ドクター心の危機
              アイリーンコナーズ、ブラノンブラガ、
              ジョーメノスキー
            プロローグ
 
 ボイジャーは、宇宙を航行していた。
 医療室。
 ドクターは、ホロカメラで、クルーたちを撮影していた。
「90度左を向いて!」と、ドクター。ニーリックスが映っていた。
「90度左を向いて!」ベラナトレスが映っていた。
「90度右を向いて!」トムパレスが映っていた。
「後ろを向いて!」トムパレス。「後ろを向いて!」パイロットの少尉。
「動かないで!じっとしていて」と、ドクター。
「それ、痛いんでしょ?」と、ナオミワイルドマン。
「痛くないさ」と、ドクター。「光は人体に危害はない」




2

1
























































「去年はしなかったのに」
「なぜかというと、去年は、まだ、気づいてなかったからさ。ホロイメ
ージャーが医学知識を得るのにも使えるってことをね」
「わたしどこか悪いの?」と、ナオミ。
「いや、どこも」と、ドクター。「ずっと元気でいるために、検査を受
けようね」
「ママもこの検査受けるの?」
「ママも含め、クルー全員に、この検査を受けてもらうつもりだ。実に、
便利なものさ。亜空間帯に沿って、共鳴スペクトルを調和させれば、患
者の体を素粒子レベルで把握することができるってわけ」
「素粒子レベル?でもさっき、痛くないって言ったじゃない?」
「言ったよ、痛くないって」
「ホラ、ね!簡単だろ」と、ドクター。自分が被写体になって見せた。
「ドクター、動かないで、じっとしてて!」と、ナオミ。ホロカメラか
のぞいた。
「オレを、からかってるのかね?」と、ドクター。
「いいえ」と、ナオミ。る側になって、満足そうだった。
 
               ◇
 

4

3
























































 ハリーキム少尉の番だった。
「ほんの数秒で、映像をデータベースにダウンロードできるんだ」と、
ドクター。「時間があれば、自分の体の中がどうなってるか、見てみれ
ば?」
「喜んで」と、ハリー。
「ご覧あれ!」と、ドクター。ハリーの全身骨格をホロイメージに出し
た。そして皮膚に、制服姿。
「いい男だ」と、ハリー。
「ふむ」と、ドクター。コンソールになにか気づいて、ホロイメージの
頭部を後ろ側から見に行った。
「頭骸骨の底部に、手術こんがあるな」と、ドクター。「コンピュータ、
後頭部を拡大してくれ!倍率は500倍」
「ピピ」と、コンピュータ。頭蓋ずがい骨を拡大した。
「ほらね」と、ドクター。「硬脳こうのう膜に沿って、傷がある」
「なんの傷?」と、ハリー。
「手術のだ」と、ドクター。「コンピュータ、患部の映像を分離!倍率
は100倍」
「ピピ」と、コンピュータ。脳膜のうまくを拡大した。
「ほかにも傷がある」と、ドクター。「これは間違いなく、神経の手術
を受けたあとだ━━━執刀した医師は、オレだ。この切開こんは、オレが考

6

5
























































案したミクロリニアこんだ」
「どういうことだ?」と、ハリー。「手術を受けた覚えなどないぞ!」
「オレも同じだよ」と、ドクター。「きみを手術した覚えはない」







            1
 
 艦長室。
 チャイムが鳴った。
「だれなの?」と、ジェインウェイ。
「ドクターです」
「入って!」ドクターが、診察ケースを持って入って来た。
「クルーは全員、健診を受けました」と、ドクター。「受けていないの
は、もう、艦長だけですよ」診察ケースをけた。
「じゃ、手短てみじかにね」と、ジェインウェイ。手にコーヒーカップを持った

8

7
























































まま、立ち上がった。
「具合の悪い箇所は?」と、ドクター。トリコーダーで診察を始めた。
「ないわ。みんなは、どう?」
「ほとんど、問題ありません。第10デッキと11デッキで、発生初期
のエイリアンレトロウィルスを発見しましたが、大事に至る前に手を打
ちました。セブンの頭蓋下部組織に、少々、摩滅が見られましたので、
メインテナンスの回数を倍にします。内分泌機能は、正常。細胞の新陳
代謝も正常」
「それを聞いて、安心した」
「早いうちに」と、ドクター。光を当てて、艦長の口の中を見た。「ぜ
ひ一度、医療室に来てほしい。ホロイメージャーで体をスキャンできる
ようにしたんです。まだ、撮影していないのは、艦長だけですよ」
「じゃ、来週行くわ」
「性能はいいんですが」と、ドクター。「謎の1つを、発見してしまい
まして、オレはキム少尉に神経の手術を行なったようなんです。縫合ほうごうこん
のアイソトープ衰微すいびから考えて、18か月前らしい」
「覚えがないけど」
「ええ、オレもです。キムも覚えていない」と、ドクター。「当時の医
療日誌を調べたら、手術の記録はなかった」
「ホロイメージャーのスキャンミスってことはないの?」と、ジェイン

10

9
























































ウェイ。
「あり得ます。今、コンピュータにチェックさせてます。自分のプログ
ラムも、徹底分析させるつもりです。メモリファイルも見てみないと」
「ベラナとハリーが、プラズマリレーの修理を終えたら、つぎにあなた
のところへ行くよう伝えておく」
 ドクターは、かっけを調べる器具を構えた。
「もういいわ」と、ジェインウェイ。自分のデスクに戻った。ドクター
は、器具を診察ケースにしまって、出て行った。
 
