失われた母星
             ━━━スタートレック 第一話
             ロベルトオルシー、アレックスクルツマン
              
            プロローグ
             
 USSケルヴィンは、恒星の近くを航行中、宇宙嵐に遭遇した。
「ケルヴィン、こちら、艦隊基地」と、無線。
「艦隊基地、データを送ったが、受信したか?」と、ケルヴィンの通信
仕官。
「ケルヴィン、この数値は、見直した?」
「重力センサーが、異常な数値を示しています。稲妻を伴う、嵐が━━」
「でも、こんな数値は、ありえないわ」
「ええ、分かっています。だから、送ったんだ」
「報告!」と、船長。ブリッジに入ってきた。



 

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「まだ、視界のそとです」
「20秒、待ってください!」
「ロバウ船長、気をつけてください!宇宙艦隊が、注意して進め、と」
「スクリーン、オン!」と、ロバウ。船長席に、座った。
「クリンゴンか?」と、艦隊基地。
「姿を、とらえました」と、技術仕官。
「クリンゴンではありません。クリンゴン領域からは離れていて」
「船長、見てください!」
「なんだ、ありゃ?」と、ロバウ。
 宇宙嵐の平面から、巨大な宇宙船が出現し、ケルヴィンに立ちはだか
った。
「敵の武器に、ロックされました!」
「非常警報!」と、ロバウ。
「魚雷が、こちらを、ロック!方位320」
「攻撃準備!」と、ロバウ。
 敵艦から、魚雷が発射された。
「回避行動!デルタファイブ!」と、ロバウ。
「魚雷、来ます!」
 魚雷は、分裂して、数十箇所に、直撃した。
「フェイザー砲、発射!」と、ロバウ。「被害報告!」

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「ワープドライブが、破損!こんなの、見たことありません」と、機関
部。「メインパワー、38パーセント」
「次の魚雷、来ます!」
「前方シールド!」と、ロバウ。
 魚雷は、ふたたび、分裂して、数十箇所に、直撃した。
「中尉!」と、通路にいた女性仕官。一瞬、音声が途切れ、宇宙空間に
ほうりだされた。
「安定機能、不能!」と、ブリッジの仕官。
「シールドは?」と、ロバウ。
「酸素濃度、低下!」と、技術仕官。
「シールド、低下中、10パーセント!低下、止まりません!」と、副
長。
「残りのパワーを、前方シールドへ!」と、ロバウ。「シャトルで、避
難の準備!」
「諸君!」と、スクリーンに映った、敵の仕官。「私の上官が、そちら
の船長を招いて、停戦を協議したいそうだ。シャトルに乗って、こちら
に乗船せよ!断るのは、得策では、ない!」
 ロバウは、しばらく思案し、「いっしょに来い!」と、副長に命じた。
 副長は、ロバウに従って、通路を歩いた。
「15分、連絡がなかったら、避難を開始しろ!」と、ロバウ。

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「救難信号は?」と、副長。
「近くに援軍は、いない!自動操縦にして、脱出するんだ!」
「はい、船長」
 ロバウは、エレベータに、ひとりで入った。
「きみが船長だ、カーク」
 ロバウは、階下へ降りると、シャトルに乗り込んで、敵艦に向かった。
敵艦は、惑星の鉱山掘削用の巨大な宇宙船で、掘削トンネルの奥に、本
体があった。ロバウは、シャトルを降りた。
「心拍数、上がっています」と、ケルヴィンの技術仕官。スクリーンに、
ロバウの身体モニターが映し出された。副長は、船長席で、それを見て
いた。
 ロバウは、敵艦の奥まで連れて来られた。
「この船を見ろ!」と、敵のひとり。立体モニターに、船体を映した。
「指揮官は、誰だ?」と、ロバウ。「彼か?」
「私が、ネロ船長の代理で話す」
「では、船長にたずねろ!どういう理由で、連邦の船を攻撃した?」
 ネロは、座ったまま、なにも答えなかった。
 船長代理は、人物の立体写真を、モニターに出した。
「あなたは、スポック大使の居場所を知っているか?」と、船長代理。
「私は、そのかたを存じ上げないが」

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「現在の宇宙暦は?」
「現在の宇宙暦?━━━2233・04だ。きみは、どこから?」
「ウウォー」ネロは、いきなり、やりを振りかざして、ロバウを刺した。
 ケルヴィンの身体モニターには、「心拍停止」と表示された。
「敵は、また、魚雷を発射しました!」
「回避行動!」と、カーク。「ブラボシックス!攻撃せよ!」
 ケルヴィンは、フェーザー砲で応戦したが、ブリッジにも被弾した。
「7名死亡しました!」
「一般命令13を発令する!」と、カーク。「総員退避だ!」
「了解!」
「全デッキ!こちら船長だ!」と、カーク。「ただちに、船を捨てて、
総員退避!各自、指定のシャトルに乗れ!繰り返す」
 ブリッジの仕官は、全員、席を立った。
 医務室。臨月の女性を車イスに乗せて、看護婦が退避を始めた。
「ジョージの声よ、どういうこと?」と、車イスの女性。
「シャトルで、お産よ!行って!」と、看護婦。
「船体が破損!早く、逃げろ!立たせろ!」機関部から、退避する乗員。
何人かは、爆発で吹き飛ばされた。
「ジョージ!」と、車イスの女性。無線で。
「無事か、よかった」と、カーク。「医療シャトル37号を、スタンバ

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イした。そこまで、行けるか?」
 看護婦たちは、エレベータを降りた。
「大丈夫だから、オレの言うとおりにしろ!シャトル37号だ!」
「ジョージ、もうすぐよ!赤ちゃんが、生まれそうなの!」
「今、すぐ、行く!」
 カークは、ブリッジで、ひとりで、反撃していた。
「自動操縦機能は、破損しました」と、コンピュータ。「手動運転のみ
です」
 通路。
「今すぐ、デッキを出ろ!シャトルに乗れ!急げ!」と、仕官。
「格納デッキに向かえ!」と、別の仕官。
「あーあー」と、車イスの女性。「もうじきよ!」
「呼吸を続けて!」と、看護師。「大丈夫です!」
「赤ちゃんも無事よね?」
「無事です」
 看護婦たちは、やっと、シャトルに着いた。
「ここです。さ、座ってください」と、看護師。
 仕官のひとりが、運転席についた。
「シャトル37号、私の妻は乗ってるか?」と、カーク。無線で。
「はい、もう、お乗りです」と、仕官。

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「すぐ、出発だ!いいな!」
「あなたを、お待ちします!」
「いや、行け!ただちに、発進しろ!命令だ!」
「はい、船長」
「待ってよ!」と、女性。「出発しないで!」寝かされたベッドから起
き上がろうとした。「お願い、めて!」
 シャトルは、格納デッキから離陸した。
「ジョージ、シャトルが出るわ!今、どこ?」
「ミランダ、聞いてくれ!オレは、いっしょに行けない。きみらが、生
き延びるためだ」
「そんな。まだ、船にいるの?ここに、来てよ」
「ここで、反撃しないと、シャトルが脱出できない!」
「ジョージ、あなたがいないと、無理よ!」
「いいわ、いきんでください!今よ!」と、看護婦。
「あーあー」と、ミランダ。
 シャトルは、2台脱出していった。敵の魚雷が、追尾してきたが、カ
ークのフェーザー砲による攻撃で、2発とも、撃ち落とされた。
 スクリーンに、システム故障の表示。さらに、衝突警告。
「衝突まで、59、58、57━━━」
 赤ちゃんの鳴き声が聞こえた。

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「どっちだ?」と、カーク。
「男の子よ」と、ミランダ。
「男か!どんな子だ?」
「かわいい子よ。あなたに、ここにいてほしい」
「衝突、警報!」と、コンピュータ。
「名前は、なににする?」と、カーク。
「あなたのお父さんの名前は?」
「タイベリアス?冗談だろ!そりゃ、最悪だよ!きみのお父さんの名前
にしよう!ジムがいい!」
「ジム、いいわ。ジムね」
「ミランダ、聞こえるか?」
「聞こえる!」
「きみを愛している!愛している!」
 ケルヴィンは、敵の本体近くで爆発した。
 恒星の光を受けて、避難するシャトルのシルエットが浮かび上がった。
 





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 アイオワ州。
 草原の道を、疾走する車。運転席には、少年。速度計は、70マイル
を越えた。
 電話が鳴って、少年がスイッチを押した。
「おまえ、ふざけんな!それは、アンティークカーだぞ!パパが地球に
いないからって、許されると思ったら、大間違いだ!帰ってこい!今、
すぐだ!おまえは、おれの家に住んでるんだし、だいだい、それは、オ
レの車だ!もし、傷でもつけたら、おまえのケツを、ムチで」
 少年は、電話のスイッチを切った。少年が車の屋根のレバーを引くと、
屋根が吹き飛んだ。
「ヤァー」と、少年。大声を出した。
 道路を歩く、別の少年。車がうしろから来たので、片手の親指を上げ
たが、車は、そのまま通過した。
「おい、ジョージ!」と、車の少年。クラクションを鳴らして、手を振
った。
 ジョージと呼ばれた少年は、立ち止まった。サイレンを鳴らした、エ
アーバイクが追い越していった。
 エアーバイクは、すぐに、車に追いついた。

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「そこの市民。まりなさい!」と、エアーバイクのロボット警官。
 少年は、右にハンドルを切って、警官をやり過ごした。
 車が、立ち入り禁止のフェンスを越えてゆくと、先は、断崖になって
いた。
 少年は、急ブレーキをかけて、車から脱出した。車は、崖を落下して
いった。
 あとから、エアーバイクがとまって、警官が降りてきた。
「なにか、問題ありました?」と、少年。
「市民、名前を言いなさい」と、ロボット警官。
「オレは、ジェームズタイベリアスカーク」
 
               ◇
 
 バルカン星。
 多くの少年が、アカデミーで個別の授業を受けていた。
「球体の体積を求める公式は?」
「3分の4掛ける、パイアールの3乗」
「1・26」
「楕円」
「アップクォークの電荷は?」

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「プラス3分の2」
「2396304の平方根は?」
「1548」
「次元とは?」
「この場合の次元は、非排他性と非対立性の対数で」
「倫理的にりっぱであるが、義務であるとはいえない」
 帰りじたくを始めた少年の背後に、3人の少年。
「スポック!」と、3人のひとり。
「きょうは、新らしい悪口を言うんだろうね」と、スポック。
「そのとおり!」
 スポックは、振り返った。
「ぼくの感情を乱そうという試みは、これで、35回目だ」
「バルカン人でも、地球人でもないおまえに、居場所はない」と、別の
ひとり。
「見ろ!人間の目だ!悲しそうにみえる」と、最初のひとり。
「感情的反応には、刺激が必要か?」別のひとりは、スポックを突き飛
ばした。「おまえの父は、裏切りものだ!結婚相手が、地球の女!」
 スポックは、それを聞いて、相手に反撃した。馬乗りになって、打撃
を加えた。
 

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               ◇
 
 アカデミーの通路に、スポックは座っていた。
 アカデミーの評議員をつとめる、スポックの父が、歩いてきて、とな
りに座った。
「父上を、裏切り者と」と、スポック。
「感情は、われらにも流れている」と、父。「地球人のそれより、奥深
くにな。論理によって、地球人には、得がたい平穏を得るんだ。感情を
支配しろ。感情に支配されては、ならない」
「完璧なバルカン人になれというんですね?地球人と結婚した人が」
「地球大使として、地球人を観察し、理解するのが、私のつとめだ。母
上との結婚は、論理的だ」
 スポックは、理解しがたいものを感じた。
「スポック、おまえは、自分で自分の運命を決める力をもっている。向
きあうべき問題は、どちらの道を選ぶのか。それは、おまえだけが決め
ることだ」
 
               ◇
 
 数年後。アカデミーの卒業をひかえた、スポックの家。

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「スポック」と、スポックの母。やってきたスポックのえりを整えた。
「心配する必要は、ないのよ。あなたは、大丈夫!」
「心配などしていません」と、スポック。「それに、大丈夫という言葉
は、意味があいまいです」
「そうね」
「個人的なことを言います」
「どうぞ」
「私が、もし、コリナーの境地に達して、感情を排除しても、あなたへ
の感謝の念が変わることなど、ありえません」
「スポック、あなたが、たとえ、どんな生き方を選んでも、わたしは、
あなたを、誇りに思うわ」
 
               ◇
 
 アカデミーの評議会。壇上の評議員たちの前に、スポック。
「きみは、指導者たちの期待を高く上回った」と、議長。「最終試験は、
完璧だ。ただ、例外がひとつ。きみは、宇宙艦隊へも入隊を志願したよ
うだな?」
「選択肢を模索するのは、論理的です」と、スポック。
「論理的だが、不必要だ。きみは、バルカン科学アカデミーへ、入れる

