ねずみ
            原作:フレドリックブラウン
            アランフィールド
             
            プロローグ
 
 ビルヒラーは、たまたまだったが、83番街ストリートの角にある、
アパートの5階の自宅の窓から、外を見ていた。そのとき、どこからか
やってきた、宇宙船が、セントラルパークウエストに着陸した。
 それは、空から静かに降りてきて、セントラルパークのサイモンボリ
バーの銅像と、歩道の間の芝生に、ビルヒラーの窓から、わずか30メ
ートルのところに降り立った。
 
 



 

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1
























































            1
 
 ビルヒラーは、窓枠にいるシャムネコのやわらかい毛をなでる、手を
とめた。
「ビューティ、あれは、なんだろう?」と、ビル。とまどいながら。
 しかし、シャムネコは、答えず、ゴロゴロとのどを鳴らすのをやめた。
ビルがなでるのを、やめたからだ。彼女は、ビルとは違う、なにかを感
じていた。たぶん、ビルの指が、急に、こわばって硬くなったとか、ネ
コ特有の予知能力や、モードの違いを感じ取る能力で。彼女は、背中で
1回転した。
「ミャオー」と、ビューティ。強く、訴えるように。
 ビルは、彼女に答えず、公園通りをはさんで起こった、信じられない
できごとに、心を奪われていた。
 それは、葉巻タイプで、長さは、7フィート、直径は、最も太いとこ
ろで、2フィートだった。サイズからいったら、ちょっと大きめの、お
もちゃ飛行船であったが、窓と向かいの空中50フィートに出現するの
を、初めて見たときから、ビルは、それが、おもちゃであるとは、まっ
たく思わなかった。
 それは、あえて呼ぶなら、エイリアンだったが、そう呼んでも、それ
が、なんであるかを示してなかった。エイリアンとか地球のものとかは、

4

3
























































その外形を特定するわけではなかった。それは、翼がつばさなく、プロペラも
ロケットブースターもなく、なにもなかった。金属で作られたシリンダ
ーで、あきらかに、空気よりは重かった。
 しかし、それは、まるで、羽のように漂い、草地の上、3フィートの
空中まで、降りてきて、ピタリと止まった。そして、突然、片方のはし
ら━━━はしは、どちらも同じ形で、どちらが前方で、どちらが後方かは、
判断できなかった━━━目もくらむような、閃光が放たれた。その閃光
と同時に、シューという音がして、ビルヒラーの手の下からネコがころ
がり出てきて、しなやかな動きで、すくっと、立つと、窓の外を眺めた。
彼女は、フゥーッと言ってから、しずかに、背中や首の後ろの毛を、ピ
ンと逆立さかだて、太さ2インチになった、しっぽを、ピンと上にのばした。
 ビルは、彼女から、手を離した。そのような状態になったら、ネコか
らは、離れた方が懸命だからだ。
「ビューティ、静かに!だいじょうぶ。地球を征服するために火星から
来た、ただの宇宙船だよ。ねずみじゃないよ」
 彼は、最初の点では、ある意味、正しかった。しかし、第2の点では、
ある意味、間違っていた。しかし、そんなふうに、物事の先取りは、し
ないことにしよう。



6

5
























































            2
 
 排気管かなにかからの最初の閃光のあと、宇宙船は、12インチ下が
って、草地の上に留まった。まったく、動かなかった。今、一方のはし
ら、黒くげた地面の、扇形のエリアが広がっていて、30フィートに
及んでいた。
 そのあとは、なにも起こらず、四方八方から人々が、集まり始めた。
警官も走ってきた。3人の警官は、人々が宇宙船に近づきすぎないよう
にした。近すぎるとは、警官のアイデアで、10フィート以内とされた。
ビルヒラーには、それは、ばかげたことに思えた。もしも、それが、爆
発かなにかしたら、たぶん、数ブロック先の全員が死亡するだろう。
 しかし、それは、爆発しなかった。ただ、そこにあって、なにも起こ
らなかった。ビルとネコを驚かせた、閃光だけだった。ネコは、もう、
うんざりして、窓枠にもどって、毛づくろいした。
 ビルは、また、ぼんやりと、なめらかな、淡黄褐色の毛をなでた。
「まっ昼間に、あれは外から来たんだ」と、ビル。「くもじゃないんだ
から、下へ降りて、ちょっと見てくるよ」
 エレベーターで、下へ降りて、正面玄関をあけようとしたが、できな
かった。ガラス越しに見えるのは、ドアに押し付けられた、人々の背中
だけだった。つま先立ちして首をのばしても、見えるのは、人々の頭の

