。「ああ、マイ
ルズ」と、オレ。子どもたちのことをいた。
「みんな、元気さ、じゃあ、またいつか!」
「ああ」と、オレ、スマイリーの店に入った。
 大きい、禿ハゲのスマイリーヒーラーがひとりだった。オレが店に入ると、
笑顔で言った。「はい、ドック、編集はどう?」それから、耐えがたい

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ほどおかしなことを言ったかのように、笑った。スマイリーは、ユーモ
アのセンスがつゆほどもなく、自分が言ったことや聞いたことを笑いさえ
すればおかしくできると勘違いしていた。
「スマイリー、苦痛を与えてくれるね」と、オレ。スマイリーには事実
を述べても安全、どんなに深刻なことでも、ジョークだと思ってくれる。
笑うと思って、どこが苦痛か話したとき、一度だけ笑わなかったことが
あった。
「ここで早く会えてよかったが、ドック」と、彼。「今夜は薄闇」
「カーメルシティは、毎晩、薄闇」と、オレ。「この時間のほとんどが
好き。木曜の夜だけ、1度だけなにかが起こるとしても、好き。オレの
長いキャリアで、一度でいいから、みんなをゆすぶるような、ホットな
記事を書きたい」
「なんだって、ドック?この国のだれも、週1回、ホットニュースなん
て読みたいと思ってない」
「分かってる」と、オレ。「それが、みんなを1度だけおもしろがらせ
たい理由。23年間クラリオン紙を出している。1回限りのホットな記
事、期待する方が無理?」
 スマイリーは、顔をしかめた。「2回強盗があった。それと、殺人が
1回、数年前」
「ああ」と、オレ。「だから?工場の1つが発表したところによると、

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ボニー社長が、酔ってだれかとケンカになって、かなり強く殴ったそう
だ。これは、計画的殺人ではなく、偶発的殺人だ。とにかく、それは土
曜に起こって、古いはなしだから、この町の者はみんな知っているが、
つぎの金曜には、クラリオン紙に載った」
「そう、みんなあんたの新聞を買って、教会の社会活動の参加者の名前
を捜したり、中古の洗濯機を手に入れたりする、なにか飲む?」
「だれかがそれを言うころだと思った」と、オレ。
 彼は、オレのためにグラスに注ぎ、ひとりで飲む心配は必要なかった。
自分の分もグラスに注いだ。それらを飲んでから、オレはいた。「カ
ールは、今夜来る?」
 カールは、弁護士のカールトレンホルムのことで、カーメルシティで
もっとも親しい友人だった。この町の3・4人のひとりで、彼らとは、
チェスをしたり、牧草地と政治以外の知的な議論をすることができた。
カールは、オレが、新聞を印刷に回してから、いつも、少なくとも数杯
飲むためにここへ来ることを知っていて、木曜の夜はしばしばスマイリ
ーの店に立ち寄った。
「来ないと思う」と、スマイリー。「カールは、今日の昼、ずっといて、
お祝いしていた。なにかおうへいなな感じで、朝、裁判に勝ったそうだ。
家に帰って、ゆっくり眠ってると思う」
「なんで」と、オレ。「夜まで待っていてくれなかったんだろう?彼を

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助けたかった。言って!スマイリー、カールが訴訟に勝って、お祝いし
ていたって?どうも別々のことを言ってるようだ。彼は負けた。ボニー
社長の離婚のこと?」
「ああ」
「それなら、カールは、ラルフボニーの弁護人で、ボニーの妻は、離婚
を勝ち取った」
「新聞にせた?」
「もちろん」と、オレ。「今週の良い記事の最新版」
 スマイリーは、頭を振った。「彼は、あんたがそれを載せないで欲し
いと言っていた。あるいは、短い速報くらいにして、彼女が離婚に勝っ
た事実だけにするとか」
「それは聞いてない、スマイリー」と、オレ。「なぜ?カールは、その
裁判で負けてないよ?」
 スマイリーは、バーには、ふたりしかいなかったが、内密の話をする
ときのように、バーカウンターから体をこちらに傾けて、言った。「ボ
ニーは離婚を望んでいた?妻は、あばずれだった、分かる?ただ、訴え
る材料が見つからなかった。とにかく、裁判にするつもりはなかった、
分かる?それで、彼は、自分の自由を勝ち取った。彼女が訴えるなら、
罰金を支払えば、彼は、彼女の訴えを認めたことになる。あんたの考え
た記事は、どこから?」