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のだ。我々は、きみの努力を、たいへん高く評価している。不利を、よ
く、克服した。全員、起立!」
 評議員たちは、立ち上がった。
「私に不利があったと?どのような不利のことでしょうか?」と、スポ
ック。
「母が、地球人だ」と、議長。
 スポックは、壇上の父の顔を、一瞬見た。
「おそれながら、入学を辞退いたします」と、スポック。
「アカデミーの入学を辞退した、バルカン人は、いないぞ」と、議長。
「半分、地球人ですから、その記録は、汚しません」
「スポック」と、壇上の父。「バルカンのやり方を尊重すると、誓った
はずだ」
「では、なぜ評議会に現われた?」と、議長。「反抗心という感情を、
満たすためか?」
「伝えたい感情は、感謝のみです」と、スポック。「みなさんのご配慮
に、感謝いたします。長寿と繁栄を」
 
               ◇
 
 アイオワ州。

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 若者たちでにぎわう、夜のナイトクラブ。
 ウラは、艦隊アカデミーの仕官候補生の制服で、クラブに入店すると、
友人たちに挨拶してから、カウンター席についた。
「クラブニアファイアティー、ひとつと」と、ウラ。隣に、無口な宇宙
人の客。「バトワイザークラシック、3本、カーデシアサンライズ、2
杯と、あと」
「スラッシュも、おすすめです」と、バーテン。
「じゃ、スラッシュミックスで」
「女ひとりには、多いな」と、カーク。黒皮のジャンパー姿で、宇宙人
の客のとなりから顔を出した。
「あと、ジャックのストレート」と、ウラ。
「それ2つね、オレのおごり!」と、カーク。
「自分で払う!そういうの、結構よ」
「びしゃっと断る前に、名前くらい聞こうと思わない?」
「だから、結構よ」
「きみは、結構だろうけれど。ジムだ、ジムカーク」
 ウラは、黙っていた。
「教えてくれないなら、名前、勝手につけるよ」
「ウラよ」
「ウラって、ホント?今、そう呼ぼうと、思ってた。ウラ、なに?」

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「ただの、ウラ」
「きみの世界は、ラストネームないのかい?」
「ウラが、わたしのラストネーム」
「じゃ、ないのは、名前の方?ちょっと、失礼」
 カークは、自分のグラスを持って、ウラの席に移動した。
「で、きみ、仕官候補生だろ?なにが、専門なの?」
「異星言語学。なんだか、分かんないでしょ?」
「違う星の言葉の研究だろ?語形変化や、音韻おんいん、発音。じゃ、耳がいい
わけだ」
「へぇ、驚いた。世間知らずの、おバカさんだと思っていた」
「まぁ、歯科し かじゃない」
 別の仕官候補生が、声をかけてきた。
「こいつに、からまれているのか?」
「そうなの!」と、ウラ。「でも、自分でなんとかできる」
「それって、ご招待?」と、カーク。
「おい、女性に失礼だぞ」と、仕官候補生。
「落ち着けよ、カップケーキ!冗談だって」
「おい、こいつ、数も数えられないのか?こっちは、4人で、そっちは、
ひとりだ」
「じゃ、もう少し、集めてこいよ!それで、勝負になる!」

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 仕官候補生は、カークを殴った。
「ちょっと、やめてよ!」と、ウラ。
 カークは、振り返って、仕官候補生を、蹴り飛ばした。
「やめて!」と、ウラ。
 別の仕官候補生の攻撃も、カークは、かわしたが、3人目に殴られて、
ウラの方に倒れて、逆に、ウラに突き飛ばされた。
 カークは、テーブルの上に倒されて、殴られ続けた。
「やめて!もう、いいでしょ」と、ウラ。
 その時、指笛のが響いて、ドアから、パイク船長が現われた。
「外へ出ろ!」と、パイク。「全員だ!行け!」
 仕官候補生たちは、全員、外へ出ていった。
「大丈夫か?」パイクは、テーブルの上のカークに声をかけた。
「指笛、うまいですね。よく、響いてましたよ」と、カーク。
 
               ◇
 
 閉店後のナイトクラブで、カークは、パイクの話を聞いていた。
「バーテンダーに、きみが、誰か聞いて、驚いたよ」
「誰です?パイク船長」と、カーク。
「あの、父の息子だ」

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「おかわり、くれる?」カークは、空のグラスを上げた。
「私は、USSケルヴィンの論文を書いた。父上は、すごい。勝ち目な
しのシナリオを、認めなかった」
「それで、死んだわけだ」
「勝利という意味じゃ、きみがここにいる」
「どうも」
「しかし、その向こう見ずな性格は、父親ゆずりだな。今の艦隊には、
なかなかいない」
「なんで、そんな話、してんですか?」
「きみが、床でのびているあいだ、きみの、ファイルを見た。能力テス
トの結果は、抜群なのに、なんだ、天才的知能をもった問題児で、終わ
りたいのか?」
「それもいいな」
「おい、父をなくし、ふつうの生活で落ち着けるのか?もっと、違う道
があると、思わないか?特別な道が。宇宙艦隊に、志願しろ!」
「志願?今月は、入隊者が減って、困ってるんですか?」
「もし、父上の半分でも才能があれば、艦隊で活躍できる。4年で、仕
官昇進。8年で、船長になれる。惑星連邦の意義と重要性は、わかるだ
ろ?平和主義の、人道主義の艦隊では」
「もう、終わり?」

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「終わりだ」
 パイクは、立ち上がった。
「新兵用シャトルが、あす、8時、リバーサイド造船所を出る」
 カークは、グラスを上げて、乾杯のしぐさをした。
「父上は、12分間、船長をつとめて、800人を救った。きみの母上
と、きみもだ。きみは、越えられるか?」
 パイクが店を出ていった。
 カークは、テーブルの上の、エンタープライズのミニチュア模型を手
にとった。
 
               ◇
 
 翌朝の明け方。
 カークは、バイクで、リバーサイド造船所の近くまで、出てきた。
 エンタープライズは、巨大なドックのなかで、朝もやに包まれていた。
 朝、8時前。シャトルの前に、カークは、バイクで現われた。
「いいバイクだな」と、少尉。
「やるよ」と、カーク。バイクの鍵を、投げて渡した。とまどう少尉。
「4年で仕官?」と、カーク。シャトルの前のパイク船長に。「3年で
やる!」

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 カークは、シャトルの中へ、入った。
「一同、休め!」と、カーク。昨夜、乱闘した仕官候補生たちに。
 カークは、空いてる席を見つけて、シートベルトを締めた。
 ウラに、目であいさつした。
「結局、名前、聞いてない」と、カーク。
「お医者さんに」と、女性少尉。
「だから、言ったろう、医者は、必要ない。オレが医者なんだ」と、ジ
ャンパーの男性。
「静かに!座ってください!」と、少尉。
「座っていたよ、トイレに。窓もないとこに。飛行恐怖症だ。つまり、
飛ぶものに乗って、死ぬのが怖いんだよ」
「座らなければ、わたしが座らせますよ!」
「いいよ」ジャンパーの男性は、カークの隣りに座った。
「どうも」と、少尉。
「パイク船長だ」と、アナウンス。「これより、離陸する」
「あんたに、戻してしまうかも」と、ジャンパーの男性。
「いやぁ、こういうシャトルは、安全だよ」と、カーク。
「気休めを言うなよ!船体にひび割れでもありゃ、13秒で血が沸騰す
る!太陽のフレアが上がれば、このまま焼け焦げる。アンドレア疱疹ほうしん
出る可能性だってあるんだよ。目玉から血が吹き出ても、そう、余裕で

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いられるか?宇宙は、暗くて静かな病気と危険のかたまりだ」
「一応、言っとくと、宇宙艦隊は、宇宙が仕事場だ」
「ああ、ま、仕方ない。離婚で身ぐるみはがされちまって、残ったのは、
骨だけだ。骨だけの、ボーンズさまだ」
「ジムカークだ」と、カーク。水筒を受け取って、一口飲んだ。
「マッコイ、レナードマッコイ」と、ジャンパーの男性。
 シャトルは、飛びたった。
 


            2
 
 3年後。
 宇宙を、巨大な鉱山掘削船が、航行していた。
「ネロ船長、ブリッジへお越しください。アイエルが、時間だと言って
います」
 掘削船のブリッジ。
「船長、計算通りの座標に着きましたが、なにもありません。ご命令を」
と、兵士。
「待つんだ」と、ネロ。「われわれの故郷を、破壊にいたらしめたもの

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を。今までの25年と、同じようにな」
「やつを殺したあとは?」
「殺す?やつを殺しはしない。見せてやるんだ」
 スクリーンに、宇宙嵐のなかから、1人乗りバルカン船が墜落してき
た。
「あの船を、拿捕だ ほしろ!」と、ネロ。「よく戻ったな、スポック」
 
               ◇
 
 宇宙艦隊アカデミー。
 士官候補生の制服で、マッコイとカークが、階段を下りてきた。
「なんだ、ニヤニヤして」と、マッコイ。
「あぁ?なんのはなし?」と、カーク。
「してんだろ、ニヤニヤ」
「ハーイ、元気?」と、カーク。女子仕官候補生に。そして、マッコイ
に。「テスト、また、受ける」
「冗談だろ?」
「明日の朝だ。おまえも、来い!」
「いいや。おまえが3度も失敗して、恥かくのを見てるヒマはないんだ
よ!オレは、医者で忙しいんだ」

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「だれも、パスしないテストなんて、しゃくだろ?」
「小林丸が?だれもパスしたことないし、2度目や3度目を受けるやつ
はいない」
「じゃあ、勉強する」
「なにが勉強だ?」
 
               ◇
 
 アカデミーの女子寮の1室。
 カークは、緑の肌の仕官候補生とゲームをしていた。
「ゲイラ、きみの番だよ」と、カーク。
「ジム、ゲームの腕、なかなかのものね!」と、ゲイラ。
「そうでもないさ」
 入り口の自動ドアの音。
「ルームメイトよ!」
「今日は、帰ってこないって!」
「いそいで、クローゼットに隠れて!」
「なんで?」
「まずいわ、ここは、男子禁制なの!」
「どういうこと?」

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「はやく、隠れて!」
 カークは、隠れて見ていると、ウラが入ってきた。
「ハーイ」と、ウラ。
「ハーイ」と、ゲイラ。
「元気?」
「元気よ」
「それより、聞いて!長距離センサーのラボにいて」
「泊まりだと思ってた」
「太陽系をさぐっていたら、救難信号を拾ったのよ!」
「ホント?」
「ええ、クリンゴンの流刑るけい惑星から」
「ウソでしょ?」
「ホント!クリンゴンの艦隊、全滅したって。47隻」
「じゃあ、今夜はラボには、戻らないの?」
 ウラは、それを聞いて、ピンときた。
「ゲイラ、だれ?」
「だれって?」
「クローゼットで、くだくだ言ってるやつ」
「そんなの聞こえてた?」と、カーク。クローゼットから出てきた。
「あなた!」と、ウラ。

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「あしたは、テストだ!」
「失敗するわよ!」
「ゲイラ、またな」
「出てって!」
「じゃ、パスしたら、名前教える?」
「いいえ、さよなら!」
「さっきの救難信号のはなし、すっごく興味あるんだけど」
 ウラは、カークを追い出して、ドアを閉めた。
 
               ◇
 
 アカデミーのシミュレーションテスト。
 エンタープライズのブリッジ。
「USS小林丸から救難信号を受信」と、ウラ。「エンジン停止で漂流
中。艦隊指令部から、救助命令が出ています」
「艦隊指令部から、救助命令が出ています」と、カーク。船長席で。
「船長」
「クリンゴン船2隻が、中立地帯で、こちらにロックオン!」と、マッ
コイ。
「それは、オッケー!」

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「オッケーって?」
「ああ、心配すんな!」
「心配すんな?」と、試験官。テストの模様を上から観察していた。
「まじめに試験を受けていないのか?」と、別の試験官。
「さらに、クリンゴンのウォーバード3隻が、攻撃態勢!」と、マッコ
イ。「ま、これも、オッケーなんだろうけど」
「撃ってきました」と、狙撃手。
「医療室に小林丸の総員を受け入れるよう、準備させろ!」と、カーク。
「クリンゴンに囲まれてて、どうやって、彼らを助けるのですか」と、
ウラ。「船長」
「医療室に伝えろ!」
「攻撃を受けました」と、マッコイ。「シールド60パーセント」
「了解」
「これ、撃ち返したり、しないんですか?」
「しない」カークは、りんごをかじった。
「なるほどね」
 その時、シュミレーションルームのパワーが、不安定になった。
「システム停止」
「なんだ?どうなってる?」と、試験官。
 パワーは、一度停止してから、もとに戻った。

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「光子魚雷。目標は、クリンゴンウォーバード」と、カーク。
「了解」と、狙撃手。
「敵のシールドは、上がってるぞ!」と、マッコイ。
「ホントに?」と、カーク。
「いや、上がってない」マッコイは、センサー画面を見直した。
「敵の前線を攻撃。魚雷は1発づつ。たまを無駄にすんなよ!」
「目標、クリンゴンウォーバード全船を捕捉ほそく。攻撃」
 スクリーンには、次々に爆発するクリンゴン船。
「ブン!」と、カーク。船長席で、指ピストル。
「全船、破壊しました」
「クルーの救助開始!ほら!」カークは立ち上がった。「これで、敵の
船をすべて破壊した上、乗員にケガ人を出さず、さらに、小林丸の乗員
すべての救助が成功して、一件落着!」
 カークは、また、りんごをかじった。
「どうやって、あなたのテストをパスした?」と、試験官。
「分かりかねるな」と、スポック。
 