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並びだけだった。エレベーターに戻った。
「外は、騒がしいですね」と、エレベーターボーイ。「パレードかなに
かですか?」
「なにか、宇宙船のようなものが」と、ビル。「セントラルパークに着
陸したんだ。火星か、どこかから。そのうち、歓迎のスピーチを、聞け
るよ」
「なんですって?それは、なにを?」
「なにも」
 エレベーターボーイは、ニヤリとした。「おもしろいですね、ミスタ
ーヒラー。ネコは、どうしてます?」
「元気だよ」と、ビル。「きみのは?」
「ご機嫌ななめですね。昨夜帰ったときに、ベルトの下、数インチに、
本を投げつけられましたよ。私が、夜、数ドル使ったことを、責められ
ましてね。あなたのワイフは、最高ですよ」
「そう思うよ」と、ビル。
 窓に戻ってみると、すごい数の群集だった。セントラルパークウエス
トは、どの方向も、半ブロックづつの人々のかたまりができていて、公
園全体が、どの通りも、人々に埋め尽くされていた。唯一の隙間は、宇
宙船の周りの円だけで、今や、半径20フィートに広がって、それを維
持する警官は、3人よりずっと多くなった。

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 ビルヒラーは、シャムネコを窓枠のはしに、やさしく移し、座った。
「ビューティ、ここは、特等席だ。あそこへ降りてゆくより、ずっとよ
く見える」
 下の警官たちは、苦戦をしいられた。しかし、トラックで援軍が到着
して、なんとか、円の中へ入って、広げようとした。円を広げたら、数
人が押しつぶされることは、明らかなようにみえた。カーキ色の軍服が、
数人、円に混じっていた。
「高官が」と、ビル。「混じってるようだな。階級章がよく見えないが、
大佐以上だ。歩き方から、分かる」
 彼らは、円を押し広げて、ついに、側道まで達した。円の中には、多
くの将校がいた。6人くらいの軍服たちが、注意しながら、宇宙船に近
づいた。写真を撮り、寸法を測った。ひとりは、装置入りの大きなスー
ツケースを持ち込んで、慎重に、金属を引っかいたり、なにかのテスト
をした。
「ビューティ、金属を調べる、冶金やきん学者さ」と、ビルヒラー。シャムネ
コに説明した。彼女は、もう、なにも見てはいなかったが。「1ミャオ
ーに10ポンドのレバーを賭けてもいいけど、彼は、未知の元素を含ん
だ、新しい合金を見つけるよ。
 ビューティ、寝っころがってないで、見ていなさい!すごい1日にな
るよ。終わりの始まりか、なにか新しいことの、始まりに。もうちょい、

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急いで、宇宙船をあけてもらいたいね」
 軍隊のトラックが、円の中に入ってきた。6機の大きな飛行機が、上
空で、爆音をたてて、円を描いていた。ビルは、不思議そうに、見上げ
た。
「爆弾を積んだ、爆撃機だ。公園や人々や、その他すべてを、爆撃する
つもりなのかな?もしも、小さな緑の宇宙人が現われて、光線銃で、人
々を殺し始めたら、爆撃機が、このあたり一帯を、壊滅させるつもりら
しい」
 しかし、小さな緑の宇宙人は、シリンダーからは、現われなかった。
そこで作業していた人々は、見たところ、それをあけることは、できな
かった。ひっくり返して、下側を見ても、同じだった。下は、上だった。
 そのとき、ビルヒラーは、不満をもらした。軍隊のトラックが、大き
なテントを下ろして、カーキ色の軍服が、杭を打ち、テントを広げ始め
た。
「ビューティ、やつらは、なにをするつもりだろう」と、ビル。かなり、
不満そうに。「テントを建てて、見えなくされたら、最悪だ」
 テントは、できた。ビルヒラーは、テントの先端は見れたが、先端に
変化はなく、内側でなにが起こってるかは、見えなかった。トラックが、
行き来し、将校と背広が、行き来した。
 しばらくしてから、電話が鳴った。ビルは、ネコの毛並みをひとなぜ

