夜明け前に死んでもらう
          原作:フレドリックブラウン
          アランフィールド
           
            プロローグ
             
 ビッグベンハイデンがもしも彼が太っているという迷信に、それほど
とらわれていなければ、それは、起こらなかっただろう。迷信にとらわれて
いたよりは、太っていたことが。彼がそんなに太ってなければ、キャッ
プロジャースは、彼を警官としてクビにしなかった。そして、もしもク
ビになってなければ、たぶん、あんなにウォッカを飲まなかった。
 そして、もしもそのウォッカが、彼の体重を軽くさせなかったら、体
重と幸運を知るために、硬貨を体重計に投じてなかっただろう。体重計
から出て来たカードの体重欄には、ビッグベンハーデンの体重は247
パウンドとあり、幸運欄には、ウォッカはあざ笑うとあった。




2

1
























































 しかし、彼が迷信にとらわれていなかったら、幸運欄は読まなかった。
 つまり、悪循環だということ、それが、彼を窮地に追い込んだ。
 
        1 ログキャビンイン
 
「よう、ベン!」と、キャップロジャース。まさに、その午後だった。
「あんたが、余計な脂肪をそぎ落とせれば、もっと健康になれるはずだ。
けど、あんたはできないと言う。オレが思うにあんたは食べ過ぎ━━━」
「キャップ!」と、ビッグベン。おごそかに。「ここ数週間、固形物を
口にしてない。なのに、今のまま、1オンスも減らせてない!もう残さ
れた方法は、足を切断するしかない、おそらく、しかし━━━」
「いずれにせよ、働けない、規則は規則だ、ベン。片足の者は、警官に
なれないルールもある。理事会が決めた警官の上限体重は、225パウ
ンド、オレにはどうしようもない。30日で依頼退職という通知を渡さ
なければ、規則違反で、オレの立場が悪くなる」
「しかし、キャップ、考えてみて!有利な点もある!もしもだれも犯人
を取り押さえられなかったら、オレがそいつの上に乗ってしまえば終わ
り、うん?」
「それは、正当防衛か、殺人だ。正当防衛で、どうやってそいつの上に
乗る?しかし、まじめな話、ベン、悪いが、通知を渡すしかない」

4

3
























































「なんてこと!」と、ベン。暗い気持ちで。それから、「教えて、キャ
ップ!その規則は、私服刑事にも?それとも、制服警官だけ?」
「パトロール警官だけ!しかし、オレは、ベン、あんたを刑事に推薦は
できない。それについては、考えた。あんたの名前を上にあげることは
できるが、理事会をパスできないだろう。あんたは、なんの━━━」
「有能さ?」と、ビッグベン。
「彼らは、もっとファンタジックな言葉を使う。刑事的能力、論理的推
理力」
「それは、有能さと同じ」
「ああ」
「聞いて、キャップ!オレは、今、3カードが2ペアに勝つことも知ら
ないような、無能な6人の刑事の名前を挙げられる!」
 キャップロジャースは、うなづいた。「そう、理事会は、そのような
者たちを必要としない。今から、パトロール警官も、海の見える窓から
見えるものは、ブルーと言う以上のことをなにかして来なくてはならな
い。聞いて、ベン!あんたの賭けは、ただ、体重オーバーの分を減らす
ことだけ。1か月でやるしかない」
「ああ」と、ベン。
 
               ◇

6

5
























































 
 それが、バーガンディワインやバーボンを経て、ウォッカにいたる前
にかわされた会話だった。ベンのキャップとの会話は、幸運にも、ある
いは不運にも、ベンの2日間の休みの前日だった。それで、本気で飲む
気がなくても、二日酔いは気にしなくてよかった。
 今は、真夜中に近く、ここは、ログキャビンインと呼ばれるバーだっ
た。なぜ、そう呼ばれるのかは不明だった。宿泊所でもなく、宿泊者名
簿もなかった。ビールは避けた。太るからだ。バーガンディワインを試
してみたが、ワインは飲んだことがなかったので、すっぱくてまずかっ
た。あとは、ウィスキーだった。1杯飲み、2杯目も。
 落ち込んでいて、いつも行く場所ではなかったが、ログキャビンイン
を選んだ理由は、2つあった。1つは、知り合いには会いそうもなかっ
たこと。今夜はだれとも会いたくなかった。もう1つは、前に一度来た
ことがあって、バーテンダーがベンと同じように体格がいいことを知っ
ていたからだ。そのことがなぜ重要かは、分からなかった。たぶん、み
じめで仲間が欲しかったのだ。
 今、ベンは、むっつりと、太ったバーテンダーを見ていた。ベンより
太っているように見えた。ただ背が2インチ低かったので、確かなこと
は分からなかった。
「体重はどのくらい、ハリー?」と、ベン。

8

7
























































「かなり重い」と、バーテンダー。
 ベンは、ニヤリとした。「分かった。オレが先に体重を言うから、そ
れより多いか少ないか言ってくれ。オレは、245。あんたも同じ?」
「かなり近い、239・5。先週、42まで増えた。44がもっとも重
かったとき。3か月前だ。初めてこの町に来たとき」
「うう、地獄!」と、ベン。「ウィスキーのお代わり、ハリー!どうや
って、減量した?」
バーテンダーは、ベンのグラスに注いで、言った。「まず、目標を決め
る。食べ過ぎたら、その分、減らす。ダイエットしてれば、食べ過ぎて
も、もっと減って行くわけだ」
「うう、地獄!」と、ベン。繰り返した。興味はいた。そのような減
量法は、初めて聞いた。それがほんとうなら、やってみたかった。しか
し、ハリーだけにいて、ベンにはかないかもしれない。しかし、や
ってみる価値はあった。なんでもやってみる価値はあった。
 ダウンタウンのどこか近くに、ダブルサイズのステーキが食える店が
ないか、ぼんやり考えた。夜中でも、肉汁がしたたるようなステーキが
食いたくなった。
 ハリーは、ファンタスティックな男だった。食べ過ぎたら、その分、
減らす?まるで、どこかのキャッチコピーみたいだ!ほんとうなら、す
ばらしい!