               ◇
 
 アカデミーの評議会。

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 評議員と候補生が、集まっていた。
「本日は、問題解決のため、集まってもらった」と、議長。「ジェーム
ズTカーク、前へ」
 マッコイは、隣のカークを見た。カークは、立ち上がって、被告席へ
向かった。
「カーク士官候補生が、艦隊規約17・43により定められた、倫理規
約を違反したかどで、評議会に証拠の提出があった。この審議を進める
前に、言いたいことは?」
「訴えている方と」と、カーク。「直接会う権利があるはずです」
 スポックが立ち上がった。
「どうぞ、前へ」と、議長。「彼は、スポック少佐。アカデミーで最も
優秀な卒業生だ。この4年間は、彼が、小林丸テストのプログラムを組
んでいる。スポック少佐」
「きみは、なんらかの方法で」と、スポック。「プログラムコードにサ
ブルーチンをインストールして、テストの状況を変えたね?」
「で、要点は?」と、カーク。
「アカデミーで言うところの、ズルをした」と、議長。
 ウラは、カークの方を見た。
「質問させてください」と、カーク。「ご存知のように、このテストは、
勝てないように、プログラムしてあります。テスト自体が、ズルですよ

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ね?」
「勝ち目のないシナリオという前提なんです」と、スポック。
「勝ち目のないシナリオなんかない」
「きみは、規約違反の上、テストの趣旨を理解していない」
「どういうことでしょう?」
「きみは、誰より知っているはずだ。船長は、死をズルできない」
「誰より私は?」
「父上のジョージカーク中尉は、亡くなる瞬間まで、船の指揮をとって
いた」
「テストをパスしたのが、お気にめさないか?」
「きみは、テストの目的を見抜けなかった」
「その目的とは?」
「恐怖を体験することだ。免れまぬがない死と対面し、その恐怖を受けいれ、
最後まで、自身とクルーをりっする、それが、船長に求められる資質だ」
 カークは、黙っていた。マッコイも、カークを見ていた。
 その時、通信仕官が入ってきた。
「失礼します」議長に、メッセージパネルを手渡した。
「バルカン星から、救難信号を受けた」と、議長。「現在、主力艦隊は、
ローレンシア星系で、任務中だ。全仕官候補生は、第1格納デッキに至
急集合せよ!解散!」

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 全員が立ち上がって、歩き始めた。
「あの、とんがり耳は、誰なんだ?」と、カーク。
「さぁな、オレは、好きだ」と、マッコイ。
 
               ◇
 
 第1格納デッキ。第13区画。
「ブレイクは、USSニュートン」と、少佐。「カウンターは、USS
オデッセイ。グレイシーは、USSファラガット。マッコイは、USS
エンタープライズ。マグラスは、USSウォルコット。レーダーは、U
SSフッド。宇宙艦隊へ、ようこそ。幸運を!」
「呼ばれなかった」と、カーク。「少佐!名前を呼ばれてません。ジェ
ームズTカークです」
「きみは、停学中で出動停止だ。評議会の決定を、待て!」と、少佐。
 少佐は、画面で確認後、戻っていった。
「ジム、評議会はおまえの味方だ」と、マッコイ。がっかりしている、
カークに声をかけた。「ま、たぶん。じゃあ、オレは、そろそろ、行く」
「あ、行ってこい!」カークは、振り返って、手をさしのべた。「気を
つけて!」
 カークは、立ったまま、行くあてがなかった。

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「失礼!」と、荷物運びの少尉。
「はい」と、カーク。
 マッコイは、シャトルに向かって、歩き始めたが、「ああ!」と言っ
て、戻ってきた。
「いっしょに来い」と、カークの腕をとって、歩かせた。
 
               ◇
 
 第1格納デッキ。第14区画。
「ウラは、USSファラガット。ペトロフスキーは、USSアンタレス。
幸運を祈ります」
 ゲイラペトロフスキーは、ウラに笑顔を送ると、シャトルに向かった。
ウラは、船が希望と違うことに、怒りがこみあげた。
「ボーンズ、どこへ行くんだ?」と、カーク。
「来れば、分かる」と、マッコイ。
 その時、ウラとすれ違った。
「スポック少佐、いいですか?」と、ウラ。スポックが画面で確認して
いるところまで来た。
「なんだ、ウラ中尉?」と、スポック。
「わたしの成績は、トップです」

62

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「ああ、たしかに」
「そして、なんどか、聴覚の鋭さも立証したはずです。とくに、亜空間
送信テストでは、音波以上を特定する能力は、並ぶものがいない、と評
価されました」
「じつに、その通りだ」
「そのわたしが、エンタープライズ乗務を希望していたのを、ご存知な
のに、ファラガットに配置ですか?」
「希望を考えれば、ひいきとみなされかねない」
「わたしは、エンタープライズに乗ります」
 スポックは、なにも言わずに、画面から配属変更を指示した。
「ああ、それで、いい」と、スポック。去っていった。
「どうも」と、ウラ。
 
               ◇
 
 第1格納デッキ。薬品置き場。
「なにする気だよ」と、カーク。
「おまえのためだ。あんなみじめな顔で、ほっとけるか!ほら、これは、
メルバラン泥ノミのウイルス感染用ワクチンだ」
 マッコイは、カークの首に、ワクチンをボスプレー注射した。

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「なんのために?」
「ある症状だ」
「なに言ってるんだ?」
「やがて、左目の視界を失う」
「ああ、もう見えない」
「あと、ひどい頭痛がして、冷や汗が出る」
「これが、オレのため?」
「ああ、ひとつ貸しだぞ!」
 
               ◇
 
 第1格納デッキ。エンタープライズ行きシャトルの前。
 マッコイにかかえられて、カークがやってきた。
「ジェームズTカーク、エンタープライズ乗務を、認められていない」
と、少佐。
「艦隊の医療規約によれば」と、マッコイ。「患者の治療と移送につい
ては、その担当医師に決定権がある。それが、私で、ミスターカークを
乗船させる。いやなら、きみから、パイク船長に説明しろ!なぜ、エン
タープライズが、上級仕官をひとり欠いたまま、出航したのか」
「いいだろ」と、少佐。

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「とうぜん、だろ」と、マッコイ。カークをシャトルに乗せた。
 
               ◇
 
 エンタープライズ行きシャトル。
「あんたに、戻してしまうかも」と、カーク。
「おい、ジム、見ろよ、あれ!」と、マッコイ。「ジム、見ろって、ほ
ら!」
 宇宙基地に待機する、USSエンタープライズ NCC1701。
 2台のシャトルは、NCC1701のシャトル格納庫に、向かった。
 
               ◇
 
 エンタープライズの通路。
「まず、お前は、着替えるんだ」と、マッコイ。カークを引っ張ってい
った。
「汗が止まらない!」と、カーク。「水漏れしてるよ」
「しまった!とんがり耳だ!」ふたりは、通路脇によけた。
 スポックは、歩いてくると、エレベータにひとりで乗った。
 エレベータを降りると、そこは、ブリッジで、スポックは、科学仕官

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席についた。
「ミスタースポック」と、パイク。
「船長、機関部、発進準備完了」と、スポック。
「ありがとう」と、パイク。「諸君、いよいよ、われら最新鋭旗艦のフラグシップ
女航海だ。最高のお祝いをすべきだが、出航式は、無事帰還したのちに
おこなう。たのむぞ」
 パイクは、船長席に座った。
「総員、こちらは、パイク船長。出発準備。操舵手、スラスター」
「モアリングを回収」と、操舵席のスールー、ミスターカトウ。「ドッ
ク管制指示、クリア。スラスター、点火。宇宙ドックを、離れます」
 宇宙基地から、エンタープライズは、離脱していった。
「全船、ドックから離脱し、ワープ準備完了です」
「コース、バルカン星」と、パイク。
「はい、船長。コース、セット済み」と、カトウ。振り返って、パイク
の指示を待った。
「最大ワープ、発進!」
 カトウは、正面を向いて、ワープドライブのアームを倒した。
 つぎつぎに、船が、ワープで発進していった。
 エンタープライズは、なにも起こらなかった。
 ほかの仕官たちは、カトウの方を振り返って見た。

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「中尉、マッケンナ操舵手は?」と、パイク。
肺線虫のはいせんちゅう寄生が見つかって、来られませんでした」と、カトウ。「ヒ
カルカトウです」パイクに、自己紹介した。
「きみも、操舵手だろ?」
「ええ、そうなんですが、ただ、なにが悪いのか、分からなくて」
「サイドブレーキが、引いてあるのか?」
「ああ、いえ、すぐに」
「外部慣性ダンパーは、はずしたか?」と、スポック。
 カトウは、そう言われて、さりげなく、パネルを操作した。
「ワープ準備完了」と、カトウ。
「じゃ、発進」と、パイク。
 カトウは、ふたたび、ワープドライブのアームを倒した。見えていた
星々が一瞬直線状に流れると、ワープに入った。
 
               ◇
 
 エンタープライズの医療室。
 エレベータのドアがあき、マッコイに支えられて、カークが入ってき
た。
「ここは?」と、カーク。

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「医療室だ」
「ああ、バカみたい」
「苦しみは、魂たましいの薬だ」
「ハーイ、元気?」カークは、ミニスカートの看護婦に声をかけた。
「まったく!」
「口がかゆいけど、普通?」
「症状は、すぐにおさまる。軽い鎮静剤をやろう」
「ああ、おまえと会わなきゃよかったよ」
稚拙ちせつなこというな!」
「これって、どのくらいで効いてくる?」カークは、ベッドに倒れた。
「やっと寝たか」
 
               ◇
 
 エンタープライズのブリッジ。
「最大ワープです、船長」と、カトウ。
「ロシア系だな?名前は?チェルコフ?」と、パイク。
 カトウの隣の仕官が、振り向いて名乗った。
「パベルアンドロビッチチェコフ少尉です」と、チェコフ。
「よし、パベルアンドロビッチチェコフ少尉、総員に指令を」

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「光栄です、船長」
 チェコフは、パネルに入力した。
「少尉、認証コード、ナインファイブ、ウィクトルウィクトルトゥー」
「認証、確認できません」と、コンピュータ。
「えっと、少尉、認証コード、ナインファイブ、ヴィトルヴィトルトゥ
ー」
「認証しました」
 チェコフは、やっと、艦内放送を始めた。
「船内のみなさんにお知らせします。2200時に、テレメータが中立
地帯に異常を、感知しました。数値からすると、宇宙嵐のようにみえま
す。そのすこしあと、艦隊が、バルカン司令部から、救難信号を受信。
バルカン星に、地震活動がおきているとのことです。われわれの任務は、
バルカン星の現状を把握したあと、必要ならば、脱出の指示をすること
です。この船のバルカン到着は、約3分後、報告、以上です」
 
               ◇
 
 エンタープライズの医療室。
「宇宙嵐?」と、カーク。医療用ベッドから、起き上がった。
「ああ、ジム、起きたか?」と、マッコイ。「気分はどうだ?」

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 マッコイは、カークの両手の異常に気づいた。
「なんてこった!」
「なに?あ、なんなんだ、これ?」と、カーク。
 カークの両手は、グローブのように、はれていた。
「ワクチンへの反応だ」
「チャペル!コーチゾンを、50cc」
「はい、ドクター」と、ミニスカートの看護婦。
 カークは、モニターを操作して、チェコフの報告をリピートさせた。
「数値からすると、宇宙嵐のようにみえます」と、画面のチェコフ。
「船を止めないとまずい!」と、カーク。
 カークは、通路を走って、エレベータ脇のパネルに向かった。
「ジム、冗談じゃないぞ、心拍数を下げないと!」と、マッコイ。
「コンピュータ、ウラは、どこにいる?」と、カーク。
「こんな重症例は、授業で見て以来だ」
「これは、わなだ」カークは、また、走りだした。
「動くんじゃない!」マッコイは、カークの首にボスプレー注射をした。
「やめろよ!」と、カーク。
 カークは、また、走り出し、ウラのいる部署に着いた。
 そこは、昼休みの大学食堂のような賑わいで、ウラは、多くのテーブ
ルの1つのはしっこのコンソールで作業していた。

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「ウラ、ウラ!」
「カーク、なにしてるの?」と、ウラ。
「クリンゴンからの流刑るけい惑星からの通信は?」
「その手、どうなってるの?」
 マッコイは、センサーでカークの全身を調べていた。
「だから、クリンゴンに攻撃した船は、ロミ━━」
「船が、なに?」と、ウラ。
「待って、これ、なんだ?」
「舌が、マヒか?」と、マッコイ。
「シタマヒ?」
「今、直す!」
「船が、なに?」と、ウラ。
「ロミュ━━」
「分かんない」
「ロミュラ━━」
「ロミュラン?」
「そう!」
「そう?」
 マッコイは、ふたたび、カークの首にボスプレー注射をした。
 

