天使は淋しい道を行く
          AL・C・ワード、ウォルターグラウマン
           
            プロローグ(前編)
             
             
「リチャードキンブル」と、ナレーター。リチャードは、列車で護送さ
れている途中であった。「職業医師。目的地、州刑務所の死刑執行室」
窓際にすわって、となりのジェラード警部に、タバコを1本もらった。
「リチャードキンブルは、無実であった。だが、彼は、自分の容疑をは
らすに足る事実を、立証できなかった。彼は、妻の遺体を発見する直前、
片腕の男が、うちから走り出すのを見たが、その男は、ついに、発見さ
れなかった」
 



 

2

1





 リチャードは、タバコに火をつけてから、窓の外を見た。「彼の眺め
る最後の世界は、暗く、闇のなかに沈んでいた。しかし、その暗黒の中
に、運命のはかり知れない力が、ひそんでいたのだ━━━」
 列車は、切り替え線を越えて、脱線し、転倒した。
 人々は、転倒した列車から降りて、歩き出した。
 リチャードは、手錠をしたまま、森を走った。小さな泉に飛び込んで、
顔に水をかけた。



            1
 
 夜。リンコルンシティ。警察署の前に、1台のパトカーが止まり、ク
レイン警部が降りた。
 急ぎ足で階段を上がり、2階の捜査課のドアを開けた。
「あの目なんですよ」と、イスに座っている蝶ネクタイの男。「たしか
に、手配書の目ですよ」
「来る途中で、報告を聞いた」と、クレイン。「届け出た男か?」机に
腰掛けて、タバコに火をつけた捜査課のシュルツ警部に聞いた。
「はい」と、シュルツ。「ジョーブライアン。ブラディの雇われディー

4

3





ラー」シュルツは、クレインに書類を手渡した。
 クレインは、書類を広げて、イスに腰掛けた。
「よし、話を聞こう!」
 蝶ネクタイの男は、話し始めた。
「またしても、リチャードキンブルの身元が割れる」と、ナレーター。
「ここ、リンコルンシティのクレイン警部は、32のベテランだ。たち
まち、非常警戒網が張り巡らされる。奇跡でも起こらぬ限り、脱出は不
可能だ」
 リチャードは、ゆるんだネクタイに上着姿で、えりを立てて街角を歩
いていた。
「リチャードキンブルは、奇跡を信じない。彼は、きびしい現実の世界
を生きている」
 リチャードは、サイレンを鳴らして走るパトカーを気にしながら歩い
た。
「周到な計算と、機敏な動作に、すべてをにぎる鍵があった」
 リチャードは、すばやく公衆電話に入って、電話をしているふりをし
た。そのすぐ横を、パトーカーがサイレンを鳴らして走りさった。
 リチャードは、ビルを曲がろうとして、人の気配がしたので、木箱の
影に隠れた。若者ふたりが、階段をのぼって逃げていった。あとに、男
が倒れていた。男のさいふも取り出そうとして捨てられていた。中をみ

6

5





ると、紙幣は、そのまま残されていた。リチャードは、紙幣を抜き取る
と、すべて、男のシャツのポケットに戻して、身分証の入ったさいふだ
け盗んだ。そして、バックしてきたトラックの荷台に飛び乗った。
 
               ◇
 
 朝、トラックは、郊外を走っていた。牧場のわきに止まった。リチャ
ードは、すばやく、荷台から降りた。
 山に続く道を、そのまま歩いていると、小さなトラックが、道端に止
まっていた。シスターは、エンジンを覗き込んで、ため息をついてから、
足でタイヤを蹴っ飛ばした。それを見て、リチャードは、少しニヤリと
した。シスターは、リチャードに気づいて、言った。
「父がよく言っていましたよ。機械というものは、なまじ、いじくりま
わすよりも、蹴飛 けとばすほうが、効き目があるものですってね」
「どこが、いかれたんですか?」と、リチャード。トラックに近づいた。
「年よりには、ありがちなことですが、立ち上がって、動く気がなくな
っているんですの。ぜんぜん、だめなんです」
 リチャードは、運転席にすわって、スターターを回したが、エンジン
はかからなかった。
「ガソリンがにおいますね。パイプがつまったのかな?さきに、スタン

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ドがあるだろうから、誰かよこしてあげましょう」
「あら、あなた、直せるでしょう?」と、シスター。持っていたレンチ
を、差し出した。
「どうして、そう、思うんです?」
「だめですの?」
「ええ、つまったところぐらいは、なんとかできるでしょうが━━━し
かし、さきを急いでいるんで」
「この車が直れば、乗ってゆけるのに、山道を歩くほうが、いいんです
か?」
 リチャードは、しかたなく、レンチを受け取った。
「見てみましょう━━━」
 エンジンを調べ始めると、熱心に、横で見つめるシスターに気づいた。
「どうか、しましたか?」
「とんでもない!神の御力みちからの不思議さに、今さらながら改めて、心を打
たれました。あなたなら、きっと、できます!」
 そう言われて、リチャードは、また、エンジンを調べ始めた。
 
               ◇
 
 リンコルンシティ警察署。クレインは、机に地図を広げて、ペンでし

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るしをつけた。横に、キンブルの手配書を広げていた。電話をしていた
シュルツが、クレインに報告した。
「国道はもちろん、あらゆる農道にいたるまで、パトロールが配置され
る」と、ナレーター。「クレイン警部には、自信がある。あらゆる出口
は、ふさいだ。キンブルは、その中を、泳ぎ回っているにすぎない」





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 山道を、マフラーから爆発音をさせながら、のぼってゆく小型トラッ
ク。
 リチャードは、運転席で、シスターは、よこに座っていた。
「お名前は、ミックウォーカー?」と、シスター。
「ええ、そうです」リチャードは、タオルを手渡した。
「ウォーカーさん」シスターは、オイルで汚れた顔を、ふいた。「あな
たは、りっぱな技術者ですのね。修道院を出ていらい、こんなによく走
るのは、初めてです!」

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「走っているんじゃない。静かな、死に場所をさがしているんです」
「あ、ウォーカーさん、それは、事実に反した、おっしゃりかたですよ!
車は、1台もなくて、歩いていくほかはない、そう思っていたところへ、
ある朝、信者のかたが、突然やってみえて、寄付してくださったのです
からね」
「こいつは、祝福されているというんですか?」
「あまり、まじめないいかたでは、ありませんわね。でも、そういうと
ころです」
「尼さんは、ひとり旅をしては、いけないんでしょ?」
「そうです。シスターマーガレットが一緒のはずでしたが、病気になら
れました」
「じゃあ、引き返して、そのシスターが、よくなるまで待ったらどうで
す?」
「引き返す?いいえ、わたくし、引き返すつもりは、ありません」
「まぁ、短い旅だといいんですが」
「ケリガイ神父のところにうかがいますの。サクラメントのセントヘレ
ナ寺院です」
「サクラメント?」
「ええ」
「しかし、サクラメントは、あの山脈のむこう側ですよ!」

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「まぁ、苦労性でいらっしゃること。わたくしたち、だいじょうぶ、ち
ゃんと、行けますとも!」
「ここで、わたくしたちと言われると、どうも、あなたと、ぼくのこと
を言っておられるように思われるのですがね」
「もちろんですわ」
「はっきり申し上げておきましょう。ぼくは、ダクラまでは、ごいっし
ょしますが、その先は、ごめんです」
 シスターは、とぼけた笑顔を浮かべていた。
「シスター、どうも、分かってくださらんらしい」と、リチャード。
「どういたしまして、ウォーカーさん。こちらこそ、わかっていただけ
ないんです。わたくしが、あそこで、立ち往生してしまって、大事な旅
が続けられずに困りきっていた時に、思いがけなく、あなたが、歩いて
きてくださった。これは、どう、お思いになります?ごいっしょに旅を
するようになったのは、神の摂理とお思いになりません?」
 リチャードは、道の先で、検問のため数台の車が止まっているのを見
て、トラックを止めた。うしろから来た乗用車が、クラクションを鳴ら
した。仕方なく、トラックを、車の列の最後尾につけた。うしろの男女
の乗った、オープンカーが隣にきて、ラジオのニュースが聞こえた。
「逃亡死刑囚の名前は」と、ラジオ。「さきほど、リチャードキンブル
と確認されました。いそいで、現在の人相の似顔絵作成が行われていま

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す。一方、東部全域に、非常警戒網が張られました━━━」
「どうして、とめられるのでしょう?」と、シスター。
「非常警戒です」と、リチャード。「警官がいるでしょう?」
 リチャードは、トラックを止めたままで、男女の乗ったオープンカー
を先に行かせた。
「あら、ヘンリーミスターだわ」と、シスター。「ドラッグストアのご
主人ですよ。子どもたちは、うちの学校に来ています。本職の警官では、
ないんですけど、なにをさがしているんでしょう?」
 リチャードは、逃げる場所があるか、周りをうかがった。トラックは、
水蒸気を上げながら、カラカラ音を立てていた。
「そのおかしな音は、なんですの?」
「ラジエータです。割れた径管けいかんから、気化器に空気が入らないんでしょ
う。エンジンが止まりそうなんです」
「いけませんの?」
「よくありませんね。エンコ直前です!」
 シスターは、ハンドルに手をのばして、クラクションを鳴らした。
「シスター、なにするんです?」
「ウォーカーさん、車を進めてください。ヘンリーに話したいんです」
また、クラクションを鳴らした。ヘンリーが気づいて、こちらにやって
きた。