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9
























































「いい店だ」と、ベン。「あんたがオーナー?」
「まさか!ここで、働かしてもらってるだけ。稼ぎ時は、オーナーがや
っている。午後がそう。オレは、2時にあける」
 ハリーは、カウンターの反対側で、ビールを飲んでいる、ねずみのよ
うな小男の相手をしに行った。ベンは、前にその男を見たことがあった
が、しゃべる価値なしと判断した、どこかの教授でなければ。
 ベンは、バーボンのグラスを飲み干した。それが、トラブルのもとに
なった湾沿いの窓の中央に熱いかたまりになって降りて来た。目のすみ
で、小男がハリーと知り合いだと分かった。なぜなら、やつは小声でし
ゃべっていて、ハリーは頭を振っていたからだ。たぶん、カネの無心で
もしているのだろうと、ベンは考えた。
 それは、どうでもよかった。カウンターの後ろに並んでいるボトルの
ラベルに、興味をそそられた。明るく輝くボトルに、陽気なラベルが付
いていた。いくつかは、陽気なカラーの液体で、ほとんどは、馴染みの
ある琥珀こはく色だった。シャルトリューズやベルモット、クレーム・ド・カ
カオやウォッカといった名前が付いていた。
 ベンは、ウォッカのボトルに目が止まった。ラベルは、ほかと比べて、
それほどファンタスティックでなかった━━━もしも、悪魔がいたとし
たら、ウォッカのようでは?あるいは、シャルトリューズのよう?ある
いは、クレーム・ド・なんとかのよう?

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 そのとき、ビッグベンハイデンに光明が射した、前に、ほかの男たち
にも射したように。そのようなエクゾティックな飲み物がどんな味がす
るか、知ってはいけない理由なんてある?ボトルは注がれるために、そ
こに並んでいるのでは?バーボンを飲み続けなければならない理由なん
てある?なぜ、ワイルドで奔放ななにかをトライしちゃいけない?
 もちろん、全部を試そうというのでも、一晩で全部試そうというので
もない。違う種類のものを、ちゃんぽんで飲むのは良くない。しかし、
今夜は一種類のものを試すだけなら、害はない。たとえば、ウォッカ。
「ヘイ、ハリー、ウォッカをくれ!」
「うん?」
「ウォッカ、ここにあるやつ、一杯、試してみる」
 バーテンダーは、近くに来て、言った。「オーケー、欲しいなら。3
5セントするけど」
「オーケー、ちょっと興味があっただけ。飲んだことは?」
「一度だけ」と、ハリー。グラスに注いだ。「これで、あんたも大人だ」
「これで、オレも大人」と、ビッグベン。「一杯だけで?」
 そのとき、1時半だった、むしろ、突然、驚いたかんじに。ベンは、
4杯、あるいは、5杯?のウォッカを飲んだ。そして、帰る時間だった。



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13
























































 
        2 ベン、体重を計る
 
 ビッグベンは、慎重に、スツールから降りた。立ったときに、うまく
バランスが取れるか分からなかった。降りると、軽くなっていて、驚い
た。100パウンド以上ではなかった。それは、誓っても良かった。実
際、羽より軽かった。
「おやすみ、ハリー」と、彼。ドアへ向かった。ほとんど、真っすぐに
歩いた。一秒間くらい、このまま警察本部へ行って、体重を計ってもら
おうかと思った。しかし、心の中の小さな声が、それは懸命な考えでは
ないと、ささやいた。夜の警察がどうなってるのか知らなったが、オレ
は酔っていると思われるだろう。
 歩道に出ると、冷たい風が強く吹きつけた。一晩中、オーバーコート
を着たまま座っていたが、脱ぐべきだったと気づいた。風は、ナイフの
ように当たり、彼は「ブルルル」と言って、カラーのボタンを上まで掛
けた。
 タクシーが来たら停めていただろうが、来なかった。北に向かって、
家を目指した。たったの10ブロック先だったのはいいが、眠くなって
来た。
 目の前の歩道に、真っ黒なネコが2匹現れた。2匹はそっくりだった。

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道を通せんぼされたら困る。「シーッ!」と言って、手で追い払おうと
したが、まったく同じひとり良がりの表情で、彼を見上げた。それから、
走り出し、ログキャビンインと隣りのビルのあいだの垣根の短い一画に
ある2つの穴を通って消えた。
 カタストローフにならなくて良かったと、思った。ネコだけにキャッ
トストローフ、この語呂合わせにクックと笑った。だれかに伝えたかっ
た。危うく、店に戻ってハリーに言おうとするところだった。しかし、
説明するのがやっかいだった。
 その代わりに、歩き続けた。風に向かって、45度の角度で歩いてる
気がした。もう少しで、ビルの角に立っていた体重計を見逃すところだ
った。
 ほとんど見逃し掛けたが、見た。そして、もちろん、これは体重を正
確に知るチャンスだった。
「あんたの体重と幸運は?」と、体重計のコピー。「たったの1セント」
 リーズナブルな値段だと、ビッグベンハイデンは考えた。まったくリ
ーズナブル。体重を知って、情け深い神が、彼を幸運へ導いてくれるの
に、1セントより多くは出したくはなかった。
 オーバーコートのボタンをはずして、1セント硬貨を捜すと、奇跡的
に両替用のポケットになん枚か見つかった。はかりの上に乗り、体を少
し横に傾けた。まっすぐにすると、胃が台の上に戻しそうだった。硬貨