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してから、電話に出た。
「ビルヒラーさんですか?」と、電話。「こちらは、ケリー大佐だが、
あなたは、著名な生物学者だと、お聞きしています。その分野では、ト
ップだと?」
「はい」と、ビル。「生物学者ではありますが、トップかどうかは、分
かりません。私に、なにか?」
「宇宙船が、今、セントラルパークに着陸しました」
「知ってます」
「ここから、さまざまな分野の方に電話して、専門家の方を集めていま
す。生物学者は、あなた以外にも、何人かの方に、宇宙船の内部で見つ
かったものを、調査していただく予定です。ハーバード大のグリム博士
は、町におられ、もうすぐ、到着します。ニューヨーク大のウィンスロ
ー博士は、すでに到着してます。ここは、83番街ストリートの向かい
です。どのくらいで来れますか?」
「パラシュートがあれば、10秒です。大佐の姿は、この窓から見えま
すよ」住所とアパートメント番号を伝えた。「群集をかき分けてくれる、
屈強な男性を2名よこしてもらえれば、ずっと早く着けます。お願いで
きますか?」
「いいでしょう。2名、さしむけます。しばらく、お待ちを」
「助かります」と、ビル。「シリンダーの中には、なにが?」

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            3
 
 2秒間、間があった。
「ここにいらしてから、お教えします」と、ケリー。
「道具が必要なんです」と、ビル。「解剖用や薬品、試薬といった。な
にを持っていったらいいか、知りたいのです。小さな緑の宇宙人が、い
ました?」
「いや」と、ケリー。ふたたび、2秒間の間。「ねずみのようです。死
んだ、ねずみです」
「ありがとう」と、ビル。受話器を置いて、窓に戻った。シャムネコを、
とがめるよう見た。「ビューティ、誰かに、からかわれていたらしい」
 通りの向こうを見て、とまどいの表情が浮かんだ。2人の警官が、テ
ントから出て、まっすぐに、このアパートの玄関に向かって、群集をか
き分け始めた。
「聖火をかざして、マッコイ選手が」と、ビル。急いで、クローゼット
へ行くと、かばんの中に、キャビネットや必要な小物やボトルを、手当
たりしだいに入れて、ドアのノックを待った。
「ビューティ、留守番をよろしく。ちょっと、ねずみを見に行ってくる
よ」
 ビルは、警官にエスコートされて、群集をぬけ、円の中のテントへ入

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った。
 シリンダーのある地点のまわりに、人々が集まっていた。ビルは、肩
越しに、シリンダーが、きれいに、2つにカットされているのを見た。
中は、空洞で、きれいな羽のような、やわらかそうなものが詰まってい
た。片方の端で、ひざをついている男性が、話していた。
「起動装置のようなものはない。それどころか、装置らしきものは、い
っさいない。ワイヤもないし、粒や、燃料も一滴もない。ただの空洞の
シリンダーで、中に、詰め物があるだけだ。いかなる方法でも、自力で
飛行することはできない。しかし、それは、ここへやってきた。宇宙か
ら。グレーブセンドによれば、物質は、地球外のものだという。訳がわ
からぬ」
「少佐、考えがあります」と、別の声。ビルヒラーが寄りかかっていた
男性の声で、声ですぐに分かった。合衆国大統領の声だった。ビルは、
そっと、寄りかかるのをやめた。
「私は、科学者ではないが」と、大統領。「それに、これは、ただの可
能性だが、最初の閃光、なにか排気管からのような、閃光を覚えている
だろうか?あれは、ひょっとすると、なんらかの破壊で、動力や燃料が
なんであれ、すべて跡形もなく、消し去ってしまう爆発だったのかもし
れない。誰かが、あるいは、なにかが、その動力の秘密を、われわれに
知られないようにするために、自爆装置を備えていたのだ。それで、着