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「シスター、やっかいなこと、おこさないでください!」
「よぉし、もう一度、そいつをプーッといわしてみろ━━━」と、ヘン
リー。運転席のリチャードに。
「ヘンリーミスター、今、鳴らしたのは、わたくしですよ」と、シスタ
ー。「それも、理由があってのことです!まぁ、見てくださいな!」
「シスターベロニカ!」と、ヘンリー。「なんのご用でこんなところへ
?」
「この機械がこわれないかぎり、目的地に行きたいんですよ!さぁ、こ
こを通してくださる?」
「ええ、こちらの身元が分かりしだい、お通しいたしますよ」
 リチャードは、昨夜、入手した身分証を、ヘンリーに出した。
「これは、名前と住所だけだから、写真でもないとね。免許証でもいい
んですが━━━」
 リチャードは、身分証を返してもらってから、さいふから免許証をだ
そうとするふりをした。それを、手で制して、シスターが言った。
「いいですか、ヘンリー!わたくしが、ここで、こうやって、いつまで
も、エンジンがだめになるのを、おとなしく待っているつもりは、ぜん
ぜん、ありませんよ。このかたは、ニックウォーカーさんといって、わ
たくしを送りとどける役目についていらした方なんです。わたくしが、
こう保証してもだめですか?」

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「そりゃぁ、もちろん━━━」
「もうじき、出発しますよ、クルマがエンコしないうちにね!」
「しかし━━━」と、リチャード。
「どう、ヘンリー?」
「オーケー、どうぞ!」
「教会に、もっと、いらっしゃい!しばらく、顔を見ませんよ!」
「はい、シスター!」
 リチャードは、トラックをスタートさせた。もうひとりの警官は、検
問のバーをはずして、シスターのトラックを通過させた。
「あなたには、驚きました」と、リチャード。
「どうして?」
「あれじゃ、ぼくは、正式に任命されて、あなたに付き添ってきたと思
われてしまいますよ」
「でも、そうなんですもの。神に任命されたんですよ」
 リチャードは、それを聞いて、困った顔をした。
 
               ◇
 
 線路沿いの食堂の前に、トラックが止まった。
「じゃぁ、さよなら、シスター」と、リチャード。

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 シスターは、それを、聞いても、とぼけた顔をした。
「さぁ、分かってください。ダクラまでしか行かないと、言ったでしょ
う?ぼくは、南へ下るんです。山越えじゃない、南へ向かってゆくんで
す。シスター、信仰は、すばらしいものですが、現実は、また、別のも
のなんです。ぼくは、天から降ってきたわけではないんですよ。トラッ
クで来たんですよ━━━」
 シスターは、なにを聞いても、とぼけた顔のままなので、リチャード
は、トラックを降りた。
「これを売って、サクラメント行きのバスへ、お乗りなさい!」
「この車は、使うためにいただいたのです」
「しかし、これでは、あと、15キロももちませんよ。タイヤは、ボロ
ボロだし、ラジエータは漏るし━━━」
「あなたは、汽車にお乗りになるのでしょう?乗りおくれませんか?」
「あなたは、どうします?」
「分かりません。こうした時は、ただ、じっと、お導みちびきを待つだけです
わ」
 そのとき、汽車の警笛が鳴った、リチャードは、走って、その場を去
った。あいてる貨車を見つけて、貨物列車に飛び乗った。荷物に腰掛け
て、タバコに火をつけようとしたが、汽車は、急に止まって、バックを
始めた。貨車の扉をあけると、先ほどと同じ食堂の前で止まった。

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「よう、いい天気だね」と、線路を歩いてくる男。「もとのところに、
逆戻りしてしまっただ。あはは、まったく、貧乏はつらいよな!10セ
ントあれば、貨車から、こう、追い出されずに済むのにな!ルンペン稼
業も、はたで見るほど楽じゃないよね!なぁ、あのな、すまねぇけどな、
タバコねぇかい?おれにゃ、好みにゃ、うるさくねぇんだよ」
 リチャードは、タバコを1本、差し出した。
「はぁ、どうも、すまねぇ━━━今のに乗りそこなっても、がっかり、
すんなよ。これだって、デカに止められたんだからよ。だれか、さがし
てんだそうだ。そいつは、いなかったが、おれが、見つかってよ!」
 それを、聞いて、リチャードは、あたりを気にしながら、食堂の裏へ
戻った。
 トラックのところまで、戻ると、シスターが言った。
「ウォーカーさん、運転は、あなたにお願いしますよ。わたくし、山に
登ると、めまいがするんです」
 リチャードは、うなづいて、運転席に戻った。
 トラックは、また、蒸気をあげながら、走りだした。





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            3
 
 トラックは、牧場にとまっていた。
 リチャードは、牧場主の若い女性と納屋から出てきた。
「狩猟のシーズンは」と、女性。「来月からだから、まだ、なにも仕事
がないんですよ。すいません」
「いや、おじゃましました」と、リチャード。
「ほかにもあるんですが、でも、どこも閉まっています。山越えなら、
国道にいらしゃれば、いろいろ、お店もいろいろあったのにねぇ」
「ええ、そうでしょうね」リチャードは、トラックに戻った。
「長くかからないと、いいけど」と、シスター。
「仕事はないんです。この先も、どうやら、なさそうですよ」
「でてきますとも」
 干草を積んだ、大型トラックが、牧場に入ってきて止まった。男性が
降りてきて、前輪のタイヤを蹴っ飛ばした。
「あの方は、助けがほしいのではないかしら?」と、シスター。
「冗談じゃない、あんな、クマみたいな体で。干草なんて玉にして運び
ますよ」
「でも、聞くだけ聞いてみたら、いかが?」
 リチャードは、シスターの言葉にしたがって、大型トラックの荷台の

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ところへ行って、男性に声をかけた。
「やぁ、手伝おうか?」
「なんだ、おめぇ?」
「ニックウォーカー」
 男性は、シスターの乗っているトラックを見た。
みやさんかなにかかい?」
「いや、シスターのお供しているだけだ」
「まるで、ボーイスカウトみたいじゃねぇかよ。1日1善を実行ってわ
けか!」
「ああ、どんな仕事でもやるさ、1時間2ドル」
「そうか」
 牧場主の女性は、こちらを見てから、納屋に入っていった。
「まぁ、いいだろう!このチャックメイシンともあろうものが、困って
いる尼さんを見てよ、助けないで、ほっとくわけにもいかねぇからなぁ
!」
 チャックは、干草を運ぶための熊手を2本、リチャードに手渡した。
「じゃぁ、このトラックをきれいに片付けてくんな!納屋に運んできれ
いに、積み上げるんだ!1時間2ドル。さぁ、やってくれ!」
 リチャードは、シスターに熊手を振って、仕事を得たことを知らせた。
シスターは、笑顔になった。リチャードは、干草を積んでいたロープを

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いて、仕事を始め、シスターは、助手席で、本を読み始めた。
 
               ◇
 
 チャックは、納屋で、ビールの栓を抜いた。リチャードが干草を1束
つかんで、入ってきた。
「ああ、すげぇぞ、いい働きぶりだ!その調子で、どんどんやりな!」
と、チャック。
 リチャードは、納屋の奥へ運んで行った。
 チャックは、ビールを飲みながら、納屋の事務机にいる女性に言った。
「シェリー、もう1本、ビールを出してきてくんないか!」
「稼ぐより、飲むほうが、早いじゃないの!」と、シェリー。
「男はなぁ、めでてぇ時に、思い切り、飲むもんだ!そりゃそうだよ、
チャックメイシンさまは、サンフランシスコのど真ん中に、乗り込むん
だからな!わらくずなんか、払い落としてよう、こんなしけた、山ん中
の暮らしのことなんか、忘れっちまうんだよ!」
「あんたが出て行って、誰が得するかしら?サンフランシスコ?それと
も、ここの連中?」
「おめぇかもしんないよ!なぁ、若いミスが、こんなおやじの店で暮ら
すなんて、合わねぇって、話だぜ。え?もったいねぇじゃねぇかよ」