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を入れる前だったので、思い出して、オーバーコートを脱ぎ、はかりの
脇のフックに掛けた。
 はかりの上に2度目に乗り、台のれが収まるのを待ってから、硬貨
を入れた。中の機械がぐるぐる回り、体重計の針が見えるように、前面
の覆いがスライドして、受け取り口にカードが出て来る音がした。
 体重計の針は、あえて読まなかった。カードに体重が記されているか
らだ。台から降りて、カードを取る前に、オーバーコートをすぐに着た。
ウォッカの温かみが、風に吹かれて、急速に失われつつあったからだ。
 カードを取ると、街灯の下まで歩いて行った。数字を読むため目のピ
ントを合わせるのに、30秒かかった。「247」前回よりも、2パウ
ンド増えた。なんの意味もなかった。ウォッカは、今、分かったが、彼
の感覚をにぶらせていたのだ。
 そう、カードの幸運欄は、体重欄の右だった。この1か月で体重を2
2パウンド減らさなければ、警官をクビになる。幸運欄になんて書いて
あるか読むために、カードに顔を近づけた。
 一度読んだが、もう一度、目のピントを合わせてから、また読んだ。
メッセージは手書きのように見えた。小さな文字で、こう書いてあった。
「今夜、夜明け前に死んでもらう」
 それだけ。ほかには、なにもなかった。
 

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               ◇
 
 そんな文章は、すぐ読めるが、意味が分かるまでしばらくかかった。
冷たい風の中に立って読んでるうちに、さらに冷たくなった。バーガン
ディワインにバーボン、ウォッカを踏破してから、幸運について書かれ
たカードには、そんなことが書かれていた。
 どんな意味なのか読み解こうとしても、カードはただシンプルにこう
言っていた。
「今夜、夜明け前に死んでもらう」
 今夜という言葉は、断定的で、決めつけていた。あまり楽しくない決
めつけだった。そして、今夜は、そんなに多くは残されてなかった。
 ベンは、街灯の支柱に寄り掛かって、もう2度と酔わないと決心した、
少なくとも、今のように酔うほどには。もう、羽より軽くは感じなかっ
た。今は、もとの247パウンドに戻っていた。
 そして、少しこわくなった。
 メッセージは、ただのギャグ?だとしても、おもしろくなかった。い
ささかも!しらふで冷静であっても、明るい昼間でさえ、それを読んだ
ら、背筋をアイスキューブが上下するようにぞくぞくしただろう。
「バカらしい!」と、彼。体重計の前に戻って、そこに立ってよく調べ
た。ふつうの体重計に見えた。彼が見る限り、完全にふつうだった。硬

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21
























































貨を入れる表示のダイアルの上に「あんたの体重と幸運は?」と書かれ、
ダイアルの下には、「たったの1セント」とあった。ガラスの中央に、
小さい文字でステッカーがあった。
「この体重計は、L・ロロフ、パークアベニュー189で製造された」
法律によって、すべての硬貨投入マシンは、そのようなステッカーを貼
ることを義務付けられていた。パトロール警官としてのベンの仕事の1
つは、担当地域で、すべての硬貨投入マシンに、そのようなステッカー
が貼られているか監視することだった。ロロフの名前は、前に見たこと
があった。その男は、最近、ベンの担当地域に2台、新しいマシンを設
置した。
 ポケットから別の1セント硬貨を取り出すと、ふたたび体重計に乗っ
た。今度は、オーバーコートを脱ぐ手間を掛けなかった。ふたたび、ぶ
うんと歯車が回り、カードが出て来た。今度は、体重は、オーバーコー
トも含めて、253だった。
 カードの幸運欄には、きれいな文字で、メッセージが印刷されていた。
「あんたの運は、突然、大きく変化する。新しい友人ができて、環境が
変わる」
「ふん?」と、ビッグベン。2枚のカードの意味は、同じに思えた、も
しも、2番目のカードをそのように解釈すれば。しかし、最初のカード
の意味は、あいまいではなかった。はっきり要点をついていた。印刷さ

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れたカードのお決まりの文章ではなかった。手書きのペンで書かれてい
た。
 2枚のカードを並べて、比較してみた。
 2枚は、紙質さえ違っていた。2枚目が活字から印刷されていたのに
対して、最初のカードは、体重欄を除いて、白紙からナイフで切り取ら
れ、手書きで書かれていた。体重欄は、体重計によって自動で印刷され
ていた。
 だれかが、ギャグのために手の込んだいたずらをした?
 もしもギャグだったら。しかし、もしもギャグでなかったら?
 2枚のカードは、いくら眺めてみても、それ以上なにも分からなかっ
た。それで、ポケットにしまって、体重計をまた見た。鍵穴を見つけて、
開けてみようと一瞬思ったが、パネルの上の保証タグから、鍵が掛かっ
てるのは間違いなかった。
 鍵穴はあったが、周りにひっかき傷のようなものはなく、強引に開け
られた痕跡もなかった。鍵を持っていれば、開けられただろうが。