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「判決から」と、オレ。
「そう、彼は物事の表面しか見てない。カールは言っていた、ボニーは
いいやつ、このような冷酷な罰金は、の骨頂だ。彼は、手を彼女に置
いたことはない。しかし、女は、ボニーがなんでも自由にさせてくれた
ことにあぐらをかいていた。10万ドルの罰金が、その最たるものだ。
カールは、その冷酷な罰金が、みんなの名誉を損なうのではないかと心
配している」
「最低だ」と、オレ。「クラリオン紙に載せられるようなものでない」
「カールは言っていた。あんたはその記事の真実を知らないから、簡潔
に、B夫人は、離婚が許され、裁判は結審したとだけ書いて、罰金につ
いては触れないでくれと」
 オレは、その週の真実と思われる記事を考えた。ボニーの妻が彼に請
求した罰金の額を、慎重に計算した。記事を書き直すか削除するという
考えに、オレはうなった。今、真実を知ったからには、今の記事を削除
しなければならない。
「カールのやつ」と、オレ。「オレが記事を書いて、印刷に回す前に、
なぜ、話してくれなかった?」
「彼は、それを考えていたよ、ドック、しかし、友情を、あんたが書く
ニュースに影響させるように使いたくはなかった」
「なんというやつ!」と、オレ。「たった1つ通りを渡れば済むだけな

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のに!」
「カールは言っていた。ボニーはいいやつ、もしもあんたが、それらの
罰金のリストを公開したら、彼との決定的な別れになる、なぜなら、そ
のリストにほんとうのことはなにひとつ含まれていないから」
「それ以上、こすらないでくれ!」と、オレ。遮っさえぎ
「記事を変えて来る。カールがそう言ったのなら、彼を信じる。罰金が
すべてほんとうでないとは言えないので、少なくとも、削除して来る」
「そりゃいい、ドック」
「ああ、大丈夫。もう一杯、スマイリー、そして、行ったら、ピートが
帰る前に捕まえる」
 オレは1杯やりながら、自分の書いた記事のダメさ加減を呪った。直
す必要があった。ボニーを、通りであいさつするくらいで、個人的には
知らないが、カールトレンホルムは親しい友人で、彼がボニーは正しい
と言うなら、オレの書いた記事は、フェアでなかった。そして、スマイ
リーのこともよく知っていて、カールの言ったことを、誇張なしに、そ
のまま伝えたと信じている。
 それで、オレは、ぶつぶつ言いながら、通りを渡って、来た道を戻り、
クラリオン紙のオフィスの階段を上った。ピートは、フロントページの
組版のしめ枠を固定したところだった。
 オレがすることを伝えると、彼は、しめ枠のくさびをゆるめた。オレは、

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組版をあっちこっち眺めてから、記事を読み直した。もちろん、左右逆
にひっくり返ったまま、タイプされたものを読むように読めた。
 最初のパラグラフは、全体のまとめで、そのままで良かった。オレは
ピートに言って、残りの活字をすべて、いったん、くず活字入れへ入れ
てもらった。ケースのところへ行って、10ポイント活字で、短いタイ
トル「ボニー、離婚を認めた」を作って、もっと長い記事用の24ポイ
ント活字のタイトルと入れ替えた。そのスティックをピートに手渡し、
彼がタイトルを入れ替えるのを見ていた。
「ページに、9インチくらいの穴ができた」と、彼。「なにで埋める?」
 オレは、ため息をついた。「なにかで埋めよう」と、オレ。「フロン
トページでなく、4ページ目に場所を見つけてくれ!入れ替えたところ
から、9インチの穴埋めフィラーのスティックを使えばいい」
 オレは、4ページ目の組版を見ながら迷った。比較のために、パイカ
スティックを拾い上げた。ピートは、ラックへ行って、フィラーのゲラ
刷りを出して来た。サイズ的にぴったり収まるのは、クライドアンドリ
ューが、彼は、カーメルシティ銀行の頭取でありバプティスト教会の熱
心な信者でもあるが、教会で中古品セールを来週の木曜夜に行うという
記事だった。
 これは、地球を揺るがすニュースということでもなかったが、インデ
ントすればサイズ的にちょうどボックスに収まった。多くの名前が出て