80

79





            3
 
 バルカン星の上空に停止した、巨大な掘削船。
 その下に地上近くまで伸ばされた、長大なドリルの先から噴射される
レーザー。レーザーは、バルカン星の地殻に巨大な穴をあけて、さらに、
深く掘り下げていた。
 スポックの母は、家のテラスに出ると、はるかかなたに、渦巻く雲と
レーザーを見た。
 
               ◇
 
 掘削船のブリッジ。
「ネロ船長、連邦船7隻が、向かってきます」と、兵士。
 
               ◇
 
 エンタープライズの通路。
 全力で走る、カーク。そのあとを、マッコイとウラが、追ってきた。
「ジム!」と、マッコイ。
「なんなのよ?」と、ウラ。

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「ジム、待って!」
 カークは、ブリッジに走り込んだ。
「船長!」と、カーク。「パイク船長、船を止めてください!」
「カーク」と、パイク。船長席から、立ち上がった。「なぜ、おまえが、
エンタープライズに乗っている?」
 スポックも、立ち上がった。ウラが走りこんできた。
「この男は、今」と、マッコイ。カークを静止した。「ワクチンに、ひ
どい、アレルギー反応を起こしていて、錯乱状態なんです」
「バルカンに、おきているのは」と、カーク。「自然災害なんかではな
い!これは、ロミュランの攻撃です」
「ロミュラン?」と、パイク。「きみは、もう、じゅうぶんな注目を集
めただろう?マッコイ、医療室に連れてゆけ!話は、あとだ」
「はい、船長」と、マッコイ。
「ですから、今日と、同じ」と、カーク。
「カークは、乗船許可を持っていません」と、スポック。
「あんたは、口が達者だよ」
「なんなら、私が、この候補生を、外へ連れ出しましょうか?」
「やってみろ!この候補生は、船を救おうとしているんだ」
「ワープ中に、船を全力停止せよということが?」
「バルカンは、攻撃されているんです」

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「そう言う根拠は、なんだ?」
 カークは、真剣な表情になった。
「今日、観測されているのと、同じような宇宙嵐が、オレの生まれた日
にもあった。ロミュランが、USSケルヴィンを襲う前だ。船長の論文
に書いてありました。最新鋭の武器を積んだ、強力な船が、あの日を最
後に、姿を消した。あれは、クリンゴン領域のはしでした。そして、昨夜、
2300時、攻撃があり、クリンゴンのウォーバード47隻が、ロミュ
ランに撃墜されました。報告では、ロミュラン船は、たった、1隻。巨
大な船です」
「その攻撃を」と、パイク。「きみは、どうやって、知った?」
 カークは、ウラを見た。
「わたしが」と、ウラ。「そのメッセージを傍受ぼうじゅして、解読しました。
カークの言った通りです」
「これは、わなです」と、カーク。「ロミュランが待ち構えている。間違
いありません」
 パイクは、スポックを見た。
「説明は、論理的です」と、スポック。「それに、ウラ中尉は、異星言
語学にひいでていて、信用すべきかと」
「バルカン領域を、スキャン」と、パイク。「ロミュランの通信を捜せ
!」

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「私では」と、通信仕官。「ロミュラン語とバルカン語の区別が、つく
かどうか」
「きみは?」と、パイク。ウラに。「ロミュラン語は、分かるか?」
「ウラです。3つの方言まで」
「では、ウラ、中尉と代われ!」
「はい、船長」
「USSトルーマンを、呼べ」
「ほかの船は」と、技術仕官。「すべて、ワープを終え、バルカンに到
着していますが、通信が不可能です」
「船長」と、ウラ。「ロミュランの通信は、ありません。そのほかの言
語も、いっさい、ありません」
「攻撃されているからだ」と、カーク。
「防御シールド!」と、パイク。船長席についた。「非常警報!」
 非常警報が、鳴り響いた。
「バルカン到着まで、5秒」と、カトウ。「4、3、2━━━」
 
               ◇
 
 ワープから出ると、そこには、おびただしい数の、破壊された船体が
漂っていた。

88

87





「緊急回避行動!」と、パイク。
「了解!」と、カトウ。
 いくつかの船体が、ぶつかってきた。
「被害報告!」と、パイク。
「ディフレクターシールド、維持!」
「総員、配置につけ!オルソン機関士、報告!」
「全速、反転」と、パイク。「右舷90度、頭下げて、回避しろ、カト
ウ!」
 半壊した、いくつもの残骸を回避すると、バルカン星の上空に待機す
る、掘削船が姿をあらわした。
 
               ◇
 
 掘削船のブリッジ。
「船長、また、連邦の船です」と、兵士。
「それも、破壊しろ!」と、ネロ。
「魚雷、発射!」
 
               ◇
 

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 エンタープライズのブリッジ。
「敵の魚雷が来る!」と、スポック。
「左舷の補助パワーを、前方シールドにまわせ!」と、パイク。
 3機の魚雷は、回避したが、そのあとの2機の魚雷が直撃した。
 吹き飛ぶ、乗員。
「カトウ、現状報告!」と、パイク。
「シールド、32パーセント。武器は、強力で、防ぎ切れません」と、
カトウ。
「司令部を呼べ!」
「船長」と、スポック。「ロミュラン船は、パルス式のドリルのような
ものを、バルカン星に下ろしており、干渉して、亜空間通信と転送装置
が機能しません」
「全エネルギー、前方シールド、攻撃準備!」
 
               ◇
 
 エンタープライズの機関部。
「Bナイン、装填!」
 魚雷が2門、装填された。
 

92

91





               ◇
 
 掘削船のブリッジ。
「発射します」と、兵士。
「待て!」と、ネロ。スクリーンに映ったエンタープライズに、気づい
た。「船体、拡大しろ!」
「了解」
 スクリーンに、NCC1701の文字が映った。
 
               ◇
 
 エンタープライズのブリッジ。
「船長、通信です」と、ウラ。
「こんにちわ」と、スクリーンのネロ。
「クリストファーパイク船長だ」と、パイク。「そちらは?」
「クリストファー、おれは、ネロだ」
「きみは、連邦に宣戦布告した。引き下がれば、中立地帯で、ロミュラ
ン司令部と、対話の場を調整する」
「オレは、ロミュラン帝国とは、関係ない。オレたちは、別だよ。そっ
ちのバルカン人のクルーと、いっしょだ。なぁ、スポック」

94

93





 スポックは、立ち上がって、船長席まで、出てきた。
「あなたとは、面識があるとは、思えないのだが」
「ああ、ないよ。まだな。スポック、オレは、おまえに見せたいものが
ある。パイク船長、転送装置は、使えないだろ?残りの艦隊は、見ての
とおりだ。選択肢は、ない。おまえがシャトルを運転し、ナラダ号に来
い!交渉しよう!以上だ」
 ネロは、スクリーンから消えた。
 パイクは、立ち上がった。
「行けば、殺されます」と、カーク。
「命は、ないでしょう」と、スポック。
「外交で得られるものは、ありません。あちらへ行くのは、間違いです」
「私も同感です。お考え直しを!」
「ああ、分かっている」と、パイク。「接近戦の訓練を積んだ仕官が、
必要だ」
「それなら、私が」と、カトウ。手を上げた。
「いっしょに、来い!それに、カークも!どうせ、乗船許可がない。チ
ェコフ、ブリッジを頼む!」
「は、はい、船長」と、チェコフ。
 
               ◇

96

95





 
 掘削船の船内。
「赤色物質を、準備しろ!」と、ネロ。
「はい、船長」と、兵士。
 兵士は、ラボにある直径1・5メートルの赤色物質から、1cc抽出
して、円筒状の容器ごと、降下装置にセットした。
 
               ◇
 
 エンタープライズの通路。
 パイクと数名が、シャトル格納庫に向かっていた。
「転送装置が動かなければ」と、パイク。「人を転送できないし、バル
カンも支援できない。ミスターカーク、ミスターカトウ、オルソン機関
士、3人は、シャトルからパラシュート降下。転送装置を妨害している、
あのドリルの上に、なんとか降り立って、ドリルを停止しろ!そうすれ
ば、転送で戻れる。ミスタースポック、エンタープライズは、きみに任
せる。転送と亜空間通信が回復したら、すぐ艦隊本部に、ここでの事態
を報告しろ!作戦が失敗したら、撤退。ローレンシア星系で、艦隊と合
流。カークを、副長に任命する」
「はい?」と、カーク。

98

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「船長」と、スポック。「失礼。地球人の悪さには、ときに、理解しか
ねます」
「悪ふざけでは、ないぞ。それに、今、船長は、きみだ!行こう!」
 パイクは、スポックを残し、他の3人とともに、エレベータに乗った。
「あのドリルを破壊できたら、あなたは?」と、カーク。
「ああ、迎えにきてくれ!」そして、スポックに。「新車だから、傷つ
けるな!」
 スポックは、ブリッジに戻ると、船長席に座った。
「ドクタープーリ、応答せよ!」
「マッコイです」と、無線。「ドクタープーリは、第6デッキで、死亡
しました」
 マッコイは、半分、破壊された医療室にいた。
「では、きみには、医療部長として、責任を、引き継いでもらう!」
「ええ、そんなことは、分かってます!」と、マッコイ。腹立たしげに。
 
               ◇
 
 エンタープライズのシャトル格納庫。
 宇宙降下用スーツに着替えた3人と、パイクは、シャトルに乗り込ん
だ。

100

99





「USSエンタープライズ シャトル89」と、管制官。「出発準備よ
し!そのまま進め!」
「爆薬は、持っているな?」と、カーク。
「ええ」と、オルソン。「ロミュランのケツ、蹴りとばしてやりましょ
う!」
「ああ、やってやる!」
 シャトルは、パイクの運転で、飛びたった。
「シャトルコマンダ」と、管制官。「防御シールドを作動させてくださ
い」
「どんな格闘技をやっていた?」と、カーク。
「フェンシングを」と、カトウ。カークは、カトウの顔を見た。
「降下準備を!」と、パイク。
 3人は、ヘルメットを装着した。
「シャトルコマンダ」と、管制官。「USSエンタープライズの空域よ
り、離脱しました」
「諸君、もうすぐ、降下地点だ」と、パイク。「ドリルのプラットフォ
ームに飛び乗るチャンスは、ワンチャンスしかない。防御システムがあ
るだろう。パラシュートは、ぎりぎりまで、ひらくな!3、2、1」
 パイクは、操作ボタンで、3人を、降下位置にセットした。
「ドリルを止めるまで、転送で船に戻ることはできないからな!幸運を」

102

101





 パイクは、降下アームを引いた。
 音声が途切れ、3人は、ドリルのロープに沿って、降下を開始した。
 
               ◇
 
 エンタープライズのブリッジ。
「上陸班、大気圏に突入しました」と、チェコフ。「高度2万メートル」
 3人は、ドリルのロープに沿って、降下を続けた。
 
               ◇
 
 掘削船。
 パイクの運転するシャトルが、掘削船の内部を進んでいった。
 
               ◇
 
 エンタープライズのブリッジ。
「ドリルのプラットフォームまで、5800メートル」と、チェコフ。
「こちら、カークより、エンタープライズ」と、無線。「目標までの距
離、5000メートル」

104

103





「プラットフォームまで、4600メートル」と、チェコフ。
 
               ◇
 
 バルカン上空。
「4500」と、カトウ。
「4000メートル」と、カーク。
「3000メートル」と、オルソン。
「2000」と、カトウ。「パラシュート、引きます!」
 カトウのパラシュートが開いた。
 すぐに、カークのパラシュートも開いた。
「2000メートル」と、オルソン。
「早く、パラシュート、引け!オルソン」と、カーク。
「いや、まだまだです」と、オルソン。「1500メートル」
「オルソン、早く、パラシュート、ひらけ!」と、カーク。
「ヤッホー」と、オルソン。
「オルソン、早く、ひらけ!」と、カーク。
「1000メートル」と、オルソン。パラシュートを開いたが、プラッ
トフォームでバウンドして、下に噴射しているレーザーに巻き込まれた。
「オルソン!」と、カーク。

106

105





「オルソンが、消えました!」と、チェコフ。
 カークは、かろうじて、プラットフォームにつかまると、肩のボタン
を押して、パラシュートを背中に収容した。
「カーク、着地しました」と、チェコフ。
 プラットフォームのふたがあいて、銃を持った兵士が、ひとり現われ
た。
 カークは、ヘルメットを脱ぐと、それを武器に、兵士に向かっていっ
た。
 カトウは、パラシュートがからみついたが、収容ボタンを押して、プ
ラットフォームの上に着地した。折りたたみ式の剣を、自動で延ばして、
パラシュートを切り落として構えた。兵士が、もうひとり現われ、背中
の剣をぬいた。
 剣では、決着がつかなかったが、けりで、噴射口の金網の上に蹴り出
して、兵士を蒸発させた。カークは、投げ出されて、へりに手でつかま
っていたところを、カトウの剣が、兵士の胸を貫いた。兵士は、地表へ
落ちていった。
「手を貸して!」と、カトウ。カークを引き上げた。「爆弾は、オルソ
ンが」
「分かってる」と、カーク。
「どうするんです?」