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25
























































 
        3 コーヒー、そして
 
 ベンは、真っすぐ立って、風が吹くものさびしい通りを見た。だれも
視界にはいなかった。だれかが視界にいて欲しいのかどうかも分からな
かった。実際、なにを期待しているのかも。
 夜明け前に殺される?その理由は、体重計の幸運欄がそう言ったから?
まったくナンセンスだった。
 しかし、運勢占いは、おかしなものだ。ときどき、占い師は、ほんと
うに起こることを告げることもある?しかし、ほとんどはイカサマで、
そうはならなかったことがなん度もあった。
 しかし、腹の立つことに、このカードは、前は白紙だったものに手書
きで書いたもので、幸運欄は、印刷されてもいなかった。
 だれかが、あそこに置いたに違いない。
 4分の1ブロック後ろのログキャビンインの窓が明るく輝いていて、
温かく家庭的に見えた。ゆっくりと、彼は店に戻り始めた。カーテンの
上からのぞいて、関連もなく、ねずみのような小男が、帰ろうとしている
のが見えた。
 そう、つまり、ハリーは彼としゃべる自由を得て、たぶん、2時に閉
まる、1時半以降はあまり出せないと言うだろうと思った。ビッグベン

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27
























































は、店に入った。ねずみのような小男は、目の前をベンが通り過ぎたと
き、驚いたような顔をした。
 ハリーは、バーテンダーは、ベンを見て、言った。「どういうこと、
ミスター?幽霊でも見たような顔をしてる。ウォッカをもう一杯やりに
戻った?」
「いや」と、ベン。スツールに座り、温めるように、両手をこすり合わ
せた。ウォッカは、もう十分だったが、なにか注文しなくてはならない。
「コーヒーはある?」と、彼。
 ハリーは、コーヒー沸かし器の方を見た。「少し残っている。温め直
すことはできる、あんたが良ければ。閉店直前なので、新しく沸かすこ
とはできない」
「オーケー、温めてくれ!にがければ、にがいほどよい」
 ハリーは、スイッチを入れた。「それで?なにがして欲しい?」
 ベンは、頭を振った。今、話す相手は見つかったが、なにを話したら
いいか、分からなかった。「外は寒い」あえて、そう言ってみた。
 バーテンダーは、顔をしかめた。「寒いだろうが、いったいなにがあ
ったんだ、ミスター?今、外に出て、なにを見たんだ?幽霊?」
「かなり近い」と、ベン。「聞いて!あんたは、迷信を信ずる?つまり、
あんたの運命を語るようなものを信じる?」
 バーテンダーは、アゴをこすって、ぼりぼり音をさせて、言った。

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「そう、イエスともノーとも言える。少し前に、おかしなことがあった」
「オレもだ」と、ビッグベン。「聞いて!だれかがあんたは今夜殺され
ると言ったら、あんたはどうする?」
 バーテンダーは、目を細めた。しばらく答えなかった。つぎにしゃべ
ったとき、声音こわねがどこか違っていた。「ミスター、からかってる?なに
かのギャグ?」
「オレも知りたい」と、ベン。「コーヒーは、もう温まった?」
 バーテンダーは、数秒間、ベンを見ていた。それから、コーヒー沸か
し器の方を向いた。湯気が出ていた。マグカップに注ぎ、ベンの前に置
いた。「クリームは?砂糖は?」
「どちらもいらない」と、ベン。カウンターに硬貨を置いた。コーヒー
をひと口飲んだ。口が火傷やけどしそうだった。座ったまま茶色の液体の表面
を、まるで水晶玉を見るかのように見た。しかしそこに、未来は映って
なかった。そう、と自分に向かって言った、だからどうした?あのカー
ドがオレになにかするというのか?
 それなら、夜明けまで待ってみれば、まだここにいるのかどうか分か
る。
 彼は、ハリーを見上げた。「教えて!」と、彼。「ロロフという名前
の男について、なにか知らない?そいつは、1セント硬貨で動く体重計
や、ガムの自動販売機などを作っている」

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31
























































 ハリーの目の色がグレーになって、険悪になったことに、ベンは気づ
かなった。ハリーは、すぐに答えなかった。代わりに、さりげないステ
ップで、カウンターの奥のキャッシュレジスターの下の引き出しを開け
た。彼の手には、引き出しから出した銃が握られていた。短銃身の38
口径リボルバー。
 銃口をビッグベンハイデンに向ける仕草に、さりげなさはまったくな
かった。そして言った。「両手をカウンターの上から動かすな!」
「うう、地獄!」と、ベン。両手を見えるところに置いて、動かさなか
った。
 
               ◇
 
 ベンを監視しながら、バーテンダーは、カウンターの端を回って、正
面ドアに行った。ドアを背にしたまま、後ろに手を回して、鍵を掛けた。
「聞いて!」と、ベン。「なにかいいアイデアでも?」
「もっと話しをしよう、ミスター!これはプライベートのことだと思う
が?手を上げたまま、バックルームの方を向け!簡単だろ?」
 ベンは、スツールから降りて、歩いた。両手は肩の高さに。バックル
ームは明かりがついていたが、なにもなく、丸いテーブルとイスが数脚
あるだけだった。ベンが入ると、バーテンダーも続き、ドアを閉めた。

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33
























































ドアに寄り掛かって、銃口をベンのバックルに向けた。
「話して!」と、彼。「なにが目的だ?」
「目的?目的って、なにが?」
「言え!言え!」と、バーテンダー。目はもっと鋭くなった。「話して
くれなければ、ロスコーをここに呼ぶ?」
「それなら」と、ベン。なにを話したらいいか分からなかった。奇妙な
ことに、まったく恐怖は感じなかった。そして言った。「どうも、オレ
がロロフの名前を出してから、あんたはハイテンションになった。そう、
その名前は、通りにあった体重計で見つけた。体重計のどこが心配なん
だ?」
「続けろ!体重計から、なぜその名前を?」
「なぜなら、カードが━━━」ベンの目は、その瞬間、広がった。「う
う、地獄!」と、彼。「カードは、あんた宛てだったんだ!そう、オレ
が体重をいたとき、あんたは0・5パウンドまで答えて、どのくらい
減ったかも正確に言えた。あんたは、毎晩帰宅するときに、かならず体
重を計っていたんだろ?」
「続けて!なんのカード?」
「体重と幸運のカード、機械から出て来た。それは、あんた宛てだった
んだ!だれかが、あんたが2時AMに仕事を終えて、帰りにいつも体重
を計ることを知っていた。やつらは、そのカードを体重計に仕込んだ、