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「ビール飲みなさいよ!」
「オレがひと山当てたらよ、おめぇを、サンフランシスコに呼び寄せて、
贅沢をさせてやるよ!どうだい?オレは、重役になる才能があるんだぜ!
干草だって、ちゃんと、人にやらせてるだろ?」
 それを聞いて、リチャードは、干草を積んで一息入れた。
「そうでしょうよ。ここらへんの人が、みんな、言っているわ。サンフ
ランシスコに出て行ったらね、おりに入れられて、バナナでもくれるでし
ょうよ!」
「なぁ、シェリー、おまえ、いかしてるぜ!かわいいや、なぁ、いいだ
ろう!」
「チャック、いやよ!」
 リチャードは、チャックの肩を後ろからたたいて、飲みかけのビール
を差し出した。
「ビールの気が抜けるぞ!」と、リチャード。
 チャックは、ビールを受け取った。
「ああ、こいつぁ、驚いたぜ、まったく!おまえってやつは、親切のか
たまりみたいなやつだな!え?尼さん、送って、山越えしてよ!今度は、
レディの名誉を守ろうってわけかい?」
「干草を積み込めって、言ったろ?済んだから、払ってくれ!」
 チャックは、紙幣をくちゃくちゃにして、机の上に出した。リチャー

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ドをそれを拾い上げて、数えた。
「3ドルしかない!6ドルのはずだ?」
「あとの、3ドルは、このポケットの中だよ!へへへ、どうだ、取り上
げてみる気はないかい?え?遠慮すんなよ!」
 リチャードは、チャックの挑発に乗る気は、まったくなかった。
「初めから、だます気だったのね!」と、シェリー。「ほんとにひどい
人だわ!」
「お嬢さんは?」と、リチャード。
「わ、わたしは、大丈夫よ。父も裏にいるんだし。それに、チャックは、
すぐ、出ていくわ!そうでしょ?」
 リチャードが納屋を出ると、チャックが言った。
「おい、ウォーカー、もう、尼さんなんて、乗せんなよ」
 リチャードは、そのままトラックの方へ歩いていった。シェリーも出
てきた。
「実に、妙ちくりんなやろうだぜ」と、チャック。「尼さんの、お供に
しちゃ、血の気がありすぎるな、ありゃ!それに、あのポンコツでよ、
なんで、国道走らないんだろうな?」
「銀行強盗でもやったんでしょ!」と、シェリー。「心配なら、あなた、
追いかけていったらどう?」
 リチャードは、トラックをスタートさせた。

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               ◇
 
 トラックは、山道を走った。
「あの、お店を出てから、ずっと、気が立っていらっしゃるようだけど、
どうかなさって?」と、シスター。
「どうも、こうもないでしょ?」と、リチャード。「シスター、このポ
ンコツを動かすだけじゃない。宿と食料をさがさなくちゃならないし、
ガソリンも買わなくちゃならない。これを、われわれふたりの、全財産
である4ドル45セントでまかなおうって、わけですからね」
「ウォーカーさん、そういうお話は、この先、絶対にやめていただきま
すよ!この旅が終わるまでに、世の中は、なるようになってゆくという
ことを、学んでいただきたいものですわ」
 そのとき、パンという音がして、左後輪がパンクした。リチャードは、
車を止めた。
「ジャッキを!」と、リチャード。
「なかったと思います」と、シスター。
「ジャッキがない?じゃ、どうやって?」
「ウォーカーさん、あなたなら、きっと、直せますよ!」
 リチャードは、仕方なく、なにかジャッキの代わりになるものをさが

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しにいった。
 長い木と大きな石で、てこにして、トラックをささえた。シスターは、
木の上に座っていた。
「すばらしい、思いつきですよ!」と、シスター。
「物理の基本的法則たる、てこの応用ですよ」と、リチャード。「人類
は、火よりも先に、この原則を発見したんです」リチャードは、レンチ
でボルトをしめた。「さ、ちょっと、降りてください!」
「あなたは、科学的な頭が、おありですのね!」シスターは、座ってい
た木から降りた。「その方面の仕事をなさった方がよいと思いますよ」
 てこに使った木は、反対車線まで飛び出ていた。大型トラックがクラ
クションを鳴らして止まり、チャックが降りてきた。
「なんだい、こりゃ、この道は、公共の道なんだぞ」と、チャック。
「物理の基本法則の応用なんですよ、ウォーカーさんに聞いてごらんな
さい?」と、シスター。
「物理の法則なんて、どうでもいい!さっさと、その邪魔ものをどけて、
オレを通すんだよ!夜までに配達を済ませないとな、テレビのボクシン
グを見損なうからな」
「ものは、相談だがね」と、リチャード。少し離れたところへ歩いた。
「なんだ、言ってみろ」と、チャック。
「3ドルくれ!そうしないと、車は、このままにして、とうぶん、休憩

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してやるかもしれないよ!」
「じゃぁ、オレがひとりで、片付けてやる!」
「さっきとは、事情が違う!ここにいるのは、あんた、おれ、それに、
シスターだけだ。そっちが木と格闘しているあいだに、トラックを失敬
して、逃げることもできるんだぞ」
 チャックは、リチャードの気迫に負けて、3ドル出した。リチャード
は、紙幣を確認してから、木を片付けた。チャックは、なにも言わずに、
大型トラックを発進させて、去っていった。
 それを見ていた、シスターが、ニッコリした。
「なにが、おかしんです?」と、リチャード。
「また、神さまが、お勝ちになりましたよ!車は、直ったし、3ドルも
手に入りましたね!」
 リチャードも、シスターの言葉に、ニッコリした。ふたりは、トラッ
クに戻り、また、走りだした。
 
               ◇
 
 牧場に、パトカーが入ってきて、止まった。
「よう、モリス!解禁前だというのに、リスでも撃っているのか?」と、
チャック。干草を、トラックから降ろしていた。

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「とんでもない、応援だよ、逃亡犯人さがしだ!」と、モリス。ライフ
ルを持っていた。
「どんな、犯人なんだ?」
「凶悪犯ってやつだよ。キンブルとかいう医者で、どこかで、人殺しを
やったのさ。ダクラの先で、だれか、見たんだ!」
「そんなやつを、とっつかまえたら、さぞかし、有名になれるだろうな」
「え、ま、おまえは、ビールでも飲んでろ、チャック。オレたちで、や
るよ!」
 チャックは、また、干草を、降ろす仕事に戻った。

            4
 
 夜。リチャードは、山小屋の外で、ランタンの光で、まきになる木を
拾った。
 山小屋に戻ると、シスターが、食べ物をしまっていた。
「パンとチーズは?」と、シスター。
「もう、けっこうだ」と、リチャード。カーテンで、外をうかがった。
「ウォーカーさん、窓の外をのぞくのは、やめてください。なにも、心
配はないのですから」
「しかし、人の別荘に、無断で入りこんで、食べているんですからね」

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「あなた、おっしゃったでしょ?たった6ドルでは、宿賃はおろか、ガ
ソリン代も足りないって?それに、ドアはあいていたでしょ?」
「それも、神意しんいによって出発したあなたの旅を助ける、お導みちびきだという
んですか?」
神意しんいによるのは、わたくしだけかしら?」
「どういうことでしょう?」
「あなたのお話ですよ、ウォーカーさん。仕事から、仕事へ、わたり歩
いているっておっしゃいましたでしょ?」
「言いましたよ」
「あなたの、そんな生活、おかしいですわ」
「はは、なるほど、そうですか。あなたの描いてらっしゃる、理想の世
界では、そうでしょうね。人間の顔を見れば、すぐ、正体が分かる。そ
う言うんでしょ?ところが、この現実の世界では、ジャングル同然、理
想とは、違うんです。おとなしそうな顔してるから、安心できるわけじ
ゃない。つのが生えていない悪魔は、いくらでもいるし、また、社会から
有罪を宣告された人間が、かならずしも、悪人とは、限らないんですよ
━━━はは、すいません。つい、口がすぎました。ぼくが言いたかった
のは、ぼくを分析したって、無駄だということです。ぼくたちは、道で
会って、いっしょに、山越えをする。ただ、それだけのことですからね」
「そうかしら?でも、わたくしには、そこが、よく分からないのです。

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あなた方、現実主義者は、おそれず、どうどうと、世界に立ち向かうん
でしょ?血は流しても、涙は流さない。そうして、素朴な人間を軽蔑し
ていらっしゃる。ま、わたくしも、その素朴な人間のひとりなんでしょ
うけどね。でも、その、素朴なわたくしから見ても、あなたの目には、
苦しみが見えます。それに、あなたは、なにかから逃げていらっしゃる。
それが、結婚生活のイザコザにせよ、事業の失敗にせよ、とにかく、あ
なたは現実から逃げているんですわ」
「さっきまで、ぼくが来たのは、神の摂理だと言ってらしたが━━━」
「わたくしにも、あなたにも、たぶん、そうなのでしょう。でも、人間
は、いつかは、立ち止まって、問題に立ち向かうべきなのです。あるい
は、あなたに、そのときが来たのかもしれません。おやすみなさい」シ
スターは、そう言うと、隣の室へ入って、ドアを閉めた。リチャードは、
ひとりになって、とまどいの表情を見せた。
 