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陸したあと、動力は、自ら、完全に破壊された。ロバーツ大佐、げた
地面のエリアを調べましたね。なんらかの痕跡こんせきが見つかってますか?」
「ええ、確かに、大統領」と、ロバーツ。「金属やシリカ、ある種のカ
ーボンが、見つかってます。ひどい熱で蒸発して、固まったかのように、
一様に広がってます。手でつまめるような、かたまりではないですが、
センサーがそれを示してます。ほかには━━━」
 ビルは、声に、気づいて、振り向いた。
「ビルヒラーさんでは?」
「ウィンスロー博士!」と、ビル。「写真で、存じ上げてます。学会誌
で論文を読みました。お会いできて、光栄です」
「大げさな話は、やめなさい」と、ウィンスロー。「それより、これを
見てください!」
 ウィンスローは、ビルの腕をひっぱって、テントの端のテーブルに案
内した。
「どう見ても、死んだねずみに見える」と、ウィンスロー。「しかし、
まったく、違う。まだ、私は、解剖してない。きみと、グリムを待って
いた。ただ、体温測定と、体毛と筋肉組織は、調べた。さぁ、自分の目
で、見てみたまえ!」
 ビルヒラーは、見た。それは、まったく、ねずみに見えた。とても、
小さなねずみだった。近くに寄って見ると、小さな違いが分かる、もし

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も、あなたが、生物学者なら。
 グリムが到着して、3人は、慎重に、解剖をはじめた。違いは、小さ
いことをやめ、大きくなった。骨格は、骨ではなく、別の1つのもので
できていて、色も、白ではなく、明るい黄だった。消化組織は、まった
く常識はずれだった。白のミルクのようなものが、流れていたが、心臓
はなかった。そのかわりに、チューブに沿って、区画ごとに、接点があ
った。
「道の駅だな」と、グリム。「中央ポンプはない。1つの大きな心臓の
かわりに、多くの小さな心臓を持つわけだ。効率的と、いえる。このよ
うな生物は、心臓病を、患うわずらことはない。白の液体を、少し、スライド
に取ってみよう」
 誰かが、ビルの肩にもたれかかって、体重をかけてきた。彼は、文句
を言おうと、顔を向けると、合衆国大統領だった。
「地球外からかね?」と、大統領。静かに、いた。
「それに、どうやって?」と、ビル。1秒後に、付け足した。「大統領」
 大統領は、うなづいた。「それは、死んで長いのかね?それとも、着
陸時に死んだのかね?」
「これは、推測ですが、大統領」と、ウィンスロー。「というのは、生
物の化学的組成が不明で、平熱がどのくらいか分からないからです。た
だ、私がここへ到着した、20分前には、直腸の体温は、95・3でし

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たが、1分前は、90・6でした。熱の下がり方からいって、死んでか
ら、長くはたっていません」
「それは、知的生命体だと?」
「たしかなことは、言えません、大統領。それは、エイリアンですし。
しかし、私が思うに、あきらかに、ノーです。地球にいる、ねずみより
優れていることはありません。脳のサイズや、その渦巻構造からして、
まったく、同じです」
「きみは、それが、考えうる限り、宇宙船を作ったのではないと?」
「そうではない方に、100万、賭けます、大統領」
 宇宙船が着陸したのは、昼下がりであったが、ビルヒラーが家路につ
いたのは、真夜中近くであった。通りを渡って帰ったのではなく、ニュ
ーヨーク大のウィンスロー博士の研究室から、歩いて帰ったのだ。研究
室では、解剖と顕微鏡による調査をした。
 ビルは、ぼーっとしながら、帰った。シャムネコに食事を用意しなか
ったことに、罪悪感を覚えた。それで、最後の1ブロックは、急ぎ足で
歩いた。
「ミャオー、ミャオー、ミャオー」と、ビューティ。責めるように。
 ビルは、急いで、アイスボックスからレバーを出して、食べさせた。
「ごめんよ、ビューティ」と、ビル。「もうひとつ、あやまりたいのは、
あのねずみは、持って来れなかったんだ。頼んでもだめだろうから、頼

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25
























































まなかった。それにおそらく、あのねずみは、食べても、消化不良を起
こすだけだろうしね」
 その夜は、ビルは、興奮して、眠れなかった。朝は、早くから、朝刊
が待ち遠しく、新聞を手にすると、新しい発見や進展がなかったか、調
べた。
 なにもなかった。新聞には、彼がすでに知っていることより、少ない
ことしか書かれてなかった。しかし、すでに、大きなことは起こってい
て、新聞に、大きく扱われることになった。