36

35
























































たとえば、1時頃に。あんた以外のだれが、こんな朝の1時2時のあい
だに、寒い夜に立ち止まって体重なんて計る?
 そう、その通りは、その時間、ひとりかふたりの通行人さえいなかっ
た。千に1つのチャンスで、オレみたいなやつが、そのカードを引くこ
とになってしまった!あんたの代わりに。オレがウォッカで酔っていな
ければ、きっと━━━」
「なんのカード?」
「カードには、こうあった━━━待ってくれ!ロロフという男は、あん
たとどういう関係?その名前を出したら、なぜ、あんたは銃を出した?」
「なんの━━━」
「━━━カード」ベンは、彼のあとを続けた。「オレが体重を計ったら、
体重計から出て来た。オレ宛ての言葉ではなかったんだ!オーバーコー
トのポケットにある。オレがポケットに手を入れたら、銃を取ろうとし
ていると思われないようにできる?」
「そこに静かに立ってろ!オレが取る」
 わずかに、ほんのわずかだが、バーテンダーの目から疑いが消えた。
ベンは、その話が的を射ていたことに気づいた。なぜなら、その通りだ
ったからだ。
 そして、バーテンダーが左手をベンのポケットに入れようとして近づ
いて来たとき、銃を持つ手に、わずかに気のゆるみがあった。

38

37
























































 ベンは、そうであって欲しいと願った。彼は上げていた両手を、ひじ
脇に付いて、手がチェストの高さになるまで降ろし、右手で短い弧を描
いて銃を叩き落とそうとした。
 しかし、スウィングの短さにも関わらず、うしろに振りかぶり過ぎて、
銃に当たって壁の仕切りまでどすんと吹き飛ばした。銃が暴発したよう
な大きな音がした。
 ベンは、銃の行方など見もせず、バックステップしてスウィングの余
地を作ると、身をかがめて、顔をねらって振り回してきたパンチをかい
くぐって、右手に全体重をかけて、バーテンダーのストマックに247
パウンドのパンチを食らわせた。
 必要以上に強く正確にパンチがヒットしたことに気づいた。そのスト
マックは柔らかくぶよぶよで、ベンの手は、手首までめり込んだ。バー
テンダーは、倒れたとき、気を失って、不平を言うこともなかった。
 
        4 夜明けはなん時?
 
「チェッ!」と、ベン。彼を見下ろした。今度は、くのはこっちなの
に、気を失ってたら、どう質問に答えてくれる?
 ヒザをついて、ダメージを調べた。かなりあった。バーテンダーは死
んではなかったし、深刻に傷ついてもいなかったが、気が付くまで長く

40

39
























































かかりそうだった。
 ベンは、彼のポケットを調べた。興味ありそうなものはなかった。た
だ、財布には、バーテンダーの給料では持っていそうもない額のカネが
あった。300ドルより多かった。ベンは、正確には数えなかった。財
布にあった身分証から、バーテンダーの名前は、ハリーディーンで、住
所は、メイプル通り411だと分かった。
 ベンは、38口径を拾い上げてポケットに入れ、店のフロントルーム
に行って電話の受話器を上げて、番号を入れた。驚いたことに、相手は
すぐ出た。
「キャップ?」と、ベン。「この時間なので、起こしてしまうことを怖
れていたが、すぐ出たとこ見ると、ずっと起きていた?ベンだ」
「オレだ」と、電話の声。苦々しそうだった。「ニットウィッツの電話
で一晩中起こされた。刑事局で話していたから、眠れなかった。服を着
替えたら、またすぐそこで話して欲しいそうだ。それから━━━」
「シャツを着るのを続けて、キャップ!オレにかっかすることはない、
きのうオレをクビにしたから、また、クビにはできない。聞いて!ハリ
ーディーンという名前の男について、教えて欲しい」
「聞いたことない!ビッグなドジ男、オレが出られたら、服着て、降り
て行って━━━」
「もうひとつ、キャップ。L・ロロフについては?硬貨投入マシンを作

42

41
























































っている」
「なに!ベン、今どこ?なにがあった?」
「話したら長い。ロロフは?」
「そいつは、刑事局がオレを起こした事件に関わる。2時間前に殺され
た。真夜中の少し前」
「地獄!」と、ベン。「そこで、やつらが鍵を見つけたんだ。しかし、
鍵を取るためだけなら、殺す必要はなかった。教えて!なぜ、あんたは、
ロロフのことで起こされた?」
「ずっと、やつを張っていた、2か月前から、うう、網を張って」
「網?やつはなにをした?なぜ調べてる?やつの売品は?」
「麻薬とコカイン。やつは、仲買人と見ている。やつは、たった3か月
前にこの町に来た。どこから来たのかは知らない。やつは、ここのなわ
ばりを荒していたと見ている。表向きは、硬貨投入マシンだが、ほんと
うのビジネスは━━━ヘイ!今どこにいる?」
「メイン北通りの店、キャップ、教えて!やつらは、やつを排除しよう
として弾を食らわした?」
「いや、弾じゃない。やつらは、証拠も残さなかった。しかし、もちろ
ん、麻薬の密売には地元のやつらも関わっている。そいつらをオレたち
は追っている。やつになわばりを荒されたくはない。ここが重要な点だ。
殺人犯たちを捕まえられれば、麻薬の密売網も暴露できる」