               ◇
 
 夜。リンコルンシティ警察署。ダクラの線路沿いで、リチャードに会
ったルンペンの男が、たばこをもらって、火をつけてもらっていた。
「だから、言ったでしょ!切り替えの貨車から、飛び降りたからさ、む
こうであったんでさ。ほんのちょいと話して、それで、あばよって、別

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れたんでね。ダクラのだんな方にも、もう、話しましたよ。なんで、こ
こまで、引っ張るんだよ?」
「よし、帰してやれ!」と、クレイン。
 シュルツは、ルンペンの男をドアまで、案内した。男は、出ていった。
「ジェラード警部に連絡をとりましょうか?」と、シュルツ。
「そんなことは、逮捕してからでいい!もしも、オレがキンブルで、汽
車に乗りそこなったら、あそこから、とるべき道は、ひとつしかないよ。
西の山に入ってゆく道だ」クレインは、壁に貼られた山の絵を指差して、
言った。
「西だと、管轄外になりますな」
「オレの持ち場を荒らされたんだぞ!」クレインは、タバコに火をつけ
た。「管轄域なんかに、かまっていられるか!」
 
               ◇
 
 朝。リチャードは、山小屋の暖炉の火を、水をかけて消した。隣の室
のドアをノックした。
「そろそろ、出かけましょう、シスター」
「今すぐ、行きます」と、シスター。
 リチャードは、毛布をたたんで物入れにしまった。そのとき、カーテ

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ン越しに、ライフルを持ったふたりの男が、山小屋に迫ってくるのが見
えた。裏口に回ったが、そこでも、男がライフルを構えていた。そして、
男たちは、ライフルを構えながら、入ってきた。
「森の中の1軒屋なら、入りこんでも、見つからないと、思ったのかい
?」と、ライフルを構えた男。「大間違いだったな!これだけの別荘を
持つ人が、番人をおかずに、放っておくと思うかい?」
「管理人なのか?」と、リチャード。
「このへんの別荘、ぜんぶのな!保安官のところへ来い!」
「待ってくれ!金はある!」
「買収する気かい?オレたちは、そんな━━━」
 もうひとりの男が、ドアをあけたシスターを指差した。
「おはよう」と、シスター。手にたたんだ毛布をもっていた。男たちは、
ライフルを下げて、帽子を取った。「わたくし、シスターベロニカです。
こちらは、わたくしを、サクラメントまで送ってくださるニックウォー
カーさん。宿をさがしていましたら、ここのドアがあいていましたの。
どうか、しまして?」
「シスターがおいでとは、知らなかったもんで」と、管理人。「ここの
ご主人も、シスターならよろこんで、お泊めしたでしょう」
「ありがとう。おかげで、助かりました。ウォーカーさん、カバンをお
願いできます?」

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 リチャードは、隣の室へ入っていった。
「シスター」と、管理人。「オレたち、車が壊れちまって、ここのとこ
ろ、3週間、山を降りて、教会に行ってないんです。今日は、ちょうど、
日曜ですし、お祈りをしていただけねぇですか?」
「形を整える必要は、ありません。心からの祈りなら、それで、いいの
ですよ」
「でも、神さまに近い方といっしょにしてもらえれば、気持ちが落ち着
いていいでから」
 3人の男たちは、ひざまずいて、十字を切って、頭を下げた。
「ウォーカーさん」と、シスター。立ったまま、頭を下げていたリチャ
ードに言った。「あのお金あります?」リチャードは、チャックからも
らった3ドルを出した。シスターは、その紙幣を、管理人に手渡した。
「下にバス停がありますから、みなさん、これで、教会に行くバスに乗
ってください」
「でも、シスター!」と、管理人。
「わたくしたち、先を急ぎますの。おうちは、片付けておきます」
 3人の男たちは、とまどいながらも、出て行った。管理人は、歩きな
がら、シスターにもらった紙幣を、なんども見ていた。
「今のは、いったいなんです?」と、リチャード。
「お話する必要はない、と思いますわ」と、シスター。

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「シスター、話す必要は、多いにありますよ。神の摂理だかなんだか、
知らないが、とにかく、ぼくは、ここにいる。あるのは、ポンコツ車と
お祈りだけだ。ここまで来られたのは、信仰のおかげだと、さんざん、
ぼくにお説教しておきながら、お祈りを頼まれたら、1も2もなく、こ
とわってしまう。ケリガイ神父とかに、会いにゆくそうだが、道々のぼ
くのかんじでは、あなたは、その神父のところへ、行きたくないらしい」
「けっこう。それで、ほんとうのことを、お話しましょう。わたくしは、
ケリガイ神父にお目にかかって、修道女の誓いを取り下げ、還俗げんぞくするつ
もりできたのです」
「はぁ、それは、けっこうですね。いい話ですよ。ぼくたちは、初めか
ら間違った方向へ、踏み出して、身の程知らずにやってきたわけだ。し
かも、あなたに、万事が祝福されていると言われてね。おかしなもので
ね、ぼくは、それを、信じはじめていた。忘れていた信仰の光が、また、
ともったような気がしていた。ところが、それが、意気地なしの、口か
らのでまかせだったとはね」
「わたくし、意気地なしじゃありません。努力はしました。わたくし、
41になりますの。41年の人生、残るのは、にがい思い出ばかり。神
の教えを説きながら、この長い年月のあいだ、わたくしは、とうとう、
それを、人々に伝えることができなかったのです。わたくしには、修道
女になる資格はなかったのです。もっと、つらい、仕事をしている方も

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いるのに」
「どうしても、あなたは、夢の世界から出られないんですね?」
「夢の世界?」
「信仰の世界だって、実際的な面があるのですよ。ところが、あなたは、
奇跡を求めてるんです、違いますか?1匹の魚、1きれのパンで、何千
も養うような奇跡をね。雷鳴や稲妻とともに、現われる奇跡がないから、
いっさいが、むなしかったっていうんですか?とんでもないですよ!シ
スター、だれかしら、なんかの形で、かならず救われていますよ!」
「ウォーカーさん、思い出のひとつを、お話しましょう。教区の学校で
教えていたころ、インディアンの少年がいました。あの子は、16くら
いでした。ホソギという子でした。ホソギは、ナガギ語で、幸せと正義
という意味なの。不良という評判でしたが、そのとおりでした。ずいぶ
ん、悪いことをしましたわ。盗みもし、ウソもつきました。でも、わた
くしは、その子が好きになりました。教えてやりたいことは、山ほどあ
って、実際に、教えてもいました。でも、失敗しました。週に2晩、青
少年を集めて、話をしました。教室のうしろに、図書室がありましたの。
はは、図書室といっても、小さくて、もの置き同然でしたが、でも、ホ
ソギにとっては、別世界であり、隠れ家でした。あの子は、理解を求め
て、そこへ行きましたの。よく、クラスが終わってから、お酒に酔って、
遅く、来ました。ふらふらしながら、その夜も、泣いていました。わた

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くしは、コーヒーを飲ませてやり、それから、座って、心を打ち明けて、
話して、話しぬきました。そうすると、いつも、かならず、悔い改めて、
罪を恥じて、あの子は、神の教えを信じ、お酒を飲むことも、盗みも、
2度としないと、誓って、帰ったものです。でも、また、逆戻りでした。
そして、また、悔い改めて━━━それから、最後のときが来たのです。
わたくし、ホソギは、ひとりで、自分の力で、やるべきだと思ったので
す。神とともにあるのを信じるには、ひとりで、立ち向かうべきだと。
手を差し伸べれば、神は、いつでも、わたくしどものそばに、おいでに
なるのですよ。そこで、ある、あの子が来て、ノックしたときに、会
いませんでした。助けを求めてきたのに、わたくし、拒んだのです。し
ばらくして、あの子は、帰りました。それが、あの子を見た、最後にな
りました」
「また、きっと、会えますよ」
「会えるでしょうか?あの子は、6日前、死刑になったんです」
「シスター。ゆうべ、あなたは、ぼくに、逃げるなと、おっしゃった。
だが、あなたは、自分自身から、逃げようとしている」
「その通りです」シスターは、立ち上がった。「お互い、逃亡者なので
す。あなたは、人生のなにかから逃げていらっしゃる。わたくしは、一
番救いがたいの。神からの逃亡者です」シスターは、隣の室へ入ってゆ
くと、ドアを閉めた。

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            エピローグ(前編)
 
