心の傷を越えて
ブライアンフラー、ハリードックロア
プロローグ
ホロデッキ。
イタリアのレオナルドダヴィンチの工房。
描き掛けのモナリザの肖像画が無造作に置いてある。
「見かけほど、難しくはないわ」と、ジェインウェイ。セブンに、粘土
細工を教えている。「一番大事なのは、粘土を
怖がらないこと。
怖いも
のなどない。失敗するのを
怖れてはだめってことよ!粘土には、心に浮
かんだイメージがそのまま現われるの。すべては手と、この粘土にまか
せること。はい!」手を伸ばして、粘土をひとつかみセブンに渡した。
「やってみて!鼻をもう少し足したらどうかしら?」
セブンは、渡された粘土を、作り掛けの頭の鼻のあたりに置いた。
「上出来だわ!」と、ジェインウェイ。「続けて!」
セブンは、しぶしぶ粘土に触れたが、うまくゆきそうになかった。
「じつに、非生産的な行為だ」と、セブン。「なんの役にも立たず、な
んの成果も挙げられはしない。時間の浪費だ。くだらない!」
「それは個人の見方によるんじゃない?」と、ジェインウェイ。「わた
しは心が解き放たれるわ。リラックスできる」
ジェインウェイは、しゃべりながらも、ヘラで粘土細工の顔の手直し
を始めた。
「そのリラックスという概念は、非常に理解し難い。わたしはボーグと
して、常に、任務を遂行し、ひとつが終わればすぐ、つぎへと移った。
効率的だ」
「同じことよ。わたしは一時、ボイジャーを忘れることで、仕事の効率
が上がるの」
手を休めた。
「とてもレオナルド先生に見てもらえるシロモノじゃないけど、自分の
手でなにかを生み出してる瞬間が、一番幸せ」
粘土細工の顔に布をかぶせた。
「この雑然とした室でか?」と、セブン。「古臭いオブジェが、無秩序
に散らかった環境で?」
「そうよ」と、ジェインウェイ。「24世紀から抜け出すのが、いい息
抜きになるわ。この雑然さこそが、わたしのイマジネーションを刺激し
てくれるの。あなたもなにか作れば?」
「わたしに」と、セブン。「ホロデッキのプログラムを組んでみろと言
うのか?」
「きっと楽しめるわ!自分のいろいろな力を発見できるはずよ。ボーグ
のままでは、決して見つけられないようなイマジネーション、独創力、
空想」
「なぜ、そんなものが必要なのか、分からない」
「必要ってわけじゃないの。でも、とても大切なものよ。イマジネーシ
ョンが心を解き放ち、ひらめきや解決策を与えてくれる。大きな喜びを
もたらしてくれる。人間に進歩が、心があるのは、イマジネーションの
おかげよ。わたしは昔、絵の勉強をしていた。モデルを使ったりもした
わ。レオナルドダヴィンチは、心の師なの」
「忙しい男のようだ」
「そうよ、多作の芸術家で、科学者でもあったわ。遥か、はるか、昔の
ことよ」
セブンは、天井から吊るしてある、大きな鳥のような翼の模型を見上
げた。
「そのデザインもすばらしいでしょ?」と、ジェインウェイ。「彼は、
飛行機の時代が来ることを、そのなん世紀も前に予知していたの」
セブンは、模型を見ながら、全身を硬直させていた。
「セブン?」と、ジェインウェイ。
セブンの過去の記憶がよみがえった。
「おまえを同化する」と、ふたりのボーグ。「抵抗は無意味だ。おまえ
の均衡はわれわれに加わる」
ボーグをかき分けて、逃げるセブン。
「アニカ〜!」と、父が呼ぶ声。
「おまえを同化する」と、ボーグの声。
飛んでくるワタリガラスの翼の音。
「セブン!」と、ジェインウェイ。「どうしたの?」
「分からない」と、セブン。実際には、翼の模型を見上げたままだった。
ジェインウェイも、翼の模型を見上げた。
1
医療室。
「これで3度目の体験だ」と、セブン。ドクターに説明していた。「場
所も時間も特定はしている。浮かぶのは、いつも支離滅裂なイメージば
かり」
「詳しく話してくれ」と、ドクター。ハンディセンサーで、セブンを調
べながら。「一種の幻覚なんだね?」
「幻覚の経験はない。どうもボーグの船にいるようなのだが、わたしは
彼らを怖れている。3回とも同じだった」
(第四_二_二話 つづく)