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43
























































「地獄!」と、ベン。「聞いて!やつらを、あんたのためにつかまえられ
る。つまり、やつらを見つけさせて!」
「ふん?オレにそうしろと?最初に戻って、ロロフの名前をどこで知っ
た?」
「体重計から」と、ベン。「だれかが、ロロフを殺して、その体重計の
鍵を奪った、あることのために。不正に変更を加えられた。教えて!夜
明けはなん時?」
「なに?」
「夜明け。日が昇ること。この時期、太陽はなん時に昇る?」
「ベン、酔ってるのか?」
「少し。しかし、5時頃?」
「そのあたりだ。しかし、もう、ぐだぐだしゃべるのはやめろ!ストレ
ートに話せ!なんの話しだ?」
「明日、報告する、キャップ」と、ベン。受話器を置いた。
 
               ◇
 
 ベンには考えがあって、あまりに良い考えなので、自分でも驚いた。
良過ぎて、キャップロジャースに説明できなかった。きっと、キャップ
は、それをするなとは言わないだろう。ログキャビンインに調査チーム

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45
























































を送って、徹底的に調べるだろう。そして、彼のアイデアが動き出せば
━━━
 バーテンダーを残して来たバックルームに、急いで戻った。ハリーデ
ィーンは、まだ気を失っていた。ベンは、カウンターの奥から紐を見つ
けて来て、バーテンダーの手首と足首を縛った。ギャグを言って笑わす
必要はなかった。見たところ、バーテンダーはあまりに深く意識を失っ
ていて、彼が来ても、大声で助けを呼ぶことはできなかった。
 しかし、彼の考えが正しければ、どこかこのあたりに、1つのもの、
麻薬━━━があるはずだった。これが意味を成すのは、1つしかなかっ
た。
 ロロフは、仲買人は、地元の麻薬密売で稼いでいて、ハリーディーン
は、ロロフとログキャビンインのために働いていた。おそらくは、オー
ナーの知識はなく、配布センターとして、あるいは、配布地点の1つと
して。
 そして、地元のやつらが、ロロフを殺した。そいつらは、ディーンが
警告文を見て怖くなって、町から出て行くかどうか知りたいと思った。
体重カードに書かれたものを見て怖くなって逃げだせば、殺人の汚名を
着せられると考えた。
 やつらは、ディーンが帰宅途中で、毎晩、体重計で体重を計っていた
ことを知っていたに違いない。体重計に警告文のカードを仕込むことは、

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いともたやすいことだった。ベンがその体重計を使ってしまったことは、
ただの偶然だった。
 そしてもしも、ハリーディーンがカードの警告文を無視したら「夜明
け前に死ぬ」予言を実行するだけだった。
 ベンは、壁の時計を見た。2時15分前だった。ディーンが店を出る
まで15分あった。彼は、店の中をくまなく調べ、バックルームも同様
に短い時間調べたが、なにも見つからなかった。
 2時に、ベンはオーバーコートとハットを脱いで、パーティションの
フックに吊るしてあったバーテンダーのものを身にけた。ハリーディ
ーンのふりをするなら、そのオーバーコートは遠目では合格だった。す
ごく目立つコートで、ラクダの毛が子ジカ色で染められていた。
 そのオーバーコートの左のポケットに、捜していた麻薬があった。そ
れはポケットの下に吊るされていて、触れるにはポケットの穴を抜ける
必要があった。前に捜したときは、上から叩いただけだったが、今はオ
ーバーコートを着ていたので、ポケットに手を入れて、穴を見つけ、下
がって、白の粉の入った包みを見つけた。
 彼はニヤリとして、包みのいくつかをハリーディーンのジーンズのポ
ケットに移動させた。ベンの考えが間違っていたときに、彼が見つかっ
たときに言い逃れできない証拠になる。
 それからベンは、電気を消して、店を後にした。

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               ◇
 
 彼は頭を低くして、彼の、というよりはハリーのハットのへりで顔を
隠していた。頭を低くして、コートのえりを立てているのは、このよう
な風の強い夜には、自然だった。しかし、ドアの外へ出たあとは、目立
たぬように、周りを見回した。
 通りを対角線上に横切った向こうに、1台の車が停まっていた。それ
は、例の車かもしれなかった。ひと目では、人が乗っているのかいない
のか分からなかった。
 ベンは車に背を向けて、体重計に向かって通りをとぼとぼと歩いて行
った。ポケットから1セント硬貨を出して、一瞬、オーバーコートを脱
ぐかどうか迷った。それを着ている限り、ディーンに似せることは合格
だと確信できた。
 迷いは一瞬で、ハリーディーンは脱ぐことはないことに気づいた。毎
晩、定期的に計っていたから、コートの重さも確実に知っていて、体重
計の数字からそれを引き算すれば、体重が分かったからだ。
 ぶうんと歯車が回り、カードが出て来た。ベンの目は、ほとんどそれ
を読めなかった。しかし、ずっとカードを見ているふりをした。彼はで
きるだけ、死の予告が自分のものだと知っている男の演技をした。

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 彼は、カードをもうじゅうぶん長く調べた、あるいは、まだ不十分の
あいだを揺れ動くふりをしてから、カードをハリーのオーバーコートの
ポケットに、ほかの2つのカードといっしょにしまって、早歩きで通り
を下った。
 そして、彼の背後で、道の途中から、車をスタートさせる音がした。





 
        5 ベンの最後の深刻な障害
 
 ビッグベンハイデンは、ポケットにあるリボルバー、ハリーのリボル
バーを握った。しかし、振り返ったり、車に注意を払ったりはしなかっ
た。全身の神経は、ドアの中に飛び込みたかったが、そのように演じて
も、そのようにゲームは進行しなかった。
 彼は、真っすぐ前に向かって歩いて行った。もしも彼の想定したこと
が間違ってれば、トミーガンが火を噴き始めるだろう。あるいは、ショ
ットガン、あるいは━━━