 トラックは、蒸気をあげながら、走った。
還俗げんぞくすると、言われましたね?」と、リチャード。助手席のシスター
に。「考えただけでしょう。サクラメントに着くまでに、気が変わると
いいですが」
「もし、着ければでしょ?」と、シスター。
「もし?」
「なんどもおっしゃいました。このひどい車を、なんとか、動かしてゆ
くには、食べ物を買ったり、ガソリンを買ったりするお金も作らなくて
はならないって」
「ええ、たしかに、言いました。しかし、あなたが、そんなことをおっ
しゃるとはね!あの信仰は、どうなったんです?」
「さっきの、番人たちは、神に近い人たちと、いっしょにと言いました
よね。でも、ひとりの人も救えなかった、このわたくし、神に近いもの
と果たして、言えるでしょうか?あなたの、おっしゃるとおり、着ける
かどうか、疑問です。この先のすべては、あなた次第です━━━」
「ふたりの逃亡者」と、ナレーター。「そのひとりは、山越えに対する
信念を失った。ひとりは、生きるために越えなければならない。今、シ
スターはキンブルを心の支えとしている。だが、道は、遠く、そして、

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山は険しい━━━」









            プロローグ(後編)
             
             
「リチャードキンブル」と、ナレーター。リチャードは、列車で護送さ
れている途中であった。「職業医師。目的地、州刑務所の死刑執行室」
窓際にすわって、となりのジェラード警部に、タバコを1本もらった。
「リチャードキンブルは、無実であった。だが、彼は、自分の容疑をは
らすに足る事実を、立証できなかった。彼は、妻の遺体を発見する直前、
片腕の男が、うちから走り出すのを見たが、その男は、ついに、発見さ
れなかった」

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 リチャードは、タバコに火をつけてから、窓の外を見た。「彼の眺め
る最後の世界は、暗く、闇のなかに沈んでいた。しかし、その暗黒の中
に、運命のはかり知れない力が、ひそんでいたのだ━━━」
 列車は、切り替え線を越えた際に脱線して、転倒した。
 人々は、転倒した列車から降りて、歩き出した。
 リチャードは、手錠をしたまま、森を走った。小さな泉に飛び込んで、
顔に水をかけた。



            4
 
 トラックは、蒸気をあげながら、最初の峠までのぼってきた。
「リチャードキンブルは」と、ナレーター。「この車を評して、静かな
死に場所をさがしていると言った。しかし、この古めかしい車は、信仰
とさびついたワイヤーに支えられて、ふたりの逃亡者を乗せて、峠をな
かばまで越えてきたのである。神からの逃亡者、シスターベロニカは、
修道の誓いを取り下げに、サクラメントへ行く道で。そして、法からの
逃亡者、リチャードキンブルは、リンコルンシティで手に入れた、身分
証の名前から、ニックウォーカーを名乗っている。非常警戒網は、ふた

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つの州にわたって張り巡らされている。道は、まだ、なかばである」
 2台のバイクが走ってきて、峠の高台で止まり、ふたりの若者は、ゲ
ラゲラ笑った。
「景気づけに、一杯いくか!」ひとりが、ウィスキーの小瓶を出して飲
んで、もうひとりに渡した。もうひとりも、ひと口飲んだ。
「おい、クリント、下の旧道、見てみろよ!」
 小型トラックが、峠に向かっていた。
「釣りにきたやつらだろう」
「でなきゃ、こんな、ひでぇ道を上がってくるバカはねぇよ!」
「ああ!どうでぇ、ちいっと、からかって、やらねぇけ!」
「あはは」
 2台のバイクは、トラックの方へ、走りだした。
 リチャードは、後方から2台のバイクが近づいてくるのに、気づいた。
「どうかしましたか、ウォーカーさん」と、シスター。オートバイの騒
音に気づいて、後ろを見た。「オートバイ!スピード違反ですか?」
「はは、違反なんか、していませんよ!ドライブしている、ティーンエ
イジャーです」
 2台のオートバイは、トラックの前に出たり、後ろに下がったりしな
がら、走った。先に行って、Uターンして戻ってくると、ぶつかりそう
になった。リチャードは、急ハンドルを切って、オートバイをよけると、

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わき道に入って、止まった。
「だいじょうぶですか?」と、リチャード。
「ええ、だいじょうぶ」と、シスター。
 リチャードは、腹にすえかねて、トラックを降りた。
 2台のオートバイは、戻ってきて、止まった。ふたりの若者は、ゲラ
ゲラ笑った。
「そうとう、ビビりまくってたぜ!」と、ひとり。また、ウィスキーの
小瓶を飲みあった。
 そのとき、リチャードが立っているのに、気づいて、笑うのをやめた。
「ごあいさつに、帰ってきたのか?」と、若者。
「おまえたち、どこの石の下から、はい出てきたんだ?」と、リチャー
ド。
「だから、都会のやつはイヤなんだ!ユーモアのセンスってものが、ね
ぇんだからな!そういう口の利き方をするやつは、虫がすかねぇんだ!」
 ひとりが、こぶし大の石を拾って、身構えた。
「つきあいにくい野郎とは、つきあわねぇことにするよ!」
 もうひとりも、落ちていた棒を手にした。
 3人は、身構えた。しかし、急に、若者は、ケンカの姿勢をやめた。
 シスターが、ゆっくり、歩いてきた。そして、若者のひとりの、頬を
平手打ちした。

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 もうひとりも、石を持った手を下げた。シスターは、その若者の腕を
ひっぱって、ならんで立たせた。
「アタマにきたんで、すっ飛ばしたの?」と、シスター。「そうでしょ?
そういう表現をするんじゃないの?少しばかり、からんでやろうってね!
顔が変わっても、やることは、同じだわ!なりばかり大きい子が、肩で
風切って、突っ走る!ところが、この現実の生活では、なにひとつ、自
分自身で解決したこともない!あんたたちは、ほんとうは、こわがって
いるのよ!人生や、世間の人たちがこわくって、そのこわさを悟られま
いとして、一生懸命に虚勢を張っているだけよ!あなたたちのような、
ぼうやたちは、人間の弱い面を、たたき直さなければならない代表です
よ!うちの学校に2週間でも来たら、たたき直してあげますよ!さぁ、
お帰んなさい!その、大きな自転車に乗って、さっさと、おうちにお帰
り!」
 ふたりは、何も言わずに、オートバイに乗って去っていった。
「みっともないところを、お目にかけましたわ」と、シスター。「あの、
かんしゃくは、昔からのわたくしの欠点なんです」
 リチャードは、ニヤリとして、言った。「あなたは、ウソつきですよ」
「わたくしが?」
「人々に教えを伝えることができないから、修道女をやめるって、あな
たは、さきほど、そう、おっしゃいましたね?でも、あのふたりには、

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通じましたよ!」
 シスターは、なにも答えず、トラックに戻っていった。








            5
 
 トラックは、蒸気をあげながら、坂道を下った。
 隣の州の警察署。リンコルンシティのパトカーが止まっていた。
「リンコルンシティ警察のクレイン警部は」と、ナレーター。「キンブ
ルが、すでに、自分の管轄区域を脱出していることを、知っている。3
2のベテランにとって、これは、耐え難い屈辱である。彼は、山岳地方
に踏みこんできた。しかし、ここには、担当の保安官がいる。クレイン
は、協力という枠にとどまっていなければならない。しかも、山の中は、
細い道が入り乱れ、別荘が、散在しているのだ」

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               ◇
 
 山道で、トラックは、止まっていた。リチャードは、エンジンをのぞ
いて戻ってきた。
「シスター、ほくも、パンクやらパイプの詰まったやつなら、直します
が、燃料ポンプの故障は、とても無理ですよ。ともかく、人里の近いと
ころでよかった。ぼくは、これから、丘を降りて、なんとかならないか、
きいてきますからね。ねぇ、シスター、まじめな話、金も無しに、燃料
ポンプをひねり出すのは、容易じゃない。天の助けがほしいんですよ。
お祈りを、頼みます」
 シスターは、なにも、答えなかった。リチャードが行こうとすると、
シスターが呼び止めた。
「ウォーカーさん!」
「なんです?」
「下りなら、このまま、行けませんでしょうか?」
「なるほど、おっしゃるとおりだ」
 リチャードは、運転席に戻り、レバーを、ニュートラルにして、坂を
下り始めた。
 

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               ◇
 
 トラックは、エンジンを切ったまま下り、ガソリンスタンドに入って、
止まった。リチャードは、車から降りて、店に向かった。
 店の奥の室では、4人の男たちが、ビールを飲みながら、ポーカーゲ
ームをしていた。
「クイーンが3枚、すまんが、いただきだな!」と、チャック。賭け金
を、全部、自分の前にかき集めた。「なぁ、おれは、このイカさない山
をおりるにあたってだ、心残りを見つけたぜ。カモさ。お前たちのこと
よ。また、景気よく、はりなよ!」
 リチャードが、店の奥に入ってきた。
「こりゃ、驚いた!」と、チャック。「おれが、なつかしくて、来たの
か、ウォーカー?」
「ガソリンスタンドをやっているのは、だれかな?」と、リチャード。
「おれだ」と、チャック。
「燃料ポンプがいるんだ。DV8型だ」
「ああ、それなら、お安いご用だ」チャックは、立ち上がり、リチャー
ドの肩に手をおいた。リチャードが、その手を鋭く見たので、すぐに、
手をどけた。「だが、その前に、オレの友だちに紹介してやろう。これ
は、珍しいお方だぜ。翼がつばさはえてるんだ。なにしろ、尼さんのお供をし