            4
 
 ビルヒラーは、つぎの3日間のほとんどは、ニューヨーク大の研究室
で、ウィンスロー博士を手伝っていた。さまざまなテストや実験をおこ
なって、新しい発見が出てこなくなるまで、続けた。そのあと、政府が、
研究を引き継いで、彼は、自由の身となった。
 そのつぎの3日間は、彼は、おもに自宅にいた。あらゆるニュースを
テレビで見て、ニューヨークシティで英語で発行されたすべての新聞に、
目を通した。しかし、宇宙船の話は、徐々に、トーンダウンしていった。
それ以降は、なにも起こらず、さらなる発見も、なにもなかった。新し

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いアイデアを、どう膨らませてみても、人々の興味をつなぎとめておく
ことは、できなかった。
 大きなできごとが起こったのは、6日目だった。合衆国大統領が、暗
殺されたのだ。人々は、宇宙船のことを忘れた。
 2日後には、イギリスの首相が、外国人によって、暗殺された。その
2日後には、モスクワの政治局員が、単独で、銃を乱射して、高官を殺
害した。
 つぎの日には、ニューヨークシティの窓の多くが、吹き飛んだ。ペン
シルベニア州が、壊滅したからだ。数百マイル以内の誰も、そんな爆発
があるとは、聞かされてなかった。人口密集地帯でなかったから、それ
ほどの死者は出なかった。わずかに、数千人だった。
 株式市場で、事件が起きたのも、午後だった。所長が、自ら首を切っ
て、自殺したのだ。暴落が、始まった。つぎの日の、サクセス湖での暴
動は、誰の注意も引かなかった。正体不明の潜水艦が、ニューオリンズ
港に現われて、停泊していた貨物船すべてを、沈めたからだ。






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            5
 
 その夜、ビルヒラーは、自宅のアパートの居間で、歩き回って、運動
していた。たまに、窓で、休むと、シャムネコをなぜたり、向かいのセ
ントラルパークを見た。そこは、街灯で明るく、武装した兵士たちが、
対空砲のコンクリートの台座で、非常線を張っていた。
 ビルヒラーは、やつれてみえた。
「ビューティ」と、ビル。「いっしょに、この窓で、その始まりを見た
ね。たぶん、気のせいかもしれないけど、あの宇宙船が、それを始めた
と、まだ、考えてる。どうやってるかは、神のみぞ知る。たぶん、おま
えに、あのねずみを食べさせれば、よかったね。世の中が、こんなふう
に、突然、誰の助けも、何かの助けもなしに、だめになることはなかっ
たはずだよ」
 彼は、頭を、ゆっくり振った。
「ビューティ、こう、予想してみよう。あの宇宙船には、死んだねずみ
以外に、なにかがいたと。それは、どういったものだったかな?そいつ
は、なにをして、これから、なにをする?」
 彼は、ゆっくり、ひと呼吸した。
「こうしてみよう。ねずみは、実験動物で、ギニア豚だったと。宇宙船
に乗せられ、旅のあいだは、生きていたが、ここで、死んだ。なぜか?

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いやな予感がしてきたよ、ビューティ」
 彼は、イスに座り、背もたれにもたれて、天井を見た。
「こう仮定してみよう。どこかから、高度に進化した知性が、それは、
あの宇宙船を作り、それに乗って、いっしょに来た。それは、あのねず
みではなかった。あれを、ねずみと呼んだとしてだが。さて、あのねず
みは、宇宙船では、唯一の肉体的存在だった。その生命は、つまり、イ
ンベーダーは、肉体をもたない。それは、肉体がなんであれ、そこから
出たり、入ったりできる、存在なのさ。それは、どんな肉体にも住める
し、安全に戻れる家として残せるし、ひとつに乗ったり、戻った際に捨
てることもできる。これは、ねずみのこと、それが宇宙船の着陸時に死
んだことを、うまく、説明している」
 彼は、すこし、間をおいた。
「さて、その生命は、あの瞬間、ここにいた、誰かの肉体の中に飛び込
んだんだ。たぶん、宇宙船が着陸して、最初に、駆け寄った誰かにね。
それは、誰かの体の中に住んで、ブロードウェイのホテルや、ボウェリ
や、いろんなところの安宿に泊まったりして、人間のフリをしているん
だ。ありうるだろ、ビューティ?」
 彼は、立ちあがり、また、歩きだした。
「そして、人間の心をコントロールする能力を持つと、それは、世界、
つまり、地球の再構築を開始した。火星か金星か、あるいは、どこかの