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「やめろ」と、彼。自分に言った。「撃って来たりしない。撃つという
警告を与えたのではない。警告をもらったら、逃げるかどうか知りたい
だけだ」
 歩き続けた。後ろで車が発進する音は聞こえなかったが、後ろに車が
いて、監視されていることはかなり確かだった。
 メイン通りからメイプル通りへ曲がった。ディーンの財布にあった住
所は、メイプル通り411だった。そこは、2ブロック西だった。ここ
までは、彼は生きていた。仮想トミーガンは、まだ火を噴いてなかった。
 ベンは、アパートと思われる入口に来た。中の玄関ホールにメールボ
ックスが見えた。「アーミンディクソン」という名前は読めた。一瞬、
まごついた。疑いもなく、ハリーディーンはここに住んでいる、借り主
として。しかし、どの室?
 車が来たら、入口に立っているところを見られない方がよい。オーバ
ーコートのポケットにあったリングから、外側の鍵と思われるものがあ
ったので、試してみた。それは、まさにそうだった。玄関ホールに入る
と、明るかった。
 ベンは、できるだけ静かに立って、リングにある5つの鍵を調べた。
1つは、今、使ったもの。もう1つは、前に店の鍵と分かっているもの。
3つ目は、車のキーとすぐ分かったもの。
 残りは2つで、そのうちの1つは、あまりに小さくて、アパートのド

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アの鍵ではなかった。それで、鍵は1つに絞られたが、どのドアで試し
たらいい?
 そう、推測のしようがなかった。くかどうか試すしかなかった。幸
運にも、ロック式で、音を立てずに試すことができた。
 1階には、3つドアがあった。最初のドアは、だれかがいびきをかい
ていた。それで、残りは2つ。2番目のドアは、開かなかった。3番目
のドアは、開いた。
 ここまでは、うまく行った。電気をつけて、正しい室だと分かるまで
1分と掛からなかった。クローセットにある服のサイズが、じゅうぶん
な証拠だった、机の上にある1・2通の手紙がなかったとしても。
 ここにいても、なにも起こらなかった。やつらは、予想通り、今夜、
荷物をまとめて、この町を出て行くチャンスを与えていたのだ。警告文
を仕込むことで、だれかが体重計でトラブルに会うようにしたのだ。こ
れは、できれば殺人を避けたいからだった。どんなタフなやつらでも、
必要がなければ、できるだけ殺人には関わりたくない。
 今、やつらは、外で、やつがスーツケースをまとめて出て行くか、ベ
ッドに入るか、見守っている。もしも、やつが警告を無視したら━━━
 窓のシェードを降ろし、急いで、クローセットの衣類を腕一杯かかえて
来た。そして、ベッドカバーの下に押し込んだ、まるで人が眠っている
かのように。

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 それから、静かに動けるように靴をいで、電気を消した。イスに座
って、待った。
 シェードを降ろしたことで、室内は真っ暗だった。腕時計も見れず、
時間か分からなかったが、なにも起こらなかった。
 彼が間違っていた?やつらの殺し屋を呼び寄せてしまった。すべての
意志や目的に。ハリーディーンは、警告を受けたが、完全に無視した。
やつらのおどしはかなかった?
 どこかで、かすかに動く音がした。柱時計が、4時を打った。正面ド
アの鍵が静かに回される音がした。遅くにアパートの住人が帰って来た
のだろう。あるいは━━━
 
               ◇
 
 ベンは、ドアよりも窓からだれかが侵入して来ると予想していた。し
かし、やつらが正面ドアの鍵を持っていたなら、疑いもなく、ハリーデ
ィーンの室の鍵もどこかで複製して持っているだろう。
 ベンは、静かに立ち上がった。イスはドアの横にあり、イスの上に立
てば、位置的に有利になれることに気づいた。
 廊下の靴音があまりにかすかだったので、鍵がく音を聞き逃してい
たら、まったく気づかなかっただろう。その音はかすかだったが、複数

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の靴音が近づいて来た。
 まったくの静寂になるのに、1分かかった。それから、鍵がスライド
してロックにかかるこすれる音。鍵がゆっくりと回り、また、1分かか
って、ドアが内側にゆっくりいて来た。
 くドアの上から見て、ベンは、外に3人の男たちがいることが分か
った。3人とも、ドアの左側に立っていて、顔は見えなかった。しかし、
3人とも手には銃があった。
 先頭の男、ドアをけたやつは、左手に小さな鏡を持って、体を見せ
ないで、室内をのぞけた。
 廊下の電灯の光が、ベッドをぼんやり照らしていて、カバーの下のダ
ミーをとても自然に見せていた。少なくとも、ドアのところから中へ足
を踏み入れたのを見ると、人間と見えたのだろう。
 ベンは、今、そいつの顔が見えた。ひとり目のルイバーテルは、署の
リストに載っている。ドアから入って来たふたり目は、そうなると、ブ
ッチウェイガードだった。3人目は、ベンは初めて見る顔だった。
 うしろのふたりは、まだ、銃を構えてなかった。ルイバーテルは、銃
をポケットにしまうと、代わりに、ナイフを出した。刃渡り10インチ
で、よく切れそうなナイフだった。それを左手に持ち、ベッドに向かっ
て踏み込んだ。
 ベンは、やつらが騒音の問題をどうするのだろうと思っていた。おそ