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て、山越えするだけじゃねぇ、からだから親切が、ぼこぼこ湧き出して
くるお方なんだからね━━━」
「おい、チャック」と、リチャード。苛立ち始めた。
「きのうも、シェリーのところで会ったんだがなぁ、オレがシェリーと、
ちょいと、イチャついているところへ、この紳士が、急に、現われたっ
ていう寸法なんでぇ。天使ガブリエルのごとくなぁ、おかげで、シェリ
ーは、サンフランシスコへ出て行く、チャックメイシンに別れを惜しむ
時間が、なくなってしまったっていうわけなんでぇ。ヤボなことして、
恥ずかしくねぇのけぇ?」
「恥ずかしいね。燃料ポンプは?」と、リチャード。
「おお、そうか、そうか、ポンプだったな」チャックは、店先へ歩き始
めた。
 リチャードもついていった。「おめぇみてぇに、たいへん、心がけの
いい連中は、オレたちみてぇな、なみの人間と違って、まぁ、特別なご
利益があると思ってるんだろう。尼さんを乗っけて、走っていることだ
しよ」
 チャックは、店の棚から、燃料ポンプを見つけて、カウンターに置い
た。
「ほら、セコハンだが、ちゃんと、使えるな」
「すまん、いくらだね?」

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「まぁ、おまえのこったから、25ドルだ!」
 その値段を聞いて、リチャードの顔色が変わった。
「どこ行っても、その半値で買えるぞ!」
「じゃぁ、よそで買いな!」チャックは、燃料ポンプを、棚に戻した。
 リチャードは、腕時計をはずして、差し出した。
「さ、50ドルの値打ちはある!」
「あいにくだな、ウォーカー。ここじゃ、10ドルだな。つまり、まだ、
15ドル足りねぇってわけだ!」
「ポンプは、もう、いい。ポーカーチップ、10ドル分だけくれ!」と、
リチャード。
「へへ、ねぎをしょってきたか!」
 ふたりは、ポーカーテーブルのある室へと戻っていった。
 リチャードが、カードを配った。手を見て、ひとりが、すぐに、降り
た。チャックは、キングのワンペアができていた。さっそく、チップを
かけた。
「ファイブだ!」
 それを見て、ほかのふたりも降りて立ち上がり、チャックとリチャー
ドの勝負を見学した。リチャードのカードは、バラバラであった。
「よし、カードは?」と、リチャード。
「スリー!」と、チャック。リチャードは、3枚配った。

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「親は、1枚!」
 チャックが、自分の手を見ると、キングが3枚になった。
 リチャードが、自分の手を見ると、真ん中のセブンが来て、ストレー
トになった。
「よし、賭けるぞ、ファイブ!」と、チャック。
 リチャードは、目を合わせても、目をふせた。
「受けた。プラスファイブ!」
 チャックは、自分の手を見てから、言った。
「はったり、かますな!フルハウスになるもんか!」
「勝負か、降りるかしろ!」
 チャックは、追加のチップを賭けた。
「勝負だ!キングのスリー!」
「エイトまでのストレート!」
 リチャードは、カードを見せて、チップをかき集め始めた。
「なぁ、ウォーカー、尼さんなんか連れて、すまして歩いていても、や
っぱり、おまえは、プロのばくち打ちだろ?においですぐ、分かりゃぁ!
なにかすると、勝ちやがるがなぁ、オレには、そうは、ゆかねぇぞ!」
「キャッシュにしろ!」
「おお、聞いたかよ!この野郎から、殺気が立ちのぼってるぜ!白状す
るとな、おまえを見るたびに、おれは、ぞぉっと寒気がしてくるんだ!」

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 チャックは、テーブルごとひっくり返すと、倒れたリチャードを、踏
みつけようとした。リチャードは、倒れたまま、身をかわすと、チャッ
クに足をかけて倒した。そして、立ち上がると、チャックのあごと腹に
パンチを食らわせた。チャックは、突進して、リチャードを倒したが、
立ち上がったリチャードに、再び、パンチを浴びせられて、ひっくりか
えされた。
「いいか!」と、リチャード。「テーブルの上に、オレの取り分、36
ドルあったはずだ。時計と、燃料ポンプ、それに、余った1ドルを、よ
こすんだ!」
 チャックは、立ち上がると、店に戻っていって、時計を返した。そし
て、テーブルの下においてあった、拳銃を構えた。
「まだ、負けちゃいねぇ!よそもんのくせに、なまいきするな、ってん
でえ!」
 そして、カウンターにあった電話をまわし始めた。
「保安官に言ったら、キサマ、ぶち込まれるぞ!平和を乱したってな!」
「電話を置きなさいよ!」と、店に出てきた女性。
「ジャネット、このイカサマ野朗、勝手なマネしやがって━━━」
「台所で、すっかり、聞いたわ!」と、ジャネット。「あきらめるのね、
あんたになら、誰だって勝てるわよ!イカサマ、やらなくたってね!」
「ジャネット、言っとくがな」

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「あんた、あした、山を降りるって言ったわね。それで、もう、旅した
くにかかったら、どうなの?」
 チャックは、あきらめて、拳銃をカウンタの下に戻して、出てゆこう
とした。
「ついでに、そのへん、片付けておいてよ!」
 リチャードは、腕時計を握りしめていた。
「ごめんなさい」と、ジャネット。「身寄りが少ないと、あんな、義理
の弟でも、親類に数えなくちゃならなくて。なにも、告訴だけは、なん
とか━━━許して、くださいませんか?」
「いや、いいんですよ」と、リチャード。「燃料ポンプと、時計と、余
った1ドルさえもらえれば、いいんです」
 ジャネットは、うなずいて、棚の燃料ポンプを差し出し、レジから1
ドル紙幣を取り出した。
「これが、そんなに、おりよう?」
「それが、いわゆる、需給の法則でね、釣ちょうが少ないとき、需要が大き
いのです!」
「どちらまで?」
「それが、つづくところまでです」
「わたし、ジャネットローリングです。チャックは、出てゆくし、シー
ズンに備えて、人手がほしいところなんですよ。12時間、働いていた

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だけない?ええ━━━」
「ニックウォーカーです」
「12時間いかが、ニックウォーカーさん?室と食事、ガソリン満タン、
それに、10ドル、お支払いしますよ!」
「チャックとポーカーするより、割りがいいですね!」
 リチャードは、1ドル紙幣を受け取ると、うなづいて、店を出て行っ
た。



            5
 
 パトーカーが、サイレンを鳴らして走ってきた。ふたりの警官がライ
フルを構えながら降りてきた。ふたりとも、ライフルを撃ちながら、走
った。シスターは、居間のテレビで、その場面を、熱心に見ていた。暖
炉が燃えていた。その横で、チャックは、カーテン越しに、外をうかが
っていた。外は、すでに暗く、ジャネットとリチャードが、かなづちと
釘で、納屋を修理していた。
「怖くて、見られなくなったんじゃないかね、シスター?」と、チャッ
ク。

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「いいえ、たいへん、おもしろいですわ」と、シスター。「テレビなど、
ほとんど、見たことがありませんので。でも、よく、分かりませんの。
説明していただけないかしら?どれが、善人で、どれが、悪人か、はっ
きり、しなくてね。警官は、善人のはずでしょう?それなのに、ピスト
ルをパンパン撃っていますわ。相手は、ただの、容疑者なのに、どうし
てでしょうか?」
「ウォーカーに聞いてみなさいよ。やつは、詳しいらしいからね」チャ
ックは、飲んでいたビールのビンが、空になった。
「ええ、たぶん、そうでしょう」
「よく、知らねぇのかい?」
「わたくしが、知っているわけがないでしょう?」
「あんたのお寺で、働いているのかい?」
「いいえ、リンコルンシティのはずれでお会いして、道連れになっただ
けですよ」
「リンコルンシティで?」
「そうです━━━容疑者は、悪人なんですね、ほら、大きい人が、お給
料の袋を持っていますよ!」
 チャックは、居間の奥へ行った。シスターが、テレビのチャネルを変
えた。
「EC代表諸国は」と、テレビ。「来週、パリにおいて、首脳会議を開

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催する予定です。つぎに、ローカルニュース━━━」
 リチャードとジャネットは、仕事が一段落したので、納屋の横で一服
した。
「どうか、しましたか?」と、リチャード。
「別に」と、ジャネット。「ただ、ちょっとだけ。ここには、いろんな、
お客がみえるけど、━━━新婚旅行、よっぱらい、道楽者、神父さま、
━━━でも、あなたとシスターの組み合わせほど、変わったお客さまは、
これが、初めて!」
「ぼくは、車、シスターは、運転手が必要だったからですよ!尼さんだ
って、普通の人間ですからね」
「でも、あなたを見る目つきが違うわ。まるで、英雄でも見るようなか
んじよ」
 リチャードは、立ち上がって、割ったまきを抱え始めた。
「あら、照れなくたっていいじゃない?無理もないと、思うわ。あなた
は、自信に満ち溢れているっていうかんじですもの」
「それは、見かけ倒しですよ」
 リチャードは、割ったまきを納屋へ運んだ。
「未亡人のジャネットが、なにを望んでいるか」と、ナレーター。「キ
ンブルには、分かる。女が、身の上話を始める。そして、つぎには、愛
情で引きとめようとするだろう。ジャネットは、やさしい女性だが、引