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来て、つまり、多くの人々を、特にクライドアンドリューを喜ばすこと
になる、もしもフロントページに持って来れば。
 それで、オレたちは、移動させた。むしろ、ピートがフロントページ
の囲み記事を組み直し、オレは、4ページ目のギャップをフィラー記事
で埋めて、そのページを、ふたたび、ロックさせた。ピートは、中古品
セールの記事の埋め込みを、オレが4ページ目を完成させるまでに終え
ていて、今度はオレが、フロントページの完成を待って、そのあといっ
しょに、スマイリーの店へ行けた。
 オレは手を洗いながら、フロントページのことを考えた。ヘクト&マ
カーサーの陰。ホレスグリーリーの改革進まず。
 ほんとうに一杯やりたくなった。
 ピートは、ゲラ刷りを出そうとしていて、オレは邪魔しないことにし
た。たぶん、読者は1ページ目を読むだろうが、オレは読むつもりはな
い。もしも逆の見出しやまだらのパラグラフがあったら、おそらく、修
正されるだろう。
 ピートも、手を洗って、ドアに鍵を掛けた。まだ、木曜の夜の早い時
間、7時を少し回ったくらいだった。そのことが、ハッピーな気分にさ
せてくれるはずだった。良い新聞に仕上がっていたら、そうだっただろ
う。誰かが寝床につこうとしていたら、朝まで生きられるか疑問だった。
 スマイリーの店には、別の客がふたりいて、その相手をしていた。オ

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レは待ってる気分でなかったので、カウンターを回って裏の棚から、オ
ールドヘンダーソンのボトルとグラスを2つ持って来て、オレとピート
の前に置いた。スマイリーとオレは、互いの了解のもとで、忙しいとき
は手伝いをしていいことになっていて、あとで清算することにしていた。
 ピートとオレのグラスにウイスキーを注いだ。一口飲んでから、ピー
トが言った。「さて、来週号は、どうやる?」
 彼がそう言うたびに、いっしょに働いて来たこの10年間、なんどそ
のことを考えただろう?
「52かける23は、ピート?」と、オレ。
「う〜ん、難しい、なぜ?」
 オレは、その数字の説明をした。「50かける23は、1150、そ
れに23を2つ加えれば、1196になる。ピート、オレは1196回、
木曜夜に、新聞をセットして来た。しかし、一度も、ビッグでホットな
記事というのはなかった」
「ここは、シカゴだよ、ドック。なにを期待してる、殺人?」
「いいね、殺人」と、オレ。
 ピートがこう言ってくれなかったら、おかしな響きになっていた。
「ドック、一晩に3つの殺人があったとしても?」
 もちろん、彼は笑わなかった。けれど、どうにかして、もっとおかし
いことを言おうとしていた。「しかし、もしもそれが友人であっても?」

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と、彼。「あんたの親友、たとえば、カールトレンホルム。クライオン
紙に記事を載せるために、殺されてほしい?」
「もちろん、違う」と、オレ。「まったく知らないだれか、たとえカー
メルシティでも、まったく知らないやつ。イェフディにやらせよう」
「イェフディって、だれ?」と、ピート。
 オレは、ピートを見た。オレをからかってるかどうか見るために。見
たところ、からかってはなかった。それで、オレは説明した。「存在し
ない小人さ。この詩を覚えてる?」
 