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星の人々に安全なように。それは、数日間、調査して、分かったんだ。
この世界は、自滅する寸前にあることが。必要なのは、あとひと押しだ
けだと。それで、それは、そのひと押しを加えた」
 彼は、ひと呼吸した。
「頭を内側から操作して、それは、誰かに、大統領を暗殺させて、つか
らせた。それは、ロシアの高官を銃撃させた。それは、イギリスの首相
を暗殺させた。それは、サクセス湖で、暴動をおこさせ、ミサイル基地
の兵士に、ミサイルを爆発させた。なんてことだ、ビューティ、この世
界は、あと1週間で、最終戦争に突入する。それを、実際に、やってし
まったんだ」
            6
 
 ビルは、窓に行って、ネコのやわらかい毛をなでた。そして、公園の
照明で浮かびあがる、対空砲に、眉をひそめた。
 たしかに、その生命体は、それをやった。私が正しいとしても、彼を
止めることはできなかった。なぜなら、彼が、どこにいるか分からなか
ったからだ。誰も、今、私を信じてくれないだろうし。彼は、世界を、
火星人に安全なものに変えるだろう。最終戦争が終わったとき、あのシ
リンダーに似た、多くの小さな宇宙船が、あるいは、大きな宇宙船も、
ここにやってきて、10倍は簡単に、地球は、乗っ取られてしまう。

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35
























































 ビルは、すこし震える手で、タバコに火をつけた。
「考えれば、考えるほど━━━」
 ビルは、また、イスに座った。
「ビューティ、やってみようか。その考えは、変だろうが、著名人に持
っていって、信じるか信じないかわからないが。前に会った、大佐は、
かしこそうだった。そう、キーリー将軍も。話だけでも」
 ビルは、電話に向かおうとして、歩きだしたが、また、イスに戻った。
「ふたりに話すとして、詳細を、その前に確かめておこう。高度な提案
ができたとして、彼らは、どうやって、その生命体を見つけられるかな
?」
 ビルは、うなった。
「ビューティ、それは、不可能だね。それは、人間とは、限らない。動
物か、別のなにかでありうる。おまえかも、しれないよ。彼は、おそら
く、心の仕組みが、彼と、もっとも近いものに、乗り移るだろう。もし
も、彼が、ネコ科に近ければ、おまえが、もっとも近くにいた、ネコだ
ったことになる」
 




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37
























































            エピローグ
 
 ビルは、座って、彼女を見た。
「ビューティ、思い出すと、変だな。宇宙船が、自分の動力を破壊して、
動かなくなった時、おまえは、飛び上がって、身をよじったね。それに、
ビューティ、おまえは、前より、2倍は眠るようになった。おまえの心
に、なにが」
 ビルは、思い出した。
「そう、きのうも、食事で、おまえを起こしたのに、ぜんぜん、起きな
かった。ビューティ、ネコは、いつも、すぐ起きるもんだよ。ネコなら
ね」
 ネコを見つめながら、ビルヒラーは、イスから立ち上がった。
「ビューティ、私が、おかしいのかな?」
 シャムネコは、眠そうな目で、だるそうに、彼を見た。
「忘れちまいな!」と、シャムネコ。はっきりした声で。
 座ろうか、立ち上がろうか、あいまいなまま、ビルヒラーは、少しの
間、眠そうに見えた。彼は、頭をはっきりさせようと、頭を振った。
「ビューティ、なんの話をしていたっけ?眠いので、もっと、シャキッ
としないとね」
 ビルは、窓に行って、ネコのやわらかい毛をなでた。

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39
























































「お腹がすいたかい、ビューティ?レバーを食べるかい?」
 ネコは、窓枠から飛び降りて、彼の足に、甘えるように、体をこすり
つけた。
「ミャオー」
 
 
 
 
                            (終わり)












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