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きづられては、いけない。愛情におぼれるような、ぜいたくは、許され
ないのだ。約束の12時間がすぎれば、さよならと言って、出てゆくほ
かはないのだ」
 シスターは、居間でニュースを見ていた。
「写真より、ずっと、若く見えるとは、言っていますが」と、テレビ。
キンブルの手配ポスターが大写しになった。「その浮浪者は、昨日、午
後12時、ダクラの貨車、引込み線で会った男は、逃亡殺人犯であると、
断言しております。クレイン警部の推理によれば、キンブルのリンコル
ンシティ脱出の経路は」シスターは、テレビを消した。窓際へゆくと、
外では、リチャードがまきを運んでいた。チャックが、ビールを1本、
冷蔵庫から出してきた。
「善人と悪人には、もう、堪能しなすったかね?」と、チャック。ビー
ルを一口飲んだ。
「ええ、堪能しました」シスターは、窓の外を眺めていた。
 
               ◇
 
 朝。ガソリンスタンドに、パトカーが1台、止まっていた。
「私も、修行が足りんよ」と、保安官は、ジャネットに言った。シスタ
ーは、店の奥の室で、コーヒーを注いでいた。「信頼する相手に限って、

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裏切られるからだ。あんたは、私が、毎週、ミルクチョコレートを、箱
ごと取り寄せると、シスターにしゃべった。それを、シスターが、手当
たりしだいにしゃべる。いったい、どうなるね。このあたり、一帯で、
タフな保安官の名声は、形無しじゃないかね?え?」
 ジャネットとシスターは、笑った。保安官は、シスターから、コーヒ
ーカップを受け取った。電話が鳴った。
「失礼!」と、ジャネット。「もしもし。ええ、ちょっと、お待ちくだ
さい。お電話です!」保安官は、呼ばれて、電話に出た。
「モリスだが━━━ああ、しかし、運転手を見つけないとな。それじゃ、
すぐ、行く!」
 モリスは、電話を切った。
「ダーク郡のアンダースン保安官からだ。事故の車があるんで、でっか
いトラックを持ってこいとさ。じゃ、行って、運転手をさがすとするか!
また、お目にかかりましょう、シスター」
「失礼します!」と、シスター。立ち上がった。
「いいかね、ジャネット」と、モリス。「少しでも、あやしいやつを見
つけたら、すぐに、電話で、保安官事務所に、詳しく、報告するんだよ!
女房を殺した凶悪犯人だからね。あなたも、気をつけてください、シス
ター。途中で止められても、変なやつを乗せるんじゃありませんよ!」
 モリスは、ドアをあけて行こうとした。

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「保安官!」と、シスター。モリスが、振り返った。「チョコレートを、
お忘れです!」
 モリスは、戻って、「どうも!」と言って、チョコレートを受け取っ
て、出て行った。
 ジャネットは、朝食のテーブルを片付け始めた。
 モリスは、パトカーに乗ろうとすると、別のパトカーが来てとまった。
「やぁ、警部」と、モリス。「今朝は、どちらにお出かけですか?」
「ジャクソンで、ひとり、抑えたんだがね」と、クレイン警部。「人違
いだった。ハイウェイパトロールが、南キャニオン道路に、検問所を作
ったので、行ってみるつもりだが、行きますか?」
「他に用があるんです」
「変わったことは?」
「別にないですな。気をつけるように、注意しておきました」
「また、連絡しますよ」パトカーは、ふたたび、走りだした。
 リチャードは、そのようすを、納屋のカーテン越しに見ていた。上着
を着ようとすると、ジャネットが納屋に入ってきた。
「ずいぶん、出てこなかったのね」と、ジャネット。
「まきを積むのに、手間がかかってね」と、リチャード。
「わたしが言うのは、積み終わってからよ。なにか、わけでも?」
「ええ、かわいい子にあったんです!」

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「なんですって?」
「かわいい目、やわらかい手。紹介しましょうか?」
「ええ」
 リチャードは、納屋の奥のヤギを見せた。母ヤギの下から、子ヤギが
現われた。
「まぁ、ニック!なんて、かわいい子!」
「ママも疲れたようなんで、手伝ったんです!」
「見てごらんなさい!足をふんばって、立とうとして!」
「世の中は、みんな、これと、おんなじですよ!足をふんばって、ころ
ぶまいと一生懸命だ!」
「それ、ヒツジの話なんでしょう?ええ、ご覧なさい!つい、1時間前
まで、母親は、なんにも心配がなかったのに、それが、今は、急に愛す
るものができて、新しい心配ができてしまったっていうわけなのね。お
かしなものね」
「それも、ヒツジの話なんでしょう?」
「主人が死んだとき、わたしも死のうかと思ったくらい、だから、生き
ながら、埋もれてゆくには、この山の中が一番いいって、そう、思った
のよ。ときどきは、少し、元気を出して、現実に立ち向かわなくちゃと、
思うこともあったけど、でも、一歩外へ出ると、たちまち、勇気がくじ
けて、逃げて帰ってきたわ。そのくせ、苦しみは、いつか、薄れたわ。

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うん、わたしがお話したいと思っているのは、さびしいからか、こわい
からか、それは、よくは分からないけど、とにかく、あなたに残っても
らいたいの!」
「ぼくのことは、なにも知らないのに」
「シスターが、信用してるわ」
「ああ、そうだね」リチャードは、納屋を出て行った。
「ニック」と、ジャネット。納屋の外で。「主人のことを、話したのは、
ちゃんと、わけがあるのよ。結婚生活のわずらわしさを心配してるのな
ら、だいじょうぶ、ロマンスは、卒業したわ。だから、わたしが結婚し
たいっていうのは、お茶のみ友達がほしいっていうかんじ。それに、も
しも、借金取りから身を隠したいんだったら、この山の中ほど、いいと
ころはない、と思うけど━━━」
 リチャードは、それには、答えずに、トラックの方を見た。シスター
が出てきて、トラックの窓ガラスをふいていた。チャックも出てきて、
ビールを片手にこっちを見ていた。
「この先の道路は?」と、リチャード。
「30キロくらい、ひどい道よ」と、ジャネット。
「ジャネット、ぼくは、もう、行かなくちゃ」
「ええ、さびしいけど━━━ま、しかたないわね!ガソリンは、満タン
よ。それに、初めのお約束の10ドル」ジャネットは、紙幣をリチャー

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ドに渡した。
「ありがとう」リチャードは、紙幣をチラっと見ただけでしまった。
 ふたりは、トラックまで、歩いた。
「さぁ、シスター、わたしがやりましょう」と、ジャネット。
「いいんですよ。もう、ほとんど、すみましたから」と、シスター。
「かばんをとってきます」と、リチャード。
「紙タオル、お持ちになる?」と、ジャネット。
「ありがとう」と、シスター。
「もう、お別れなんて、残念ですわ」
「ほんとに、お世話になりました」
 チャックは、リチャードが運転席に置いた、上着から、財布を取り出
して、自分のポケットに入れた。
「いいえ、また、お通りになったら、ぜひ、お寄りください。楽しみに、
お待ちしてますわ。それから、道に、お気をつけになって。カーブがき
ついですから」
 リチャードは、かばんを持って戻ってきて、かばんを荷台に投げ込ん
だ。チャックは、なにも言わず階段を上がって、店に戻っていった。
「さよなら、お元気でね、おふたりとも」と、ジャネット。手を振った。
 トラックは、道に出ていった。ジャネットは、配達された新聞の束を
もって、店に戻った。店では、財布を盗んだチャックが、紙幣を数えて

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いた。
「盗んだのね!」と、ジャネット。「なんて、恥知らずなの、あんたは
!」
「オレが、あの野郎にからまれたって、黙って帰すわけねぇだろう」
「あんたなんか、出ていったって、さびしいどころか、かえってせいせ
いするわ!今日こそ、わが生涯、最良の日だわ!さ、早く、出て行って
よ!」
 チャックは、紙幣を抜き取った財布をカウンターに投げ捨てて、立ち
去ろうとした。そのとき、チャックは、ジャネットがカウンターの上に
置いた、新聞の束の1面に目がとまった。チャックは、新聞を1枚抜き
取った。
「オレにとっても、最良の日かもしれねぇな!」
「なに言っているのよ!」
「おまえさんも、目のつけ方がりっぱだよ。オレなんぞ、へでもねぇが、
あのウォーカーは、たしかに、なみの男じゃねぇや!見てみろ!この顔
に見覚えがねぇかい?」チャックは、ジャネットの目の前に、新聞の一
面の写真を見せた。
「これが、あの人だなんて、人違いよ!もっと、若いし!それに」
 チャックは、財布から、運転免許証を取り出した。
「ああ、若いだろうがさ。この運転免許証、見なよ!ニコラスウォーカ