               ◇
 
 天体測定ラボ。
「やぁ、セブン」と、ドクター。入って来た。
「ドクター」と、セブン。
「頼みたいことがある」と、ドクター。
「今はだめだ」と、セブン。
「なぜ、だめなんだ?」
「ディフレクター板を調整中だ。明日、来てくれ!明日なら終わってい
る」
「断られてばかりいるな」と、ドクター。「艦長には、いやな顔をされ

12

11
























































るし、かわいい教え子からは、頼み事を拒否されるし」
 セブンは、手を止めて、後ろで組んだ。「頼みとはなんだ?」と、セ
ブン。
「分からないことが出て来た」と、ドクター。「オレは18か月前に、
キムに神経の手術をしたらしい、きみが来る前だ。なんとそれを、覚え
ていないんだ。プログラムの分析を手伝って欲しい」
「協力しよう」と、セブン。「1時間後に」
「待ってる」と、ドクター。室を出て行った。
 
               ◇
 
 医療室。
 セブンが入って来た。
「コンピュータ、EMHの現在位置を」と、セブン。
「活動停止中です」と、コンピュータ。
「起動せよ」と、セブン。
「緊急事態の概要を述べよ!」と、ドクター。起動された。
「約束通り、手助けに来た」と、セブン。「プログラムを診断分析して
見たところ、妙な点があった」
「だれも」と、ドクター。「そんなことは頼んでないぞ。妙な点って、

14

13
























































いったいなんのことだ?」
「1時間前に、ラボで、わたしに会いに来たことを覚えていないのか?」
「いない。健康診断を行なったのが最後の記憶だね」
「18か月前に、キム少尉に、神経の手術をしたと言っていたな」
「コンピュータ」と、ドクター。「今朝、撮影したキム少尉のホロスキ
ャンを呼び出せ!」そして、セブンに。「もしも手術をしたんなら」
「ビビ」と、コンピュータ。「呼び出せません。ファイルが消去されて
います」
「プログラムを見てみよう」と、ドクター。自分のプログラムをコンソ
ールに出した。
「短期記憶バッファが消されているな」と、セブン。
「ラボでの会話は記憶されていない。思い出せないはずだ」と、ドクタ
ー。「ふむ、考え過ぎかもしれんが、だれかが18か月前に起きたこと
を、オレに思い出させまいとしているようだ」なにかを思い付いた。
「フォトアルバムだ」
「アルバム?」と、セブン。
「当時、写真にっていてね、だれかしらの写真を撮っていたんだ。第
2ホロデッキで会おう!」セブンにホロイメージャーを渡した。それを
持って、セブンは出て行った。
 

16

15
























































               ◇
 
 第2ホロデッキ。
 ドクターは、ホロイメージャーをパネルに接続した。「コンピュータ」
と、ドクター。「宇宙歴50979に撮影された、ホロイメージを再生
せよ」
「ビビ」と、コンピュータ。「それらのホロイメージは消去されていま
す」
「消去?」と、ドクター。「だれが?」
「分かりません」と、コンピュータ。
 セブンが、パネルで調べた。「ホロバッファに、かすかに、光量子が
残っている。部分的に、イメージを再生できるかもしれない」
「頼む」と、ドクター。
「イメージを5つ回復できた。完全ではないが、見られるぞ」
「見せてくれ」と、ドクター。
 1枚目の写真が映った。
「食堂だ」と、ドクター。
「記憶にあるか?」と、セブン。
「いや」と、ドクター。誕生日ケーキを前に、微笑ほほえむジタール少尉が映
った。「あれは、だれだ?階級は、少尉だ。彼女の誕生日らしい」

18

17
























































「見たことがない人だ」と、セブン。
 2枚目の写真が映った。ジタール少尉とハリー、真ん中にドクターが
シャトルの操縦席で映っていた。
「また、この少尉だ。オレは、ハリーとミッションに出たことはない。
もちろん、彼女とも」
 3枚目の写真。操縦席。ジタール少尉とハリー。
「また、彼女だ」と、ドクター。
 4枚目の写真。操縦席のジタール少尉の後ろ姿。前に異星人の小型艇。
 5枚目の写真。異星人が後尾から乗り込んでフェーザーを構えた。

            2
 
 第2ホロデッキ。
「宇宙歴50979の」と、セブン。パネルに向かって入力していた。
「メモリーファイルを分離できたぞ」
「消されてないのか」と、ドクター。
「じゃ、なぜ思い出せない?」
「アクセスできないように、ホログラムが書き換えられているからだ。
なんとか復元してみる」
 ドクターの記憶がよみがえった。

20

19
























































「かんぱ〜い」と、ジェインウェイ。ジタール少尉を囲んで、みんなで
シャンパンで乾杯した。
「ハイ、チ〜ズ!」と、ドクター。ホロカメラでった。
「なにを見た?」と、セブン。
「食堂にいた」と、ドクター。
「ファイルを取り出すのは難しい」と、セブン。「シーケンスからこぼ
れてしまう」
 ドクターの記憶がよみがえった。
「どうした?」と、操縦席のハリー。
「センサーが動きません」と、操縦席のジタール少尉。
「願い事は?」と、ハリー。ケーキが映った。
「つぎは?」と、ドクター。
「すぐに出る」と、セブン。
 倒れたジタール少尉を助け起こそうすると、首の後ろが血だらけだっ
た。
「願い事は?」
 ジタール少尉は、ケーキのろうそくを吹き消した。みんな拍手した。
 ジタール少尉とハリーは、操縦席から振り返った。ホロカメラを構え
たドクターも振り返った。後尾から乗り込んだ異星人、フェーザーを構
えた、ジタール少尉はくずおれた。ホロカメラを落とした。