108

107





「これだ」と、カーク。兵士が置いていった、機銃を手にした。カトウ
も、もう一丁の機銃を手に、ドリルの中心部分を、ふたりで、銃撃した。
 やがて、ドリルのレーザー噴射が弱まり、止まった。
 
               ◇
 
 エンタープライズのブリッジ。
「妨害信号停止!」と、ウラ。「転送機能も回復しました」
「転送室の制御、再起動しました」と、チェコフ。
「チェコフ」と、スポック。「彼らがなにをしているか、重力センサー
で調べろ!」
「はい、スポック少佐、あ、船長でした、すいません」
 
               ◇
 
 掘削船のブリッジ。
「ドリルは、破壊されましたが」と、兵士。「惑星の核に、届きました」
「赤色物質、投下!」と、ネロ。
 赤色物質の容器の入った、降下装置が投下された。
 降下装置が、プラットフォームを通過したのを、カークとカトウは気

110

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づいた。
「カークより、エンタープライズ」と、カーク。「ドリルで掘っていた
穴に、今、なにかが投下された。応答せよ、エンタープライズ!」
 地面の穴は、赤色物質投下のあと、大きくなっていった。
 
               ◇
 
 エンタープライズのブリッジ。
「現在、データ分析中」と、転送仕官。「転送装置、点検終了」
「船長」と、チェコフ。「重力センサーが、ものすごい数値を示してい
ます。ぼくの計算通りなら、惑星に、特異点ができます。もうすぐ、惑
星を飲み込みます」
「バルカン星の中心に」と、スポック。「ブラックホールができる?」
「そうです」
「星は、あと、何分もつ?」
「数分です。何分かは」
 スポックは、立ち上がった。
「バルカン司令部に、緊急避難警報!全チャンネル、全周波数でだ!通
常軌道、維持!」
 そして、エレベータに。

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「ちょっと、待って!どこへ行くつもり?」と、ウラ。
「最高評議会を避難させ、バルカンの歴史文化を守る。私の両親もいる」
「転送を使ったら?」
「不可能だ。地下のキャトリックアークにいる━━━チェコフ、船を!」
「はい」と、チェコフ。「さぁて、と」
「カークだ」と、無線。「エンタープライズ、ここから、転送してくれ
!」
「スタンバイ、信号をロックします」と、転送仕官。
 
               ◇
 
 掘削船のブリッジ。
「ドリルを、引き上げろ!出発だ!」と、ネロ。
「了解!引き上げ、開始!」と、兵士。
 
               ◇
 
 バルカン上空。
 ドリルが引き上げられ始めた。
「信号がロックできません」と、無線。「動かないでください」

114

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プラットフォームが動き、カトウが落ちた。
「カーク」と、カトウ。
「カトウ」と、カーク。カトウを追って、飛び降りた。「カトウ、つか
まれ!」
 カークは、カトウを抱きかかえたまま、落下していった。
「大丈夫、オレのパラシュートを引け!」
 パラシュートは、開いたが、すぐに、ひもが切れて、ふたりは、落下
していった。
「カークだ、エンタープライズ!パラシュートなしで、落下中だ!転送
しろ!」
 
               ◇
 
 エンタープライズのブリッジ。
「今やってますが、信号ロックできません」と、転送仕官。「動きがは
やくて」
「ぼくならできる!」と、チェコフ。「ぼくならできる!」立ち上がっ
た。「ブリッジ、頼む!」
「了解!」
 ウラは、チェコフがブリッジを出てゆくのに気づいた。

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「ブラックホール、拡大中」と、科学仕官。「すぐ逃げないと、安全に
退避できません」
「どけどけどけどけ!」と、チェコフ。「ぼくできる!ぼくできる!ど
いてどいてどいて!」
 チェコフは、走って、転送コントロール室に入った。
「手動コントロールに切り替え!ロックする!」
「転送してくれ!」と、カーク。無線で。
 落ちてゆく、カークとカトウ。
「エンタープライズ、なにしてるんだ?」
「待って、待って、待ってて!」
「早くしてくれ!今、すぐ!早く、転送してくれ!」
「オッケー!オッケー!オッケー!待って!惑星の引力分を補正して、
これで!」
 カークとカトウは、バルカン表面に墜落寸前に、転送された。
「やった!」と、チェコフ。「ヤーマイヨー!」
 転送室に、ふたりは、落下姿勢のまま転送されてきた。
「ありがとう」と、カトウ。
「お安いご用だ!」と、カーク。
 そこへ、スポックが入ってきた。
「転送パッドをあけろ!」と、スポック。「私が地表に降りる」

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 スポックは、腰に、フェーザーを装備した。
「地表って、なんだ?」と、カーク。「星に降りるって?正気か?スポ
ック、そんなのだめだ!スポック!」
「転送!」スポックは、転送された。
 
               ◇
 
 バルカン星の地表。
 スポックが転送されたところは、岩場で、地震活動で、大地がゆれて
いた。
 すぐに、スポックは走りだした。
 岩場の地下に造られた、通路を抜けると、そこは、神殿で、長老たち
が、祈りをささげていた。
「スポック!」と、スポックの母。その横に、スポックの父。
「星がなくなります」と、スポック。「緊急避難を!母上、早く!」
 長老たちは、スポックに従って、通路を走った。
 巨大な石像が、いくつも倒れてきて、何人かが巻き込まれた。
 洞窟を抜けて、外に出た。
「スポックより、エンタープライズ!」と、スポック。「転送しろ!」
「全員、ロック中!」と、チェコフ。「動かないで、そこに、いてくだ

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さい!」
 目の前の地面が、次々に崩落していった。
「転送開始まで、5秒」と、チェコフ。「4、3、2」
 その時、足元の岩場が崩れて、スポックの母は、落下した。
「ロックがとけた!」と、チェコフ。「ひとり、ロックがとけた!もう
だめだ!信号、消えた」
 スポックは、母を助けようとして、手をのばしたまま、転送されてき
た。
 母のいるべきパッドには、誰もいなかった。
 カークとカトウは、降下用スーツのまま、スポックを見ていた。
 スポックの父と、他の3人の長老は、無事だった。
 みな、黙ったままだった。
 バルカン星は、崩落してゆき、核の中心部に飲み込まれた。
 エンタープライズは、星域を脱出した。
 






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            4
 
 エンタープライズの医療室。
 マッコイや、看護婦らが、乗員の治療にあたっていた。
 エンタープライズのブリッジ。
「船長代理日誌。宇宙暦2258・42」と、スポック。「依然、パイ
ク船長から、連絡はなし。ネロという犯罪人の人質になったものと、断
定する。ネロは、私の故郷を破壊し、60億もの民を抹殺した。船に保
護している長老たちにより、バルカン文化の真髄しんずいだけは、守れたが、生
き延びたのは。推定1万人以下、バルカンは、絶滅寸前の種族だ」
 スポックは、席を立って、エレベータに乗った。それを、見ていたウ
ラは、ドアがしまる前に、乗り込んだ。
「気の毒に、かわいそうに」と、ウラ。「ほんとに、かわいそう。なに
が、必要?言って!」
「ただ、総員が、すばらしい働きを続けることだ」と、スポック。
「うん、分かった」と、ウラ。
 ドアがひらいて、スポックは、降りていった。
 
               ◇
 

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 掘削船のブリッジ。
 パイク船長は、ベッドに寝かされて、縛られていた。
「たくさん、質問があるだろう」と、ネロ。「オレからは、ひとつだけ
だ。艦隊の惑星防衛システムの、亜空間周波数を教えろ!特に、地球を
守っているものだ。クリストファー、亜空間周波数は?」
「教えるものか」と、パイク。「平和な星の住人を、虐殺した者に!」
「オレは、虐殺を防いだんだ━━━オレが、もといた時代では、これは、
ただの、採掘船だった。オレは、この船で、正直に働き、子を宿した妻
と、自分のために、かせいでいた」
 ネロは、立体モニターに、妻の姿を映した。
「だが、仕事で星を離れたとき、連邦がなにもしなかったせいで、ロミ
ュランの人々は焼かれ、星は壊れてしまった。スポックが、見殺しにし
た。裏切ったんだ」
「なにかの誤解だ」と、パイク。「ロミュラン星は、破壊されてなどい
ない!今もちゃんとある!きみは、おきていないことで、連邦を責めて
いるんだ!」
「おきたんだよ!オレは、見てたんだよ!おこるのを見てた!よくも、
おきていないなどと!」
 ネロは、そばを離れた。
「オレは、妻をなくし、かならず、復讐すると誓った。25年間、連邦

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への復讐計画を練りつづけ、ふつうの暮らしがどんなものか、忘れてし
まった。だが、痛みは、覚えている。今、すべてのバルカン人が、かか
えている痛みだ。オレの目的はな、ただ、愛する故郷の破壊を防ぐこと
だけじゃない。連邦の干渉など受けない、ロミュランを作ることだ。そ
うして、初めて、故郷は救われる。だから、オレは、これから、連邦の
惑星すべてを、破壊する。まず、地球からだ」
「では、なにも、話すことはない」と、パイク。
「地球のシールドを停止させる、周波数を教えろ!」
 ネロは、水槽から虫をピンセットで、つまみ上げた。
「ケンタウルスなめくじ、おまえの脳幹に張り付き、こいつの吐く毒が、
自白剤となる。周波数を言うんだ!」
「クリストファーパイク、USSエンタープライズ━━━」
「お望みなら」
 兵士が、パイクの頭をおさえ、口を開かせた。ネロは、パイクの口に
虫を押し込んだ。
 
               ◇
 
 エンタープライズのブリッジ。
「ネロは、たしかに、地球に向かったのか?」と、スポック。歩いてい

128

127





た。
「航路から計算すると、ほかにはありえません」と、ウラ。
「ありがとう、ウラ中尉」
「つぎは、地球だろうが」と、カーク。船長席で。「連邦のすべての星
が、標的だと思った方がいい」
「そこに、座るな」と、スポック。カークは、立ち上がった。
「ですが」と、チェコフ。「連邦がターゲットなら、なぜ、ぼくらを残
したんです?」
「弾薬がムダだからだろう。ぼくらは、敵じゃないんだ」と、カトウ。
「そうではない」と、スポック。「私に見せたいと言っていた。故郷が
破壊されるのを」
「だけど、ありゃ、どうやってやったんだ?」と、マッコイ。「あんな
武器を、どこで、手にいれた?」
「武器の製造者は」と、スポック。「人工的にブラックホールを作る、
技術力を持っている。そのような水準なら、時空に、トンネルを作るこ
とも可能だ」
「なんだって!オレは、物理学者じゃない」と、マッコイ。「やつらが、
未来から来たって、言いたいのか?」
「不可能を消去して、残ったものは、たとえ、信じられなくても、真実
だ」

130

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「ポエムだね」と、マッコイ。
「じゃあ」と、カーク。「おこった、未来のロミュラン人は、パイク船長
に、なにを要求してる?」
「船長には」と、カトウ。「艦隊防衛システムの知識がある」
「とにかく、まず」と、カーク。「あの船に追いつき、乗り込んで、パ
イク船長を奪還する」
「こちらは」と、スポック。「すべての技術で負けている。救助を試み
るのは、非論理的だ」
「追いつくとしても」と、チェコフ。「敵がワープ航行している間は、
無理です」
「じゃあ」と、カーク。「こちらのワープ出力を上げるよう、機関部に
指示したらどうだ」
「現存の乗員は」と、スポック。「放射能もれと、亜空間通信機能の修
理で」
「なんか、方法があるはずだ」と、カーク。
「早急に艦隊の戦力を集め」と、スポック。「次回の交戦に備えるべき
だ」
「いや、次回の交戦なんてない」と、カーク。「戦力が集まったときに
は、遅すぎる。もし、相手が未来から来たというなら、相手の予想を裏
切ることが、論理的な選択だ」

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「ネロが、次に起こることを知っているという仮定ではな」と、スポッ
ク。「だが、ネロの存在は、すでに、歴史を変えている。USSケルヴ
ィンへの攻撃に始まり、今日のことまで、新しい現実の流れができた。
今後は、どちらにも、予測不可能だ」
「また、別の現実?」と、ウラ。
「まさしくな。今までの現実がどうであれ、時空が、乱された今、運命
も変わったのだ。ミスターカトウ、コースをローレンシア星系!」
 スポックは、船長席についた。「ワープ3!」
「スポック、やめてくれ!」と、カーク。「逃げ帰って、艦隊の残りと
合流して、これから対策会議だなんて、時間の無駄だ!」
「これは、パイク船長が、出発前に出した命令だ」と、スポック。
「自分を迎えに来い、という命令もあった。あんた、今、船長だろ、必
要な命令を」
「自分の責務は、理解している」
「ぐずぐずしてるあいだに、ネロは、標的に近づいている」
「その通り!だから、きみに指示する、船長である私の命令を聞け、と」
「オレは、退却なんて、絶対、許さない!問題から離れるな!今、すぐ、
ネロを追いかけるべきだ!」
「保安部員!」と、スポック。立ち上がった。「彼を、連れ出せ!」
 カークは、両腕をつかまれて、保安部員に連行された。すぐに、腕を