『階段で小人を見た。
 そこには存在しない小人。
 小人は今日もいなかった。
 そう、望む。去っていったと』    
 
 ピートは笑った。「ドック、あんたは、いつもおかしい!『アリスの
ビックリラン』にもあった、酔うと引用する詩のようなのが」
「今度のは違う。酔ったときだけ、ルイスキャロルを引用するって、だ
れが言った?今でも引用できる、まだ、今夜は飲み始めたばかりで、ま
ったく酔ってない『なぜ人は、と赤の女王はアリスに言った、同じ場所
で酒を飲み続ける?』しかし、今は、まったく違うものを引用しよう。

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  夕暮ゆうぐれに トーブたちは
  芝生しばふに 穴をあける」    
 ピートは、立ち上がった。「ジャバウォック、『アリスのルッグラン』
から」と、彼。「前にも、引用してくれた、100回。おかげで、みん
な覚えてしまった。オレはもう行く、ドック。ドリンクをサンクス!」
「オーケー、ピート、1つのことを忘れないで!」
「なんのこと?」
 オレは、言った。
 「娘よ ジャバウォックに気をつけよ
  強いアゴ 鋭いツメ
  ジャブジャブ鳥にも 気をつけよ
  いかり狂った バンダースナッチにも」    
「ヘイ、ドック!」と、スマイリー。電話から、オレを呼んだ。30秒
前に電話が鳴っていたのを、今、思い出した。「あんたに電話、ドック」
そして、これよりおもしろいことはずっとなかったかのように笑った。
 オレは立ち上がって、電話に向かい掛けた。途中でピートにグッナイ
と言った。
「ハロー」と、オレ。電話に。「ハロー」と、相手。「ドック?」オレ
は「ああ」と言った。
「こちら、クライドアンドリュー、ドック」と、相手。とても落ち着い

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てしゃべった。「殺人があった」
 ピートは、もう、ドアまで行っていた。最初に思いついた。「ちょっ
と待って、クライド」と、オレ。受話器を手でふさいで、叫んだ。「ヘ
イ、ピート!」
 彼は、ドアのところにいたが、振り返った。
「行かないで!」と、オレ。叫んだ。バーカウンターの距離があった。
「殺人の記事が入った。記事を組み換えよう!」
 スマイリーのバーが、一瞬、静まり返った。ふたりのやり取りを聞い
て、ほかの客も話を中断して、こちらを見た。ピートは、ドアのところ
から、こちらを見た。スマイリーは、ボトルを手にしたまま、こちらを
見た。まじめな顔で。実際、オレが受話器を持ち返ると、ボトルは手か
ら落ちて、音を立てて、オレを跳び上がらせた。オレは口を閉じて、冷
静になろうとした。床に落ちて砕け散ったボトルは、1秒間、リボルバ
ーを撃った時のような音を立てた。
 どもらないでしゃべれるようになるまで待ってから、受話器から手を
離して、精一杯、冷静に言った。「オーケー、クライド、続けて!」





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35





 
            2
 
 『あなたは 誰?』と わたし
 『どうやって 生活を?』
  男の言うことは、頭を したたる
  ざるの中の 水のように    
 
「新聞を発行している、ドック?」と、クライド。「最初、オフィスに
電話したが不在だった。だれかが、スマイリーの店かもと言ったので、
掛けてみた。しかしバーにいるなら」
「大丈夫」と、オレ。「続けて!」
「殺人だと分かっている、ドック。発行の準備を終えてバーにいるとこ
ろを悪いが、記事の差し替えをお願いしたくて、火曜の予定だった中古
品セールは中止になった。その記事を削除できる?そうしないと、新聞
を読んだ多くの者が、火曜の夜に教会に来て、がっかりして帰ることに
なる」
「分かった、クライド」と、オレ。「なんとかする」
 電話を切った。カウンターに戻って、座った。オレのグラスにウィス
キーを注ぎ、ピートが戻ったので、ピートの分も注いだ。