22

21
























































「あとで殺してやるから!」と、ジタール少尉。笑った。
 恒星に向かうシャトル。
「しばらくぶりだね」と、ドクター。
「どこも悪くないから、会えないのよ」と、ジタール少尉。
「アセチルコリン、25マイクロリッター」と、トムパリス。
 ドクターは、医療用ベッドのジタール少尉の首筋に打った。
「だめだ、かない」と、トムパリス。「シナップスの機能が広範囲に
停止」
「そんなはずはないだろう」と、ドクター。ハリーをていた。
 ジタール少尉はニーリックスと薄暗い食堂に。
 倒れたジタール少尉を助け起こそうすると、首の後ろが血だらけだっ
た。
 操縦席のふたりのあいだにドクター。
「これで最後だぞ」と、ハリー。
「ハイ、チ〜ズ」と、ドクター。
 異星人が、3発射口フェーザーで3人を撃つと、ジタール少尉はくず
おれた。
 ドクターも電撃を受けたが、無傷だった。
「艦長に言おう」と、ドクター。
 

24

23
























































               ◇
 
 会議室。
 パネルに、銃を構えた異星人。
「なんという種族なのかしら?」と、ジェインウェイ。「セブン?」
「ボーグにも記録がない」と、セブン。
「作られた映像なんじゃないのか?」と、トゥヴォック。
「いいえ」と、ドクター。「本物です。作りものなら、イメージバッフ
ァが感知するはずです。オレの意見は、ボイジャーは、このエイリアン
に襲撃されたんです。オレたちの記憶から、その事実が消去されている
ようです」パネルに、ケーキを囲む写真。「これがお話しした謎のクル
ー、ジタール少尉です。彼女は、だれなのか?なぜ、名前が分かるのか?
侵入したエイリアンが、艦隊士官に化けているとしたら?もちろん、写
真だけでは判断できませんが、われわれが危機にあることは、確かです」
「その根拠は?」と、トゥヴォック。
「このことを調べ始めて、たった数時間なのに、なにものかがオレのプ
ログラムをいじり、過去24時間の記録を消してしまったんです」
「侵入者がいるのかもしれない」と、セブン。
「デッキごとに」と、ジェインウェイ。「セキュリティをチェックして」
「了解」と、トゥヴォック。

26

25
























































「結果は、ラボに報告。センサーを使って、付近に敵艦が潜んでないか
どうか調べて!」
 セブンは、うなづいた。
「クルーの医療記録を見直しています」と、ドクター。「エイリアンの
攻撃で負傷したクルーがなん人いるか」
「いいえ」と、ジェインウェイ。「ドクターはしばらく活動を停止して!
コンピュータにセキュリティフィールドを張り、あなたのプログラムへ
の経路をすべて暗号化する。敵がつぎに動き出す前に手を打っておかな
きゃ」
「艦長」と、ドクター。
「あなたの安全のためよ。あとは、わたしに任せてもらいます」
「なにかあったらすぐ」
「知らせるわ。では、解散」
 ドクターとセブンは出て行った。
 ジェインウェイは、トゥヴォックと目を合わせた。
 
               ◇
 
 医療室。
 ドクターは、考えながら、医療室に戻って来た。ひとつ思い付いた。

28

27
























































「コンピュータ」と、ドクター。「オレのプログラムを医療室のシステ
ムに転送してくれないか?」
「ピピ」と、コンピュータ。「転送完了!」
「コンピュータ」と、ドクター。「過去48時間に記録されたオレのメ
モリーファイルを、すべてコピーして保存!」
「コピー、保存完了!」
「オレは、活動を停止する。オレの許可なくしてプログラムが変更され
たら、オレを起動して、今コピーしたメモリーファイルを復元、ホロイ
メージ装置を連動させて、だれかが入って来たら、5秒待って、その人
物を撮影開始」
「了解!」
 ドクターは、ホロカメラをスタンバイ状態でメインパネルの前にセッ
トすると、所定の位置に立った。「コンピュータ、EMHを停止せよ!」
 しばらくすると、ドアがいて、侵入者が入って来ると、メインパネ
ルにEMHの短期メモリファイルがすべて表示され、ホロカメラが記録
を開始し、短期メモリファイルがすべて削除されて、なに者かがドアか
ら出て行った。
 ドクターが起動された。「緊急事態の概要を述べよ!」と、ドクター。
歩きながら、「ハロー!」と、言った。そのとき自動的に、短期メモリ
ーファイルが復元された。

30

29
























































「メモリーファイルを復元」と、コンピュータ。「ファイル復元完了」
 ドクターは、思い出して、ホロカメラのところへ行き、記録されたホ
ロイメージを再現した。侵入者の骨格が現われ、そして皮膚に、制服姿。
ジェインウェイだった。






            3
 
 ブリッジ。
「わたしはこの目で見たのよ」と、ジェインウェイ。
「オレもです」と、チャコティ。
「副長の意見が正解です」と、トゥヴォック。
「あら、どうして分かるの?」と、ジェインウェイ。
 ドアがいて、ドクターがゆっくりと入って来た。
「若いころ、格闘技を研究していたんです」と、トゥヴォック。「地球
の相撲もね。それ以来、相撲ファンでした」