134

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振りほどき、逃げようとしたが、スポックに首のうしろをつかまれて、
気を失った。
「彼を、船から降ろせ!」と、スポック。
 
               ◇
 
 惑星の近くを通過する、エンタープライズ。
 脱出ポートから、一人乗りの脱出用ポッドが、惑星に向かって発射さ
れた。
 カークは、気がつくと、着地したポッドの中だった。
「コンピュータ、ここは?」
「デルタヴェガ領域」と、コンピュータ。「Mクラス惑星。危険です。
北西14キロに、宇宙艦隊の前哨基地あり。ポッドに残り、艦隊の救助
を待ってください」
「冗談だろ!」
 カークは、ポッドをあけて、外に出た。ポッドは、氷原に不時着して
いて、地上まで10メートルの氷壁を登らなければならなかった。
 袋から出した、冬用のダウンコートを着て、カークは吹雪の雪原を歩
いた。
「宇宙暦2258・42、いや、4、とにかく」

136

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 カークは、パッドに日誌を記録した。
「スポック船長代理に、デルタヴェガに置き去りにされた。オレの記憶
だと、たしか、保安規約49・09違反のはずだ。船内の囚人の扱いを
記した」
 その時、後方から、嵐の中で、狼の鳴き声が聞こえた。
 こちらに全力で走ってくる、牙を持った狼がいた。
 カークは、いそいで、駆け出した。
 狼に、追いつかれそうになったが、雪に潜んでいた別のさらに大きい、
恐竜のような赤い生物が、狼を食いちぎった。
 赤い恐竜は、そのまま、カークをおそった。カークは、氷の崖を落ち
てゆき、赤い恐竜も、落ちてきた。
 カークは、洞窟を見つけて、中に走りこんだ。赤い恐竜も、追ってき
た。
 恐竜の舌が、カークの足にからみついた。
 その時、たいまつを持った人間が、恐竜を追い払った。
 その人物が、カークの方を見た。
「ジェームズTカーク」と、その人物。
「なんですって?」と、カーク。
「なぜ、ここだと?」
「なんで、オレの名前を?」カークは、立ち上がった。

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「私は、今までも、これからも、あなたの友人だ」
「え?へっへ、でも、オレは、あなたを知らない」
「私は、スポックだ」
 カークは、その人物の、姿を、よく見た。
「信じられない!」
 
               ◇
 
 氷の洞窟。
 ふたりは、焚き火を囲んで、座った。
「古い友人と再会できて、うれしいよ」と、スポック。「特に、今日の
ようなことのあとだ」
 カークは、立ち上がった。
「助けてもらって、礼を言いますが、あんたがスポックなら、知ってる
はずです。やつは、オレが嫌いだ。反乱罪で、ここに、置き去りにした」
「反乱?」
「そう」
「船長は、きみではない?」
「ええ、違いますよ。あんたです。パイク船長が、とらわれて」
「ネロの仕業しわざか?」

140

139





 カークは、振り向いた。
「ネロを、知ってるの?」と、カーク。
「ああ、とくに面倒な、ロミュラン人だ」
 スポックは、立ち上がった。
「それじゃ、失礼、簡単にすむ!」と、スポック。
「ちょっと、なに?」
 スポックは、右手をカークの近くに持っていった。
「精神を、1つに融合させる」
 スポックは、カークの顔の左に、指を添えた。
「今から、129年後に、ある星が爆発し、銀河に危機が訪れる」
 精神融合で、爆発寸前の恒星が見えた。
「私は、そこから来たのだ、未来から」
 爆発する、恒星。
「超新星爆発があり、周囲を飲み込んでいった」
 ロミュラン人とスポック。
「私は、ロミュランに、彼らの星を救おうと約束した」
 建造中の最速船。
「私は、最も速い船に乗り、赤色物質を使って、ブラックホールを作り、
爆発を吸収させようとした」
 ラボの赤色物質。

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「だが、ロミュランに向かう途中、予想外の事態が起きた」
「超新星が、ロミュランを、破壊した」
 爆発に飲み込まれる、ロミュラン星。
「それ以上の被害を防ぐため、急いで、赤色物質を抽出し、超新星に撃
ち込んだ」
 超新星に撃ち込まれた、円筒状の容器。
「バルカンに戻る途中、私は、拘束された。彼の名は、ネロ。最後のロ
ミュラン人だ」
「ブラックホールは、強大な重力で、時空をゆがめ、時空トンネルを作
り出した」
「私とネロは、その時空トンネルに飲み込まれた」
「ネロが先に通りぬけ、彼が先に到着した」
「ネロは、その後、25年間、私の到着を待った」
「だが、彼らの25年が、私には、数秒だった」
「時空トンネルを通りぬけると、ネロが私を待っていた」
「ロミュランを破壊したのは、私だと、責めたのち、船だけを奪い、私
を生かした。理由は、1つ。彼の痛みを知るようにな」
「私を、ここに転送。彼の復讐を目撃させた」
 デルタヴェガの上空の雲に、バルカン星の崩壊が、立体モニターで映
し出された。スポックは、それを、見上げていた。

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「彼が自分の星を救えなかったように、私も、自分の星を救えなかった」
「数十億の命が、失われた。私の、せいでだ。私の、失敗のせいだ」
 カークは、精神融合から覚めた。
「許してくれ。感情の移転は、精神融合の影響なのだ」と、スポック。
 カークは、歩いていった。
「感情があるんだな?」と、カーク。
「そうだ」
「それじゃ、あんたらが、オレたちの人生を変えたんだ」
「ジム、これからすぐに、行かなくては。この近くに、艦隊の前哨基地
がある」
「待て!あんたの世界では、オレは、父を知ってた?」
「ああ。艦隊へ入ったのは、父上の影響だと、よく、話していたよ。き
みが、エンタープライズの船長になって、父上も誇らしげだった」
「船長?」
「その船に、一刻も早く、きみを、帰さねば」
 スポックは、洞窟を歩いていった。
 
               ◇
 
 エンタープライズのブリッジ。

146

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「ワープ3です」と、カトウ。
「コース151、マーク3」と、チェコフ。「ローレンシア星系です」
「ありがとう」と、スポック。
「お呼びだとか?」と、マッコイ。
「ああ、ドクター」スポックは、立ち上がって、歩き始めた。「ジェー
ムズカークは、きみの友人だ。私を支持したのは、困難なことだったろ
う」
「それは、礼ですか?」
「ただ、単に、困難を認めているのだ」
「率直に言って、よろしいでしょうか?」
「あ、歓迎する」
「ホントに?じゃあ、言いますが、そのバルカン頭は、ポンコツか?カ
ークを追放するのが、論理的な決断か?だとしても、正しいのか?地球
では、よく、こう言う、ケンタッキーダービーに出るなら、厩にうまや最高の
馬を、置いてゆくな!と」
「興味深い言い回しだが、荒馬あらうまは、まず、調教しないと、ダービーには
出られはしない」
「せめて、つらい決断だったふりくらい、しろよ!」
「艦隊との通信機能を回復させる努力を、優先した。しかし、嘆き悲し
んでみせることが、クルーを鼓舞 こぶするなら、ドクターの意見は、おおい

148

147





に、参考にしよう」
 ブリッジに、スポックの父が入ってきた。
「失礼する」と、スポック。父を、迎えた。
「緑の血の、でくの坊め!」と、マッコイ。
 
               ◇
 
 雪原。
 カークとスポックは、吹雪の中、宇宙艦隊の前哨基地へ向かった。
 基地内部に入り、鉄の扉を閉めた。
「だれかぁー」と、カーク。
 廊下の先から走ってきたのは、背が1メートルくらいの、宇宙人で、
ふたりの前で、溶接用のメガネをはずした。
 小さな宇宙人の案内で、機関室に着いた。
「なに?」と、イスの上で寝ていたジャンパーの男性。「どんだけ、ひ
でぇことしたと思う?」
「おもしろい」と、スポック。
「なに?」と、カーク。
「いそがしかったんだろうけど、もう少し、早く来られねぇ?半年もい
たんだ。こんな、艦隊のプロテインで、なんとか、食いつないでよう!

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理由は、オレだって、分かっているんだ。な、罰だろ?刑の執行中。あ
んなの、あきらかに事故なのに」
「きみは、チャーリーモンゴメリースコットだな?」と、スポック。
「知り合い?」と、カーク。
「ああ、オレだ。ここで、正解!他に、オレと同じくらい、腹すかした
艦隊の仕官いるか?」
「ぼく!」と、小さな宇宙人。
「ふざけんな!」と、スコット。「黙れ!おまえ、めしぬき、豆ひとつぶ
食って、おしまいだ」そして、ふたりに。「とにかく、食いもん、待っ
てたんだ。でも、あんたらが来て、助かったよ。食いもん、どこだ?」
「ほんとに、あのチャーリーか?トランスワープ転送理論を、構築した
?」
「だから、そうだって。で、こんなはめになったの。教官と、ちょっと、
言い合いになったんだ。相対性理論と、亜空間移動の関係、あいつは、
たとえば、グレープフルーツみたいなもんを、転送できる範囲を、10
0マイルだって、言ってた。でも、オレにとっちゃ、同じ星系内の星か
ら星へ、グレープフルーツを転送するなんざ、ちょろいもんでさ、生命
体でもできると、で、アーチャー提督のポートスで実験した」
「ああ、あのビーグル犬のポートスね」と、カーク。「で、どうなった
?」

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「亜空間から出てきたら、教える。ポートスには、悪かったと思ってい
る」
「きみの理論が正しいと言ったら」と、スポック。「どうする?ワープ
で航行中の船にも、転送で乗れると言ったら?」
「方程式が見つかりゃな。聞いたことねぇが」
「今は、まだ、方程式を、きみが発見する前だからだ」
 スコットは、わけが分からないという顔で、立ち上がった。
「ごめん、もしかして、未来から来たの?」と、スコット。
「ああ、彼はね」と、カーク。「オレは、違う」
「そりゃ、すげぇ!未来にも、ビックマックって、ある?」
 
               ◇
 
 宇宙艦隊の前哨基地。
 スコットは、修理中の古いシャトルを見せた。
「ちょっと、危なっかしい、船だ。シールド発生機は、いかれちまった
し。他のもんも同様。さ、乗れよ!」
 4人は、シャトルへ乗り込んだ。
「エンタープライズは処女航海したんだ!」と、スコット。「あれは、
スタイル抜群だね!この手で、あのワープナセルを直せるのが、エンジ

154

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ニアの夢ってもんだ」
 スポックは、パネルの前で、転送装置が使えるか、調べていた。
「だけど、ただね」と、スコット。スポックに。「あんたを信じても、
オレが、トランスワープ理論を発明といっても、まだ、してねぇわけだ
し、だいだい、ワープしているエンタープライズにさ、まともな、転送
パットもないのに、転送で乗り込むって━━━降りろ!」転送ルームの
手すりに登っている、小さな宇宙人に。「ジャングルジムじゃ、ねぇ!」
 カークは、小さな宇宙人を抱きかかえて、降ろした。
「トランスワープ転送ってのは、銃弾を銃弾で撃つようなもんだ。しか
も、目隠ししたまんま、馬に乗ってさ━━━なに、それ?」
 スポックは、画面に、式を出した。
「トランスワープ転送のために、きみが書いた、方程式だ」
 スポックは、立ち上がった。スコットは、入れ違いに、画面の前に座
った。
「また、また━━━あ、そうか、空間を動く物体と考えればいいのか」
 小さな宇宙人も、画面を見た。
「いっしょに、来るんだろ?」と、カーク。スポックに。
「いいや、ジム、そういう運命では、ない」と、スポック。
「運命?でも、もうひとりのスポックが、信じない。あんたが説明しな
いと」

156

155





「どんな状況であっても、彼に、私の存在を教えないと、約束してくれ
!」
「じゃあ、帰って、あんた自身にも、あんたに従ったと、言えないとい
うこと?なんで、だめなんだ?」
「これは、時空パラドックスで宇宙が崩壊しないために、破れない規則
なんだ。ネロを止めるには、きみひとりが、船を指揮するしかない」
「なに?あんたを、殺して?」
「それは、困るが。しかし、艦隊規則619条がある。いかなる上級仕
官であっても、任務中に、感情的に破綻をきたした場合は、その指揮権
を放棄する」
「あんたの感情を、破綻させる?」
「ジム、私は、故郷を失った。私は、すでに感情的に破綻している。そ
れを、私に示せば、いいだけだ」
「よし、にいちゃん」と、スコット。「生きるか死ぬか、やってみようぜ
!」
 スコットは、すでに、転送パッドに立っていた。
「いっしょには、来られないんだよ」スコットは、乗ろうとする小さな
宇宙人を、パッドの外に追いやった。
 カークは、となりのパッドに立った。
「過去に戻って、歴史を変えるなんて、ズルだ」と、カーク。