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らくサイレンサーを銃に付けると考えていたが、ナイフならもっとシン
プルだった。
 ルイはベッドに近づいて、ナイフを頭の上に振りかざした。ほかのふ
たりの男は、ドアのところにいて、ビッグベンハイデンは行動を起こし
た。3つのことを同時にやった、つまり、できるだけほとんど同時にな
るように。
 ドアの上から、もっとも近くにいた男、名前を知らない男の頭を、リ
ボルバーの銃身で殴った。それと同時に、左手でうしろのやつを電灯に、
はじき飛ばした。
 そこまで2つ同時で、3つ目は、故意でなかった。バランスを失って、
イスから落ちそうになった。
 もしも体重がもっと軽かったら、跳び下りて、床に下り立てるだろう。
しかし247パウンドある男は、2フィートの高さからとは言え、ジャ
ンプもたいへんで、降り立つまで1秒かかった。1秒というのは、室に
銃を持った男がふたりいれば、長い時間だった。
 彼は、左手を振り回してドアの上につかまろうとした。同時に、ドア
のところにいた、もうひとりの男をリボルバーの銃身で殴った。彼は、
イスから落ちなかったが、ブッチウェイガードの頭を殴り損ねた。
 ブッチは、バックステップすると、顔を上げて撃った。ベンの頭が上
に見えていたので、ドアをまわらずに、正確に撃てた。ベンは、太もも

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肉に銃弾の衝撃を感じた。
 彼は、自分の銃の銃口を下に向けて、引き金を引いた。目のすみで、
ルイが長い刃のナイフを振りかざして来るのが見えた。もう1歩で、ナ
イフの届く距離だった。
 ブッチウェイガードは、銃をまた撃ったが、弾はそれた。ブッチの首
に突然穴があいて倒れたからだ。
 ビッグベンハイデンも倒れたが、撃たれたからではなかった。ドアが
手から離れ、バランスを崩したからだった。ナイフで向かって来る、ル
イバーテルをリボルバーで狙い直そうとしたが、その時間がなかった。
 それで、セカンドベストの策をとった。落ちるところだったので、体
重をかけて、繊細に、イスからナイフを持つ男の上に落ちた。幸運にも、
ナイフの先端には落ちなかった。
 しかし、一瞬、目もくらむような痛みが走り、肋骨がどこか背骨の裂
け目に食い込むような痛みを感じて、気を失った。
 
            エピローグ
             
 医者が、彼の傷の具合をていた。傷が痛んだ。ビッグベンハイデン
は、「うう!」と言って、目を覚ました。
 まだ、同じ室にいた。ハリーディーンの室だった。しかし、周りに多

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くの人がいた。警察医のハンクレガーは、彼のために。キャップロジャ
ースもいた。それに、鑑識のゲイツ。
「貫通する」と、ハンク。「あんた以外の足だったら、ベン、銃弾は別
のところから出て行く」
「ハイ、ドック!どこか痛めた?」
「肋骨が1本折れている以外は、どこも。起重機を送ってもらってると
こだから、あんたを病院まで連れて行ける、1週間か10日の入院。ヘ
イ、鑑識!こいつが目覚めたら、おしゃべりしたいんだろ?」
 しかし、ゲイツはすでにそこに立っていて、ビッグベンにニヤリとし
て、言った。「オレが知りたいのは、ここの連中を差し置いて、あんた
がどうやってここを見つけたかだ。れ込みでもあった?」
 ベンは、簡単に説明した。それから言った。「ハリーディーンは見つ
かった?まだ、縛られている?」
 キャップロジャースが答えた。「ああ、オレたちは、やつのここの室
と店を見つけた。事件の全容を解明した。あんたがここで生かしておい
てくれた、ふたりのうちのひとりが、ロロフを氷で殺したことを自供し
た。追っていた地元の麻薬組織も突きとめた。麻薬は、蔓延していた」
「地獄!」と、ベン。「しばらく外出していたようだ。ブッチウェイガ
ードを殺したのは悪かったが、ねらってるヒマがなかった━━━」
「ブッチ?ああ、やつは生きている。弾はクビを貫通したが、動脈にも、

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気管にも当たらなかった。死んだのはルイだ。あんたの下敷きになった。
今後まただれかの上に落ちたら、殺人になると言っておく。オレはイス
から落ちてもそうはならない」
「ああ」と、ベン。「教えて、キャップ!オレがもらった最初の幸運カ
ードは、現実にはならなかった。しかし、2枚目は?運の流れが変わり、
新しい環境にいる自分を発見するとあった。これって、刑事局に入れる
ってこと?」
「あり得るかも」と、キャップロジャース。ニヤリとした。「教えて、
ドジ男!あんたは、ほんとうに途中からブツの中味を知っていた?3枚
目のカードには、なんて書かれていた?ディーンのオーバーコートを着
て体重を計ったときの3枚目?1枚目は、はったりだった。2枚目は、
現実になるかもしれない。3枚目は?」
「そうだ」と、ベン。「読むことをすっかり忘れていた」周りを見た。
「オーバーコートのポケットに入れた。どこにある?」
 オーバーコートは、ベッドの足元にあった。キャップロジャースは、
3枚のカードをポケットから出した。手書きのものは、証拠だった。注
意深く保管すると、残りの2枚をベンに渡した。
 ベンは、最初のカードをチラッと見て、2番目を読んだ。それをロジ
ャースに返すとき、ニヤリがゆっくりと顔に広がった。彼は言った。
「今、そこにはなにもないと言って、キャップ!ルイバーテルは、最後

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の深刻な障害ではなかった?ここには、オレがやつを克服したことがや
さしく書かれている?」
 ロジャースは、ベンの手からカードをもらって、幸運欄を読んだ。
「あんたはすぐに深刻な障害に直面する」と、カード。「しかし辛抱強
ければ、最後の深刻な障害を、秋には克服できる」
 
 
 
                            (終わり)












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