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ー、年は、63才だ。5フィート7インチ。190ポンドのデブちんだ
よ。あの色男とは、だいぶ、寸法が違うぞ!」チャックは、電話をつか
んだ。
「チャック、待ってよ!」と、ジャネット。チャックを止めた。「あの
人、人殺しなんかじゃないわ!やめて、ジャック、お願い!」チャック
は、ジャネットを突き飛ばした。「ねぇ、やめて!」
「ああ、保安官事務所へ!」と、チャック。



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 トラックは、蒸気をあげながら、山道を下っていった。
「なぜ、ふさいでいるんです?」と、リチャード。「最悪の状態は、過
ぎましたよ。日暮れには、サクラメントに着きます。考えてみると、そ
う、むちゃな旅でもなかったですね。やっぱり、神の摂理が働いていた
んですね」
「どうして、お変わりになったの?」と、シスター。
「え?」
「あなたは、なんでも、実際的な解釈をなさったでしょう?あの、リン

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コルンシティのはずれの警戒線を通ったのも、論理的に説明がつきます
ものね。シスターと旅をしている人物を、疑う人はいませんからね」
「それで?」
「そう考えても、この世の中は、ぜんぶ、それで説明がつきますが、ひ
とつだけ、分かりませんの。警戒線を通ったあとも、どうして、いっし
ょに来たのです?きのう、テレビで話していましたわ。あなたの写真も
出ました」
「今朝来た、保安官に、なぜ、黙っていたのです?」
「分かりません」
「ぼくが、こわくないんですか?」
「ええ」
「言ってもしかたのないことだが、ぼくは、殺さなかった。ぼくは、潔
白なんです」
「それで、ひとつは、分かりました。さっきの、お答えはどうですの?
なぜ、いっしょにいらしたの?尼といっしょにいれば、安全だと、思っ
ていらしたから?」
「ええ、初めはね」
「今は?」
「どうでもいいでしょう?」
「いいえ、よくありませんわ。わたくしには、分かるような気がします。

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徹底した現実主義が、ぐらついていらしたんでしょ?わたくしたちは、
それぞれ、危機に直面して、必死にもがきながら、おたがいに、影響を
与えたんですね。なぜでしょう?わたくし、それを、ずっと、考えてい
ますの。なぜでしょう?」
 
               ◇
 
 チャックは、モリスの運転するパトカーに乗っていた。
「そうさ、キンブルを取り押さえたら、このチャックの名前は、ここら
の山じゅうに、ダイヤのごとく輝くってわけだよ!」
「犯罪者の逮捕は、警察官がなすべき義務だ」と、モリス。「いいか、
そいつを、忘れるなよ!おまえを、連れてきたのは、問題の車を確認す
るためだ。今のうちに、アンダースン保安官に連絡できれば、はさみう
ちにできるんだが━━━」
「事故っていうのは、どこなんだ?」
「よく知らんのだ。この下の方らしい。もう一度、やってみよう」モリ
スは、無線機のマイクを手にした。「モリス保安官より、アンダースン
保安官へ。どうぞ、アンダースン保安官━━━」
 誰もいないパトカーの無線が、呼び出していた。
「モリス保安官より、アンダースン保安官へ。どうぞ」

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               ◇
 
 アンダースン保安官は、事故を起こしたトラックの周りを、運転手と
いっしょに、見てまわっていた。
「ブレーキが利かなくなったときの、スピードは?」と、アンダースン
保安官。トラックの運転席をあけた。
 
               ◇
 
「だめだな」と、モリス。無線機を置いた。
「だめってことはねぇ、ほら、あそこだ!」と、チャック。前方に、蒸
気を上げて走る、小型トラックが見えた。
 モリスは、パトカーの赤色燈を点灯させた。
 リチャードは、パトカーが追ってくるのに、気づいた。
「どうしました?」と、シスター。
「警察です」と、リチャード。
「追ってくるのですか?」
「わかりません」
「でも、身分証をお持ちでしょう?リンコルンシティでも、あれで━━

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━」
「あなたがいらしたから、あれで、済んだんですよ。もし、運転免許証
を見たら━━━」リチャードは、上着の内ポケットを見た。
「どうしました?」
「財布がなくなっている!」
「今朝、メイシンさんが、車のそばにいらしたわ」
 トラックは、坂を下り、パトカーが追跡した。
「こんな車で、警察の車を振り切れるでしょうか?」
「どうでしょうね。でも、この先、カーブを2つ越えたら、車を脇にど
けて、森に逃げ込むこともできます」
 トラックは、カーブを2つ越えたところで、右前輪がパンクして止ま
った。そこは、ちょうど、アンダースン保安官が、事故を起こしたトラ
ックを、調べている場所であった。
 後ろから来たパトカーは、カーブの影から、急に現われたトラックに、
止まりきれずに衝突した。
 
               ◇
 
 アンダースン保安官は、止めたパトカーの無線で連絡を終えた。
「了解。また、連絡します」

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 救急車が到着して、パトカーから、負傷したモリスを担架で運んでい
た。
 リチャードは、パンクしたタイヤを交換しながら、様子をうかがって
いた。
「保安官、あいつ━━━逃亡者━━━」と、チャック。負傷して、担架
に寝かされていた。
「メイシン」と、アンダースン保安官。「これに、こりて、ビールは、
もう、ほどほどにするんだな!」
 チャックは、そのまま、救急車に運びこまれた。アンダースン保安官
は、小型トラックの方に歩いてきた。
「ケガ人は?」と、リチャード。
「たいしたことは、ないらしいが、まもなく気がつくだろう」と、アン
ダースン保安官。
「発炎筒をたいていたが、ああ、フルスピードで突っ込んできては、ど
うにもならんよ!きみ、タイヤの取替えで、まっ黒になったな。顔をふ
くかい?」
「いや、大丈夫です、あとで、洗いますから。ジャッキ、ありがとうご
ざいました」
「ええ。さぁ、行きたまえ、交通の邪魔になってるよ!まったくなぁ、
あのとき、パンクしてよかったよ。でないと、きみたちは、間に挟まっ

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て、ペチャンコだった!まぁ、運がよかったというところかね?」
「それより、奇跡といっていいくらいです!」
 アンダースン保安官は、うなづいて、ジャッキを受け取った。
 リチャードとシスターは、また、トラックに乗り込むと、走り出した。






            エピローグ(後編)
 
 昼。リンコルンシティ警察署。クレイン警部は、パトカーで戻ってき
た。
「ジェラード警部」と、クレイン警部。電話で、話していた。「それは、
おっしゃるとおりですが、私としては、自信があったのです。絶対、追
い詰められるって。いや、もう、山は越えたろうと思いますよ。どっか
へ、高飛びしてるでしょう」
 
               ◇

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 夜、サクラメントのセントヘレナ寺院の前に、小型トラックが止まっ
た。
 リチャードは、降りて、助手席のドアをあけた。シスターは、降りる
と、寺院に向かって、十字を切った。
「さよなら、ありがとう」と、リチャード。
「なにがでしょう?」と、シスター。
「あなたのおかげで、忘れていたものを、思い出しました」
「ほんとうに、そう、お思いになって?」
「ええ、ほんとです。はは、ポーカーで、あり金ぜんぶ賭けて、手のう
ちで、ストレートができたんですが、あのときから、ずっと、そう思っ
ていました。まず、それは、めったにできない手ですからね!」
「そう、考えてみると、この二日ばかりは、思いがけないことばかりで
したね」
「ぼくも、こんな経験は、初めてです。ぼくたちがやってることは、神
の目からは、正しいのでしょうね?」
「あなたのために、お祈りします」
「シスター!」
「わたくし、神父さまにお目にかかってから、修道院へ帰ります」
「そうですか?でも、あなたが、あの車で、見知らぬ男といっしょに山

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越えしたと、聞いたら、神父さまのご機嫌が、悪くなるんじゃないです
か?」
「どうしてですの?車も、見知らぬ人も、神がお寄こしになったのです
よ」
 シスターは、寺院の入り口へ歩きだした。一度、振り返ってから、中
へ入った。
 それを見て、リチャードは、また、ひとりで歩き出した。
「ふたりの逃亡者のひとりは」と、ナレーター。「安息の場所を得た。
残るひとりは、また、あてどのない、さすらいの旅を続ける。だが、も
う、おそろしいほどの孤独感にさいなまれることは、なくなるだろう。
たとえ、道がいかに遠く、けわしかろうと━━━」
 寺院の空高く、満月が輝いていた。
 
 
 
 
                    (第一_二十三話 終わり)




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