158

157





「古い友から学んだ手だよ」と、スポック。
 スポックは、転送スイッチを押した。
「長寿と繁栄を」スポックは、右手を上げて、指を奇妙に開いた。
 スコットは、小さな宇宙人に手を振った。
 スコットが消えると、小さな宇宙人は、悲しそうな顔をした。
 




            5
 
 エンタープライズの機関室。
 カークが転送されきた。
「ミスタースコット」と、カーク。
 背後のタンクから、たたく音が聞こえた。
「ミスタースコット、聞こえるか?」カークは、タンクに呼びかけた。
 タンクから出ている水のチューブに、スコットが現われた。
「ちょっと、待ってろ!」と、カーク。
 スコットは、水に流されていった。

160

159





「まずい!」カークは、流されてゆく水のチューブを追った。「大丈夫
だ、今、すぐ━━━」
 水のチューブは、天井を伝って、回転するタービンへ向かっていた。
 カークは、走っていって、機関部のパネルを操作した。
「タービンリリースバルブ、起動します」と、コンピュータ。
 天井の水のチューブがあいて、スコットは、水とともに床に落下した。
「おい、チャーリー!大丈夫か」と、カーク。
「頭がぬるぬるして、濡れてる以外は、平気だ!」と、スコット。
 
               ◇
 
 エンタープライズのブリッジ。
 スポックは、父と、話していた。
「スポック船長」と、チェコフ。「ウォータータービンのコントロール
パネルに、無許可のアクセスを感知しました」
「映像を、スクリーンに」と、スポック。
 カークとスコットが映った。
「保安部員」と、スポック。「機関部を封鎖。タービンセクション3に、
侵入者。フェーザーを、麻痺 まひにセット!」
 

162

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               ◇
 
 エンタープライズの機関部。
 カークとスコットは、機関部の鉄製の階段を逃げたが、保安部のはさ
みうちにあった。
「止まれ!」と、保安部員。フェーザーを構えた。「いっしょに来い!
カップケーキ!」
 
               ◇
 
 エンタープライズのブリッジ。
 カークとスコットが、保安部員に連行されてきた。
「きみは?」と、スポック。
「この人の」と、スコット。
「連れだ」と、カーク。
「船は、ワープ航行中だ」と、スポック。「転送で、どうやって、乗っ
た?」
「天才なら、分かるだろ?」と、カーク。
「船長代理として、質問に答えることを命ずる」
「言いたくないね、船長代理。なに?いや、まさか、オレが協力しない

164

163





からって、その程度で、おこったりしないよな?」
「きみは、艦隊の一員か?」と、スポック。
「あ、はい」と、スコット。「タオル貸して、もらえません?」
「ワープ航行中の船に」と、スポック。「転送で乗りこんだ方法を、説
明しなければ、軍法会議だ!」
「じゃ━━━」
「答えるな!」と、カーク。
「命令だ。答えなさい!」と、スポック。
「どっちかの味方は、イヤだな」と、スコット。
「どうなってんだ、スポック?」と、カーク。「うん?故郷の星を失っ
て、母親を殺されたのに、おこりもしないか?」
「それらの経験が、私の船長としての能力に、支障をきたすと思うなら、
間違いだ」
「船長になるには、恐怖を感じることが、必要なんだろ?だけど、あん
た、やつの船がやったこと、見てただろ?」
「ああ、とうぜんだ」
「で、恐怖は、感じたのか?」
「感情について、きみの講義を受けるつもりはない!」
「それじゃ、とめてみろよ!」
「さがりたまえ、ミスターカーク!」

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いかりがないって、どんなかんじだ?絶望もしない。自分の母親が殺さ
れても、復讐心なんか、えたぎらないんだろ?」
「さがりたまえ!」
「なにも、感じない!あんたにとっては、なんの、意味もないんだろ?
愛してなかったんだ、母親を!」
 スポックは、強いいかりを感じて、カークをなぐった。
 なんども打撃を加えて、倒れたカークの首を、右手で押さえ込んだ。
 ブリッジの仕官は、だれも、動かなかった。
「スポック!」と、スポックの父。
 スポックは、腕の力を弱め、カークを離して、父を見た。
 カークは、やっと、息ができた。
「ドクター」と、スポック。マッコイに。「私は、もう、不適任だ。感
情的に破綻していると認められるので、指揮権を放棄する。日時を記録
しておくように!」
 スポックは、ドアへ向かった。
 ウラが、そばまで来たが、スポックは、なにも言わずに、ブリッジを
あとにした。
 スポックの父は、あとを追った。
 ブリッジの仕官は、誰も、動かなかった。
「この船、気に入ったぜ!」と、スコット。「興奮すんだろ?」

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「これで、満足か、ジム?」と、マッコイ。「船は、船長を失い。とっ
てかわる、副長もいないんだぞ!」
「いや、いるよ」と、カーク。船長席に向かった。
「なに?」と、マッコイ。
「パイク船長が」と、カトウ。「カークを、副長に!」
「ジム、冗談だろ?」と、マッコイ。
「応援、ありがとう!」と、カーク。船長席に、座った。
「なにをしてるか、分かってるんでしょうね?」と、ウラ。「船長」
「そのつもりだ」と、カーク。船長席のスイッチを押して、艦内放送し
た。「エンタープライズの諸君、ジェームズカークだ」
 スポックは、通路を歩きながら、聞いていた。
「ミスタースポックが、任務を退きしりぞ、私が船長代理となった。艦隊と合
流する指令が出ていたが、それを、取り消し、地球に向かった敵を追う。
総員、10分で、戦闘態勢をととのえろ!やつらと勝負して、決着つけ
る!以上だ」
 
               ◇
 
 エンタープライズの転送室。
 スポックは、ひとり、立っていた。そこへ、父。

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「考えを、話してみろ!」と、父。
「おろかなことです」と、スポック。
「必要なことは、おろかなどでは、ない」
「幼いころ経験したのと、同じ葛藤かっとうです」
「おまえは、2つの世界を受け継ぐ者だ。私は、そのことについて、う
れしく思う」
「母上の命を奪ったものに、怒りを感じ、その怒りを、おさえられませ
ん!」
「母上なら、こう言うだろう。おさえるな、と。なぜ、彼女と結婚した
か、以前、おまえにかれたな」
 スポックは、アカデミーでの幼き日を思い出した。
「それは、彼女を愛したからだ」
 スポックは、あの日と同様、理解しがたいものを感じた。
 
               ◇
 
 エンタープライズのブリッジ。
「とにかく、ネロに気づかれずに、やつの船に乗り込みたい」と、カー
ク。
「ただ、ぶっぱなしたって」と、マッコイ。「むこうの技術にかなわな

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い」
「接近してないと」と、カトウ。「やっぱり、無理です」
 チェコフは、パネルで、ひとり計算していた。
「船長、カーク船長!」と、チェコフ。
「なんだ、チェコフ、どうした?」と、カーク。
「バルカン星から、コースを計算すると、ネロの船は、もうすぐ、土星
を通過するんです。気づかれずに、近づかないと、ネロに攻撃されます
けど、もし、ミスタースコットが、ワープ4を出せるようにできて、タ
イタンとか、土星の衛星のうしろで、ワープを離脱すれば、土星の輪で
磁場が乱れる関係で、ネロのセンサーには、船が映りません。そこから
なら、ドリルが動いてない限り、転送で乗り込めます」
「ああ、いいかも!」と、スコット。タオルで、耳をふいていた。
「ちょっと、待て、きみ、いくつだ?」と、マッコイ。
「17です!」
「お、聞いたか?17だよ」
「ドクター」と、スポック。ドアから、現われた。「ミスターチェコフ
は、正しい。この私が、証明しよう。そうして、船を隠せれば、私がネ
ロの船に乗り込み、ブラックホール発生装置を盗む。さらに、可能なら、
パイク船長を、連れ帰る」
「それを、許可するわけには、いかない」と、カーク。

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「ロミュランとバルカンは、同じ先祖を持っている。文化も似ているか
ら、船のコンピュータにアクセスして、容易に、装置を捜せるはずだ。
それに、母は、地球人。地球は、私に唯一ゆいつ残された、故郷だ」
「じゃあ、オレがいっしょに行く」
「艦隊規則を持ち出しても、どうせ、無視されるんだろうな?」
「ああ、お互いが、分かってきた!」
 カークは、右手で、スポックの肩を、勢いよく、たたいた。
 
               ◇
 
 掘削船のブリッジ。
 スクリーンに、地球。サンフランシスコ、上空。
「ドリルを準備!」と、ネロ。
 掘削船から、長大なドリルが降ろされていった。
 
               ◇
 
 エンタープライズのブリッジ。
「停止まで、3」と、カトウ。「2、1」
 エンタープライズは、ワープから出て、タイタンの分厚い雲の中に停

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止した。
「通常エンジン、パワー4分の1。5秒間、噴射。あとは、スラスター
で」
「はい」と、チェコフ。
「噴射!」
 エンタープライズは、雲の上に出ると、リングを輝かせた、土星が見
えた。
「転送室!」と、カトウ。「タイタンの上に到着した」
 
               ◇
 
 エンタープライズの転送室。
「ホント?」と、スコット。転送コントロールパネルにいた。「すっげ
ぇや!いい腕してんな!」
 スポックとカークが入ってきた。
「どうだ、チャーリー?」と、カーク。
「予定位置に、つきました」
「命令だ、ミスターカトウ」カークは、ブリッジに連絡した。「もし、
戦術的に有利だと、思ったら、いつでも船を攻撃しろ!オレたちが乗っ
ていてもだ!」

178

177





「了解」と、カトウ。
「エンタープライズに戻る、準備ができたら、呼びかける」
「待ってます」
 カークは、転送パッドに立った。
 となりに立っていた、スポックに、ウラが来ていた。
「かならず、戻る」と、スポック。
「お願いよ」と、ウラ。「あなたの周波数、モニターしてる!」
「ありがとう、ニオタ」
 ウラは、カークを見た。カークは、うなずいた。
 スコットは、戻ってゆく、ウラを見た。
「ニオタが、名前?」と、カーク。
「その件は、ノーコメント」と、スポック。
「よーし、そんじゃあ」と、スコット。「やつらの船も、常識的に作ら
れてりゃ、貨物室のどっかに着くだろう。人が、いないはずだ。転送!」
 
               ◇
 
 掘削船の貨物室。
 カークとスポックが、転送されてきた。
 多くの兵士たちが、作業中だった。壮絶な撃ち合いになった。

180

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 カークとスポックは、フェーザーを撃ちながら、進んだ。
「船長」と、兵士。「宇宙艦隊のやつらが、乗っています。ひとりは、
バルカン人」
「なに?」と、ネロ。「アイエル!」
 ネロは、アイエルを呼び寄せて、貨物室に、向かった。
「行け、援護する」と、カーク
「確かか?」と、スポック。
「ああ、信用しろ!」
 スポックは、気を失って倒れている兵士に、右手を添えて、精神融合
した。
 背後から撃とうとした兵士を、カークは撃った。
「どこか、分かったか?ブラックホール発生装置は?」と、カーク。
「ああ、パイク船長も」と、スポック。立ち上がった。
 
               ◇
 
 サンフランシスコ、上空。
 長大なドリルから、レーザー噴射が始まった。
 宇宙艦隊本部。
 仕官たちが、外へ出てきた。

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 巨大なレーザーが、本部前の、ゴールデンブリッジ近くに噴射された。
 
               ◇
 
 エンタープライズのブリッジ。
「どいて!」と、ウラ。通路から、走ってきた。
「ドリルが作動しました」と、チェコフ。
「通信、転送機能、ダウン」と、ウラ。「ミスターカトウ、ふたりの座
標を、中継できる?でないと、こっちに、転送できない」
「あとは、ふたりに、任せるしか」と、カトウ。
 
               ◇
 
 掘削船の貨物室。
 スポックとカークは、走ってゆくと、バルカンの高速船が待機してい
た。
 ふたりは、高速船の内部へ、入った。
「手ごわそうだな」と、スポック。「船の設計は、予想以上に、高度だ」
 ふたりは、高速船のラボにある、直径1・5メートルの赤色物質の前
に来た。

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「声紋と顔面認識システム作動!」と、コンピュータ。「お帰りなさい。
スポック大使」
「へぇ、へんなかんじ!」と、カーク。
「コンピュータ、製造者と、年月日は?」
「宇宙暦2387、バルカン科学アカデミーで製作」
 スポックは、それを、聞いて、カークに詰め寄った。
「重要な情報を、私に、隠していたんだな?」
「きみは、こいつを、飛ばせるよな?」と、カーク。
「飛ばしたことが、あるようだが?」
「頼むぜ!」カークは、出て行こうとした。
「ジム!」と、スポック。「計画が成功する確率は、4・3パーセント
以下だ」
「うまく、いく!」
「もし、私が戻らなかった場合、ウラ中尉に」
「スポック、うまく、いく!」カークは、出て行った。
 スポックは、イスに座ると、自動的に、回転して、所定位置についた。
「おもしろい!」と、スポック。
「出発シーケンス開始!」と、コンピュータ。
 高速船は、掘削船の中を、飛行した。
 