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 彼が、電話はなんだったのか訊いたので、説明した。
 スマイリーとふたりの客は、静かに、こちらを見ていた。しかし、ス
マイリーがこう訊くまでなにも言わなかった。「なにがあった、ドック?
殺人って言わなかった?」
「からかってみただけ、スマイリー!」と、オレ。スマイリーは、笑っ
た。
 オレは一口飲み、ピートも一口飲んだ。「今夜早くに、なにかがあっ
たことは分かる。しかし、教会の記事をなくすと、フロントページには、
9インチの穴がずっと続いて、なにで埋める?」
「分かってる!」と、オレ。「今夜、そのことを取材して来る、あんた
が朝、印刷に回すまでに、記事にする」
「今、そう言っていた、ドック。しかし、8時までに間に合わなければ、
ページの穴をどうする?」
「オレへの信頼が薄過ぎる、ピート。朝までになんとかすると言ったら、
そうする、たぶん」
「しかし、もしもできなかったら?」
 オレは、ため息をついた。「好きなようにすれば」ピートは、そのと
きはなにかで埋めてくれる、とオレは知っていた。うしろのページから
なにか持って来て、うしろのページは、穴埋め用の囲みか購読広告を入
れるなどして。

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                            (つづく)

















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 彼はクックと笑ってから、引用した。
 
               ◇
 
「あなたは年寄り、ウィリアム牧師!」と、若者。「あなたの頭は、白
髪。なのに、いつも、頭で逆立ちしている!それって、あなたの年齢と しに、
ふさわしい?」
                        
 
               ◇
 
 そう、キャロルはそれに答えたので、オレもそう答えた。
 
               ◇
 
「たしかに若いころは」と、ウィリアム牧師。息子に答えた。「頭に悪
いんじゃないかと、心配しておった。けれど、今、まったく悪いことな
んかないと、断言できる。なぜなら、いつも、こうしておるからじゃ!」



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43















 
            3
 
 楽しそうに笑い
 ツメをきちんと広げて
 うおを迎えると
 アゴもやさしく笑う    




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45















 
            4
 
 『ちょっと 待って!』と カキたちは叫んだ『話す前に
  息を切らしてる者がいる みんな 太っているし』
 『急がなくていいよ!』と 大工 みんなは大工に感謝した  





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            5
 
 砂がみんな 乾いていると 威勢がよく
 サメを バカにしたように しゃべる
 しかし 潮が満ちて サメたちに囲まれると
 声は ふるえて おくびょうに
 



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            6
 
「どのくらい遠く?」鱗のうろこある友人が答えた
「向こう岸だよ 反対側
 イングランドのとなりは フランス
 そしたら元気を出して いっしょにダンス」
 



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            7
 
 『それは ずるい!』と セイウチ『トリックにかけるのは
  遠くから連れてきて すばやく 料理してしまうとは!』  






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            8
 
  女子戦士は 剣を手に
  はるかなる 追跡ついせきの旅
  タムタムの木陰こかげで 眠り
  思いをめぐらして 立ち止まった    




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55















 
            9
 
 『まず 魚は つかまる』
  それはやさしい 簡単につかまる
 
 『つぎに 魚は 売られる』
  それはやさしい 1ペニーで売られる    



58

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            10
 
  立ち止まった そのとき
 「ガルゥールルルゥ!」
  いかり狂った ジャバウォックが
  タルシーの森から おそってきた    




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            11
 
 『カキたちは』と 大工『みんな楽しく走った!
  また 家に急いで帰るのかい?』だれも こたえなかった  






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            12
 
 「グラスにワインを いそいでそそいだら
  テーブルには ボタンとブランをまいて
  コーヒーにはネコ 紅茶にはネズミ
  女王アリスを 歓迎しよう
  30かける3!」    



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63















 
            13
 
  さらに、がんこに 言った
 『私が 小さな魚たちを起こす もしも』
 
  たなのコルク栓抜せんぬきを 手にしたら
  小さな魚たちを起こしに 行く    



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65















 
            14
 
「あなたは、若くはない」と、若者。「視力も、かなり弱ってるはず。
なのに、鼻の上で、ウナギを乗せてバランスがとれるのって、器用すぎ
る?」    





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67















 
            15
 
  剣でき 剣で貫いつらぬ
 「トゥーフ!」
  ジャバウォックを倒した
  野獣のツメを 持ち帰った    




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