32

31
























































「77年、エンペラーズカップ」と、ジェインウェイ。「隆がたかし、カーペ
ックを押し出して優勝!前から5列目の席で見ていたんだから間違いな
いわ」
「酒で酔っていたんでしょう?」と、チャコティ。「隆のたかしヒザが土俵を
割って、行事はカーペックを勝ちにしたんです」
「その通り」と、トゥヴォック。
「往診なら、あとにしてくれない?」と、ジェインウェイ。ドクターに。
「部下の反逆にあって困ってるところなんだから」
「反逆?」と、ドクター。「陰謀よりは、ましかもしれません」
「ドクター」と、セブン。天体観測パネルから、ドクターを見た。
「話してください」と、ドクター。「彼女に。オレのプログラムをいじ
っていたのは、艦長、あなただと」
「医療室まで」と、トゥヴォック。「ご一緒しましょう」
「きみもか、トゥヴォック」と、ドクター。トゥヴォックを見た。「み
んなでグルになって、オレをはめたのか?なぜだ?」
「隣りで話しましょ!」と、ジェインウェイ。隣りの艦長室へ、ドクタ
ーといっしょに行った。
 艦長室。
「今さら無駄ですからね」と、ドクター。「否定したって!」
「する気もないわ」と、ジェインウェイ。

34

33
























































「じゃ、エイリアンに襲撃されたことは、ほんとうにあったことなんで
すね?」
「ええ」と、ジェインウェイ。「あなたは大きなダメージを受けたの」
「ダメージ?」
「プログラミングで発生した矛盾を、修正できなかったのよ」
「どんな矛盾です?」
「修正できないなら、当時の記憶を封印するしか道はなかった」
「だから、どんな矛盾なんです?」と、ドクター。大声を出した。
「それを話せば、すべてがよみがえってしまうかもしれない」
「プログラミングで発生した矛盾?」
「そう」
「納得できません」
「納得しなさい!」と、ジェインウェイ。
「艦長!」
「艦長として、あなたとクルーの利益を考えて決断したことです。是非
を議論するつもりはありません」
「もしオレが、あなたの同意を得ずに手術をしたら、どう思いますか?」
「命がかかっているなら、仕方ないと思うわ」
「それは、ウソだ」と、ドクター。「今のオレのようにおこると思います
よ」

36

35
























































「そういう仮定の話には意味がない」と、ジェインウェイ。「あの時は、
あなたのプログラムを書き換える以外に、方法はなかった。だが、また、
書き換えなければならないようね」
「それは、卑怯ひきょうです」
「あなたが正常でない、修理の必要があります」と、ジェインウェイ。
「医療室に戻り、わたしの命令を待つように」
 ドクターは納得しなかったが、医療室に戻った。
 
               ◇
 
 医療室。
 ドクターは、不安な気持ちで待っていた。
 ドアがいた。チャコティとセブン、それにトムパリスが入って来た。
「ドクター」と、チャコティ。
「どうした?」と、ドクター。セブンが、パネルに向かって入力を始め
た。「なにをする?」と、ドクター。
「最近のメモリーファイルと」と、セブン。「そのバックアップを、ト
レス中尉に提出する」
「プログラムを書き換えるのか?」と、ドクター。
「艦長が、そう判断した」と、チャコティ。「残念だが、ベラナとセブ

38

37
























































ンが書き換えの準備をするあいだ、もし今、取り掛かっている実験等が
あれば、パリス少尉に引き継いでくれ」
「ドクターが退出中」と、トム。「オレがカバーするんだ」チャコティ
に、うなづいた。チャコティは、出て行った。「たしか、細胞の分析実
験をやっていたな?」
「ああ」と、ドクター。
「見せて」と、トム。
「18か月前になにがあった?」と、ドクター。
「ドクター」と、トム。
「なぜ、艦長は教えてくれない?」
「理由があってのことだ」と、トム。
「きみも賛成か?」
「あのときは」と、トム。「そうするしか、なかったと」
 ふたりのやり取りを、セブンが見ていた。
 
               ◇
 
 艦長室。
 夜、ジェインウェイは、ソファで本を読んでいた。
 チャイムが鳴った。

40

39
























































「入って」と、ジェインウェイ。
 セブンが入って来た。
「再生するのに、ドラブルでも?」と、ジェインウェイ。
「アルコーブは、正常に機能している」と、セブン。「わたしが困って
いるのは、人格の定義についてだ」
「ハハハ、哲学談義には、時と場所ってものがあるわ。午前2時に、寝
室でなんてね。そうだとすれば、明日、食堂でなら」
「明日では遅すぎる」と、セブン。「プログラムの書き換えは終わって
いる」
 ジェインウェイは、本を置いて、立ち上がった。「ドクターの人格を
踏みにじってると?」
「その通りだ」と、セブン。
「わたしの良心に訴えるつもりなら、もう、遅いわ」と、ジェインウェ
イ。「18か月前にさんざん考えたし、今朝も考えたけれど、やはり、
同じ結論に達した」
「その結論は間違っている」と、セブン。
「コーヒー、ブラックで」と、ジェインウェイ。レプリケータのところ
へ行って、注文した。ひと口、飲んだ。「生ぬるい」室内をゆっくり歩
いた。「レプリケータにもっと熱くしてって言っても、聞いてくれよう
としないのよね。まるで、自分の意思があるみたい。でも、違う。レプ