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               ◇
 
 掘削船の貨物室。
 カークは、ネロにフェーザーを構えた。
「ネロ、部下に、ドリルを止めるように、言え!」
 カークは、潜んでいた兵士に、殴られた。カークのフェーザーは、フ
ロアの下へ落ちた。
 ネロは、カークの倒れているところまで、走ってきた。
「この顔を、知っている!」と、ネロ。「地球の歴史で見た」ネロは、
カークを両腕でつかむと、投げ飛ばした。
 さらに、腹と顔面を、2回づつ、殴った。
 
               ◇
 
 掘削船の内部。
 スポックは、高速船の運転に慣れてきて、飛行しながら、銃撃した。
 掘削船の壁面を銃撃で破壊すると、高速船は、外へ出た。
 
               ◇
 

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 掘削船の貨物室。
 カークは、ネロに首を絞められていた。
「ジェームズTカークは、偉大な男といわれていた。エンタープライズ
の船長としてな。だが、違う人生でだ。父親と同じように、おまえの人
生を奪ってやる!」
 
               ◇
 
 サンフランシスコ、上空。
 スポックは、高速船で、ドリルがレーザーを噴出している場所を、銃
撃した。
 ロープが切れ、ドリルは、プラットフォームごと、ゴールデンブリッ
ジ近くに落下した。
 
               ◇
 
 掘削船の貨物室。
 カークは、ネロに首を絞められていた。
「ネロ船長!」と、兵士。無線で。「バルカン船が奪われ、ドリルは、
破壊されました!」

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 ネロは、カークを離し、立ち上がった。
「スポック!スポーック!」と、ネロ。ブリッジに向かった。
 カークは、やっと、息ができた。兵士が、ひとり、銃を構えて近づい
てきた。
 
               ◇
 
 掘削船のブリッジ。
「チャンネルをひらけ!」と、ネロ。
「ハイ、船長」と、兵士。
「スポック、殺せるときに殺しておくべきだったよ」と、ネロ。
「そちらが、違法に手に入れた船を」と、スポック。無線に。「没収し
た!降伏を、命ずる!無条件で、船を明け渡せ!」
「あの船を、撃墜しろ!」と、ネロ。
「赤色物質に、点火すれば」と、兵士
「今すぐ、スポックを殺せ!」
 高速船に向かって、7発の魚雷が発射された。
 高速船は、ワープに入った。
「ワープで逃げました!」と、兵士。
「追いかけろ!」と、ネロ。

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「はい、船長!」
 掘削船も、ワープに入った。
 
               ◇
 
 掘削船の貨物室。
 カークは、立ち上がった。
 銃を持った、兵士が近づいてきたので、下のフロアに飛び降りた。
 飛び損ねて、フロアにつかまっているところに、兵士が来た。
 兵士は、カークの首を片手で持ち上げた。
「おまえの種族は、思ったより、弱いんだな」と、兵士。
「うーう」と、カーク。
「ほら、しゃべれもしない!」
「うーう」
「なんだ?」
「おまえの拳銃を、とった!」
 カークは、拳銃を、発射した。兵士は、フロアから落ちていった。
 カークは、フロアに、やっと、つかまった。
 そして、拳銃を拾い上げると、立ち上がった。
 

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               ◇
 
 ワープ空間。
 スポックは、高速船を、Uターンさせると、掘削船に向かった。
「やつは、なにをしている?」と、ネロ。
 スポックは、高速船を、運転していた。
「スポック大使、これは、衝突コースです」と、コンピュータ。
「全部、ぶちまけろ!」と、ネロ。
 掘削船から、27発の魚雷が、発射された。
「魚雷接近中、船に当たれば、赤色物質に点火します」と、コンピュー
タ。
「承知している」と、スポック。
「船長、ほかの船が来ました!」と、兵士。
 エンタープライズは、ワープ空間に入ると、フェーザー砲で、すべて
の魚雷を破壊した。
 高速船は、掘削船へ向かっていった。
 
               ◇
 
 掘削船の貨物室。

196

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 カークは、拳銃で、兵士を撃った。
 パイク船長が、縛られているところまで来た。
「なにを、している」と、パイク。
「命令に、従っています」と、カーク。銃を腰にさして、拘束帯をはず
し始めた。
 兵士が、銃を構えて近づいてきた。
 パイクは、カークの銃で、兵士を撃った。
 カークは、パイクを抱きかかえると、エンタープライズに通信した。
「エンタープライズ、転送!」
 スポックは、高速船で、掘削船にぶつかっていった。
 スポックの転送シーケンスが始まった。
 掘削船は、高速船が衝突すると、内部で爆発した。
 
               ◇
 
 エンタープライズの転送室。
 カークとパイク、それに、スポックが、同時に転送されてきた。
「いいタイミングだ、チャーリー」と、カーク。
「へっへー、やったぜ、2つの場所の3人を、1つのパッドで転送した
!」

198

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「ジム!」と、マッコイ。
「ボーンズ」と、カーク。
「任せろ!」マッコイは、パイクを抱きかかえ、医療室へ運んだ。
 ウラは、スポックを迎えた。
「オレは、すっごかったろ!」と、スコット。まわりを見ると、室には、
誰もいなかった。
 
               ◇
 
 エンタープライズのブリッジ。
 カークとスポックが、入ってきた。
「船長」と、チェコフ。「敵の船は、パワーを失い、シールドがダウン
しました」
「呼びかけろ!」と、カーク。
「はい!」
 高速船のラボにあった、赤色物質は、掘削船に衝突した衝撃で分散し
た。
 やがて、1つに凝縮して、ブラックホールを形成した。
 掘削船は、すこしづつ、ブラックホールに飲み込まれ始めた。
 スクリーンに、ネロ。

200

199





「こちら、エンタープライズ、ジェームズTカーク船長。貴船きせんは、危う
い状況だ。となりに、ブラックホールができているが、われわれには、
きみらを、救助する用意がある」
「船長、どういうことです?」と、スポック。カークの耳元で。
「ロミュランと和平を結ぶためには、思いやりを示す。論理だよ。きみ、
好きだろ?」
「いえ、本当は、あまり━━━今回だけは」
「オレにとっては」と、ネロ。「帝国の終わりを1000回迎えた方が
マシだ。おまえの助けを受けるくらいなら、もだえ苦しんで、死んでや
る!」
「いいだろ!」と、カーク。「フェーザー砲、準備。総攻撃だ!」
「はい、船長」と、カトウ。
 エンタープライズは、掘削船に、フェーザー砲を乱射した。
「逃げろ!逃げろ!」と、掘削船の兵士たち。
 掘削船は、エンタープライズの攻撃で、ダメージを受けた。ブラック
ホールは、強大な重力で、時空をゆがめ、時空トンネルを作り出した。
掘削船は、そこへ、飲み込まれた。
 スクリーンに、重力警報。
「カトウ、うちへ帰るぞ!」と、カーク。
「はい、船長!」と、カトウ。

202

201





 ブラックホールの、強大な重力に、エンタープライズは引き込まれそ
うになった。
「なぜ、ワープにならない?」と、カーク。
「ワープ中です」と、チェコフ。
「カークより、機関部!脱出させろ、チャーリー!」
「がってん、承知よ、船長!」と、スコット。機関部を走った。「重力
井戸に、つかまって、引っ張られてる!」
「最大ワープにして、逃げきれ!」
「もう、ありっだけのパワーで、やってます!」
 ブリッジの天井に、亀裂が走った。
「ありっだけのパワーじゃ、足りないぞ!ほかに、ないか?」
「それじゃ、ワープコアを放り出して、反物質で起爆させたら、爆発で
押し出してくれるかも!なにも、断言できないけど」
「やれっ!やれっ!やれっ!」
「避難だ!行け!」と、スコット。
「了解です」と、機関部の仕官。
 スコットは、9基のうち、7基のワープコアを、排出した。
 ワープコアの爆発で、エンタープライズは、ブラックホールから押し
出された。
 

204

203





            エピローグ
 
 地球、宇宙艦隊本部。
 シャトル倉庫を、歩く、スポック。
「父上!」と、スポック。
 年寄りのスポックは、振り向いた。
「私は、我々の父ではない。バルカン人は、数少ない。互いに知らない
ふりは、できないな」
「では、なぜ、あなたが来ずに、カークを、船に戻したんです?」
「きみらは、互いが必要なのだ。ふたりで、成し遂げられることを、き
みらに実感して、ほしかったんだ。友情もな。きみらは、互いがあって
こそ、互いの能力が、引き立つのだ」
「カークは、あなたのことを、黙っていた」
「約束を破れば、宇宙が終わるような、時空パラドックスが生じると、
思ったのだろう」
「ウソを?」
「いやぁ、多少、ほのめかしはしたが」
「ギャンブルだ」
「信頼ゆえにだ。きみにも、艦隊で、同じように、してほしいね」
「絶滅の危機だ。除隊し、民族再興に力を注ぐのが、論理的です」

206

205





「だが、きみは、同時に、2か所にいられる。きみは、宇宙艦隊に残っ
てほしい。私は、すでに、バルカン植民にふさわしい、星を見つけた。
スポック、この場は、自分の思うとおりのことをしろ!論理をわきにお
き、正しいと思うことを!」
 年寄りのスポックは、少し、間を置いた。
「私の普段のあいさつでは、利己的すぎるからな。今日は、ただ、幸運
を!」
 スポックは、互いに、右手を上げて、指を奇妙に開いた。
 
               ◇
 
 宇宙艦隊本部。
 講堂に、多くの仕官と、提督が集まっていた。
「それでは、ジェームズタイベリアスカーク船長、前へ!」と、提督。
 カークは、進み出た。
「その、インスピレーション豊かな活躍と、仲間に対する献身は、わが
艦隊のほこる、伝統だ。自分と仲間、連邦に対して、最高の信用を、築き
あげた。その栄誉をたたえ、ここに、褒章勲ほうしょう章を、与える」
 提督は、カークの胸に、勲章を下げた。
「艦隊命令28455にのっとり、きみは、パイク提督と交代し、今後、

208

207





USSエンタープライズ号の、指揮をること!」
 カークは、提督と握手し、車イスのパイクの前に、立った。
「交代いたします」と、カーク。
「これで、安心だよ」と、パイク。口から、ケンタウルスなめくじの尻
尾。居心地がよく、なめくじは、毒を吐かなかった。
「光栄です」
「おめでとう、船長」パイクは、握手した。「父上も、お喜びだ」
 講堂にいる、士官と提督たちは、カップケーキと仲間以外、全員、拍
手で、カークを祝福した。
 講堂の2階で、そのようすを、年寄りのスポックが見ていた。
「スラスターを全開に!」と、スポック。
 
               ◇
 
 エンタープライズのブリッジ。
「操舵スラスターと通常エンジン、準備完了です」と、カトウ。
「兵器システムとシールドも、スタンバイ完了です」と、チェコフ。
「艦隊から、発進指示、出ました」と、ウラ。「船長」
 カークは、ブリッジのドアから現われた。
「ボーンズ!」と、カーク。「ベルト、締めろ!」マッコイの肩を、た

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たいた。マッコイは、やれやれという顔をした。
「チャーリー!そっちは?」カークは、船長席に、座った。
 
               ◇
 
 エンタープライズの機関室。
「ダイリチウム結晶の、出力最大です!」と、スコット。タンクのてっ
ぺんに座っている、小さな宇宙人を見つけた。「降りろ、コラ!」
 小さな宇宙人は、ゆっくり、首を振った。
 
               ◇
 
 エンタープライズのブリッジ。
「ミスターカトウ!」と、カーク。「スラスター、噴射準備!」
 エレベータのドアがひらいた。
「乗船許可を、船長!」スポックが、立っていた。
「乗船を、許可する」と、カーク。
「副長が、決まっていないとのことで」と、スポック。「つつしんで、
私が立候補します。必要なら、経歴書を、提出しますが」
「光栄だよ、スポック少佐」カークは、立ち上がって、スポックを出迎

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えた。
「ミスターカトウ!」カークは、ふたたび、船長席についた。
「操舵スラスター、準備完了!」と、カトウ。
 スポックは、通信仕官のウラにあいさつしてから、科学仕官席につい
た。ウラは、少し、みを浮かべた。
「発進しろ!」と、カーク。
「はい、船長」と、カトウ。
 ワープ直前の、USSエンタープライズ NCC1701。
「宇宙」と、ナレーター。「そこは、最後のフロンティア。これは、宇
宙船エンタープライズ号が、23世紀において、任務を遂行すいこうし、未知の
世界を、探索たんさくして、新しい生命と、文明を求め、人類未踏みとうの宇宙に、勇
敢に航海した、物語である」
 エンタープライズは、ワープに入り、視界から消えた。
 タイトルバック。タイトル音楽。
 ジーンロッデンベリーのスタートレックをベースに、
 故ジーンロッデンベリーと、
 メイジェルバレットロッデンベリーに捧ぐ。
 
 
                      (終わり)

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