42

41
























































リケータは、ただ、一連の電気経路を通じて、命令を受け、その命令を
実行するだけで、自分の意思でやるわけじゃない。コーヒーと言われれ
ば、コーヒー、スープでもプラズマコンジットでも、言われたものを出
すだけ。普段はすっかり忘れているけど、ドクターも、わたしたちより、
レプリケータに近い存在なのよ」
「ドクターがおこるぞ」と、セブン。
「それはそうでしょう」と、ジェインウェイ。「でも、わたしの考えは
変わらない。彼のプログラムが崩壊しそうになった時、2度とこんな危
険を犯すまいと決心した」
「それは、ドクターが決めることだ」と、セブン。
「部下が、頭にフェーザーを当てているのに、だまって見過ごせと言う
の?」
「それは、ケースバイケースだ」
「そう、どんなことでも、ケースバイケースなの。哲学談義は、また、
別の機会にね」
「集合体から分離されたわたしは」と、セブン。「クルーに危害を加え
るかもしれなかったのに、あなたが受け入れてくれたから、人格を発達
させることができた」
「あなたは人間だもの」と、ジェインウェイ。「ドクターは、プログラ
ム」

44

43
























































「プログラムであっても、人格を発達させている」と、セブン。「もと
のプログラムを越えつつある。なのに、それを、否定してしまうのか?」
「意見は聞いたわ、おやすみ」と、ジェインウェイ。
 セブンは、憤然とした。「不安な気持ちだ。わたしは人間ではあるが、
同時に、ボーグでもある。わたしの一部は、レプリケータとは違う。ホ
ログラムのドクターとも違う。いつか、わたしも、否定される日が来る
のか?わたしは人間性を取り戻そうと、艦長を手本にして来たが、かい
かぶりだったようだ。おやすみ」そう言って、セブンは、出て行った。
 
               ◇
 
 つぎの日。医療室。
 ドクターは、不安な気持ちで待っていた。
 ドアがいて、ベラナとジェインウェイが入って来た。ドクターは立
ち上がって艦長のところへ行った。
「18か月前の」と、ジェインウェイ。「わたしの判断は正しかったと
思っているけれど、正直言って、ホログラムのあなたに対する偏見があ
ったのかもしれない。少なくとも、なにがあったか知る権利は、あなた
にはある。もし知りたいなら」
 ドクターは、うなづいた。

46

45
























































            4
 
 医療室。
「お願いします」と、ドクター。
 ベラナが、コンソールの前に立った。艦長がうなづいた。ベラナは、
コンソールに向かって入力を始め、ドクターの記憶をよみがえらせた。
 食堂。
 暗闇の中に、声。「オレの足を踏んだ?」と、トムの声。「踏んでな
いよ」と、ハリーの声。
「いっそのことターブリフトも止めちまって徹底的に」と、ニーリック
ス。ジタール少尉といっしょに真っ暗の食堂に入って来た。
「停電だわ」と、ジタール。通信バッジに。「ジタールよりトレス」
「ど〜うしたの〜少尉?」と、ベラナ。「いえ、それよりも、サプライ
ズ!」電気がついて、みんなが姿を現わした。
「サプライズ!」と、みんな。ケーキを囲んで拍手した。
「あとで殺してやるから」と、ジタール。ニーリックスに。
 
               ◇
 
 食堂では、全員、手にシャンパングラスを持って、談笑していた。

48

47
























































「シャトルでの調査任務があるのだが」と、チャコティ。ドクターに。
「行ってもらえるかな?」
「調査任務ですか、ええ、喜んで」と、ドクター。
「今日が誕生日のジタール少尉とオレがお供しますので」と、ハリー。
「19時に第一シャトル発着場だ」と、チャコティ。
「お久しぶり」と、ジタール。
「ジタール少尉、しばらくぶりだね」と、ドクター。
「どこも悪くないから、会えないのよ」と、ジタール。
「どう?最近、仕事が忙しい?」
「もう、大変」と、ジタール。「今もシャトルを、かっこよく改造中な
の。ほんとうに、かっこいいのよ」
「パリスの熱が移ったと見えるな」と、ドクター。「お大事に」
 
               ◇
 
 シャトル。
 ジタールとハリーは、操縦席にいた。
「さっき、亜空間に」と、ハリー。「ひずみが発生したのだが、今はも
う、消えたようだ」
「センサーは、水素原子しか感知していません」と、ジタール。

50

49
























































「写真るの?」と、ハリー。
「そのままでいいよ」と、ドクター。
「美人にってよね」と、ジタール。
「みんなで1枚ろう」と、ドクター。ホロカメラを座席の上に置いて、
ふたりのあいだに入った。「写真は、これで最後だぞ」と、ハリー。
「ハイ、チ〜ズ」と、ドクター。
「チ〜ズ」と、3人。
「ドクター、操縦できないわ」と、ジタール。
「ああ、了解」と、ドクター。ホロカメラを手に取った。
 そのとき、シャトルが揺れた。
「どうした?」と、ハリー。
「センサーが動きません」と、ジタール。
「パワーも減少」と、ハリー。「シールドも武器もオフライン」
「どうして?」と、ドクター。
 ふたたび、シャトルが揺れた。
 異星人の攻撃艇がフェーザー砲を撃って向かって来た。ドクターは、
ホロカメラでその様子をった。音がして後尾を3人が見ると、異星人
が転送されて、フェーザーを構えていた。3発射口フェーザーで3人を
撃つと、ハリーとジタールはくずおれた。
 ドクターも電撃を受けたが、無傷だった。パネルを操作して、フェー

52

51
























































ザーの装填の間に、異星人を転送した。
「ドクターよりボイジャーへ」と、ドクター。連絡した。「襲撃を受け
た。負傷者2名」
「分かった」と、チャコティの声。「ボイジャーに戻るようナビをセッ
トしてくれ」
「副長、聞こえるか?」と、ドクター。倒れたジタール少尉を助け起こ
そうすると、首の後ろが血だらけだった。
「ドクター、応答せよ」と、チャコティの声。
「もしもし、コンピュータ」と、ドクター。「自動操縦に切り替えろ、
全速でボイジャーに帰還せよ」
「ピピ」と、コンピュータ。
「ドクター」と、ハリー。頭が血だらけだった。
「じっとして!」と、ドクター。「彼女が重症なんだ」
「彼女が?」と、ハリー。
「意識がない」と、ドクター。頭が血だらけのジタールを、トリコーダ
ーで調べた。
「ボイジャーは?」
「通信不能だ」シャトルが揺れた。「襲って来たエイリアンは、船に送
り返してやった」
「宇宙に放り出してやればよかったのに!」と、ハリー。

54

53
























































「殺すのは主義に反するものでね」トリコーダーが反応した。「シナッ
プスショック?神経に傷はないのに!キム少尉!」ハリーも意識を失っ
た。「どういうことだ?」
 シャトルが揺れた。異星人の攻撃艇は、真正面から突っ込んで来た。
衝突寸前に、上方からフェーザー攻撃を受けてコースをそれて行った。
ボイジャーが救出に来た。
「ドクター、転送のスタンバイ」と、チャコティ。
「医療室に転送してくれ!」と、ドクター。
 
               ◇
 
 医療室。
 3人が転送されて来た。
「すぐ手術の準備を!」と、ドクター。
 クルーが6人応援に来て、担架にふたりを乗せて、医療用ベッドに。
「ドクター、どうしたんだよ?」と、トムパリス。
「エイリアンに撃たれた」と、ドクター。「神経系統に異常が見られる。
シナップスを安定させないと!コリン化合物を投与!」
 ジタールをベッドに寝かせた。
「どのコリン化合物?」と、トム。ハリーをベッドに寝かせた。

56

55
























































「どれでもいい、純度100%だ」
 ドクターは、トリコーダーでジタールを調べた。「脊髄が機能してな
いぞ!」つぎに、ハリーも調べた。「キム少尉も同じだ」
「アセチルコリン、25マイクロリッター」と、トム。
 ドクターは、ジタールの首筋に打った。
「だめだ、かない」と、トムパリス。「シナップスの機能が広範囲に
停止」
「そんなはずはないだろう」と、ドクター。ハリーをていた。
 ボイジャーが揺れた。
「パリスより機関室へ」と、トム。「使えるパワーをすべて医療室に回
せ!」
「了解」と、ベラナの声。
 ふたたび、ボイジャーが揺れた。
「なんらかのプラズマエネルギーが」と、ドクター。「神経を刺激して
いるのだ。あの兵器、エネルギー兵器だったか」トリコーダーで、ハリ
ーを見たあと、ジタールを見た。
「神経系統をむしばむ武器なのか?」と、トム。
「まず、神経膜に残ったエネルギーパルスは、脊髄をつたって、最後には
脳にまで達する。これを食い止めなければ、ふたりは死んでしまう。脳
の機能を守らなければ」

58

57
























































「新皮質の反応低下」と、トム。
「バイパス手術だ」と、ドクター。「脊髄を、脳から一時分離しておき、
その間に損傷した細胞を回復させる」準備を始めた。「だが、一度にふ
たりを執刀しっとうするのは無理だ」
「指示してくれ、ひとりはオレがやる」と、トム。
「いや、複雑過ぎる!」と、ドクター。
「じゃあ、どっちか選べ!でないと両方、死んじゃうぞ!」
 ドクターはジタールを見た。
 それからハリーの方へ行った。
「皮膚用スカルペル」と、ドクター。トムに指示した。トムは指定され
た手術器具を手渡した。「バイオフィールド発生装置」
「生命兆候が安定して来た」と、トム。「成功だ」
「細胞再生装置」と、ドクター。「神経膜が再生しつつある、よし!」
 そのとき、ピーという一定音がした。ジタール少尉のモニターからだ
った。ふたりはそれに気づいたが、なにも言わなかった。






60

59
























































            5
 
 医療室。
 ドクターは、18か月前のことを思い出した、
「襲撃は、どうだったんです?」と、ドクター。「ほかに死傷者は?」
「そのあと、10分間ほど交戦した」と、ジェインウェイ。「敵が退却
したわ。死亡したのは、ただ、ひとり。ジタール少尉だけ」
「冷たく聞こえるでしょうが」と、ドクター。「オレは、患者の死を冷
静に受け止めるようプログラムされていますから」
 ジェインウェイは、ベラナのところへ行って、うなづいた。ベラナは、
その先のドクターの記憶をよみがえらせた。
 
               ◇
 
 ブリッジ。
「わたしたちは、今日」と、ジェインウェイ。「名誉ある戦死者に最後
の別れを告げる。アンジタール少尉、知的で魅力的なその存在は、長い
航海を続けるわたしたちにとって、大きな慰めだった。ひとりで永遠と わ
と旅立つ彼女、彼女はいつまでも、わたしたちの記憶に残るだろう」
 トゥヴォックは、スイッチを押した。スクリーンに、ジタールを乗せ

62

61
























































た棺桶が恒星に向かって降りて行くのが見えた。
 ドクターは、いつまでも、それを見つめていた。
 
               ◇
 
 食堂。
「合成抗原が足りなくてね」と、ドクター。キッチンのニーリックスに。
「残念だが、きみがこの数か月で集めた、薬用植物のほとんどがだめに
なってしまった」
「でも、ハーブの」と、ニーリックス。「ストックが少しあるんだけど」
「オレに隠してたな?」
「いや、万が一のためにと思って」
「用心がいいな」
「抗原が足りないなら、さっそく、レプリケータで複製しないと。どれ
からやる?」
「さて、どれにしよう」と、ドクター。くだものを見た。「なにかを選
ばなければならないとき、きみならどうする?」
「いくつかの選択肢のうち」と、ニーリックス。「ベストなものを取る
よ」
「ベストってなんだ?」と、ドクター。「どうやって決める?」

64

63
























































「考えたことがないな」
「そりゃだめだ、ちゃんと考えないと」
「ケースバイケースだと思うんだがね」
「うん、オレは楽だ」と、ドクター。「決断を迫られたら、プログラム
が計算し、決定した通りに行動するだけだ。たとえば、医療室での緊急
事態を考えてみよう」赤とオレンジのくだものを、手に取った。「ふた
り患者が運び込まれたとする。どちらの患者も重傷で、すぐ治療しなけ
れば、死ぬ。オレのプログラムは、どっちの患者が助かる可能性が高い
か、瞬時に計算して選択する。だから、そっちを治療する」
 赤のくだものをテーブルへ投げた。女クルー3人に、当たるところだ
った。
「簡単だろ?」と、ドクター。「しかし、もしふたりが、助かる可能性
が同じだったら、どうする?うん?うん?」テーブルを叩いた。「コイ
ントスか?くじを引くか?」
「ドクター」と、ニーリックス。
「オレはホログラムだから、ケガをしないし、痛みも感じない。死ぬこ
ともない。オレは、人間とは違うんだ。たとえば、患者がふたり、負傷
して、同じ命が」豆を握りつぶした。「触るな!オレはホログラムだか
ら、びくともしない」
「ニーリックスより、保安部」と、ニーリックス。通信バッジに連絡し

66

65
























































た。「すぐ食堂に来てくれ!」
「保安部全員を呼びたまえ!みんなで、パーティと行こうか!」と、ド
クター。くだものをかごごとテーブルに置いた。「そういえば、最近、
パーティがあった。かわいい女のバースデーパーティだ。あのとき、オ
レは、決断を迫られた。ドアをくぐったあと、右へ曲がるか左へ曲がる
か。オレが選んだのは、たしか、後者だった。すると目の前にオードブ
ルのトレイがあり、そこでまた、決断を迫られた。カナッペを食べるべ
きか、断るべきか?いや、ホログラムだから、食べないんだ、ハハハ」
 トゥヴォックと保安部員2人が、食堂に来た。ニーリックスが事情を
説明しようとした。
「おい、後ろでこそこそ」と、ドクター。「失礼だと思わないのか?裏
切られた気分だよ。さて、どうしてやろうか、ひと暴れしてみるか」
「ドクター」と、トゥヴォック。「さ、医療室に戻りましょう」
「どうしてなんだ、もし、オレがイヤだと言ったらどうする?医療室に
戻らないと決断したらどうする?」
 保安クルーがふたり、ドクターを取り押さえようとした。
「オーケー」と、ドクター。保安クルーを振り払って、大声を出した。
「オレは戻らないと言ってるだろう!離せ!彼女は死んだ!オレが殺し
た。なぜ、オレは彼女を見捨てる決断をしたんだ?教えてくれ!」
 トゥヴォックは、すきを見て、ドクターの左腕にあるモバイルエミッ

68

67
























































ターを止めた。
 
               ◇
 
 医療室。
「あなたは立ち直れなかった」と、ジェインウェイ。「倫理サブルーチ
ンと認識サブルーチンにフィードバックループを起こし、同じことをな
ん度もなん度も蒸し返しては、堂々巡りを続けた」
「だから事件の証拠を」と、ベラナ。「すべて消去するしかなかったの」
「それが当然だ」と、ドクター。「オレには、なんの権利もない。あん
なことをして」
「あなたは」と、ジェインウェイ。「義務を果たしただけよ」
「オレが」と、ドクター。「殺したんです」
「ドクター」
「ドクター?とんでもない。医師なら客観的でなければ。だが、オレは
なおさらだ。ふたりの患者の助かる可能性は同じ。なのに、オレはキム
少尉を選んだ。友達だからだ。だが、それは、プログラムにはないはず
の行動です、プログラムを書き換えてください!いや、自分でやる!さ
ぁ、作業に取り掛かりましょう、今、すぐに!」
「コンピュータ」と、ジェインウェイ。「EMHを停止せよ!」

70

69
























































「ピピ」と、コンピュータ。ドクターは、消えた。
「また、同じだわ、艦長」と、ベラナ。
 ジェインウェイは、考えていた。
「今、ふたつの人格が戦っている」と、ジェインウェイ。「オリジナル
のプログラムの彼と、成長して来た彼。わたしは、その戦いを否定しよ
うとした。それで良かったのか?」
「でも、かなり苦しんでるし、もう、これで2回目です」と、ベラナ。
「でも、ドクターは、今、人間として、徐々に進化しつつある。彼に、
魂をたましい与えておきながら、それを取り去る権利が、わたしたちにある?」
「わたしたちが与えたのは」と、ベラナ。「パーソナルサブルーチンで
す。魂なたましいんかじゃありません」
 ジェインウェイは、考えながら、なにも言わずに出て行った。
 
               ◇
 
 貨物室。
 セブンが、アルコーブで再生中だった。
 ジェインウェイは、その姿をしばらく見ていた。そして、近づいて、
再生を解除した。
 セブンは、目覚め、アルコーブから出て来た。

72

71
























































「艦長?」と、セブン。
「話があるの」と、ジェインウェイ。「人格の定義についてなんだけれ
ど」
「ここで」と、セブン。「哲学談義を始めるつもりか?」
「ええ、絶好の機会だもの、哲学を語るのに」と、ジェインウェイ。
「集合体から解放されたあと、あなたは生まれ変わった。たいへんなプ
ロセスだったと思うけど、その価値はあった?」
「選択の余地はなかった」と、セブン。
「じゃ、選択できたら、どう?」
「もとに戻りたいかということか?」と、セブン。「あったことをすべ
て消して、昔に」少し考えて、「いや」と答えた。










74

73
























































            エピローグ
 
「艦長日誌、補足」と、ジェインウェイ。「ドクターの病状は、相変わ
らずだが、24時間看護体制をいてからもう、2週間。どんなときで
も、かならず、だれかが、ドクターに付き添い、話を聞いたり、力づけ
たりしている。ドクターは、記憶を反すうしては、必死に考えをまとめよ
うとしている。回復の見込みは、ないかもしれない」
 ホロデッキ。
 なにも実行されてないホロデッキのソファーで、ジェインウェイは、
本を読んでいた。
 ドクターは、少し離れたソファーにいた。
「考えるほど」と、ドクター。「オレには、ああする以外になかったん
だと思えて来ました」
「どういう意味?」と、ジェインウェイ。読んでた本に、指をはさんで、
閉じた。
「ビックバンが起き、爆発、放射が開始される。すべてが動き始める。
粒子が互いに衝突し、ガスが膨張し、惑星がぶつかり合う、そして時が
ち、宇宙船やホロデッキを生み出すんです。チキンスープもね」
 ドアがあいて、トゥヴォックが入って来た。
「すなわち」と、ドクター。「宇宙船を始め、ホロデッキやチキンスー

76

75
























































プの存在は、200億年前に定められていたんですよ」
「一理ありますね」と、トゥヴォック。「その理論には」そして、ジェ
インウェイに。「どうです?」
「この経験から学んでいるのか」と、ジェインウェイ。トゥヴォックに。
「それとも、プログラムが堂々巡りをしているのか、ちっとも分からな
いの」
「もう16時間っています」と、トゥヴォック。「そろそろ交代しま
しょう」
「大丈夫よ」」と、ジェインウェイ。「ブリッジをお願い」
 トゥヴォックは、出て行った。ジェインウェイは、また、ソファで本
のつづきに戻った。
「よく本なんか読んでいられますね」と、ドクター。
「考えがまとまるの」と、ジェインウェイ。
「考え?なにを考えているんです?」
「あなた。書いてあることが、今のあなたと似ているの」
「なんの本?」
「詩集よ。千年前に地球で書かれたもので、ラビータヌオヴァ」
「ラビータヌオヴァ?新しい人生、ハハ、ジタール少尉に聞かせてあげ
たいね。彼女を、オレはなんども殺したんです」
「それはどういうこと?」と、ジェインウェイ。

78

77
























































「因果律と確率の問題です」と、ドクター。「ひとつの行動は、無数の
選択の積み重ねです。その積み重ねが、彼女を殺すことにつながった。
結果として、選択肢の数が多過ぎて、オレのプログラムでは把握し切れ
ない、選ぶのは不可能だ、やはり、オレにはできない、自分のしたこと
を背負って生きるのは」
 ジェインウェイは、疲れ切って、眠ってしまった。
「艦長」と、ドクター。歩いて来て、靴をゆすった。
「ああ、ごめん」と、ジェインウェイ。気が付いた。
「こんな時によく眠れますね」と、ドクター。
「長い一日だったもの」と、ジェインウェイ。「それで、なに?」
「どうしました?」
「別に」
「病気でしょ?」
「頭痛よ」
「熱がありますよ」と、ドクター。ジェインウェイのおでこに手を当て
た。
「大丈夫」
「すぐに治療しないと!」
「ドクター」
「だれかにてもらってください!ミスターパリスに言って、すぐ、医

80

79
























































療室に行って!」
「ドクター!」と、ジェインウェイ。「今は、友達の方が大事なの。自
分のことよりも」
「ええ、ご心配なく」と、ドクター。「少し、眠ってください、頼みま
す。朝まで、ここにいますから」
「ほんとう?」
「ええ、だから休んで。これ以上、苦しみが増えたら、きっと耐えられ
ない」
「おやすみ、もしなにかあったら」
「すぐ、呼びます、ありがとう、艦長」
 艦長は、出て行った。
 ドクターは、歩いて行って、ジェインウェイが開いたまま置いて行っ
た本を手にした。
 
 「記憶という その本のなかでは
  オレがあなたに 初めて会った日の章の
  最初のページには こう書かれている
  ここに 新しい人生が始まった」
 
 ドクターは、そのままスツールに座って、読み続けた。

82

81
























































 
━━━ボイジャーは、ふたたび、アルファ宇宙域への、帰還の旅へ。
 
 
 
                  (第五_三_三話 終わり)















84

83